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第3章『”剣士”覚醒』編
第141話 ヴァルガンダル家の物語14ーー始まる絶望と終わる生命
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そんな希望に満ちたルエールの人生に、絶望の影が差し込んできたのは、この頃からだった。
それはファヌス大戦に続く大規模な戦争となったネルグリア帝国との戦争の開戦前の時期。
「皆に紹介しよう。グスタフだ」
御前会議の場にて、唐突にヴィジオールから紹介されたのは、見るからに醜い中年の男だった。顔の造形は言うまでもなく、体型も怠惰を貪ってきた証であるような弛んだ肥満体。
そして何よりも、見た目に見える造形を遥かに凌駕した、その内面からにじみ出る醜悪さや陰鬱さ、暗い欲望といったものがにじみ出ている。そういった人間の醜い部分が凝縮されているようだった。そしてそれは見ているだけで不快感を通り越して、不吉や絶望を感じさせるほどの負のオーラを感じさせるほどであり、御前会議の出席者は誰もが息を飲むのだった。
「ガンドロフが失脚してから、長らく内政面の要職が空いていたからな。いつまでもリューゲルばかりに負担をかけるわけにもゆくまい。今日からはこのグスタフが正式な大臣職に就く」
いきなり皆の前に連れてきたこんな醜悪な男を政治面のトップに据えるとは、こんな見た目でも優秀な逸材なのだろうか。誰もが即座には信じられないものの、それがヴィジオールの意であるならば、誰も逆らえない。
「ぐふっ、ぐふふふっ。宜しくのぅ、皆の衆」
グスタフは濁った声であいさつをする。そうして出席者の面々を見下すような笑みは、早くも大臣気取りであることの証左だ。その笑みには、上から他人を見下し、侮蔑する歪んだ喜びに満ち満ちていた。
「併せて、グスタフはリリライトの教育係を兼務させる。リリライトの補佐となりミュリヌスを治めて、ヘルベルト連合との外交折衝も任せる」
「ちょっと待って下さい」
さすがの決定に口を挟んだのは、リリライトを溺愛するカリオスだ。そして当人のリリライトこそ声を出さなかったが、あからさまな嫌悪の表情を浮かべている。
「何でそんな豚親父――いや、失礼グスタフ卿。ええと……何故今更リリライトに教育係などをつけるのです? それにもし必要ならシンパがいるではありませんか。男にリリライトの教育が務まるとは思えません」
たまらず汚い言葉が出そうになった口を慌てて抑えながら、カリオスはあくまでも第1王子の立場から提言する。しかし対するヴィジオールは僅かにも動揺せずに答える。
「ネルグリアとの戦争は最早不可避だ。リリライトには経験のつもりでミュリヌスを任せることとしたが、ネルグリアとの戦いが終わるまで我々は国内のことに目を向ける余裕はない。そんな中、ミュリヌスと隣接しているヘルベルト連合との関係が破綻しては、たまったものではない。シンパは護衛騎士であり、政治や外交の補佐は不適任だ。よって、グスタフにその任を与える」
「しかし! 男が王女の教育係など、聞いたこともない!」
「聞いたことがないといえば、ディード=エレハンダーのことも同様だ。あれを認めたお前が、これは認められないというのか」
机を叩いて反論するカリオスを、ヴィジオールは鋭い目つきで射抜きながら迎え撃つと、カリオスは「うっ……」とたじろぐ。
「お前はリリライトのことになると感情的になり過ぎる。少しは自覚し、控えよ」
その父王の言葉に何も言えないカリオスは、そのまま無言で引き下がる。
「まあ、お前らの懸念も分からないではない。だが安心しろ。見た目に反して、相当に出来る男だ。信頼していい」
このヴィジオールにそうまで言わせるとは、一体このグスタフという男は何者なのだろうか。その信頼の程は、一番の騎士であるルエールを上回っているとすら感じられる程だった。
「に、兄様。私は大丈夫ですよ。ですから、そんな顔をしないで下さいな」
これから大きな戦に赴く大好きな兄に、余計な心配を掛けたくなかったのだろう。リリライトは努めて明るい声でそう言うが、嫌な感情は隠しきれていなかった。
「ぐひ♪ ぐひひひ♪ 宜しくお願いますぞぅ、リリライト姫様ぁ♡」
「う、ぐ……は、はいグスタフ。宜しくお願いしますね」
その気持ち悪い声とギトギトとした視線を向けられて、リリライトは笑顔を保ったまま、しかし顔色が青くなるのを止められなかった。
そして、それを見ていたルエールはリリライト以上に不快感を抱いており、そして言葉には出来ない不吉を感じていた。
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ネルグリア帝国との戦争は聖アルマイト王国の勝利に終わった。カリオス王子を初めとして、ラミアが結成した紅血騎士団や、ルエールが期待した龍牙騎士団のミリアム世代も大いに活躍――特にミリアム世代からは、ジュリアスが将軍へ格上げされた――という、大きな戦果を挙げた戦争だった。
ネルグリア帝国は滅亡。旧帝国領は、取り急ぎはラミア率いる紅血騎士団が治めることとなった。
政治的な課題や難しさは残るものの、ルエールが担当分野である戦闘結果としては、充分なものだった。
そしてネルグリア帝国との戦争が終わった後、ルエールはとある拾い物をした。
「――ん?」
王都ユールディアへ帰還の途中、ダイグロフ領内の街道で行き倒れていた男だった。
「み、ず……」
まだ30にも満たないくらいの若い男だった。文字通りひからびそうになりながら、すっかり衰弱しきった声を、馬に乗るルエールへ向けて絞り出すようにして掛ける。
「団長、私が……」
「いや、いい」
近くにいたミリアムよりも先に、ルエールが自ら下馬して、行き倒れの男へ水筒を手渡す。
「んぐ……んぐっ……げほっ!」
「慌てず、少しずつ飲むといい」
ルエールが自ら水を渡したのは、ただの気まぐれに過ぎないだろう。余程ぎりぎりの状態だったのか、男は夢中になり、咽ながら水を喉に流し込んでいく。それこそ水筒をさかさまにして、残りの一滴までも飲み尽くすのだった。
「ぶはぁっ……はぁっ、はぁっ……! ありがとう……ござい、ます」
なんとか水分補給が出来たおかげか、先ほどよりはしっかりした声が出せるようになったようだ。水筒をルエールに返すが、男の様子は明らかに疲弊しきっている。倒れていた身体を、ようやく座るまでに出来た程度だ。
そして次に、男の腹が空気を読まずに鳴り響く。
「誰か、食料を持ってきてやれ」
この時ルエールが助けた男こそ、後にコウメイという名で聖アルマイト王国の大元帥を担うこととなる人物であった。
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グスタフとコウメイという謎の人物が聖アルマイト王国に現れてから、ルエールの耳に不穏な噂が流れ始めることとなる。
ヴィジオールに代わりカリオスが政治面で台頭するようになって、彼が成し遂げた大きな改革が1つある。それが奴隷制度を国内で禁止する法を布いたことである。
反発も根強かったものの、カリスマ性も併せ持つカリオスに対して国内諸侯は準じる姿勢を見せていた。そして徐々に落ち着き始めていた頃に、改めてルエールの耳に入ってきたのが
「奴隷の取引が行われている……ミュリヌスでか?」
「――はい」
それはミュリヌス領を治めるリリライトの護衛騎士であるシンパが、王都ユールディアにやってきた際にルエールへと持ち掛けた相談であった。
「リリライト姫殿下は承知しているのか?」
「一応私の口から申し上げてはいるのですが、グスタフ卿が聞く耳を持ち合わせず。リリライト殿下もグスタフ卿の意に沿っているような状況です」
