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第2章『クラベール城塞都市決戦』編
第103話 勝利の夜(ラディカル、ジュリアス、クリスティア)
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コウメイ率いる第1王子派とフェスティア率いる第2王女派によるクラベール領城塞都市攻防戦が決着。
第2王女派指揮官のフェスティアが撤退の命を下した次の日には、領内からは第2王女派の部隊――フェスティア部隊、オーエン部隊共に――は姿を消した。またそれに合わせるように、ノースポール領を攻撃していたアウドレラ部隊も撤退。
こうして第1王子派は、この内乱における初の勝利を手にしたのだった。
決戦翌日の夜――クラベール城塞都市内では、盛大な宴が催されていた。
広大な城塞都市内全域に渡り、ここまで死力を尽くして都市を防衛していた龍牙騎士達が、珍しく酒に酔い、歌を歌い、踊りを楽しんでいた。住民達も、都市内にまで及んだ戦闘にはさすがに危機感を抱いたようで、懸命に城塞都市を死守してくれた龍牙騎士達を、誠意を込めて歓待していた。
周辺領地が次々と陥落していき、現地は惨い状況になっているという絶望的で暗い報ばかりが続いていた中でもたらされた朗報ーー今は夜にも関わらず煌々とした灯りがそこかしこに灯されていて、都市内は明るくにぎやかであり、またそこの人達も笑顔と希望の光に満ちていた。
【ラディカル=ホーマンリフトの場合】
「がはははははっ! ったく、てめえらにも聞かせてやりたかったぜ!」
ラディカルは城塞都市内商業区の広場中央で、一般の龍牙騎士や現地のクラベール領兵士、その他住民などに混じって大酒を喰らっていた。
ルルマンドが扱っていた呪具『炎の暴君』による火傷で包帯に包まれている全身は生々しいが、彼のすっかり出来上がった赤い顔はそんな悲壮感を全く感じさせなかった。
「最後の最後によぉ、この前副長が言われた言葉を、元帥がそのままフェスティアに言い返してくれたんだよ! いやぁ、すっきりしたぜ。あの時のあの女狐の顔と言ったら……くははははは!」
この戦いでは誰よりもジュリアスの側にいて支えたラディカルだったからこそ、ジュリアスがが罵倒されたそのままの言葉でフェスティアに言い返したコウメイの言葉は、よっぽど胸が透いたのだろう。
次々と飲み交わす人間が代わる度にラディカルは、そのコウメイの所業を面白可笑しく喧伝していくのだった。
「しょ、将軍。酒の方はそろそろ……お体に触りますよ?」
同じ重傷だったジュリアスはアルコールを控えており、宴には参加していないようだった。しかしそんなことなどお構いなしに、誰よりも多くの酒を喉に流し込むラディカルを諫める声もあるが
「ああん? なーに言ってやがんだ、てめえ。俺ぁ、このために命懸けて戦ってんだぞぉ? それにコウメイ元帥閣下からも、今日は無礼講! ハメを外していいってお達しだろうがよぉ?」
「そ、それはそうですが……その、少々飲み過ぎでは?」
「うるせぇぇ! こんなん、俺にとっちゃあ水みたいなもんだ! もっと高い酒持って来ぉい! なんなら、あのコウメイとかいう若造も一緒に連れて来いやぁ! 元帥とかいって良い気になってんじゃねえぞぉ? 飲み比べだぁ! 龍牙騎士将軍がどれだけすげぇか思い知らせてやるぜ、がははははは!」
「だ、誰かこの人を止めろぉ!」
紅血騎士だった時はともかく、龍牙騎士に転属になってからここまで酒癖の悪さをラディカルが露呈させるのは、誰もが驚くところだった。
ジュリアスと共に、常に最前線で苦渋を舐めさせ続けられたラディカルだからこそ、今回の勝利には心を動かされる所があったのだろう。
「ラディカル様。どうか、私にもお酌をさせて下さいまし」
本当にコウメイの場所へ乗り込まんばかりの勢いのラディカルを止めたのは、1人の肉感的な身体をした美人だった。男であれば、誰もがため息を吐いてしまいそうな魅惑的な女性である。
「おー、いい女じゃねえか。どうだい、今夜は俺と一緒にいねえかい?」
