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閑話(第三部)

閑話 根黒

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「はぁ、はぁっ、……抜けた! よっし、ようやく抜けた!」

 天狼の森に突如現れた塔で足止めされること約一か月ちょっとくらいか。ようやく抜けて職人の街レイヴンへと到着することができた。結局あの塔には何もなかった。魔物が入ってこないのは助かったが、本当にそれだけだ。登ってみたいとは思ったが、今はそんなことをしている暇はない。

「あー、マジで死ぬかと思った」

 でもシルバーウルフを何匹か仕留められたし、いくらか金にはなったかもしれない。さすがに難易度の高い森に籠って収入なしは辛いしな。
 とりあえずギルドに行って換金するか。ついでに二人の足取りも追えれば。

「あそこか」

 昼過ぎの時間帯だからか、冒険者ギルドはそれほど混んではいない。まずは買取カウンターへと向かい、革袋に詰められた戦利品をいくつか取り出す。

「これの買取を頼む」

「かしこまりました」

「ところで、以前この街に黒髪黒目の男女二人組が来なかったか?」

 しばらく森で過ごしたが、街に着いたらいつものように聞き込みを行う。この世界だとぼくたち日本人は目立つ風貌をしてるから、追いかけるのは楽だ。

「はは……、あの二人をご存じで?」

「ああ、同郷だからな」

「なるほど……っと、こりゃシルバーウルフの魔石と……牙と爪ですかい?」

「そんなに珍しいものでもないだろう?」

 フェンリルの森もそこそこ近いんだし。

「いやー、森は近いですけどシルバーウルフはかなり奥まで行かないと遭遇しないんで、このレイヴンじゃ珍しいですよ」

 そうなのか。じゃあちょっとは色付けて買い取ってもらえるかな。天然物の茸なんぞ探してる余裕はなかったし、とりあえずこれでいい宿でもとって今日は休もう。

「そういえばその黒髪黒目の二人組ですけどね、このシルバーウルフをテイムしたってちょっと話題になってましたよ」

「は?」

「子どもっていう触れ込みでしたけどね。いやでもあの魔獣の威圧感はパなかったですよ」

 シルバーウルフをテイム? なんだそれ、聞いたことないんだけど魔物って手懐けることできるのか。それともテイマーなんて職業がある? いやでもあいつは無職だったような気がするんだけどな。

「へぇ、その二人はまだこの街にいるのか?」

「いえ、一か月くらい前にここは出られましたよ」

 さすがにもういないか。森での足止めが長すぎたな。ただでさえ引き離されてるのに……。

「そういえばその二人ですけど、この街の神殿で結婚の儀を挙げてましたよ」

「………………は?」

 なんだって? けっこんのぎ? なんだその儀式は。魔物とかを生贄にして悪魔でも召喚するのか? いやそうじゃない、結婚って……。あの結婚だ。

「女神からの祝福がすごかったとかでそりゃもう大騒ぎ――」

 職員が何かしゃべってるようだがさっぱり頭に入ってこない。
 あのクソ野郎と、莉緒ちゃんがか? ……ありえないだろう。あの野郎のことだ、絶対に莉緒ちゃんに無理やり――



「――はっ!?」

 気が付けば宿のベッドへと腰かけていた。
 ぼくはさっきまで何をしていたんだっけか。確か『馬の角亭』に宿をとって、それがここだったっけか。いやもうちょっと思い出せ。そうだ、あのギルド職員に話を聞いていたんだったか。どうやってこの宿にたどり着いたのか覚えてないな……。
 にしても女神の祝福って何なんだ。この世界に召喚されたとき、ありがちな神様にスキルをもらうみたいなテンプレ展開はなかったんだが……。この世界には女神がいるのか?

「くそっ、まぁいい……。待っていてくれよ……、ぼくの莉緒ちゃん」



 ようやく帝国か……。ここまで長かった。莉緒ちゃんのためとはいえ、追いつけない二人をひたすら追いかけるのは精神的にもきついものがある。
 いやいや……、弱気になるんじゃない。莉緒ちゃんをクソ野郎から救い出すんだろ? たとえ女神から祝福をもらっていたとしても、ぼくたちの絆を引き裂くことなんてできやしないんだ。

「とりあえず今日はもう休もう……」

 大きいため息をつきながらも、目の前にあった宿へと入っていく。

「いらっしゃいませ」

「一泊頼む」

 値段を聞いて宿帳へと名前を記載していく。

「あら、珍しい黒髪黒目の方なんですね。ついこの間も男女の黒髪黒目ペアがお泊りになりましたけど、もしかして同郷の方なんでしょうか?」

「なに?」

 男女のペアだと? 黒髪黒目の?

「え、ええ」

 少し怯んだ様子の女将さん。

「ああ、すまん。ちょっとな……。もしかすると同郷かもしれないけど……」

「そうだったんですね。それはもう赤ちゃんを抱っこしては嬉しそうにしてましたよ」

「……………………………………え?」

 長い時間をかけて女将さんの言葉が浸透してきたころ、ぼくの視界は宿の天井を映しており、そのまま意識を失った。
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