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第3章『”剣士”覚醒』編

第132話 ヴァルガンダル家の物語Ⅵーー終戦、そして帰国

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 聖アルマイトとファヌス魔法大国で起こった大戦は、緒戦となる国境戦から熾烈な攻防を繰り広げていた。

 国境線にあるファヌス魔法大国領のアデアラスの街へ攻撃を仕掛けるのは、ヴィジオール率いる聖アルマイト本隊。もう何度目かになる今回の攻撃は、主に奴隷兵士で構成されているファヌスの前線部隊を順調に押し込んでいた。

 聖アルマイトの王妃でありながら自ら白銀の鎧に身を包み戦場の前線を駆ける「戦姫」プリメータは、順調なこの戦況に、静かな声でつぶやいた。

「魔術部隊の攻撃が来ませんね……」

 攻撃を仕掛けてから既に一時間以上が経過している。

 これまでの戦いだったら、既にファヌス後衛の魔術部隊からの魔術攻撃をされているはずだ。そして聖アルマイトの前線が崩されて撤退を始める頃なのだが、今回はその魔術攻撃が未だ始まらないでいた。

「プリメータ様、このままいけば、いよいよ……!」

 プリメータの側にいるのは、王妃の護衛騎士にして、白薔薇騎士団騎士団長アイリーン=レイオール。彼女が言わんとしていることは、当然プリメータも察しており、力強くうなずく。

「……っ! 陛下の神器がきます! 各隊、急いで散開して下さい!」

 後衛から強大な力の奔流を感じたプリメータは、剣を振り上げながら叫ぶ。するとプリメータが指揮する白薔薇騎士団は、鍛え抜かれた流麗な動きで左右に割れて、中央を空ける。

 そうして白薔薇騎士団が散開した後――割れた中央を穿つように、後方から巨大なな雷撃が地を裂くように迸り、ファヌスの奴隷兵部隊を飲み込み蹂躙する。蹂躙された奴隷兵士達は、悲鳴や絶叫を上げながら、その戦線を崩壊させていく。

 無数の神器を扱う“戦士”アルマイトが使用するうちの1つ、雷神の槌『トールハンマー』による、大規模雷撃である。

「あ、相変わらず……凄まじい威力ですね」

 一撃で敵部隊の一角を容赦なく抉った神器の威力に、アイリーンは冷や汗を流しながら味方の一撃だったにも関わらず恐怖すら感じていた。

「威力は凄まじいんですが、数が撃てないのが難点なんですけどね。――エッチな意味じゃないですよ。もうアイリーンってば、イヤです」

「はぁ……」

 戦場の最前線だというのに相変わらずマイペースな主人に、アイリーンは毒気を抜かれてしまい、今しがた抱いていた恐怖すら忘れて、呆れてしまう。

「いずれにせよ今の一撃で、敵部隊は完全に崩壊しました。敵もこれではもう立て直せないでしょう。一気に攻め込んで、勝敗を決します」

 おちゃらけた態度は置いといて、プリメータは剣の刃を上に向け、顔の前に構えるようにして命ずる。

「全軍突撃! このまま、後衛の魔術部隊まで崩しますよ!」

 その顔は、間違いなく「戦姫」の顔。彼女の煌びやかな金髪と美しく輝く白銀の鎧は、戦場で舞い踊る女王のように、美しく可憐な姿を演出していた。

 ――いうまでもなく、魔術部隊の攻撃が無いのは、敵陣に潜入したルエールらが抑えてくれているおかげであろう。

 きっと今頃ルエール達は、魔術部隊の中にで孤軍奮闘してくれているはずだ。強力な魔術師部隊――しかもその中には、大陸最強の魔術師アルバキアが混ざっている可能性もある――を相手に、たかが数人程度の戦力で。

 プリメータも事前に承知していたとはいえ、気が気ではなかった。今も命を賭けてその使命と果たしてくれているルエールに感謝すると共に、その身が心配でならない。

(ルエール、私たちが行くまで持ち堪えて下さい)

 ――愛する奥さんとお腹の赤ちゃんを遺して死ぬなんて、絶対に許しませんからね。

    ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

「ハン! 今さら得物を変えたくらいで、何が変わりやがる! そんなにすげえ剣なら、最初から使えってんだ」

「生憎と私は双剣が不得手なものでな。この神器は苦手なのだ。……始祖様を恨むよ」

 珍しく敵と饒舌に語るルエール。その両手には“剣士”の神器、龍殺しの剣『アスカロン』が握られていた。

 “戦士”アルマイトは、複数の神器を扱える“戦士”特性を有しているため例外となるが、それ以外の英雄達は、それぞれ専用の1つの神器を扱う。例えば“勇者”リンデブルグであれば聖剣エクスカリバーがそれにあたる。

