【R-18】龍の騎士と龍を統べる王

白金犬

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第2章『クラベール城塞都市決戦』編

第107話 人員配置

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 クラベール城塞都市戦より数日が経過していた。

 戦勝ムードに酔っていた住民を始め兵士達の気持ちも落ち着き始めており、都市内防衛戦のために設置した仕掛けの解除や壊れた施設の修繕の他、引き続き第2王女派への警戒を続けていた。

 そして、大きな勝利を収めた第1王子派は、そろそろ次の戦局へ向けての舵取りを始める段階に来ていた。

 そのため元帥コウメイ、領主アイドラド、副団長ジュリアス、将軍ラディカルらを始めとしたいつもの幹部メンバーに、新しく“魔術将軍”となったニーナが加わる形で、今後の方策を決定する会議が開催されていた。

 そんな日の午後、アイドラド邸の中庭では

「っああああ!」

「おおおおっ!」

 元帥の護衛騎士2人――リューイとプリシティアが、訓練用の剣を打ち合っていた。

 既に7度目ともなる手合わせ。時間にすると2時間は経っている中で、相手を打ち倒したのはリューイの方だった。

「はぁっ……はぁっ……! も、もう限界っち」

「よし、次だプリシティア。立つんだ」

「ひ、ひぃぃ……この人、体力お化けっち。怖いやがー」

 お互いに息を切らした上に汗だくだが、リューイから当然のようにそう言われるプリシティアは涙ぐむ。

 ヘルベルト連合最強の剣士ゾーディアスと互角以上に渡り合ったプリシティアは、間違いなく非凡な才能を持っている。実際の戦場では、リューイでは敵わない程の相手だろう。

 しかしプリシティアの強みは、騎士として洗練された技術ではない。天性の戦闘センスと、馬術を含めた驚異的な運動量によるトリッキーさ、そして魔具『紅蓮弓』である。

 したがって、このようにルールを定められた正攻法の剣技の競い合いにはめっぽう弱い。ましてや、相手はその正攻法で基礎を重ね続けてきたリューイである。

 天才的な戦闘センスと運動量でもって、前半時点での勝ち星はは五分五分。しかし体力が尽きた後半戦では、リューイに勝ち星をほとんど持っていかれていた。

「ぜえっ……ぜえっ……も、もう無理っちゃ! 許してやが~」

 『護衛騎士モード』を取り繕う余裕も無く、天を仰ぐように地面に横たわるプリシティア。全身が疲労と痛みで軋んだようになっており、比喩ではなく身動き1つ出来そうになかった。

「じゃあ、少し休憩入れようか」

「す、少し……? まだ終わりじゃないっちか……」

 やはり当然のことのように言ってのけるリューイに、プリシティアの胸は暗く沈む。そんな彼女にリューイは冷水が入った水筒を渡すと、プリシティアは礼を言う余裕も無く、それを受け取って喉に流し込んだ。

「んぐっ……んぐっ……んぐっ……!」

 季節はもう夏に入ろうとしている時分。太陽が高く昇った真昼のその時間は、じっとしているだけでも汗ばむくらいの気候になっていた。そんな中、大量の水分を失い、運動の熱気で火照っていたプリシティアの身体に、その冷たい水は染み渡っていく。

「プリシティアは確かに強いよ。あと必要なのは体力かな。今回の戦いでも、最後息切れしたんだろう? もっと基礎訓練の量を増やした方が良い」

「っぷはー! はぁ、はぁ……う、うぐぐ……」

 魔具の使用は恐ろしく体力を奪う上、プリシティアの戦い方は常人を凌駕する運動量に任せたものだ。そもそも普通の人間よりも体力を余計にする戦い方をしているのだから、当然常人以上の体力が必要となる。

 だからといってプリシティアに突出した体力があるわけでもない。だからすぐにへばってしまうことが課題ということは自覚していた。

 容赦なくそれを指摘するのが、誰よりも多くの鍛錬を重ねており、その結果としてこの驚異的な体力を身に付けているリューイなのだから、プリシティアとしてはぐうの音も出ない。

