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52.言えなかった言葉

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オレはリビングの床に座り込んで、洗濯物を畳んでいた。

あきらは今、風呂に入ってる。



駿さんと話してから数日が過ぎた。

オレは、『あきらに良かったなって言う』って駿さんには言ったものの、その言葉はまだ言えないでいた。



・・・だって、桜庭さんとのことを良かったなって言うってことは・・・・・ あきらは、オレと別れて、桜庭さんとつき合うようになるってことだ・・・・・


「・・・・っ」


胸が苦しくなって、オレは手で胸元を抑えた。




・・・・・ほんとはそうするべきだって、わかっては、いる。

でも、まだ、言い出せない・・・・・・






~♪


オレのスマホが鳴る。

オレはスマホを手に取って、電話に出た。

相手は、ねーちゃんだ。



『ね、ね、レイキ! どうしようーーー!!』

いきなりの大音量に、オレは思わずカオをしかめて、スマホを耳から離した。


あれから、駿さんに食事に誘われて2人で行ったらしいんだけど、そこで結婚を前提にって、交際を申し込まれたらしい。

ねーちゃんはかなりテンパっていた。


『駿さんのこと、素敵だとは思うけど、でもまさか、つき合ってって言われるなんて・・・・・!』

「ねーちゃん、落ち着けよ」


駿さんに前もって話を聞いていたオレは、なるべくトーンを落とした声でねーちゃんを落ち着かせる。


「ねーちゃんはさ、駿さんのこと、どう思うの?」


ねーちゃんはオレの言葉に少し沈黙した。


『・・・・駿さん、すごく優しいし、素敵だけど・・・・ お医者さんだし、すごくモテるんだろうなって・・・・・
なんで私なんかと、つき合おうって思ったのかなって・・・・・』


・・・・そう、だよな。

そう思って、当然だと思う。

それくらい駿さんは、魅力的な人だ。


「・・・・ねーちゃんさ、その不安な気持ち、駿さんに話してみたら?」

『ええっ! そんな、言えないよ・・・。 重いとか、めんどくさいとか、思われそうだし・・・・』

「大丈夫だよ」


オレはなるべく、優しい声色で話す。


「駿さん、きっとねーちゃんのそういう気持ち、受け止めてくれるって。
・・・・逆に、受け止めねーんだったら、こっちから願い下げだな」


オレの言葉を聞いて、ねーちゃんが少し笑ったのが分かった。


『そうね・・・・・ ありがと。 そうしてみる』

「うん」

『・・・まさか、レイキに恋愛相談するとはねー・・・・ 自分でもびっくり』

「なんだよ、それ」

『だって、経験すごく乏しいでしょ。 彼女、ずっといないみたいだし』

「・・・・そんな奴に泣きついてきたのは誰だよ」


ねーちゃんがくすくす笑うのが聞こえた。


『・・・・ありがと、レイキ』

「ああ、またな」



電話を切って、ほっと息を吐く。

スマホをポケットに突っ込んだ。


・・・・駿さん、本当にねーちゃんとつき合うんだ・・・・・

ねーちゃんに、本気だって言ってたし・・・・

今度こそ、上手くいって欲しいよな・・・・・



「はあ・・・・」


上手くいって欲しいのは、もちろん正直な気持ち。


でも、今のオレは、ねーちゃんのことを気にしてやる余裕って、ほぼ、ねーかも・・・・





洗濯物、全部畳み終わった。

畳んだバスタオルをソファーに乗せて、オレはそこに突っ伏した。

頬に触れるふわふわの感触と、柔軟剤の香り。



・・・・・あきらと、離れたく、ないって、思う。


でも、あきらの将来を考えたら、オレは身を引くべきで。


そう考えたら、胸が、ぎゅーって苦しくなって。



「・・・・いってえ、よ・・・・」


オレはタオルに突っ伏したまま、胸元を手で押さえつける。




・・・・いつまで?


いつまで、こうやって苦しまなくちゃいけないんだ?


一緒に居るから、余計にきついんだよな・・・・













「・・・・キ、 レイキ」


ゆさゆさ。


あきらの声と、揺さぶられる感覚。



「ん・・・・・」



オレはカオを上げた。


至近距離でオレを覗き込んでる、あきらのキレイなカオが見えた。


あきらの髪が、濡れてる。




あれ・・・・・


オレ、畳んだタオルに突っ伏したまま、うとうとしてたんだ・・・・・



「・・・・・あきら、風呂、上がったんだな・・・・ わりぃ。 うとうとしてた」


へらって笑って、体を起こす。


「・・・・洗濯物、畳んでくれて、ありがとう。 ・・・・畳み終わったの、部屋に、持ってったから」

ああ、あきらが持ってってくれたのか。

オレの周りには、オレが枕代わりにしてたバスタオル以外、洗濯物は無くなってた。


「そっか。 ありがとな」

笑ってあきらを見ると、眉間にしわを寄せてうつむいていた。



あきら・・・・・?


どうしたのかと思って、あきらを見つめる。


オレの視線の先で、あきらはゆっくりと口を開いた。




「・・・・ゴメン。 見るつもりは、無かったんだ。 ただ、洗濯物を置きに行っただけなんだけど・・・・・
・・・・・・机の上に、置いてあったのが、見えて・・・・・・・」



え・・・・・・?



