上 下
17 / 81
第一章 神霊の森

第17話 木の精霊

しおりを挟む
「どうして泣いてるのねん?」

 ふと気づけば精霊さんが目の前にいて、心配そうに私を覗き込んでいた。

「だっで……、あたじのなかにある、いんしは……ひっく。ぜいれいざんのなかまの、いんしだって、言うから」

 涙ながらに言葉にすると、精霊さんは微笑んで頬を撫でてくれる。

「そんなこと気にしなくていいのねん。いつの間にか生まれて、いつの間にか消えているのがボクたち精霊なのねん」

 そのまま私の頬へとピタリと体をくっつけ、目元へと口づけを落とす。

「それに精霊は生き物にも宿るのねん。アナタの中に宿る精霊を通して、アナタがとても優しい心を持っているって伝わってくるのねん。だから近くにいるととっても落ち着くのねん」

「あたしのなかの……、せいれいさん……」

 思わず自分のお腹あたりへと視線を向ける。古代文明の遺跡によって注入された精霊因子がどこにあるかはわからないけど、なんとなくお腹に宿っている気がしたのだ。

 そして今の言葉から私は重要なことに気が付く。
 私の精霊を通して伝わるってことは、死んだわけじゃないってことなのかもしれない。そう思えば重く沈んでいた気持ちが少しは浮上してきた気がする。

「それにボクはまだ生まれてから1800年ちょっとしか経ってないのねん。そういう時代があったってことはよく知らないのねん」

「せ、せんはっぴゃくさい!?」

 驚きのあまり涙がピタリと止まった。
 古代文明が滅んだのが約二千年前と言われている。精霊を乱獲していた時代がいつかは知らないが、確かに時代はかぶっていない。

『ふむ。精霊は生まれてから千年ほどで中位精霊になると聞く』

「そうなんだ。じゃあ、この精霊さんは中位の精霊さんなんだ」

『そうだな。そしてさらに一万年を経て上位精霊になるとされている。我々が接触できた記録は残っていないがな』

「え……? じゃあもうちょっと昔からいる精霊さんは、当時を知ってるってこと?」

『当然そうだろうな』

 うう……、会えるとは思わないけど、それはそれで不安だ。なにせその当時に消滅した精霊因子が私の中にあるのだ。うちの子を返せみたいに襲われないだろうか。

『我々の時代にも接触できなかった存在だ。今から心配しても無駄だろう』

 それは捕獲されたくなかったからじゃないかな。でも上位精霊というからには、すごい力を持ってそうだけど。
 でも当時のことを知る中位精霊もいるんでしょ。どこにでもいるって聞けば不安にもなる。

