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第2章『クラベール城塞都市決戦』編

第108話 果たすべき役割は(前編)

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 クラベール城塞都市攻防戦において、第2王女派を見事撃退した第1王子派は、次なる戦いへ向けて着々とその準備を進めていた。

 南方のイシス領防衛部隊は壊滅してしまったため、残るクラベール領の本隊と北方のノースポール領に展開していたニーナ部隊の2部隊を、城塞都市へと集結させて、部隊再編を図っていた。

「ニーナ隊長ーーじゃなくて、これからは将軍って呼ばなきゃいけないのか。私たちも、論功式に参加出来れば良かったですね、ゴーガンさん」

「まあ、まだノースポールも警戒が必要だったしな。仕方ないさ」

 ニーナ不在のノースポールを支えていたニーナ部隊の2人の副官、ゴーガンとアンリエッタが、城塞都市に到着してから、そんな会話を交わしていた。

「それにしてもあの若さで、しかも女性で将軍なんて凄いですね。しかも、ニーナ将軍のために、魔術将軍って名前を作ったって……これ、ひょっとすると歴史に残るレベルじゃないですか?」

 アンリエッタは普段よりも若干鼻息荒く、どこか自分のことのように喜びながら言うと、ゴーガンもやはり破顔しながら答える。

「そうだな。女性で将軍職なんて、あのミリアムさんですら成し遂げてないからな。あの人、変態だけど基本的には凄い人なんだよ」

 どこか引っ掛かりのある言い方をしながらゴーガンがため息を吐くと、アンリエッタも苦笑する。

「そういえば、聞きましたよ。あの人、論功式でも相変わらずだったみたいで」

 いつものニーナの悪癖を言う時と同じように、真面目なアンリエッタは不機嫌な声色でゴーガンへそう零す。しかしそれは以前のアンリエッタと比べると、どこか柔らかい感じがすることにゴーガンは気づいていた。

「それも含めてあの人だからなぁ」

 ニーナの話をする時のアンリエッタの表情が緩んでいることに、本人は気づいていないだろう。

 ゴーガンは、この師弟関係とも言える2人の関係が以前よりも良い方向に向かっていると分かると、なんだか安心するのだった。

(アンリエッタも、ニーナ将軍みたいに素直になれればいいんだけどな)

 アンリエッタまでもがあそこまでなったら大変だから、おそらくアンリエッタの真面目さとニーナの奔放さを足して二で割れば丁度いいに違いない。

 ゴーガンが胸中でそんなどうでも良いことを考えていると

「本当に、仕方無い人ですね。これからも、副官の私達2人がしっかりフォローしないといけませんね」

「――へ?」

 どこか嬉しそうにそう言うアンリエッタの言葉に、ゴーガンは思わずハッとして目を剥いてしまう。そんなゴーガンの予想外の反応に、アンリエッタも戸惑ってしまう。

「え? え? わ、私何か変な事言いました?」

「いや……え? まさか、聞いてないのか? 嘘だろ?」

「な、何のことですか?」

 2人してしどろもどろになりながら、アンリエッタは事の詳細をゴーガンに問い質そうとしたとき

「私はアンリエッタという名前の女性を探しています。どちらにいらっしゃるのか、そこの男性にお聞きします」

 ――と、決戦前にコウメイと共にノースポールのニーナ部隊に訪れた赤髪の少女騎士が突然現れて、会話に割り込むようにして、ゴーガンに話しかける。

「あっ、あっ……ご、護衛騎士の……アンリエッタは私ですっ!」

 明らかに年下の少女とはいえ、元帥直属の護衛騎士ともなれば、その地位は一般の龍牙騎士とは比較するべくもない。

 幼い容貌の彼女からはとてもそんな威厳など感じられないが、とにかく生真面目なアンリエッタは職位を重んじる気質のため、そんなかけ離れた存在である護衛騎士プリシティアには、カチンコチンに身を固まらせる。

「貴女がアンリエッタさんですね。こんにちは、初めまして。私はプリシティア=ハートリングと言います。私はコウメイ元帥の護衛騎士を務めております。代理ではなくなりました。宜しくお願いします」

「あ、あのっ……こ、こんにちは! 初めましてっ! 私はアンリエッタ=スノウヴィーと申します。ニーナ部隊の副官をしています。ええと……えーと……ニーナ隊長はこの度将軍になりました。宜しくお願いしますっ!