あきらは手に書類の束を持っていて、それを差し出してきた。




差し出されたものを見て。




「・・・・・っ!」



オレは思わず、息をのんでしまった。





オレっ・・・・出しっぱなしだった・・・・・・!





あきらが差し出したのは、いろんな部屋の間取りが描いてある紙だった。





・・・・・あきらと、離れなくちゃいけない。


そう思ったオレは、ここ何日か、不動産屋を回って、いろんな部屋を検討していた。

普通の友達なら、片方に彼女が出来たって、ルームシェアを解消する必要なんてない。

でも、オレたちは・・・・・・ そうはいかないから。


あきらが桜庭さんとつき合うってことは、オレとは別れて・・・・ オレは、この部屋を、出るってこと。

この広い部屋にあきらが住み続けるのか、もしくは・・・・ 桜庭さんと住むのか、分かんないけど。

とにかく、オレは一人暮らしをすることになるから・・・・・・



でも、決心がつかないオレは、あきらに『良かったな』って言うこともできないで、部屋だって検討はしてるけど、なかなか決められないでいた。



それを、あきらに見られたんだ・・・・・



なんで、出しっぱなしにしてたんだろ・・・・・・!




「・・・・・レイキ・・・・・・ 引っ越す、つもりなのか・・・・?」



オレは答えられなくて、うつむく。



・・・・・・でも、見つかって、良かったのかも。


だって、オレ、きっと言えない。

あきらに、『良かったな』なんて、ずっと、言えないよ。 ・・・・こんなことでもなくちゃ。


・・・・これは、言うべきタイミングって、ことなんだろう・・・・・・




「レイキ、本当に、引っ越す」

「ああ! そのつもり」


あきらの言葉をさえぎって、オレは明るく言った。


「イイとこ見つかったら、近いうちに、出て行くから」

「・・・レイキ・・・・」

「夏休み中に、引っ越しまで終わらせたいけどなー」

「レイキ・・・!」

「休み明けたら試験あるし。 だから、急いで決めねーと」

「レイキっ!」


あきらがオレの両腕を掴んだ。


あきらが持っていた書類の束が、ばらばらと床に落ちて広がる。



「・・・レイキっ・・・・・ なんで・・・・・?」


オレを見るあきらは、泣きそうな表情で。


「・・・・オレのこと、嫌いに、なったのかよ・・・・・?」



・・・・・あきら・・・・・・ずるいよ・・・・・・


なんで、そんなこと、聞くの・・・・・?



オレが、嫌いになったんじゃない・・・・・・



あきらが、オレを、好きじゃなくなったんだろ・・・・・・・!




涙が出そうになるのを、うつむいて、なんとか、こらえて。


「・・・・・・桜庭さんと、つき合うんだろ・・・・・・」


でも、絞り出した声は、すごい、低かった。


「え・・・・?」



「・・・・駿さんに、聞いたんだ。 
この間の、桜庭さんのお父さんも一緒の食事会。 あの時、あきらと桜庭さんが将来結婚して、病院を、支えてほしいって話になったって」



「・・・・・・!」



「・・・・・良かったじゃん。 いい話だと思うよ」



「そんなことっ・・・・! 親父たちが勝手に言ってただけで、オレは承諾なんかしてない!」



「なに言ってんだよっ!!」



オレは弾かれたようにカオを上げた。


あきらのことを、睨みつける。



「桜庭さんのこと、イイって思ってるだろ! そこに、そんな結婚の話なんてっ・・・・・すげー、イイ、話じゃんかっ!!」



「柚葉のこと、イイなんて・・・・・」




『柚葉』



あきらが桜庭さんのことをそう呼ぶのを聞きたくなくて、オレは反射的にあきらの腕を振り払っていた。


両手で、耳を、塞ぐ。



「レイキ・・・・! 聞いてくれよ!」


「いやだっ・・・・!」



耳を塞ぐオレの手を、あきらが掴むけど。 

オレはいやいやと首を振る。



「レイキ・・・ 聞いて・・・・・! オレ、柚葉のこと、イイなんて、思ってねーから・・・・!」




だからっ・・・・ 『柚葉』って、呼ぶなよ・・・・・・!!




「うそつくなよっ!」




・・・・・・もう、ダメだ。


感情が抑えられない。


ただ、『良かったな』って、それを言おうと思っただけなのに。



「・・・・っキス、してっ・・・・ 思わせぶりな態度、取ってんだろ・・・・・・! それって、桜庭さんのこと、気に入ってるからだろーが・・・・・!」




オレの言葉に、あきらは固まった。


・・・・・そうだよな。 旅行の時、あきらは『なにもなかった』って、オレに言ったんだもんな・・・・・




オレは服の胸元をぎゅって掴んだ。


一つ、大きく息を吐く。



「・・・・・それで、イイと思う」


「レイキ・・・・?」


「桜庭さんとつき合うのが、イイと思う」


「なんでっ・・・・!」




「・・・・・オレじゃ、あきらを幸せに出来ない。 あきらの・・・・・将来を、奪ってしまう・・・・から」





涙がこぼれるの、ガマンできない。




立ち上がると、オレは玄関に足を向けた。




外に出ようとするオレの意図を察して、あきらが追いかけてくる。


「レイキ、待てよ!」


「来るなっ!」



あきらが来るのを、オレは言葉で制する。



「・・・・来るなよ、絶対」




あきらのことは振り返らずに、オレはドアを開けて外に出た。






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