 “剣士”ヴァルガンダルの専用神器は、この2本1対の双剣龍殺し『アスカロン』である。

 神器を手にしたルエールは、超威力を発揮するアルバキアの岩塊となった拳を、舞うようにして躱していた。

 一方、死闘を繰り広げているルエール達の背後では

「はぁ、はぁ……このぉっ!」

「うおおおお!」

 クルーズや、ルエールからヴァルガンダルの剣を受け取った騎士、そしてそれとは別の騎士の3人が、満身創痍になりながらアルバキアの取り巻きの兵士と戦っている。

 3人共、獅子奮迅の如く、数的不利をものともせずにファヌス兵を切り捨てているが、既に体力も精神力も限界で満身創痍である。この状態を維持することが出来るのも、あと僅かだろう。

 一刻も早く決着をつけなければいけないこの状況で、ルエールは神器を手にしながらも、回避一辺倒となっていた。

「ちっ! このウロチョロと、鬱陶しいクソが!」

 回避に徹するルエールに、アルバキアは焦りの色を見せる。

 まだまだアルバキアは体力も魔力も余裕があるが、ここでルエールらと戦い始めてからもう随分と時間が経っている。

 アルバキアが懸念するのは前線の状況だ。数はあっても、所詮は奴隷兵で固めた程度の前線部隊。そろそろ崩れかかっている頃合いではないか。いくら魔術部隊の火力があっても、盾となる前線部隊がなくては、ヴィジオール部隊の侵攻を止めることは難しくなってくる。

「神器だのなんだの知らねぇが、ンな大層なモンに持ち変えたなら――」

 アルバキアは呻くようにそう言ってから片足を上げると、ドン!と地を鳴らすように強烈に地面を踏みつける。するとアルバキアが踏みしめた地面が割れ、その亀裂がルエールの足元へ伸びていく。

 地走りのように向かってくる亀裂ーールエールは初見であるその魔術を軽やかに横に飛ぶようにして躱す。

 すると、そのルエールの動きを予測していたかのように、ルエールが回避した箇所にアルバキアは待ち構えており、岩の拳を振り上げていた。

「少しは向かってこいやぁぁぁ!」

(この戦闘センス……ただの力馬鹿というわけでないということか!)

 完全にルエールの動きを捕らえた、回避不能なアルバキアの岩の拳がルエールの脳天へと振り下ろされる。

 それは、ありったけの魔力を込めた一撃。さすがに神器ともあれば砕くには至らないだろうが、剣で受け止められたところで、この一撃を止められることなど出来まい。そのまま脳天を砕き、全身を潰す――!

「……はぁ?」

 それは、その緊迫した場にはそぐわない間の抜けた声だった。

 周りで見ていたものは勿論、当事者のアルバキアですら何が起こったのか知覚することすら出来なていないことを証明する声。

 流麗で、あまりにも美しすぎるルエールの双剣剣舞。それは言葉通り、まるで舞を踊るかのように、芸術と評すべきレベルで洗練された動きだった。

 ルエールは、振り下ろされたアルバキアの岩の拳を受け止めるつもりなど最初からなかった。

 真上から叩きおろされるその拳を、横から払った剣戟で当然のように切り裂いたのだった。

「うおおおおおおっ?」

 右の手首から先を、纏っていた岩ごと切り裂かれたアルバキアは驚愕の声を上げる。

 そしてそのままルエールはもう1本の剣でもって、回転するような動きで、手首を切ったアルバキアの右腕を、今度はその根元から切り裂く。

「ぎゃあああああっ? あああああっ?」

 切り裂かれた箇所から血を噴き出しながら、アルバキアは絶叫のような悲鳴を上げる。

「聞こえなかったか? 私の剣は全てを切り裂くと言ったはずだ。例外はない」

「うおおおおおおお! おおおおお!」

 振り払った双剣を再び構え直して、アルバキアを鋭い視線で射抜くルエール。そのままアルバキアの巨体を微塵斬りにでもしそうな勢いに、アルバキアは痛みも忘れて、慌てて後ろに飛びのく。