酩酊し、全身に大やけどを負っているにも関わらず、げひげひ笑いながら下品な誘いをするラディカルに、周囲は内心呆れかえっていた。
そんな下品な誘いを受けた美女は、申し出通りラディカルが持っていたグラスに透明な酒を組みながら、微笑を浮かべて答える。
「ラディカル様のような、素敵な殿方であれば喜んで」
勝利の祝宴は、まだ続いていく。
【ジュリアス=ジャスティン、クリスティア=レイオールの場合】
クラベール領主アイドラド邸内にある一室。
そこの高級ベッドの上で、クリスティアは瞳を閉じて横たわっていた。その寝顔は美しく、とても安らかで、胸が僅かに上下しており、静かに呼吸をしているのを確認できる。
その部屋の窓からは、アイドラド邸の中庭が見下ろせる。今、城塞都市は全域で宴が催されているが、その中でも幹部が多く集う中庭もまた、他の場所に劣らずによく賑わっているのが分かる。
ジュリアスは、その窓から中庭で喜ぶ人たちを見下ろしていた。
喜びと希望で笑う人たちを見下ろすジュリアスの表情は、決戦前のような緊張で引きつったものではない。彼もまた、勝利に終わった余韻を味わっているのか、穏やかで落ち着いた微笑だった。
「――みんな、喜んでいますよ」
失われた左眼は、戦闘中や公式の場以外では、布で簡易的に巻いているだけだ。服も平服である。
最低限の灯りのみが灯る薄暗い部屋のなか、ジュリアスはベッドの上で物言わぬクリスティアに、優しい言葉でそう語りかけた。
「貴女も、近いうちにあの輪に加われる日がくるといいですね」
これまでは敵としてその凶悪な刃を向けてきたクリスティアだったが、いつの日か自分や他の仲間達と一緒に、また笑い合って酒を飲めるようになる時ーー
そんな遠い将来のことを思い浮かべながら、にこやかにジュリアスは語り掛ける。
しかし、クリスティアはやはり何も返さない。
ジュリアスに撃破されてから、クリスティアは意識を失ったままである。したがって、悪魔の能力から解放されたかどうかはまだ定かではない。また意識を取り戻した時、ジュリアスらに牙を剥く可能性も否定できないような状態だ。
『クリスティア=レイオールは拘束します。危険人物だ』
クリスティアの処遇について話し合いの場が設けられた時、いの一番にそう言ったのはコウメイだった。同じように狂ってしまったアンナ=ヴァルガンダルを、ミュリヌスから王都ユールディアへ移送する際に危険な目に合っていた彼は、強くそう主張してきた。
しかし、意識を失う前のクリスティアは確かに元に戻っていた。最後にジュリアスを見つめていた瞳、あの言葉、そして優しく顔を撫でてくれたあの暖かな手は、紛れもなくジュリアスの知るクリスティアだった。それは、間違いない。
そうしてジュリアスが必死に訴えた結果、最終的にコウメイは肩をすくめて折れてくれた。
『捕まえたのは他でもないジュリアス副長ですからね。そこまで言うなら、その意を汲みましょうか』
その言葉には、コウメイ自身もどこか安堵しているように見えた。おそらくコウメイにしてみても、クリスティアに対して厳しい処置を取るのは、本意ではなかったのだろう。
――ジュリアスは、グスタフとその「異能」に関する真相は聞かされていない。
それは、カリオス・ラミア・コウメイ・ディード・クルーズ・リューゲルら最高幹部らと、護衛騎士のリューイ、そしてあのフォルテア森林帯の戦いの現場に居合わせたレーディルのみが知るところとなっている。
そのためジュリアスからすると、個人的な因縁があるジュリアスとは違う上に、元帥と言う責任ある立場であるコウメイがクリスティアの肩を持つように見える態度が不思議だった。
例えば、アイドラドなどはクリスティアの即処刑を主張してきたものだが、彼女が聖アルマイトに与えた恐怖や損害を考えると、そちらの方が常識的な判断だろう。
つまり、コウメイもクリスティアを庇わざるを得ない理由ーーしかもそれは、龍牙騎士団副団長である自分すらも知らされていないーーが、あるのだ。
(やはり……この内乱の裏には何か隠されている、ということですか)
瞳を閉じて、寝息を立てるだけのクリスティアの金髪をそっと撫でるジュリアス。
