【R-18】龍の騎士と龍を統べる王

白金犬

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第2章『クラベール城塞都市決戦』編

第102話 クラベール城塞都市決戦Final――決着

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 おもむろに前に進み出たコウメイに注目したのはフェスティアだけではない。近くにいたゾーディアスやプリシティア、それに周囲で指揮を執っていたジュリアスやラディカルなども、コウメイの行動や言葉に注目していた。

 そのコウメイが纏う雰囲気は、元帥らしい偉大で重圧なオーラなどではなく、いつものような柔らかな空気だった。しかし何故か、その場にいる全員が注目せずにはいられなかった。

「良いことを教えてやろう、フェスティア」

 ニヤリと笑いながら、コウメイが話し始める。

「お前は、確かにそれなりの指揮官だ。でも、大局を見る眼がまるでない。目の前の勝利しか考えられていない。どうしてノースポールまで視野を広げられなかった? 部下を信頼していたのか? 違うだろ? 俺とクラベールに気を取られ、全く見えてなかったんだ。で、俺の手の平の上で踊らされていることにも気づかず、良い気になって強気の戦術で攻めてきて――はっきり言って無能だね」

「――っ!」

 いつになく、自信満々に相手を煽り立てるようなコウメイの言葉は

『私から貴方へ指南をするとするならば、貴方は1戦1戦で見れば、確かに堅実で信頼感ある戦術腕を持っていることは認めるわ。でもね、大局を見る眼がまるでない。目の前の勝利しか考えられない。戦術家としてはそれなりかもしれないけど、戦略家としてはまるでダメ。はっきり言って無能ね』

『まあ何にしろ、たった1回勝利しただけで誘い込まれて、そこを叩かれるなんて指揮官としては愚かの極みね、ジュリアス。貴方程御しやすい相手も珍しいわ。二流どころか三流、四流もいいところね。これが大陸にその名を轟かせる龍牙騎士団の副団長とは、笑わせるわ。これ以上恥をかく前に、自分から辞めた方がいいんじゃない?』

 それは、あの第2防衛線の戦いで、ジュリアスがフェスティアに受けた罵倒とほぼ同じ内容だった。そのコウメイの言葉を聞いて、フェスティアだけではなく、ジュリアスやラディカルも思わず身震いする。

「フェスティア、お前程が指揮する部隊程操り易いのもなかなか珍しかったぞ。二流どころか三流、四流もいいところだな。これが大陸にその名を轟かせるヘルベルト連合の代表、『女傑』の実力か? 笑わせるね。これ以上恥をかく前に、さっさと降伏したらどうだ?」

「……っ!!」

 コウメイの言葉を聞いて、あのフェスティアが顔を真っ赤にしている。激昂しているのは明らかで、側近を務めているゾーディアスも、そんな主人の様子に驚愕していた。

「代表、落ち着いて下さい」

「殺す……っ! コウメイっ!」

 馬上から鋭い目をコウメイに向けてくるフェスティア。そのだけでコウメイの心臓を抉り取らんとする程に苛烈な感情が込められた視線は、今までコウメイが見てきた中で最も獰猛で危険なもの。

