【短編読み切り小説】古代中国のラノベ事情

加藤労全(ろーぜん)

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【短編読み切り時代小説】古代中国のラノベ事情

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 楊冒進《ようぼうしん》。彼は中国を代表する少年少女文学の巨匠である。年齢は今年で七十を越していた。地方に住んでいたが、人生最後の作品を出版するべく企画書を携え、馬に乗りはるばる首都までやってきた。

 首都には多くの出版社がありその中の一つ、トクホン出版の編集部で楊は自分の子どもと同い年の編集者と話をしていた。企画書に目を通しながら編集者が丁寧に話をする。

「楊先生ならご理解いただけると思いますが、この企画のままですと『萌え』がないんです」

 楊は、空想・幻想小説や冒険小説で有名だったが、中国でも最近の流行は若い女の子が登場する作品が多い。いわゆる萌え小説が多くなっていた。編集者は暗に、企画の変更を求めていた。

「分かりました。主役は若くて綺麗で聡明な女性にします。女王にしましょう。兄が亡くなって跡を継いだとかは、どうでしょう?」

 編集者はうなずく。この作品にかける楊冒進の情熱を理解していたのだ。

「しかし、わが国で女性が王になるなどありえなません。最近は特殊な能力を持った女性主人公が好まれます。そのあたりの設定について、先生にお考えがあればお聞かせください」

「占いが得意にしましょう。場所は海外の話にすれば良いのです。地図から適当な場所を探しましょう」

 楊は何十年も使い古した地図を広げた。そこには広大な中国の版図が描かれている。海の向こうにある島の一つを指で示した。

「海洋冒険要素を取り入れましょう。それならば、海を見たことがない子どもたちにも受けると思います。海の向こうの、この国を舞台にしましょう。女王は若い女の子で呪術を使います。それならよろしかったですか?」

「分かりました先生、お手数ですが企画をあらためて作っていただけますか? 題名は原稿を拝見してから私がつけます。最近の流行の題名は『伝』が最後に付く物です。それからどうか、くれぐれも政治的な話にはしないでください」

 編集者は楊の身の安全を心配していた。彼は今までも政治に関わる書物も書いており、何度も役所に連れて行かれている。もし今度、政治を批判する内容を書いたりしたら命の保証はない。笑いながら楊は白いひげをなでた後、心配する編集者を落ち着かせるように、肩を軽くたたいた後、ゆっくりと部屋を出て行った。

 宿屋に戻った楊は、机の前に座る。真剣なまなざしで筆を持ち、企画書を書き始めた。

<【××伝(仮題)】
1 主人公は十代の外交官(男)政府の命令で海の向こうの国に旅立ち、帰国するまでの話とする。
2 行き帰りには海上で困難にあうが、使命感と冒険心からそれを乗り越えていく。距離や方角は、作品の主題と関係ないので、地図をもとに適当に書く。
3 中国の西には大きな海がある。そして小さな島がたくさんある。それぞれの島を適当に描写する。
4 海の向こうに大きな国がある。かつては戦乱があったが、女王が収めてから連合国家として平和になった。
5 その国は女王が治めている。その女王は歳が若い女の子(呪術使い)現在は平和そのものである。
6 主人公と女王が恋に落ちるが、身分違いの恋のため、かなわなかった。主人公は女王の幸せと、その国の繁栄を願いながら無事、中国に帰国する――>
 
 楊は最低限の設定だけを決め、後は感興の赴くままに筆を走らせる作家であった。徹夜で企画書を作成し、翌日トクホン出版社を訪れた。年老いた作家の最後の作品になるであろうと考えていた編集者は、例え企画に不備があっても通して上げたいと思っていた。だが企画書を見て、その斬新な内容に驚いている。

「先生。こ、これは萌えが好きな男性だけではなく、美青年も登場。女性読者にも受ける内容です!」

 企画が通り、楊は宿屋に戻った。寝る間も惜しんでろうそくの明かりの中、作品を書き始めた。主人公の中国首都から海までの陸路での冒険。港からの洋上での冒険。島々での驚くべき文化。たどり着いた邪馬台国(やまたいこく)の平和な様子や文化。主人公が会う女王卑弥呼(ひみこ)のかわいらしいしぐさ。卑弥呼が呪術をつかい悪と戦う勇ましい姿。邪馬台国の人々との友情。主人公と卑弥呼の恋。そして主人公と卑弥呼の別れ、帰国後の主人公と卑弥呼のその後――それらを書き終えた。

 編集者も年老いた楊の、命のともしびが消えかけていることに気がついている。何としても楊の存命中に出版するため、距離や方角や日数に設定上の間違いがあったが前例のない早さで本になった。その本が当時の中国の『魏(ぎ)』の首都『洛陽(らくよう)』の本屋に並ぶ。
 夢や希望を感じるその作品の読者は、少年や少女にとどまらず、大人たちにも瞬く間に大人気となり、受け入れられていった。しかし、読者が子どもだけでないことが災いしたのだ。しょせん子ども向け作品と、多めに見ていた役人が動き出す。宿屋にいた楊は反逆の疑いで逮捕された。
 
 ここは楊が捕まっている洛陽の役所である。尋問を行うのは、楊の孫ほど年齢が離れている二十台の役人だ。

「お前の作品に出てくる、この連合王国は一体なにか?わが魏が今戦争状態であることの皮肉であろう! 呉や蜀と話し合いをせよと言うのか?!」

「平和な国だと? その平和を求めて戦っておるのだ。魏政府の政策への皮肉か?!」

「男子の王の統治の間は戦乱が起き、妹が王になったら平和になっただと?! 皇帝陛下を侮辱するつもりか?! 男と女は、そもそも身分が違うのだ! 無礼だと思わぬのか?!」

「身分違いの恋などもってのほか! 身分があってこそ世の中は治まるのだ!」

 楊は縄を打たれ、土間に座っていたが、激怒する役人と対照的に楊は穏やかに答えた。

「すぐに戦争を終らせるべきです。今起きている戦争でどれだけ多くの人が苦しんでいるのか、お役人様には分からないのですか? 私は人々に希望を与えたくてこの物語を書いたのだ。民は平和を望んでいます。それがこの本『魏志倭人伝』が多くの人に売れた証です。しかし皇帝陛下の批判では断じてありません。ただ平和を望んでいる民の夢を書いたのです。何とぞ陛下への直訴をさせてください――」

 魏政府は直ちに『魏志倭人伝』を全て回収し燃やす決定をした。楊の作品を惜しんだ政府高官の配慮があり、編集者や出版社は咎めがなかった。しかし、楊が望んだ皇帝への直訴は最後まで叶うことはなかった。そして、楊は自害を命ぜられたが最期まで満足そうだったという。

楊の名前は忘れ去られても、燃やされるずに残った本の一部が、今日では『魏志倭人伝』として語り継がれている。(完) 

あとがき――――

 ※この物語はフィクションです。実際の『魏志倭人伝』は歴史書であり、書いた人物は楊ではありません。当時の物語の流行も、もちろん萌えではありません。
 しかし、『魏志倭人伝』が書かれた当時の中国は、三国志の時代です。内戦状態という不幸な時代だったのは事実です。
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みんなの感想(1件)

堅他不願(かたほかふがん)
ネタバレ含む
2019.05.31 加藤労全(ろーぜん)

お読みくださり、しかも感想までありがとうございました。

三国志の時代も、魏志倭人伝も、フィクションなら、ファンタジーっぽい、と思って書いた作品です。

解除

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