あの、見るからに醜悪でいやらしそうな事を考えている肥満中年の顔を思い浮かべるルエール。
人を見た目だけで判断してはいけないというのは人として当然過ぎる良識だ。国内トップクラスの貴族であるルエールも、そんなことは人一倍そんなことは弁えている。
しかし、そんなルエールでもあの肥満大臣に関しては、よく人を知りもしないくせに嫌悪感を出さずにはいられなかった。
「しかしヘルベルト連合との交渉もよくやっているし、ミュリヌスの統治にしてもリリライト姫殿下を立ててよくやっている。政治家・外交官としての実力は確かなのだが、な」
ルエールが今自分で言った通り、グスタフは確かな実績も残している。それなのにグスタフを卑下することは、その功績に対する嫉妬と取られても仕方ないだろう。しかし、それでもルエールはグスタフのことは信用出来ないし、功績も信じたくなかった。
グスタフという男は、その外見と存在感だけで、それほどまでに人に不快感や不吉さを植え付ける人間であった。ある意味、ルエールが今日までの戦場で出会ったどんな強敵よりも恐ろしい人間であるといっても良い。
「しかし良いことも悪いことも、全てあの男がリリライト殿下の側にいるようになってからです。私には、どうしてもあの男が良からぬ形で関わっていると思わずにはいられません」
大臣職はルエール達護衛騎士よりも上役に当たる。真面目なシンパが、いくらルエールと2人だけのこの場といえど、そんな大臣職のグスタフのことを「あの男」呼ばわりするとは、それだけでグスタフがいかに不快な存在なのかを証明している。
「シンパは、グスタフ卿が奴隷取引に関わっていると?」
「根拠はありませんが」
あるのは感情だけ、ということか。
それは、仮に潔白だとするとグスタフ本人からすればあまりにも理不尽過ぎることだ。しかしルエールもシンパに同意せざるを得ない。
「……今カリオス殿下はネルグリアの戦後処理で手が離せない。すぐに動けるとしたら私だが……三騎士筆頭の私が直接探りに行けば、グスタフ卿は警戒するだろうな」
それもグスタフが黒幕だったら……という前提の話なのだが、もはや2人はそれを真実として話を進めていた。
ルエールは顎に手を当てて考え込むと
「そうだな。幸いにも、3騎士団内ではまだ名も知られていないが、頭も口もよく回る男に心当たりがある。近いうちに、そいつをミュリヌスへ送り、グスタフ卿を探らせるとしよう。悪いが、それまではリリライト姫殿下のことを頼む」
「……そのような龍牙騎士が?」
シンパが首を傾げて不思議そうにルエールを見ると、ルエールは静かにうなずきながら
「2年ほど前にネルグリアから帰国する途中に拾った男で、騎士団長付として側に置いている男だ。名をコウメイという」
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そうしてミュリヌス領とグスタフの身辺を探りに行かせたコウメイからもたらされたものは、ルエールの予想を遥かに上回っていた。
コウメイが持ち帰ったのは情報だけではなく、愛娘アンナの変わり果てた姿だった。
「――信じられん」
コウメイからもたらされたアンナの様子を聞いたルエールは愕然とした。
黒幕の名前こそ言わなかったものの、アンナは確実にグスタフの手先となってコウメイやシンパをその手に掛けようとしたという。しかも、あのあどけない娘だったアンナが肉欲の虜となっていたという。
「いや、すまない。女ながら騎士としての道を選んだのはアンナ自身だ。身に危険が及ぶことは、親としても覚悟はしていたつもりだが……いや、それにしても……これはきついな」
心労を察するコウメイの言葉に、ルエールはそう答えるのが精一杯だった。
しかしコウメイからもたらされた話はそれだけで終わらない。アンナだけではない。グスタフの近くにいるシンパやリリライトも同じような危機にあるのだ。
「あの豚のような男が、私の娘だけではなく、リリライト姫殿下をも凌辱しているというのかっ! そんなことが許されるのか! どうしてっ!」
――どうして。
ルエールの頭の中で、胸の中で、何度も何度も問い掛けが反芻される。
ここまで順調だったはずだ。平凡だけど幸せで、将来には希望が満ち溢れているはずだった。
アンナは自らが望んだ白薔薇騎士団へ入団し、シンパの後を継いでリリライトの護衛騎士を務める。もし間に合うならばルエールが引退するまでに白薔薇騎士団長の座を手にして親娘そろって王国3騎士に名を連ねることは、ルエールの密かな願望だった。
そしてミリアムやジュリアス、コウメイといった「ミリアム世代」が、ルエールの後を継いでカリオスを支え、アンナやリリライト世代を引っ張っていきながら、聖アルマイト王国の希望に溢れた未来は作られていく。そうしてルエールやシンパといった世代は、安心して引退していく。
そんな光に満ちた希望の未来が待っているはずだったのに、それが今音も立てずに、誰も知らないところで崩れ落ちようとしているのを感じた。
(ミュリアル……私は、アンナを……)
ミュリヌスへ行かせたことが間違いだったのだろうか。いや、そもそもやはり女の身で騎士を目指すことなど、止めさせるべきだったのかもしれない。ルエールの手が届く場所にいれば、絶対にグスタフなどという醜悪な男の手など切って捨てることなど出来たのに。
しかし全ては手遅れだ。
あれだけ愛情を注いだ。誰からも過保護と言われるまでに愛した。
『パパさま! パパさま! きゃははは!』
『もう、アンナさんったら。パパ様だなんて……ふふ、おかしい』
『ははは。パパ様か……参ったな。またプリメータ様にからかわれてしまいそうだ』
『お父様に負けたのぉ! 悔しいよぅ! うわああああん!』
『ふっふーん! 1本で勝てないなら、2本で戦えばいいんだ! お父様、もう1回! もう1回だけやろう!』
『やーだー! もう1回! もう1回だけ、いいでしょ? だって、もう少しで1本取れそうだったのにー!』
『お父様と同じ龍牙騎士になって、陛下やカリオス王子を守りたい! 皆女だからって馬鹿にしたり白薔薇騎士になれって言ったりするけど、女のボクだって龍牙騎士になれること――ううん! 龍牙騎士団長にだってなれること、証明するんだ!』
『ボクはお父様の背中を追い続けて、そしていつかは一緒に並びたいと、そう思っていたんだ』
『でも、それじゃダメなんだ。お父様に追いついて並ぶだけじゃない。偉大なる”剣士”の家系を継いだお父様を追い抜かして、超えないといけないんだ。それをお父様に認めてもらった時、ボクはヴァルガンダルを継げる』
『だから、ボクはお父様と同じ龍牙騎士団じゃなくて、白薔薇騎士団を目指すためにミュリヌス学園へ進むよ。お父様の名前が通用しない騎士団で、もっと厳しい環境に挑むんだ』
『え~~~~~っ! ずるい、ずるい、ずるい! お父様、最近ボクの相手はしてくれないくせに! ねぇ、ミリアムさん! 1回だけ! 1回だけいいでしょ? ミリアムさんの剣術、あともう少しで捌けそうなの~!』
『ううぅぅぅ~~~~っ! どうしてミリアムさんは『居合術』が出来るの? ボク、お父様に教えてもらっているのに、全然出来ないのに! うっ、うっ……ぐすっ……!』
今思い出しても、決して色褪せることのない娘の記憶。
普段は龍牙騎士団長だの王国3騎士筆頭などと畏怖されているルエールも、いつもアンナの前では形無しだった。
それ程までに愛していた――亡くなったミュリアルの分まで――娘は、あの汚い肥満男に穢されてしまった。
気づいた時には、手遅れだった。
もう娘は、アンナは――
『あなた達に会えて私は幸せでした。私がいなくなって少しだけ悲しんでくれた後は、父娘で笑って生きて下さい。それが私の幸せです』
(まだだ……!)
