7 / 421
第一部
夜明けを迎えて
しおりを挟む
「もう、歩けないよ……」
いつ何に襲われるともわからない森の中を無我夢中で歩き続けていると、後ろから柚月さんのか細い声が聞こえてきた。
ハッとして我に返り柚月さんへと駆け寄る。
「気が付かなくてごめん」
地面に座り込んだ柚月さんがゆっくりと首を振ると、後ろを恐る恐る振り返る。
「……ここまで来たら大丈夫かな」
まったく根拠はないが、そう口にしないと心も安らがない。
俺も柚月さんの隣へと腰を下ろすと大きく息を吐いた。あれから何時間逃げてきたのかわからないけど、体力も限界だ。座ってしまったし、しばらく立ち上がれる気がしない。お腹もすいたし……。
「水本くんは大丈夫?」
気遣う声と共に、俺の左手を指さす柚月さん。そういえばでっかいウサギの角が貫通したんだっけか。恐る恐る左手を観察してみると、いつの間にか血は止まってるようだ。まだズキズキするけど、我慢できないほどではない。
「……うん、大丈夫みたい」
このまま勝手に治ってくれればいいんだけど。異世界は何があるかわからないし、ばい菌とかも心配だ。
「とりあえず傷口は洗っておきましょう。……ウォーター!」
同じことを柚月さんも思いついたのか、俺の右手に魔法で水をかけてくれる。すごく沁みるけど我慢するしかない。傷口を何とか洗って綺麗にする。血はどうやら流れてこないようだ。治りが早い気がしないでもないけど、そこはラッキーとでも思っておこう。
「ありがとう」
「私たち……、どうなっちゃうんだろうね……」
両ひざの間に顔を埋めて、押し殺したような声が聞こえてくる。
これから先を考えると、ロクな未来しか思い浮かばない。餓死はまだいいほうで、最悪なのは生きたまま凶暴な獣に食われて死ぬ未来か。どのみち生き残れる気がしない。
「……きっと大丈夫だよ」
いろいろ考えたけど、まったく根拠のない言葉しか出ない。口に出してしまえばそれが現実になってしまう気がしたからだ。
「そうだね」
気が付けば周囲も薄暗くなっている。まだ歩けないほどじゃないが、時間の問題だろう。本来なら安全な場所を探すべきなんだろうけど、この森にそんな場所があるのか甚だ疑問だ。
今まで起伏の少ない森の中を逃げ続けてきたのだ。ぽっかり崖下に空いた洞窟なんて、偶然に見つかるわけでもない。獣に見つからないように、ただひたすらに息をひそめるだけだ。
「お腹すいた」
自然と漏れた言葉と共に、枯葉が堆積する地面へと横になる柚月さん。
「ちょっ……、柚月さん。こんなところで寝たら……」
喰い殺されるよ。という言葉は、首を振り続ける柚月さんには掛けることができなかった。俺ももう限界だ。魔法で生成した水で空腹を誤魔化しているが、眠気だけはどうにもならない。
「ねぇ、水本くん。……もっと近くにいてもらってもいいかな?」
眠そうなトロンとした瞳で見つめてくる。小刻みに震える柚月さんの姿と、俺自身も感じ続けている不安も相まって、躊躇いなく柚月さんの傍に寝っ転がる。
「怖いよ……」
言葉と共にそっと柚月さんが俺を抱きしめてくる。俺も無意識に柚月さんを抱きしめ返していた。
「大丈夫」
背中をポンポンと叩きながら根拠のない言葉で慰める。柔らかい彼女の感触を確かめていると、さっきまでの不安が幾分か薄れていく気がする。
同時に眠気が急激に増していき、俺の意識はそこで途切れた。
うっすらと意識が覚醒していく。
思ったより周囲は明るくなっているようだ。左腕がしびれてる気がするけどなんだろう。顔を左側に向けて目を開けると、ぼんやりとだが人の顔が目の前にあるのがわかる。
「……はっ!?」
よく見れば柚月さんの顔だ。安らかに寝息を立てているのがわかるが、俺たちどうなったんだっけか? 見た目で生きているのはわかるけど、なんとも言えない不安に駆られて隣の柚月さんの頬をペチペチと叩いて起こす。
「柚月さん、起きて!」
「んん……」
薄らと目を開ける柚月さんに安心すると、自分の頬が緩むのがわかる。
「あ、おはよう」
こっちに気が付いた柚月さんがニヘラと笑う。やばい、すげー可愛い。ナニコレ、いったいどうなってんの?
