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第2章『クラベール城塞都市決戦』編

第97話 クラベール城塞都市決戦(15)――勇者への挑戦

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 聖アルマイト国内東方に位置するダイグロフ領。

 領主マグナ=ダイグロフは占領した旧ネルグリア帝国領の統治のため不在である。ダイグロフ邸でその留守を預かっている侍女の1人であるリーファは、廊下の掃除をしながら大きくため息を吐いていた。

「どうしたの、リーファ?」

 そんな彼女に侍女仲間が心配そうに声を掛けてくると、リーファは不安そうな表情を向けながら

「リリライト王女様の叛乱で、王都や西の方は大変みたいでしょう? ……あの人、大丈夫かなぁって」

「ああ。前にここ来た新人龍牙騎士さん? リーファがちょっかいかけても、彼女さんを選んだ人でしょう?」

「う、うう。闇歴史だよぉ。思い出させないで」

 がっくりと肩を落としながら、かつての記憶が思い起こされる。

 まだ龍牙騎士団に入団したばかりだったリューイ=イルスガンドが、ここダイグロフ領で任務に就いていたのはもう1年以上も前だ。その真面目で優しい性格に惹かれたリーファは色仕掛けを仕掛けたのだが、結局当の本人はなびかなかった。

 しかし、そんなリューイの真摯な態度は、リーファにとっては余計に魅力的だったのだ。相手がいるとは分かりつつも、その後もずっと何かとリューイのことを気にするようになっていた。

「でも、信じらんないよねぇ。今は龍騎士様なんでしょう、彼? すごいよね」

「ん……うん、そうだね」

 同僚はリーファの暗い気持ちを案じて、慰めるつもりだったのかもしれない。

 確かに自分が見込んだ男が聖アルマイト最高の騎士になっているなど、別に恋人というわけではないのだが、何か嬉しく感じるのは確かだ。

 しかし、リーファはそのことを聞くと不安を禁じ得ない。

 今西方で繰り広げられている反乱は、これまでにないくらいに苦しい状況だという。真偽は定かではないが、かつて魔王を滅ぼした伝説の存在である勇者が敵側にいるという噂すら出回っている。そんな危険な中、龍騎士という立場に立たされたリューイの身が心配でならないのだ。

 勇者の存在が噂にしろ真実にしろ、少なくとも聖アルマイトの平和を揺るがす程の敵と戦わされるのではないか。

「嫌な予感がするよ」

 近くにいないから、顔が見えないから、声が聞けないから。考えているだけだと、どうしても悪い方向ばかりに思考が働いてしまう。

「まあまあ、大丈夫でしょ。王都にはルエール様やディード様、それにカリオス王子もラミア王女もいらっしゃるし、聖アルマイトが負けるはずないじゃない。それに、リーファの予感なんていつも外れるじゃない」

「そうだけど……」

 せっかく同僚が励ましてくれているが、リーファの胸中に漂う暗雲は晴れることは無かった。

 元奴隷だった過去が影響しているのか、物事を悪い方へ考えることが多い。周りからもいつも心配性だと言われる。

 しかし、今回は何かが違う。いつもと違う胸騒ぎが収まらないのだ。

(お願い、神様。リューイさんを守って下さい。別に私を好きにならなくてもいい。それでも私、またリューイさんと会いたいです。あの人が笑う顔を、もう1度見たい)

    ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

 クラベール城塞都市を巡る決戦ーー

 当初は新白薔薇騎士の力で圧倒していた第2王女派側も、城塞都市内への誘因、情報操作、他領地の軍勢を引き入れてくるなどの、コウメイによる様々な策により戦況を五分以上にまで戻していた。

 無敵の勇者リアラを有する第2王女派を、クラベール領から退けるための最後の戦いである兵糧強襲戦。そこを守るのは、その無敵の勇者リアラ=リンデブルグである。そして満を持してそこへ攻撃を仕掛けるのは。

「撃てー! 撃て、撃て、撃てー! 修正はこっちでやるから、とにかく数を撃ちなさい!」

 ノースポール領から下ってきたニーナ率いる魔術部隊である。ノースポール領に配置していた半分以上の魔術部隊を引き連れてきたニーナは、珍しく声を荒げていた。

 本大陸における戦争は、剣や槍を持った兵士同士をぶつけ合うやり方がほとんどである。その中で魔術部隊というのは、南方のファヌス魔法大国以外では稀有な存在であり、その戦術も大きく異なる。

 特に魔術部隊を指揮する者は、指揮能力や個人の魔力だけが優秀なのでは務まらない。部隊の魔術師達が放つ魔術を統合・調整するための、極めて特殊で難易度の高い技術を必要とされる。バラバラな個々の魔術をまとめ上げることで、初めて戦場で効果を発揮する戦術魔術が実現するのだ。