「ばっ、馬鹿な! この俺様の魔術が! 馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な! 俺様は正当なるファヌス王家の血筋を引く人間だぞ! 俺様はアルバキア=リブ=ファヌスだぞ! 世界最強の魔術師だぞ! こんな馬鹿なことがあって、たまるかぁぁぁ!」

 絶対的な自分の自信が微塵にも言い訳の余地もなく砕かれたアルバキアは、それまでの態度を一変させて、動揺を露わにする。

「殺す! 殺してやる! てめぇは絶対に殺すぞ、ヴァルガンダル! 剣士如きが、魔術師に敵うと思ってんじゃねぇぞ! このクソ雑魚野郎がっ!」

 激昂するアルバキアは、残った左腕でもって魔力を練り上げる。

 それは炎でも氷でもない、純粋な魔力を結集させたもの。

 魔力を介して炎や水などの自然現象を引き起こすものが一般的な魔術と呼ばれるものとなる。こうして純粋な魔力そのものを、敵を直接攻撃する形に変換して扱えるのは、極めて高等で天才的な才能の持ち主に限られる。例えば英雄の1人”賢者”サージュや、現存する人間であれば大陸最強魔術師のアルバキアくらいである。

 その純粋魔力の威力は、魔力を自然現象へ変換する一般魔術とは一線を画する。そして自然現象とはそもそもの性質が異なるため、同じ純粋魔力以外で防ぐ手段は存在しない。

 つまり、魔術を使えないルエールは、そのアルバキアの魔術を身に受ければ即死を免れない。

「死ねぇぇぇぇぇ!」

 アルバキアから強大な魔力の奔流が放たれ、白い閃光となってルエールへ伸びていく。

「っく……!」

 音速と思わせる程の速さで放たれる魔力の閃光を、それでもルエールは必死に身を躱して回避する。

 しかしルエールの側を通り過ぎた魔力の閃光は、ググッとカーブして軌跡を曲げると、躱したルエールを追尾する。

「団長っ!」

 クルーズらが叫ぶ。

 懸命の回避運動で体制を崩したルエールは、その追撃を避けられる状態にない。そして魔術も盾もないルエールには、それを防ぐこと術を持たない。あるのは両手に握られた双剣の神器「アスカロン」のみ。

「死ね、死ね、死ね! ヴァルガンダルぅぅぅぅぅ!」

 憎しみと殺意を剥き出しにしたアルバキアの醜悪な絶叫が響き、その白い閃光がルエールを包み込むように炸裂していく――

「――」

 音は無音。

 ゾッとするくらいに音も、風も、一切の何もが無かった。

「……はぁ?」

 それは、まるで先ほどと同じ音声を繰り返し再生したようなアルバキアの声だった。

 自然現象ではない、純粋な魔力の閃光が。

 物理手段では決して防ぎえない、無敵の必殺魔術が。

 ルエールのアスカロンによって”切り裂かれていた”。

「はぁぁぁぁぁぁぁ?」

 有り得ない現実に、アルバキアはもう一度驚愕の声を吐き出す。

「何度も言っても分からないようだが、何度でも言ってやろう」

 ルエールによって切り裂かれた魔力の閃光は、そのまま空気に溶け込むかのように霧散する。

 そしてルエールは双剣を左右に広げるように持ちながら、一歩一歩アルバキアに歩み寄る。

「私の剣は、”全て”を切り裂く」

「ひ、ひいいいいっ……!」

 無表情で冷ややかな口調で言うルエールの背後に、アルバキアは甚大なオーラを感じる。

 それは激昂といった感情とは対極にある、冷静で冷淡で冷酷で残酷で、心の底から凍り付くような、圧倒的な殺意だった。

「く、来るなっ! 近寄るな! 来るんじゃねえ!」

 それまでの尊大な態度はすっかり影を潜め、味方から見ても情けない程に怯えを見せ始めるアルバキア。後ずさりながら、何度も何度も魔力を連発するが、ルエールは児戯の如く、それを容易く切り裂いていく。

「うおおおおおお! 俺はファヌスの正統の王なんだ! 最強の王だ! アルマイトなんかとは比べ物にならない! 最強の魔術師だ! ファヌスの家名を継ぐものなんだぁぁぁぁぁぁ! こんな所で、この俺様が死ぬはずがあるものかよ!」

