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第3章『”剣士”覚醒』編
第140話 ヴァルガンダル家の物語13ーー育っていく希望達
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そして時は流れる。
リリライトが薔薇園で大型魔獣に襲われる事件を経て、カリオスとリリライトの兄妹仲は改善。カリオスも神器を扱えるようになり、ヴィジオールの後継者として申し分なく成長していた。が、その数年度にはプリメータが若くして病死し、ヴィジオールが徐々に隠居生活へと入り始めた頃。
カリオス26歳、ラミア18歳。アンナの世代――リリライトやリアラ、リューイなど――は、15歳の時分である。
「――そこまでっ!」
王城の敷地内にある鍛錬場で、地に膝をついたルエール=ヴァルガンダルの喉元へ、訓練用の槍の切っ先が付きつけられると、ヴィジオールの鋭い声が響いた。
「よくやったわぁ~、ディード!」
その手合わせを見守るは、国王ヴィジオール、第1王子カリオス、第1王女ラミア、第2王女リリライト、白薔薇騎士団長シンパ、大臣代理リューゲルといった、聖アルマイト王国トップの面々だった。それらが闘技場の周りを囲うようにして豪華な椅子に腰を下ろしていた。
誰よりも一番に嬉しそうな声を上げたのはラミア。この時は、まだリリライトと同様に母親譲りの色である「白」のドレスに身を纏っており、リリライトとの外見は瓜二つだった。
両手を握り合わせるようにして喜ぶラミアは、いても立ってもいられなくなり、闘技場の中央へいる1人の青年へと駆け寄る。
「はぁ……はぁ……わ、私が……勝った……?」
龍牙騎士団長――つまり、聖アルマイト王国で最高の騎士であるルエールを負かした青年は、しかしそのルエールよりもボロボロの出で立ちになっていた。
顔も上半身も下半身もあざだらけ。特に顔は、片目が腫れて開かなくなっており、鼻は折れて、右頬も腫れあがっている。左手はだらんと垂れ下がるようになっており、両足だけは見た目には無事なようだが、ぶるぶると震えているのが見て分かる程。
そんなボロボロの青年が、残った右手に握った槍をルエールに付きつけていた。
ディード=エレハンダーは、この世界で初めてルエールを負かしたのだった。
「ね? ね? 見たでしょう、お父様? 兄様に、リリ? シンパにリューゲルも見たわよねぇ~?」
おっとりとした口調はいつものままだったが、いつになくはしゃぐように見届け人達に何度も確認する。
「ラミア、今は公務中だぞ。お父様じゃなくて、陛下だ。――にしても、まさかルエールが負けるとはなぁ」
予想外の結果に、カリオスは額に手を当てながら驚いていた。しかしラミアはそんなカリオスの驚きなど意にも介さず、ディードの側からヴィジオールに向かって言う。
「お父様ぁ~。約束ですよ、約束♪ ディードが1度でもルエールに勝ったら、ディードを私の護衛騎士にしても良いって♪」
「う、むう……む……」
ラミアの声に、呻くようにしてヴィジオールが反応する。気が乗らないのは明らかだ。
それもそのはず。実力はともかくとして、王族の護衛騎士に貴族ですらない平民、しかも男を護衛騎士にするなど、異例中の異例である。
王女であるラミアとリリライトの護衛騎士はレイオール家の女性騎士が通例だ。プリメータの遺志もあり、リリライトの方を優先して現当主のシンパが彼女の護衛騎士になっているため、確かにラミアの護衛騎士は空座となっているのだが。
「まあ、約束は約束ですから。仕方ないでしょう、陛下」
そう言うのは、すっかりヴィジオールよりも影響力を持つようになったカリオスだった。カリオスは他の見届け人の顔を見回しながら、続ける。
「例え43戦42敗だとしても、あのルエールに土をつけました。護衛騎士としての実力は充分すぎるでしょう。貴族でないのが懸念ならば、エレハンダー家を貴族に格上げしてやればいい。今日の結果は、それ程の功績といってもいい」
そう言うカリオスに、他の見届け人――
リューゲルは
「まあ、そうですな。今後ネルグリアや連合を擁立したヘルベルトとの戦争の可能性を考えると、今の護衛騎士に求められるのは実力でしょうからな。カリオス殿下がおっしゃるのならば、異存はありません」