そもそもあのリリライトが、ベタベタに甘えていたカリオスに対して反旗を翻すなど、天地がひっくり返っても有り得ないことだ。しかもその理由が、カリオスが父王を虐待していることと、それに伴う王位継承権などという、本当にヘソで茶を沸かすくらいにおかしな話だ。あの姫が、王位継承などといった権力闘争に興味などあるはずがない。
その上リリライトのその意味不明な行動を、ヘルベルト連合がそれを支援し、わざわざ連合代表が軍師として最前線で指揮を執るなどと、内乱前の自分に言えば狂気の沙汰だと言われるに違いない。
何が起こっているのかは分からないが、とても重大なことが裏で起こっているのはもはや疑いようがない。コウメイ達、最高幹部達は何かしら隠しているのは明らかだ。
しかし、不思議とそれらに対しての不信感は無かった。
それは、その筆頭たるコウメイという人物の存在が大きい。
彼は元帥として、いやそもそも軍人としては、相当に異色な人物である。軽薄でお調子者ば一面がある一方、副団長を辞そうと思ったジュリアスを引き留める厳しさもある。
そして何よりも、今回誰もが絶望視していたこの状況の中で、遂に勝利をもぎ取った実績を作ったのだ。
先の見えなかった第2王女派との戦いにおいて、初めての勝利をもたらしてくれたコウメイの存在は、ジュリアスに限らず、多くの人間へこの先の希望と信頼をもたらしたのだ。
「……私は、もう少し頑張ってみようと思います」
物言わぬままのクリスティアへ、ジュリアスはそっと語り掛ける。
開戦前にコウメイとあんなことを話したジュリアスだったが、実は勝敗如何に関わらず、この戦いが終わっても自分が生き延びるようであれば、これまでの敗戦の責任を取って龍牙騎士を引退しようと考えていた。クリスティアの命が失われれば出家を考え折り、命が救えれば一般人として側でずっとクリスティアを支えようと思っていたのだ。
しかし――
「自分は、まだ戦えます」
今回、ジュリアスは個人の戦いにおいては、考え得る限り最高の、理想的な結果を手にすることが出来た。
それまでさんざんフェスティアに叩き伏せられて、多くの部下を死なせてしまった自分に龍牙騎士団を率いて戦う資格はないと思っていた。そんな力などないと思っていた。
でも、自分は救えた。大事な親友を救うことが出来る力が、まだ残っていたのだ。
だから、もしもまだ副団長でいることを求められるのであれば、もう1度頑張りたいと思う。自分の力で大切な親友を救うことが出来たなら、次は聖アルマイト国を救いたい。
大切な親友と出会えた、この国を。
君がまた目覚めた時に、一緒に支え合い、一緒に高め合っていく場所を。
自分が強くなるのを見てくれている人がいる、強くなることを見せてくれる人がいるから。
「まあ、明日以降も副団長でいられるかは分かりませんが」
ジュリアスは苦笑しながら漏らす。
明日の夕方には、内乱勃発から今日までの論功式がある。
カリオスから全権を委任されたコウメイが戦功に関わる全ての決定権を持っており、その場では功績だけではなく、責任や過失も追及されることとなる。
城塞都市の戦いに限れば、ジュリアスは戦功を挙げたのは間違いない。しかし前線指揮官として、開戦から今日までの戦闘で、クラベール領まで押しやられた責任は小さくない。
今回の戦功がどれだけ評価されて、今までの責任が相殺されるかどうかはコウメイの腹次第だ。客観的に考えるならば、例えコウメイが個人的にジュリアスの肩を持ちたいと思っていても、副団長を続投するのは難しいように思える。少なくとも対第2王女派の前線指揮官は解任されるだろう。
いざ実際にどうなるかは、明日にならないと分からないが
「でも、副団長だろうがそうでなかろうがーー例え龍牙騎士を解任されようが、聖アルマイトを守る1人ということは間違いありません」
どうなろうとも、今のジュリアスにはもう迷いは無かった。
大事な親友と生きていくこの国を守るために剣を振るう。それだけだ。
「いつかあなたと背中を預け合い、戦える日がくるといいですね」
またもそんな未来の希望を思い描くと、ジュリアスはにこやかに微笑みながら、眠ったままの親友に語り掛ける。
