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57.涙がとまらない

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部屋に入ると、あきらはキッチンに立った。

「レイキ、ソファに座ってて?」

オレはコーヒーを淹れるあきらを、立ったまま見つめた。



・・・あきらが、いる。



この一週間、自分以外に人の気配のない部屋は、いつも以上に広く感じて。

・・・本当に、つらかった。


つらくて、悲しくて、でもあきらのことを感じたくて、

・・・・あきらのベッドで寝ようとしたこともある。


けど・・・ あきらの部屋で、あきらの香水の香りをかぐと、余計に胸が苦しくなって。


結局、自分の部屋で生活をしてた・・・・



立ったままオレが見つめている先で、あきらは2人分のコーヒーを淹れ終わった。


「座ろう?」

促されて、ソファーに座る。


あきらはテーブルに、コーヒーを2つ置いた。

オレの分には、砂糖とミルクを入れてくれてる。


・・・あきらが、オレの隣に座る。

でも・・・・少し、距離があって。


いつもだったらくっついて座るし、

それだけじゃなくて、腕を絡めたり、手を握ったり、触れ合う事が多かった。


でも今は、座るのにも距離があって。

これが心の距離を表しているような気がしてしまった。



「レイキ・・・ 綾田くんと、つき合ってるのか・・・・?」


「え」


思いがけないことをきかれて、思考が止まる。


「邪魔してゴメンな・・・ でも、レイキと2人で、話がしたかったから」


「つ、つきあって、ない、よっ!」


思わず、大きな声で否定する。



なんで・・・?

オレが好きなのは、あきら、なのに・・・・

あきらにとって、その方が、都合がいいから、なのか・・・・?



あきらはふわって微笑んだ。

「そっか・・・ よかった・・・・
・・・・もう、手遅れだったのかなって、思った・・・」


あきらはオレの方に体を向けると、深々と頭を下げた。


「レイキ・・・・ 本当に、ゴメン。 オレのせいで、いっぱい、傷つけた」



その言葉を聴いて、オレは涙を流してしまった。

・・・・泣くつもりなんて、ないのに。


見られたくなくて、オレはうつむく。


「・・・本当に、ゴメンな・・・」

あきらはそっとオレの髪に触れた。



「レイキがどう思ってるのか・・・・ きっともう、オレのことなんて、好きじゃないと思うけど・・・・・

オレが好きなのは、レイキ、だから」



あきらの言葉に、オレはうつむいたまま、目を見開いた。


「うそ・・・だよ」


そんなこと・・・・ない、だろ・・・・


「うそじゃない」

「だってあきらは、桜庭さんのことが、好き、で」

「好きじゃない」

「キス、・・・したし、結婚の話だって・・・」


あきらはソファから降りると、オレの前に座った。

オレの手を握って、下から見上げてくる。


「レイキにそう思わせたのは、オレのせいだ・・・ 本当に、ゴメン」


オレはふるふると首を振った。



「あやまんなくていいから・・・ もう、ハッキリ、言って?
オレのこと・・・ もう、い、いらないって」

言いながら、胸が苦しくなって、涙があふれてしまった。


オレの手を握る、あきらの手の力が、強くなる。


「レイキ・・・! いらなくなんて、ない。 

オレは、レイキのことが好きだ」


あきらは手を伸ばして、オレの頬の涙をぬぐってくれる。



あきらの瞳は優しくて。

以前と変わらない、眼差しで。


本当に、オレのこと、まだ好きでいてくれてるの・・・?



不安に思いながらあきらに向かって手を伸ばすと、あきらはオレの手を引いて、自分に引き寄せた。



ソファから降りて・・・あきらの腕に、包まれる。


ぎゅって、抱きしめられる。


あきらの、香水の、かおり。

あきらの・・・ぬくもり。


もう、感じることなんて、出来ないと、思ってた。



あきらの首に手を回して抱き着くと、あきらは更に強い力で、オレのことを抱きしめた。


「レイキ・・・・! 好きだよ・・・!」



あきらの言葉は・・・すごく、うれしい・・・・


以前と変わらない瞳でオレのことを見てくれて、こうやって、抱きしめてくれて、

『好き』って、言ってくれて・・・・・


でもやっぱりまだ、不安、が、あって。



「あきら・・・ 桜庭さんのこと、は・・・?」

オレのことを好きだと言ってくれるように、桜庭さんのことも、好きなの、か・・・・?



