【R-18】龍の騎士と龍を統べる王

白金犬

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第2章『クラベール城塞都市決戦』編

第106話 論功式

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 戦勝の宴から一夜明けたクラベール領城塞都市。

 宴会の喧騒もすっかりと落ち着きつつあり、まだ都市内には多くの龍牙騎士達がうろついているためかつての平穏とは言えないものの、穏やかな日々が戻ってきていた。

 時刻は間もなく昼を過ぎようとしている。

 今日の午後は、城塞都市内の中央広場にて、内乱勃発から今日までにおける戦士達の論功式が執り行われる予定となっていた。

 本来ならば、主権者であるカリオスが彼らを称えるところなのだが、戦闘に勝利を収めた際には、軍事の一切を任されているコウメイが、その権利と責任を委託されていた。

 そのため本来であれば王族や貴族、領主とそれに近しい者達のみが参加する、厳粛で仰々しい催しであるそれも、コウメイの意図が汲み取られ、平民でも気軽に参加しやすい形式で企画されたのだった。

 会場となる中央広場には簡易的な舞台や垂れ幕なども設置されて、準備は万端に整っていた。クラベール都市の住民達も、こんな場所で大っぴらに開催される論功式に興味津々で、所狭しに中央広場にひしめいている。あとは主役達を待つばかりだ。

 その主役の一翼を担うコウメイは、まだアイドラド邸に滞在していた。平和になった都市内で何があるわけでもないのだが、一応念のため彼を中央広場まで護衛兼案内するのは護衛騎士であるリューイの役目となっていた。

「コウメイさん、失礼します。リューイです」

 コウメイがいる邸内の客室をノックすると、中からコウメイの声が聞こえる。それを確認して、ドアを開けて中に入ると

「そろそろ時間ですから出発しましょう――って、どうしたんですかそれ?」

 開口一番、右頬に布が貼り付けられているコウメイの顔を見たリューイは、驚きのままに目を剥いてみせる。よく見ると、その布の下から何かに引っかかれたような傷がはみ出ている。

「まっ……まさか、第2王女派の暗殺者でも……?」

 真面目らしいリューイの反応に、コウメイは顎に手を当てて意味深に笑いながら

「――ふ。さすがリューイ、よく分かったな。その通りだよ。なんとも「にゃあ」という愛くるしい声と姿で惑わす、恐怖の視覚が今朝……なあ、プリティ?」

「あなたは二度と私に話しかけないで下さい。ただのクズ野郎です、あなたは。最低の男です。1度おちんちんが千切れたあとに焼かれて豚の餌にでもなればいいと、私は心の底から、とても強く念じます」

「めっちゃ辛辣なんだけど、その口調の意味ある!?」

 腹の底からゾッと凍えるくらいに冷たい瞳と声で言われたコウメイが涙目で訴えているが、とりあえずリューイが考えているような深刻な事態というわけではないらしい。別の意味では、リューイが考えているよりも深刻そうだが。