 プリシティアの奇妙な挨拶に引きずられるように、アンリエッタも慌てながら奇妙な挨拶をして、頭を何度もぺこぺこと下げる。

 そもそも2人は初対面ではないんだが……と、ゴーガンは胸の中で突っ込む。

「アンリエッタさん、コウメイ元帥がお呼びです。ご多忙のところ申し訳ありませんが、今すぐご足労を願うことを、私は貴女に求めたいと思います」

    ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

「り、龍牙騎士団ニーナ部隊所属アンリエッタ=スノウヴィーです」

「あー、どうぞどうぞー」

 アイドラド邸内に用意されたコウメイの執務室に訪れたアンリエッタ。

 ドアの前でカチコチに固まった声であいさつをすると、部屋の中からは力が抜け落ちそうな、のんびりとした声が返ってくる。

「し、しちゅ……しつりぇ……ちちゅれーちまちゅっ!」

「いやー、なんか新鮮だなぁ。そういう反応」

 中ではアンリエッタを待っていたのかのように、座って頬杖をついているコウメイが出迎えた。部屋に入ってきたアンリエッタをにこやかに観察している。

 アンリエッタは機械仕掛けの人形のような固い動きで、部屋の中に入ると、そのまま後ろ手に扉を閉める。

「た、たたた……タイヘンヲマタセイタシマシタ。タカダカ、一騎士フゼイガゲンスイサマヲオマタセシテモウシワケゴザイマセン」

「真面目な娘って聞いてたけど、随分面白いなぁ。ま、楽にして」

 緊張の極みに達して汗をダラダラと流すアンリエッタに、コウメイは苦笑しながら近くまで来るように促す。

(ななななっ……何なの? 一体元帥様は私なんかを呼びつけて、何の用事があるっていうの?)

 あまりに緊張でアンリエッタは泣きそうになりながら、目の前の元帥を見つめる。

 聖アルマイト王国元帥にして、王下直轄部隊の統括者。

 序列としては王族のカリオス、ラミアに次いでこの国で3番目となる紛うことなき最高幹部の1人だ。国王代理カリオスからの信頼も厚いという。

 アンリエッタなど、まともに会話することも――いや、こうして同じ部屋で顔を合わせることだけでも恐れ多い程の人物だ。

 それが、わざわざ個別の呼び出し受けてまで、一体何の用事が……

「あわわわ……!」

「何で泣くの!? プリティといい、君といい、外聞が悪すぎるから止めてくんないかな? ――まあ、プリティの件は俺が大分悪いんだけどさ!」

「?」

 よく分からないコウメイの言葉にアンリエッタが涙をポロポロと流しながら首を傾げると、コウメイは誤魔化すように咳ばらいをする。

「えーと、別に大した用事ってわけじゃないよ。今、たまたま手が空いたら、時間があるうちに挨拶をしておこうと思って。また忙しくなったら、ゆっくり話も出来ないだろうからさ」

「あい、さつ……?」

 涙を拭いながら、やはりコウメイの言葉が分からずに首を傾げるアンリエッタ。これにはコウメイも「あれ?」と同じように首を傾げる。

「まさか、聞いてないの?」

 それはゴーガンと同じような反応だった。

 そんなコウメイの反応が何を意味しているのか、アンリエッタにはよく分からなかったが、何かとてつもなく嫌な予感がする。

 一度その嫌な予感が生まれると、それは瞬時にアンリエッタの中でどんどん膨らんでいく。そして、心臓がドクンドクンと激しく痛いくらいに脈打ち始め、全く鎮まる気配を見せない。