あきらは少し体を離した。

オレたちは向かい合って、床に座る。

あきらの手は、オレの手を握っている。



「柚葉の・・・ことは、今までの女のコたちとは、違うと、感じてた。

家庭環境も似てて、話す内容・・・・ 勉強のこととか、将来の仕事のこととか、不安に思ってることとか、なんでも話せるって、感じた。
女のコに対して、そんな風に感じるのって、本当に、初めてで」

あきらは目を伏せたまま、言葉を紡ぐ。

「・・・好意を寄せられてるのは、分かってた。 でも、なんでも話せるのがすごく楽で・・・ 柚葉の好意に、甘えてたんだと、思う・・・・」

オレの手を、ぎゅって、強く、握って。

「・・・レイキにも、甘えてた。 オレ自身は柚葉のことは友達としか思ってなかったから・・・ だから、問題ないって・・・」


友達・・・って・・・・


「でも・・・ キス、したんだろ・・・・ 友達なのに・・・・?」


あきらは首を振る。


「言い訳にしかならないけど・・・ キスは、柚葉から、されたんだ。 ・・・それでも、拒絶しないで、友達でいたいって思ったのは、オレの・・・勝手な考えだったと思う」


桜庭さん・・・から。


そ・・・っか・・・・


「でも・・・ やっぱり、あきらにとって、桜庭さんって、特別な存在なんだな・・・」

今までの女のコたちとは、違う。

なんでも話せるって、感じてるんだもんな・・・・


「・・・特別・・・とか、そういうんじゃないんだ・・・・ オレ自身は、友達としか思ってない・・・・
居心地がいいって感じてたけど、それって柚葉の好意に甘えてるだけで。

それに・・・・レイキのことも傷つけて・・・・・

そんなことまでして、柚葉との関係性を保つのは、間違ってるって、思った」


あきらはカオを上げて、オレを見た。


「オレが大事なのは、レイキだから」



あきらは・・・・ 桜庭さんとの関係より、オレを・・・選んでくれた・・・・



オレは、あきらに抱き着いた。


「あきら・・・・」

涙が、あふれてくる。

「あきらは・・・ オレのこと・・・好き・・?」


ぎゅって、オレを、抱きしめてくれる。


「好きだよ・・・・」



・・・・うれしい・・・・

うれしい・・・・・のに・・・・

オレの胸には、まだなにかがつかえてて。



でも、うまく言葉にできなくて、オレはあきらに抱き着いている腕に、力を込めた。



「レイキ・・・・」


あきらはオレを甘やかすように、黙ったまま抱きしめて、オレの髪を撫でた。





「あきら・・・・」

しばらく経って。

オレは、自分の気持ちを言葉に乗せた。


「あきらは、これからも、オレとつき合ってくれるの・・・?」


「もちろん。オレは・・・そうしたい。
レイキがいいって、言ってくれるなら」


でも・・・じゃあ、これからも・・・・


「桜庭さんとは・・・今まで通り、仲良くするんだよな・・・?」


・・・オレに、それを止めることは・・・できない・・・

だって、あきらの交友関係だし。

あきらははっきりと、『友達だと思ってる』って、言ってくれた。

でも・・・・


あきらと桜庭さんが、寄り添って、歩く姿。

カオを寄せ合って、笑顔で写ってる、写真。

はたから見たら、どこから見ても恋人同士に見えて。

美男美女で、すごく、お似合い、で。


そんな姿・・・・ これからも、オレは見ることになるんだよな・・・・


もちろん・・・・


オレは、男、だから。


あきらの恋人だなんて、言えない、から。


仕方がないんだけど。




ぎゅって、胸が、苦しくなる。


オレはあきらから手を離して、自分の胸元を抑えた。


また、涙が、こぼれて、来る。


「レイキ・・・」

あきらが、オレの頬をぬぐってくれる。


「ご、めん。 涙、とまんな、い・・・」

なんで。 こんなに、



「レイキ・・・・ごめん・・・・ オレ、もう一つ、レイキに謝らないといけない」


え・・・・


あきらの言葉に、心に氷があてられたように、冷たく感じた。



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