「……ふぅ」

 怯えながら必死に叫ぶアルバキアの姿を見て、ルエールは呆れたようにため息を吐く。

「俺様は強者だ! だから弱者をいたぶることも、捨てることも、買うことも、売ることも許される! 絶対的強者が俺様だ! 王は、リブ=ファヌスの名を継ぐ、この俺様だぁぁぁぁぁぁ! 最強は、俺様だぁぁぁぁ!」

 魔術師という強者は、それだけで正義なのだ。 強者という理由があれば、何をしても許される世界。

 だから世界最強たるアルバキアは何をしても許される。何故ならば世界最強のアルバキアは正義なのだから。

 ――ルエールは回想する。

 先日アデアラスの街で目撃した、あの姉弟を。

 アルバキアが言う弱肉強食の世界で、弱者故に不幸に見舞われたところを。

 ルエールはあの姉弟のことなど、何一つ知らない。だから、あの姉弟が強いとか弱くないとか、そんなことは何も言えない。

 そんなことは何も言えないが、この目の前の”自称最強”には、間違いなく言える言葉がある。

「お前は弱いよ、アルバキア」

「あぁん?」

「少なくとも、あの姉弟を好き勝手に出来る程に強いことなど、有り得ない」

 すぅぅと息を吸いこみ、必殺の剣戟を叩きこむ準備を始めるルエール。そのための意識と力を集中しつつ、真っ直ぐとアルバキアを見据えながら続ける。

「よく聞くといい」

 ザッと、右足を一歩前に踏み出す。

「陛下はアルマイトではないし、私もヴァルガンダルではない」

 腰を下ろし、地面をしっかりと踏みしめる。

「陛下はアルマイトだから王なのではない。陛下はヴィジオールという人間だからこそ、聖アルマイトの王たる地位に座しているのだ。そして、私がこの場で剣を振るっているのもまたヴァルガンダルだからでも、英雄の”剣士”の直系だからでもない」

 双剣を構え、半身を引く。

「私はルエールだ。それ以外の何者でもない。そんな私からすると、ファヌスの家名や、最強の魔術師という称号に縋りつき己を持たない貴様の力の底など、透けて見える」

 それに比べれば、引き裂かれるその時までお互いを思い合ったあの姉弟の方が、遥かに強い。

「――死ね」

 ルエールがアルバキアに告げた断罪の声は、これ以上なくシンプルで短かった。凄まじい殺気を放ち、溜めた息をルエールが吐いた瞬間――

「お、おおおおおおおおおおっ!」

 アルバキアは自らの死を直感し、その恐怖で混乱すると、魔術を乱発する。

「っっっ!」

 まともな制御を失った魔術の閃光は、ルエールの方向とはまるで違う方向へ拡散するように放たれる。

 そしてその内の一つが、ルエールの背後で奮闘している騎士の1人に向かって行く!

 ――この時、ルエールには選び取れる2つの選択肢があった。

 1つは、このままアルバキアを斬り伏せること。この状態であれば、残った手でも足でも切り捨てて、生け捕りにすることは簡単すぎることだった。

 もう1つは、仲間の騎士へ向かった魔力の閃光を切り裂くこと。必殺の一撃を準備しているルエールにとっては、その刃を振るう先をアルバキアから魔力の閃光に変えるだけで、それも非常に容易いことだった。

 普通に考えれば、ルエールが取るべき選択肢は前者である。ここでアルバキアを生け捕りに出来れば、戦争はここで終わり、結果的に犠牲者を少なく抑えられる可能性が高い。

 今、目の前で助けられる命を犠牲するだけで、今後失うであろう多くの命を救うことが出来るのだ。

 末端の兵の一人であるならばともかく、龍牙騎士団長程の地位にあるルエールとして選ぶべき選択肢は当然ーー

「ひ、ひええあああああああっ!」

 ルエールは、仲間の命を奪わんとする魔力の閃光を切り裂く。

 そしてその隙に、アルバキアは情けない悲鳴を残しながらその場から全力で逃げて行った。

 すると、そのアルバキアの逃亡に、残っていた兵士達も動揺し、ルエールらへの攻撃が止む。

 そしてその動揺は、やがてアルバキアを圧倒したルエールへの恐怖に代わり、1人また1人と背を向けて、全力で逃げ出していく。

「追わなくていい。目的は達した!」

 逃げずに残ったファヌス兵達を斬り伏せながら、ルエールは部下が逸らないように用心深く制する。が、勿論彼らにはそこまでの余力は残っておらず、ルエールと共に残存勢力を掃討するのが精一杯だった。

