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31.自己嫌悪

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月曜日。

重い気持ちで大学に向かう。


講義室の入り口のドアの前に立ち、オレは小さくタメ息をついた。


・・・・マコトに、どんなカオして会えばいいかな。


「よ、レイキ」

明るい声と共に、肩を軽く叩かれる。

振り返ると、ユージだった。


「ユージ、おはよ」

「どーしたんだよ、入んねーの?」

「は、いるよ」

ユージに促されて、講義室のドアを開ける。


いつもこの時間は、もうマコトは来てるよな・・・・


中に入ると、やっぱりマコトはもう来ていた。


「マコちゃん、おはよー」

ユージはすたすたとそっちに近づいていく。

オレも、ユージの後ろについて行った。

エリナちゃん達ももう来ていた。



「レイキ、おはよう」

「・・・・・おはよ」


マコトはいつもの様にあいさつしてくるけど、オレは返せなくて。

マコトのカオが見れない。


ダメだ。 フツーにしたいのに。


「なあ、この間あの後、レイキ大丈夫だったのか? 結構飲んでたみたいだったけど」

ユージに聞かれて内心焦る。


「あ、ああ。 マコトに送ってもらったから、大丈夫だった。
ユージは? 木島くんと飲んだんだろ?」

オレのことはあまり聞いて欲しくないから、ユージのことを聞いてみた。


「ああ。 あの後2人でまた結構飲んだなー。 タカト、すげーイイ奴だった」

「『タカト』って呼んでるんだな。 ホント、気が合ってたみたいだもんなー」


オレたちが話してると、咲良ちゃんが話に入ってきた。

「ユージくんたち、飲みに行ったの?」

「そうなんだよー」

ユージが男4人で飲んでいたこと、あきらの同級生たちと一緒になったことを話すと、女のコたちはブーイングだった。

「医学部生と飲んだなんて、ズルい! 誘ってよー!!」

「ゴメンゴメン。 今度また、誘うからさ」

ユージが手を合わせて謝ってる。


「レイキくんの同居人さんは? やっぱりカッコよかったの?」

「ああ! すげーカッコよかった! な、マコちゃん?」

ユージに聞かれて、マコトも頷く。

「ああ。 やっぱりすごいカッコよかったな。 しかも、同級生のすごい美人のコにめちゃくちゃアプローチされてたし」

「そうそう! 彼女いるのに、すげーよな! うらやましい」

「えー。 レイキくんの同居人さん、彼女いるんだ?」

「しかも、医学部にそんな美人なコがいるの?」

女のコの質問に、ユージは深く頷いた。

「いるんだって! すげー美人なの!」


桜庭さんを高評価するユージに、女のコたちは驚いているようだ。

・・・・やっぱり、医学部にそんな美人がいるって、ちょっと驚くよな・・・・


「あんな美人にアプローチされちゃ、彼女も気が気じゃないよな。 ・・・・な、レイキ?」


急にマコトがオレに同意を求めてきた。


「そ、そうだな」

オレは慌てて返事をする。


「彼女は、桜庭さんのこと、知ってるのか?」

「さ、さあ・・・・・ 知らねーんじゃねーの」


・・・なんでマコト、こんなこと聞いてくるんだ・・・・


「そうか。 ・・・まあ、知らない方がいいだろうな」


マコトの言葉が、重くのしかかる。


・・・・・・確かに。 知らない方が、良かったな・・・・・・



今までは、あきらはモテるからっていう漠然とした不安だったのが、桜庭さんを知ったことで、明確な不安になってる。


思わず、小さくタメ息をついた。



「・・・・レイキ・・・・ 大丈夫か・・・・・?」

マコトがオレにカオを寄せて、至近距離で聞いてきた。

その距離に、びくってカラダが震えてしまう。


「な、なにが? 大丈夫だよ」

なるべく平静を装って、へらって笑った。

マコトも口角を持ち上げる。


・・・・・どうしよう。 なかなか、フツーに出来ない。



「あ」

マコトの右手の親指。 絆創膏が貼ってあるのに気づいた。


その傷って・・・・・


オレがじっと見てるのに気づいたマコトは、左手でその傷を隠した。



あれって・・・・ オレが噛みついた傷、だよ、な・・・・・・


あの時の記憶が鮮明に蘇ってしまう。



マコトにキスされて、

舌や指で肌を撫でられて、すごく反応してしまった。

快感に、流されそうに、なってしまってた。


『レイキ・・・・・! お前、やばい・・・・!』

そう言って、熱に浮かされた表情をしていたマコト。



思い出して、腰に、甘いしびれが走ってしまう。





「ねえねえレイキくん! もう1回、飲み会企画してよー」

