【R-18】龍の騎士と龍を統べる王

白金犬

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第3章『”剣士”覚醒』編

第125話 スタインの決意

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「少し、席を外していいか?」

 ファヌス魔法大国第1王子イルギルスとの”秘密会談”が続く中、カリオスはおもむろに切り出した。そんなカリオスに、イルギルスはゆっくりとにこやかにうなずいた。

「そうだね。少し休憩しようか。そっちに別室があるから、3人で少し相談してくるといいよ」

 気持ち悪いくらいに親切なイルギルスへ視線を送ってから、カリオスは後ろに控えるスタインとリューゲルを促す。

「それじゃ、少し休憩にさせてもらう」

 カリオスはそれだけ言うと、従者2人を連れて、イルギルスが示した別室へと姿を消していく。

「フィードラー、どう思う?」

 対峙する相手がいなくなると、イルギルスはそのカリオスが出ていった方を見ながら、隣に座るフィードラーへ問いかける。

「正直、最初から最後まで冷や冷やしっぱなしだよ。頼むから、無理しないでくれ」

「あはは~」

 フィードラーの口調は、相変わらず王族へ対する敬意が感じられない軽薄なものだったが、それでもその言葉が意味することが本音であることは、声色によく表れていた。

「まあ、良い言い方をすればハイリスクハイリターンだけど、悪い言い方をすれば何も考えてないってことだよね」

「勘弁してくれよ……」

 フィードラー以上に軽薄な口調で返してくるイルギルスに、フィードラーは頭を抱える。

「今、ファヌスはあんたを失ったら本当に終わるぞ? あのフェスティアに全て乗っ取られちまうぞ? あのくそったれな王弟が、あの女と対等に渡り合えるとはとても思えん」

「まあ、僕でもしんどいのに、叔父上じゃ無理だろうねぇ。役者が違い過ぎるよ」

 イルギルスは他人事のように笑っているが、彼は今とんでもない命の危機に面していると言っても良いような状況だ。

 カリオス=ド=アルマイトは、英雄の直系であり、間違いなく大陸最強候補の一角である。対してイルギルスも、大陸最高峰の魔術師として名を馳せており、カリオスと同じ大陸最強クラスの強者であることは間違いない。

 しかし、この2人は戦士と魔術師。こんな所で直接的な戦闘になれば、魔術師であるイルギルスにはまず勝ち目はないだろう。

 激情家な一面を持っていることで有名なカリオスに対して、挑発的とも取れる態度をとっているイルギルス。

 実は、側で見ていたフィードラー以上にイルギルスは緊張していた。その証拠に、軽く笑い流すイルギルスの手汗がすごいことになっているのを、フィードラーは見逃していなかった。

「本当は、カリオス王子よりもコウメイ君の方が与しやすいと思っていたんだけど……さて、どう出るかな」

 その軽薄さは緊張を隠す意味もあるのだろう。椅子の背もたれに体重を預けながら、イルギルスは後頭部で手を組んで天井を見上げる。

「ファヌスが生き残るには、カリオス王子にかかっている。本当に頼むよ」

 そこでイルギルスは、同じ笑みの中に、ようやく疲労の色を混ぜるのだった。

□■□■

 部屋を移ったカリオス、スタイン、リューゲルの三者。

 ついさっきまでイルギルスらと会談していた部屋よりは少し小さな部屋で、3人は机を囲んで顔を突き合わせていた。

「どう思う?」

 直接的なカリオスの質問に、リューゲルは困った表情をする。

 そもそも高齢であるリューゲルは、このただでさえ険しい上に、魔獣が住まう山中の集落に来るだけでも、相当に疲労困憊していた。その上、このような国家の運命を左右する直面にさらされて、いつ倒れてもおかしくないような状況だ。

 しかし、それでも最高執政官たる立場のリューゲルは、その役目を必死に果たそうとする。

「冷静に判断すれば、イルギルス王子は信をおける人物だと思いますが」

 先ほどのイルギルスの態度を思い返して、リューゲルは疲労感の濃い言葉で答える。

「但し、何を考えているのかが分からない節があります。言っていることに嘘は無さそうですが、全てを信じて受け入れることは……さて、どうでしょうかな」

 そんなリューゲルの感想にカリオスはうなずくと、今度はその横にいるスタインに視線を向けて同じことを問いかける。

「私も、イルギルス王子のことは信じても良いと思います」

 と、冷静な口調で返してきた。

「そう思う根拠は?」

「イルギルス王子から言ってきたこの”会談”自体が、ファヌス側にあまり意味がない上に、リスクだけが大きいからです」

 いくら若いとはいえ、リューゲル同様に事務職に過ぎないスタインも、相当の疲れがあるはずだ。しかしスタインはその疲労など見せず、淡々と自分の意見を述べた。

「この”会談”、イルギルス王子側にとってしてみれば、何のメリットがあるのでしょうか? わざわざ王子1人がこんな危険な場所まで出向いてきて、他国に知られたくない自国内の状況を匂わせ、更には呼び寄せたカリオス殿下に対して、ファヌスへの警戒心を促す……本当に、イルギルス王子がこちら--つまり第1王子派の寝首をかこうとしているのなら、全ての行動が矛盾しています」

