【R-18】龍の騎士と龍を統べる王

白金犬

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第3章『”剣士”覚醒』編

第120話 次なる戦いに向けて

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 クラベール城塞都市内にあるアイドラド=クラベール侯爵邸。

 フェスティア率いる第2王女派部隊を退いた後も、そこは依然として対第2王女派の前線司令部として機能しており、領地に駐留している第1王子派の幹部達が詰めている。

 その屋敷の裏側のとある一角――建物の角に身を隠すようにしながら、キョロキョロと用心深く周囲を確認している赤髪の騎士プリシティア=ハートリングがいた。

「ーーよし」

「よう、嬢ちゃんじゃねえか。こんな所で何してんだ?」

「ksだdjぎんjg;kkdjんkf;!?!?!?」

 意を決して、建物の陰から姿を表そうとしたその瞬間、背後から声を掛けられて、変な叫び声を上げるプリシティア。そんな彼女に声を掛けたのは、龍牙騎士団副団長副官であるラディカルだった。

「jfんかs;jfdkhhだsじ!!」

「わ、分かった分かった。驚かせて悪かったよ。落ち着けって」

 余程びっくりしたのか、涙を滲ませながら物凄い剣幕で迫ってくるプリシティアに、さすがのラディカルも退いてしまっていた。

「にしても、いっつもケラケラしてる嬢ちゃんが、こんな所で何してんだ? まるで何かかから逃げて――」

「あ、いたいた」

 ラディカルのその言葉を途中で遮ったのは、リューイだった。ラディカルの後ろからひょっこりと姿を現すと、その向こう側にいるプリシティアへ手を伸ばす。

「さ、そろそろ休憩は終わりにして続きだ、プリティ。今日はあと10本やるまでは終われないぞ」

「リュ、リュ、リューイさまでプリティっち呼ばないでほしいがー!」

 顔を真っ赤にして抗弁するプリシティアに、リューイは困ったように頭を掻きながら

「ん~、俺もこっぱずかしいんだけど、コウメイさんにそう呼べって言われたからなぁ。元帥命令だって」

「……何考えてんだ、あの兄ちゃん」

 ぼそりと横から突っ込むのはラディカルである。が、そのボヤキのような声はリューイにもプリシティアにも届いていないようで

「それはいいから、早く行くぞ。コウメイさんから、近々作戦を始めるから準備しておいてくれって言われてるんだ。それまでに、俺もプリティも少しでも強くならないと」

「ぎぃやああああああああ! いやあああああああ! わーは、コウメイさの側にいて護衛するっちいいいいいいい! だって護衛騎士だもんんんんんんん!」

 プリシティアの腕を掴み、嫌がるプリシティアをずるずると引き摺るように連れて行くリューイ。

「たぁぁぁすけてぇぇぇぇぇぇ! ラディカルさ、助けてがああああああ! この訓練バカから、わーを救ってええええええ!」

 ラディカルもリューイの鍛錬に付き合ってきた1人である。だからラディカルは、自分でさえうんざりする程の訓練量を、リューイが当たり前のようにやってのけることを、身を持ってよく知っていた。

 ただでさえ地味なことや耐え忍ぶことを嫌うプリシティアが、そのリューイの訓練から必死に逃げようその気持ちは簡単に理解出来る。

 だからと言ってラディカルが、元帥の護衛騎士同士の関係に口を挟めるはずもなく――というか、そもそもそんな気もないーーずるずると引き摺られていくプリシティアを黙って見送っていた。

「ぶぎゃああああああああああ!」

 そうして、屋敷一帯にプリシティアの変な泣き声が響き渡るのだった。

□■□■

 クラベール侯爵邸の中、元帥の執務室として用意された部屋にコウメイはいた。

 そこの窓からは、リューイと、そのリューイにズルズルと引き摺られているプリシティアの姿が見えていた。そんな微笑ましい(?)光景を見下ろしながら、コウメイはにこやかな表情を浮かべていた。

「前の戦闘が終わってからリューイの元気がなくてちょっと心配していたんですが、すっかりいつも通りの調子に戻ったみたいです。いや~、良かった良かった」

 そう言いながらコウメイがくるりと身体を回し、部屋の中へ視線を向ける。すると、机を挟んだ向こう側には、少し緊張したような雰囲気で、隻眼の龍牙騎士――ジュリアスがジッと立っていた。

「副長の傷の調子はどうですか?」

「完治……とまではいきませんが、元通りに動くことには支障ない程度には回復しました」

 いつも通り堅い口調で返事をしてくるジュリアスに、コウメイは「それは良かった」とうなずきながら答える。

「必ず近い内に黒牙を使いこなせるようになって見せます。そうすれば、さすがに勇者リアラに勝てるとまでは言いませんが、少しでも元帥閣下のお役に立てるようになれると思います」

