【R-18】龍の騎士と龍を統べる王

白金犬

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第3章『”剣士”覚醒』編

第124話 秘密会談

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 聖アルマイト王国とファヌス魔法大国。お互いの首都同士の距離は、地図上で見る分には実はそう遠くない位置関係にある。

 しかしその国境は、大陸最大級に険しいフルダイン山脈に阻まれている。そのため移動は極めて困難。更に険しいだけではなく、途中魔獣に襲われる危険も少なくない。

 常識的に考えるならば、フラダイン山脈を越えて、聖アルマイト-ファヌスの首都間を移動しようと考える者などいないだろう。

「良い言い方をすると常人にはない発想力、悪い言い方をすると非常識な人間だってことだよねぇ~」

 フラダイン山脈の中腹程に存在する名もなき集落――その中の小屋の1つに、ファヌス魔法大国第1王子イルギルス=リブ=ファヌスはいた。

「物は言いようだな」

 そして、そのイルギルスと机を挟んで向かい合って座っているのは、聖アルマイト王国第1王子カリオス=ド=アルマイトだった。カリオスの後ろには、ボロボロになった老執政官リューゲルと、若き外交補佐官スタインが控えるようにしていた。

「ところで、僕はカリオス王子1人で……って伝えたはずなんだけどぉ?」

 ファヌスの王族衣装なのか、イルギルスはいつも通り全身を覆うローブを身にまとっており、顔の下半分もヴェールで覆われているため、その下ではどんな表情が作られているか分からない。

 イルギルスは、カリオス達を案内してきた自らの従者の男――フィードラーへ視線を向けて問いかけると

「悪いな、イルギルス。俺1人ではお前との交渉は難しいと思って、外交関係を任せているこの2人に来てもらったんだ」

 答えたのはフィードラーではなく、カリオスだった。そんなカリオスの言葉に、イルギルスは「ふ~ん」と意味深に零してから、再び従者へと視線を向ける。

 フィードラーは、カリオスの言葉にうなずきながら

「ああ、間違いないですぜ。そこの爺さんと若造は、少なくともこの機会に殿下の首を狙うために連れてきた暗殺者の類じゃねえ。それどころか、ここに来るまでの道中、カリオス王子がいなけりゃ、魔獣の餌になってたくらいには弱っちい。カリオス王子の言葉、そのまま信じてもいいと思うぜ」

 まるで王族に対する言葉使いではなかったが、イルギルスは気にすることなく、今度はカリオスへ視線を滑らせる。

「俺1人じゃ、頭脳派のお前とまともに交渉出来る自信なんて無かったんでな。リクエスト無下にしたのは悪いが、勘弁してくれ」

 悪びれる様子もなく、カリオスは自身の無能さをひけらかすようにそう言った。

「全く、君達は主従揃って……」

 そんなカリオスの態度に、イルギルスはヴェールの下で表情を緩めて、嘆息したようだった。

「性格は違うけど、カリオス王子もコウメイ元帥も同じタイプだね。類稀なる実力と才能を持っている割には、やけに自己評価が低い。だからこそ、自身の足りない部分を、誰にも憚ることなく他人い頼ることが出来る。――それは、人の上に立つ者としては必要不可欠な資質だと、僕は思う。素直に尊敬するよ」

「他国の王子にベタ褒めされると、何か裏があるかと勘繰っちまうな」

「そんなに警戒しないで欲しいな……って言っても、まあ無理か。くすくす」

イルギルスはそうして、自分の言葉に自分で笑いながら続ける。

「カリオス王子は、今交渉と言ったけど、そんな駆け引きをするつもりで呼びつけたわけじゃないよ。今回この“秘密会談”の場を設けた目的は――僕の誠意を伝えるためってだけだからね」

 その言葉の後半部分は、どこか飄々としていたイルギルスの口調に真剣味を帯びているのが分かった。

自然、カリオスらの身も引き締まる。

「――いいね、フィードラー?」

「ああ。俺には難しいことはよく分らんし、何よりも約束だ。あんたに任せるよ」

 やはり主従というよりは、気の知れた相棒同士のような会話である。従者とそういった関係を築いているイルギルスに、カリオスはどこか近しいものを感じたりもしていた。

 何にしろ、やはり意味深な前置きをしてから、イルギルスはカリオス達を見据える。

「それじゃあ話をしよう、カリオス王子。僕らファヌスのこと、そして君ら聖アルマイトとの今後のことを」

□■□■

(読めない男だな。何を考えていやがる?)