咲良ちゃんに言われて、オレは慌てて頷いた。

現実に、引き戻される。


「ん、わかった。 木島くんとはユージが連絡取りやすいだろうし・・・・ 木島くんたちに、声かけてみて?」

「おっけー」

ユージもにこにこ頷いてくれる。


ちゃんとフツーにしてないと、みんなに変に思われてしまう。

気を付けなきゃな・・・・








昼休み。 みんなで学食に連れだって行く。

食券を買うのに並んでいると、ポンって肩を叩かれた。

振り返ると、


「え・・・・ 駿、さん・・・・!?」

「やっぱり、レイキくん」


立ってたのは、笑顔の駿さんだった。


「なんで、ここに?」

駿さんは大学病院の勤務だから、こっちのキャンパスに用はないはず・・・・・


「今日昼から、大学の方の健診に駆り出されててさ。 それなら久しぶりに、こっちの学食で食おうかって寄ったんだ」

駿さんの隣には、駿さんと同年代の男性。

オレがぺこりと頭を下げると、その男性も会釈をしてくれた。

きっと、駿さんと一緒に健診の手伝いに来た先生なんだろう。


「ねえレイキくん、誰? 誰?」

オレの腕に抱き着いてきて、小声で聞いてくる咲良ちゃん。

瞳は、駿さんを見てキラキラしている。


「あきら・・・・ えっと、オレの同居人のお兄さん。 大学病院のドクターなんだ」

「そうなんだあ。 ステキー♡」

咲良ちゃんの熱い視線に、駿さんは笑顔を返す。


「駿さん、みんなはオレの同級生です」

駿さんにみんなのことを紹介する。

「そっか。 みんな、晃のことは知ってるのかな?」

「あ、男子は知ってます」

「みんな、晃のことよろしくね。 イイ奴だから、仲良くしてやって」

「はい!」

駿さんの言葉に、ユージが明るく返事をする。



「あれ、駿兄?」

ふいに響く、あきらの声。

びっくりして振り返ると、間違いなくあきらがそこにいた。

この間一緒に飲んだメンバーと、一緒にいる。


「ああ、晃」

「なんで駿兄がこっちにいるんだ?」


あきらと駿さんは、女子たちのキラキラした視線を気にも留めず、2人で話してる。


・・・・この間も思ったけど、やっぱ2人揃うと、すごい。

だって、一人ずつでもすげーカッコいいんだもんな。


それにしても・・・・ 今まであきらと大学内であったことなんてほとんどないのに、このタイミングで会うなんて・・・・・


あきらは駿さんに、桜庭さんたちみんなを紹介してる。

みんな、心なしか少し緊張した面持ちだ。

そっか。 みんなにとっては、先輩だもんな。


「ねえねえレイキくん」

咲良ちゃんに軽く腕を引かれる。

「あれがレイキくんの同居人さんだよね?」

「ああ、そうだよ」

「ホント、すごいカッコいいね!」


・・・・・やっぱ、カッコいいもんな。

見てるだけでときめく、よな。


あきらと駿さんはしばらく話した後、別れた。


駿さんは学食に向かいながら、オレの近くで足を止めた。

オレの腕を掴んで、軽く引き寄せる。


「じゃあレイキくん、またね」


耳元で囁かれて、一気に体温が上昇するのが分かった。



だって、駿さんに会うのって、キスされたあの時以来だ。


あの時のキスが、記憶に蘇る。



「は、はい。 また」

内心すごく動揺しながらも、みんなの前でそんな態度を取るわけにもいかず、なるべく普通に返した。




駿さんたちが学食に入ると、ユージが木島くんに声をかける。

「よ、タカト」

「ユージ。 この間、楽しかったな」

「ああ。 なあ、昼飯、一緒に食おうぜ」

「おっけー」


意気投合してるユージと木島くんに合わせて、オレたちも一緒にすることにする。


・・・大学であきらと一緒に食うなんて初めてだ。


「レイキ、何食う?」

「んー。 オレ、今日はうどんかな・・・・」

せっかくあきらと一緒だけど、あまり食欲が、ない。

「あきらは?」

「オレ、カレーが食いたい気分」

「カレーも、いいな」


あきらが、オレの耳元に口を寄せてきた。


「・・・・オレ、またレイキのカレー食いたいなー」

「オ、オレの?」

「うん、ダメ?」


至近距離なのと、耳元でのあきらの声に、ぞくぞくする。


・・・あきらが食いたいなら、今日夜はそうしよっかな。

オレ、当番だし。

「じゃあ、今日夜、する?」

オレの言葉に、あきらは嬉しそうに笑った。

「やった。 じゃあオレ、昼は違うのにするな」


あきらが喜んでくれたら、オレもうれしい。


あきらは食券を買うと、もう一度、耳元に口を寄せてきた。

「ありがと、レイキ」


どきんっ。


甘い声で囁かれて、また、体温が上昇する。


やばい! カオに出るよ・・・・!