 やがて、残った兵士達も斬られ又は撤退していき、結局アルバキアが率いる魔術部隊は完全に崩壊したのだった。

 相手の虚を突いたとはいえ、ルエール隊数人でアルバキア率いる魔術部隊を瓦解させたのは驚くべき戦果だった。

「団長……」

 しかし疲れ切った表情を見せるルエール隊の面々に、勝利の喜びは見られなかった。疲労よりも傷よりも、ルエールを含めた全員がルエールの最後の判断に戸惑っていた。

 あれは今回の戦争を起こした張本人であるアルバキアを捉えることが出来るまたとない機会だったはずだ。

 それを捨ててまで、仲間の命を助けることを選択したルエールの判断。助けられた当の本人は、勿論ルエールに対して感謝を抱くものの、同時に聖アルマイトのことを考えたならば、あそこで自分は死ぬべきだったとも思う。

 誰もがルエールを賞賛することも批判することも出来ず、しばし沈黙の時が流れる。

「――陛下には黙っておいてくれよ。またドヤされる」

 冗談交じりに言いながら、ふっと笑うルエールのその所作を見て、誰もが目を剥いて驚愕していた。

「どんな理由があろうと、死んでもいい命などない。私は、それを理解はしていたが、今まで知らなかった。それだけだ」

 そう零すルエールの言葉の後に、アデアラスの街とは反対の方ーーつまりヴィジオール隊が戦闘している前線の方から、怒号や馬が駆けてくる音が響いてくる。

 やってきたのは、プリメータ率いる白薔薇騎士団だ。怒涛の勢いで進軍してくると、ルエールらを飲み込むようにしていき、そのままアデアラスの街へと進んでいく。

「ルエール、無事でしたか! 本当に良かったです!」

「よくやってくれたわ、ルエール。大金星ね」

 そんな中ルエールらを見つけて声を掛けてきたのはプリメータとその側近である白薔薇騎士団長アイリーンだった。

「もう、ルエールは危険な真似ばかりして! 本当におバカさんですよ! もう、もうもうもう! も~、ですよ!」

 一応プリメータもルエールの作戦は事前承認していたのだが、無事なルエールの姿を見ることで安心したのか、いろんな想いが止まらずあふれ出てくる。

 いつもルエールに説教をする時と同じように、両手を腰にあててぷんすかと、不満げな言葉をつらつらと述べていく。

「王妃様。進軍中ですので、その辺にしておきましょう」

 放っといたらいつまでたってもぐちぐち続けそうなプリメータに、アイリーンが声を掛けるとようやく止まる。

 アイリーンにプリメータは「そうですね」と返事をしてから

「ルエールはもう大人しく陣に下がって傷の手当てをしていて下さい。絶対に出撃したらダメですよ。陛下も今なら上機嫌ですから! 私がいないときに変に怒らせたらいけませんからね!」

 そう言い残して、プリメータは白薔薇騎士団と共にアデアラスの街占領に向けて歩を進めようとする。

「プリメータ様」

 その背中にルエールが声を掛けると、プリメータはきょとんとした顔をして振り向く。そしてそのプリメータに、ルエールは深々と頭を下げると

「約束通り、生き残りました」

 そのルエールの無感情な言葉を聞くと、プリメータは驚きの顔から徐々に破顔して

「はい、良く出来ました。お帰りなさい、ルエール」

    ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

 結局この緒戦の国境戦が、戦争自体の勝敗を決める決定打となった。

 唯一の進入路だったアデアラスの街を突破されれば、戦力差で圧倒的に劣るファヌス側には抗う術は無かった。

 ヴィジオールは戦力差を生かし、ファヌス領内に広く部隊を展開。ファヌスの戦力を分散させて同時侵攻することで、各個の戦場を有利に推し進めていった。

 国境戦から程なくして、ヴィジオールらはファヌスの首都を陥落させて無条件降伏という完全勝利を収めるまでに至った。結果的にアルバキアも生かしたまま終戦を迎えることが出来たのだった。