外の喧騒とは打って変わって静かなこの部屋でも、勝利の夜は同じように少しずつ更けていくのだった。
第2王女派指揮官のフェスティアが撤退の命を下した次の日には、領内からは第2王女派の部隊――フェスティア部隊、オーエン部隊共に――は姿を消した。またそれに合わせるように、ノースポール領を攻撃していたアウドレラ部隊も撤退。
こうして第1王子派は、この内乱における初の勝利を手にしたのだった。
決戦翌日の夜――クラベール城塞都市内では、盛大な宴が催されていた。
広大な城塞都市内全域に渡り、ここまで死力を尽くして都市を防衛していた龍牙騎士達が、珍しく酒に酔い、歌を歌い、踊りを楽しんでいた。住民達も、都市内にまで及んだ戦闘にはさすがに危機感を抱いたようで、懸命に城塞都市を死守してくれた龍牙騎士達を、誠意を込めて歓待していた。
周辺領地が次々と陥落していき、現地は惨い状況になっているという絶望的で暗い報ばかりが続いていた中でもたらされた朗報ーー今は夜にも関わらず煌々とした灯りがそこかしこに灯されていて、都市内は明るくにぎやかであり、またそこの人達も笑顔と希望の光に満ちていた。
【ラディカル=ホーマンリフトの場合】
「がはははははっ! ったく、てめえらにも聞かせてやりたかったぜ!」
ラディカルは城塞都市内商業区の広場中央で、一般の龍牙騎士や現地のクラベール領兵士、その他住民などに混じって大酒を喰らっていた。
ルルマンドが扱っていた呪具『炎の暴君』による火傷で包帯に包まれている全身は生々しいが、彼のすっかり出来上がった赤い顔はそんな悲壮感を全く感じさせなかった。
「最後の最後によぉ、この前副長が言われた言葉を、元帥がそのままフェスティアに言い返してくれたんだよ! いやぁ、すっきりしたぜ。あの時のあの女狐の顔と言ったら……くははははは!」
この戦いでは誰よりもジュリアスの側にいて支えたラディカルだったからこそ、ジュリアスがが罵倒されたそのままの言葉でフェスティアに言い返したコウメイの言葉は、よっぽど胸が透いたのだろう。
次々と飲み交わす人間が代わる度にラディカルは、そのコウメイの所業を面白可笑しく喧伝していくのだった。
「しょ、将軍。酒の方はそろそろ……お体に触りますよ?」
同じ重傷だったジュリアスはアルコールを控えており、宴には参加していないようだった。しかしそんなことなどお構いなしに、誰よりも多くの酒を喉に流し込むラディカルを諫める声もあるが
「ああん? なーに言ってやがんだ、てめえ。俺ぁ、このために命懸けて戦ってんだぞぉ? それにコウメイ元帥閣下からも、今日は無礼講! ハメを外していいってお達しだろうがよぉ?」
「そ、それはそうですが……その、少々飲み過ぎでは?」
「うるせぇぇ! こんなん、俺にとっちゃあ水みたいなもんだ! もっと高い酒持って来ぉい! なんなら、あのコウメイとかいう若造も一緒に連れて来いやぁ! 元帥とかいって良い気になってんじゃねえぞぉ? 飲み比べだぁ! 龍牙騎士将軍がどれだけすげぇか思い知らせてやるぜ、がははははは!」
「だ、誰かこの人を止めろぉ!」
紅血騎士だった時はともかく、龍牙騎士に転属になってからここまで酒癖の悪さをラディカルが露呈させるのは、誰もが驚くところだった。
ジュリアスと共に、常に最前線で苦渋を舐めさせ続けられたラディカルだからこそ、今回の勝利には心を動かされる所があったのだろう。
「ラディカル様。どうか、私にもお酌をさせて下さいまし」
本当にコウメイの場所へ乗り込まんばかりの勢いのラディカルを止めたのは、1人の肉感的な身体をした美人だった。男であれば、誰もがため息を吐いてしまいそうな魅惑的な女性である。
「おー、いい女じゃねえか。どうだい、今夜は俺と一緒にいねえかい?」
酩酊し、全身に大やけどを負っているにも関わらず、げひげひ笑いながら下品な誘いをするラディカルに、周囲は内心呆れかえっていた。
そんな下品な誘いを受けた美女は、申し出通りラディカルが持っていたグラスに透明な酒を組みながら、微笑を浮かべて答える。
「ラディカル様のような、素敵な殿方であれば喜んで」
勝利の祝宴は、まだ続いていく。
