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第四部
忍び寄る女
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何食わぬ顔で宿まで戻ってくると、近くにある冒険者ギルドが騒がしくなっていた。気になって寄ってみると渓谷の上空で爆音が聞こえただの、激しく発光していただの、天変地異の前触れだの、もうすぐフェアリィバレイが滅ぶだのだ。
「シュウさん?」
なんとなく気まずい思いが強くなってきた頃、低い声音のテトラさんから声をかけられた。
「なんでしょう?」
「一応聞いておきたいんですけど、この騒ぎに心当たりありますか?」
「ええ、ありますね」
あくまでも堂々とした態度を崩さずにそう答える。
「ほほぅ。どういった内容か聞いても?」
応えた瞬間にテトラさんの目が細められ、若干だが威圧感が増した。
「……お姉ちゃんこわい」
フォニアを怖がらせた目の前の人物を、同じように目を細めて睨み返す。「うっ」とテトラさんが言葉に詰まるが、それでも職務を全うしようと目に力が籠められる。
「ちょっと山頂付近で試し撃ちをしただけなので、なんでもありませんよ」
「…………試し……撃ち?」
言葉をゆっくりと咀嚼するように繰り返すテトラさん。
気が付けば周囲に野次馬ができている。ギルド内で囁かれている言葉に『試し撃ち』と『なんでもない』が混じり始める。
「もういいですかね」
なんとなくこの尊大な態度を続けるのも難しくなってきた。いやホントごめんなさい。街には影響ないと思ってたんです。
――あ、そうだ。
「お詫びと言ってはなんですが、ギルドに新しい素材を卸していきますんで査定お願いします」
「……あ、ちょっと!?」
テトラさんの脇をすり抜けて買取カウンターへと進む。ざわつくギルド内で買い取りに出す他の冒険者はいないようで、さっそく異空間ボックスから切り分けた海皇亀の甲羅を取り出した。一メートル四方のやつである。
「というわけで査定よろしく」
「何がというわけだよ。今回は手ぶらじゃなかったみたいだが、なんなんだこれは」
「海皇亀の甲羅ですね。査定はすぐ出るとは思ってないのでまた来ます。では」
「……は?」
理解が追い付いていない栗鼠人族の職員を放置し、その場を離れる。
「ちょ、あなたいったい買い取りに何を出したの!?」
追いついてきたテトラさんがそう声を掛けてくるものの、ブツはカウンターの上に乗っているので答えも聞かずにそっちへと流れて行った。
よし、これで完璧だ。もう誰にもさえぎられることなくギルドを出れそうだ。
「さて帰るか」
「そうだね」
「そうだな」
他人の振りをしていた莉緒とイヴァンと合流してギルドを出る。
そこには狭いながらも青い空が広がっていた。今日もいい天気である。よきかなよきかな。
「あんたが噂のSランク冒険者かい? ギルドじゃ目立ってたみたいだけど……!」
それなりに人通りのあるギルド前の大通りでふと声を掛けられた。なんとなく気になる声に振り返ると、露出が高めの派手な女性が佇んでいる。真っ白な髪に真っ赤な瞳が印象的な、出るところは出て引っ込んでいるところは引っ込んでいる、ナイスバディをお持ちな女だ。
「目立つ彼が相棒だと大変でしょう?」
ふと俺から視線を逸らした彼女が莉緒へと話を振る。ちらりと俺を振り返る莉緒だが、すぐに女に向き直る。
「そんなに目立つとは思ってないけど……」
「そうかしら? 今日は大活躍だったんじゃないかしら」
怪しく細められる女の目に嫌な予感がよぎる。危険察知は仕事をしないので、すぐに危機が迫っているわけではなさそうだが……。
『莉緒、気を付けろ』
『…………うん』
ゆっくり近づいてくる女に警戒していると、莉緒がおもむろに女に向かって歩き出す。
「莉緒?」
ふらふらと近づいていく莉緒に何か考えでもあるのかと思ったその瞬間、女が懐から取り出した何かが莉緒の首に嵌められた。
「あは!」
「莉緒!」
一瞬笑みを浮かべる女を無視して莉緒に呼びかけると、莉緒が女に向かって手をかざす。
「余計なことをするんじゃないよ」
が、女の一言で動きが止まってしまった。
「あんたもね……」
ニヤリと笑みを浮かべると俺にも忠告を飛ばしてくる。
「これはよく知ってるだろう?」
首に嵌めたモノを指差すと、その笑顔が嗜虐的なものに変わっていく。
「女の命が惜しいなら、そこでじっとしてな。……行くよ」
それだけ告げると女は踵を返して歩き始める。莉緒は抵抗を試みるが、嵌められた隷属の首輪に抗えるはずもなく女の後をついていく。
「莉緒! ……待て!」
咄嗟に女を鑑定するも、あまりのステータスの高さに行動をためらってしまう。とりあえず空間魔法でマーキングはしたがどうすべきか。
考えろ、考えるんだ。まず、なんで莉緒は奴に不用意に近づいていったんだ。
ふと莉緒を鑑定してみると、状態に魅了、隷属と出てきた。
――まさか!