 コウメイはリューイの視線を気にしつつ、誤魔化すようにコホンと咳払いをする。

「ん、と……まあ、それじゃ行こうか。一大イベントだしな。プリティも、お願いだから機嫌直してくれよ。頼むよ」

 いつになくプリシティアに対して下手に出ているコウメイに、リューイは首を傾げるばかりだった。

「よくあなたはそんな言葉を言えますね、と正気を疑います。私はコウメイ元帥対して、1度女心を勉強してみることを強く勧めます」

「う、ぐぐ……ぬぐぐ……」

 グサグサという、コウメイの心が串刺しにされる音が聞こえてきそうだった。

 何があったかは知らないが、どうも今回はコウメイの旗色が悪いようである。

「つーん」

 決してコウメイと顔を合わせないようにしているプリシティアは、拗ねている子供そのもので、コウメイは困り果てていた。

「本当にあなた達はらしいですね」

 そんな2人に、リューイも肩をすくめて頬を緩めるのだった。

 論功式が、始まる。

    ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

 夏を思わせる明るい太陽の下、多くの人々が押し寄せたクラベール城塞都市内の中央広場、そこに設けられたステージの上にコウメイは立っていた。

「どうしたんだ? あの元帥様のお顔」
「えらい大きな傷だな……まさか、まだ敵の残党が都市内のどこかに残っているんじゃ?」

 このような式に似合わない、大きな布を当てているコウメイの顔に対して動揺する住民達の声をよそに、コウメイは静かに喋り始める。

「まずは、今ここにいる皆さんに自分から感謝を――」

 国のため、ここに住まう住民のために戦う戦士達を称える論功式。それを取り仕切る元帥コウメイ=ショカツリョウは、開式の口火を切るや否や、深々と集まった人々へ頭を下げることから始めたのだった。

「こんなポッと出で元帥にになった自分に付いてきて、ありがとうございました。信じられない人も気にくわなかった人も、たくさんいたと思いますが……それでも自分の下に、皆さんがまとまってくれたおかげで、今回の勝利は成りました。それは龍牙騎士や兵士達だけではなく、住民の方も含めて――まず言いたかったのは、今回勝てたのは私の力ではなく、皆さんのおかげだということです。

 そして……戦場で命を落としてしまった人も残念ながらいましたが、今ここにいて生き残っている方に感謝します。昨日の夜に笑って、騒いで、喜んでくれて、ありがとうございます。こんな言い方は本当は好きじゃないですが……戦場で命を散らした人達も、きっと喜んでくれていると思います」

 そう言ってから、コウメイは再び深々と頭を下げた。

 実に権力者らしからぬ、腰が低くて謙遜した物言い。末端の兵士や住民1人1人いまでも繊細に思うその優しさはカリオスと同様だが、コウメイはそれに加えて更に腰が低い。それも、その喋る言葉から、決して人気取りの演技などとは思わせない。

 絶対唯一の軍人全権を握る元帥程の人間が、その他大勢であるはずの大衆に向けて心の底から感謝を捧げている。それが本物の感情だと伝わってくるから――

 この大広場に集まった人たちは、彼を見上げながら惜しみない拍手を捧げるのだった。

「――ありがとうございます。では続きまして、本番といきますか」

 拍手が静まるのを待って、コウメイは悪戯っぽい笑みを大衆へと返す。こうした気安くて気軽な言葉や態度も、彼が大衆に受け入れられやすい一因だろう。

 コウメイは腰にくくりつけていた1本の短剣を取り出すと、上に掲げて民衆に見せつけるようにする。それは殺傷能力を一切持たない、煌びやかな消息がされた金色の飾剣で、コウメイが元帥に任じられた時にカリオスより与えられたもの。

 つまり、元帥としての証であり、その権力を発する際の証明となる物だ。

「これより、聖アルマイト王国カリオス=ド=アルマイト国王代理に代わり、元帥コウメイ=ショカツリョウの名によって、国のため己が信じずる正義に従い、その剣を振るった勇敢なる戦士達の栄誉を称える」

 打って変わって、いやに形式ばった、いかにも元帥“らしい”厳かな口調で堂々と言い放つ。コウメイがそれをやると、逆に違和感があるようで、中には「おぉ…」という驚愕のため息を漏らす者すらいる始末。

「……」

 しかし、飾剣を掲げてそのまま動きが固まるコウメイ。見ている者も「?」という空気になって数秒たってから、コウメイはおもむろに後ろに控える護衛騎士リューイに、そっと耳打ちする。

「……なぁなぁ。こういう時って、偉い人から呼ぶんだっけか? それとも、一番功績の大きい人から」

「いや、俺に聞かれても分からないですよ」

 注目が集まる舞台上でひそひそと会話を続ける元帥と護衛騎士。

 やはり、それらしく振舞おうとしても恰好がつかないのがコウメイなのか、会場は公的な催しには似つかわしくない、どこか緩んだ雰囲気が流れるのだった。

「えー、こほん。失礼しました。本当なら1人1人を表彰していきたいんですが、さすがにキリがないので、主だった人達をこれから呼びます。まずは功労が大きい人から呼ぶので、呼ばれた人はステージに上がってきて下さい」

 “驚かせたいから”というコウメイの意向で、式中に彼の補佐をするリューイ以外には、褒章の対象となる本人すら知らされていない。

 コウメイは咳払いをしながら、最初の人物の名前――ここまでの第2王女派との内乱で、最も功績を挙げた人間の名を呼ぶ。

「龍牙騎士団ニーナ=シャンディ部隊長」

 静まったその場に、コウメイの口からその名が紡がれると、ワッと歓声が上がると同時に、盛大な拍手が送られる。

「いやー。やーやー、どうもぉ」

 そして当の本人は、おそらくジャンル分けをするとコウメイタイプなのだろう、気楽な笑いを浮かべながらステージの上に上がってきた。

 そしてステージ上でコウメイを向き合う。

「開戦当初から魔術部隊を率いて各地の戦線を支えてくれました。特に今回のクラベール領の戦いでは、自身の部隊のみでノースポール領戦線を支えて下さったこと、そして勝利を決定付ける敵後方の強襲作戦の一翼を担い成功させたことは、今回の戦いにおける最大の功績と評価しました」

 コウメイがニーナを選んだ理由を語る。そのうちにコウメイの近くに寄ってきたリューイが、コウメイに勲章を手渡すと、コウメイはそれを人々に向けて掲げる。

「その多大なる功績に報いるため、今日より貴女――ニーナ=シャンディへ『将軍』の職位を授けます。そして本人及び統率する部隊の特性から、『魔術将軍』という、龍牙騎士団において新たな呼称を創設することとします。これからも、聖アルマイトのためにその才能を振るっていただくようお願いしますね」

 先ほどを上回る大歓声がステージ上のコウメイとニーナを揺るがす。

 ジュリアスに次いでの将軍職へのスピード出世も異例ではあるものの、未だかつて魔術師が将軍級の職位に任ぜられることなど、少なくともこの百年程では無かったはずだ。

 それ程までに今回のニーナの功績、そしてコウメイの魔術部隊への評価の大きさが伺える采配だった。

 そして説明を終えたコウメイが、その証たる勲章をニーナへむけて差し出すと、ニーナは両手で持ってそれを受け取る。

「わー、ありがとうございます(棒)。嬉しいなー(棒)」

(瞳が死んでるっ……?)

 勲章を受け取るニーナの瞳の焦点が合ってない。というか、こっちを見ているようで見ていない。

 この判断は、全権を委託されているコウメイでも、後でカリオスから文句を言われるくらいに突飛ではないかと迷った上での判断だったのだが、本人の心は余り動いてないようだった。

 別にニーナに感謝されたくてのことではないのだが、喜んでもらえないのは、それはそれで悲しいものがある。コウメイは顎に手を当てて、その要因を考えみる。

 そして、閃く。

「こんなことより、可愛い女の子を寄越せ……と?」

「わー、すごい! よく分かりましたね、元帥! え? くれるんです? 出来れば行き場を失って可哀そうになっている旧白薔薇の、可愛いわんわんを。あーでも猫系の娘のタイプなんすよねぇ~。あ~、迷うなぁ。どうしよっかなぁ」

「……将軍の権力を利用して、好みの娘を侍らせればいいのでは?」

「あっ、そっかぁ。そう考えると……おおっ、すごい! 全然全くイケメンなだけの軽薄な男に愛の告白をされるくらい将軍に何て興味無かったけど、そう考えると女の子食い放題ってことじゃん! しかも『魔術将軍』なんて、魔術に憧れている女の子ならチョロくなっちゃうし……わー、ありがと、元帥! マジ感謝! 大好き! 愛してる! 私、女の子ハーレムを頑張って作るね!」