「あちゃー。ニーナ将軍直々の推薦だったから、もう伝えるかと思っちゃったよ。やっちゃたかなー」

 ポリポリと頭を掻いてそういうコウメイを見ても、アンリエッタはまだ合点を得ない。一体、自分の知らないところで何が起こっているのだろうか。

 ――とても、嫌な予感がする。

 最初とは別の意味で緊張し始めるアンリエッタを見て、コウメイは少々バツが悪そうに顔をしかめながら

「アンリエッタ=スノウヴィー。組織再編により、君は5日後から王下直轄部隊へと転属となる。つまり俺の部下になるから、その前にきちんと顔通しをしたくて呼び出したんだよ」

    ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

 幹部の仲間入りをしたニーナも、コウメイやジュリアスらと同様にアイドラド邸に専用の執務室を設けられていた。

 陽が沈んで夜もすっかり更けようとしているその時、ニーナはいつもの日課のように、好みの女の子を部屋に連れて来んで蜜月の時間をーー

「っあああああ! めんどくさっ! やってもやっても、全然終わんないー!」

 などといったことが、将軍になってからは全く出来なくなっていた。執務机に座りながら、ニーナは自分の髪を掻きむしるようにしていた。

 将軍となったニーナに最初に与えられた大仕事は、自らが統率する魔術部隊の大再編だった。既存の部隊をベースに、龍牙騎士団内外問わずに、聖アルマイトの全部隊を見ながらの人員を配置・整理を強いられていた。

 やることは山の様にあるーー個々の素質や実力の判断するための面談、他部隊の責任者との交渉、上司であるジュリアスやコウメイとの議論、それらに伴う書類仕事――挙げいけばキリがない程の仕事量に、ニーナは完全に音を上げていた。

「あーん、もう! ここ3日、女の子とセックスしてなーい! セックスしたーい! たくさんちゅっちゅしたいよぉ」

「はいはい。えーと、旧フィリオス部隊のこのグループは、魔術部隊への編入OKだそうですよ。ニーナ将軍からリクエストがあった旧白薔薇の支援部隊は、これ以上はうちの部隊には出せないそうです。それで、あとは副長の部隊から、もう少し盾役の部隊を振り分けて欲しいと要望が――」

「っああああああああ! ゴーガン君が無視するぅ! セックス、セックスぅぅぅ! 女の子とセックスしたぁぁぁぁい!」

「あぁぁぁぁぁぁ! もう、セックスセックスうるせー! っていうか、3日前にしてたんか! いつそんな暇があったぁぁぁ!」

 おそらく、龍牙騎士団内で最も騒がしい上司部下の怒鳴り合いが、夜のアイドラド邸に響く。

「あーもう、面倒臭いなぁ。辞めようかな、将軍」

「学生が部活辞めるノリで言わんでくださいよ」

「だってさぁ、将軍になれば女の子のハーレム作りたい放題だって元帥のヤツが言うからさー。ちぇー、調子の良い言葉に騙されたぜー」

「よく分からないけど、元帥閣下のお気持ちをお察しします」

 なんだかコミュニケーションが取れているような取れていないような気がするが、ゴーガンは粛々と仕事を進めることにした。付き合ったいたらキリがない。こんな時間だし、自分だっていい加減休みたいのだ。

(全く……ノースポールでアンリエッタに詰め寄られた時と同じ人物とは思えん)

 ただ死を待つしかなかったあの絶望的な状況で、多くの人々を守るために自らの命を賭けると、それが龍牙騎士の誇りだと、当然のことのように平然と言ってのけたニーナ。その時の口調も今と同じような軽いものではあったが、だからこそあの覚悟は言葉は真に迫っていた。その誇り高き意志こそ、正に大陸最高峰の龍牙騎士そのものの有りようであり、ニーナが今も龍牙騎士でいる理由なのだろう。

