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第三十五話 星遥斗②

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遥と遊ぶ事も数時間。
部屋の扉を叩く音がした。
「こにゃにちわんこ」
返事をする前に、扉が開き赤髪の男が現れた。ソイツは長身を揺らしながら、ニヤついている。
「……」遥斗は目を細めて、男を見た。
「そんな顔しないでくださいよ。僕チャンがベビーシッターの依頼を受けた市川尊(いちかわたける)君ですよん」
へらへらと笑いながら市川は数枚の紙を渡してきた。遥斗は、怪訝な顔をしながらそれを受け取った。
一枚目にはダイナミクスの検査結果記載されていた。
『氏名 市川尊(イチカワ タケル) 性別 男 ダイナミクス Neutral』
遥斗は頷いた。
「僕からNeutralを希望してなんですけど、ダイナミクスって普通は本人しか知らないですよね。開示していいですか?」
「僕チャンはNeutralですからねぇ。知られて不利になりませんからぁ」
「じゃ、この子は?老婆も僕もSubって知っています。市川さんもですよね?」遥斗は手の中にいる小さな赤子を見ていった。「ダイナミクスが極秘情報だから医療機関の人間も個人を特定できないようになっているって」
「アハハ、そんな公式発表信じているですかぁ?」市川は大笑いした。「数少ないダイナミクスを持つ人間ですよ。記録されているに決まってるじゃないですか。ただ、そこらの医者じゃ観覧できませんがねぇ」
「そうですか」
遥斗は『Dom』だと言われた瞬間からダイナミクスに関しては多くの資料に目をした。対象者が少ない分研究が進みづらい分野であるため分かってないことも多い。
「戸籍謄本?」遥は次の紙を見てつぶやいた。
「はぁい」市川は甲高い声で返事をした。
戸籍謄本には聞いたことのない女名前があった。更に、『星遥斗』と『星遥』と書かれていている。
「星……?」
「はぁい。遥斗さんの苗字ですよ」ニヤリと市川は笑った。「依頼主様は実績を重ねてDomとして使えるようになったら養子として迎えると仰っていました」
「ふーん」
老婆が『オトウサマ』と呼ぶ人物の顔は勿論、名前も知らない。自分の苗字も今回はじめて知った。
「この紫(ゆかり)という女はここに住むのですか?」
「そうですね。契約書を見て頂ければわかるのですがぁ」
そう言われて、遥斗は一番下にあった契約書を見た。契約者には遥斗の名前があった。保証人として老婆の名前もあった。
――未就学児が契約書でいいのか。
疑問に感じた。
「そこに契約期間が六年までと書かれておりますでしょ。僕チャンはそこまでですねぇ。星紫についてはその下にあります」
遥斗は契約書の下の方にある字を読んだ。
「随時?」
「そうですねぇ。今後、保護者が必要な時に使用できます。但し、18歳までですけどねぇ。なので、ソレをここに置くかは選択できますよ」
遥斗は頷いて、紙の机の上に放るように置いた。
「育児書は?」
彼の言い方に所々悪意を感じたが、いちいち指摘するのも面倒くさいため話を次に進める事にした。
「あ~」市川は首を曲げて考えた。「紙媒体で必要ですぅ?」
「紙……?」
一瞬何の事が分からなかったが、ニヤついている市川に『分からない』と言いたくなかった。
「あはは、遥斗サンは負けず嫌いですねぇ。まぁ、普通は紙に書いてある物を読んで学びますよねぇ」
馬鹿にした物言いをする市川を遥斗は睨みつけた。
「怖いなぁ」そう言うと、赤子や育児については話し始めた。余りの速さに理解するどころか何箇所も聞き逃した。
十数分話すと「これで有名どころの十冊分ですよ。一語一句間違えていません。あ、図とか必要ですかぁ?」
書名や著者、それに発行年号をしっかり言っていたが遥斗の頭の中には残っていなかった。そのため、真偽を確かめる全てはない。
「なんです?疑ってます?」
睨みける遥斗を市川は指をさし、楽しそうにそれを上下に揺らした。
「あは、僕チャンがNeutralだからって下に見ていました?」
そんなつもりはないが、自分以上の能力を見せつけられて面白くはなかった。
「同じDomの人からの方が学ぶことを多いですよ。なのにNeutralを選ぶのは自信がないからですかぁ?」
「違います」カッとなり即座に否定した。「遥が、Subだから防衛ですよ」
「はぁぁ?」市川は目を大きく開けた。「なんです? 『オトウサマ』に近づきたいじゃないですか?」
「いや、興味ありません」
「ほぉう?」素っ気ない言葉に市川は目をパチクリされた。「養子になれば臆じゃ収まらないくらいの金が入り、この国の運営も関われますよ」
「興味ありません」
凄い勢いで語る市川を横目に、寝てしまった遥を撫ぜた。すると、彼の口がむにゅむにゅと動いた。それは花が飛び散ったかと思うほど愛らかった。
「本当にその赤子のために僕チャンを選んだのですね」
「別に。条件に合ったのが市川さんなだけですけどね」
遥から視線をそらさずに言うと、市川は大きなため息をついた。
「その年でこれだけの能力があればかなり上までいけますよ」市川は一枚の紙を見ながら言った。「だから、有能な僕チャンが来たんですよ」
「有能なら、市川さんが『オトウサマ』とやらの仕事をすればいいでのはないですか?」
「あはは」市川は大きな声で笑いながら、自分の胸に手を当てた。「俺はNeutralだから」
『俺』と言った市川の目にゾッとした。今までのフザけた態度が嘘のようだ。
彼の凍りついた瞳を見て、『オトウサマ』と関わっているのだから影がない訳がないと納得した。
「そんな、辛気臭い顔しないでくださいます?」市川の顔がここへ来たときのヘラヘラとした笑顔に戻った。「まぁ、僕チャンは超有能なで上手く利用してください」
「まずは育児について紙に書いてください」
「はぁい。あ、遥サンはお預かりしますよ」
「え?」
「今の遥斗サンじゃお世話できないですよね?」
返す言葉はなかった。遥斗がうなずくと、市川は遥を連れて部屋を出た。遥を抱く彼の手つきは慣れたものだった。
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