シンパは
「私もカリオス殿下がおっしゃいました通り、護衛騎士としての実力は疑いようもありません。しかしラミア王女の護衛騎士に男性が……という点は、気がかりではあります。いずれにせよ、私はアルマイト王家に従います」
リリライトは
「私は、よく分かりません。兄様の言う通りで、大丈夫です……」
「やったわぁ♪ これで貴方は私の護衛騎士よぉ~。すぐにぃ~、新しい騎士団の騎士団長にしてあげるわねぇ~。これで貴方もぉ、ルエールやシンパと並ぶ騎士になれるわぁ~」
くるくると回りながら、無邪気に喜びを表現するラミアは本当に珍しい。カリオスがあんぐりと口を開けている程だった。
「……全く、どこから拾ってきたのだか」
と、ヴィジオールも渋々と納得せざるを得なかった。
「見事だ。ディード、だったな?」
そんな王族や幹部達の会話を尻目に、ルエールは地面についた膝を立てて立ち上がる。43回の手合わせのうち、42回を完全に叩き伏せた敗者のルエールは、勝者のディードよりもぴんぴんしていた。
「何せラミア王女の護衛騎士だ……断じて手を抜いた覚えはない。故に加減は出来ず、すまなかった」
自分の手で、さんざん打ちのめしてボロボロの重症になっているディードを見て、ルエールは苦笑する。
「わ、私は……本当に、貴方に……ルエール=ヴァルガンダルに、王国最高の騎士に勝利したのですか?」
未だその現実が信じられないようだった。ディードは腫れていない右眼を揺らしながらルエールに問うてくると、ルエールはしっかりとうなずく。
「し、しかし……こんな有様で勝利などとは、とても……」
あまりに自分の重傷さとルエールの無傷さを比べて、ディードは震える声で言う。43回のうち42回負けた後、最後の1回――しかもルエールがたまたまバランスを崩した隙を付いて勝っただけだ。
それで手にした勝利を、周りに言われるがまま受け入れることなど到底出来なかった。
「もとより、そういうルールの戦いで、私も負けるなどとは露とも思っていなかった。だが、これが現実だ」
その言葉は裏表無いルエールの真意だった。
突然の話ではあったが、何せ第1王女の護衛騎士を決める戦いだ。ルエールは100回やっても100回とも完全に叩き伏せて、この身の程知らずの青年の自信もプライドもへし折ってやるつもりだった。
しかし結果は、その半分にも達しない43回目で1本を取られてしまうという体たらくだった。
(私も、もう40だ。そろそろ、身を引くことを考え始めてもいいかもしれぬな)
そんなことを考えるルエールだったが、その表情には微笑が含まれていた。
「私に勝ったのだ。これからは『王国最強の騎士』くらい名乗ってもらわねば、私が困るな」
ボロボロのディードの胸をポンと叩きながら、ルエールは言う。
――娘のアンナが生きていくこの国で、カリオスやディードなどを初めとした若い世代の成長を感じるルエールは、満足していた。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
ルエールは、カリオスの第1王子になってからは、特に国の未来を担う後進の育成に力を入れていた。
カリオスの成長は勿論のこと、ラミアが突然どこからか連れてきたディードの存在もルエールにはとても嬉しい事だった。
そしてルエールが希望を抱いていたものは、まだあった。
「団長! ルエール団長っ!」
龍牙騎士団長の兵舎で、幼女のような声に呼び止められたルエールは足を止める。
「今日はこちらにいらしてたんですね! 是非、鍛錬をお願いします!」
「ミリアム」
ミリアム=ティンカーズ。
女性ながら龍牙騎士へ入団してきた珍しい彼女は、ルエールからしても「天才剣士」と唸る程の腕前で、英雄であるルエールに迫るものを感じる程だった。
実際その天賦の才と努力でもって、ディードですら会得出来なかったルエールの必殺剣術である「居合術」を習得したのである。
彼女と同じ世代にはランディやジュリアスといった秀才たちが揃っており、この世代は龍牙騎士史上稀に見る天才の世代だという評判になっていた。ミリアムの才はその中でも群を抜いており、団内ではこの世代は「ミリアム世代」などと称されていることを、ルエールも知っていた。