 しかしコウメイは動揺することはない。ずっしりと構えて、余裕の笑みを浮かべて腕を組んですらいる。

 そしてそのまま時が止まったように、その場の動きが静止する。そしてその中、フェスティア部隊の後方へ降り注ぐ爆撃の音だけが響き渡る。

 黙ったまま睨み合う両者――やがて、最初に言葉を発したのはフェスティアの方だった。

「――撤退よ。ゾーディアス、殿を指揮しなさい」

 フェスティアが下した判断は、剥き出しにした感情とは正反対の、冷静で的確な指揮官としてあるべき判断だった。

□■□■

 そうして最後に深く攻め入ってきたフェスティア部隊は攻撃の手を止めて、進路を反転。そのまま後退していき、コウメイ達の前から去って行く。

 これは、コウメイ部隊を陥れるための策略などではない。ただ純粋な撤退だ。

 つまり、コウメイ部隊――第1王子派は……

「か、勝った……!」

 ぽつりとこぼしたのはジュリアスだ。これまで散々苦汁を舐めてきた彼だからこそ、この事実を想わずに口にせずにはいられなかったのだろう。

「や、やったっち! 本当に勝った、勝ったぁ♪ 元帥さ……元帥さぁぁぁ?」

「ふええぇ……」

 フェスティア達が去って行くのを見送ったコウメイは、急に全身から力が抜けて、馬から転げ落ちる。

「い、いてぇ……」

「な、何やってるさー! 大丈夫っちか?」

 フェスティアを煽り立てていたあの尊大な態度はどこへやら、すっかりなよなよとした軟弱な感じに戻っていた。まあ、その方がコウメイらしいのだが。

「いやぁぁ~……安心したら、力が抜けて……あうう……」

 馬を降りて介抱してくれるプリシティアに、情けない声で訴えるコウメイ。

 実力以上の戦果を期待されて、紛れもない天才級のフェスティアを相手取り、多くの人の命をその背に乗せられてーー

 断じて余裕の勝利などではなかった。フェスティアが苦しかったのと同様、コウメイにとってもギリギリの勝利だったのだ。

 必死にもがき苦しみながら、なんとかようやくもぎ取った勝利。

 とうとうその責任を果たしたと思った時、コウメイは心も身体も一気に弛緩して、もはや身を起こすことすら敵わなかった。

「ふにゃああ……」

 敵が去ったとはいえ、まだやらねばいけないことは残っている。しかし、もうコウメイはそれを果たせそうになかった。

 あのプリシティアが退いているくらいの情けない声を出しながら

「ちょっと、俺じゃ無理そうだから、プリティ頼むよ。勝利宣言だ」

「――は?」

 高らかに勝利宣言を行うことは、撤退する敵の士気を削ぎ、味方を更に勢いづけることに繋がる。それは勇者リアラ部隊を相手にしているリューイ部隊にも届くだろう。部隊を勝利に導いた指揮官が担うべき、仕上げのことだ。

 それを、コウメイはプリシティアへ託す。

「ま、今回の一番の縁の下の力持ちは嬢ちゃんだしな。適任だろ」

「追撃戦は私達が指揮を執りますから、声を上げるのは護衛騎士殿にお願いします」

「え? えええ?」

 いつの間にか近くまで寄ってきたジュリアス、ラディカルの両将軍に言われて、プリシティアは首をキョロキョロと挙動不審に回す。

「あう、う~……わー、大声出すの、あんまり得意じゃないっちが……」

 すっかり骨抜きになっているコウメイを、そのまま優しく地面に置くようにすると、プリシティアはもじもじとしながら、再度馬に乗る。

「――本当、プリティの恥ずかしがるポイントがよく分からんな……」

 元帥ともあろう人間が、情けなく地面に横たわったまま、ボーっと馬上に跨るプリシティアを見上げていた。明らかに不慣れな様子――コウメイも人の声は言えないが――で、得物の『紅蓮弓』を持った手を上に上げて、プリシティアが唾を飛ばしながら叫ぶ。

「わ、わー達の勝ちやがぁぁぁ! わーい、やったー! ばんざーい! 大騒ぎやがー!」

 聞いたこともないような勝鬨の声ーーしかも方言丸出しのそれに、コウメイは呆れ、ジュリアス達は噴き出していた。

 しかし、周りの龍牙騎士達は、元帥の代理が高らかに宣言した勝利に呼応して、大きく吼える。

 ウオオオオオという、地を揺らす程の声が響き渡る。これまで後退を強いられていたコウメイ部隊が息を吹き返したように、撤退するフェスティア部隊への追撃を始める。

「敵はあのフェスティアだ。無理して突出せず、足並みを揃えろ! 領地から追い出すだけでいい!」

 プリシティアの声に笑っていたジュリアスとラディカルも、改めて気を引き締めると、追撃戦へ移行していく。

 慌ただしく状況が変わっていく中、大任を終えたプリシティアは大きく深呼吸をしてから馬を降りて、まだ地面に横たわったままのコウメイの側に寄る。

「も~。わーも疲れてるっちよ、元帥さ」

「は、はは。すまん」

 戦闘が始まってからずっと、最前線で戦況を支え、コウメイの身を守り続けていたプリシティア。そんな彼女も心身共に限界なのは間違いない。

 しかしプリシティアは、慈愛に満ちた優しい微笑みをコウメイに向けて、頭を優しく撫でる。

「お疲れさまでした、コウメイさ」

 この日、第1王子派は第2王女派との戦いにおける戦いで、初めての勝利を収めたのだった。

    ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

「あ~あ~、負けちゃったかぁ」

 敗北をいち早く悟り、自らの部隊をまとめて後退を始めていたリアラ。前線からフェスティア部隊が追い付いてくるのに気づくと、残念そうに嘆息した。

 結局、兵糧含めて大半の物資を失ってしまった上に、それに巻き込まれて失った兵も無視出来る程ではない。

 当初の予定では、奪ったクラベール城塞都市を拠点として、次なる戦場のダリア領で決戦――そしてそのまま王都まで攻め上がるつもりだった。

 しかしこれで計画は大幅に狂うこととなった。物資や兵士など、ヘルベルト連合からの再支援を含めて、準備からやり直した。再侵攻を開始するにはかなりの時間を要することとなる。

 これまでの快進撃が全て帳消しになると言っても良い程の、圧倒的な大敗だった。

「さすがコウメイさん。グスタフと“同じ”だけはあるな。やっぱりフェスティアさんじゃ相手にならないのかなあ」

 慌ただしく撤退していく部隊の中、馬に乗る技術を有さないリアラは、1人のんびりと歩きながら道を進んでいた。

「でも、まさかリューイがあそこまで強くなってるなんて、正直予想外だったな。まあ、でも――」

 リアラは言う程に、今回の敗北について心を砕いている様子はなかった。むしろ、楽し気に微笑みながら、ぺろりと唇を舌で舐めていた。

「私も、もっとグスタフに強くしてもらおっと。それにフェスティアさんに責任取らせないといけないし……あ~、楽しみだなぁ。戻ったらリリライト様もいるし、久しぶりに……くすくす♪」