「そうねん。それは会ったときに考えるのねん」

「あ、うん」

 キースに言われるより精霊さんに言われたほうが納得ができる。どっちにしろ対策のしようはないのだ。なるようにしかならない。

 それにしても精霊魔術かぁ。
 知っている魔術よりも未知の魔術ってちょっとワクワクするね。

「精霊魔術って、精霊さんに魔力を渡してお願いすればいいんだよね」

 精霊さんへと視線を向けようとしたけど、頬に張り付いているのでよく見えない。どういうことができるのか聞きたいけど、そういえばなんて呼んでいいかわからないな。

「ねぇ、精霊さんってなんてよべばいい? 名前はあるの?」

「ボクは木の精霊ドライアドなのねん。名前はないから付けてくれると嬉しいのねん」

 私から離れると、キラキラと目を輝かせて期待一杯な精霊さん。そんなに名前を付けて欲しいんだろうか。

「うーん。急に名前って言われても……」

 すぐには出てこないので気持ちで一歩引くと、精霊さんが悲しそうな表情になる。

「あ、うん、今考えるからちょっと待ってね」

 慌てて弁解するといい笑顔に取って代わった。
 よかった。とにかく精霊さんの笑顔が戻って……。

 ドライアドっていうのが木の精霊を指す言葉だとすれば……、ドライとか、アドとかは安直すぎるかな。あとはいろんな木の種類があるけど……。

「じゃあ『かえで』とかはどうかな」

 甘いお菓子を思い浮かべて提案すると、嬉しそうに頷いている。
 この樹液からできるシロップは甘くておいしいよね。

「わかったのねん。ボクは今からかえでなのねん!」

 くるくると回りながら踊ると、かえでの足元から草が伸びてきてポンポンと花が咲いた。

「うおぅ、花が……」

「うふふふ。ありがとうなのねん。えーっと……」

 いきなり咲いた花に驚いているとかえでが何か言い淀んでいて。

『アイリスだ』

「アイリスちゃん!」

 キースが間髪を入れずに返すと、かえでがそれに応えた。

「ってそれあたしの名前! あいりすじゃないから! さいりゃすだから!」

『はっはっは、何を言ってるのかなアイリス。嘘は付いちゃいかないよ?』

「さっきもアイリスって呼んでたのねん?」

 首を傾げる精霊さんだけど、私はアイリスではないのだ。サイラスという男らしい名前が――

 と名前について思い起こしたところで、国王であった父親がフラッシュバックする。なんとなく呼吸が浅くなって体が震える。
 サイラスという名前を付けたのが父なのか母なのかは知らない。だけど思い出そうとすると拒絶反応が出るようで、何も考えないようにすると心も落ち着いてくる。
 なんで今頃こんな気分になったのかはわからない。でもいい機会かもしれないな。

「うん……、やっぱりアイリスでいいや」

 こうして私はアイリスとして生きていくことを秘かに決意する。

「ところで、あたしが魔力をあげたとして、かえではどんなことができるの?」

 気を取り直して聞いてみると、かえでがニコニコと嬉しそうにくっついてくる。

「植物を育てられるのねん」

 さっき見せてもらった花が咲いたやつだろうか。特にお願いした覚えはないし、魔力をあげた覚えもないけど、かえでがやったことには違いない。
 野菜の収穫がすぐできるようになるのであれば便利だな。

「あとは植物をある程度操れるのねん」

「……操る?」

「そうなのねん。藪や木をどけて、森の中を歩きやすくしたりできるのねん」

「そうなんだ……、あたしでも歩けるようになるのかな」

「もちろん。だから魔力をちょうだいなのねん」

「うん、がんばる!」

 これならこの森から抜けられるのではないかと、ちょっと期待するのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

転職してOLになった僕。

大衆娯楽
転職した会社で無理矢理女装させられてる男の子の話しです。 強制女装、恥辱、女性からの責めが好きな方にオススメです!

女子に虐められる僕

大衆娯楽
主人公が女子校生にいじめられて堕ちていく話です。恥辱、強制女装、女性からのいじめなど好きな方どうぞ

僕は絶倫女子大生

五十音 順(いそおと じゅん)
恋愛
僕のコンプレックスは、男らしくないこと…見た目は勿論、声や名前まで男らしくありませんでした…。 大学生になり一人暮らしを始めた僕は、周りから勝手に女だと思われていました。 異性としてのバリアを失った僕に対して、女性たちは下着姿や裸を平気で見せてきました。 そんな僕は何故か女性にモテ始め、ハーレムのような生活をすることに…。

入社した会社でぼくがあたしになる話

青春
父の残した借金返済のためがむしゃらに就活をした結果入社した会社で主人公[山名ユウ]が徐々に変わっていく物語

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

達也の女体化事件

愛莉
ファンタジー
21歳実家暮らしのf蘭大学生達也は、朝起きると、股間だけが女性化していて、、!子宮まで形成されていた!?

異界転生譚シールド・アンド・マジック

長串望
ファンタジー
 古槍 紙月(ふるやり しづき)二十二歳。男性。大学生。趣味は資格取得とMMORPG。そんなどこにでもいそうな経歴の持ち主である紙月は、ある日突然、見知らぬ世界で目覚めるや化け物に襲われることに。  MMO内の相棒であったMETOの助けもあり、ゲームの魔法を使って化け物を退ける紙月たち。どうやら彼らはゲームの体で異世界に飛ばされてしまったらしい。  一息ついてお互いを確認してみれば、紙月は女性キャラクターを使っていたからか女性……ではなくなんと女装していた。  そして相棒のMETOこと衛藤未来はなんと小学生。  女装ハイエルフとケモ耳小学生の凸凹コンビは、ファンタジーな異世界で冒険屋として生計を立てていくことになるが、そのデビューからチートなスキルで大物退治を繰り広げてしまい、一躍時の人に。  森の魔女と盾の騎士として有名になった二人は、ファンタジー世界を楽しみながら冒険を繰り広げていくことになる。  紙月は保護者精神を発揮し、未来は未来でひ弱な紙月を守ろうとする。  二人の間で揺れ動くキモチの行方とは。  女装ハイエルフママ男子とケモ耳小学生の異色の異世界ファンタジー冒険譚はどこへ向かうのか。 ハーメルンでも連載中!

処理中です...