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最終章 暴走する悪役令嬢を止める禁句とは

12話 発狂

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 見知らぬ遺体への死臭には慣れてきた。
 これは慣れて良いものなのだろうか。
 相変わらず、ランタンの灯りに照らされるベアトリクス様の表情は恍惚なものだ。
 ふと思う。
 私が彼女くらいの年のころ、女性を弄ぶことへの快感を覚え始めたころ。
 こんな濁った目をしていたのだろうか?
 ・・・・・・なら、道を踏み外す前に正してやらなければならない。
 その先は間違いなくケイトと同じ末路だろうから。
「ベアトリクス様」
「え?」
 自然に敬称で彼女を呼んでいた。
 貴族相手の火遊び気分の、くだけた恋人役の遊びではない。
 本当にベアトリクス様を思ったからこそ口から出た言葉。
「どうしたの? イーモン。恋人の私にそんな口調はやめてくださる?」
「・・・・・・」
 ベアトリクス様は恍惚のその表情を一度やめ、無意識に顔を覆っていた布を外して美しい口元をあらわにする。
 動揺している。
 腐臭漂う見知らぬ遺体を前にしても。クルック家の壮絶な秘密を知っても。
 平然としていたベアトリクス様がだ。
「私の本心から忠告します」
 質問を無視する形になってしまった。  
 真剣に向き合う。
「・・・・・・?」
 ブルーノも違和感に気づいたか。
 緊張しつつも、無言で様子を伺っている。
 言おう。
 薄々とわかりかけていた。
 今、ベアトリクス様は歪みかけている。
 そして・・・・・・それは彼女の・・・・・・一番聞きたくない言葉を使えば、修正できる。
 それが傷付けることになっても。
「あなたが、ケイトに憧れていたから、彼女の生き方をトレースしてみたい気持はわからないでもないです」
「ど、どうしましたの? イーモン。あなたらしくありませんわ」
「ちゃんと聞いてください」 
 言葉を聞いてふと思う。
 彼女の思う『イーモンらしい』。
 それは単なる女性をゲームのように攻略するための上辺だけの私の態度にすぎない。
 平民なのに貴族の令嬢に物怖じしない態度が気に入られる。
 それはそう判断したからこそ、そう演じていただけのイーモン・ケアードの仮初めの人格・・・・・・。
 そんなものはもう捨てよう。
 私は・・・・・・・。
 本心からベアトリクス様にケイトのような末路を辿って欲しくない。
 未成年というのは思い込みから何かに没頭してしまい、それから抜けられなくなったりするものだから。
 だから改めて、言おう。
 例えこれからする発言から、行き場のない怒りが私に向かったとしても。
「あなたのこれからやろうとする行動はケイトの魂を傷付ける」
「・・・・・・!」
 ・・・・・・。
 これが私の考えだしたベアトリクス様を止める答えだった。
 オカルト的なものを一切信じない私の口から出た言葉。
 それは、故人を傷付けるという一見荒唐無稽なものだった。