 机を挟んで、ヴェールで表情を隠す隣国の王子を、カリオスは用心深く観察した。

 カリオスを始めとして、コウメイ以外の聖アルマイトの重鎮達は、今のファヌスが聖アルマイトと対立する選択肢を取るとは考えられない。それなのに、あんな内容の手紙を元帥であるコウメイに送りつけてきた意味が、カリオスには全く分からなかった。

 ファヌスが有する魔術部隊は驚異的であり、聖アルマイトに牙を剥くようなことがあれば確かに一大事である。それにも関わらず、カリオスらがファヌスへの警戒が薄いのは、勿論理由がある。

 そもそもの話として、十数年前に聖アルマイトとファヌスは戦争を起こしていて、聖アルマイトはその戦争に勝利し、そこから両国は不戦条約を結んでいるという事情があるのだ。

しかもその内容は、敗戦国のファヌスに対して、勝利国としては相当に譲歩した条約だった。更には、復興を目指すファヌス魔法大国に対して、聖アルマイトは様々な助力もしている。

 政治的にも、感情的にも、ファヌスが聖アルマイトの内乱に介入して第2王女派に与する理由など有り得ないのだ。

 しかしコウメイは、フェスティアの介入を危惧し、ファヌスへの警戒をしきりに訴えていた。コウメイに信頼を置いているカリオスでも、この点においてはコウメイの見当違い……というよりは、ファヌスを警戒している分を、第2王女派や小国家群へ向けるべきだと考えていた。

 それは、今も変わらない。

 だからクラベール防衛戦の開戦前に、ファヌスからの密使が王都内に入り込んでいたといことと、宣戦布告とすら読み取れる物騒な手紙の内容については、カリオスに耳にも入っていたにも関わらず、この件は後回しにされたのだった。

それは、前述した通りファヌスが条約を破る理由が皆無であることに加えて、クラベール防衛戦・小国家群・アンナのことなどの目の前のことで、心身共に限界だったということもある。

とにかくカリオスは、ファヌス関連の案件は後回しにして、目の前の諸々がひと段落ついたところで、ようやくフィードラーとの面談の機会を設けたのだった。

『イルギルス殿下が話したいことがあると。コウメイ元帥が無理なら、是非カリオス第1王子にご足労願いたい』

 アンナの暴走事故の後、フィードラーはカリオスにそう申し出てきた。

 指定場所はこのフラダイン山脈中腹にある小さな村。聖アルマイトにもファヌスにも、どちらにも属さない中立地帯とも言えるこの自然の要害の中に、ファヌスの王族イルギルスがわざわざ赴くという。

 聖アルマイトの敵に回る可能性があるという手紙の内容と併せれば、カリオスがとても無視出来る事態では無かった。

 そうして、この状況が実現されたのだった。

「まず、そちらの意図を確認したい。うちの元帥に送ったあの手紙の真意……あれはいったいどういうことだ?」

 カリオスは単刀直入に問いかけるが、ヴェールに隠された顔からは、イルギルスの感情は読み取れない。

「カリオス王子と会うのは、随分と久しぶりだね。あの時は、君の父上であるヴィジオール王も同席していたっけね。これから国交を増やしていきたいとか話していたけど、結局実現したのは、交換留学を1回やったくらいかぁ」

 そんな、カリオスの質問とは見当違いの答えを出してくるイルギルスに、カリオスは口を挟むことなく、黙ってイルギルスの出方を伺うようにしていた。

 交渉下手な自分が口を挟むよりも、とにかく相手に喋らせる方が良いと判断する。

「僕もずっとカリオス王子とは連絡を取りたかったんだけど、うちの国も少々厄介なことになっていてね。そんな時、君のところのコウメイ君から、ヴァルガンダル家の娘……アンナちゃんだったっけ? 彼女の治療の打診を受けた時は僥倖だと思ったね。これで、僕自身が大手を振って聖アルマイトの幹部と関わりが持てる……ってね」