ミュリアルが最後に遺した言葉が頭の中で響くと、心が折れそうになっていたルエールは再び奮起する。
確かに娘の身体は穢されてしまった。だが、まだ生きている。自分も、アンナも。
手遅れだったのかもしれない。だけど生きているのであれば、ミュリアルが望んだような父娘で笑いながら生きていくことは出来ないはずはない。
だから、まだ手遅れと言う程手遅れではないはずだ。
「私が行こう」
胸中で激しく葛藤していたルエールは、静かな口調でコウメイにそう零した。
自分の使命が、この国の未来を築く若者を守り育てることならば。
自分の使命が、娘を愛し、共に幸せに笑って生きていくことならば。
(私は、どんな敵だろうが絶望だろうが、全てを切り裂いて見せる)
”剣士”ヴァルガンダルの名にかけて――
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ヴァルガンダルの家名、そしてルエールという1人の人間としての誇りをかけた戦い。彼が守らんとする希望を閉ざそうとする絶望を切り裂くべく、その戦いに臨んだルエール。
――結果は、最悪という言葉では足りないくらいの敗北に終わることとなる。
「ぐっ……は……ミリ、アム……?」
ルエールの独断でミュリヌス先行調査部隊――通称ルエール部隊――を編成し、信頼出来る部下と共に、悪魔が棲みつくミュリヌス領へ入ったルエールは、そこで信じられないものを見るように目を剥いていた。
首筋の太い血管を切り裂かれた。素人が見ても致命傷と分かるそれ。噴き出る血を抑えるように傷口に手を当てるルエールは、痛みよりも、血が不足して遠くなる意識よりも、何よりも衝撃的だった。
心を抉られる余裕すらない程の衝撃。ただただ信じられない。
「私、どうしてもオチンポして欲しいんです」
あの真面目で誇り高い龍牙騎士のお手本のようだったミリアムから発せられる、下品で下劣極まりない言葉が信じられない。
流れるような金髪、細いながらも鍛え抜かれた身体、その美しい容姿とはギャップのある特徴的な幼い声。
見た目は間違いなくミリアムなのに、そこにいるのはルエールの知るミリアムでは有り得なかった。
ルエールが見たことのないような笑み。思わず背筋がゾッとするような、雄を発情させようとする妖艶な表情。しかしそのミリアムの顔からルエールが受け取るのは、勿論性欲などではなく、恐怖。
これまでどんな窮地にさらされようと恐怖を感じることが無かったルエールが、あまりにも理解不能すぎる事態に、初めて恐怖にさらされていた。
『い、いえいえ! そんな、とんでもありません! こちらこそ、お嬢様はあの年齢にも関わらず、素晴らしい使い手で、私も勉強になりますので。さすがは団長のお嬢様です』
ルエールを慕っていた美しき天才剣士の名残は、もう残っていない。
ミリアムは、ついさっきまで同僚として信頼を寄せて肩を並べていたランディの生首をルエールに投げつけてきながら、愛剣である『龍牙影打』の緑色の刀身をぺろりと舐めて、ゆっくりと近づいてくる。
「団長は、私を騎士としてあるべき姿を厳しく教えて下さいましたが、雌としての悦びは全く教えてくれませんでした。この世にあんな幸せなことがあるだなんて……本当に残酷で、悪魔のような人ですね。これから私は、オチンポのために生きるので……それでは、団長。さようなら」
――何を言っているのか、分からない。
言葉の意味は分かるが、理解出来ない。
そんなルエールの事情などお構いなしに、時は無情に進んでいく。無理解のルエールを置き去りにしながら、ミリアムが狂気の笑みを浮かべながら『龍牙影打』を振り上げる。ルエールを、敬愛する龍牙騎士団長の命を刈り取る刃を。
「……あれ?」
しかし、結局その刃はルエールに振り下ろされることは無かった。
□■□■
「……あぁ、そうか。レーディルね。貴方も、ルエール団長を尾行していたのかしら? 勘が良いのね……それとも勘を働かせたのはリューイの方かな?」
ルエールは確かに「そこにいる」のだが、ミリアムには見えていなかった。グスタフやオーエンに凌辱されていた回想に耽っていた隙に、後から駆け付けたレーディルの認識阻害魔法が発動し、ルエール達の存在をミリアムの意識から取り除いたのだった。
慎重に動けば、このままミリアムの目を盗んでここから逃げ出すことは難しくないだろう。
だが――
(団長、しっかりして下さい……っくそ!)
リューイの腕の中で、首から血を流し続けているルエールの返事はない。目は開いているが、焦点を結んでおらず虚空を見つめているようだった。
次々と流れ出るルエールの血は、まるで命の雫そのもののようで、時間が経つ程にルエールの命の灯が弱くなっていくようだった。
「さて、急がないと。あの人との約束だもんね。ミュリヌスに入り込んだ連中を皆殺しにしないと……そしたら、あの人と……くすくす。オチンポ、オチンポ♪ 3日間休みなく、ドスケベなこと出来るなんて、楽しみ♪」
狂った言葉を吐きながら、嬉しそうにいそいそと小屋を出ていくミリアム。その聞くに堪えない下品な言葉を虚ろに聞きながら、ルエールは覚醒しているのか気絶しているのか、そんな意識半ばの状態にあった。
(一体何が起こったというのだ……)
こんな状況になっても、まだ信じられない。
あのミリアムが。何故ランディを殺した。どうして自分に斬りかかってきた。どうしてあんな狂った言葉を吐くのか。
何もかもが分からない。
――いや、一つだけ分かることは。
これから聖アルマイト王国を待つのは、絶望でしかないということだ。
アンナが、ミリアムが狂った。
これでは既にリリライトも狂っているだろう。
そしてこれから誰が狂ってもおかしくない。
何が起こっているかは分からないが、あのグスタフという男が関わっているということだけは確かだ。
しかし、もうどうしようもない。
こんな状況では、満足に治療も出来ない。治癒魔術で一時的に命を永らえることは出来るかもしれないが、もう自分は剣を握って戦場に立つことは出来ないだろう。
もう、自分に出来ることは何もない。
迫りくる絶望が分かっているのに、その絶望から未来の希望達を守る術は、もうルエールには残されていない。
”剣士”ヴァルガンダルの名を継ぐルエールは、絶対に負けてはいけない戦いに、呆気なく初手で敗北してしまったのだ。
それでも、せめて最後に出来ることがあるとすれば。
「それでいい。それでこそ、栄えある龍牙騎士だ。お前らが聖アルマイト王国を救う一縷の希望となるんだ。いいな」
最後に残された力で、ルエールは懸命にリューイに訴える。
後はもう託すしかない。自分が守ってきた希望達が、既に成長していることを願って。
狂ってしまった弟子を、娘を救うのを、ルエールが守り育ててきた希望達に託す。
「それでもっ……それでも貴方だけは救う! 救ってみせる! 聖アルマイトには貴方のような人が必要なんだっ! 絶対に死なせない!」
意識が遠のく中、必死にそう訴えるリューイの声も、もうほとんどルエールには聞こえていなかった。
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「げひゃひゃひゃひゃ! ひゃーっはっはっはっはっはあ!」
リリライト邸でミリアムから状況報告を受けたグスタフは、唾を飛ばしながら豪快な高笑いを上げていた。
「そうか、死んだか! あのクソ親父が! 試合が始まる前に退場かぁ! ざまぁないのう! 人を常日頃からごみを見るような目で見てからに、良い気味じゃあ!」
頭が痛くなりそうなくらいに高らかに笑うグスタフの側には、知恵袋のフェスティアと傀儡の姫となっていたリリライトが控えている。
「ルエール=ヴァルガンダルの力は驚異でしたからね。開戦前に仕留められたことは僥倖です。よくやったわミリアム。これでこちらの優位は揺るがないわね」