 そう言うリアラは、スカートの股間部が盛り上がっていた。

 そうして、狂気に染められた人類最強の勇者、新白薔薇騎士団団長リアラ=リンデブルグは戦場から去って行ったのだった。

    ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

「ジュリアス副長達が合流してくれた。我々の勝利だ」

 リアラ撃退の後、後方に下がって手当てを受けていたリューイの下にルエンハイムがやってくる。致命的な攻撃は受けてはいないものの、リューイの傷も決して軽いものでは無かった。顔や全身に包帯を巻いた痛々しい姿のリューイは、ルエンハイムに弱弱しい笑みを向けて答えた。

「ルエンハイムさん、すみませんでした。部隊のことは、結局貴方に任せきりになってしまいました」

「――いや」

 正直ルエンハイムは、実際に勇者を目の当たりにするまでは、事前の情報は話半分に聞いていた部分があったことは否定できない。しかし実際に勇者を前にした時、その圧倒的な実力と恐怖を前に、ルエンハイムは恐れおののいた。あの勇者の前に立ち塞がり、立ち向かえただけでも尊敬に値する程だったし、ましてやリューイは撃退までして見せたのだ。

 傷だらけになりながらも、あの勇者を撃退したリューイの評価を、ルエンハイムは改めていた。

「こちらこそ、すまない。君を……龍騎士を見くびっていたようだ」

 近くでリューイの戦いを見ていて、感服していた。

 それはリューイの外面的な強さではなく、勇者を前にしても心を挫かせない意志の強さに、だった。ルエンハイムはリューイとリアラの事情をよく知らない。それでも恋人を救おうとする、リューイの静かだが真っ直ぐな想いを感じ取った。だからこそ最後の最後にリューイを止めた。

 この騎士は、決してここで死んではいけない人間だ、と己の心が強く訴えかけてきたのだ。

「いえ。自分でも龍騎士なんて不相応だと思っています。ルエンハイムさんが正しいと思いますよ。今回だって、決して勝ったわけじゃない。見逃してもらったようなものです。このままじゃ、多分次は殺される」

 リューイは、よろよろとしながら立ち上がってそう言った。

「行きましょう。コウメイ元帥とジュリアス副長に報告しないといけません」

 その弱弱しい声は、彼が自分で言う通り、とても勝者のものだとは思えなかった。



 ここに、クラベール城塞都市決戦は幕を閉じたのだった。


【クラベール城塞都市決戦 結果】
○第1王子派(指揮官:コウメイ) VS ×第2王女派(指揮官:フェスティア)

〇第1王子派 (都市防衛成功・敵部隊撃退)
元帥 コウメイ=ショカツリョウ 作戦立案/指揮・軽傷
王下直轄騎士(龍騎士) リューイ=イルスガンド  勇者撃退・重傷
王下直轄騎士(護衛騎士代理) プリシティア=ハートリング  元帥護衛・軽傷
王下直轄騎士 レーディル  偵察任務・無傷
龍牙騎士(副団長) ジュリアス=ジャスティン  都市防衛・重傷
龍牙騎士(将軍) ラディカル=ホーマンリフト  都市防衛・重傷
龍牙騎士(ニーナ部隊隊長) ニーナ=シャンディ   兵糧強襲・無傷
龍牙騎士(龍騎士補佐) ルエンハイム=アウグストス  兵糧強襲・軽傷
龍牙騎士 デイ=シュラウム      偵察任務・軽傷

※他領地
龍牙騎士(ニーナ部隊隊長副官) ゴーガン   ノースポール領戦線維持・軽傷
龍牙騎士(ニーナ部隊隊長副官) アンリエッタ ノースポール領戦線維持・無傷


×第2王女派(都市占領失敗・全軍撤退)
軍師 フェスティア=マリーン  作戦立案/指揮・軽傷/撤退
新白薔薇騎士(団長) リアラ=リンデブルグ  兵糧防衛・無傷/撤退
新白薔薇騎士 クリスティア=レイオール  都市占領・重傷/捕縛
龍の爪(元奴隷) ゾーディアス  指揮官護衛・重傷/撤退
龍の爪(将軍) ルルマンド=ディランディ  都市占領・戦死
飛竜使い フェア  偵察任務・???

※他領地
龍の爪(部隊長) アウドレラ  ノースポール領攻撃部隊・撤退
龍の爪(将軍) オーエン=ブラッドリィ  城塞都市南門攻撃部隊・???
新白薔薇騎士  ミリアム=ティンカーズ  城塞都市南門攻撃部隊・???
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