混乱していると、柚月さんの顔がだんだんと赤くなっていた。
「ご、ごめんなさい……!」
勢いよく上半身を起こした柚月さんが、顔を俯かせて謝ってくる。俺もゆっくりと起き上がると、腕枕をしていた左腕をゆっくりともみほぐす。
「いや、別に、大丈夫だから……」
どもりながら気にしてないことを告げつつ、現実逃避するようにして周囲を改めて見回す。
「それよりも……、俺たち運よくまだ生きてるみたいだな……」
どこからともなく聞こえてくる鳥の鳴き声は相変わらずだ。柚月さんも我に返ったのか、同じく辺りを見回している。
「そう、かもしれないね……」
運がよかったことには違いないんだろうけど、そもそも運がよければこんな森に追いやられたりはしていない。ほんのりと頬を赤くした柚月さんを見つめながらそんなことを考える。
「とりあえず、この森を抜けることを目指そう」
「うん」
こうして俺たちは、折れてしまいそうな心を奮い立たせるのだった。
いつ何に襲われるともわからない森の中を無我夢中で歩き続けていると、後ろから柚月さんのか細い声が聞こえてきた。
ハッとして我に返り柚月さんへと駆け寄る。
「気が付かなくてごめん」
地面に座り込んだ柚月さんがゆっくりと首を振ると、後ろを恐る恐る振り返る。
「……ここまで来たら大丈夫かな」
まったく根拠はないが、そう口にしないと心も安らがない。
俺も柚月さんの隣へと腰を下ろすと大きく息を吐いた。あれから何時間逃げてきたのかわからないけど、体力も限界だ。座ってしまったし、しばらく立ち上がれる気がしない。お腹もすいたし……。
「水本くんは大丈夫?」
気遣う声と共に、俺の左手を指さす柚月さん。そういえばでっかいウサギの角が貫通したんだっけか。恐る恐る左手を観察してみると、いつの間にか血は止まってるようだ。まだズキズキするけど、我慢できないほどではない。
「……うん、大丈夫みたい」
このまま勝手に治ってくれればいいんだけど。異世界は何があるかわからないし、ばい菌とかも心配だ。
「とりあえず傷口は洗っておきましょう。……ウォーター!」
同じことを柚月さんも思いついたのか、俺の右手に魔法で水をかけてくれる。すごく沁みるけど我慢するしかない。傷口を何とか洗って綺麗にする。血はどうやら流れてこないようだ。治りが早い気がしないでもないけど、そこはラッキーとでも思っておこう。
「ありがとう」
「私たち……、どうなっちゃうんだろうね……」
両ひざの間に顔を埋めて、押し殺したような声が聞こえてくる。
これから先を考えると、ロクな未来しか思い浮かばない。餓死はまだいいほうで、最悪なのは生きたまま凶暴な獣に食われて死ぬ未来か。どのみち生き残れる気がしない。
「……きっと大丈夫だよ」
いろいろ考えたけど、まったく根拠のない言葉しか出ない。口に出してしまえばそれが現実になってしまう気がしたからだ。
「そうだね」
気が付けば周囲も薄暗くなっている。まだ歩けないほどじゃないが、時間の問題だろう。本来なら安全な場所を探すべきなんだろうけど、この森にそんな場所があるのか甚だ疑問だ。
今まで起伏の少ない森の中を逃げ続けてきたのだ。ぽっかり崖下に空いた洞窟なんて、偶然に見つかるわけでもない。獣に見つからないように、ただひたすらに息をひそめるだけだ。
「お腹すいた」
自然と漏れた言葉と共に、枯葉が堆積する地面へと横になる柚月さん。
「ちょっ……、柚月さん。こんなところで寝たら……」
喰い殺されるよ。という言葉は、首を振り続ける柚月さんには掛けることができなかった。俺ももう限界だ。魔法で生成した水で空腹を誤魔化しているが、眠気だけはどうにもならない。
「ねぇ、水本くん。……もっと近くにいてもらってもいいかな?」
眠そうなトロンとした瞳で見つめてくる。小刻みに震える柚月さんの姿と、俺自身も感じ続けている不安も相まって、躊躇いなく柚月さんの傍に寝っ転がる。
「怖いよ……」
言葉と共にそっと柚月さんが俺を抱きしめてくる。俺も無意識に柚月さんを抱きしめ返していた。
「大丈夫」
背中をポンポンと叩きながら根拠のない言葉で慰める。柔らかい彼女の感触を確かめていると、さっきまでの不安が幾分か薄れていく気がする。
同時に眠気が急激に増していき、俺の意識はそこで途切れた。
うっすらと意識が覚醒していく。
思ったより周囲は明るくなっているようだ。左腕がしびれてる気がするけどなんだろう。顔を左側に向けて目を開けると、ぼんやりとだが人の顔が目の前にあるのがわかる。
「……はっ!?」
よく見れば柚月さんの顔だ。安らかに寝息を立てているのがわかるが、俺たちどうなったんだっけか? 見た目で生きているのはわかるけど、なんとも言えない不安に駆られて隣の柚月さんの頬をペチペチと叩いて起こす。
「柚月さん、起きて!」
「んん……」
薄らと目を開ける柚月さんに安心すると、自分の頬が緩むのがわかる。
「あ、おはよう」
こっちに気が付いた柚月さんがニヘラと笑う。やばい、すげー可愛い。ナニコレ、いったいどうなってんの?
混乱していると、柚月さんの顔がだんだんと赤くなっていた。
「ご、ごめんなさい……!」
勢いよく上半身を起こした柚月さんが、顔を俯かせて謝ってくる。俺もゆっくりと起き上がると、腕枕をしていた左腕をゆっくりともみほぐす。
「いや、別に、大丈夫だから……」
どもりながら気にしてないことを告げつつ、現実逃避するようにして周囲を改めて見回す。
「それよりも……、俺たち運よくまだ生きてるみたいだな……」
どこからともなく聞こえてくる鳥の鳴き声は相変わらずだ。柚月さんも我に返ったのか、同じく辺りを見回している。
「そう、かもしれないね……」
運がよかったことには違いないんだろうけど、そもそも運がよければこんな森に追いやられたりはしていない。ほんのりと頬を赤くした柚月さんを見つめながらそんなことを考える。
「とりあえず、この森を抜けることを目指そう」
「うん」
こうして俺たちは、折れてしまいそうな心を奮い立たせるのだった。
19
お気に入りに追加
513
あなたにおすすめの小説

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

称号は神を土下座させた男。
春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」
「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」
「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」
これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。
主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。
※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。
※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。
※無断転載は厳に禁じます
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる