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第2章『クラベール城塞都市決戦』編

第104話 勝利の夜(元帥とその護衛騎士達、あとレーディル)

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【コウメイ=ショカツリョウとリューイ=イルスガンド、レーディルの場合】

 クラベール城塞都市内では、全域で盛大な宴が催されているわけだが、領主アイドラド邸の敷地内には、特に制限をかけたわけでもなく、自然と貴族などの上流階級の人々が集っていた。

 その広大な中庭の中、数多くの貴族や幹部達が集っており、今回の戦いにおける功労者達を慰労していた。

 そして今回の戦いにおける最大の功労者ともいえる、総指揮官である元帥コウメイ=ショカツリョウは

「ぐわはははははははっ! あーっはっはっは!」

 多くの貴族や騎士達に囲まれる中で、赤い顔をしながら笑っていた。それはもう、盛大に笑っていた。その手には酒がなみなみと注がれたグラスを持っている。

「野蛮なヘルベルトの連中を追い出してくださいまして、ありがとうございました」

「さすが元帥様ですわ。とても聡明でございますのね」

「あははははは。あーっはっはっは!」

「この人、めっちゃ酒弱いな!」

 コウメイに付いていた王下直轄騎士レーディルが豪快に笑うコウメイの横で、純粋な感想を漏らしていた。

『酒に飲めども飲まれるなよ(キリッ)』

 今日は無礼講で羽目を外しても良いが、節度は弁えるように……と、宴が始まる前にレーディル達にそう言い含めてきたのはコウメイ自身だったのだが――

 レーディルは、そんな元帥の意外な一面に、内心で冷や冷やしていた。

「おいっ、リューイ! こっちゃ来い!」

 ブロンド美女に囲まれながら、いつになく横柄な態度で護衛騎士を呼びつけるコウメイ。完全に酔っぱらっている。しかもかなりの悪酔いだ。

 レーディルと同じようにコウメイに付いていたリューイは、勝利に浮かれている主人とは違って、どこか浮かない表情をしている。それでも、この楽し気な空気を壊すまいと、明らかに無理した笑顔を作っていた。

「あ、あのコウメイさん。リューイはちょっと……」

「大丈夫ですよ、レーディル先輩」

 珍しい先輩騎士の気配りをありがたく辞退して、リューイが美女に囲まれているコウメイの前に歩み寄る。

「こいつ、俺の護衛騎士! 護衛騎士のくせに、戦場では全然俺の事護衛してくれなかったんだぜ~!」

 かなり悪酔いをしているコウメイだったが、リューイは苦笑しているものの、特に不快な気分にもなっていないように見える。それでもレーディルは内心穏やかではない。

「いや~、今回こいつに勇者の相手を任せてさぁ、正直どうかな~って思ってたんだけど、やってくれたんだよぉ! さすが主人公っ! よっ、日本一!」

「やってくれた……? いや、俺はあいつに……」

 ケラケラと笑うコウメイに反して、リューイの表情はやはりどこか力が無い。しかしそんなことに構わず、コウメイは続ける。

「でもなぁ、お前は基本的に地味なんだよ! 地味~に修行を重ねて、地味~に防御に徹して、地味~に敵を食い止めて……って! 全然主人公らしくねえ! なんとかしろ! もっと主人公っぽく振る舞え!」

