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二度撃ち抜かれた暗殺者
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俺は闇に潜む暗殺者……だった男だ。
標的である伯爵令嬢の下調べのため雑用として屋敷に潜り込んだはいいが、お嬢様の笑顔に撃ち抜かれて見事失敗したダメな男だ。
一度の失敗でギルドから処分され、人生に幕を下ろしたと思っていたが、気が付いたらこんなことになっていた。
「はい、おぼっちゃま、これで最後でちゅよー」
ボリュームのある赤髪の頭の上に、ふさふさの耳とホワイトブリムを乗せた女である。お皿に残っている最後のシチューを乗せたスプーンが、俺の目の前に差し出された。
残っているシチューを嚥下して口を開くと、目の前のスプーンが差し込まれる。
美味い。
いやそんなことはどうでもいい。
確かに俺は死んだはずである。
それがなぜに獣人メイドに餌付けされているのだ。
「全部食べられましたねー。えらいです」
頭を撫でられたことに嬉しさがこみあげてくる。
いったい何なのだコレは。
胸元に視線を向けると、シチューででろでろになったエプロンが掛けられている。座っている椅子はテーブルが一体化しており、まさに幼児用といったものだ。
自分の手を動かして視界に入れてみると、むちむちした子どもの小さい手が現れた。
「あー! エリサ!」
とそのとき、ノックもせずに扉を開けると、声を上げながら一人の少女が部屋へと入ってきた。年の頃は八歳くらいだろうか、背中まで伸びるストレートに伸ばした金髪と、くりくりとした大きな瞳が特徴の、かつて暗殺に失敗した標的そっくりな少女だった。
「お嬢様」
「ベルくんのごはんは、わたしがあげるっていったじゃない!」
エリサと呼ばれたメイドが返事をすると、お嬢様が頬をぷっくりと膨らませて抗議をしだした。
「ですが、お嬢様とおぼっちゃまのお食事時間は同じですよ……?」
「で、でも……!」
貴族の家ともなれば、ある程度一人で食事ができるようになるまで両親と一緒に食事をとることがない。幼児は別室でメイドや乳母によって世話をされるのだ。
「ふふ、お嬢様はおぼっちゃまのお世話をしたいのですか?」
「そ、そうよ! だってわたしの弟ですもの!」
メイドが微笑ましく頬を緩めると、お嬢様が両手を握り締めて食いついてきた。
「では、お口の周りを拭いてあげてください」
「うん!」
嬉しそうに濡らしたタオルを受け取るお嬢様。
「そっと優しく拭いてあげてくださいね」
「わかったわ!」
メイドのアドバイスに素直に頷くと、満面の笑顔を俺に向けてきた。
「――っ!?」
その瞬間、心臓に電撃が走った。
かつての標的そっくりとかじゃない。
二度撃ち抜かれた俺は確信する。当時標的だった伯爵令嬢の名前が頭に浮かんだ。
「まりやんにゅ……」
思わずこぼれた言葉は幼児ゆえか。口が上手く動かずに『マリアンヌ』と正しく発音できなかった。
「まぁ! ベルちゃんがわたしの名前を呼んでくれたわ! なんて可愛いんでしょう!」
迸る笑顔を振りまくマリアンヌに思考が止まってしまう。
あなたも十分に可愛いです。
「うふふ、これで綺麗になったわ」
優しく口の周りを拭くとマリアンヌはタオルをメイドへと返し、また俺へと向き直る。
「わたしのことはマリーお姉さまって呼んでね」
にっこりと微笑むとゆっくりと手を伸ばし、俺の頭をよしよしと撫でる。
そのままほっぺを人差し指でツンツンと、手のひらでなでなでと交互に繰り返される。
「えへへ、すべすべだー」
ひたすら好き放題されていたが、気が付けば俺もマリアンヌへと手を伸ばしていた。
「あはは、わたしの真似してるの? はいどうぞ」
腕の長さが違うので届かなかったが、マリアンヌが気を利かせて顔を近づけてくる。そのまま俺の小さな手を取って自分の頬へと当てる。
やわらかい頬の感触が小さい手から伝わってくる。そして顔が近いです。
「まりー、おねえたま」
マリアンヌの要望通りに呼んであげると、動きがピタリと止まる。
大きく見開いた瞳でこちらをじっと見つめると、その口が開いた。
「ベルちゃんが……! ねぇ、もう一回呼んでくれる?」
ちゃんと言えなかったので、口の周りの筋肉を意識してもう一度声に出してみる。
「まりーおねえたま」
「きゃー! ベルちゃん!」
しっかりと言えなかったけどそれでもマリアンヌは満足したようだ。
興奮した叫び声をあげて俺の肩を掴むと顔を寄せ、頬同士をすりすりとこすりつけてきた。
「あうあう」
心臓のドキドキが止まらない。
なんなんだこの可愛い生き物は。俺はこんなかわいい子を暗殺なんてしようとしていたのか。俺は失敗したけど、今後また狙われないとも限らない。
マリアンヌの弟になってしまうなんて想像もしていなかったが、これは神様からの思し召しなのだろうか。なにがどうなっているのかよくわかっていないが、俺はこの時にマリーお姉さまを守ると決意を固めるのだった。