彼女の言う通り、剣術の鍛錬に付き合うルエール。
いくら神器を使用していないとしても、手を合わせる度にミリアムは劇的な成長を遂げている。もう油断など出来ないレベルだ。
「はぁ、はぁ……ありがとうございました、団長! やっぱり団長はお強いです! 是非、近いうちにディード将軍へ雪辱を晴らす機会を設けて下さい! 私、全力で応援しに行きます!」
鍛錬が終わった後、汗にまみれながら顔を赤くして、ミリアムは興奮気味に言ってくる。疲れているはずなのに、その目はキラキラと輝いており、熱っぽい視線をルエールに送ってくる。
普段は礼儀正しく物静かな印象のあるミリアムだったが、ルエールの前に出るといつもこんな感じだった。そんなミリアムの興奮気味な声に、ルエールは苦笑する。
「そ、そういえば団長! お昼はまだお上がりではありませんよね。私、今日お弁当を作り過ぎてしまって……あの、あの! もし宜しければ、団長に召しあがっていただければと……うぅぅ、その……私が作ったものでよければ。亡くなった奥様のものには遠く及ばないと思いますが……ブツブツ……」
身体を動かしたのとは別の意味で顔が赤くなるミリアムは、次第にその声が小さくなり、後半の方などはほとんど聞こえない。
ルエールは眉をひそめながら
「――ん? なんだ、ミリアム? 何か言ったか?」
「ひ、ひえええっ! あのっ! そのっ! 私の作ってきたお弁当を――!」
「あっ、お父様! こんなところにいた~! もう、お弁当忘れていったでしょ~」
ミリアムが頑張って声を張り上げて言うのにかぶせるように、元気な女の子の声が聞こえてくる。
その声の主――アンナは、お気に入りのツインテ―ルを揺らし、ルエールとミリアムに気づくと、とことこと近づいてくる。学校帰りなのか、騎士学校の制服を着ている。
「あっ、ミリアムさんだ! こんにちは!」
「アンナ。学校はどうした?」
「あはは。今日、特別休校だったの忘れてた。――そ・れ・よ・り・も! ちゃんとお弁当忘れずに持って行ってよ! ボク、せっかく毎日早起きして作っているのに」
「あ、ああ。すまんすまん」
不満げな娘にたじたじとなっているルエールは、押し付けられた弁当袋を受け取る。
「アンナお嬢様が、お弁当を作っているんですね……」
「――え? あっ、はい。そうなんですよ。ミンシィさんっていうメイドさんがいるんですけど、その人にお母様が得意だった料理とか教えてもらいながら作っているんです。本当は朝練したいんですけど、ミンシィさんが泣きながら『女の子らしいことを~』って言うから、仕方なく。あはははは」
「そうなんですね~……あはははは……」
「? ミリアムさん?」
無邪気に笑いながら言うアンナとは対照的に、ミリアムは死んだ目をしながら笑う。
「それよりもミリアムさん! 暇だったら、ちょっと相手してよ!」
「アンナ。ミリアムは、今私との鍛錬が終わったばかりで……」
「え~~~~~っ! ずるい、ずるい、ずるい! お父様、最近ボクの相手はしてくれないくせに! ねぇ、ミリアムさん! 1回だけ! 1回だけいいでしょ? ミリアムさんの剣術、あともう少しで捌けそうなの~!」
言っている内容はともかく、そうやって駄々をこねる様子は少女そのものである。
それにしてもルエールすら認めるミリアムの剣を、この年齢で「あと少しで捌ける」などと、僻みでも嫌味でもなく出てくるのはさすがはヴァルガンダル家、”剣士”の名を継ぐ者だ。
「はぁ……いいですよ、お嬢様。では1戦、お手合わせ願います」
「やったぁ! それじゃ、訓練用の剣準備してくるから待ってて!」
微妙に悲しそうな顔をしながら言うミリアムがそう言うと、アンナは文字通り飛び上がって喜ぶ。そしてそのまま龍牙騎士団の兵舎を、勝手知ったる我が家のように走り抜けていく。
「すまないな、ミリアム。自分でも分かっているのだが、つい娘を甘やかしてしまってな」
「い、いえいえ! そんな、とんでもありません! こちらこそ、お嬢様はあの年齢にも関わらず、素晴らしい使い手で、私も勉強になりますので。さすがは団長のお嬢様です」
そんな一言で、ミリアムは簡単に機嫌を直して、嬉しそうな声で答える。
実際、ミリアムも上辺だけではなく、その言葉が正直な感想だった。仄かな想いを寄せているルエールと同じくらいには、その娘のアンナのことも気に入っていたのだった。