 それこそが戦術級魔術師であり、多くの人材が集う龍牙騎士団の中でもニーナ1人だけである理由である。

 魔術を練って発動する時間があるため”絶え間なく”とはまではいかないが、それでもニーナ部隊からは1つまた1つと火球が放たれていく。

 最初は明後日の方向へ火球群は飛んでいたが、ニーナがそれを兵糧が置いてある区画へと徐々に修正していく。次第に火球は敵兵糧庫へ届くようになっており、精度が上がっている。

 ニーナは部隊中央で指揮と併行しながら懸命に部隊の全魔力を調整するのに全精力を注いでいた。正に戦術級魔術師の面目躍如である。

「よし。このままならいける……っ!」

 城塞都市へ攻撃を仕掛けている敵本隊が戻ってくる様子はない。コウメイの狙い通り、両翼へ展開させていた伏兵部隊が敵の包囲に成功したのだろう。このまま時間さえあれば、問題なく兵糧は焼き払える。

 残る問題は

「頼むわよ、龍騎士! 全部、あんたにかかってるんだからね」

□■□■

 第2王女派の最強戦力である勇者リアラと相対するの第1王子派の戦力はリューイ部隊。今作戦における最重要任務、敵兵糧の強襲を担う部隊である。

 部隊名は龍騎士リューイの名を取られているが、指揮を執るのは主力である魔術師部隊を統率するニーナと、それを守る前衛部隊を担当する龍牙騎士ルエンハイム=アウグストスという騎士だった。彼は王都からの増援部隊として派遣されてきたうちの1人である。

「あれが、勇者……?」

 既にリューイ部隊は、魔術による奇襲を受けてから迅速に出撃してきたリアラ部隊と激突していた。

 激突後、瞬く間に乱戦状態となった戦場の中、ルエンハイムは遠巻きにしてリアラとリューイが対峙しているのを目にしている。

 勇者の力は、戦場に立つ者全てに恐怖と絶望を与えて無力化することだとコウメイから聞いていた。

 俄かには信じられない能力だったが、ラディカルやジュリアスが悉く敗退し、更に遡れば叛乱勃発前にはあの王国最強の騎士ディードですら敗れたという話だ。それを聞けば、ルエンハイムも半信半疑ながらも信じざるを得なかった。

 最悪の場合、勇者と出会った時点で部隊は壊滅して全滅する可能性もある。その覚悟を求められるのと同時、コウメイから言われたのはーー

『リューイであれば、その勇者特性と対峙出来るかもしれない』

 先の第2防衛戦では、ジュリアスを始めとして誰もが勇者に立ち向かうことすら出来なかった中、あのリューイという新人騎士だけはまともに剣を合わせていたという。その事実が、コウメイの根拠だった。

「龍騎士の称号を授かるだけの“何か”はある、ということか」

 リューイがリアラの気を引いているおかげか、今ルエンハイムは恐怖に囚われて動けないということはない。いつも通り龍牙騎士として剣を振るい、敵である新白薔薇騎士達と普通に戦えている。周りを見ていても、龍牙騎士達は決死の覚悟で新白薔薇騎士達と交戦出来ており、勇者特性が蔓延しているとは思えない。

 しかしーー

「う、ぐっ……おおおっ!」

 リアラ以外の新白薔薇騎士らが強い。単純に力負けしている。

 今もルエンハイムは新白薔薇騎士と剣を打ち合っているが、明らかに分が悪い。速度も強さも、相手が1つ上である。

「これが、本当に白薔薇騎士なのかっ!」

 話には聞いていたが、この戦いで初めて新白薔薇騎士と戦うルエンハイムは、想定以上の彼女らの強さに驚愕を隠せない。

 龍牙騎士の中で突出した才能や実力があるわけではないものの、自分はあのミリアムの直弟子として指導を受けていたという自負がある。彼女にはまるで敵わなかったが、それでも少しでも追いつくために必死に鍛錬を重ねてきた。それに伴う実力はある、それくらいの自信は持っている。

 それなのに、ルエンハイムの攻撃がまるで通じない。

「くそっ……このっ!」

 贔屓目に見て実力拮抗。客観的に見ればルエンハイムが押されている。このままではいずれルエンハイムの体力は尽きて敗北するだろう。

 が、その時が来る前に、別の龍牙騎士が参戦。ルエンハイムを援護する形で戦いに割って入ってくると、2人がかりでようやくその新白薔薇騎士を斬り伏せたのだ。

「大丈夫か、ルエンハイム」

「あ、ああ。助かった……はぁ、はぁ……それにしても……」

 汗だくになりながら周囲を見渡すルエンハイム。

 新白薔薇騎士らに劣勢を強いられているのはルエンハイムだけではない。部隊全体が劣勢にあるようだ。

 敵は勇者本人を配置しているため、数自体は少ないようだ。そのため数的有利はこちらにありそうだが、しかしそれでも長くは保ちそうもない。このままでは容易に突破を許してしまうだろう。

(ただ、敵部隊を撃破することが目的ではない)