さっき鑑定した女のステータスを思い出す。
=====
名前 :エルヴィリノス・ジュエルズ
種族名:吸血鬼族
職業 :侍女
状態 :通常
ステータス:HP 23430
MP 74362
筋力 13764
体力 20343
俊敏 12654
器用 46553
精神力 46559
魔力 50987
運 1098
=====
莉緒の状態を見て確信した。どこかで見たことあると思ったら、商都のオークションに奴隷として出品されていた、俺に魅了をかけてきた女だった。
気が付けば莉緒の姿は雑踏の中に消えて、視界の中には映らなくなっていた。
「シュウさん?」
なんとなく気まずい思いが強くなってきた頃、低い声音のテトラさんから声をかけられた。
「なんでしょう?」
「一応聞いておきたいんですけど、この騒ぎに心当たりありますか?」
「ええ、ありますね」
あくまでも堂々とした態度を崩さずにそう答える。
「ほほぅ。どういった内容か聞いても?」
応えた瞬間にテトラさんの目が細められ、若干だが威圧感が増した。
「……お姉ちゃんこわい」
フォニアを怖がらせた目の前の人物を、同じように目を細めて睨み返す。「うっ」とテトラさんが言葉に詰まるが、それでも職務を全うしようと目に力が籠められる。
「ちょっと山頂付近で試し撃ちをしただけなので、なんでもありませんよ」
「…………試し……撃ち?」
言葉をゆっくりと咀嚼するように繰り返すテトラさん。
気が付けば周囲に野次馬ができている。ギルド内で囁かれている言葉に『試し撃ち』と『なんでもない』が混じり始める。
「もういいですかね」
なんとなくこの尊大な態度を続けるのも難しくなってきた。いやホントごめんなさい。街には影響ないと思ってたんです。
――あ、そうだ。
「お詫びと言ってはなんですが、ギルドに新しい素材を卸していきますんで査定お願いします」
「……あ、ちょっと!?」
テトラさんの脇をすり抜けて買取カウンターへと進む。ざわつくギルド内で買い取りに出す他の冒険者はいないようで、さっそく異空間ボックスから切り分けた海皇亀の甲羅を取り出した。一メートル四方のやつである。
「というわけで査定よろしく」
「何がというわけだよ。今回は手ぶらじゃなかったみたいだが、なんなんだこれは」
「海皇亀の甲羅ですね。査定はすぐ出るとは思ってないのでまた来ます。では」
「……は?」
理解が追い付いていない栗鼠人族の職員を放置し、その場を離れる。
「ちょ、あなたいったい買い取りに何を出したの!?」
追いついてきたテトラさんがそう声を掛けてくるものの、ブツはカウンターの上に乗っているので答えも聞かずにそっちへと流れて行った。
よし、これで完璧だ。もう誰にもさえぎられることなくギルドを出れそうだ。
「さて帰るか」
「そうだね」
「そうだな」
他人の振りをしていた莉緒とイヴァンと合流してギルドを出る。
そこには狭いながらも青い空が広がっていた。今日もいい天気である。よきかなよきかな。
「あんたが噂のSランク冒険者かい? ギルドじゃ目立ってたみたいだけど……!」
それなりに人通りのあるギルド前の大通りでふと声を掛けられた。なんとなく気になる声に振り返ると、露出が高めの派手な女性が佇んでいる。真っ白な髪に真っ赤な瞳が印象的な、出るところは出て引っ込んでいるところは引っ込んでいる、ナイスバディをお持ちな女だ。
「目立つ彼が相棒だと大変でしょう?」
ふと俺から視線を逸らした彼女が莉緒へと話を振る。ちらりと俺を振り返る莉緒だが、すぐに女に向き直る。
「そんなに目立つとは思ってないけど……」
「そうかしら? 今日は大活躍だったんじゃないかしら」
怪しく細められる女の目に嫌な予感がよぎる。危険察知は仕事をしないので、すぐに危機が迫っているわけではなさそうだが……。
『莉緒、気を付けろ』
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ゆっくり近づいてくる女に警戒していると、莉緒がおもむろに女に向かって歩き出す。
「莉緒?」
ふらふらと近づいていく莉緒に何か考えでもあるのかと思ったその瞬間、女が懐から取り出した何かが莉緒の首に嵌められた。
「あは!」
「莉緒!」
一瞬笑みを浮かべる女を無視して莉緒に呼びかけると、莉緒が女に向かって手をかざす。
「余計なことをするんじゃないよ」
が、女の一言で動きが止まってしまった。
「あんたもね……」
ニヤリと笑みを浮かべると俺にも忠告を飛ばしてくる。
「これはよく知ってるだろう?」
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「女の命が惜しいなら、そこでじっとしてな。……行くよ」
それだけ告げると女は踵を返して歩き始める。莉緒は抵抗を試みるが、嵌められた隷属の首輪に抗えるはずもなく女の後をついていく。
「莉緒! ……待て!」
咄嗟に女を鑑定するも、あまりのステータスの高さに行動をためらってしまう。とりあえず空間魔法でマーキングはしたがどうすべきか。
考えろ、考えるんだ。まず、なんで莉緒は奴に不用意に近づいていったんだ。
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――まさか!
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