「ううぅぅぅ~~~~っ! どうしてミリアムさんは『居合術』が出来るの? ボク、お父様に教えてもらっているのに、全然出来ないのに! うっ、うっ……ぐすっ……!」
「お嬢様、泣いている暇はありませんよ。ほら、もう1回行いきます。――構えて」
「わっ、うわっ! 速いよ! 追いつかない! わあああん!」
まだまだ子供のアンナが、団内でも「天才剣士」と評されているミリアムに敵わないことなど、当然過ぎる。しかしそれでもアンナは本気で悔し涙を流している。
本とか料理とかぬいぐるみなどよりも、こうして剣の修行に一生懸命になっているアンナの姿は、ルエールやミュリアルが思い描いていた、アンナの幸せの形とは少しずれている。
しかしそれでも、アンナがミリアムと一生懸命になりながら剣の修行をしている姿は、見ているだけでルエールは胸がいっぱいになるのを感じるのだった。
聖アルマイトの未来を担う次代の希望達はその芽を芽吹かせて、確かに成長しているのだった。
リリライトが薔薇園で大型魔獣に襲われる事件を経て、カリオスとリリライトの兄妹仲は改善。カリオスも神器を扱えるようになり、ヴィジオールの後継者として申し分なく成長していた。が、その数年度にはプリメータが若くして病死し、ヴィジオールが徐々に隠居生活へと入り始めた頃。
カリオス26歳、ラミア18歳。アンナの世代――リリライトやリアラ、リューイなど――は、15歳の時分である。
「――そこまでっ!」
王城の敷地内にある鍛錬場で、地に膝をついたルエール=ヴァルガンダルの喉元へ、訓練用の槍の切っ先が付きつけられると、ヴィジオールの鋭い声が響いた。
「よくやったわぁ~、ディード!」
その手合わせを見守るは、国王ヴィジオール、第1王子カリオス、第1王女ラミア、第2王女リリライト、白薔薇騎士団長シンパ、大臣代理リューゲルといった、聖アルマイト王国トップの面々だった。それらが闘技場の周りを囲うようにして豪華な椅子に腰を下ろしていた。
誰よりも一番に嬉しそうな声を上げたのはラミア。この時は、まだリリライトと同様に母親譲りの色である「白」のドレスに身を纏っており、リリライトとの外見は瓜二つだった。
両手を握り合わせるようにして喜ぶラミアは、いても立ってもいられなくなり、闘技場の中央へいる1人の青年へと駆け寄る。
「はぁ……はぁ……わ、私が……勝った……?」
龍牙騎士団長――つまり、聖アルマイト王国で最高の騎士であるルエールを負かした青年は、しかしそのルエールよりもボロボロの出で立ちになっていた。
顔も上半身も下半身もあざだらけ。特に顔は、片目が腫れて開かなくなっており、鼻は折れて、右頬も腫れあがっている。左手はだらんと垂れ下がるようになっており、両足だけは見た目には無事なようだが、ぶるぶると震えているのが見て分かる程。
そんなボロボロの青年が、残った右手に握った槍をルエールに付きつけていた。
ディード=エレハンダーは、この世界で初めてルエールを負かしたのだった。
「ね? ね? 見たでしょう、お父様? 兄様に、リリ? シンパにリューゲルも見たわよねぇ~?」
おっとりとした口調はいつものままだったが、いつになくはしゃぐように見届け人達に何度も確認する。
「ラミア、今は公務中だぞ。お父様じゃなくて、陛下だ。――にしても、まさかルエールが負けるとはなぁ」
予想外の結果に、カリオスは額に手を当てながら驚いていた。しかしラミアはそんなカリオスの驚きなど意にも介さず、ディードの側からヴィジオールに向かって言う。
「お父様ぁ~。約束ですよ、約束♪ ディードが1度でもルエールに勝ったら、ディードを私の護衛騎士にしても良いって♪」
「う、むう……む……」
ラミアの声に、呻くようにしてヴィジオールが反応する。気が乗らないのは明らかだ。
それもそのはず。実力はともかくとして、王族の護衛騎士に貴族ですらない平民、しかも男を護衛騎士にするなど、異例中の異例である。
王女であるラミアとリリライトの護衛騎士はレイオール家の女性騎士が通例だ。プリメータの遺志もあり、リリライトの方を優先して現当主のシンパが彼女の護衛騎士になっているため、確かにラミアの護衛騎士は空座となっているのだが。
