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第43話 勉強していないのにツライ
しおりを挟む学校に行くと、貴也は相変わらず授業中寝ていた。技術系の授業は起きてはいたが、やる気がなさそうで同じ班の人間に指示された事を淡々とこなしていた。
勉強の疲れもあるだろうが、これで本当に桜花会と戦うのかと思うと疑問であった。
憲貞が毎日、貴也の様子を気にするメールをよこすのでその日の彼の姿を送ったがその疑問については触れていない。
気温が上がり、夏休みが近づくとクラスは旅行やでかける話で盛り上がっていた。旅行が好きではない和也はそれが羨ましいとは思わなかったが母に見せられた夏季講習に日程を見て吐き気がした。
夏休みが怖かったのは生まれて初めてだった。去年は長期休みが楽しみで仕方なかった。
「カズ、やっと明日休みだな」
よく話すクラスメートに声を掛けられて「そうだな」と明るく答えた。
「で、今日は? サッカーやって帰る?」
「そうだな」
明日は志望校を判定する実力テストがあるため、迷ったが今更勉強してもしかないと思い、クラスメートと校庭に出た。
やはり、身体を動かすのはとても楽しい。
サッカーが飛びぬけて上手い方ではないが比較的足が速いかったため点数を取れた。ゴールすると気分がいい。
「やっぱ、カズすげーな」
褒められると最高に気持ち良かった。家では怒られることが増えた分、学校でスカッとすることがないとやっていけなかった。
「カズ、そういや、塾いいのか?」
「あー、前、お前のかーちゃん乗り込んできたよな」
へらへらと笑うクラスメートらにイラついたが「そうだったな」と笑った。
思いっきり身体を動かしたので、帰宅するとすぐに睡魔が襲ってきた。
「今日は塾の授業ねぇーしいいか」
ランドセルをリビングに放り出して、ソファにうつ伏せになるとすぐに夢の中へと旅立てた。
しばらくして、お尻への突然の強い衝撃で和也は目を覚ました。
「―ッ」
お尻を抑えながら目を開けると昨日と同じ般若が目の前にいた。ビクリと身体が動き慌てて起き上り般若を見上げた。
「なにを寝てるの? 自習室は? なんでいかないの?」
家中に響き渡る声に思わず耳を抑えると「いいかげんにしなさい」と頭を叩かれた。痛くはなかったが、苛立った。
「明日、模試だよね? 勉強しなくちゃダメだよね?」
「分かってる」般若よりも大きな声で返した。
「だったらさっさとやりなさい。分かってるでしょ」
「今からやろうとしたんだよ」
売り言葉に買い言葉。口からでた言葉は止まらない。それは母も同じなようであった。
「今からっていつ? 和也の今からは2時間後とか3時間後でしょ」
「そんなにかからねぇーよ」
「だったら、明確な数字で言ってくれる? “今から”とか“もう少し”とかさっぱり分からないよ」
「今からは今からだよ」
声を荒げて捨て台詞をはくと乱暴にランドセルを担ぎ自室に戻った。イライラして乱暴に扉を閉めると「壊れるじゃない」という声が聞こえた。
更に何か聞こえたが、頭に言葉が入って来なかった。
ランドセルを投げ捨てるとベットの上に転がった。天井はこの家に引っ越してきた小1の時と変わらない。
チラリと床に転がったランドセルを見た。5年間使い傷がついているが型崩れすることなく今でも十分使える。
1年の時は勉強が楽しかった。
少しできるだけでみんなが褒めてくれた。今は般若になっている母も毎回テストを見て嬉しそうに頭をなぜてくれた。
だから、中学受験すればもっと褒めてくれると思ったのにこのざまだ。
“子どもであることを利用する”と貴也に偉そうなことを言ったことを思い出すと、笑いがこみあげてきた。
少し経つと、母が食事ができたと呼びに来てくれた。どんなに強く当たっても母は食事を作り、掃除をして、洗濯物を洗ってくれる。感謝をしてるがそれを言葉にすることができなかった。
「いらねぇ」と呼びにきた母の顔を見ずに答えた。母は心配そうに色々言っていた。その中には叩いたことへの謝罪もあった。しかし、布団をかぶり全て無視した。
母が嫌いなわけではない。ただ、今は顔を見たくなかった。
世界で誰も自分の味方がいないように思えた。
苦しくて、辛くて、なんで生きてるだろうと考えた。
その時、携帯電話がなって日課になってる憲貞からのメールが来ていた。内容はいつもと同じ貴也を心配するメールだ。
いつもと変わらないメールだったが、今日はそれにひどく腹立った。
“知らない”と言うと文字を打ってから、少し考え送信するのをやめた。
「のりちゃんは何も悪くない」
何が悪いかなんてわからなかった。
「受験やめようかな……でも」
受験をやめればこの苦しみから逃れられることは知っていた。やめるとなったら父が味方してくれるだろうが、高校は受験しなくてはならない。
「あまり変わらねぇーかな」
中学受験と高校受験の違いがいまいち分からない。母は“絶対に中学受験”というのだからきっと大きな違いがあるのだろう。
しばらくして扉を叩く音が聞こえた。
無視していると、扉が開いた音がした。
「あのさ」と話し始めたのは母ではなく父であった。そのため、布団の隙間から父の顔を覗いた。
「あー、前も言った通り中学受験やめてもいいよ。高校受験の方が周りも受験モードになるからやりやすいと思うし。今みたいに勉強しなくても入れる高校あるよ」
父の言葉に何も返さなかったが、しっかりと耳には届いていた。
「別に今決めなくていいよ。母さんはお金がどうのっていうけど、そこは僕がなんとかするからさ。だけど、自分の責任で物事は決めなさいね。“母さんが言ったから”とか言い訳するのは」そこで、いったん言葉を止めた。
「カッコ悪い」
そう言うと、父は出て行った。
“カッコ悪い”という言葉が頭の中をこだました。
布団の中で手足を縮めて小さくなった。
頭の中がぐちゃぐちゃになり、何が何だか分からなくなった。大きな声で叫びたかったがそれを我慢すると涙が出てきた。
貴也や憲貞ほど勉強していないのにひどく辛かった。
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