 理路整然と語るスタインの言葉に、カリオスもリューゲルも神妙な顔でうなずく。

「それだけじゃない。これは推論になりますが、イルギルス王子の言葉が全て真実だとすると、おそらくファヌス国内では内乱に近い状態になっているはず。そんな中、フェスティアの介入があって、ファヌス国内が第1王子派と第2王女派のどちらにつくか揺らいでいるような、かなり繊細な状況にも関わらず、トップのイルギルス王子がカリオス殿下と直接会うなどと……それだけで、重大なリスクを背負っていると思いませんか?」

「なんか、聞けば聞くほど、あいつがこの”会談”の場を設けた意味が分かんねえな」

 スタインの話に意見を挟むカリオス。それに対して、今度はスタインがうなずく。

「イルギルス王子側のメリット……それを考えると、彼の言っていることがそのまま真実になるんです。つまり、イルギルス王子は第1王子派の--カリオス殿下の力を欲しているんです。だから、イルギルス王子は先ほど言っていた言葉通り、カリオス王子に信じてもらうため、自分の誠意を見せるために、そのリスクを背負ってカリオス殿下とお会いする場を作ったんだと思います」

 確かにそう考えるならば、イルギルスがカリオス達に警戒心を促すのも分かるし、第1王子派を支持していることも納得できる。第2王女派に対してカリオス達第1王子が戦況を優位に持って行けるならば、第1王子派につきたいと考えているイルギルスも自らの派閥の勢力を説得しやすくなるだろう。

「なるほど、な。だとしたら、コウメイの言う通り、ファヌスがこちらに牙を剥く可能性もあるってわけか。参ったな」

 リューゲルもスタインも、揃ってそういうのであれば、カリオスも無下に否定することは出来ない。金髪をくしゃくしゃにかき乱す。

「しかし、救いはイルギルス王子がカリオス殿下寄りということですな。逆にファヌスのイルギルス王子勢力を味方に付けることが出来れば、これ以上頼りになることはありません。これはチャンスでもありますぞ」

 リューゲルはそう言うが、状況はそこまで楽観的ではない。

 そもそも、イルギルスが味方になる条件である「第2王女派に対して優勢な状況」が、まず難しい。

 今は、コウメイが参戦しての初戦を制しただけ。そもそもそこに至る前に、何度も惨敗を喫しているのだ。勇者対策も、そしてその勇者を裏で操るグスタフへの対策も何も無いままだ。

 その上ーー

「ぐずぐずしていたら、フェスティアの外交戦略で、イルギルス王子が敵に回ってしまう可能性もあります」

 スタインが、カリオスの懸念を言葉にして補足する。

「この状況で、ファヌスを敵に回すのは避けたい。そうなればクルーズが退けた小国家群もまた乗じてくるだろうしな」

 カリオスの言葉に、場の空気が重くなり、誰も言葉を発しなくなる。これといった打開策がないが、それでも何かしらの決断をしなくてはいけない。

「コウメイなら……どうするかな」

 この場にいない、第1王子派のご意見番の名前をボソリとつぶやくカリオス。あの飄々とした男なら、こんな時何かうまいアイデアでも思いつくのだろうか。それとも、今の自分達と同じようにうんうんと困って悩むのか。

 案外、この場でイルギルスを殺してしまうなど、物騒で残忍極まりない意見を提案してくるかもしれないなどと考えたカリオスは、ヤケクソ気味に噴き出してしまう。

「この場にいねえ奴のことなんて考えても仕方ねぇ。とりあえず、今はイルギルスの言う通り、なんとか第2王女派を抑え込んで、力を誇示するしか無さそうだな」

 それはそれで、イルギルスの思惑にそのまま乗っかっているだけのような気がして落ち着かないのだが。

 しかしそれ以上に、今のカリオス達が打てる手はなかった。

 なんとかフェスティアによるファヌスへの介入が手遅れにならないうちに、現状の劣勢を跳ねのける。

 かなり厳しい条件だが、第1王子派がファヌスのイルギルス勢力を味方につけるには、それしか無さそうだった。

 そんなカリオスの思いは、リューゲルもスタインも同じようだった。それしか選択肢はないのだが、本当にそれでいいのか……と、迷った表情で黙している。

 と、そんな中、おもむろに口を開いたのはスタインだった。

「それにしても、ファヌスの状況がよく分からないのも問題ですね。今ではイルギルス王子の言葉を鵜呑みにするしかありませんが、正確にファヌスの内情を把握することも重要です。そうすれば、フェスティアの外交戦略を防げる手立てを見つけることも、可能になるかもしれません」

「そりゃそうだが……何か手はあるのか? ファヌスは今まで他国の干渉を徹底して排除してきた鎖国国家だぞ」

 今まで他国が、強大な魔術師戦力を有するファヌスと交渉しようとした結果、それはどの国も今までかなっていない。

 そもそも地理条件的に閉塞的な立地にあり、文化的に外人の排斥意識が強いファヌスの文化・思想からすると、それは当然とも思える。だからこそ、フェスティアがどうやってファヌスと接触を持ち、そしてその勢力を取り込もうとしているのか、それはカリオスも他の2人も想像だに出来ないことであった。