「……簡潔に、こちらの質問に答えてくれないか? 今、こっちに余裕が無い状況なのは分かっているだろ」

 中々本題に入らず、意図の見えない話を続けるイルギルスに、カリオスは静かに言った。するとイルギルスはうなずきながら

「僕はあなた達の味方だ」

 瞳を軽く閉じてから、イルギルスは続ける。

「使者を通じてではなく、僕とあなたが直接会話をする機会を作りたかった。それが、僕が見せることの出来る精一杯の誠意だ。あの手紙も、それの1つだと思って欲しい」

 そういうイルギルスの口調は柔らかで軽いが、薄っぺらい冗談や嘘の類などではないことが分かる。カリオスは矢継早に質問を浴びせたかったが、イルギルスの邪魔をしないよう、ぐっと堪えて聞くに徹する。

「どこから話そうかな……え~と、そうだね……うん。まずは手紙のことからがいいかな。

 今言ったように、個人としての僕は、感情的にはあなたやコウメイ君に味方でありたいと思っている。

でも、僕はファヌス魔法大国第1王子だ。ファヌス魔法王国次期王位継承権第1位イルギルス=リブ=ファヌスとしては、簡単にそうはいかない。それが、手紙の意味だよ」

 そこまで言ったところで、イルギルスは大きく深呼吸をする。

 大陸最大国家の王子を相手に、ここまでのことを面と向かって言うのは、飄々としているイルギルスでも相当に緊張するのだろう。当然だが。

「本気で忠告するよ。今、あなた達はファヌス魔法大国が聖アルマイトに攻め込むことなど有り得ないと思い込んでいるだろうけど、その認識は絶対に改めた方が良い」

 その涼し気な声に似合わない物騒な発言に、カリオスは後ろのリューゲルとスタインが息を飲むのが分かった。

 味方でありたいと願いながら、戦争を仕掛ける可能性を示唆している。

そんなイルギルスの発言は、一聞では矛盾しているように聞こえる。しかしイルギルスが本当にカリオス達の敵とならんとしているならば、わざわざこんな場を設けてそんなことを忠告するなど有り得ない。

 だから、この王子が言っていることは決して矛盾していない。だから、そのままカリオスはイルギルスの言葉に、そのまま耳を傾き続ける。

「フェスティア女史が、ファヌスに接触してきている」

「--っ!」

 次に出たイルギルスの言葉に、さすがにカリオスも顔色を変える。そんなカリオスの反応は予想の範疇だったのか、イルギルスがヴェールの下で「ふ…」と笑う気配があった。

「うちの国が正常な状態だったら、どんな条件を提示されたって、ファヌスが今の聖アルマイトの内乱に介入するなんて選択肢はあり得ない。だけど、さっきも言ったようにうちの国も少々厄介な状況になっていてね。……あ、ちなみにそのうちの事情っていうのは、あなたの妹姫や性悪大臣とは無関係だけどね」

 そういえば、イルギルスは聖アルマイト国外で、唯一グスタフの暗躍を知る者だ。アンナの治療にあたり、コウメイの判断で伝えられたのだが、それはやむを得なかったことだとカリオスも了解している。

 よく考えてみれば、イルギルスにとっては、カリオス達に付き合ってグスタフの情報を隠匿する義務も義理も無い。それをネタに脅してくるということもないし、個人としてのイルギルスは味方だという言葉は、確かに信を置いてもいいのかもしれない。

「少々厄介ーーっていうと、気障ったらしいかな。言ってしまえば、あなたのところと似たような状況だよ。まあ、うちの場合はもっと権力とか利権とか、ドロドロしてるけどねー」

「王権争い、か」

 カリオスとリリライトの対立ーーそれと似たようなことがファヌスで起こっているというのならば、ファヌスの複雑な王族関係の問題に他ならない。

しかしカリオスの指摘には、イルギルスは何も答えずに、「話を戻そう」と続ける。

「彼女は、どうやってか知らないけど、完全鎖国までして隠していたファヌスの事情をしっかりと掴んでいた。そこを上手く突いた外交交渉も今も続けてきている……全く、恐ろしい女だよ。勇者とやらの脅威は、僕らも耳にしているけど、あのフェスティアという女性は、それ以上に怖いと、本気で思うね。

 あなたがクラベール領を占領されていたら、もう僕らは君らの敵に回るしかなかった。フェスティア女史は、クラベール領の攻略には相当自信を持っていたようだけど……これに関しては、コウメイ君に助けられたね。正に首の皮一枚繋がった、と思っていた方がいいよ」

