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第2章『クラベール城塞都市決戦』編
第98話 クラベール城塞都市決戦(16)――龍騎士VS勇者
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聖アルマイト王国で騎士を志す際は、基本的には龍牙騎士か白薔薇騎士のどちらかを目指すことちなる。
ルートには様々なものがある。最も一般的な進路としては、13歳から一般教育機関、16歳から高等教育機関に通って卒業し、龍牙騎士団へ入団するものだ。白薔薇騎士を目指すならばーー女性限定だが--そこから更に専用の教育機関であるミュリヌス学園進学する。
龍牙騎士を目指していたリューイも白薔薇騎士を目指していたリアラも、その極一般的なルートを辿っており、高等教育からは同じ機関で学んでいた。
つまり、リューイとリアラが出会って恋に落ちたのは高等教育機関でのことだった。
高等教育では少数派である平民出のリューイは、貴族らしく英才教育を受けてきた上に元々才能もあるリアラには、実力で到底敵わなかった。
「えへへ。私の勝ち♪ 今日のデザートは何しよっかなぁ」
それは友人や恋人同士であればよく見られる、ごくあり触れた風景。騎士の教育機関に通う2人は手合わせの勝敗結果に、放課後に寄り道をする予定の菓子店でのデザートを賭けていたのだった。
「うう……くそ。全く勝てる気がしないんだよなぁ」
リアラに比べると平凡の域を出ないリューイ――それでも同じ平民出のグループの中では優秀な方の成績だったが――は、頭を抱えながら悔しそうに零した。
王都ユールディアの中央商業区は、夕方になりかかったその時間帯、多くの人が行き交っていた。リューイらと同じように帰り道につく学生や、夕食の買い出しに出ている主婦、見回りの警備兵、まだまだ遊び足りないと駆け回る子供達。
外国との戦争や内乱などの争いも発生しておらず、にぎやかで平和な日常の光景がそこにあった。
「――でも、リューイはすごいと思うよ。今まで、私にここまで必死になってくれる人なんていなかったもん」
そう返してきたリアラに、リューイは顔を向ける。
リアラの実力は同世代の中でも飛びぬけていた。その実力差ゆえに、早々に諦めたり負けを認める者が多いため、リアラは今まで本気で誰かと競い合うという経験を積む機会が少なかった。
これまでリアラが出会った人の中に、リューイ以上に実力があり才能に恵まれた者は数多いる。更に言うなら、鍛錬相手としても不足しているくらいリューイとの実力差は開いている。
でも、リューイはどんなに差があっても、それこそ馬鹿らしくなるくらいの差を感じていても、いつも全力でリアラと向き合ってくる。毎回リアラにフィードバックを求めてきて、少しでもリアラに追いついてこようと誠実に高みを目指している。
リアラはそれが嬉しかったし、リューイのそういったところに惹かれたのだ。
「えへへ」
そんなことを想いながら一人嬉しそうに微笑むリアラ。しかし当のリューイとしては、負けてばかりなので面白く無い。仏頂面になりながら
「俺だって彼氏の面子があるんだから、このまま負けてばかりなんて悔しいだろ。絶対にいつか1本取ってやるからな。見てろよ」
唇を尖らせて不満そうに言うリューイを見ると、リアラはより一層嬉しくなって、微笑みを満面の笑みに変えていく。
「――えいっ!」
「わっ。な、なんだよ」
「いいじゃない。昨日今日付き合い始めたばかりでもあるまいし♪」
リューイの真面目で真っ直ぐな想いが嬉しくなり、リアラは両手でリューイの手を握りながら、2人は並んで歩き始める。
大きくて暖かくて優しいリューイの手を、リアラもありったけの想いを込めて強く、そして包み込むように優しく握るのだった。
「私ね、時々不安になることもあるんだよ」
「……ん?」
ふとリアラが笑顔のまま、その表情とは対照的な不安そうな声でそう言ってくる。