 こう見ても、ニーナ=シャンディの本質は、龍牙騎士ならば誰もが見習うべき崇高な意志を持つ騎士であることは間違いないのである。

「あ~、もうめっちゃ溜まるわ~。こういうときって、めっちゃサドな気分なのよね~。まだ染まってない娘とぺろぺろちゅっちゅしながら、百合の良さを教え込みたい気分だわ~」

 --間違いない、はず……多分……おそらく……きっと、そうだ。と、ゴーガンは自分に言い聞かせるように、もう1度頭の中でつぶやいた。

 もはや仕事をする気がなくなったのか、足を組みながら鼻をほじり始める龍牙騎士唯一の”魔術将軍”の姿に、ゴーガンは無言で身体を震わせる。

(そういえば、アンリエッタは大丈夫か?)

 これ以上真面目に話をしていると手が出るような気がして、ゴーガンはニーナのことを無視するために、ふと昼間に分かれたきりの同僚のことへ思考を向ける。

 元帥からの呼び出しということだから、間違いなく王下直轄部隊への転属の話だろう。ゴーガンはあらかじめニーナから聞いていたが、どうもアンリエッタ本人には伝えられていなかったらしい。

 ニーナの性格から邪推するならば、後回しにしてしまったことで伝える機会を逸したのだろう。そして後回しにした理由は、決して面倒くさいだとか、そういう理由ではないはずだ。

 おそらく、単純に本人に対して言い出しづらかったのではないか。

 それまで変にギクシャクしていたニーナとアンリエッタの関係が、今回の戦いをきっかけに改善されかけていたのに、これでまた別な方向へ行かなければいいが。

 今後は部隊が分かれるので、そうそう顔を合わす機会も無くなる。そうなれば2人の関係が悪くなったとしても、仕事上に大きな支障が出ることもないだろう。

 しかし、それはそれだ。

 ゴーガンにとっては2人とも大切な仲間である。1人の人間として、大切な仲間達の想いがすれ違うことなく、仲良くしてほしいと思うのはごく自然なことだ。

「あ~、欲求不満過ぎて、ちょっと濡れてきちゃった。ゴーガン君、ちょっと出てってくんない。パパっとオナニーしてスッキリするから」

「……」

「なによぉ。ひょっとして私のオナニーみたいのぉ? きもっ! 変態じゃん! あははははは!」

 疲労のせいか、いつも以上に変なテンションになって笑っているニーナをみて、こりゃダメかもなと諦めかけるゴーガン。

 その時、何の声もなく、乱暴に扉が開け放たれる。

「っっわ! び、びっくりしたぁ~……なに?」

 ニーナもゴーガンも完全に虚を突かれてビクビクとしながら入口の方を見ると、そこには感情の見えない顔でニーナを見てくるアンリエッタの姿があった。

 彼女から発せられる空気は、どこか鬼気迫るものがあり、ゴーガンは思わず身を竦めた。

「あっ、アンリちゃん♪ ちょうど良かったぁ。今時間ある? 良かったらセックスする?」

 このアンリエッタの凄まじい空気など厭わず、ウインクしながらにこやかに、そしてナチュラルに最低なセクハラをかますニーナに、ゴーガンはある意味で心底尊敬した。

「……どういうことですか」

 当然セクハラなど完全にスルーして、暗く沈んだ冷たい声で、ぼそりとつぶやくアンリエッタ。ニーナには声が届かなかったようで「んん?」と聞き返しながら、再びセクハラの言葉を掛けようと口を開こうとしたその前に

「どういうことですかって聞いてるんです! どうして……どうして私をこの部隊から追い出すんですか!」

 いつも落ち着いているアンリエッタにしては珍しい怒号だった。目には涙を溜め、唾を飛ばしながら、力の限りをその声に込めているようだった。

 そのアンリエッタの様子と声を聞いて、ニーナはようやく察したのか、表情を引き締める。

「ゴーガン君、ちょっと外してくれないかな」
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