「――あくまでも合意の上で。レイプはダメっすよ」

「ういーっす」

 全身をクネクネとくねらせて、コウメイから勲章を受け取ったニーナは、そのままコウメイの両手をぎゅっと掴む。

 そうしてニーナが喜んでいる姿を見て、見ている人達もようやく彼女を称える拍手と歓声を来る。

「いえーい」

 とても龍牙騎士とは思えない軽薄なリアクションをしながら、ニーナは舞台を降りていくのを見送るコウメイ。

(いや、色々いるんだな。龍牙騎士団にも)

 まあ、コウメイとしても見てて面白いから、あれはあれでいいのかもしれない。

「では、今回職位が上がる方がもう1人います。次は……」

□■□■

 護衛騎士代理プリシティア=ハートリングは、ステージに上がることなく、その他の龍牙騎士達に混じるようにして、論功式を見ていた。

 さすがに都市内で危険な目にあうこともないだろうということで、ステージ上でコウメイの警護に当たるのは護衛騎士のリューイのみでいいと、プリシティアはコウメイから離れて論功式に参加することとなったのだ。

 栄えある論功式で、代理である自分よりも、本来の護衛騎士であるリューイが選ばれた事――当然なことであるが、ここまでずっとコウメイを支えてきたプリシティアにとっては面白くない。

 そしてそれ以上に彼女を不機嫌たらしめているのは、当然に昨夜のことであった。

(げー! 本当にコウメイさはげーっちゃ! なに、あげさ楽しそうに笑ってるっち! わーの気も知らんげ、あないさ呑気にっ……あ゛~、わだつっち! げいにわだつー!)

 頬を膨らませて腕を組んでいるプリシティアは、見るからに怒りのオーラを放っており、周囲も触れられない異様で威圧的な空気を纏っていた。

「王下直轄騎士、元帥の護衛騎士代理プリシティア=ハートリング」

(か~っ! 何がプリシティアっちが! 大体コウメイさは、いつもそうげさ! 自分勝手で、わーのこといつも馬鹿にしてっちゃ! 全然大事にしてくれんちよ。そりゃ、まあキスは嬉しかっちけど……そ、そうじゃなくて……あーうー! だ、大体! 今回の戦いだってわーは頑張ったっちから、ご褒美の1つや2つ――)

「えーと、あの……プリシティアさーん」

(あー、うるさいうるさいうるさいっち! もう、コウメイさはわーなんてどうでもいいと思ってるっちよ。今日だってわーじゃなくてリューイさを……あれ? わーっていらない娘……? え、うそ? じゃあ、このまま田舎に返されて……あう……なんか、泣けてきたっち)

「……プリシティア=ハートリングさーん?」

「お、おいおい嬢ちゃん。呼ばれてるぜ?」

 なんだか一人で泣き出し始めて、コウメイの言葉に全く反応しないプリシティアに、昨夜の宴会で仲が良くなった兵士が、プリシティアの肩を叩く。

「あ゛あ゛~? なんやがー!」

「うおおおっ? よ、呼ばれてるんだよ。今回の最大の功労者だって」

「え?」

 兵士に食って掛かる勢いだったプリシティアだったが、その兵士が部隊の上を指し示しているのを見て、ステージの上へ視線を滑らすと、そこには困ったように笑っているコウメイがいた。

□■□■

「王下直轄騎士として、激戦区だった最前線において『魔具』でもって劣勢な戦線を支え続けたこと、そして元帥の護衛騎士代理として常に元帥の側でその護衛を担い、敵指揮官及びその護衛を退けたことは、ニーナ将軍に次ぐ程の功績である」

 コウメイに呼ばれたことに気づいたプリシティアは、ぎこちない足取りでステージに上った後、コウメイと向き合っていた。

「あわ……あわあわ……あわわわ?」

 全身はカタカタと震えて、泣きそうな顔をして、眼はぐるぐると回っているようで、明らかに混乱している。

(相変わらず、この娘の羞恥心や緊張の境目が分からんな……)