リューイが褒めてくれるのは嬉しい。リューイ以外の、友達や家族に褒められるのも嬉しい。だから頑張れるという事実もある。
――でも、怖くなる時がある。
褒められて、結果を出せば出す程、自分の中に良くない感情が沸き上がるのが感じる。他者の誰もが弱く、愚かに見てくる時があるのだ。必死に努力しても、全く自分に及ばない他人を見下すことが愉悦に感じてしまうことがある。
おそらくそれは、驕りという、あまり良くない感情だ。貴族たるリンデブルグ家の息女が抱くに相応しくない、忌むべき感情。
そう思った時、リアラはいつも罪悪感に押しつぶされそうになる。自分だって同じ人間で、たまたま何かしらの才能がある――その時は自分も他人も知らなかったが、勇者の血を引いていたのだ――だけだ。他人を見下すことが出来る程、大層な人間ではないのに、そういった浅ましい思いにとらわれるのが嫌で嫌でたまらない。
「それって、人として当然だろ?」
しかしリューイは言葉通りにさも当然の如く、リアラの黒髪をポンポンと優しく撫でる。
「そうかな……?」
「俺だって子供の頃、絵が描けた時に母さんに自慢してたよ。あんな下手くそな絵を、胸を張って堂々とさ。『お母さんより上手く書けたよ』って。あの時は、世界で一案絵が上手いと本気で信じ込んで、宮廷画家になろうと思ってたんだぜ。それと似たようなもんだろ?」
「将来の夢は?」「お城で絵を描く人になる!」という母親との会話を思い出したリューイはくっくっくと笑う。そんな愛しい人の顔を見ていると、不安に囚われていたリアラも釣られるように笑い始める。
「何それー。いくつの時の話?」
「えーと、3歳くらいだったかな」
「ひどーい。私って3歳児レベル?」
わざと頬を膨らませて不満げに見せると、リューイは優しく笑いかけてきてくれる。
――やっぱり、リューイのことが大好きだ。
こんな汚い部分を見せても、リューイは決して嫌わない。誤魔化すでもなく、自分に完璧を求めてくるのでもなく、ありのままを優しく受け入れてくれる。
優秀過ぎるが故の孤独感を感じていたリアラにとっては、それが何よりも嬉しかった。
だからこそ――
「……お願いがあるの」
嫌われたくない。絶対に嫌われたくない。他の誰に嫌われようと、リューイには嫌われたくなかった。
リアラはリューイの手を握っている手をぎゅっと握りしめる。
「もしも間違えそうになった時、戻してほしいの。私が、周りが見えなくなって、どこかへ行ってしまいそうな時――」
自分で言っていると、段々と不安が強くなっていく。それが現実のものとなるのではないかと恐怖となってくる。
でもこの手に感じる、愛する人の感触が、体温が、それを和らいでくれる。
この手があれば、この人がいれば大丈夫。私はリューイと一緒なら歩んでいける。
そんな臆病で強い想いを込めて、リアラは更に強くリューイの手を握りしめる。ひょっとしたらリューイが痛がるくらいに強く。しかしリューイは手を引くことなどせずにしっかりと握り返してくる。
そんな恋人の力強い感触を感じながら
「手を伸ばして私を掴んで。そしてこの手を離さないでね」
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
熾烈な剣戟が、銀色の嵐となってリューイの身体を切り刻むべく振るわれる。その人類最強の剣を、リューイは龍牙真打でもって必死に受けていた。
(……これは)
リアラは視線をリューイから外すことなく、そして彼への攻撃の手を一切緩めることなく、胸の内で驚愕していた。いや驚愕というよりは感心といった方が近かった。
繰り出す剣を悉く受け止められたリアラは、一度リューイと距離を取るべく後ろへ飛ぶ。
間合いを確保した両者は、お互いに剣を握りなおして基本の構えへと戻る。
龍騎士の剣『龍牙真打』を構えるリューイに、一切の隙は無い。洗練され研ぎ澄まされた構えである。とても入団して1年2年の新人騎士のレベルではない。
「すごいね。この短い時間で、ここまで……!」