「まあ、約束は約束ですから。仕方ないでしょう、陛下」
そう言うのは、すっかりヴィジオールよりも影響力を持つようになったカリオスだった。カリオスは他の見届け人の顔を見回しながら、続ける。
「例え43戦42敗だとしても、あのルエールに土をつけました。護衛騎士としての実力は充分すぎるでしょう。貴族でないのが懸念ならば、エレハンダー家を貴族に格上げしてやればいい。今日の結果は、それ程の功績といってもいい」
そう言うカリオスに、他の見届け人――
リューゲルは
「まあ、そうですな。今後ネルグリアや連合を擁立したヘルベルトとの戦争の可能性を考えると、今の護衛騎士に求められるのは実力でしょうからな。カリオス殿下がおっしゃるのならば、異存はありません」
シンパは
「私もカリオス殿下がおっしゃいました通り、護衛騎士としての実力は疑いようもありません。しかしラミア王女の護衛騎士に男性が……という点は、気がかりではあります。いずれにせよ、私はアルマイト王家に従います」
リリライトは
「私は、よく分かりません。兄様の言う通りで、大丈夫です……」
「やったわぁ♪ これで貴方は私の護衛騎士よぉ~。すぐにぃ~、新しい騎士団の騎士団長にしてあげるわねぇ~。これで貴方もぉ、ルエールやシンパと並ぶ騎士になれるわぁ~」
くるくると回りながら、無邪気に喜びを表現するラミアは本当に珍しい。カリオスがあんぐりと口を開けている程だった。
「……全く、どこから拾ってきたのだか」
と、ヴィジオールも渋々と納得せざるを得なかった。
「見事だ。ディード、だったな?」
そんな王族や幹部達の会話を尻目に、ルエールは地面についた膝を立てて立ち上がる。43回の手合わせのうち、42回を完全に叩き伏せた敗者のルエールは、勝者のディードよりもぴんぴんしていた。
「何せラミア王女の護衛騎士だ……断じて手を抜いた覚えはない。故に加減は出来ず、すまなかった」
自分の手で、さんざん打ちのめしてボロボロの重症になっているディードを見て、ルエールは苦笑する。
「わ、私は……本当に、貴方に……ルエール=ヴァルガンダルに、王国最高の騎士に勝利したのですか?」
未だその現実が信じられないようだった。ディードは腫れていない右眼を揺らしながらルエールに問うてくると、ルエールはしっかりとうなずく。
「し、しかし……こんな有様で勝利などとは、とても……」
あまりに自分の重傷さとルエールの無傷さを比べて、ディードは震える声で言う。43回のうち42回負けた後、最後の1回――しかもルエールがたまたまバランスを崩した隙を付いて勝っただけだ。
それで手にした勝利を、周りに言われるがまま受け入れることなど到底出来なかった。
「もとより、そういうルールの戦いで、私も負けるなどとは露とも思っていなかった。だが、これが現実だ」
その言葉は裏表無いルエールの真意だった。
突然の話ではあったが、何せ第1王女の護衛騎士を決める戦いだ。ルエールは100回やっても100回とも完全に叩き伏せて、この身の程知らずの青年の自信もプライドもへし折ってやるつもりだった。
しかし結果は、その半分にも達しない43回目で1本を取られてしまうという体たらくだった。
(私も、もう40だ。そろそろ、身を引くことを考え始めてもいいかもしれぬな)
そんなことを考えるルエールだったが、その表情には微笑が含まれていた。
「私に勝ったのだ。これからは『王国最強の騎士』くらい名乗ってもらわねば、私が困るな」
ボロボロのディードの胸をポンと叩きながら、ルエールは言う。
――娘のアンナが生きていくこの国で、カリオスやディードなどを初めとした若い世代の成長を感じるルエールは、満足していた。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
ルエールは、カリオスの第1王子になってからは、特に国の未来を担う後進の育成に力を入れていた。
カリオスの成長は勿論のこと、ラミアが突然どこからか連れてきたディードの存在もルエールにはとても嬉しい事だった。
そしてルエールが希望を抱いていたものは、まだあった。
「団長! ルエール団長っ!」
龍牙騎士団長の兵舎で、幼女のような声に呼び止められたルエールは足を止める。