 目下、彼女にとっての身近で最大のライバルは、護衛騎士の先輩であるリューイであることは間違いない。

 それはそれとして

「うう……わ、わーはこんなことしてる場合じゃ……コウメイさの側にいるのが、護衛騎士の仕事やがー!」

 そもそも地味な努力などはあまり好きじゃない。というか、むしろ大嫌いなのである。

 プリシティアは、ようやく動くようになった体を這わせてリューイから逃れようとするが、勿論彼が見逃すわけもなく、彼女の背中を掴む。

「戦闘が終わった、しかもこの城塞都市内の会議室で危険なことなんてあるわけないだろう。コウメイさんからも、たまには真面目に訓練しろって言われてたじゃないか。……さ、休憩終わり。続き、やろうか」

「うぎゃああああっ! 体力お化けに、殺されるぅぅぅっ! コウメイさ、助けてぇぇぇぇぇ!」

 アイドラド邸の中庭に、決して届かぬ少女騎士の叫び声が空しく響き渡った。

    ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

「どうかされましたかな、元帥閣下?」

 何か呼ばれたような気して窓の方を見たコウメイは、アイドラドに呼ばれて振り向いた。

「あ、いや。なんか心底どうでもいい事で呼ばれたような気がしたんですけど……気のせいかな?」

「なんすか、それぇ。なんでもいいから、とっとと終わらせちゃいましょうよお~」

 アイドラド邸の会議室――戦闘前にも、いわゆる“コウメイ作戦”が話された場所に幹部達が揃っていた。

 今回の会議から新しくこのメンバーに加わった“魔術将軍”ニーナが、面倒臭そうに言う。

「俺は気にしないですけど、クルーズ団長がいたら、貴女しばき倒されてますよ?」

「あー、大丈夫っすよ。あのおっさんとかカリオス殿下とかの前では、それなりに振る舞うんでぇ」

 確かにそこら辺の要領の良さは随所で見受けられる。いろんな意味での“天才肌”タイプなのだなと、コウメイは内心で感心していた。

 とりあえずこのメンバーの中で、彼女に対してあからさまな不快感を抱いているのはアイドラドくらいのようだ。

「ま、確かにニーナ将軍に言うことにも一理ありますね。疲れる話はさっさとさっさと終わらせましょう。というわけで、会議を始めましょう。まずは皆さん、改めてお疲れさまでした」

 そうしてコウメイが会議の口火を切って、本題に入っていく。

「今回の勝利は確かに大きかったし、今まで暗かった第1王子派に、ある意味楽観的な空気が出てきたのは良かった。でも、勘違いしないでいただきたい。依然、こちらは不利で苦しい状況です。絶体絶命の窮地をようやく脱した……少なくとも、ここにいるメンバー間では、そのことをしっかり共有しておきたい」

 今回の勝利は、既に王都ユールディアを初め大陸全般に広く喧伝するように動いている。

 これまで完全に第1王子派を押し切っていた第2王女派の全軍撤退は、内乱に乗じて王都に攻めあがろうとしていた各勢力への大きな牽制となるだろう。

 ひとまず、聖アルマイトの窮地は脱した。その意味でクラベールでの勝利は大きかったが、決してそれ以上ではない。

 冷静に戦況を俯瞰すれば、敵を追っ払っただけだ。根本的な解決については何1つ進展していない。その最たるものとしては--

「勇者の存在、ですね」

 ジュリアスが紡ぐ、最強最悪の敵の存在――それを聞けば、せっかく戦勝ムードだった空気も、あっという間に引き締まり、参加者がそれぞれ息を飲む気配がある。

「今回勝ったのも、最初の1回だけ通用するびっくりかくし芸なやり方ですしね。フェスティアに、同じような作戦は2度と通用しないでしょうね。また正面からぶつかるとなると、今度は今回以上に苦戦するのは間違いない」

 本人はそのつもりなど無かっただろうが、結局のところフェスティアは油断していたのだ。勇者がいる以上、負けなど有り得ない。だからこそ完璧さと効率にこだわり、フェスティアは本隊と突撃部隊に分隊したり、最強戦力であるリアラを後方に配したのだ。

 ただ「勝利」だけを優先するならば、単純にリアラでもって力押しをすれば良かっただけだ。実際、そうされればコウメイは成す術もなかった。コウメイの作戦は、小細工を弄して、そんなフェスティアの無自覚な油断を突いたに過ぎない。

「もうフェスティアは油断なんてしないでしょうね。そういった意味では、今回の戦いで奴に『負け』を経験させたってのは、あまり宜しくなかったかもしれない。次に戦う時には、より強敵になってますよ」