リアラが最後にリューイと剣を交えたのは第2防衛線で、撤退するリューイを追撃する形での戦いの時だ。あの時はまともに剣を打ち交わすことすら出来なかったのに、今は繰り出す剣戟を受けられている。
驚くべき程の成長の速さ。この短期間で、ただの凡人が勇者とまともに剣を打ち合えるようになるために、一体どれだけの努力を積み重ねたのだろうか。
「ふふ」
リューイを賞賛するリアラの顔は、自然と緩んでにやけていた。
「でも、残念だけど今はリューイの遊び相手になってあげている余裕はないんだよね」
いくら強くなる速度が驚異的だとしても、所詮は凡人。そこまでである。
剣を交わしたリアラの感触では、今のリューイの実力はせいぜい龍牙騎士の将軍程度。まだまだジュリアスにも劣るくらいだ。
理由は未だに不可解ながら勇者特性の影響は受けていないものの、それを抜きにした実力でも到底リアラには及ばない。
このリューイの不思議な特性――勇者特性を受け付けない――を有しているのが、せめてカリオスかディードくらいの人間であれば、ほんの一握りくらいリアラを撃破する可能性は無くもなかったもしれない。
やはり龍騎士リューイでは、勇者リアラに遠く及ばない。その事実は変わらない。
リューイ部隊後方からは、リアラ部隊が守る兵糧区画へと、今も変わらず断続的に火球が降り注ぎ轟音を轟かせている。リアラは、無駄にここで時間を取られるわけにはいかない。
「ちょっと今は、その凄さがイラつくな。大好きだから……そこをどいてっ!」
地面を蹴って、再びリューイに迫るリアラ。
先ほど以上の剣戟の嵐を繰り出すが、それでもリューイは対応してくる。防御に徹するリューイは、リアラの鋭く速い刃の動きに少し遅れつつも必死に食らいついてくるのだった。
「はぁ、はぁっ……!」
息が弾み、汗を垂れ流すリューイを見れば、どちらが劣勢かは見て明らかだ。
しかし――
(攻め切れない……?)
勇者特性が効かないリューイは本来の実力が出せている。そしてその実力の程は、今しがたリアラが評した通りだ。
おそらくは、地道に基礎訓練を重ね続けてきたのだろう。リアラの攻撃を必死に防ぐリューイの剣は、腕力だとか感の良さといった天性の才能のようなものは感じられない。
鍛錬に次ぐ鍛錬。努力を積み重ねて身に付けた剣技という堅実さしか感じない。
基礎がしっかりと積み上がっているため、リアラが正攻法だろうが、トリッキーな動きだろうが、どんな剣を繰り出しても、危なげなく対応してくるのだ。
とはいっても、やはり元々の才能や身体能力が違い過ぎる。このまま続ければ、程なくしてリューイはリアラの前に倒れるだろう。今も既に、受け切れない剣戟がリューイの身体を傷付け始めている。
「ぐ……でも、これじゃあ……!」
今も後方の魔術部隊からの火球は降り注ぎ続いている。後ろからの轟音が鼓膜に届く程に、リアラも焦燥に駆られていく。
基礎を積み重ねたリューイに明確な隙は無い。こちらがどれだけ猛烈な攻撃を仕掛けても、この基本の型がしっかり身についているリューイを倒すには少なからず時間がかかるだろう。
ーーならば、隙を作る。
リューイが防御に徹しているのは、こちらが相手に攻撃する余裕すら与えないくらいに攻めているからだ。
今のリューイなら、こちらが致命的な隙を見せればそれを見逃さないだろう。そして防戦一方を強いられているリューイからすれば、その隙は正に千載一遇の機会だ。
あえて隙を見えてリューイの攻撃を誘い込むことで、その厄介な防御を崩す。
「――ってぇい!」
リアラがやや大振りに剣を振る。リューイは自身に振り下ろされた剣を龍牙真打でもって打ち払う。その打撃点とタイミングがこれ以上なく絶妙にハマり、リアラの手が大きく打ち払われて、大きな隙が作りだされる。
それは勿論リアラが意図して作った隙だ。剣を持った逆、小盾を腕にくくりつけている左手には既に魔力の刃を形成している。リューイがこのまま攻撃に転じてくれば、その腕を魔力の刃で斬って捨てる!
リアラの致命的な隙を前に、リューイが歯を噛みしめる。そしてそのままダン!と地面を大きく蹴る。
(もらった!)
