【R-18】龍の騎士と龍を統べる王

白金犬

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第2章『クラベール城塞都市決戦』編

第117話 2章エピローグ

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 聖アルマイト国王都・ユールディアの王宮内は揺れていた。

「一体、前線はどうなっている?」「旧帝国領でヘルベルト連合の船を見たという情報が」「ファヌスがこの機に乗じて戦争準備を始めているらしい」「ハヴスタン領が第2王女派側に寝返ろうとしているらしいぞ」

 王宮内にある会議室では、御前会議で決まった内容を王宮内官僚に周知・相談するための定例会議が行われた。その最中、北方戦線の防衛を担うクルーズより急報が舞い込んできた。

 5つある侵攻路の内、1つが陥とされた――と。

 遂に第2王女派以外の勢力による侵攻を許してしまったことに、王都に残っている官僚達はおおいに動揺していた。今の軍事派の主たるメンバーである、コウメイ・ラミア・ディード・クルーズらが揃って不在にしていることも、それに拍車をかけていたのだった。

「殿下っ! すぐに北方戦線に戦力を注入しましょう。まだ第2王女派とファヌスへの備えのため王都に残っていますでしょう?」

 ざわざわと騒がしい雰囲気の中、1人の官僚がカリオスに提言すると、周囲の参加者の何人かが「そうだそうだ」と同調してくる。

「まあ落ち着け。確かにあのクルーズが突破を許したのは意外だったが、陥とされたのは価値の低い第5路だ。慌てるような話じゃない」

「では、クルーズ団長を見殺しにするとおっしゃるのですか!」

「増援を送らないとは言ってないだろう。まずは落ち着けって言ってるんだ」

 冷静に客観視すれば、状況はカリオスの言う通りで慌てる程のことではない。元々クルーズに預けていた戦力のことも考えれば、充分すぎる程の戦況だ。

 しかし普段は軍事に関わらない官僚達にとっては、第2王女派の猛撃に加え、ここ数十年無かった小国家群の突破を許した、しかも今の聖アルマイトの中で最も防衛戦に優れるクルーズの部隊を、ということで驚愕するには充分なのだろう。

(コウメイに言わせれば、フェスティアはここまで計算してるだろって話だが--本当に敵に回すと厄介な相手だな)

 ちょっとしたことで、後方がこれだけ浮足立しまえば、いずれ必ずその隙を突かれてしまう。小国家群はともかくとしても、第2王女派に対しては、後方を支える王都の面々がこんな状態では話にならない。

 外からではなく内側から崩そうとしてくるフェスティアの策略は、屈強な軍事力を持つ聖アルマイトに対しては極めて有効的な戦略だった。

「クラベールはどうなっているのでしょうかな」

 会議の収拾がつかなくなろうとしている中、カリオスの側に座っているリューゲルが漏らすように言ってくる。

 今の話題はクルーズ隊への増援をどうするか、ということなのだが、もしクラベールが陥とされるようなことがあれば、そちらへの対応が必要になるため、軽々にクルーズ部隊へ大部隊を送るわけにもいかない。戦力的には小国家群よりも第2王女派の方が優先されるのは言うまでもない。

 しかし、だからといってこのまま北方防衛線を様子見にするのが正しいのかは微妙だ。小国家群の勢いは当初の予想よりも凄まじく、報告の限りではクルーズも劣勢を強いられているようで、いくらかの増援は間違いなく必要だ。

 問題は、それをどの程度にするか。第2王女派側、それにファヌスへの警戒も切らしてはいけないとコウメイからは口うるさく言われているおり、慎重な判断を迫られていた。

「ーーこの際、ファヌスの警戒は少し緩めるか」

 しかし、カリオスはそう漏らす。

 ファヌス警戒に費やしている戦力をそのまま北方防錆戦に送れば十分だろう。そうすれば第2王女派のために温存している戦力にも手を付けずに済む。

「そうですな……官僚会議でも、ファヌスを重要視する元帥には懐疑的な意見が多いですからな」

 そう言ってカリオスに賛同の意見を述べるリューゲルの口が重々しいのは、今彼が部下として抱えているスタインのことがあるからだろう。

 スタインは本来王下直轄部隊の所属であり、ファヌス警戒派であるコウメイの補佐官である。そのスタインもまたコウメイと同意見でファヌスへの警戒の必要性を強く訴えているのだが、その意見については、カリオスもリューゲルも官僚達と同じ意見ーーつまり、コウメイが気にし過ぎているという見方だった。