「あんたがそうしろって言ったんじゃん。っていうか、主人公っぽさってなに?」

 突っ込まないリューイに代わってレーディルが突っ込むが、勿論コウメイの耳には届いていない。リューイも苦笑するだけだ。

「主人公斬り!とか、何かこう格好いい必殺技ぁ!みたいなの作っておけよ。ジャ〇プ主人公っぽくさあ!」

「いや、もう言っていること意味不明だし。ジャン〇ってなに? 跳ぶの?」

「必殺技出来たら、ちゃんと俺に言えよ? 超絶格好いい技名を命名してやる」

「いやいや。ブラックサンダー号がめっちゃ格好いいとか、主人公斬り!とか言っている人に、絶対名前つけられたくないでしょ」

「そうだなぁ……超ハイパーアトミックファイナル斬り!っていうのはどうだ? く~、格好いい!」

「あはははは、やだぁ元帥様ったら」「聡明なだけでなく、とても面白い方ですのね」

 張本人のリューイをよそに、コウメイは周りの美女やレーディルとワイワイと盛り上がっていく。

 そんな中、ふとその場の空気が落ち着く僅かな瞬間があった。

 コウメイがふうと深呼吸をして、グラスの酒をグビリと煽ると、それまでの騒々しい口調から一転して少し静かな口調で言う。

「一人で戦ってるんじゃないぞ。頼るべきものには、ちゃんと頼れ」

「……!」

 不意を突いたようなコウメイの言葉に、ずっと苦笑ばかりしていたリューイはハッと顔を上げる。

「そもそも、お前カリオス殿下から龍牙真打を受け取る時に、どんな説明を受けたのか覚えているのか?」

「――想いを力に代える剣……」

 リューイのその言葉に、コウメイは何様のつもりか、腕を組んで尊大にうなずく。

「どうせ今回も一人よがりで戦っていたんじゃないのか? あの娘を助けたいと思っている人、そしてそんなお前を助けたい人なんて、たくさんいるんだぞ? この場にいないそんな人達の想いをちゃんと背負ってたか? その想いを、きっちり龍牙真打に込めたのか?」

(なんか、急に良いこと“ぽい”ことを言い始めた!)

 そんなレーディルの胸中の驚きはともかく、その言葉を聞いていたリューイは眼を剥いてコウメイを見つめ返していた。

「実力で勝てないなら、想いで勝つしかないだろ。そのための龍騎士という称号ーー龍牙真打のはずだ。龍牙真打に想いを込めれば、勇者だって倒せる……

――んじゃね? 知らんけど(適当)」

「最後の最後で台無しだよ!」

 やはり酔っぱらっていたコウメイは、意味深な言葉を述べた後に、赤い顔でケラケラと豪快に笑い飛ばした。周囲の美女達も、あまり何も考えていないのか、そんなコウメイに合わせて、再び彼を盛り上げていくのだった。

□■□■

「あの人酒癖めっちゃ悪いな。ただの、そこら辺にいる酔っ払いと同じじゃん。絡み酒じゃん」

 それから程なくして、ようやく解放されたリューイにレーディルが慰めるように言った。

 レーディルはリューイが勇者――いや、恋人であるリアラと対峙した際の詳細をリューイ本人から聞いていた。そしてその悔やみきれない思いも、レーディルは理解していた。

 そんないつにない先輩の気遣いに、ありがたく感謝しつつ、リューイは首を横に振る。

「あの人が背負っていたものは、俺なんかとは比較出来ないくらい重かったはずです。だから、本当に嬉しいんだと思いますよ」

 戦争である以上、犠牲者がゼロということは有り得ない。今回の戦闘はこちらにも戦死者が出たものの、これまでの実績を考えたら奇跡的な被害の少なさだ。

 敵を撃退して追い出したというよりも、思っていた以上に人が死ななかった事――特に非戦闘員については被害がゼロだったことに、誰よりも安堵しているのはコウメイに他ならないだろう。

「本当に、優しい人ですよ。あの人は」

「お前も大概だけどな」

 そんなリューイの殊勝な態度に、レーディルも笑いながら肩をすくめるのだった。

「お前だってちゃんと飲んでるか? 落ち込む気持ちも分かるけど、だからこそ飲んどけよ。こんな高い酒にありつけるなんて、王下直轄部隊の役得なんだからな」

「いや、俺は傷のこともあるんで、アルコールは……」

 リアラとの死闘を乗り越えたリューイは五体満足ではあるものの、それなりに重傷だ。致命的な攻撃は免れていたが、代わりにそれ以外の攻撃は甘んじて受けざるを得なかった。それによるダメージが身体の至る所に残っており、例えば今でも顔は少し腫れあがっている程である。

「さっき、商業区の方へ行ったら、お前よりひどいラディカル将軍はたらふく飲んでたけど……まあいいか。それじゃ、お前の分まで俺が――」

「ふふふん♪」

 突然そんな2人の会話に割り込んできたのは、彼らと同じ赤毛の王下直轄騎士、そして護衛騎士代理でもあるプリシティアだった。


【プリシティア=ハートリングの場合】

 クラベール領現地兵の、どちらかというと柄の悪そうな男達を周囲に引き連れるようにして、プリシティアはリューイとレーディルの前に現れた。

 その片手にはグラスが握られており、顔をほんのりと赤くしている。

 ちなみに彼女が手にしているグラスは、コウメイやレーディルが持っているものよりも一回りくらい大きい。いわゆる”酒豪”と呼ばれる人間御用達の物で、彼女の小柄さがその大きさを一層引き立てていた。

「おらおら、嬢ちゃん。ぐーっといけ、ぐーっと!」

 一応護衛騎士ーー代理ではあるもののーーといえば、騎士の中でもかなりの高い地位になるのだが、いかんせんまだ少女らしさを残すプリシティアは、気安過ぎるくらいに男達から絡まれていた。空になっていたグラスに酒が次々と注がれていき