†††††
 
 その行為は故人の魂を傷付ける。
 ベアトリクス様がひそかに敬愛したケイトを傷付ける。
 そう進言したとたん。
 ランタンに照らされた美しい顔は険しい表情に変わった。
「何を言ってますの? 訂正しなさい」   
 息づかいも荒い。  
 まるで親の仇でも見るような目で睨まれた。
 やはり・・・・・・ベアトリクス様の一番聞きたくない言葉は、自分の行為が他人を傷付けるという説明。
 それを悟らせるような発言。
 かつて私が弄んだ数々の女性を傷つけていたと気づいたときに、すべての価値観が変わったように、彼女にとっては受け入れがたいものはず。
 自分の行為が実は他者を傷つけていた。
 それは対象が敬愛する者なら、尚更認めたくないだろう。
「・・・・・・」
 思えば私がベアトリクス様に恋人として気に入られていたのは、私が上辺だけでも他人を傷付ける発言をしない人間だから・・・・・・。
 そこに共感していたのかもしれない。
「イーモン、訂正しなさい! 私は! 私は! 志し半ばで散ったケイトの意思を継ぐのですわ! それなのに! ケイトの魂が傷つく?」
「ケイトの意思ですか?」
「そうですわ・・・・・・彼女の正義を私が継続する事で魂は救われる」
 叫びながら表情はいよいよ狂ったものになっていく。
 口元は歪み、目は充血して泳ぎ、歯がむき出しにされる。
 鬼のような形相とはこの事か。
 貴族街の宝石と謳われた美貌が台無しだ。
「・・・・・・!?」
 そばにいたブルーノが無意識に一歩下がる。
 彼女の異様さに気押されたか。
 それはベアトリクス様が実際に人を殺す意思があるからこそ、他人に恐怖を伝えられる。
 かつて怪人に扮した屈強な男が敬愛していた小柄な少女に気圧されたように。
 もちろん私もその異様さを敏感に感じ取っている。
 足が震えるほどに。
 しかし、引くわけにはいかない。
「訂正はしません」
「なっ!?」
「おそらく、生前のケイトは子供の時に拷問官であった母親の仕事をずっと隠れて見ていた」
「訂正しなさいと言ってますわ!」
「善悪のつかない時期にそれを見た彼女の精神はそれで狂ってしまったのでしょう」
 ケイトが狂ってしまった。
 そのフレーズを聞いて、ベアトリクス様の表情はいっそう歪む。
「薄々と感づいているのでは?」
「・・・・・・!?」
「ケイトのやっていたことはおそらく、悪人の貴族を誘拐してこの森で処刑していた事は・・・・・・単なる遊びです」
「なるほどね。だからケイト様は見るからに怖い方だったわけか」
「そしてそれを自分でも止められなくなっていた」
「違う・・・・・・」
「あなたはそれをトレースしてはいけない。あなたはまだ・・・・・・戻れる。いや、まだ狂ってすらいない」
 途中ブルーノの言葉も聞こえたが、よく聞いてなかった。
 にらみ続けるベアトリクス様に真っ向から向き合う。
「そんなの・・・・・・ダメですわ。あの子を理解する者は私ですの」
「・・・・・・?」
 ベアトリクス様の表情がまた変わる。
 鬼のような形相から一転、今度は儚げな表情に。 
 目には涙が浮かぶ。
 それは・・・・・・吸い込まれるような美しさで・・・・・・。
「あの子が生前狂っていたというなら! それでも構いませんわ! 私も同じ存在として、ケイトの友人であり続けますわ!」 
「え!?」
 予想外の言葉が発せられた。
 てっきりこのまま私の言葉を認めずに暴れるベアトリクス様を取り押さえる流れになると思っていたのだが。
「うわああああ!」
「ちょっ、痛っ」
「ベアトリクス様!」
 ベアトリクス様の叫び声とブルーノの軽い悲鳴が聞こえた。
 ブルーノが突き飛ばれたのだ。
「うわああああああ!」
 叫び続けながら、隠し階段を軽やかに上っていく音が続けて耳に入る。
「・・・・・・」
「な、何やってんだよ兄貴。ベアトリクス様を取り押さえないと!」
「あっ!」
 一生の不覚。
 予想外の展開へついていけず、この状況で一瞬惚けてしまっていた。
 ブルーノの声で我に返る。
 二人で隠し階段を上りベアトリクス様を追う。
「姉ちゃんがああなってるの見たことある」
「え? マリンが?」 
「付き合ってたあんたと上手くいかなくなってた時期。あんな感じになっていきなり湖に飛び込んで泳ぎ出したりしてた」
「・・・・・・マリンが?」
 階段を上りながらも、突然耳が痛い情報が知らされる。
 過去にあったというマリンのその奇行に走らせた原因は間違いなく私だ。
「・・・・・・」
 感情が昂ぶり、おそらく自分の意思の整合性がつかなくなり、暴走中のベアトリクス様。
 取り押さえないとどんな行動に出るのか。
 まったく予測がつかない。
 急がねば。
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