「シンパ同様に、いつもいつもいつもいつもいつも私に口うるさかったから良い気味です。ざまぁみろですよ、ルエール。あなたがそんなんだから、娘のアンナも何の役にも立たないただのドスケベで変態な迷惑ビッチなんですよ」
既にグスタフの術中に堕ちているフェスティアもリリライトも狂気を孕んだ笑みを浮かべながら、グスタフの哄笑に追随する。
「ヴァルガンダルは父も娘も揃って、クソの役にも立たんかったのう! あの父にして、あの娘ありじゃ! コウメイとか言うクソガキに簡単に捕まりおって! せめてあのクソ親父の前で、娘をオホオホよがり狂わせば良かったわい」
あからさまに蔑んでいた男に、自分が大切に育ててきた娘が犯されてよがっている姿を見るのはどんな気持ちだろうか。それを妄想するだけでグスタフの心は躍るが、あいにくとそれはもう実現は出来ないことだ。
「――まあ、別にいいじゃろうて。ヴァルガンダル親娘では出来んが、まだあのクソ王子とリリがおるからのぅ」
にんまりと笑いながら、グスタフがフェスティアへ視線を送ると、フェスティアはそれだけで意を察したように、目を伏せてうなずく。
「カリオス第1王子も、ミュリヌスに向かっていることは飛竜使いの報告を受けています」
「そうか、そうかぁぁぁ」
そのフェスティアの報告に、グスタフはますますその醜悪な笑みを深める。
「リリっ! 準備じゃあ! あのクソ兄貴の前で、わしらのドスケベセックス見せつけてやるぞお! あのクソイケメン租チン王子が、見てるだけで血管ブチギレそうなくらいのラブラブっぷりを思い知らせてやるわい! じゅるるるるっ」
「っやん! もうダーリンってば……っあん! すごいぃ! 大好きな兄様に見られながらなんて、興奮しますっ!」
グスタフが涎を垂らしながら、リリライトの臀部をドレスの上から揉みしだくように撫でまわす。すると、あっというまにグスタフの股間が盛り上がっていく。
「ふおおおおっ! 盛り上がってきたぞお! フェスティア、舐めろっ! 偉大なるワシに、頭悪いフェラで奉仕するんじゃあ!」
「ああ、グスタフ様……素敵♪」
グスタフに命じられればフェスティアはうっとりとした表情で、椅子に座るグスタフの前にひざまつくと、ズボンを下ろして肉棒をひきずりだす。
「あむっ……ぢゅば……ちゅっ……ちゅううっ……ああ、おいちい……チンポうまぁぁ!」
そしてグスタフの言う通り、知性も品性もない血走った表情で、がっつくようにグスタフの肉棒を口に咥える。
「うあっ……あああ……グスタフ様……わ、私も♪ 私も夫以外のチンポ、味わいたい」
そしてそれまで見るだけだったミリアムも、自分の指をしゃぶって物欲しそうな表情で訴える。
「げひゃひゃひゃ! 確かお前もルエールのことが好きだとかどうとかという話じゃったなあ! いいぞ、味わえ! 騎士の誇りだの剣など、心底どうでもいいことよりも、お前の雌の喜ぶを教えたチンポを、ありがたく味わえっ!」
グスタフがそう言うが否や、ミリアムは全速力でグスタフの前に飛んでいき、フェスティアと争うようにして、グスタフの肉棒を貪り尽くす。
「グスタフ様のチンポは私のものよ……ぢゅぼっ……ぢゅるうるるううっ♪ あああああ、頭がどんどんバカになるっ。チンポ味で脳天キマるううっ!」
「やらっ、やらっ! このチンポわらしも欲しいのっ! あむぅ……れろれろれろ……キンタマコリコリしてるぅ。もっとチンポミルク作ってっ♪ あむ……っんううう。この味、私ルエール団長を何人だってころせりゅうううう」
自分の肉棒を競って奪い合う美女に2人を見下ろして、まるで王のように満足そうにふんぞり返っているグスタフは、尻を撫でているリリライトに向かって
「おい、リリ! ラブラブベロチューの練習じゃ。ちゃんとクソ王子の前で、ベロキスするだけで、ちゃんと白目剥いてしょんべん垂ららしながらイキまくれるようになるんじゃぞ」
「嬉しいいいいいい♪ ダーリン、嬉しい。リリ、ベロチュー大好き♪ 何回でもイキまくって、汚いしょんべん垂れ流しちゃう。ちゅばっ……ちゅばっ……ちゅううううっ! ぢゅるるううううううっ」
リリライトも獣のようにグスタフの首に腕を回しながら、夢中になって舌と唾液を、グスタフと貪り合う。
可憐な姫と天才美女2人に囲まれて彼女らに奉仕させる醜悪な肥満中年グスタフ。
その光景は悪夢そのもの。
全ての絶望の元凶であるグスタフは、最悪の存在以外の何物でもなかった。
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ミュリアル。
すまない。本当にすまない。
私は守れなかった。
お前に託されたアンナの幸せを、私は守れなかった。
アンナが幸せな人生を生きることが出来るように。
そして願わくは、周りの人達を幸せに出来るような娘になるように。
私とアンナが笑って生きていけるように。
そんなささやかな願いは、あのグスタフという男に木っ端みじんに砕かれてしまった。
私の力では……アンナを守れなかったのだ。
私は早かれ遅かれこのまま死ぬだろう。
しかし、先にそちらにいるお前に合わせられる顔など無い。
アンナを守れなった私は地獄に落ちるだろう。それが当然の報いだ。
老いて死した後は、お前と再び会えるであろうことを密かに夢見ていた。
それももう叶わない。
私は娘を守れなかった罪を、地獄にて永遠の時をかけて償うことになるだろう。
本当にお前にはすまないことをしていた。
生前、照れくさくて言えなかったことを心底後悔している。
愛している。
お前も、アンナも、私は愛していた。
死後の世界でももう会えることがないと知っていたのなら、生きている内にちゃんと伝えればよかった。
本当に愛している、ミュリアル。
アンナ。
立派に育ってくれた。私の後を継ぎ、私を超えると言ってくれたことが嬉しかった。いつかお互いに背中を任せられる騎士となってくれるのを願っていた。
ミュリヌスに行くのを止めるべきだったろうか。白薔薇騎士ではなく私と同じ龍牙騎士を目指させるべきだっただろうか。
どうしてお前が白薔薇騎士を目指すようになったのかは結局分からないが……しかし、あの時のお前の言葉を聞いて、私には反対するなどという選択肢はなかった。お前が白薔薇騎士を目指し、ミュリヌスへ行ったことは間違いなどではなかったのだ。
なのに、どうしてこんなことになったのだろうか。
悔やんでも悔やみきれない。
あの時、御前会議で紹介されたグスタフを、身命を賭けてでもヴィジオール陛下に反対すべきだったろうか。取るに足らない不安と切り捨てずに、もうあの場であの男を斬り捨てれば良かったのだ。
私は”剣士”の名にかけて絶望を切り裂かなければならなかったのに、私の剣は奴に届かなかった。
もっと剣術の稽古をつけてやればよかった。
せめて、最後にもう1度だけ”パパさま”という声を聞きたかった。
もう、私に出来ることはない。
だけど、アンナ……お前はまだ生きているのなら、なんとか幸せになってくれ。
お前を支配している狂った呪いから解放されて、もう1度大切な人たちと共に幸せな人生を生きることが出来るようになることを、父として願う。そして願わくは、その大切な人達を幸せにすることが出来るような人間になって欲しい。
お前が狂ってしまったとしても、私もミュリアルも願うことは同じだ。
どうか、幸せに。そして願わくは周りの人達を幸せに出来るような人間になってくれ。
プリメータ様から教えていただいた、私とミュリアルの唯一つの願いだ。
私に出来ることは、もう何も残されていない。
後はもう、私が未来の希望と信じてきた者達を信じて託すしかない。
カリオス殿下、コウメイ、リューイ――
リリライト様を……アンナを助けてくれ。