胸中で勝利を確信するリアラは、距離を詰めてこようとするリューイに合わせて左手の刃を振るう。
――しかし、その刃は空を斬った。
リューイはリアラが作った隙を前にして、突っ込んでくるのではなく、後ろに退いて距離を取ったのだ。
そしてリューイが構える。その方は剣の腹を敵に見せる、防御の構え。
「読まれた? ううん、違う」
リアラは眼を細めて後退したリューイを見る。
「……」
離れた場所で、黙ったまま防御の構えを取るリューイを見て、リアラはようやく彼の意図を察するのだった。
「意地でも時間稼ぎに徹するってことね」
明後日の方向へ断続的に撃ち込まれる火球群だったが、いよいよその着地地点は兵糧区画へと届き始めていた。
ルートには様々なものがある。最も一般的な進路としては、13歳から一般教育機関、16歳から高等教育機関に通って卒業し、龍牙騎士団へ入団するものだ。白薔薇騎士を目指すならばーー女性限定だが--そこから更に専用の教育機関であるミュリヌス学園進学する。
龍牙騎士を目指していたリューイも白薔薇騎士を目指していたリアラも、その極一般的なルートを辿っており、高等教育からは同じ機関で学んでいた。
つまり、リューイとリアラが出会って恋に落ちたのは高等教育機関でのことだった。
高等教育では少数派である平民出のリューイは、貴族らしく英才教育を受けてきた上に元々才能もあるリアラには、実力で到底敵わなかった。
「えへへ。私の勝ち♪ 今日のデザートは何しよっかなぁ」
それは友人や恋人同士であればよく見られる、ごくあり触れた風景。騎士の教育機関に通う2人は手合わせの勝敗結果に、放課後に寄り道をする予定の菓子店でのデザートを賭けていたのだった。
「うう……くそ。全く勝てる気がしないんだよなぁ」
リアラに比べると平凡の域を出ないリューイ――それでも同じ平民出のグループの中では優秀な方の成績だったが――は、頭を抱えながら悔しそうに零した。
王都ユールディアの中央商業区は、夕方になりかかったその時間帯、多くの人が行き交っていた。リューイらと同じように帰り道につく学生や、夕食の買い出しに出ている主婦、見回りの警備兵、まだまだ遊び足りないと駆け回る子供達。
外国との戦争や内乱などの争いも発生しておらず、にぎやかで平和な日常の光景がそこにあった。
「――でも、リューイはすごいと思うよ。今まで、私にここまで必死になってくれる人なんていなかったもん」
そう返してきたリアラに、リューイは顔を向ける。
リアラの実力は同世代の中でも飛びぬけていた。その実力差ゆえに、早々に諦めたり負けを認める者が多いため、リアラは今まで本気で誰かと競い合うという経験を積む機会が少なかった。
これまでリアラが出会った人の中に、リューイ以上に実力があり才能に恵まれた者は数多いる。更に言うなら、鍛錬相手としても不足しているくらいリューイとの実力差は開いている。
でも、リューイはどんなに差があっても、それこそ馬鹿らしくなるくらいの差を感じていても、いつも全力でリアラと向き合ってくる。毎回リアラにフィードバックを求めてきて、少しでもリアラに追いついてこようと誠実に高みを目指している。
リアラはそれが嬉しかったし、リューイのそういったところに惹かれたのだ。
「えへへ」
そんなことを想いながら一人嬉しそうに微笑むリアラ。しかし当のリューイとしては、負けてばかりなので面白く無い。仏頂面になりながら
「俺だって彼氏の面子があるんだから、このまま負けてばかりなんて悔しいだろ。絶対にいつか1本取ってやるからな。見てろよ」
唇を尖らせて不満そうに言うリューイを見ると、リアラはより一層嬉しくなって、微笑みを満面の笑みに変えていく。
「――えいっ!」
「わっ。な、なんだよ」
「いいじゃない。昨日今日付き合い始めたばかりでもあるまいし♪」
リューイの真面目で真っ直ぐな想いが嬉しくなり、リアラは両手でリューイの手を握りながら、2人は並んで歩き始める。
大きくて暖かくて優しいリューイの手を、リアラもありったけの想いを込めて強く、そして包み込むように優しく握るのだった。
「私ね、時々不安になることもあるんだよ」
「……ん?」
ふとリアラが笑顔のまま、その表情とは対照的な不安そうな声でそう言ってくる。
リューイが褒めてくれるのは嬉しい。リューイ以外の、友達や家族に褒められるのも嬉しい。だから頑張れるという事実もある。
――でも、怖くなる時がある。
褒められて、結果を出せば出す程、自分の中に良くない感情が沸き上がるのが感じる。他者の誰もが弱く、愚かに見てくる時があるのだ。必死に努力しても、全く自分に及ばない他人を見下すことが愉悦に感じてしまうことがある。
おそらくそれは、驕りという、あまり良くない感情だ。貴族たるリンデブルグ家の息女が抱くに相応しくない、忌むべき感情。
そう思った時、リアラはいつも罪悪感に押しつぶされそうになる。自分だって同じ人間で、たまたま何かしらの才能がある――その時は自分も他人も知らなかったが、勇者の血を引いていたのだ――だけだ。他人を見下すことが出来る程、大層な人間ではないのに、そういった浅ましい思いにとらわれるのが嫌で嫌でたまらない。