 それでもカリオスがコウメイの方針を守ってるのは、先日王都内に密入国してきた、ファヌスの王子イルギルスの使いを名乗る怪しい男の存在があったからだ。

 ともすれば宣戦布告とも取れかねないイルギルス王子の手紙を持ち込んできたその人物は、しかし色々と言葉にも態度にも疑わしいことも多かった。そのため、なんだかんだ言っても第2王女派の対応だけでも苦慮していることもあり、現状でファヌスへの警戒は最低限で良いと、カリオスとリューゲルは考えていた。

 状況が見えない中、考えるべきことや判断すべきすることが、あまりにも多い。しかもそれのどれもが難しい。

 ざわつく会議の中、カリオスはすっかり疲弊した顔でため息を漏らしていた。

 その時――

「だ、ダメですっ! 今は会議中で……!」

「ええい、離せっ! 急ぎ殿下にお伝えしなくてはならないことが――!」

 会議室の外から、怒鳴り声にも似た言い合う声が聞こえてくる。

(――勘弁してくれよ)

 北方防衛線に続いて、何か更なる凶報でも来たのだろうか。カリオスは思わず頭を抱える。

 そうしてすぐに、乱暴にドアが開かれる。

 入口を警備していた衛兵を振り払うようにして入ってきたのは1人の龍牙騎士団の鎧の男だった。男の顔は慌てた表情になっており、切羽詰まっているのが見て取れる。

「殿下っ! 自分は王下直轄部隊の者です。コウメイ元帥閣下からの言伝を預かって、急ぎ王都に戻って参りました!」

 彼がそう言うと、会議室の面々の視線は一気にそちらへと注がれた。あまりの視線の多さと圧力に、彼は思わず身を少し引いてしまっていた。

 しかし次の瞬間には、その顔に自信満々の笑みを浮かべて

「クラベール城塞都市防衛戦において、コウメイ軍が勝利致しました。第2王女派側が展開していた3部隊は全て撤退! 敵将軍ルルマンドを討ち、新白薔薇騎士クリスティアの捕縛に成功いたしました!」

 高らかに言われたその後に、一瞬だけその場から音が失われる。

 そして更にその一瞬後、会議室はわぁぁぁという歓声に包まれた。

「で、殿下っ……!」

 開戦以来初の戦勝報告に、リューゲルは顔をほころばせてカリオスを見つめると、カリオスはうなずきながら

「やってくれやがったな、あいつ……!」

 焦りと、驚きと、喜びと、様々な感情が混ざり合った笑いを浮かべていた。

      ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

 淡い光に灯される自らの執務室で、カリオスは窓の外から夜景を見ていた。カリオスの執務室は王宮の上階にあり、辺り一帯の城下町を見下ろすことが出来る。真夜中である今は、当然のごとく城下町にはほとんど灯りは無い。

 コウメイから戦勝報告がもたらされた後の第1王子派の動きは迅速だった。

 前線のコウメイと王都のカリオスが協働し、クラベール城塞都市にて第2王女派を撃退したことを、全大陸に向けて大袈裟に喧伝。

 すると目下の悩みの種であった小国家群は、第2王女派の勢い頼みでユールディアへの侵攻を断行していたため、その第2王女派がクラベールから退いたことを知ると途端に踵を返して撤退していった。占拠された第5路も奪還に成功。

 次いで、かねてから裏でヘルベルト連合より支援を受けていたとみられていた旧ネルグリア帝国領の反アルマイト勢力による活動も沈静化しつつあるようだ。更にはファヌスのイルギルス王子の密使とやらとも、近日中に話の場を設けることとなった。