標的である伯爵令嬢の下調べのため雑用として屋敷に潜り込んだはいいが、お嬢様の笑顔に撃ち抜かれて見事失敗したダメな男だ。
一度の失敗でギルドから処分され、人生に幕を下ろしたと思っていたが、気が付いたらこんなことになっていた。
「はい、おぼっちゃま、これで最後でちゅよー」
ボリュームのある赤髪の頭の上に、ふさふさの耳とホワイトブリムを乗せた女である。お皿に残っている最後のシチューを乗せたスプーンが、俺の目の前に差し出された。
残っているシチューを嚥下して口を開くと、目の前のスプーンが差し込まれる。
美味い。
いやそんなことはどうでもいい。
確かに俺は死んだはずである。
それがなぜに獣人メイドに餌付けされているのだ。
「全部食べられましたねー。えらいです」
頭を撫でられたことに嬉しさがこみあげてくる。
いったい何なのだコレは。
胸元に視線を向けると、シチューででろでろになったエプロンが掛けられている。座っている椅子はテーブルが一体化しており、まさに幼児用といったものだ。
自分の手を動かして視界に入れてみると、むちむちした子どもの小さい手が現れた。
「あー! エリサ!」
とそのとき、ノックもせずに扉を開けると、声を上げながら一人の少女が部屋へと入ってきた。年の頃は八歳くらいだろうか、背中まで伸びるストレートに伸ばした金髪と、くりくりとした大きな瞳が特徴の、かつて暗殺に失敗した標的そっくりな少女だった。
「お嬢様」
「ベルくんのごはんは、わたしがあげるっていったじゃない!」
エリサと呼ばれたメイドが返事をすると、お嬢様が頬をぷっくりと膨らませて抗議をしだした。
「ですが、お嬢様とおぼっちゃまのお食事時間は同じですよ……?」
「で、でも……!」
貴族の家ともなれば、ある程度一人で食事ができるようになるまで両親と一緒に食事をとることがない。幼児は別室でメイドや乳母によって世話をされるのだ。
「ふふ、お嬢様はおぼっちゃまのお世話をしたいのですか?」
「そ、そうよ! だってわたしの弟ですもの!」
メイドが微笑ましく頬を緩めると、お嬢様が両手を握り締めて食いついてきた。
「では、お口の周りを拭いてあげてください」
「うん!」
嬉しそうに濡らしたタオルを受け取るお嬢様。
「そっと優しく拭いてあげてくださいね」
「わかったわ!」
メイドのアドバイスに素直に頷くと、満面の笑顔を俺に向けてきた。
「――っ!?」
その瞬間、心臓に電撃が走った。
かつての標的そっくりとかじゃない。
二度撃ち抜かれた俺は確信する。当時標的だった伯爵令嬢の名前が頭に浮かんだ。
「まりやんにゅ……」
思わずこぼれた言葉は幼児ゆえか。口が上手く動かずに『マリアンヌ』と正しく発音できなかった。
「まぁ! ベルちゃんがわたしの名前を呼んでくれたわ! なんて可愛いんでしょう!」
迸る笑顔を振りまくマリアンヌに思考が止まってしまう。
あなたも十分に可愛いです。
「うふふ、これで綺麗になったわ」
優しく口の周りを拭くとマリアンヌはタオルをメイドへと返し、また俺へと向き直る。
「わたしのことはマリーお姉さまって呼んでね」
にっこりと微笑むとゆっくりと手を伸ばし、俺の頭をよしよしと撫でる。
そのままほっぺを人差し指でツンツンと、手のひらでなでなでと交互に繰り返される。
「えへへ、すべすべだー」
ひたすら好き放題されていたが、気が付けば俺もマリアンヌへと手を伸ばしていた。
「あはは、わたしの真似してるの? はいどうぞ」
腕の長さが違うので届かなかったが、マリアンヌが気を利かせて顔を近づけてくる。そのまま俺の小さな手を取って自分の頬へと当てる。
やわらかい頬の感触が小さい手から伝わってくる。そして顔が近いです。
「まりー、おねえたま」
マリアンヌの要望通りに呼んであげると、動きがピタリと止まる。
大きく見開いた瞳でこちらをじっと見つめると、その口が開いた。
「ベルちゃんが……! ねぇ、もう一回呼んでくれる?」
ちゃんと言えなかったので、口の周りの筋肉を意識してもう一度声に出してみる。
「まりーおねえたま」
「きゃー! ベルちゃん!」
しっかりと言えなかったけどそれでもマリアンヌは満足したようだ。
興奮した叫び声をあげて俺の肩を掴むと顔を寄せ、頬同士をすりすりとこすりつけてきた。
「あうあう」
心臓のドキドキが止まらない。
なんなんだこの可愛い生き物は。俺はこんなかわいい子を暗殺なんてしようとしていたのか。俺は失敗したけど、今後また狙われないとも限らない。
マリアンヌの弟になってしまうなんて想像もしていなかったが、これは神様からの思し召しなのだろうか。なにがどうなっているのかよくわかっていないが、俺はこの時にマリーお姉さまを守ると決意を固めるのだった。
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