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王国3騎士筆頭の龍牙騎士団長。第1王子の護衛騎士。
英雄”剣士”ヴァルガンダルの直系。
聖アルマイト王国にて『王国最高の騎士』と謳われ、ファヌス大戦を皮切りに多大な貢献を残し、第1王子を含めた後進の育成に注力した、聖アルマイト王国の稀代の英雄。
ルエール=ヴァルガンダルはその後、治癒魔術による延命治療を受けながらも、それから4ヶ月後にその命を潰えるのだった。
それはファヌス大戦に続く大規模な戦争となったネルグリア帝国との戦争の開戦前の時期。
「皆に紹介しよう。グスタフだ」
御前会議の場にて、唐突にヴィジオールから紹介されたのは、見るからに醜い中年の男だった。顔の造形は言うまでもなく、体型も怠惰を貪ってきた証であるような弛んだ肥満体。
そして何よりも、見た目に見える造形を遥かに凌駕した、その内面からにじみ出る醜悪さや陰鬱さ、暗い欲望といったものがにじみ出ている。そういった人間の醜い部分が凝縮されているようだった。そしてそれは見ているだけで不快感を通り越して、不吉や絶望を感じさせるほどの負のオーラを感じさせるほどであり、御前会議の出席者は誰もが息を飲むのだった。
「ガンドロフが失脚してから、長らく内政面の要職が空いていたからな。いつまでもリューゲルばかりに負担をかけるわけにもゆくまい。今日からはこのグスタフが正式な大臣職に就く」
いきなり皆の前に連れてきたこんな醜悪な男を政治面のトップに据えるとは、こんな見た目でも優秀な逸材なのだろうか。誰もが即座には信じられないものの、それがヴィジオールの意であるならば、誰も逆らえない。
「ぐふっ、ぐふふふっ。宜しくのぅ、皆の衆」
グスタフは濁った声であいさつをする。そうして出席者の面々を見下すような笑みは、早くも大臣気取りであることの証左だ。その笑みには、上から他人を見下し、侮蔑する歪んだ喜びに満ち満ちていた。
「併せて、グスタフはリリライトの教育係を兼務させる。リリライトの補佐となりミュリヌスを治めて、ヘルベルト連合との外交折衝も任せる」
「ちょっと待って下さい」
さすがの決定に口を挟んだのは、リリライトを溺愛するカリオスだ。そして当人のリリライトこそ声を出さなかったが、あからさまな嫌悪の表情を浮かべている。
「何でそんな豚親父――いや、失礼グスタフ卿。ええと……何故今更リリライトに教育係などをつけるのです? それにもし必要ならシンパがいるではありませんか。男にリリライトの教育が務まるとは思えません」
たまらず汚い言葉が出そうになった口を慌てて抑えながら、カリオスはあくまでも第1王子の立場から提言する。しかし対するヴィジオールは僅かにも動揺せずに答える。
「ネルグリアとの戦争は最早不可避だ。リリライトには経験のつもりでミュリヌスを任せることとしたが、ネルグリアとの戦いが終わるまで我々は国内のことに目を向ける余裕はない。そんな中、ミュリヌスと隣接しているヘルベルト連合との関係が破綻しては、たまったものではない。シンパは護衛騎士であり、政治や外交の補佐は不適任だ。よって、グスタフにその任を与える」
「しかし! 男が王女の教育係など、聞いたこともない!」
「聞いたことがないといえば、ディード=エレハンダーのことも同様だ。あれを認めたお前が、これは認められないというのか」
机を叩いて反論するカリオスを、ヴィジオールは鋭い目つきで射抜きながら迎え撃つと、カリオスは「うっ……」とたじろぐ。
「お前はリリライトのことになると感情的になり過ぎる。少しは自覚し、控えよ」
その父王の言葉に何も言えないカリオスは、そのまま無言で引き下がる。
「まあ、お前らの懸念も分からないではない。だが安心しろ。見た目に反して、相当に出来る男だ。信頼していい」
このヴィジオールにそうまで言わせるとは、一体このグスタフという男は何者なのだろうか。その信頼の程は、一番の騎士であるルエールを上回っているとすら感じられる程だった。
「に、兄様。私は大丈夫ですよ。ですから、そんな顔をしないで下さいな」
これから大きな戦に赴く大好きな兄に、余計な心配を掛けたくなかったのだろう。リリライトは努めて明るい声でそう言うが、嫌な感情は隠しきれていなかった。
「ぐひ♪ ぐひひひ♪ 宜しくお願いますぞぅ、リリライト姫様ぁ♡」
「う、ぐ……は、はいグスタフ。宜しくお願いしますね」
その気持ち悪い声とギトギトとした視線を向けられて、リリライトは笑顔を保ったまま、しかし顔色が青くなるのを止められなかった。
そして、それを見ていたルエールはリリライト以上に不快感を抱いており、そして言葉には出来ない不吉を感じていた。
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ネルグリア帝国との戦争は聖アルマイト王国の勝利に終わった。カリオス王子を初めとして、ラミアが結成した紅血騎士団や、ルエールが期待した龍牙騎士団のミリアム世代も大いに活躍――特にミリアム世代からは、ジュリアスが将軍へ格上げされた――という、大きな戦果を挙げた戦争だった。
ネルグリア帝国は滅亡。旧帝国領は、取り急ぎはラミア率いる紅血騎士団が治めることとなった。
政治的な課題や難しさは残るものの、ルエールが担当分野である戦闘結果としては、充分なものだった。
そしてネルグリア帝国との戦争が終わった後、ルエールはとある拾い物をした。
「――ん?」
王都ユールディアへ帰還の途中、ダイグロフ領内の街道で行き倒れていた男だった。
「み、ず……」
まだ30にも満たないくらいの若い男だった。文字通りひからびそうになりながら、すっかり衰弱しきった声を、馬に乗るルエールへ向けて絞り出すようにして掛ける。
「団長、私が……」
「いや、いい」
近くにいたミリアムよりも先に、ルエールが自ら下馬して、行き倒れの男へ水筒を手渡す。
「んぐ……んぐっ……げほっ!」
「慌てず、少しずつ飲むといい」
ルエールが自ら水を渡したのは、ただの気まぐれに過ぎないだろう。余程ぎりぎりの状態だったのか、男は夢中になり、咽ながら水を喉に流し込んでいく。それこそ水筒をさかさまにして、残りの一滴までも飲み尽くすのだった。
「ぶはぁっ……はぁっ、はぁっ……! ありがとう……ござい、ます」
なんとか水分補給が出来たおかげか、先ほどよりはしっかりした声が出せるようになったようだ。水筒をルエールに返すが、男の様子は明らかに疲弊しきっている。倒れていた身体を、ようやく座るまでに出来た程度だ。
そして次に、男の腹が空気を読まずに鳴り響く。
「誰か、食料を持ってきてやれ」
この時ルエールが助けた男こそ、後にコウメイという名で聖アルマイト王国の大元帥を担うこととなる人物であった。
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グスタフとコウメイという謎の人物が聖アルマイト王国に現れてから、ルエールの耳に不穏な噂が流れ始めることとなる。
ヴィジオールに代わりカリオスが政治面で台頭するようになって、彼が成し遂げた大きな改革が1つある。それが奴隷制度を国内で禁止する法を布いたことである。
反発も根強かったものの、カリスマ性も併せ持つカリオスに対して国内諸侯は準じる姿勢を見せていた。そして徐々に落ち着き始めていた頃に、改めてルエールの耳に入ってきたのが
「奴隷の取引が行われている……ミュリヌスでか?」
「――はい」
それはミュリヌス領を治めるリリライトの護衛騎士であるシンパが、王都ユールディアにやってきた際にルエールへと持ち掛けた相談であった。
「リリライト姫殿下は承知しているのか?」
「一応私の口から申し上げてはいるのですが、グスタフ卿が聞く耳を持ち合わせず。リリライト殿下もグスタフ卿の意に沿っているような状況です」
