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第11話 手の傷

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翌日。

「起きなさい」という母の怒鳴り声で目が覚めた。まだ、睡魔が離してくれなくてぼーっとしていると母は大きな声で睡魔を追っ払った。

和也はため息をついて、着替えて始めた。それを母が「早く、早く」と行って監視している。急かされると余計ゆっくりとやりたくなった。それが母のイライラを増長させた。

着替えが終わると、母が部屋を出て行ってホッとした。

顔を洗うとリビングに行った。テーブルにはご飯と唐揚げ、サラダが用意されていた。和也は座るとご飯と唐揚げを食べサラダには一切手をつけなかった。
それを母に文句言われたが、「いらない」の一点張り。

「にぃたん?」

テコテコと佐和子が和也に近づいてきた。

「佐和子、食べるか?」

和也は佐和子を膝にのせて、サラダを口に持っていった。

「はっぱぁ?」
「そうだよ。佐和子好きだろ」
「すきぃー」

満面の笑みを浮かべた佐和子は、和也の持っていたレタスをパクリと食べた。

「おいちぃいねぇ。にぃたんは? たべゆ」
「いや、おにいちゃんは……」

首をふったが、佐和子はそれを気にする事なく皿にあったレタスをグシャリと手で掴んだ。ちいさな手で、掴んだレタスを佐和子は一生懸命、和也の口元に持っていった。

和也は口を閉じて首をふったが、佐和子は食べさせようと口に押しつけた。

「だぁめゆ」

余りに、佐和子が一生懸命なので和也は仕方なく彼女の手の中でグチャグチャになったレタスを口に入れた。
佐和子は和也が食べたことで、幸せそうに笑った。

「もっといゆ?」

キラキラとした目で見てくる佐和子に和也は困った顔をした。

「ごめんね。おにぃちゃん、もうお腹いっぱいだから」
「おにゃかぁ?」

佐和子はコテンと首を傾げて、下から和也を見上げた。自分と同じ顔をしている妹だが、女の子にしただけでこれほど可愛らしいものなのかと和也は毎日実感していた。

「そう、痛くなるといけないからね」
「にぃたん。おにゃか、いたい?」

佐和子は和也のお腹をじっと見ると、それに触れた。そして「いたい、いたい」と言ってなぜた。

その時、不穏な気配を感じた。

ふと、横を見るとカメラを持った父がいた。彼は和也と目が合うとニヤリと笑った。そして、何も言わずに何枚もシャッターをきった。

「ほへ?」

それに気づいた佐和子は父の方向き、ニコリと笑みをおくった。その顔に父は勿論、和也も心臓が止まる勢いであった。

「和也、食べた? 行くわよ」

母の声が聞こえた。すると、父はカメラを置いて佐和子に「おいで」と言って手を広げた。佐和子はチラリと和也を見た。

「にいたん。いく? さわちゃんもいく」

和也は困った顔をすると、父が「お父さんと行こうね」と声かけた。すると佐和子は「さわちゃん。おとーとおでかけかぁ」と嬉しそうに父の手の中に入った。

佐和子がいなくなった、膝はとても寂しく感じた。
父が「頑張れ」と一言いうと佐和子を抱き上げた。

「にぃたん。がんばゆ?」

父に抱かれた佐和子がじっと和也を見た。和也は、佐和子に応援されるとやる気が沸いてきた。

「うん」
「がんばゆ」

力強く頷くと、佐和子に手を降って玄関へ行き靴をはいた。

玄関横の駐車場に止まっている車の運転席には母が乗っていた。和也は、助手席の扉を開けた。すると、椅子に塾の鞄があった。

「遅いよ」
「佐和子に応援されていた」
「そう、なら頑張って」

母の言葉に暖かみを感じながら、和也は助手席の鞄を膝に置くと扉を閉めて、シートベルトをした。

塾に近づくと、貴也の姿が見えた。真っ直ぐの姿勢で歩くその姿はまるでロボットのようだった。

「あら、江本くん」

母が貴也を見つけると嬉しそうな声を上げた。母は見た目がよく勉強か出来て人当たりの良い貴也のファンであった。

「車降りなくていい。江本はこれから授業だから」
「そうよね」

和也はため息をついて、車を降りた。すると、ちょうど貴也が塾ビルに入ろうとする所であった。和也は貴也に気づかれないように後ろを歩いた。

(アイツ、手どうしたんだ)

和也は貴也の左手に巻かれた包帯に気づいた。

彼がエレベーターに乗ると、和也は階段へ向かった。エレベーターを待とうかと思ったが、貴也が乗った後のエレベーターに乗るのは嫌だった。

階段を上がると、通う塾の階の踊り場に人影見えた。

和也は不思議に思ってその影に近づくと、すぐに憲貞だとわかった。

「なに、してんだ?」

両足を抱え込み小さくなっている憲貞に和也は躊躇することなく声をかけた。
ほとんど話したことのないため、彼の人間性はよくわらなかった。だからこそ気軽に話しかけることができた。

「……」

憲貞は顔上げてチラリと和也を見るとすぐに顔を下ろした。

「なんだよ。おまえサボリか?」
「……サボりはしない」

和也がゲラゲラと笑いながら聞くと彼はボソリとつぶやいた。

「じゃー、なにしてんの?」
「……気持ちを、落ち着かせている」

憲貞は、顔を伏せたまま答えた。和也は、憲貞の横に乱暴に座った。

「せーしんとういつ? やっぱり天王寺はやること違うな」
「え? 知っているのか?」

憲貞は勢いよく、頭を上げて和也を睨みつけた。

「わぁお、怖いなぁ。もう。いやー、アレだよ。じーさんがお前とこの会社で働いてたんだ」
「……そうか」

憲貞は彼の事をよく知っていた。入塾してずっと最下位にいる男だ。最下位なのに授業に寝たり遅刻してきたり憲貞からしたら信じられない行動を平気する。

はっきり言って宇宙人だ。

「でー、あ? なんだ、この手は?」

和也に手を乱暴に引っ張られ、傷をじっと見た。憲貞は傷を見られるのが嫌で手を引いたが動かなかった。

「江本も同じケガしてたなぁ。どうしたん?」
「江本君の腕にもひっかき傷があったか?」

今まで、下を向いてボソボソしゃべっていた憲貞がいきなり食い入るように、和也の顔を見た。

「いや、しらなねぇ。包帯してたんだ」
「……」

和也の返答に憲貞は黙り考え込んだ。

「傷。コレ、誰にやられたんだ? ひっかき傷以外にもつねられたようなのもあるし、こっちは痣か?」
「……」

憲貞は黙り下を向いた。

「あ? 言えねぇの? お前、喧嘩するようには見えねぇし」

和也から逃げようとしたが、彼の力が強くその場から動くことが出来なかった。

憲貞は、怖かった。和也に全てが知られそうで今すぐにその場から去りたいのに腕を離してもらえない。

「コレ、新しいな」

和也の言葉に、憲貞の心臓音が早くなった。離して欲しい事を伝えるが彼の耳にはそれが届かないようであった。

「叶、なにしているの?」

頭の上から、声がして顔をあげた。すると、そこにいたのは貴也であった。
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