「今日はこちらにいらしてたんですね! 是非、鍛錬をお願いします!」
「ミリアム」
ミリアム=ティンカーズ。
女性ながら龍牙騎士へ入団してきた珍しい彼女は、ルエールからしても「天才剣士」と唸る程の腕前で、英雄であるルエールに迫るものを感じる程だった。
実際その天賦の才と努力でもって、ディードですら会得出来なかったルエールの必殺剣術である「居合術」を習得したのである。
彼女と同じ世代にはランディやジュリアスといった秀才たちが揃っており、この世代は龍牙騎士史上稀に見る天才の世代だという評判になっていた。ミリアムの才はその中でも群を抜いており、団内ではこの世代は「ミリアム世代」などと称されていることを、ルエールも知っていた。
彼女の言う通り、剣術の鍛錬に付き合うルエール。
いくら神器を使用していないとしても、手を合わせる度にミリアムは劇的な成長を遂げている。もう油断など出来ないレベルだ。
「はぁ、はぁ……ありがとうございました、団長! やっぱり団長はお強いです! 是非、近いうちにディード将軍へ雪辱を晴らす機会を設けて下さい! 私、全力で応援しに行きます!」
鍛錬が終わった後、汗にまみれながら顔を赤くして、ミリアムは興奮気味に言ってくる。疲れているはずなのに、その目はキラキラと輝いており、熱っぽい視線をルエールに送ってくる。
普段は礼儀正しく物静かな印象のあるミリアムだったが、ルエールの前に出るといつもこんな感じだった。そんなミリアムの興奮気味な声に、ルエールは苦笑する。
「そ、そういえば団長! お昼はまだお上がりではありませんよね。私、今日お弁当を作り過ぎてしまって……あの、あの! もし宜しければ、団長に召しあがっていただければと……うぅぅ、その……私が作ったものでよければ。亡くなった奥様のものには遠く及ばないと思いますが……ブツブツ……」
身体を動かしたのとは別の意味で顔が赤くなるミリアムは、次第にその声が小さくなり、後半の方などはほとんど聞こえない。
ルエールは眉をひそめながら
「――ん? なんだ、ミリアム? 何か言ったか?」
「ひ、ひえええっ! あのっ! そのっ! 私の作ってきたお弁当を――!」
「あっ、お父様! こんなところにいた~! もう、お弁当忘れていったでしょ~」
ミリアムが頑張って声を張り上げて言うのにかぶせるように、元気な女の子の声が聞こえてくる。
その声の主――アンナは、お気に入りのツインテ―ルを揺らし、ルエールとミリアムに気づくと、とことこと近づいてくる。学校帰りなのか、騎士学校の制服を着ている。
「あっ、ミリアムさんだ! こんにちは!」
「アンナ。学校はどうした?」
「あはは。今日、特別休校だったの忘れてた。――そ・れ・よ・り・も! ちゃんとお弁当忘れずに持って行ってよ! ボク、せっかく毎日早起きして作っているのに」
「あ、ああ。すまんすまん」
不満げな娘にたじたじとなっているルエールは、押し付けられた弁当袋を受け取る。
「アンナお嬢様が、お弁当を作っているんですね……」
「――え? あっ、はい。そうなんですよ。ミンシィさんっていうメイドさんがいるんですけど、その人にお母様が得意だった料理とか教えてもらいながら作っているんです。本当は朝練したいんですけど、ミンシィさんが泣きながら『女の子らしいことを~』って言うから、仕方なく。あはははは」
「そうなんですね~……あはははは……」
「? ミリアムさん?」
無邪気に笑いながら言うアンナとは対照的に、ミリアムは死んだ目をしながら笑う。
「それよりもミリアムさん! 暇だったら、ちょっと相手してよ!」
「アンナ。ミリアムは、今私との鍛錬が終わったばかりで……」
「え~~~~~っ! ずるい、ずるい、ずるい! お父様、最近ボクの相手はしてくれないくせに! ねぇ、ミリアムさん! 1回だけ! 1回だけいいでしょ? ミリアムさんの剣術、あともう少しで捌けそうなの~!」
言っている内容はともかく、そうやって駄々をこねる様子は少女そのものである。
それにしてもルエールすら認めるミリアムの剣を、この年齢で「あと少しで捌ける」などと、僻みでも嫌味でもなく出てくるのはさすがはヴァルガンダル家、”剣士”の名を継ぐ者だ。
「はぁ……いいですよ、お嬢様。では1戦、お手合わせ願います」
「やったぁ! それじゃ、訓練用の剣準備してくるから待ってて!」