あの、見るからに醜悪でいやらしそうな事を考えている肥満中年の顔を思い浮かべるルエール。
人を見た目だけで判断してはいけないというのは人として当然過ぎる良識だ。国内トップクラスの貴族であるルエールも、そんなことは人一倍そんなことは弁えている。
しかし、そんなルエールでもあの肥満大臣に関しては、よく人を知りもしないくせに嫌悪感を出さずにはいられなかった。
「しかしヘルベルト連合との交渉もよくやっているし、ミュリヌスの統治にしてもリリライト姫殿下を立ててよくやっている。政治家・外交官としての実力は確かなのだが、な」
ルエールが今自分で言った通り、グスタフは確かな実績も残している。それなのにグスタフを卑下することは、その功績に対する嫉妬と取られても仕方ないだろう。しかし、それでもルエールはグスタフのことは信用出来ないし、功績も信じたくなかった。
グスタフという男は、その外見と存在感だけで、それほどまでに人に不快感や不吉さを植え付ける人間であった。ある意味、ルエールが今日までの戦場で出会ったどんな強敵よりも恐ろしい人間であるといっても良い。
「しかし良いことも悪いことも、全てあの男がリリライト殿下の側にいるようになってからです。私には、どうしてもあの男が良からぬ形で関わっていると思わずにはいられません」
大臣職はルエール達護衛騎士よりも上役に当たる。真面目なシンパが、いくらルエールと2人だけのこの場といえど、そんな大臣職のグスタフのことを「あの男」呼ばわりするとは、それだけでグスタフがいかに不快な存在なのかを証明している。
「シンパは、グスタフ卿が奴隷取引に関わっていると?」
「根拠はありませんが」
あるのは感情だけ、ということか。
それは、仮に潔白だとするとグスタフ本人からすればあまりにも理不尽過ぎることだ。しかしルエールもシンパに同意せざるを得ない。
「……今カリオス殿下はネルグリアの戦後処理で手が離せない。すぐに動けるとしたら私だが……三騎士筆頭の私が直接探りに行けば、グスタフ卿は警戒するだろうな」
それもグスタフが黒幕だったら……という前提の話なのだが、もはや2人はそれを真実として話を進めていた。
ルエールは顎に手を当てて考え込むと
「そうだな。幸いにも、3騎士団内ではまだ名も知られていないが、頭も口もよく回る男に心当たりがある。近いうちに、そいつをミュリヌスへ送り、グスタフ卿を探らせるとしよう。悪いが、それまではリリライト姫殿下のことを頼む」
「……そのような龍牙騎士が?」
シンパが首を傾げて不思議そうにルエールを見ると、ルエールは静かにうなずきながら
「2年ほど前にネルグリアから帰国する途中に拾った男で、騎士団長付として側に置いている男だ。名をコウメイという」
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そうしてミュリヌス領とグスタフの身辺を探りに行かせたコウメイからもたらされたものは、ルエールの予想を遥かに上回っていた。
コウメイが持ち帰ったのは情報だけではなく、愛娘アンナの変わり果てた姿だった。
「――信じられん」
コウメイからもたらされたアンナの様子を聞いたルエールは愕然とした。
黒幕の名前こそ言わなかったものの、アンナは確実にグスタフの手先となってコウメイやシンパをその手に掛けようとしたという。しかも、あのあどけない娘だったアンナが肉欲の虜となっていたという。
「いや、すまない。女ながら騎士としての道を選んだのはアンナ自身だ。身に危険が及ぶことは、親としても覚悟はしていたつもりだが……いや、それにしても……これはきついな」
心労を察するコウメイの言葉に、ルエールはそう答えるのが精一杯だった。
しかしコウメイからもたらされた話はそれだけで終わらない。アンナだけではない。グスタフの近くにいるシンパやリリライトも同じような危機にあるのだ。
「あの豚のような男が、私の娘だけではなく、リリライト姫殿下をも凌辱しているというのかっ! そんなことが許されるのか! どうしてっ!」
――どうして。
ルエールの頭の中で、胸の中で、何度も何度も問い掛けが反芻される。
ここまで順調だったはずだ。平凡だけど幸せで、将来には希望が満ち溢れているはずだった。
アンナは自らが望んだ白薔薇騎士団へ入団し、シンパの後を継いでリリライトの護衛騎士を務める。もし間に合うならばルエールが引退するまでに白薔薇騎士団長の座を手にして親娘そろって王国3騎士に名を連ねることは、ルエールの密かな願望だった。
そしてミリアムやジュリアス、コウメイといった「ミリアム世代」が、ルエールの後を継いでカリオスを支え、アンナやリリライト世代を引っ張っていきながら、聖アルマイト王国の希望に溢れた未来は作られていく。そうしてルエールやシンパといった世代は、安心して引退していく。
そんな光に満ちた希望の未来が待っているはずだったのに、それが今音も立てずに、誰も知らないところで崩れ落ちようとしているのを感じた。
(ミュリアル……私は、アンナを……)
ミュリヌスへ行かせたことが間違いだったのだろうか。いや、そもそもやはり女の身で騎士を目指すことなど、止めさせるべきだったのかもしれない。ルエールの手が届く場所にいれば、絶対にグスタフなどという醜悪な男の手など切って捨てることなど出来たのに。
しかし全ては手遅れだ。
あれだけ愛情を注いだ。誰からも過保護と言われるまでに愛した。
『パパさま! パパさま! きゃははは!』
『もう、アンナさんったら。パパ様だなんて……ふふ、おかしい』
『ははは。パパ様か……参ったな。またプリメータ様にからかわれてしまいそうだ』
『お父様に負けたのぉ! 悔しいよぅ! うわああああん!』
『ふっふーん! 1本で勝てないなら、2本で戦えばいいんだ! お父様、もう1回! もう1回だけやろう!』
『やーだー! もう1回! もう1回だけ、いいでしょ? だって、もう少しで1本取れそうだったのにー!』
『お父様と同じ龍牙騎士になって、陛下やカリオス王子を守りたい! 皆女だからって馬鹿にしたり白薔薇騎士になれって言ったりするけど、女のボクだって龍牙騎士になれること――ううん! 龍牙騎士団長にだってなれること、証明するんだ!』
『ボクはお父様の背中を追い続けて、そしていつかは一緒に並びたいと、そう思っていたんだ』
『でも、それじゃダメなんだ。お父様に追いついて並ぶだけじゃない。偉大なる”剣士”の家系を継いだお父様を追い抜かして、超えないといけないんだ。それをお父様に認めてもらった時、ボクはヴァルガンダルを継げる』
『だから、ボクはお父様と同じ龍牙騎士団じゃなくて、白薔薇騎士団を目指すためにミュリヌス学園へ進むよ。お父様の名前が通用しない騎士団で、もっと厳しい環境に挑むんだ』
『え~~~~~っ! ずるい、ずるい、ずるい! お父様、最近ボクの相手はしてくれないくせに! ねぇ、ミリアムさん! 1回だけ! 1回だけいいでしょ? ミリアムさんの剣術、あともう少しで捌けそうなの~!』
『ううぅぅぅ~~~~っ! どうしてミリアムさんは『居合術』が出来るの? ボク、お父様に教えてもらっているのに、全然出来ないのに! うっ、うっ……ぐすっ……!』
今思い出しても、決して色褪せることのない娘の記憶。
普段は龍牙騎士団長だの王国3騎士筆頭などと畏怖されているルエールも、いつもアンナの前では形無しだった。
それ程までに愛していた――亡くなったミュリアルの分まで――娘は、あの汚い肥満男に穢されてしまった。
気づいた時には、手遅れだった。
もう娘は、アンナは――
『あなた達に会えて私は幸せでした。私がいなくなって少しだけ悲しんでくれた後は、父娘で笑って生きて下さい。それが私の幸せです』
(まだだ……!)
