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あたしが守る

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「うーん……、なんだか……、櫛の通りが前より悪くなってる気がする……」

 佳織が俺の髪を梳きながらブツブツと文句を垂れている。
 今日は佳織に髪のセットのやり方を教えてもらっていたんだが、最後に俺の髪をセットすると言っていじりだした途端に出た言葉がこれだ。
 シャンプーだけじゃダメだからって、早々に佳織にリンスとトリートメントを買わされたのは記憶に新しい。

「……ちゃんとシャンプーのあとにリンスとトリートメントしてるぞ?」

 まさかつけるだけじゃダメなのか。
 ……そういえば買うだけ買ったはいいが、つけ方とかは教わってないな。
 自分自身、男だった時からそれなりにファッションというか、身だしなみにはそこそこ気を付けていた方だとは思う。
 だけど女になってからは『そこそこ』じゃダメだということになんとなくは気づいていたんだが、ちょっとそこまでは面倒という思いが強かった。

「シャンプーのあとに……、リンスと……、トリートメント?」

 俺の言葉にピクリと眉を反応させたのが鏡越しに見えた。

「シャンプーのあとは、トリートメントをしてからリンスよ?」

「……えっ?」

 マジで? 順番なんてあんの?

「何よその顔は……。ちゃんと順番があるに決まってるじゃないの」

「……そりゃ知らなんだ」

 佳織に髪をいじられながら、鏡の前で可愛い顔を驚かせている自分が目に入ってくる。
 あー、うん。やっぱ俺可愛いわ。この可愛さをキープ……というか磨くためには『そこそこ』の努力じゃダメだな。

「その調子だと、つけたら流して終わってそうね……」

「……」

 はいその通り。……ってやっぱつけ方まであんのかよ。
 もう俺は何も言えずに、髪をセットする鏡越しの佳織から視線を逸らす。

「もう……、しょうがないわね……」

 何がしょうがないんだよ。

「あ……、あたしが今度……、つけ方教えてあげるから」

 ……今度? ……今じゃなくて? 口頭で伝えるのはダメなのか?
 疑問に思って逸らしていた顔を鏡へと向けると、その中の佳織が頬を赤く染めながら俺の髪をセットしているだけだ。

「なんだよ……。お風呂で手取り足取り教えてくれんの?」

 まさかと思ってカマをかけてみると、佳織が顔を赤くしながらも頷いている。
 いやいや、マジですか。静あたりなら嬉々として一緒に風呂にも入ってきそうだったが、まさか佳織まで?
 ……ってか顔赤いし、そんな恥ずかしいなら無理せんでも――って、ちょい待て。

 ……これはむしろチャンスではないか?
 俺が女子の裸を実際に見てどう思うかを。……佳織だと参考にならないという気もするが、少なくとも生物学上の性別は女だ。
 自分で自分の裸を見ても何とも思わなかったが、他人はどうなのか。ちょっと気にはなっているのだ。
 少なくとも今ここで佳織の裸を想像したところで何とも思わないのは確かだが。

 俺自身は元は男だが、女になったからと言って自分の考えが変わったとは思っていない。……嗜好品はちょっと変わったが。
 それはきっとホルモンバランスとかが変わったからで……、ってそうか。……女性ホルモンとかそういった作用なのかな?
 まぁあれこれ考えてもしょうがない。男から女に変わったとしても、好きなものが変わったとしても、俺は俺だ。
 我思う故に我ありって、偉い人も言ってたし。

「じゃあよろしく。……お姉ちゃん」

 とびっきりの笑顔で鏡越しにお願いをすると、佳織の顔が益々赤くなる。
 やっぱり佳織をからかうのは楽しいもんだ。



「ほぉ、圭ちゃんか。……圭一君とそっくりな名前だなぁ」

 テーブルに座る俺の向かい側で、美味そうに晩飯を頬張っているのは、佳織の父親である真鍋まなべ修司しゅうじだ。

「ほんとそうよねぇ。それにしても……、圭一君に従姉妹がいるなんて聞いたこともなかったけど、圭ちゃんってほんと可愛いわぁ」

 その隣で一緒にご飯を食べているのは、佳織の母親である真鍋詩織しおりだ。
 あれからおばさんに、『一人暮らしだと寂しいでしょ。うちで晩ご飯食べていきなさい』なんて言われてしまったのだ。
 娘の幼馴染である圭一の従姉妹と紹介したもんだからだろうか。

「えーっと……、ありがとう?」

 おばさんに可愛いなんて言われるのは違和感があるが、まぁそれは置いておこう。
 なんにしろおばさんの作ったご飯が美味い。久々に食べたけど、ある意味俺のもう一つのお袋の味なんだよなぁ。

「最近圭一君はうちに遊びに来てくれなくなったけど、元気かしら?」

 おばさんが俺にそう問いかけて来る。……男の俺の様子が聞きたかったのかな。
 っつーかそんなことは佳織に聞けばいいんじゃないのか? 俺と同じクラスなんだし。
 と思って隣で一緒に晩飯食ってる佳織の方をちらりと見ると、何やら焦った様子。
 ……まさか変なこと言ってないだろうな。

「あー、それなりに元気でやってるよ」

 今目の前にいるのが俺ですが。

「そ、そうそう。……今日も、虎鉄くんと……仲良さそうだったし……」

 口の中に入っていたご飯を急いで飲み下した後、慌てた調子で佳織が付け加えてきたが、語尾はか細くなっている。
 というか待て。俺は虎鉄と仲良くした覚えはないぞ。いや以前はもちろんそうだったが、むしろ今じゃあんなヘンタイとは縁を断ち切りたいくらいだ。
 佳織も学校での今日の出来事を思い出して思わず口に出したんだろうが、慌て過ぎだ。

「あぁ、虎鉄くんね。……どうせまた圭一くんを取られたんでしょ」

 おばさんがため息とともに佳織へと呆れた声を掛けている。
 いやいや、おばさんもちょっと待ってくれ。虎鉄に俺が取られるってどういうことだ……?
 むしろそんなことになったら俺の人生が詰んでしまうから、ごめん被りたいんだが。

「……と、取られてないわよ! 今日は守り切ったんだから!」

 佳織が反射的におばさんに反論しているが、一体何なんだこの会話は。……というかハッとした表情でこっち向いて顔を赤くするんじゃねぇ。
 確かに佳織たちに守ってもらったのはありがたいことだが、その会話の流れは男の俺じゃなくて今の俺のことだよな?

「……守る?」

 案の定おじさんが怪訝な表情になってるぞ。どうすんだ佳織?

「ふふっ、佳織にとって虎鉄くんは、圭一くんを攫いに来た敵なんでしょう」

 おばさんが訳知り顔で一人納得しているが、その言葉を聞いたおじさんまで「あぁ……」って納得してるよ。
 だから何の話なのさ……。

「……ごちそうさま!」

 恥ずかしさに耐えられなくなったのか、佳織はそのまま勢いよく立ち上がると、自分の部屋へと戻ろうとダイニングを出ようとするも、こちらをちらりと振り返る。
 そして少しの逡巡ののちに俺へと近づいてくると。

「ほら、行くわよ圭!」

 俺を急かすように立たせると、そのまま逃げるようにして佳織の部屋へと引っ張られていくのだった。
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