 自分達の後ろから断続的に飛んでいく火球群。それは敵陣地へと放り込まれるように飛んでいき、爆音を鳴り響かせながら敵陣地を攻撃していく。

 この攻撃で敵の物資を吹き飛ばせれば、それ以上戦って消耗することは敵にとっても無意味だ。普通の指揮官であれば、そんな事態となれば撤退するだろう。

 ルエンハイムの任務は、数的有利を持ってこの戦線を1秒でも長く支えることだ。魔術部隊による魔術攻撃を少しでも長く続けさせること。

「コウメイ元帥からの指示通り、集団行動を遵守するようにしよう。1人には必ず3人以上で当たるように。これは本隊でも徹底されてることだしな」

 ルエンハイムがそう言うと、それを聞いた龍牙騎士はうなずく。

 この戦法であれば、新白薔薇騎士達を撃破することは出来なくとも、時間を稼ぐことは出来るはずだ。その間で戦術目標を達成してみせる。

 しかし、それも勇者特性が発動すれば、瞬く間に部隊は総崩れとなるだろう。

 いずれにせよ、リューイが勇者リアラを制すること、これが必須条件となる。

「――頼むぞ、龍騎士。俺はここで死ぬわけにはいかないんだ。ミリアム先輩を必ず見つけ出す……! だから、全てお前に託すぞ」

□■□■

 リューイ部隊の魔術攻撃による奇襲を受けた直後――リアラ部隊の陣地内。

「敵は多くない。隊列は気にしなくてもいいから、とにかく速度で敵を攪乱します。後方の魔術部隊さえ崩せばこちらの勝利です」

 不意の魔術攻撃を受けても、リアラの対応は極めて迅速且つ的確だった。

 兵糧を保管している区画へ、流れ弾のように1つ2つの火球が放り込まれることはあるものの、正確にいくつもの火球が飛んでくるということは、今のところはない。

 とはいえ、明後日の方向に飛んでいる火球群の行く先は着実に目標地点に近づいてきており、精度は時間と共に高まっている。あまりゆっくりしている暇はなさそうだ。

 リアラは早急に部隊を組み立てて、その火球の発射元へ向けて進撃を開始。兵糧に甚大な被害が出る前に、魔術部隊を壊滅させるべく動き始める。

「敵部隊です、団長!」

 リアラの指示通り、隊列という型にこだわらず突き進んでいくと、とにかく速い者が先行する錐状に尖った陣形となる。そのまま突っ込んでいくリアラ部隊は、その尖端で遂に龍牙騎士の部隊を補足した。
 
 しかしその部隊は、魔術部隊ではなくそれを防衛する前衛部隊だ。

「まあ、当然よね」

 魔術師を擁している部隊には、後方を守る前衛部隊が必ず配置されている。魔術部隊の攻撃を支えるのはこの前衛部隊であり、この防御力如何がその魔術部隊の戦力を示していると言っても良い。

 リアラとしては、どれだけ時間を掛けずにここを突破出来るかどうかが、目的達成の分水嶺だ。

 勿論、負ける可能性など微塵にも考慮していない。リアラの頭にあるのは如何に効率よく素早く敵部隊を滅するか、だけだ。

「ここを通すなっ! 何としても死守しろぉぉっ!」

 敵方の隊長格が吼えると、立ちふさがる龍牙騎士達が構えを取る。そしてリアラ率いる新白薔薇騎士の部隊はそこに突っ込むようにして、遂に両軍は激突する。

(無駄、無駄♪)

 リアラは嗤う。そして同時に、その瞳に妖しい赤い光を宿すと共に発動する。

 絶望を伝染させて、全ての凡人を無力に帰す勇者特性を。

「リアラぁぁぁぁぁっ!」

「――っ!」

 先陣を切るリアラの横から、暴風のように投げつけられる言葉。それと一緒に押し寄せてくるのは、一閃の緑色の刃。

 リアラは反射的に持っていた騎士剣でその一撃を受け止める。

 ズシリと重い一撃と共に、金属同士が打ち合う金属音が鳴り響く。

「やっと、ここまで……!」

 相手は、打ち合った剣をそのままにジリジリと力で押してくる。その押される力に逆らうように、リアラも力を込めて押し返すと、両者の力が均衡する。

 緑色の淡い光を放ち幻想的な雰囲気を持つ剣――龍騎士が持つ剣『龍牙真打』――その奥からこちらを見据えてくる真っ直ぐな瞳は、よく知っている。知り過ぎている瞳だ。

「――会いたかったよ、リューイ♪」

 魔術部隊の強襲に少なからず焦っていたリアラは、かつての恋人と視線を合わせると笑みを浮かべる。

 その笑みに込められた感情は何なのか――

 今、絶望にして最悪の挑戦が始まる。

 龍騎士リューイ=イルスガンドは絶対に敵うはずがない勇者リアラ=リンデブルグへと挑むのだった。
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