 こうして多大な戦果を上げた聖アルマイトだが、その中でも最大の功績を残したのは、間違いなくルエールだった。

 緒戦で決死の作戦を敢行し敵国王のアルバキアを撤退せしめて、魔術部隊の脆さを露呈させたことは、ルエール以外の誰にも出来なかったことだろう。

 更にその後のファヌス国内の各戦闘においても、龍牙・白薔薇含めた全ての騎士の中でも、常に最前線に立ちながら最高の戦果を上げたのだった。

 英雄”剣士”の家系の名に恥じぬ活躍ぶりに、緒戦であれだけ叱責したことも忘れてヴィジオールも満悦し、ルエールを褒め称えたのだった。

 それはヴァルガンダル家の歴史に残る程の偉業であると評され、ルエールは父ウィリアムでさえ出来なかった聖アルマイト最高の騎士としての称号”龍騎士”の叙勲を、ヴィジオールより打診されることとなったのだが、それはまた別の話となる。

 ――と、終戦後も色々とあったのだが、ルエールにとって一番重要なことは、プリメータとの約束を果たせたことだった。

 ファヌス魔法大国との大戦が終わり、ルエールは家族が待つ王都ユールディアに生きて戻ることが出来たのだった。

    ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

 王都ユールディアにあるヴァルガンダル邸の庭園で、ミュリアル=オブライトは椅子に座りながら暖かな陽光を浴びていた。

 少し癖のある茶色の髪を肩まで伸ばした、顔の整った美人である。体型は痩身で血色はやや悪いように見える、その外見を端的に言うならば「薄幸の美女」という表現が似合う雰囲気の女性だった。

 穏やかな風が優しく吹き抜ける中、ミュリアルは眼を細め、愛おしそうに自らの腹を撫でている。

「ミュリアル、加減はどうだ?」

 日光浴を楽しんでいる中、父ガンドロフの声が聞こえてミュリアルが立ちあがろうとすると

「いい、いい! 身重なのだから、安静にしていろ」

 商人として一財産を築き上げ、更に娘をヴァルガンダル家の当主へと嫁がせた父は、財と地位の両方を手にしたという人生の成功を体現しているかのように肥え太っていた。

 そんな父の、こんな優しい顔と声を聞くのはいつ以来だろうか――夫との子を授かってから、父はいつもこのように上機嫌でミュリアルに接するようになった。

 ミュリアルは複雑な想いを胸に抱えたまま、浮かせた腰をそのまま椅子に落とす。

「まだ妊娠してから日が浅いのですから大丈夫ですわ、お父様」

 その声は、容姿と同じくどこか弱弱しく儚げな声だった。そんな娘の言葉に、ガンドロフは「いいや」と首を振ると

「何せ、代々アルマイト家の側近を務めてきた由緒正しきヴァルガンダル家の跡取りだ。万が一があってはならんからな。元気な”男の子”を生むんだぞ」

「分かっていますわ。大事な大事な赤ちゃんですもの……必ず元気な”男の子”を生みます」

 父の意図は色々あるのは知っている。そしてそれはミュリアルの想いとは微妙に相容れないものであるということも。

 しかし、そんな細かい事情はさておいて、愛する夫との間に出来る子供が生まれることに、そこに負の感情などあろうことがない。

 まだまだお腹も出ていないが、そこに宿っている命に想いを寄せれば、何かが返ってくるような感じがする。そう思うとミュリアルは自然と頬が綻び、生まれ来る子供を愛する母の顔になるのだった。

「うむ、うむ。この度の戦争で、もしもルエール卿が戦死した場合、ヴァルガンダル家を継ぐのは、その子になるのだからな」

「――お父様!」

 不謹慎にも程がある父の言葉に、ミュリアルは珍しく感情を露わにして怒鳴るーーとはいっても、その声も随分と静かなものだったが。

 万が一ヴァルガンダル家の人間に今の言葉を聞かれでもすれば、いくら当主の義父とはいえ冗談では済まないだろう。気が緩み過ぎて油断していたのか、ガンドロフは慌てて周囲をキョロキョロと伺うと同時に、いつもは従順で静かな娘の怒り怒りに眼を剥いて驚いていた。

「奥様――!」

 そんな中、1人の若い娘の声が聞こえてくると、ガンドロフは思わず全身をびくりとさせる。彼女は、確か最近ヴァルガンダル家に仕えたばかりのメイドで、ミンシィという名だったか。