「んぐっ、んぐっ、んぐっ!」

「ほら、見てみろこの嬢ちゃん。めっちゃ酒強いぞ!」

 まるでジュースでも飲むくらいの勢いで、そして見ている方が唾液を垂らしそうなくらいに、美味しそうに喉を鳴らしながら一気に飲み干す。

「っぷはー! んふふふふ♪ 私はこんなにもたくさんの量のお酒を飲むことが出来ます。勇者に殴られたというあなたは、それだけでお酒が飲むことが出来ません。私はとても情けなく思いました。私がリューイ様に代わって、正式な護衛騎士としてコウメイ元帥に頼まれるのも、そう遠くないでしょう!」

 顔を赤くしながらも、ちゃんと口調は『護衛騎士モード』なのは、確かに酔っていない証拠なのかもしれない。それにしては、はっちゃけ過ぎているが。

 コウメイに続いて現れたプリシティアは、腰に手を当てながら、リューイに宣戦布告するようにグラスを持っている手を向けてくる。それを見たレーディルは、心底面倒臭そうに一言。

「うわぁ、面倒くさそう」

 一方、そんな彼女の標的となっているリューイは

「あはは」

「いや、あははて……」

 リューイの胸中を想うと、とてもこんな戦勝ムードではないだろうに、それでも周囲に合わせて愛想笑いを浮かべるリューイの表情には、そろそろ疲れが出ているようにも見える。

「プリシティア、ありがとう」

 そんな中、不意にリューイはプリシティアに、頭を下げる。

「ほあああっ? な、なに、なにが……何を言っとるがー? わーは、リューイさにお礼ば言われちょることがなんもしとらんが……じゃなくて、しておりませんわよ。おほほほ」

 プリシティアも虚を突かれたのか、なんだかおかしい口調になっているが、リューイの方は全く動揺など見せないで続ける。

「本当は護衛騎士の俺がコウメイさんを守らないといけなかったのに、俺は個人的な事情を優先させてもらって、全部君に任せてしまった。プリシティアが全力でコウメイさんのことを守ってくれたこと、皆から聞いたよ。本当にありがとう」

「な、な、なななな……」

「おお~、嬢ちゃんの頭から湯気が出てんぞ~」

 周りの男たちが揶揄するように、本当に湯気が見えるかと思うくらいにプリシティアの顔は赤くなっていた。それは勿論、アルコールによるものだけではないだろう。

「そ、そそそ……そないなことば言いよって、わーは騙されんがよー! ちゃーんとした護衛騎士の座はわーのもんやがー!」

「――ん、そうだな。俺も負けないよ」

「わーが護衛騎士に……わーは……わーは……」

「一緒に頑張ろう」

「びやああああああああっ!」

 微塵にも揺れないリューイに、プリシティアは居た堪れないなってきたのか、泣きながら周りの男たちの間を縫うようにして逃げ去って行った。

「なんだ、ありゃ」

「妹でみたいで可愛いですよね。でも、あんな感じでも俺なんかよりも強いんですよ。本当、負けてられないな」

「いや、リューイも実は結構ズレているよな」

 はあ、と何度目かの嘆息をするレーディスは、持っていたグラスに残っていた酒を煽っていると

「ぐわはははははははっ! はははははは……は~~~……」

「きゃああああっ?」「コ、コウメイ様ぁ?」

 馬鹿みたいに笑い声をあげていたコウメイが、美女に囲まれた中で急に倒れる。一瞬その場の空気が緊張に包まれる。王族の次ぐ程の権力者が倒れたのだから無理もない。まさか、元帥の命を狙ったスパイでも紛れ込んでいて、料理に毒でも混ぜられていたのか?

「ぐがー……すぴー……」

 --そんな周囲の緊張感を置き去りに、コウメイはとても満足そうな寝息を立てていた。

「この人……明日は論功式を取り仕切るんだろ? 大丈夫か?」

 当たり前だが、戦争は戦いが終われば終わりというわけではない。むしろその事後処理の方が繊細で雑多で重要なことが積み重なっているものだ。戦場で命を賭けて戦った兵士達を称える論功式は、その中でも極めて重要で厳格な催しのはずなのだが、明日その責任者を務めるコウメイの寝顔は、遠足ではしゃいで疲れた子供そのものだった。

「まあ、疲れてたんだろうな。リューイ、寝室まで運んでやってやれよ」

「そうですね」

 それも一応護衛騎士の職務の範疇といってもいいだろう。レーディルに言われて、リューイは嫌な顔一つせずにうなずいて、立ち上がると。

「うわああああああっ!」

 たった今どこかへ走り去っていったプリシティアが、大声で喚きながら走って戻ってくる。

「わー! わーが連れてく! わーが、コウメイさを寝室に連れて行くやがー!」
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