「元帥閣下って呼ばれると、ちょっと背中がむず痒くなるなぁ」

 コウメイとジュリアスは、年齢だけで言えば同世代に当たる。コウメイからすれば、ジュリアスは自分よりもよっぽど出来た人間で、立派な騎士である。そんなジュリアスから”閣下”などと呼ばれるのは、どこか居心地が悪い。しかしリューイやプリシティアと違って、職名で呼ばないで欲しいと言っても、おそらく生真面目な彼は聞かないだろう。

「――ま、それはそれとして……勝利の宴も落ち着いたところで、今後の話をしたいと思って声を掛けたんです。わざわざお呼び立てして、すみませんでしたね」

 そう言って、コウメイは職位では上のはずなのだが、腰が低い丁寧な態度でジュリアスに話しかける。

 声を掛けられた時点で、ジュリアスはコウメイの用件についてはおおよそ察しがついており、どうやらそれは正解だったようである。しかし同時に、腑に落ちない点もある。

「ラディカル将軍やニーナ将軍……それに、アイドラド侯抜きで、ですか?」

 ジュリアスが口から出た人物達は、今ここにいる幹部達の名前だ。

 その気になれば一切を独断で動かせる程の強権を有するにも関わらず、コウメイは諸将の意見に耳を傾けて、その声を重んじるといったスタイルだる。

 だからこそ、次の作戦を決めるような重大な話に、ジュリアス以外の幹部がいないことには腑が落ちなかった。

「――これを」

 コウメイはジュリアスの質問には答えずに、ジュリアスに一枚の資料を渡す。

 ジュリアスはいつにないコウメイの不審な態度に怪訝な顔をしつつ、差し出された資料を受け取る。

 そして内容に目を通す前に、右下に押されている王印に気づき、思わず背筋をピンと伸ばしてしまう。

 王印――つまり、これは国王代理たるカリオスの絶対命令書であることを意味する。

 こういった形式ばったことをあまり好まないカリオスが、わざわざこうして王印まで押して文字をしたためたということは、それ程に重要なことに違いない。少なくとも、コウメイを介した口伝えで済ませていいレベルではないということだ。

「……ちなみに、その内容はカリオス殿下のお考えではありませんよ。正確に言うと、自分が殿下に提案して、それを承認していただいた形です。殿下には、最後の最後まで苦い顔をされましたけど、なんとか強引に王印を押してもらいました」

 不穏なコウメイの挙動とその言葉に、嫌が応にもジュリアスの緊張は更に高くなり、身体が硬くなる。

 緊張に包まれながら命令書の内容に目を通してイクジュリアス。そして、それを読み終える頃には顔を青ざめながら全身を震わせていた。

「――正気ですか?」

 読み間違いではないことを確認するため、もう1度文面に目を通し、確かに王印まで押されていることを確認してから、ジュリアスは顔を上げてコウメイを見る。

 コウメイは、そんなジュリアスの反応を予想していたのか、至って落ち着いた態度だった。

「見損ないました?」

 ジュリアスの質問には答えずに、逆に自分が質問するコウメイ。その顔に浮かんでいる笑みは、自嘲のように見える。

 コウメイの問いを、ジュリアスは首を振って否定してから答える。

「見損なうなど……しかし、本当にここまでする必要があるのでしょうか?」

 コウメイへの信頼はそのままに、しかし疑念の色も隠せず、ジュリアスは質問を続けていく。

「元帥閣下は、フェスティア部隊を退けてみせたではありませんか。そのおかげで、今は部隊の士気も高まっています。私としては、このままミュリヌス領へ向けて反撃に転じても、勝機は充分にあるように思いますが……」

「先の戦いは、自分なんかの力じゃあありませんよ。ジュリアス副長を始め、ラディカル・ニーナ両将軍、リューイやプリシティア、その他多くの人達のおかげです。自分は、その場所ときっかけを作っただけです」

「しかし、貴方がいなければ、この城塞都市は確実に陥とされていました。私達だけでは守れなかった!」

 そんなジュリアスの訴えに、今度はコウメイが黙って首を横に振る。

「その話は、とりあえず置いておきましょう。この間の勝因を語ることが本題ではないので」

 コウメイの苦笑に、ジュリアスはハッとしながらうなずく。それを見て、コウメイは続ける。

「“ここまでする必要があるのか”――その副長の答えに対する回答は“はい”です。……また、話は少し逸れますが、自分はジュリアス副長程の人間にそんな言葉を言わせるところに、敵の黒幕の恐ろしさがあると思っています」

「黒幕……」

 コウメイから出た単語は、決して聞き逃すことなど出来ないものだった。ジュリアスは口の中で、それを反芻する。

「ここだけの話にして下さい。副長も薄々気づいていると思いますが、俺達が本当に倒すべき敵、リリライト王女殿下ではありません。今回の戦いは、リリライト殿下を背後から操っている存在がいます。自分達の真の敵は、そいつです」