慌ててうつむくオレに、あきらは追い打ちをかけるように、


「レイキ、かわいい」


また、甘い声で囁いた。









昼飯は、わいわい大人数で食べた。

咲良ちゃんたちは、あきらたちと話せて嬉しそう。

桜庭さんは、やっぱりあきらにべったりだった。


「あれ、坂本くん。 今日うどんだけ? 足りる?」

同じくうどんを食べてる周防くん。

でも、わかめうどんのオレと違って、周防くんは肉うどんに天ぷらもつけてて、がっつりだ。


「うん・・・ 少し、食欲なくて、さ」


元々マコトのことが気になって、あまり食欲がなかった上に、桜庭さんに会って、更になくなった。

・・・・あきらに会えたのは、うれしいんだけど。


「まじで? 大丈夫?」

心配してくれる周防くん。

「うん、大丈夫だよ。 体調悪いとかじゃないし」

へらって笑う。



「なああきら。 今日の講義のノート、みせてくんない?」

木島くんがあきらに話しかける。

「いいぜ。 今日のはちょっと、難しかったよな・・・・」

「ああ。 夏休み前に試験あるしなー。 ユウウツー・・・・・」

タメ息をつく木島くん。


「医学部って、試験は前後期じゃないの?」

咲良ちゃんは興味津々だ。


「ほとんどの試験は前期・・・だから、9月だけど、何個か夏休み前にあるんだ」

周防くんが説明する。

「それに受からないと、平穏無事に夏休みは迎えられませんって、やな感じだよなー」

きゅって眉根を寄せて、イヤそうなカオの木島くん。

「あきらは夏の試合に向けてテニスも忙しくなるだろうし・・・ 大変だな」

「まーな。 でも、何とかなるだろ」

まるで他人事みたいなあきら。


・・・・そっか・・・・

夏休み前に、試験、あるんだ・・・・・

知らなかったな・・・・



「なあ、夏休み、みんなでどっか行かねー?」

「いいな! 大人数で行ったら、楽しそう!」

盛り上がるユージと木島くん。


あの2人が、企画してくれそうだな。


「遊ぶことになると、とたんに元気になるよなー」

呆れ顔で言う周防くんに、木島くんはニッて笑った。

「そりゃーね。 楽しい予定がないと、試験乗り越えらんねーよ」







昼飯が終わって、みんなで学食を後にする。

すると、後ろを歩いていたあきらと桜庭さんの話し声が聞こえてきた。


「ねえ、あきらくん。 今日、私の家でゴハン食べない?」

「え、柚葉の家で?」


あきらの言葉に、ぎゅって、胸が締め付けられる。



『柚葉』



あきらが桜庭さんのことをそう呼んだのを、初めて聞いた。


木島くんも周防くんも、二宮さんと桜庭さんのことを名前で呼んでた。

だから、あきらだってそうだろうって、分かってたはずなのに。



それに、桜庭さんの、家に、行く・・・・・・・?



「うん。 実は週末、ゴハン作り過ぎちゃって。 みんなにも声かけてるの。 だから、あきらくんもどうかなーって思って」

「んー・・・・・」


あきらが、返事に迷ってる。

・・・・さっきオレに、『カレー作って』って、言ってきたもんな・・・・・


「それに、今日の講義のとこ、私も教えて欲しいな。 難しかったし、みんなで勉強しようよ」


勉強・・・・

さっき木島くんも、あきらに教えて欲しいって言ってたし・・・・・


返事をしないあきらを、オレは振り返った。


「あきら、行って来いよ」

「レイキ?」

「ゴメン。 ちょっと聞こえてた。
・・・・・オレ、今日ゴハン作るけど、明日食えばいーじゃん。 勉強、するんだろ?」


行くことを勧めるオレに、桜庭さんは嬉しそうな表情を見せた。


・・・・・別に、桜庭さんのために勧めてるわけじゃない。

だって、みんなで勉強しようって話だし、やっぱ医学部って勉強大変だろうから。


「・・・・うん。 わかった。 じゃあ今日は、柚葉んとこで御馳走になる」

あきらはちらってオレを見た。

・・・・申し訳なさそうな表情。


オレは、『気にすんな』っていうつもりで、笑ってみせた。



・・・・ホントはもちろん、イヤだけど。 桜庭さんの家に行くなんて。

でもほかのみんなも一緒だし、勉強も兼ねて、だし。

しかたがないと思う。




あきら達と別れた後、桜庭さんからLINEが来た。

『ありがとう♡』


別に桜庭さんのために言ったわけじゃねーのに。


そう思いながらも、

『どういたしまして』

そう返信してしまう自分にも、嫌気がさしてきた。






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