【ジュリアス=ジャスティン、クリスティア=レイオールの場合】
クラベール領主アイドラド邸内にある一室。
そこの高級ベッドの上で、クリスティアは瞳を閉じて横たわっていた。その寝顔は美しく、とても安らかで、胸が僅かに上下しており、静かに呼吸をしているのを確認できる。
その部屋の窓からは、アイドラド邸の中庭が見下ろせる。今、城塞都市は全域で宴が催されているが、その中でも幹部が多く集う中庭もまた、他の場所に劣らずによく賑わっているのが分かる。
ジュリアスは、その窓から中庭で喜ぶ人たちを見下ろしていた。
喜びと希望で笑う人たちを見下ろすジュリアスの表情は、決戦前のような緊張で引きつったものではない。彼もまた、勝利に終わった余韻を味わっているのか、穏やかで落ち着いた微笑だった。
「――みんな、喜んでいますよ」
失われた左眼は、戦闘中や公式の場以外では、布で簡易的に巻いているだけだ。服も平服である。
最低限の灯りのみが灯る薄暗い部屋のなか、ジュリアスはベッドの上で物言わぬクリスティアに、優しい言葉でそう語りかけた。
「貴女も、近いうちにあの輪に加われる日がくるといいですね」
これまでは敵としてその凶悪な刃を向けてきたクリスティアだったが、いつの日か自分や他の仲間達と一緒に、また笑い合って酒を飲めるようになる時ーー
そんな遠い将来のことを思い浮かべながら、にこやかにジュリアスは語り掛ける。
しかし、クリスティアはやはり何も返さない。
ジュリアスに撃破されてから、クリスティアは意識を失ったままである。したがって、悪魔の能力から解放されたかどうかはまだ定かではない。また意識を取り戻した時、ジュリアスらに牙を剥く可能性も否定できないような状態だ。
『クリスティア=レイオールは拘束します。危険人物だ』
クリスティアの処遇について話し合いの場が設けられた時、いの一番にそう言ったのはコウメイだった。同じように狂ってしまったアンナ=ヴァルガンダルを、ミュリヌスから王都ユールディアへ移送する際に危険な目に合っていた彼は、強くそう主張してきた。
しかし、意識を失う前のクリスティアは確かに元に戻っていた。最後にジュリアスを見つめていた瞳、あの言葉、そして優しく顔を撫でてくれたあの暖かな手は、紛れもなくジュリアスの知るクリスティアだった。それは、間違いない。
そうしてジュリアスが必死に訴えた結果、最終的にコウメイは肩をすくめて折れてくれた。
『捕まえたのは他でもないジュリアス副長ですからね。そこまで言うなら、その意を汲みましょうか』
その言葉には、コウメイ自身もどこか安堵しているように見えた。おそらくコウメイにしてみても、クリスティアに対して厳しい処置を取るのは、本意ではなかったのだろう。
――ジュリアスは、グスタフとその「異能」に関する真相は聞かされていない。
それは、カリオス・ラミア・コウメイ・ディード・クルーズ・リューゲルら最高幹部らと、護衛騎士のリューイ、そしてあのフォルテア森林帯の戦いの現場に居合わせたレーディルのみが知るところとなっている。
そのためジュリアスからすると、個人的な因縁があるジュリアスとは違う上に、元帥と言う責任ある立場であるコウメイがクリスティアの肩を持つように見える態度が不思議だった。
例えば、アイドラドなどはクリスティアの即処刑を主張してきたものだが、彼女が聖アルマイトに与えた恐怖や損害を考えると、そちらの方が常識的な判断だろう。
つまり、コウメイもクリスティアを庇わざるを得ない理由ーーしかもそれは、龍牙騎士団副団長である自分すらも知らされていないーーが、あるのだ。
(やはり……この内乱の裏には何か隠されている、ということですか)
瞳を閉じて、寝息を立てるだけのクリスティアの金髪をそっと撫でるジュリアス。
そもそもあのリリライトが、ベタベタに甘えていたカリオスに対して反旗を翻すなど、天地がひっくり返っても有り得ないことだ。しかもその理由が、カリオスが父王を虐待していることと、それに伴う王位継承権などという、本当にヘソで茶を沸かすくらいにおかしな話だ。あの姫が、王位継承などといった権力闘争に興味などあるはずがない。