ミュリアルが最後に遺した言葉が頭の中で響くと、心が折れそうになっていたルエールは再び奮起する。
確かに娘の身体は穢されてしまった。だが、まだ生きている。自分も、アンナも。
手遅れだったのかもしれない。だけど生きているのであれば、ミュリアルが望んだような父娘で笑いながら生きていくことは出来ないはずはない。
だから、まだ手遅れと言う程手遅れではないはずだ。
「私が行こう」
胸中で激しく葛藤していたルエールは、静かな口調でコウメイにそう零した。
自分の使命が、この国の未来を築く若者を守り育てることならば。
自分の使命が、娘を愛し、共に幸せに笑って生きていくことならば。
(私は、どんな敵だろうが絶望だろうが、全てを切り裂いて見せる)
”剣士”ヴァルガンダルの名にかけて――
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ヴァルガンダルの家名、そしてルエールという1人の人間としての誇りをかけた戦い。彼が守らんとする希望を閉ざそうとする絶望を切り裂くべく、その戦いに臨んだルエール。
――結果は、最悪という言葉では足りないくらいの敗北に終わることとなる。
「ぐっ……は……ミリ、アム……?」
ルエールの独断でミュリヌス先行調査部隊――通称ルエール部隊――を編成し、信頼出来る部下と共に、悪魔が棲みつくミュリヌス領へ入ったルエールは、そこで信じられないものを見るように目を剥いていた。
首筋の太い血管を切り裂かれた。素人が見ても致命傷と分かるそれ。噴き出る血を抑えるように傷口に手を当てるルエールは、痛みよりも、血が不足して遠くなる意識よりも、何よりも衝撃的だった。
心を抉られる余裕すらない程の衝撃。ただただ信じられない。
「私、どうしてもオチンポして欲しいんです」
あの真面目で誇り高い龍牙騎士のお手本のようだったミリアムから発せられる、下品で下劣極まりない言葉が信じられない。
流れるような金髪、細いながらも鍛え抜かれた身体、その美しい容姿とはギャップのある特徴的な幼い声。
見た目は間違いなくミリアムなのに、そこにいるのはルエールの知るミリアムでは有り得なかった。
ルエールが見たことのないような笑み。思わず背筋がゾッとするような、雄を発情させようとする妖艶な表情。しかしそのミリアムの顔からルエールが受け取るのは、勿論性欲などではなく、恐怖。
これまでどんな窮地にさらされようと恐怖を感じることが無かったルエールが、あまりにも理解不能すぎる事態に、初めて恐怖にさらされていた。
『い、いえいえ! そんな、とんでもありません! こちらこそ、お嬢様はあの年齢にも関わらず、素晴らしい使い手で、私も勉強になりますので。さすがは団長のお嬢様です』
ルエールを慕っていた美しき天才剣士の名残は、もう残っていない。
ミリアムは、ついさっきまで同僚として信頼を寄せて肩を並べていたランディの生首をルエールに投げつけてきながら、愛剣である『龍牙影打』の緑色の刀身をぺろりと舐めて、ゆっくりと近づいてくる。
「団長は、私を騎士としてあるべき姿を厳しく教えて下さいましたが、雌としての悦びは全く教えてくれませんでした。この世にあんな幸せなことがあるだなんて……本当に残酷で、悪魔のような人ですね。これから私は、オチンポのために生きるので……それでは、団長。さようなら」
――何を言っているのか、分からない。
言葉の意味は分かるが、理解出来ない。
そんなルエールの事情などお構いなしに、時は無情に進んでいく。無理解のルエールを置き去りにしながら、ミリアムが狂気の笑みを浮かべながら『龍牙影打』を振り上げる。ルエールを、敬愛する龍牙騎士団長の命を刈り取る刃を。
「……あれ?」
しかし、結局その刃はルエールに振り下ろされることは無かった。
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「……あぁ、そうか。レーディルね。貴方も、ルエール団長を尾行していたのかしら? 勘が良いのね……それとも勘を働かせたのはリューイの方かな?」
ルエールは確かに「そこにいる」のだが、ミリアムには見えていなかった。グスタフやオーエンに凌辱されていた回想に耽っていた隙に、後から駆け付けたレーディルの認識阻害魔法が発動し、ルエール達の存在をミリアムの意識から取り除いたのだった。
慎重に動けば、このままミリアムの目を盗んでここから逃げ出すことは難しくないだろう。
だが――
(団長、しっかりして下さい……っくそ!)
リューイの腕の中で、首から血を流し続けているルエールの返事はない。目は開いているが、焦点を結んでおらず虚空を見つめているようだった。
次々と流れ出るルエールの血は、まるで命の雫そのもののようで、時間が経つ程にルエールの命の灯が弱くなっていくようだった。
「さて、急がないと。あの人との約束だもんね。ミュリヌスに入り込んだ連中を皆殺しにしないと……そしたら、あの人と……くすくす。オチンポ、オチンポ♪ 3日間休みなく、ドスケベなこと出来るなんて、楽しみ♪」
狂った言葉を吐きながら、嬉しそうにいそいそと小屋を出ていくミリアム。その聞くに堪えない下品な言葉を虚ろに聞きながら、ルエールは覚醒しているのか気絶しているのか、そんな意識半ばの状態にあった。
(一体何が起こったというのだ……)
こんな状況になっても、まだ信じられない。
あのミリアムが。何故ランディを殺した。どうして自分に斬りかかってきた。どうしてあんな狂った言葉を吐くのか。
何もかもが分からない。
――いや、一つだけ分かることは。
これから聖アルマイト王国を待つのは、絶望でしかないということだ。
アンナが、ミリアムが狂った。
これでは既にリリライトも狂っているだろう。
そしてこれから誰が狂ってもおかしくない。
何が起こっているかは分からないが、あのグスタフという男が関わっているということだけは確かだ。
しかし、もうどうしようもない。
こんな状況では、満足に治療も出来ない。治癒魔術で一時的に命を永らえることは出来るかもしれないが、もう自分は剣を握って戦場に立つことは出来ないだろう。
もう、自分に出来ることは何もない。
迫りくる絶望が分かっているのに、その絶望から未来の希望達を守る術は、もうルエールには残されていない。
”剣士”ヴァルガンダルの名を継ぐルエールは、絶対に負けてはいけない戦いに、呆気なく初手で敗北してしまったのだ。
それでも、せめて最後に出来ることがあるとすれば。
「それでいい。それでこそ、栄えある龍牙騎士だ。お前らが聖アルマイト王国を救う一縷の希望となるんだ。いいな」
最後に残された力で、ルエールは懸命にリューイに訴える。
後はもう託すしかない。自分が守ってきた希望達が、既に成長していることを願って。
狂ってしまった弟子を、娘を救うのを、ルエールが守り育ててきた希望達に託す。
「それでもっ……それでも貴方だけは救う! 救ってみせる! 聖アルマイトには貴方のような人が必要なんだっ! 絶対に死なせない!」
意識が遠のく中、必死にそう訴えるリューイの声も、もうほとんどルエールには聞こえていなかった。
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「げひゃひゃひゃひゃ! ひゃーっはっはっはっはっはあ!」
リリライト邸でミリアムから状況報告を受けたグスタフは、唾を飛ばしながら豪快な高笑いを上げていた。
「そうか、死んだか! あのクソ親父が! 試合が始まる前に退場かぁ! ざまぁないのう! 人を常日頃からごみを見るような目で見てからに、良い気味じゃあ!」
頭が痛くなりそうなくらいに高らかに笑うグスタフの側には、知恵袋のフェスティアと傀儡の姫となっていたリリライトが控えている。
「ルエール=ヴァルガンダルの力は驚異でしたからね。開戦前に仕留められたことは僥倖です。よくやったわミリアム。これでこちらの優位は揺るがないわね」
「シンパ同様に、いつもいつもいつもいつもいつも私に口うるさかったから良い気味です。ざまぁみろですよ、ルエール。あなたがそんなんだから、娘のアンナも何の役にも立たないただのドスケベで変態な迷惑ビッチなんですよ」