「それって、人として当然だろ?」
しかしリューイは言葉通りにさも当然の如く、リアラの黒髪をポンポンと優しく撫でる。
「そうかな……?」
「俺だって子供の頃、絵が描けた時に母さんに自慢してたよ。あんな下手くそな絵を、胸を張って堂々とさ。『お母さんより上手く書けたよ』って。あの時は、世界で一案絵が上手いと本気で信じ込んで、宮廷画家になろうと思ってたんだぜ。それと似たようなもんだろ?」
「将来の夢は?」「お城で絵を描く人になる!」という母親との会話を思い出したリューイはくっくっくと笑う。そんな愛しい人の顔を見ていると、不安に囚われていたリアラも釣られるように笑い始める。
「何それー。いくつの時の話?」
「えーと、3歳くらいだったかな」
「ひどーい。私って3歳児レベル?」
わざと頬を膨らませて不満げに見せると、リューイは優しく笑いかけてきてくれる。
――やっぱり、リューイのことが大好きだ。
こんな汚い部分を見せても、リューイは決して嫌わない。誤魔化すでもなく、自分に完璧を求めてくるのでもなく、ありのままを優しく受け入れてくれる。
優秀過ぎるが故の孤独感を感じていたリアラにとっては、それが何よりも嬉しかった。
だからこそ――
「……お願いがあるの」
嫌われたくない。絶対に嫌われたくない。他の誰に嫌われようと、リューイには嫌われたくなかった。
リアラはリューイの手を握っている手をぎゅっと握りしめる。
「もしも間違えそうになった時、戻してほしいの。私が、周りが見えなくなって、どこかへ行ってしまいそうな時――」
自分で言っていると、段々と不安が強くなっていく。それが現実のものとなるのではないかと恐怖となってくる。
でもこの手に感じる、愛する人の感触が、体温が、それを和らいでくれる。
この手があれば、この人がいれば大丈夫。私はリューイと一緒なら歩んでいける。
そんな臆病で強い想いを込めて、リアラは更に強くリューイの手を握りしめる。ひょっとしたらリューイが痛がるくらいに強く。しかしリューイは手を引くことなどせずにしっかりと握り返してくる。
そんな恋人の力強い感触を感じながら
「手を伸ばして私を掴んで。そしてこの手を離さないでね」
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熾烈な剣戟が、銀色の嵐となってリューイの身体を切り刻むべく振るわれる。その人類最強の剣を、リューイは龍牙真打でもって必死に受けていた。
(……これは)
リアラは視線をリューイから外すことなく、そして彼への攻撃の手を一切緩めることなく、胸の内で驚愕していた。いや驚愕というよりは感心といった方が近かった。
繰り出す剣を悉く受け止められたリアラは、一度リューイと距離を取るべく後ろへ飛ぶ。
間合いを確保した両者は、お互いに剣を握りなおして基本の構えへと戻る。
龍騎士の剣『龍牙真打』を構えるリューイに、一切の隙は無い。洗練され研ぎ澄まされた構えである。とても入団して1年2年の新人騎士のレベルではない。
「すごいね。この短い時間で、ここまで……!」
リアラが最後にリューイと剣を交えたのは第2防衛線で、撤退するリューイを追撃する形での戦いの時だ。あの時はまともに剣を打ち交わすことすら出来なかったのに、今は繰り出す剣戟を受けられている。
驚くべき程の成長の速さ。この短期間で、ただの凡人が勇者とまともに剣を打ち合えるようになるために、一体どれだけの努力を積み重ねたのだろうか。
「ふふ」
リューイを賞賛するリアラの顔は、自然と緩んでにやけていた。
「でも、残念だけど今はリューイの遊び相手になってあげている余裕はないんだよね」
いくら強くなる速度が驚異的だとしても、所詮は凡人。そこまでである。
剣を交わしたリアラの感触では、今のリューイの実力はせいぜい龍牙騎士の将軍程度。まだまだジュリアスにも劣るくらいだ。
理由は未だに不可解ながら勇者特性の影響は受けていないものの、それを抜きにした実力でも到底リアラには及ばない。
このリューイの不思議な特性――勇者特性を受け付けない――を有しているのが、せめてカリオスかディードくらいの人間であれば、ほんの一握りくらいリアラを撃破する可能性は無くもなかったもしれない。
やはり龍騎士リューイでは、勇者リアラに遠く及ばない。その事実は変わらない。
リューイ部隊後方からは、リアラ部隊が守る兵糧区画へと、今も変わらず断続的に火球が降り注ぎ轟音を轟かせている。リアラは、無駄にここで時間を取られるわけにはいかない。
「ちょっと今は、その凄さがイラつくな。大好きだから……そこをどいてっ!」
地面を蹴って、再びリューイに迫るリアラ。
先ほど以上の剣戟の嵐を繰り出すが、それでもリューイは対応してくる。防御に徹するリューイは、リアラの鋭く速い刃の動きに少し遅れつつも必死に食らいついてくるのだった。
「はぁ、はぁっ……!」
息が弾み、汗を垂れ流すリューイを見れば、どちらが劣勢かは見て明らかだ。
しかし――
(攻め切れない……?)
