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竜人の遺跡

4話 サソリ使いの過去。

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 ジェレマイアの話をしていた。
 しかし窓の外を見ていたツムギが急に黒髪を振り乱して叫び出す。
「エ、エバンズ殿! 何をしているのじゃ! 目の前は沼じゃぞ!」  
 耳が痛い。 
 金切り声はやめて欲しい。
「大丈夫だ! レナード! ちゃんと説明しておけ!」
「わかった!」
 御者台にいるエバンズさんに大声で返す。
「あわわ、お主らなぜ落ち着いておるのじゃ」
「大丈夫だって、この馬車はエバンズさんの魔法で浮いてるんだよ」
「ひょっ?」
 ポワンとした不思議な音が外に響く。
 次の瞬間、馬車の中も不自然に揺れる。
「す、水面を馬が走っておる」
「エバンズさんの風の精霊魔法の応用だよ。そういうの、百年前は無かったのか」
「む、聞いたことないのう」
「へえ」
 その流れを聞いて、ドミニクがしたり顔で語りだす。
「魔法関連は失われた技術が多いと聞くが、逆に百年前と比べて進化した部分もあるわけか」
「な、なるほどのう」
 立ち上がっていたツムギはちょこんと座り直し、今度は感心しながら窓の景色を眺め始めた。
「それで、ジェレマイアって奴は何者なんだ?」
 話を元に戻す。

†††††

 おそらくツムギにとって話したくない事かもしれないが、また襲ってくる可能性もある。
 しっかり対策を練るためにも聞いておかないと。
「……ジェレマイアか」
 また憎しみを押し殺すような表情に変わる。
「あやつはワシの母の弟子。ワシが生まれる前の子供の頃から師事していてのう。ワシにとっては兄のような存在じゃった」
「……」  
 そういえば、あの時ジェレマイア本人が似たような事を言っていたような。
「その前に、そいつの種族は?」
 ドミニクが横槍を入れる。
 しかし今回は俺もそこをまず聞いておきたい。
「そうだ。あいつは見た感じ角もなければ耳も人間のものだった。もしかして普通の人間なのか?」 
「そのはずじゃ」
「え? エルフとかハーフエルフですらないのか?」
「うむ。だからとっくに寿命を迎えているはずなのじゃが。何しろ百年前に生きてた者じゃ」  
 ……不可解な話だ。
 レジナルト爺さんに時を止められてた目の前の少女ならともかく、ただの人間が若い姿で百年以上生きてる理由ってなんだろう。
「そっちのほうは今は答えはでそうにないね。ジェレマイアの話の続きを聞かせてよ」
「う、うむ」
 仕切り直して、ツムギは語りだす。
「ジェレマイアは元々ワシの父が大陸の旅の帰りに、身寄りのない子を引き取るという経緯でワシの家に来たのじゃ」
「……」
「父上は大陸で当時七つの子供だった彼奴に命を助けられたと言っていた。その事に感謝して、養子にしようとしたらしい」 
「よ、養子!?」
「うむ」
 驚いた。
 あの男は本当にツムギの兄のような存在だったのか。
「しかし本人がそうなることを頑として拒んだと聞いておる。そして東洋の島国の村で、働き口を紹介して欲しいと告げたそうじゃ」
「子供がか?」
「いや、よくある話だけどね。没落貴族の嫡男とかそういう行動を取る」
「没落貴族の子か……そうだったのかもしれんのう」
 ツムギ遠い目をする。
 これは……あの男に対して抱いているのは、憎しみの感情だけじゃないのかも。
 話が元に戻る。
「ジェレマイアはすぐに東洋の言葉を覚えてのう。村の一員としてすぐに馴染んだそうじゃ」
「……」 
「そして術士であったお母様に正式に弟子入りし、雷と風の魔法を学んだそうじゃ。ワシが生まれてからは、ワシの面倒もよく見ていた」
「ここまで聞くかぎり、昨日のあいつのイメージとまったく重ならないな」
「……そうじゃのう」
 またツムギの表情が険しくなる。
「しかし、ワシが十になった頃。奴は本性を表した」
「……!」
「嵐の晩の日、奴はエビルスコーピオンの群れを村に召喚したのじゃ」
 召喚……あり得るだろうか?
「あの男、精霊魔法二種類と時空魔法を使えるのか? あり得ない」
「そうじゃのう。しかしワシはこの目で見た。それに、サソリがジェレマイアだけを襲わないのも見た」
「そう言われるとあの男、昨日もサソリ二体を従えてたな」
「うむ」
 世の中広い。 
 それならば、ジェレマイアは風と雷の二つの精霊魔法、それに時空魔法と魔物を従える能力、少なくとも四つ持つ事になる。
「まあ僕たちの先生って例もあるし」
「あ、それもそうか」
 そうだった。
 自分の師が、四つどころではなく能力を持ってた人だった。

†††††
 
 ツムギは過去を語り続ける。
「寝込みを襲われ、手練揃いだった村の者たちはすべてサソリに刺されて死んだ」
「……」
「そして毒に耐性があったワシだけが生き残ったのじゃ。そのあとワシはジェレマイアの手によって人買いに売られ、竜人王の元に……あれ?」 
 自分で話していて、急にツムギが変な声を出す。
「どうした?」
「今思い出した。その時ワシは……ジェレマイアに勾玉を……」
「はあ?」
 急にツムギはカバンの中をゴソゴソし始める。
 そして俺が広場で買ってあげた変な形の安物のアクセサリーを取り出す。
「これ、間違いない」
 ジッと手元を見ている。
「何?」
「このアクセサリー、元々ジェレマイアのものじゃ。百年前、人買いに売られるワシに持たしたのじゃ。ピンチになったら魔力を込めろと言って」
「……いや、辻褄が合わないだろ? なんであんたを人買いに売った極悪人がそんな事を?」
「そうじゃのう。あの時ワシは毒に苦しみ意識が朦朧としていた。この辺は記憶違いじゃな」
「……」
「あの時は……兄のように慕っていたジェレマイアの裏切りを信じたくなくて、そんな都合の良い妄想をしたのかもしれぬ」
「そうか」
「だいたいそれがたまたま百年後にあの広場で売られていて、たまたまお主が買ってくれるなどという偶然はないか」
 どちらにせよ、ジェレマイアが極悪人であることは間違いなさそうだ。
「宿場町だ! おい、お前ら! いったん休憩するぞ! 飯だ!」
「……!」
 突然、エバンズさんの大声が聞こえてきた。
「飯か。そういえばお腹が空いたのう」
 話は自然とそこで終わる。
「……」
 改めて思う。
 ジェレマイア、あの男は危険だ。
 今後遭遇しないことを願う。
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