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第54話 限界

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夏休みは勉強しか、しなかった。塾がない日は自宅の机に向かっていた。一緒に住んでいるのに貴也との会話は挨拶のみとなっていた。
始めはコミュニケーションを取ろうと話しかけていたが次第に自分に余裕がなくなった。貴也と同じ生活をすると決めたのだから頑張らなくてはいけないのだが授業中眠くて仕方なった。

そんな時、ドラックストアで眠気改善の効果がある薬を見つけた。自分が対象年齢ではないことは知っていたが、飲むと眠気が一気になくなった。素晴らしい薬だと重宝している。

薬の力なく、あれだけの集中できる貴也が化け物だと思った。

「叶和也」
「なんだよ。フルネームで呼ぶなよ」
「呼んでいない」憲貞は成績表をじっとみた「読んだだけだ」

夏期講習の最後の方に行われたテストの結果が貼りだされていた。

「下位クラスの最下位だったのが、中位クラスか」
「のりちゃんだって中位クラスのトップじゃん」

喜ぶ和也に憲貞は浮かない顔をした。

「うむ。しかし、上位ではない」

貴也と同じ時間勉強しているのに、彼に追いつくことができないのが悔しかった。守られるのではなく、肩を並べたかったができないのがもどかしく感じた。

「上位は、下位から中位に上がるとの違うよな。あそこは偏差値60を超えないとあがねぇーよな。江本はトップだろ。化け物だな」

化け物……。
さっき、自分も貴也のことをそう思ったことを後悔した。彼を化け物と思っているうちは近づくこともできない。
同じ人間であることをまず認識する必要がある。

その時、手足にしびれを感じた。“マズイ”と思ったが、意識が遠のくのを感じた。
和也の声が聞こえたが、何を言っているのがわからなかった。

足に力を入れたが、そのかいなく頭に衝撃を感じた。

それからどのくらい経ったが分からないが、目を覚ますと見慣れない天井があった。
動くと全身に痛みを感じた。



「素晴らしいわ」

聞き覚えもある声がしてそちらを向くと母がいた。彼女は、今までにない素敵な笑顔だった。それが返って不気味であった。

「素晴らしいとどういうことです?」

違う声が聞こえた。こちらも聞いた声があった。ゆっくりと、瞳を動かすと視界に入ったのは貴也だ。母とは反対に険しい顔をしている。

「勿論、成績が上がったことですわ」
「成績って、のり……天王寺君は疲労で倒れたのですよ。しかも、年齢対象外の薬を飲んでいました」
「それを管理するもの、江本医師のご子息の仕事ではなくて? 私はそれだけ支払いをしていますわよ」
「すいません……」

管理不行き届きを指摘されると貴也は言葉が出せないようで苦虫を噛み潰したような顔をした。

「別にいいのですわ。クラスアップだけではなく、上位クラス一歩手前までこれたのですもの。多少の犠牲は仕方ありませんわ」
「犠牲……。このままでは本当に体をおかしくしてしまいますのでやり方を変更します」
「その必要はありませんわ。成績が上がっていますもの。このままでお願いします。そしたら御三家も夢じゃないですわね」

嬉しそうにする母に「それはお勧めできません」という声がした。それは、貴也から数メートル離れた場所にいた貴也の母だ。一度しかあったことないが、貴也似の美人であったため覚えていた。

「なんですって? 成績が上がっているのですわよ。もしかして、まだお金が足りませんか? いくらでも支払いますから憲貞を上位クラスにいれて御三家の受からせてもらえます?」

頼み事をしているはずであるが、だいぶ上から物を言った。貴也もその母もその態度を咎めるどころか頭を下げた。

「私も息子も成績を上げるお手伝いをするとは言いましたが、御三家までは……。息子でも難しいと思われる学校です」
「なんで、ですの? ご子息は校舎トップですわよね」

母は、勢いよく貴也の母に詰め寄り、声を荒げた。
彼女は困った顔をしてゆっくりと口を開いた。

「受験の事はわかりませんが、医師として憲貞君にこれ以上に無理は強いることはお勧めしません。このままでは体調を崩して本番試験を受けられない可能性があります」
「その時だけ、なんとなりませんの? 受かれば後はいいですわ」

必死に懇願する母が恥ずかしく思うと同時に、自分の価値がソレだけだという事を実感した。母にとって自分は道具にすぎないのだと感じると全てがそうでもよくなくなった。
受験も学校も捨ててどこか遠くに行きたかった。

「後はどうでもいいですね」
「そうですわ。快晴中とは言いませんわ。武差や浅井でも」

母の言っている中学は御三家だ。確かに快晴中が飛びぬけているが、他2校も偏差値65を超える。模試によって70以上になる。

必死に貴也の母を説得する自分の母を軽蔑した。
そんな彼女に認めてもらいたいと思っていた自分にも嫌気がした。

貴也が覚悟を決めたような顔をして、母の近くに行った。貴也の母は何を考えているか分からない表情で二人を見ていた。刺激の強い出来事が続いているが彼女が眉を少し動かしただけだ。

「分かりました。確実ではありませんが、努力はします」

笑顔で母に伝える貴也のその姿は感情が見えない。
それに気づいているのか分からないが母はパッと笑顔になった。

「本当ですの?」

目をキラキラさせた母は、貴也の母の方を見た。彼女はチラリと貴也を見て頷くと“確実ではない”ことを言って承諾した。

「ありがとうございます。費用は今の3倍は振り込みますわ。それを生活費や教育費に使ってください。もし、家庭教師など必要でしたら言って下さいまし。すぐに手配しますわ」

早口で要件だけ言うと、母は挨拶をして部屋を出て行った。貴也は母が出て行った扉を思いつめたように見ている。

「憲貞君の健康を害するのは問題だ」
「分かっています。今回の事は反省しております。迷惑をおかけして申し訳ございません」

貴也はホテルマンのようなキレイなおじぎを自分の母に向かってした。それに憲貞は驚いた。自分自身も親子関係が上手くいっていないが貴也の接し方も他人のようであった。
ただ、自分の母と違い貴也の母は息子を優しい目で見ていた。母と対話している時、感情が全く読めなかったが今は暖かさを感じた。

それが羨ましかった。
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