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第二章 始まりの街アンファン
第61話 魔性の女
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「じゃあ返してもらえるかな?」
ケイルの目の前まで一気に登るとさっそく返還を要求する。
ぼーっとしたまましばらく反応がなかったけど、だんだんと顔が赤くなってきた。
「な、なんでそんなに簡単に、登ってくるんだよ!? ずるいぞ!」
「ええ……」
ずるいとか言われても、登れるんだからしょうがないじゃない。
「次は負けないからな!」
何が不満なのかわからないままいると、ケイルが捨て台詞を残してさっさと木から降りていく。片手だと難しいと気づいたのか、カップを途中の木の枝の上に置くとするすると降りて走り去っていった。
「いったい何だったんだ」
「あ、アイリスさん!?」
走り去るケイルを木の上から見送るけれど、誰も追いかけようとしない。というかなぜか私が注目されている。
先生は口元に手を当てておろおろしていて、ディックは目を丸くしている。女の子二人はぽかんと口を開けて私を見上げていた。
なんとなく恥ずかしくなって急いで降りようと、今いる枝から空中へ身を躍らせる。
「ああっ!?」
森の中じゃこれくらいの高さから飛び降りることはよくやっていたので問題ない。着ている服が翻らないようにふうかにお願いすると、事故が起こることなく無難に着地を決めた。
「ではあたしはこれで失礼しますね」
早口にそう告げると、そそくさと孤児院を出るのだった。
『なかなか面白い男児だったな』
なんだか精神的に疲れたので宿へと帰ったら、キースからそんな言葉が聞こえてきた。
「なんでだよ……」
カップは取られるし、ずるいと言われるし、予想外の言動をするケイルは私としてはちょっと苦手な部類かもしれない。
それに気になるあの子ってなんなのだ。ケイルは男だし、私も男だぞ。
『最近は女と間違えられても否定しなくなったからな。自業自得ではないのか?』
そういえばそうだった。別に私としては「男が好き」というわけではない。かといって女性を見ても何も感じない。幼児だったらそんなものだろうと思うかもしれないが、実際に異性を見ても何も感じないからか、自分の性別も意識することがないのだ。
それに、自分を自分と認識できていないということもあるかもしれない。まだどこかで自分はサイラス・アレイン・ラルタークだと思っていて、幼児化した今の姿は別人なのだと。だからかわいい服を着ても素直にかわいいと思えるし、鏡の前に立っても他人事のように思えるときがある。
「……認めたわけでもないけどね」
ただし女と間違えられても肯定はしていない。勘違いさせたままでいることになるけど、そこまで責任は持たない。
『なるほど。魔性の女というわけだな』
「なんでそうなるの!?」
『見た目は間違いなくお嬢ちゃんだからな』
「……別にいいよ。……女じゃないし」
せっかく以前とはまったく似ても似つかない姿になったんだ。王宮での縛られて窮屈だった生活はもうしなくていいからこそ、自分のやりたいことをやるのだ。……もちろん周囲には迷惑を掛けない範囲で。
それにしてもこれからどうやってお金を稼いでいこうか。なんだかんだで資金は十分にあるけど、ずっと働かずに食いつぶしていくのも気が引ける。というか働きたい。
「あたしにもできる仕事ってあるかな」
『あるんじゃないか? というか森でやってたように狩りや採集でいいだろうに』
「そうすると街の外に出るんだよねぇ……」
この間街の外で昼寝して寝過ごした事件を思い出す。街門でも渋られたし、シルクさんやフォレストテイルのみんなにも心配されたので、なんとなく外に行きづらい雰囲気は感じている。
「さてどうしたものか」
「お、いたいた」
「アイリスちゃん!」
フォレストテイルのみんなが探していたようで、食堂で夕飯を食べていた私は四人に囲まれていた。二人席に座っていたけど四人テーブルを移動させて四人も一緒に席に着く。
「どうしたの?」
「ああ、探索者ギルドにも報告はしたんだが……」
重大事件を予感させる雰囲気で話してくれたのは、見かけない魔物を最近平原で見たというものだった。
「そうなんだ」
「終焉の森の魔物が出てきた可能性が高いからな。危ないからお前は絶対に街の外に出るんじゃないぞ」
なん……だと……?