 半分冗談で言っていたのだが、本当にコウメイの勝利1つで、全ての状況が一気に好転したのだった。

 戦勝報告が届いてから丸2日――前線にいるコウメイと協働しながら、ここまで状況を安定させるために奔走していたカリオスだったが、ようやくこの日の夜に一息つく時間が取れたのだ。

 1人でも考える間もなく動き続けた後、一時浮かれていると言っても良い状態だったカリオス派、再び現実に引き戻されていた。

 カリオスは、現実逃避をすることなく、冷静に現状を把握していた。

 一見全てが好転したように見えるが、根本的な部分は決して何も変わっていない。

 今回のコウメイの勝利は一時的なものに過ぎない。

 第2王女派が再び軍容を整えて再び侵攻してくれば、また同じように窮地に陥ることは明白だ。それまでに、今度こそ勇者へのまともな対抗手段を見つけなれば、今度こそ成す術がない。しかし、その対抗手段というのは、まるで見当がついていない。

 それだけでも、第1王子派側をまとめる立場であるカリオスの胸は重くて暗くなる。そして、更にそんなことなど比較にすらない程の強烈な絶望が、今までから今日までずっと、微塵にも途切れることなくカリオスの胸を苦しめるのだ。

 ーーこの時間、この部屋に、特にやることもない1人でいると、どうしても思い出す。

 開戦前、カリオスはここで決戦を決意した。

 最愛の妹リリライトとの殺し合いを。

 あの大演説の前夜、カリオスは執務机の上に顔を突っ伏して、号泣した。喉が張り裂けんばかりに叫びたかった嗚咽を必死に堪えて、最愛の妹と生死のやり取りをしなけれればならなくなった現実を呪った。

 そんな机の上には、白薔薇が飾られている。

 これは、数年前にリリライトから送られた物に特殊な魔法加工をして、今もその当時の状態のまま保存しているのだ。

 この白薔薇を受け取った時のリリライトの顔は、目まぐるしく変わるその愛らしい表情の中でも最も魅力的な太陽のような笑顔は、何日何年経っても、いつだって鮮明に思い出せる。

 世界の誰よりも愛している妹と殺し合いをしているという状況は、その妹が今もあの唾棄すべき悪魔の下に囚われていることは、開戦当初からずっと変わっていない。

 今回コウメイが大勝利を収めたといえど、リリライトの身も心も未だ悪魔の檻の中に囚われたままなのだ。

「リリ……っ!」

 おそらくは今現在も最愛の妹は、あの醜悪なる肥満男にその身体と心を穢されている。

 あのミュリヌス領のフォルテア森林帯で見せつけられた、リリライトとグスタフの公然での性交――あの狂気の光景は、カリオスの脳裏に強烈に焼き付いてしまっている。

 だから、あの純粋無垢だった妹が白目を剥きながら舌を突き出し、獣のように快楽を貪っている姿はカリオスの意志など構わずに、ふとした時間があれば強制的に呼び起こされる。

 その姿は、この世界の誰よりも大好きで何よりも大切で自分が守るべき妹であることに間違いはない--それなのに、思い出される中でのリリライトは、グスタフと同じような醜悪な悪魔そのもので、どうしても嫌悪と不快を感じてしまうのだ。

 カリオスが真に恐怖しているのは、あのリリライトを憎悪し憎んでしまうようになるのではないかという自分の心だった。

「っっっっっくそぉぉ!」

 カリオスは握り拳を作ると、そのまま壁を思い切り殴りつける。

 外に漏れる程の大きな音が響き、部屋が僅かに振動するのを感じると、拳に強烈な痛みが走る。しかしそんな激痛など、意に介すことなどない。

「必ず助けるっ! 必ずだっ……だから、待っていてくれ! すぐに助けに行くっ!」

 その言葉は、何度口にしただろうか。

 既に内乱が勃発して3ヶ月以上が経過している。その間、カリオスは王都からほとんど出ることが無かった。

 戦いは全て、ジュリアスやクルーズや諸侯、そしてコウメイに任せるばかりだ。カリオスの存在は、それ自体が国民の精神的支柱であり、同時に諸国への最大の牽制となるのだから、カリオスの仕事は王都にいることだ。