「……誠意を見せてくれたイルギルス王子に対して、カリオス殿下もそれに応えるべきではないでしょうか」

 突然、話題の方向が変わり、カリオスは意表を突かれたような表情をするが、スタインは構わず続ける。

「私に、考えがあります」

□■□■

「それはダメだ! 絶対に許可出来ん!」

 スタインの提案に開口一番で反対したのはリューゲルだった。

「お前はコウメイ閣下から任されている大切な預かりものだ。閣下がいない間に、お前の身に何かがあってみろ……私はあの人に向ける顔がない」

 珍しく感情的になるリューゲルに、スタインはあくまでも冷静に淡々と自分の意見を述べ、曲げない意志を示していた。

 そんな両者の言い合いを傍から傍観していたカリオスも、少ししてからようやく会話に参加してくる。

「俺もリューゲルと同意見だ。お前はコウメイが見込んだ人材だ。万が一、お前の身に何かあった場合、俺はあいつに言い訳のしようがない」

「……」

 カリオス、リューゲルと、いわば自国のトップ2に揃って反対されれば、スタインもそれ以上は反論出来なかった。しかし言葉は出ずとも、表情では一つも納得していない意志を示している。

「--自分は、コウメイ元帥の代わりではありません」

 ふと、スタインはその言葉を零す。そして、本来のスタインの立場からすれば、雲の上の存在だといってもよい2人に対して、目を反らず、真っすぐと視線を向けながら言う。

「コウメイ元帥ならば、もっと安全で合理的な方法をおもいつくかもしれません。でも、コウメイ元帥はここにはいません。そして私はコウメイ元帥の不在を任されました。だから……私はコウメイ元帥とは違う方法で、でもあの人なら解決できることを解決しなくてはなりません」

 その覚悟を決めたスタインの顔を、カリオスはよく観察するように、じっと見つめる。

 いつもは無感情で平淡な顔をしている。それは今も大きくは変わらない。しかし、どこかその表情に意志を込めているのが分かる。

「言うまでもないが、危険だぞ。命の保証は出来ない」

「もとより、元帥閣下に仕官してからは、命がけのつもりです」

 その言葉からは、やはり一歩も引かない意志が込められていた。その意志を受け取り、カリオスは諦めたように笑いを零す。

「で、殿下……?」

「仕方ねえだろ。こいつ、絶対に譲らねえって顔してるからな」

 カリオスがスタインの提案を受け入れようとする気配を感じてリューゲルが慌てるが、そのカリオスがこう言ってしまえば、リューゲルもそれ以上何も言えなかった。

「本当に……どうしてこう、戦場に行くことのない私が、いつもドキドキさせられるのか……本当、老体には厳しい国ですな」

 と、最後にリューゲルは愚痴をこぼすだけにとどめたのだった。

    ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

「やあやあ。お話し合いは終わったかい?」

 カリオス達が話を終えて部屋を出てくると、イルギルスは先ほどまでと変わりなく、何なら先ほどよりもリラックスした様子でカリオス達を待ち構えていた。

「ああ、待たせて済まなかったな」

 そうして答えるカリオスは、先ほどまでの硬い表情ではなく、いつもの彼らしい--不敵で強気な笑みを浮かべていた。それを見て、イルギルスは「へえ」と笑う。

「どんな話をしてきたんだか」

 そう聞いてくるイルギルスには答えず、カリオスは机に手をつき、身を乗り出しながら言う。

「こっちとしては、ファヌスとは協力関係を維持したい意向だ。だからお前の言う通り、まずは第2王女派を追っ払うことで、信頼に応えてみせよう」

「それじゃ、僕のことを信じてくれたってことだね? いやぁ、ありがとう」

「それだけじゃない」

 イルギルスの満足そうな声に続きカリオスが言うと、フィードラーはもとよりイルギルスも珍しく意表を突かれた顔でカリオスを見返す。それを見てカリオスはしてやったりといった顔で、続けた。

「イルギルス……お前がここにいるというだけで、どれだけのリスクを背負っているかは俺も承知しているつもりだ。それでも、俺と直接会おうとしてくれたことには感謝する。だから、俺も同じようにお前に誠意を見せよう」

 そう言ってから、カリオスは最後の確認かのように、後ろのリューゲル・スタインの両者へ目線を送ると、二人ともうなずく。

「ここにいるスタイン=リュズガルド。こいつはコウメイの側近ーーあいつがいない王都では代理みたいなもんだ。こいつを特別大使として、ファヌスへ送ろう。これは俺がお前を裏切らないための覚悟と保証ーーつまり、人質ってわけだ」


 コウメイの元帥として、同時期に抜擢された護衛騎士プリシティアと補佐官スタイン。

 プリシティアは戦場の最前線で、敵の刃からコウメイを守るという派手な活躍を見せて、その使命を果たしていた。

 そして前線からは遠く離れたこの場所でも、聖アルマイトを守るため、補佐官スタインの地味ながらも重大な戦いが始まろうとしていた。
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