 夜這いしてくるほどの度胸があると思えば、こちらから迫ったら――それは本意ではなかったのだが――1日経っても引きずったりする。目の前で怯えた小型犬のようになっているプリシティアを見て、コウメイは内心でため息を吐いていた。

「今回の戦いを見るに、既に本来の護衛騎士に相応しき誇りと実力を認められるものである。よって、着任早々の異例の措置ではあるものの、プリシティア=ハートリングを、今回の功績も踏まえて、元帥の正式な護衛騎士へと任ずる」

 リューイも授かった正式なる護衛騎士の勲章を、コウメイから渡されるプリシティア。

 両手でそれを受け取るプリシティアは、溜まっていた涙が溢れて、そのままポロポロと泣き始める。

「びええええええんっ! うえええ~! あ゛あ゛あ゛~っ!」

「う、うおおおおっ?」

 いきなりマジ泣きを始めるプリシティアに、コウメイは思い切り引く。

「い、言っておくが……別に昨日の夜のご機嫌取りじゃないからな。お前がフェスティアとゾーディアスを退けた時に、俺の中ではもう決めてたからな」

「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~~! う゛れ゛し゛い゛っっぢ~~~!」

「どぅわあああああっ!」

 感極まったのか、大衆が注目している壇上にも関わらず、プリシティアはコウメイに抱き着いてくる。

「大好き! 元帥さ、大好きっちい~! これからもわーは、全力で守るっちよおおお! リューイさに代わってぇぇぇぇ!」

「うおおおおおっ! 落ち着け、落ち着け! さすがにこの場でそれはまずい! 非常にまずいぞっ!」

 コウメイが剥がそうとしても全く離れないプリシティアを、控えていたリューイも協力して引きはがす。

 ステージ上で3人とも息を荒げているのを見て、周りはシンと静まっていた。

「はぁ、はぁ……あと、一言言っとくけど、リューイも護衛騎士のままだからな」

「え? そうなんやがー?」

 少し乱れた衣服を直しながら、コウメイはうなずく。

「他の護衛騎士――ルエール前団長や、ディード団長、シンパ元団長に比べたら、2人ともキャリアが随分浅いだろ? 2人で足してようやく半人前だ。これからも、プリシティアはリューイをよく見習って、頑張ってくれ」

「む~……」

 そのコウメイの説明に納得いかないところもあるのか、プリシティアは頬を膨らませると、不満げにリューイを見る。

「負けないっち!」

「ああ、俺もだよ」

 爽やかにうなずいてプリシティアに応えているリューイを見て、コウメイは「なんだかなぁ…」と胸中でつぶやく。

『王族ですら護衛騎士は1人なのに、お前だけ護衛騎士を2人も任命すんのか? 大層なご身分だなぁ、おい?』

 そして、まだカリオスに伝えていないこのことを報告した時のことを思い浮かべると、コウメイはがっくしと肩を落とすのだった。

□■□■

「龍牙騎士団副団長ジュリアス=ジャスティン」

 最大功労者とされたニーナとプリシティアの表彰が終えた後に、次に呼ばれたのはジュリアスであった。

 前2人とは違って、龍牙騎士らしい真面目な騎士であるジュリアスは、まさに完璧な騎士足る所作でステージ上に上がるのだった。

「ご苦労様でした」

 コウメイは微笑みながら言ってくるが、ジュリアスの表情は緊張で堅くなっていた。

 コウメイがくるまで前線の責任を預かっていたのはジュリアスだ。それにも関わらず、この戦果を称える論功式の場で、最初に名を呼ばれなかった要因を考えれば自然なことだった。

 ジュリアスも今回の戦いにおいては、新白薔薇騎士クリスティアを倒すという功績を挙げている。そのことは称えられるのと同時、そもそもクラベール領まで戦況を追いやられた責任についても言及をされるに違いない。コウメイのこの優し気な笑みを、おそらくジュリアスへの気遣いなのであろう。だから「おめでとう」ではなく「ご苦労様」という言葉になるのではないか。