 だからこそ、出来ればこの戦闘で捕まえるか、最悪命を奪うことまで考えていたが、さすがにそこまでは都合が良過ぎたようだ。あんな厄介な護衛がいることなど知らず、危うくこちらの貴重な戦力ーープリシティアが刈り取られるところだった。

「でもよ、こう言っちゃなんですが、相手はあの世間知らずのリリライト姫ですぜ。今まで楽勝に押せ押せで来てたのに、ここに来てこんな大敗を喫した大将なんぞ、案外あっさり処分しちまうこともあるんじゃないですかね」

 そう言ってきたのはラディカルだった。

 敗北の責任という意味では、こちらには似たような立場でジュリアスがいる。コウメイは個人的感情以外にも、指揮官としてジュリアスの実力を惜しみ、実質的な処分は下さなかった。

 しかし軍人ではないお飾りの姫に過ぎないリリライトに、コウメイと同じレベルの判断が出来るかというと――

(実際は、リリライト様ではなく……)

 ラディカルは知らないが、コウメイは知っている真実。

 リリライトを裏から操っている、あの醜悪で愚鈍な悪魔の存在を思い浮かべるコウメイだったが

「ーーまあ、そこら辺はここで話し合っても仕方ないですしね。失脚したらラッキーくらいな感じで考えておきましょう」

 グスタフのことを考えただけで、吐き気がこみ上げてくるくらいに嫌悪感で胸が締め付けられて、コウメイは強制的にその話題を終わらせた。

「勇者の対処含めてこれから急いでやらないといけないこと、考えないといけないことは山積みです。そこら辺をまとめていきたいんですが、まずはすぐにでも動き出せることから始めていきましょう。――これ、いいですか?」

 コウメイが側にいたアイドラド邸の使用人に資料の束を渡す。会議進行の補佐として部屋の隅で立っていた彼は、慣れた手つきで参加者へ資料を配り、彼らが内容に目を通していく。

「人事再編、ですか?」

 その内容の趣旨をくみ取ったジュリアスが確認するように言う。コウメイはうなずいて

「今回ニーナ将軍が格上げになったんで、魔術部隊の規模を拡大して、戦略の幅を広げたいっていうのが一番の目的です。今後のことを考えると、第2王女派の力は未知数な部分もあるんで、こちらが取れる戦い方の選択肢は多い方が良い」

「ふむ、ふむ……」

 意外にも熱心に資料を読み込んでいるのはニーナだった。彼女自身に直接降りかかることなので、当たり前といえば当たり前なのだが。

「質問、いいすか? 王下直轄部隊って、そもそもどういう部隊なんですか? 確かヴィジオール陛下の先代の時代解散した部隊って聞いてますけど、私は実際にはよく知らないんですよね~」

 龍牙・紅血・白薔薇のように明確な立ち位置がある騎士団とは違い、王下直轄部隊は今回の内乱に応じて新設ーー厳密に言うと、今ニーナが言ったように、昔1度解散したのを復活ーーさせた部隊であるためその役割の程は曖昧であり、ニーナの質問は最もだ。

「名前はその頃と同じですけど、ご時勢も違うので、その時代のものとは別物と思っておいて下さい。実際、俺もその頃の王下直轄部隊が何してたのかなんて知らないですし」

 と、前置きをしてから

「今の王下直轄部隊の役割は、格好良く言えば少数精鋭部隊、って感じですかね。大規模な戦闘ではなく、特別な作戦や任務に特化した特務部隊として確立させていきたいと思っています。とはいっても、本当に強い人は出来る限り前線を担う龍牙・紅血騎士団に配したままにしておきたいんですよ。だから王下直轄部隊に欲しいのは、正統派に強いんじゃなくて、特殊な力――いわゆる『尖った能力の持ち主』です。

 例えば分かり易いのが、今回よく活躍してくれたプリシティアだったり、レーディルだったりみたいな連中です。何でもいいので一芸に秀でた人材で構成していきたいと思っています」

「なるほど。分かりました」

 なんだか拍子抜けするくらいにあっさりとしているニーナは、しばらく資料とにらめっこをしながら、何かを考え込んでいるようだった。

 少し意外だったが、話を茶化されて進行を妨げられるよりは何倍もましだった。真面目に考え込んでいるニーナをそのままにしておいて、コウメイは続ける。

「基本方針は書いてある通りですが、具体的な人材の推薦があれば是非各々の将軍から推薦をお願いします」
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