 今回のように、カリオスが何もせずともコウメイが勝利を収めたことは、政治的にも軍事的にも理想的なことだった。

 ――しかしそれは分かっていても、王都で何もすることが出来ないカリオスの心の内は苦しい。

 こうして王都にいて、机の前で報告を聞いてふんぞり返っているだけで、果たしてリリライトを救える日はいつになるのか。本当に救うことが出来るのか。

 大陸最大国家の第1王子、国王代理などという立場にいたところで、カリオスは自らが無力だと認識していた。

 北方防衛線を守っているのはクルーズで、前線で第2王女派を退けたのはコウメイとジュリアスだ。

 自分は何もしていない。

 王都にいる自分は、何も出来ない。

 特に、ついここ数日はそれを強く感じてしまう。

 そのきっかけは、カリオスにとっては恩師でもある、護衛騎士ルエールの死だった。

□■□■

 今のカリオスがあるのは、他でもないルエールのおかげだ。

 父ヴィジオールもカリオスには厳しかったが、多忙な父に代わり、常にカリオスの側に護衛騎士として寄り添って、厳しく育て上げたのはルエールだった。父代わりといっても良い程、カリオスにとっては大きな存在だった。

 王国三騎士のトップにして、聖アルマイトの全ての騎士にとっての憧れ、頂点。誰からも慕われる程の人望と類稀なる武勇を兼ね備えていた、正に聖アルマイトの英雄そのものだった。

 彼を死んだことは、王族としても個人としても、大きな損失だと認めざるを得ない。

 まだまだこれから自分を支えて、この国の先を導いてくれると思っていた。それが突然いなくなってしまったのだ。ルエールがいてくれれば、第2王女派や諸国との戦況も今とはかなり違ったであろう。

 それ程大きくて大切な人間を、カリオス派守ることが出来なかった。

 リリライトとの対決を決意した時の様に涙まで流すことは無い。しかし幼い頃からずっと側にいた師を失ったことは、カリオスを激しく動揺させた。

 国内外に大きな動揺を与えるため、未だに聖アルマイトの英雄であるルエールの死は非公表となっており、堂々と弔ってやることすら出来ないことが、カリオスのその苦しさを倍化させていた。

 あれだけ自分に尽くしてくれた相手に、最後まで何を返すことも出来ない。葬式の1つを挙げることすらしてやれないのだ。

 だから、カリオスは空座になってしまった「第1王子の護衛騎士」の後任を指名出来ていない。護衛騎士と言えば、聖アルマイトの中でも数ある職位の中で、王族の側近を担う特別で重要なものだ。一時であっても、そこを空けておくわけにはいかないのに。

 そのことは、カリオスの心の傷がそれだけ大きいということを示していた。

「すまない、ルエール。俺は結局ずっとお前に頼りっぱなしで、何も出来なかった。多分お前がいなかったら、俺はリリとも分かり合うことが出来なかったっていうのに」

 これほどまでに、カリオスがルエールの死を引きずるのは、アンナの存在だった。

 現在、王都ユールディアには彼の遺児アンナ=ヴァルガンダルがいる。彼が手塩にかけて、惜しみない愛を注いで育ててきた大事な娘だ。

 死んでしまったルエール自身に、カリオスが出来ることは最早ない。だからそれでも師に報いたいとカリオスが願うのならば、それは彼の愛娘のアンナへと向けられるべきものだ。