勇者特性が効かないリューイは本来の実力が出せている。そしてその実力の程は、今しがたリアラが評した通りだ。
おそらくは、地道に基礎訓練を重ね続けてきたのだろう。リアラの攻撃を必死に防ぐリューイの剣は、腕力だとか感の良さといった天性の才能のようなものは感じられない。
鍛錬に次ぐ鍛錬。努力を積み重ねて身に付けた剣技という堅実さしか感じない。
基礎がしっかりと積み上がっているため、リアラが正攻法だろうが、トリッキーな動きだろうが、どんな剣を繰り出しても、危なげなく対応してくるのだ。
とはいっても、やはり元々の才能や身体能力が違い過ぎる。このまま続ければ、程なくしてリューイはリアラの前に倒れるだろう。今も既に、受け切れない剣戟がリューイの身体を傷付け始めている。
「ぐ……でも、これじゃあ……!」
今も後方の魔術部隊からの火球は降り注ぎ続いている。後ろからの轟音が鼓膜に届く程に、リアラも焦燥に駆られていく。
基礎を積み重ねたリューイに明確な隙は無い。こちらがどれだけ猛烈な攻撃を仕掛けても、この基本の型がしっかり身についているリューイを倒すには少なからず時間がかかるだろう。
ーーならば、隙を作る。
リューイが防御に徹しているのは、こちらが相手に攻撃する余裕すら与えないくらいに攻めているからだ。
今のリューイなら、こちらが致命的な隙を見せればそれを見逃さないだろう。そして防戦一方を強いられているリューイからすれば、その隙は正に千載一遇の機会だ。
あえて隙を見えてリューイの攻撃を誘い込むことで、その厄介な防御を崩す。
「――ってぇい!」
リアラがやや大振りに剣を振る。リューイは自身に振り下ろされた剣を龍牙真打でもって打ち払う。その打撃点とタイミングがこれ以上なく絶妙にハマり、リアラの手が大きく打ち払われて、大きな隙が作りだされる。
それは勿論リアラが意図して作った隙だ。剣を持った逆、小盾を腕にくくりつけている左手には既に魔力の刃を形成している。リューイがこのまま攻撃に転じてくれば、その腕を魔力の刃で斬って捨てる!
リアラの致命的な隙を前に、リューイが歯を噛みしめる。そしてそのままダン!と地面を大きく蹴る。
(もらった!)
胸中で勝利を確信するリアラは、距離を詰めてこようとするリューイに合わせて左手の刃を振るう。
――しかし、その刃は空を斬った。
リューイはリアラが作った隙を前にして、突っ込んでくるのではなく、後ろに退いて距離を取ったのだ。
そしてリューイが構える。その方は剣の腹を敵に見せる、防御の構え。
「読まれた? ううん、違う」
リアラは眼を細めて後退したリューイを見る。
「……」
離れた場所で、黙ったまま防御の構えを取るリューイを見て、リアラはようやく彼の意図を察するのだった。
「意地でも時間稼ぎに徹するってことね」
明後日の方向へ断続的に撃ち込まれる火球群だったが、いよいよその着地地点は兵糧区画へと届き始めていた。
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