「それは、一体……?」

 龍牙騎士団副団長の自分ですら知らされていないそれは、相当な闇の部分なのだろう。ジュリアス自身も聞いていいかどうかを戸惑うように、それでも思わず口にしてしまった。

 黒幕ーー言うまでもなく、聖アルマイト元大臣グスタフである。

 しかしその真実は国内外を大きく動揺させるために、カリオスを含めた最高幹部以外には明かせないことと決めている。コウメイの一存で、一将軍に漏らせることなど出来るはずもない。

 それでも思わず口にしてしまったのは、コウメイがグスタフに対しての思いの強さーー勿論悪い意味でーーだった。

 余計な事を言ってしまった……と、コウメイは胸中で後悔しながら「すみません」と、ジュリアスに謝る。

「現状で、これ以上のことはまだお話出来ません。ただ、その黒幕なる人物は、副長の想定を遥かに上回る程の恐ろしさを持つ人物です。正直、この作戦を持ってしても、自分はまだ足りないとすら思っています」

 コウメイの口調は相変わらず柔らかいものの、その内容は決して穏やかなものではなかった。コウメイは元々用心深い性格ではあるが、いつもよりも一層深刻さが込められている。そしてそれと同時に、底知れぬ怒り或いは憎しみといった感情が込められるいるようにも感じられる。

 コウメイは、その口調のまま続ける。

「そいつはリリライト殿下を隠れ蓑にして、表に出ることなく、その存在も力もひた隠しにし続ける最低最悪のクソ野郎です。そんな姑息で卑怯で用心深い奴だからこそ……こっちが初めて勝ったことで勢いに乗っている今だからこそ……絶対に油断してはいけないんです。奴は、次はどんな手を打ってくるか予想もつかない、それこそフェスティア以上に底知れない相手なんだ」

 そこまでコウメイに力強く言われてしまえば、ジュリアスにとって理不尽なことが残っても、それ以上反論することは出来なかった。

 そもそも、王印付きの命令書があるのだ。騎士たるジュリアスに、この作戦を拒否する選択肢はない。

 しかし、コウメイは

「副長にとて、理不尽だということは理解しています。でも……奴をを倒すためには、副長達の助けが必要なんです。だから、力を貸していただけないでしょうか」

 そう言いながら軍事全権者たるコウメイは、一騎士団の副団長に過ぎないジュリアスに頭を下げてくる。

 作戦の内容は、はっきり言って非人道的で、ジュリアスに求められているのはその指揮統括である。しかもジュリアスが知りたいことはほとんど教えてもらえない。

 そんな理不尽極まり無いこの状況。どうしたってコウメイへの疑念は生まれるが、同時に信頼が揺らぐこともないのは何故だろうか。

 それは、話せないことがあるとしても、コウメイはその心の内を決して誤魔化すことなく、誠実で純粋な想いをさらけ出してくれるからだろうか。

「――顔を上げて下さい、元帥閣下。私は、私では歯が立たなかったフェスティアを、民衆に犠牲を強いることなく降した貴方を信じます。この作戦に関しては、民のことを考えると賛同しかねるのが本音ではありますが……」

 コウメイが誤魔化すことなく心の内を見せてくれるからこそ、ジュリアスも副団長と元帥という関係など関係なしに、自分の正直な想いをコウメイに吐露する。

 頭を下げていたコウメイが顔を上げてジュリアスを見る。するとジュリアスは緊張で引き締まっていた顔を、ようやく緩めていた。

「国でも財宝でも土地でもない。あくまでも人命を第一に優先するというあなたの気持ちは、終始一貫しています。だから、私はあなたを信じて付いて行きます」

「……ありがとうございます」

 力強く、とても頼もしいジュリアスの返事に、コウメイは一拍置いてからゆっくりと頭を下げた。表情は変わらず柔らかなままだったが、どこか疲れたような、そしてホッと安心したような雰囲気が出ているのが分かる。

(なんだか騙しているみたいで、あんまり良い気分じゃないな)

 ジュリアスが真っ直ぐな眼差しを向けてくるのを受けて、コウメイは胸中でそんなことをつぶやいていた。

 実は、コウメイがここまで必死になっているのは、この聖アルマイトという国のためでもなければ、そこに住まう国民のためでもない。

 コウメイは、そこら辺のことはよく自覚している。

 グスタフという人間に向けるこの敵意ーーそれは極めて個人的な事情によるものだ。

 そして、コウメイの本意ではないといっても、その個人的事情にカリオスもリリライトなど、皆を巻き込んでしまっているのが現実だ。

 そうなってしまったことは、結果論であり、コウメイの手が及ぶものではなかった。だから勿論コウメイに非はない。唾棄すべき醜悪なるあの男が、全ての根源であることは絶対の事実として揺らぐことはない。

 それでもコウメイは、こうして自分を信じてくれているジュリアスや、それ以外の仲間達への罪悪感を抱かずにはいられなかった。

 だから、そうして巻き込んでしまった人たちを命や生活を守ることを最優先にして、信じてくれているジュリアスらに最大限の敬意を払って接することなどは、コウメイにとっては当然過ぎることであった。
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