微妙に悲しそうな顔をしながら言うミリアムがそう言うと、アンナは文字通り飛び上がって喜ぶ。そしてそのまま龍牙騎士団の兵舎を、勝手知ったる我が家のように走り抜けていく。
「すまないな、ミリアム。自分でも分かっているのだが、つい娘を甘やかしてしまってな」
「い、いえいえ! そんな、とんでもありません! こちらこそ、お嬢様はあの年齢にも関わらず、素晴らしい使い手で、私も勉強になりますので。さすがは団長のお嬢様です」
そんな一言で、ミリアムは簡単に機嫌を直して、嬉しそうな声で答える。
実際、ミリアムも上辺だけではなく、その言葉が正直な感想だった。仄かな想いを寄せているルエールと同じくらいには、その娘のアンナのことも気に入っていたのだった。
「ううぅぅぅ~~~~っ! どうしてミリアムさんは『居合術』が出来るの? ボク、お父様に教えてもらっているのに、全然出来ないのに! うっ、うっ……ぐすっ……!」
「お嬢様、泣いている暇はありませんよ。ほら、もう1回行いきます。――構えて」
「わっ、うわっ! 速いよ! 追いつかない! わあああん!」
まだまだ子供のアンナが、団内でも「天才剣士」と評されているミリアムに敵わないことなど、当然過ぎる。しかしそれでもアンナは本気で悔し涙を流している。
本とか料理とかぬいぐるみなどよりも、こうして剣の修行に一生懸命になっているアンナの姿は、ルエールやミュリアルが思い描いていた、アンナの幸せの形とは少しずれている。
しかしそれでも、アンナがミリアムと一生懸命になりながら剣の修行をしている姿は、見ているだけでルエールは胸がいっぱいになるのを感じるのだった。
聖アルマイトの未来を担う次代の希望達はその芽を芽吹かせて、確かに成長しているのだった。
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ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》
EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ――
とある別の歴史を歩んだ世界。
その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。
第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる――
日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。
歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。
そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。
「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。
そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。
制刻を始めとする異質な隊員等。
そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。
元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。
〇案内と注意
1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。
2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。
3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。
4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。
5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。
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