既にグスタフの術中に堕ちているフェスティアもリリライトも狂気を孕んだ笑みを浮かべながら、グスタフの哄笑に追随する。
「ヴァルガンダルは父も娘も揃って、クソの役にも立たんかったのう! あの父にして、あの娘ありじゃ! コウメイとか言うクソガキに簡単に捕まりおって! せめてあのクソ親父の前で、娘をオホオホよがり狂わせば良かったわい」
あからさまに蔑んでいた男に、自分が大切に育ててきた娘が犯されてよがっている姿を見るのはどんな気持ちだろうか。それを妄想するだけでグスタフの心は躍るが、あいにくとそれはもう実現は出来ないことだ。
「――まあ、別にいいじゃろうて。ヴァルガンダル親娘では出来んが、まだあのクソ王子とリリがおるからのぅ」
にんまりと笑いながら、グスタフがフェスティアへ視線を送ると、フェスティアはそれだけで意を察したように、目を伏せてうなずく。
「カリオス第1王子も、ミュリヌスに向かっていることは飛竜使いの報告を受けています」
「そうか、そうかぁぁぁ」
そのフェスティアの報告に、グスタフはますますその醜悪な笑みを深める。
「リリっ! 準備じゃあ! あのクソ兄貴の前で、わしらのドスケベセックス見せつけてやるぞお! あのクソイケメン租チン王子が、見てるだけで血管ブチギレそうなくらいのラブラブっぷりを思い知らせてやるわい! じゅるるるるっ」
「っやん! もうダーリンってば……っあん! すごいぃ! 大好きな兄様に見られながらなんて、興奮しますっ!」
グスタフが涎を垂らしながら、リリライトの臀部をドレスの上から揉みしだくように撫でまわす。すると、あっというまにグスタフの股間が盛り上がっていく。
「ふおおおおっ! 盛り上がってきたぞお! フェスティア、舐めろっ! 偉大なるワシに、頭悪いフェラで奉仕するんじゃあ!」
「ああ、グスタフ様……素敵♪」
グスタフに命じられればフェスティアはうっとりとした表情で、椅子に座るグスタフの前にひざまつくと、ズボンを下ろして肉棒をひきずりだす。
「あむっ……ぢゅば……ちゅっ……ちゅううっ……ああ、おいちい……チンポうまぁぁ!」
そしてグスタフの言う通り、知性も品性もない血走った表情で、がっつくようにグスタフの肉棒を口に咥える。
「うあっ……あああ……グスタフ様……わ、私も♪ 私も夫以外のチンポ、味わいたい」
そしてそれまで見るだけだったミリアムも、自分の指をしゃぶって物欲しそうな表情で訴える。
「げひゃひゃひゃ! 確かお前もルエールのことが好きだとかどうとかという話じゃったなあ! いいぞ、味わえ! 騎士の誇りだの剣など、心底どうでもいいことよりも、お前の雌の喜ぶを教えたチンポを、ありがたく味わえっ!」
グスタフがそう言うが否や、ミリアムは全速力でグスタフの前に飛んでいき、フェスティアと争うようにして、グスタフの肉棒を貪り尽くす。
「グスタフ様のチンポは私のものよ……ぢゅぼっ……ぢゅるうるるううっ♪ あああああ、頭がどんどんバカになるっ。チンポ味で脳天キマるううっ!」
「やらっ、やらっ! このチンポわらしも欲しいのっ! あむぅ……れろれろれろ……キンタマコリコリしてるぅ。もっとチンポミルク作ってっ♪ あむ……っんううう。この味、私ルエール団長を何人だってころせりゅうううう」
自分の肉棒を競って奪い合う美女に2人を見下ろして、まるで王のように満足そうにふんぞり返っているグスタフは、尻を撫でているリリライトに向かって
「おい、リリ! ラブラブベロチューの練習じゃ。ちゃんとクソ王子の前で、ベロキスするだけで、ちゃんと白目剥いてしょんべん垂ららしながらイキまくれるようになるんじゃぞ」
「嬉しいいいいいい♪ ダーリン、嬉しい。リリ、ベロチュー大好き♪ 何回でもイキまくって、汚いしょんべん垂れ流しちゃう。ちゅばっ……ちゅばっ……ちゅううううっ! ぢゅるるううううううっ」
リリライトも獣のようにグスタフの首に腕を回しながら、夢中になって舌と唾液を、グスタフと貪り合う。
可憐な姫と天才美女2人に囲まれて彼女らに奉仕させる醜悪な肥満中年グスタフ。
その光景は悪夢そのもの。
全ての絶望の元凶であるグスタフは、最悪の存在以外の何物でもなかった。
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ミュリアル。
すまない。本当にすまない。
私は守れなかった。
お前に託されたアンナの幸せを、私は守れなかった。
アンナが幸せな人生を生きることが出来るように。
そして願わくは、周りの人達を幸せに出来るような娘になるように。
私とアンナが笑って生きていけるように。
そんなささやかな願いは、あのグスタフという男に木っ端みじんに砕かれてしまった。
私の力では……アンナを守れなかったのだ。
私は早かれ遅かれこのまま死ぬだろう。
しかし、先にそちらにいるお前に合わせられる顔など無い。
アンナを守れなった私は地獄に落ちるだろう。それが当然の報いだ。
老いて死した後は、お前と再び会えるであろうことを密かに夢見ていた。
それももう叶わない。
私は娘を守れなかった罪を、地獄にて永遠の時をかけて償うことになるだろう。
本当にお前にはすまないことをしていた。
生前、照れくさくて言えなかったことを心底後悔している。
愛している。
お前も、アンナも、私は愛していた。
死後の世界でももう会えることがないと知っていたのなら、生きている内にちゃんと伝えればよかった。
本当に愛している、ミュリアル。
アンナ。
立派に育ってくれた。私の後を継ぎ、私を超えると言ってくれたことが嬉しかった。いつかお互いに背中を任せられる騎士となってくれるのを願っていた。
ミュリヌスに行くのを止めるべきだったろうか。白薔薇騎士ではなく私と同じ龍牙騎士を目指させるべきだっただろうか。
どうしてお前が白薔薇騎士を目指すようになったのかは結局分からないが……しかし、あの時のお前の言葉を聞いて、私には反対するなどという選択肢はなかった。お前が白薔薇騎士を目指し、ミュリヌスへ行ったことは間違いなどではなかったのだ。
なのに、どうしてこんなことになったのだろうか。
悔やんでも悔やみきれない。
あの時、御前会議で紹介されたグスタフを、身命を賭けてでもヴィジオール陛下に反対すべきだったろうか。取るに足らない不安と切り捨てずに、もうあの場であの男を斬り捨てれば良かったのだ。
私は”剣士”の名にかけて絶望を切り裂かなければならなかったのに、私の剣は奴に届かなかった。
もっと剣術の稽古をつけてやればよかった。
せめて、最後にもう1度だけ”パパさま”という声を聞きたかった。
もう、私に出来ることはない。
だけど、アンナ……お前はまだ生きているのなら、なんとか幸せになってくれ。
お前を支配している狂った呪いから解放されて、もう1度大切な人たちと共に幸せな人生を生きることが出来るようになることを、父として願う。そして願わくは、その大切な人達を幸せにすることが出来るような人間になって欲しい。
お前が狂ってしまったとしても、私もミュリアルも願うことは同じだ。
どうか、幸せに。そして願わくは周りの人達を幸せに出来るような人間になってくれ。
プリメータ様から教えていただいた、私とミュリアルの唯一つの願いだ。
私に出来ることは、もう何も残されていない。
後はもう、私が未来の希望と信じてきた者達を信じて託すしかない。
カリオス殿下、コウメイ、リューイ――
リリライト様を……アンナを助けてくれ。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
王国3騎士筆頭の龍牙騎士団長。第1王子の護衛騎士。
英雄”剣士”ヴァルガンダルの直系。
聖アルマイト王国にて『王国最高の騎士』と謳われ、ファヌス大戦を皮切りに多大な貢献を残し、第1王子を含めた後進の育成に注力した、聖アルマイト王国の稀代の英雄。
ルエール=ヴァルガンダルはその後、治癒魔術による延命治療を受けながらも、それから4ヶ月後にその命を潰えるのだった。
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