「俺は……俺を支えてくれた人間に、何もしてやれない……!」

 1人、震える声でそうこぼすカリオス。

 カリオスは同じ場所で、悪魔の「異能」に苦しむアンナにでさえ、何も出来ないでいた。

□■□■

 夜半の王宮内、カリオスの足は自然とアンナの治療室へ向かっていた。

 特に何か目的があるわけではない。ただ、自分の部屋で何もしないまま無力感に苛まれることに耐えられなくなっただけだ。

 せめて、アンナに対して出来ることはないか。一目会えば何か奇跡でも起こって変わらないだろうか。

 ――自責の念から逃れるため、そんな楽観とすら言えないくらい浅はかな希望を持って、とりあえず動いただけだった。

 灯りが落ちて薄暗い無人の王宮の廊下内をカリオスは進む。

 そうして辿り着く。

 悲惨な状況になっているアンナのその治療室の前へと。

「カ、カリオス王子……」

 驚くべきことに、こんな夜半にドアの前で毛布にくるまっているのは、ヴァルガンダル家に仕えるアンナ付のメイドだった。確か、名はミンシィといったはず。アンナが王都に運ばれて以来、ずっと彼女の側で看護を担ってくれている。

 夜通しずっとアンナの側にいるのだろうか。それならば、何故部屋の中ではなく外にいるのか。そんな驚きにカリオスは眼を剥く。

「アンナは、部屋に……?」

「はい。最低限の食事は取っておられますが、ルエール様がお亡くなりになった日以来、部屋から全く出て来られません」

 泣きそうになりながら、ミンシィが消え入りそうな細い声で言う。その報告に、カリオスは顔を曇らせる。

「このままでは世話をする方も倒れてしまう。ゆっくり休んだ方がいい」

「いえ。こうしている方が、私も楽なんです」

 カリオスには、ミンシィのその気持ちが痛い程分かる。大切な相手が苦しんでいるのに何も出来ない無力感に身を任せているままなのは、辛すぎる。

「……」

 カリオスがそのままドアへと手を伸ばす。

 ――すると、ミンシィが突然慌てたようにカリオスの腕に全身でつかみかかる。たかだか貴族に仕えている一介のメイドが王族に接する態度としては、不遜極まりない行為だった。

 しかしカリオスは怒りよりも驚きの方が大きい。

「お願いです! 後生ですから、今のお嬢様は見ないであげて下さい! お願い致します! 男性には……特にカリオス王子だけには見られたくないと思いますので……どうか……お願いします!」

 号泣しながら凄い剣幕で言ってくるミンシィ。そこには王族への無礼で極刑に処されることすら覚悟しながら、それでも必死にアンナのことを思う感情が見て取れた。

「……」

 一体、今この部屋の中はどうなっているのか――カリオスは恐ろしいものを見るような目で、閉じられたままのドアを見つめていた。

□■□■

「んっ、ああんっ! イクっ♡ イクイクっ♡ オナニー、きっもちいいい~~っ♡」

 アンナの治療室の中では、まだ幼さの残る可愛らしい声が、淫らな音を奏でていた。

 灯りは全て落ちており、窓はカーテンで仕切られていて部屋は真っ暗。長いこと喚起もしていないのか、空気が湿って淀んでいるようだった。そして、汗と濃密な性の匂いが充満している。

「あはっ……あはははははっ! オナニー、気持ちいい~♪ 気持ちいいよぅ♪ ボク、オナニーしてれば幸せだなぁ♡」

 光を失った瞳でそう言うアンナは、寝間着を着崩して、控えめな乳房と秘部をさらけ出した格好で、笑っていた。

 彼女がいるベッドは、汗やその他の体液を吸っているせいか湿り気を帯びている。淫臭の根源はどうもそこらしい。

 そして半裸状態のアンナの周りには、ありとあらゆる淫猥な性具が散らばっていた。どれもこれも使用した跡がある。

 アンナはそれら性具をとっかえひっかえしながら、ひたすら性の快楽を貪り、1人遊びを楽しんでいた。

 父の死に号泣して絶望し、自身を蝕む呪いに苦しんでいた時の顔はもうない。

 今は心の底から幸福そうで、満たされた顔をしている。

 それは、ちょうど同じ時間に遠い場所で、あの悪魔に犯されているリアラと同じような表情だった。

「あはははっ! あはははははっ! あははははは! もう、お父様のこともリアラのこともリューイのことも、ぜ~んぶどうでもいいやぁ。気持ちよければ、ぜ~んぶオッケー。セックスとオナニーがあれば、ボクもう満足だよぉ♪」