「あ……、うん、わかった」
街の外に出るなと言われて愕然としていると、なんとも歯切れの悪い返事になってしまった。働きたいと思った直後にこれは厳しい。
「なんだ、もしかしてまた出ようと思ってたのか?」
「危ないからダメよー?」
クレイブの目が細められ、マリンからもNGが出てしまう。
「出たいのは確かだけど……、その、あたしも働きたいなぁと思って。しばらくは大丈夫だけど、そのうちお金がなくなっちゃうから」
「なるほどね……。まぁそれについては大丈夫なんじゃないか?」
「……どういうこと?」
「お前を雇いたいって言ってる人がいるからな」
「え? あたしを?」
なんでまた私なんかを。この街に来てまだ数日も経ってないのに大丈夫なんだろうか。
「そういうわけだから、近々会ってもらいたいと思ってる。例の探索者の捜索依頼を出していた人で俺たちもよく知っている人物だから、安心してもいいと思うぞ。ダレスを探してくれた礼もしたいって言ってたしな」
「えーと、そうなんだ?」
それはそれで安心だけど、やっぱりまだ四歳児を雇いたい意味が自分の中でしっくりこない。子どもの手を借りたいほど人手不足なんだろうか。
あー、いや、もしかしたらスノウが目当てなのかも? それなら納得できるかもしれない。どっちにしろお金が稼げるならいいや。
「忙しい人だからまだ日時は未定だけど、頭の片隅にでも覚えておいてくれ」
「わかった」
結局街の外に出られないことには変わりないけど、仕事がもらえそうだとわかってちょっとだけ安心した。
ケイルの目の前まで一気に登るとさっそく返還を要求する。
ぼーっとしたまましばらく反応がなかったけど、だんだんと顔が赤くなってきた。
「な、なんでそんなに簡単に、登ってくるんだよ!? ずるいぞ!」
「ええ……」
ずるいとか言われても、登れるんだからしょうがないじゃない。
「次は負けないからな!」
何が不満なのかわからないままいると、ケイルが捨て台詞を残してさっさと木から降りていく。片手だと難しいと気づいたのか、カップを途中の木の枝の上に置くとするすると降りて走り去っていった。
「いったい何だったんだ」
「あ、アイリスさん!?」
走り去るケイルを木の上から見送るけれど、誰も追いかけようとしない。というかなぜか私が注目されている。
先生は口元に手を当てておろおろしていて、ディックは目を丸くしている。女の子二人はぽかんと口を開けて私を見上げていた。
なんとなく恥ずかしくなって急いで降りようと、今いる枝から空中へ身を躍らせる。
「ああっ!?」
森の中じゃこれくらいの高さから飛び降りることはよくやっていたので問題ない。着ている服が翻らないようにふうかにお願いすると、事故が起こることなく無難に着地を決めた。
「ではあたしはこれで失礼しますね」
早口にそう告げると、そそくさと孤児院を出るのだった。
『なかなか面白い男児だったな』
なんだか精神的に疲れたので宿へと帰ったら、キースからそんな言葉が聞こえてきた。
「なんでだよ……」
カップは取られるし、ずるいと言われるし、予想外の言動をするケイルは私としてはちょっと苦手な部類かもしれない。
それに気になるあの子ってなんなのだ。ケイルは男だし、私も男だぞ。
『最近は女と間違えられても否定しなくなったからな。自業自得ではないのか?』
そういえばそうだった。別に私としては「男が好き」というわけではない。かといって女性を見ても何も感じない。幼児だったらそんなものだろうと思うかもしれないが、実際に異性を見ても何も感じないからか、自分の性別も意識することがないのだ。
それに、自分を自分と認識できていないということもあるかもしれない。まだどこかで自分はサイラス・アレイン・ラルタークだと思っていて、幼児化した今の姿は別人なのだと。だからかわいい服を着ても素直にかわいいと思えるし、鏡の前に立っても他人事のように思えるときがある。
「……認めたわけでもないけどね」
ただし女と間違えられても肯定はしていない。勘違いさせたままでいることになるけど、そこまで責任は持たない。
『なるほど。魔性の女というわけだな』
「なんでそうなるの!?」
『見た目は間違いなくお嬢ちゃんだからな』
「……別にいいよ。……女じゃないし」
せっかく以前とはまったく似ても似つかない姿になったんだ。王宮での縛られて窮屈だった生活はもうしなくていいからこそ、自分のやりたいことをやるのだ。……もちろん周囲には迷惑を掛けない範囲で。
それにしてもこれからどうやってお金を稼いでいこうか。なんだかんだで資金は十分にあるけど、ずっと働かずに食いつぶしていくのも気が引ける。というか働きたい。
「あたしにもできる仕事ってあるかな」
『あるんじゃないか? というか森でやってたように狩りや採集でいいだろうに』
「そうすると街の外に出るんだよねぇ……」
この間街の外で昼寝して寝過ごした事件を思い出す。街門でも渋られたし、シルクさんやフォレストテイルのみんなにも心配されたので、なんとなく外に行きづらい雰囲気は感じている。
「さてどうしたものか」
「お、いたいた」
「アイリスちゃん!」
フォレストテイルのみんなが探していたようで、食堂で夕飯を食べていた私は四人に囲まれていた。二人席に座っていたけど四人テーブルを移動させて四人も一緒に席に着く。
「どうしたの?」
「ああ、探索者ギルドにも報告はしたんだが……」
重大事件を予感させる雰囲気で話してくれたのは、見かけない魔物を最近平原で見たというものだった。
「そうなんだ」
「終焉の森の魔物が出てきた可能性が高いからな。危ないからお前は絶対に街の外に出るんじゃないぞ」
なん……だと……?
「あ……、うん、わかった」
街の外に出るなと言われて愕然としていると、なんとも歯切れの悪い返事になってしまった。働きたいと思った直後にこれは厳しい。
「なんだ、もしかしてまた出ようと思ってたのか?」
「危ないからダメよー?」
クレイブの目が細められ、マリンからもNGが出てしまう。
「出たいのは確かだけど……、その、あたしも働きたいなぁと思って。しばらくは大丈夫だけど、そのうちお金がなくなっちゃうから」
「なるほどね……。まぁそれについては大丈夫なんじゃないか?」
「……どういうこと?」
「お前を雇いたいって言ってる人がいるからな」
「え? あたしを?」
なんでまた私なんかを。この街に来てまだ数日も経ってないのに大丈夫なんだろうか。
「そういうわけだから、近々会ってもらいたいと思ってる。例の探索者の捜索依頼を出していた人で俺たちもよく知っている人物だから、安心してもいいと思うぞ。ダレスを探してくれた礼もしたいって言ってたしな」
「えーと、そうなんだ?」
それはそれで安心だけど、やっぱりまだ四歳児を雇いたい意味が自分の中でしっくりこない。子どもの手を借りたいほど人手不足なんだろうか。
あー、いや、もしかしたらスノウが目当てなのかも? それなら納得できるかもしれない。どっちにしろお金が稼げるならいいや。
「忙しい人だからまだ日時は未定だけど、頭の片隅にでも覚えておいてくれ」
「わかった」
結局街の外に出られないことには変わりないけど、仕事がもらえそうだとわかってちょっとだけ安心した。
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