その上リリライトのその意味不明な行動を、ヘルベルト連合がそれを支援し、わざわざ連合代表が軍師として最前線で指揮を執るなどと、内乱前の自分に言えば狂気の沙汰だと言われるに違いない。
何が起こっているのかは分からないが、とても重大なことが裏で起こっているのはもはや疑いようがない。コウメイ達、最高幹部達は何かしら隠しているのは明らかだ。
しかし、不思議とそれらに対しての不信感は無かった。
それは、その筆頭たるコウメイという人物の存在が大きい。
彼は元帥として、いやそもそも軍人としては、相当に異色な人物である。軽薄でお調子者ば一面がある一方、副団長を辞そうと思ったジュリアスを引き留める厳しさもある。
そして何よりも、今回誰もが絶望視していたこの状況の中で、遂に勝利をもぎ取った実績を作ったのだ。
先の見えなかった第2王女派との戦いにおいて、初めての勝利をもたらしてくれたコウメイの存在は、ジュリアスに限らず、多くの人間へこの先の希望と信頼をもたらしたのだ。
「……私は、もう少し頑張ってみようと思います」
物言わぬままのクリスティアへ、ジュリアスはそっと語り掛ける。
開戦前にコウメイとあんなことを話したジュリアスだったが、実は勝敗如何に関わらず、この戦いが終わっても自分が生き延びるようであれば、これまでの敗戦の責任を取って龍牙騎士を引退しようと考えていた。クリスティアの命が失われれば出家を考え折り、命が救えれば一般人として側でずっとクリスティアを支えようと思っていたのだ。
しかし――
「自分は、まだ戦えます」
今回、ジュリアスは個人の戦いにおいては、考え得る限り最高の、理想的な結果を手にすることが出来た。
それまでさんざんフェスティアに叩き伏せられて、多くの部下を死なせてしまった自分に龍牙騎士団を率いて戦う資格はないと思っていた。そんな力などないと思っていた。
でも、自分は救えた。大事な親友を救うことが出来る力が、まだ残っていたのだ。
だから、もしもまだ副団長でいることを求められるのであれば、もう1度頑張りたいと思う。自分の力で大切な親友を救うことが出来たなら、次は聖アルマイト国を救いたい。
大切な親友と出会えた、この国を。
君がまた目覚めた時に、一緒に支え合い、一緒に高め合っていく場所を。
自分が強くなるのを見てくれている人がいる、強くなることを見せてくれる人がいるから。
「まあ、明日以降も副団長でいられるかは分かりませんが」
ジュリアスは苦笑しながら漏らす。
明日の夕方には、内乱勃発から今日までの論功式がある。
カリオスから全権を委任されたコウメイが戦功に関わる全ての決定権を持っており、その場では功績だけではなく、責任や過失も追及されることとなる。
城塞都市の戦いに限れば、ジュリアスは戦功を挙げたのは間違いない。しかし前線指揮官として、開戦から今日までの戦闘で、クラベール領まで押しやられた責任は小さくない。
今回の戦功がどれだけ評価されて、今までの責任が相殺されるかどうかはコウメイの腹次第だ。客観的に考えるならば、例えコウメイが個人的にジュリアスの肩を持ちたいと思っていても、副団長を続投するのは難しいように思える。少なくとも対第2王女派の前線指揮官は解任されるだろう。
いざ実際にどうなるかは、明日にならないと分からないが
「でも、副団長だろうがそうでなかろうがーー例え龍牙騎士を解任されようが、聖アルマイトを守る1人ということは間違いありません」
どうなろうとも、今のジュリアスにはもう迷いは無かった。
大事な親友と生きていくこの国を守るために剣を振るう。それだけだ。
「いつかあなたと背中を預け合い、戦える日がくるといいですね」
またもそんな未来の希望を思い描くと、ジュリアスはにこやかに微笑みながら、眠ったままの親友に語り掛ける。
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5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。
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