 覚悟はあったから処分されることの恐怖は無いが、それでも緊張はする。ジュリアスは黙してコウメイの言葉を待つ。

「ここまでよく最前線を支えて下さいました。緒戦こそ、劣勢を強いられていくつかの領地を落とされてしまいましたが、このクラベールでそれを止めたこと。私はジュリアス副長のおかげだと評価しています」

「――ありがとうございます」

 どうやらコウメイ個人としては、ありがたいことに、ジュリアスのことを買ってくれているようではある。

「でも結果として、ここに来るまでに大きな犠牲も出ました。仕方ないことだとはいえ、副団長として責任を取っていただかなければなりません」

 コウメイ個人はともかくとして、特に戦場の現場を知らない人達にとっては、ジュリアスが不甲斐ないと感じて不信感を持つ人間も少なくないだろう。このコウメイの言葉は、そんな彼らの代弁ともいえる。

「ただ、今回の戦いでは、これまで誰もが成し得なかった新白薔薇騎士の将官を捕らえました。この功績は、今後も続く第2王女派との戦いにおいて希望の手繰り寄せる糸となるもので、先の2人にも劣らない程の大きなものです。まずは、その功績について、褒章致します」

 先ほどの2人と比べると、いささか少ない拍手だろうか。

 ほとんど個人レベルで、敵部隊や敵指揮官を退けた2人に比べれば、ジュリアスの功績は確かに地味であるため仕方ないかもしれない。しかしコウメイは、今の言葉通り、その功績は非常に重く見ている。

 だから、コウメイは今回のジュリアスの処遇について、次のように決断した。

「ジュリアス=ジャスティン。本日をもって、前線指揮官の任を解きます」

「――」

 責任と戦果――当然だが、現状の劣勢を招いた責任の方が大きいということ。いくら相手が天才で、強敵で、「異能」という反則技を使っていたとしても、結果の責任を取ることは当然のことだ。

 ジュリアスは瞑目しながら、その決定を拝受する。

「――まあ。っていうか、カリオス殿下から言われるんですよね。そもそも元帥の自分が行くんだから、お前が代われ――って」

「……は?」

 急に口調がいつもの感じに戻ったコウメイに、ジュリアスは眼を剥いて彼を見上げた。

「今後は自分がジュリアス副長の後を引き継ぐってだけです。それで、これからも貴方には自分の指揮のもと、最前線でその腕を振るってもらいます。宜しくお願いしますね」

「……はっ」

 それは、意味があるのかどうかが分からない肩書を失っただけ。

 実際にジュリアスがやること、彼がやりたいことは、今後も何ら変わらない。

 龍牙騎士団副団長として、これからも剣を振るい続けることが出来る。

 そしてジュリアスにとって負荷となっていた部分が代わりにコウメイが引き継ぐことで、より存分に力が振るえることが出来るようになる。

「これからも戦いは続きます。今回クリスティアさんと助けたのと同じように、他に苦しんでいる人達――ミリアムさんや、その他の新白薔薇騎士の人達を、宜しくお願いしますね」

 ステージの上で、ジュリアスにだけ聞こえるようにコウメイがそう言うと、ジュリアスは身を震わせながら、うなずいた。

「勿論です……ありがとうございます、コウメイ元帥閣下……!」

    ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

その他、職位は上がらなかったが、論功式で表彰された者は以下の3名であった。


龍牙騎士ラディカル=ホーマンリフト。

 ――都市防衛の要となり、その熟達した手腕で住民に犠牲を出すことなく守り抜き、龍の爪将軍の1人を仕留めたこと。

 王下直轄騎士リューイ=イルスガンド。

 ――要となる兵糧強襲作戦において前線を担い、最大の脅威であった勇者リアラ=リンデブルグの攻撃を食い止めて作戦を成功させたこと。

 龍牙騎士ルエンハイム=アウグストス。

 龍騎士リューイを支えて、兵糧強襲部隊の指揮を担い、作戦成功の一翼を担ったこと。


 これらの栄誉を称え表彰をすることで、この日の論功式は無事執り行われたのだった。
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