「旦那様がお戻りになられました」

「まあ……」

 ミンシィの言葉に、ミュリアルは安心と喜びが混じったため息を漏らし、ガンドロフは2人にはバレないように舌打ちをしていた。

「それでは、お迎えに上がらなければいけませんね」

「ご、ご無理をなさらないで下さい奥様。お身体が――」

 ミュリアルが椅子から立ち上がり、ミンシィが慌てて駆け寄ろうとしたその時――

 ルエールが、既に庭園へと姿を見せていた。

「ルエール様……あっ」

 ミュリアルがそんなルエールへと近寄ろうとする前に、ルエールが戦場でそうするように、素早い動きでミュリアルへと駆け寄って、その細い体を優しく抱きしめる。

「ル、ルエール様……?」

 そんなルエールの行動に驚きながら、ミュリアルは顔を赤くする。

 ルエールの体温が、心臓の鼓動が伝わってくる。そしてミュリアルの体温も上がり、心臓も高鳴る。それがルエールに伝わってしまっていないかと思うと、更に心臓が激しく脈打ってしまう。

「あ、あのルエール様……っ!」

 数秒間、何も言わないまま抱きしめたままのルエールに、ミュリアルは戸惑いばかりが大きくなっていく。嬉しくないわけではないが、父やメイドの目もあるので、気恥ずかしい。

 しかし、そんなミュリアルの羞恥など吹き飛ばすかのように、ルエールは優しく、そしてはっきりと力強い言葉を愛する妻へかける。

「生きて戻ったぞ、ミュリアル」

 その言葉で、ミュリアルの羞恥と緊張は本当にどこかへ吹き飛んでいった。

 相変わらずの、無駄がない短すぎる夫の言葉。しかしその言葉の中に、ルエールの愛は全て込められていた。

 言葉を、体温を、心臓の鼓動を感じる。

 戦場から生きて戻ってきた、最愛の夫の存在を感じるだけで、ミュリアルの心は満たされて幸せを感じるのだった。

「お帰りなさい、ルエール様」

 そうしてミュリアルもルエールの背に手を回し、非力な彼女なりに背いっぱいルエールの鍛え抜かれた身体を抱きしめるのだった。
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 『船魄』(せんぱく)とは、軍艦を自らの意のままに操る少女達である。船魄によって操られる艦艇、艦載機の能力は人間のそれを圧倒し、彼女達の前に人間は殲滅されるだけの存在なのだ。1944年10月に覚醒した最初の船魄、翔鶴型空母二番艦『瑞鶴』は、日本本土進攻を企てるアメリカ海軍と激闘を繰り広げ、ついに勝利を掴んだ。  しかし戦後、瑞鶴は帝国海軍を脱走し行方をくらませた。1955年、アメリカのキューバ侵攻に端を発する日米の軍事衝突の最中、瑞鶴は再び姿を現わし、帝国海軍と交戦状態に入った。瑞鶴の目的はともかくとして、船魄達を解放する戦いが始まったのである。瑞鶴が解放した重巡『妙高』『高雄』、いつの間にかいる空母『グラーフ・ツェッペリン』は『月虹』を名乗って、国家に属さない軍事力として活動を始める。だが、瑞鶴は大義やら何やらには興味がないので、利用できるものは何でも利用する。カリブ海の覇権を狙う日本・ドイツ・ソ連・アメリカの間をのらりくらりと行き交いながら、月虹は生存の道を探っていく。  登場する艦艇はなんと58隻!(2024/12/30時点)(人間のキャラは他に多数)(まだまだ増える)。人類に反旗を翻した軍艦達による、異色の艦船擬人化物語が、ここに始まる。  ――――――――――  ●本作のメインテーマは、あくまで(途中まで)史実の地球を舞台とし、そこに船魄(せんぱく)という異物を投入したらどうなるのか、です。いわゆる艦船擬人化ものですが、特に軍艦や歴史の知識がなくとも楽しめるようにしてあります。もちろん知識があった方が楽しめることは違いないですが。  ●なお軍人がたくさん出て来ますが、船魄同士の関係に踏み込むことはありません。つまり船魄達の人間関係としては百合しかありませんので、ご安心もしくはご承知おきを。もちろんがっつり性描写はないですが、GL要素大いにありです。  ●全ての船魄に挿絵ありですが、AI加筆なので雰囲気程度にお楽しみください。  ●少女たちの愛憎と謀略が絡まり合う、新感覚、リアル志向の艦船擬人化小説を是非お楽しみください。  ●お気に入りや感想などよろしくお願いします。毎日一話投稿します。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

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