 いちいちイルギルスの物言いはヒヤッとさせる内容が多い。同席しているだけで、リューゲルやスタインなどは何も喋っていないのに、既に疲労していた。

「お前にそうまで言わせるとは、あの女狐がどういった交渉でファヌスに近づいているのか興味あるね」

「そこはまあ、アメとムチの使い方が上手だったよ。僕らにとっては、少々ムチが強すぎるけどね」

探りを入れるカリオスに対して、詳細の事情は明かさないイルギルス。両者共に表情は笑っているが、表面化ではお互い一歩も譲っていないように見える。カリオスは、自分では交渉事には不向きだと言っておきながら、曲者のイルギルスとそれなりに話せているようだった。さすがは国王代理といったところか。

 そんなカリオスに、イルギルスは「ふう」と意味深に息を吐きながら続ける。

「簡単に言うとね、僕の仲間内でフェスティアの誘いに乗ってアメをもらおうって連中と、ムチを恐れずに道理を貫こうって連中に分かれているんだ。で、つい最近まではアメ派が随分と強くなっていたわけ。

でも今回のクラベール領の戦いでフェスティア女史が負けたから、アメの信頼性が無くなったのさ。それで、力を持っていたアメをもらおうとしていた連中が、すっかり意気消沈。とりあえず今は両派とも小康状態な感じだね。でも、あなた達がまた負けるようなことがあれば次はどうなるか分からないような状況だから、楽観は出来ないけどねー」

 知っていたつもりではいたが、やはりファヌスもこの内乱を注視しているのだ。改めて、その場だけの勝ち負けではなく、1つ1つの戦いが大陸全土を巻き込むのだと、カリオス思い知らされる。

「お前は、アメをもらおうって派と、道理を貫こうって派のどっちなんだ?」

「僕はファヌス魔法大国の第1王子だ。どちらでもないよ。強いて言うなら、ファヌス魔法大国に住まう人々の、最大多数の幸福につながる方の味方だね」

 カリオスの問いに軽々と答えるイルギルス……しかし、次の一瞬だけ、不意に視線を鋭くする。

「だから、そのためならばフェスティアの甘いアメをもらって、あなたの敵となって殺し合うことも厭わない。僕は、ファヌスの王子だ」

 最後にそれを繰り返してから、再びイルギルスの表情は、元の柔和なものへと戻る。

「でも、今回のクラベールで勝った勢いのまま、コウメイ君が第2王女派を押し返すことが出来れば、うちの状況もまた変わる。フェスティアのアメをもらおうって連中を抑えることが出来るし、そうなれば個人的に……なんてつまらないこと言わず、王子としても堂々とあなた達第1王子派の味方になることだって出来るんだ」

 そうして、イルギルスは今回の会談で一番カリオスに伝えたかったことを口にする。

「つまり、頑張ってくれってことだよ」

 にっこりと笑いながら、イルギルスは続ける。

「おそらく、次の大きな戦いが分水嶺になるんじゃないかな。クラベール領を守ったコウメイ君が考えている次の策は……おそらく、こんな所じゃないのかな?」

 と、イルギルスが口にするのは、第1王子派と第2王女派の戦線の、今後の展開予想。

 その内容は……リューゲルとスタインは驚愕のあまり、ぽかんと口を開けていた。

そしてカリオスは、難しい表情のままでイルギルスを見据えていた。驚きはしているものの、後ろの2人とはその質が違う。

 リューゲルとスタインが驚いているのは、イルギルスが語った内容が、あまりにも荒唐無稽に思えたからだ。対してカリオスの驚きとは、その内容がピタリ正解――つまり、コウメイが考えている作戦を、そのまま言い当てたからだ。

 それは、コウメイが王都を出立する前、半ば強引にカリオスへ承認を迫ったあの作戦である。

「――お前、どこまで」

 カリオスは警戒と疑念を強めながら、眼前に座る隣国の王子をじっと観察する。

 ファヌス魔法大国第1王子イルギルス=リブ=ファヌス。

 王族に不相応な飄々とした空気を持つこの男も、女傑フェスティアと並ぶ、大陸有数の傑物に違いなかった。
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