 自分を苦しめる悪魔の「異能」の苦痛に耐えていたアンナは、そこに誰よりも尊敬していた父親の死が加わったことで――

 遂に心が壊れてしまった。

 あまりの苦痛と絶望を前に、アンナは悪魔に植え付けられた最悪の逃げ場所を思い出してしまったのだ。

 そこに逃げれば、もう辛いことなど向き合わなくていい。頑張らなくていい。絶えなくてもいい。

 そこにいるだけで、最高に気持ちよくて、最高に幸せなのだ。

 気持ちいい間は、辛いことは何も考えなくても良い。

「あっ、次はこれにしよっと♪」

 唇の端から唾液を垂らし、アンナが手に取ったのは台座のようなものが着いた男性器を模した性具だった。側にあった小瓶――発情作用のあるフルネイドの蜜をその性具に塗り付けて、天井に向けるようにしておくと、アンナはそれに跨る。

「んっ……っふああああっ♡ おっきい~~~♡ さいっこおおおおお♡」

 心が疲れ切ったアンナが、またあの禁断の快楽を思い出してしまえば、もう抗うことなど出来るはずがなかった。

「んひゃあああああ~っ♡ 手で玩具動かすよりも、こうやって自分で腰を動かした方が、すっごいやらしいっ! あんっ♡ あぁぁんっ♡ ボクって、すごいエッチ♪ オマンコが、バイブを本物チンポだと勘違いして、吸い付いちゃうよぉぉ♡」

 アンナがその上で淫らに腰を振り乱すと、大量の愛液が飛沫となって飛び散ると、シーツにかかる。シーツはもう吸水力の限界を超えているのが、そこには愛液の溜まりが出来る。

 精神崩壊を起こしたアンナは、放っておくと以前に見せていた狂暴性が再び呼び起こされる気配があった。しかしこうして性の快楽を貪っている間は、それに没頭して他人に危害を及ぼすことはない。

 それだけ見ると、最悪な時よりも多少はマシなように思えるが、そのために誰よりも近くでアンナを支えているミンシィが、よりにもよって自分で淫具をアンナに提供しなければいけないことは、地獄そのものだった。

 狂暴性はともかく、性への欲望については以前よりも突き抜けており、今は睡眠香すら効かない。そのため、もはやこうすることでしかアンナの暴走を止めることが出来ないのだ。

 ルエールの死を目の当たりにしてから、アンナは寝るか食べるか自慰をするかという、人間とは思えない程の退廃的な生活を送っていた。

「うひいいいいい~っ♡ 腰振りエロダンス踊りながら、イクぅぅっ♡ ドスケベマンコイクぅ♡ ボク、イクっ♡ イクよっ♡ んほおおおおおおお~~っ♡」

 その人間とは思えない表情と声で絶頂に達するアンナは、今グスタフの手の内にいる女性達と変わらない。アンナ自身がグスタフに囚われていた時、それよりもひどくなっているようにすら見える。

「あは……あははは……ボク、そろそろ本物チンポがほしぃ……誰でもいいからセックスしたいよお。男の子でも女の子でも、誰でも良いからボクと気持ちいいことしよっ♡ とってもエロくてスケベで気持ちいいセックス、しようよぉ」

 達した後も、物欲しそうに指を咥えながら、アンナは焦点の定まらない目で虚空を見上げる。

「久しぶりに、グスタフ様のチンポでガンガン突きまくって欲しいなぁ~♪ あははははは♪ あははははははは♪」

 部屋に響くアンナの狂った笑い。

 悪魔の業から離れても尚、未だにその狂気がアンナを覆い包んでいた。


 クラベール城塞都市戦で、ようやくコウメイ達が手にした初めての勝利。

 しかし、強大で凶悪なるグスタフの悪意は、その程度では微塵にも影響を与えられていなかった。むしろその狂気と禍々しさはますます増して、この世界の全大陸へ、全ての人間への侵食を確実に進めていた。


第2章『クラベール城塞都市決戦』編 了
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