【R-18】龍の騎士と龍を統べる王

白金犬

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第2章『クラベール城塞都市決戦』編

題88話 クリスティア=レイオール(後編)

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 先に大きな変化を見せたのはジュリアスの方だった。

 生まれた境遇に屈せずに、ひたむきにがむしゃらに頑張るクリスティアの姿を見て、自分の弱さに向き合い、本当に強くなる意味を求めるようになったジュリアスは、天才ミリアムに真剣勝負を挑んだ。

 結果は、奇跡の勝利など有り得るはずもなく、順当にジュリアスの完敗だった。

「負けた……負けました。全力で挑んだのに、手も足も出ませんでした……私は……」

 軽くはない怪我を負ったジュリアスを見舞い来たクリスティアの前で、ジュリアスは涙を流した。

 いつもの柔らかで気品あふれる空気などかなぐり捨てて、同年代の天才に負けたことがただただ悔しい。そんな生の感情を剥き出しにして、クリスティアの前て泣き続けた。

 それは、ようやくジュリアスが己の弱さを克服した瞬間でもあった。

「私は……強くなりたい」

 それには確かな意志の強さが込められていた。

 丁寧な言葉や口調で飾ることのない言葉。家名も立場も関係ない、ジュリアスという1人の人間として、男としての生の感情がその短い言葉の中に全て込められていたのだ。

 強くありたい。強くあろうとする姿。

 それは、まさしく自分自身の姿だった。

 それをクリスティアは、初めて他人という立場か客観的に目にすることが出来た。

 そうすることで、クリスティアはその崇高な意志はとても誇らしくて美しいものだということが分かったのだった。

「きっと、大丈夫よ」

 クリスティアは根拠もなく確信した。

 こんなにも優しくて誠実な人間が強くないはずがない。例え今は強くなくても、これから強くなれないはずがない。或いはこんなにも懸命に頑張っている人間は必ず報われて欲しい。そんな願望もあったかもしれない。

「貴方なら、きっと強くなれるわ」

 だからクリスティアはありったけの想いを込めて、微笑みながらそう言った。


 これまで、ひたすら自分が強くなることしか、自分のことが世界の全てだったクリスティア。そんなクリスティアは高等教育機関へ進んでからも、その世界が広がることは無かった。

 そんなクリスティアの世界を広げたのは、彼女と同じく必死にもがいていたジュリアスだった。

    ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

「嘘、でしょ……?」

 現役龍牙騎士団との交流行事である模擬部隊戦。実際の戦場を想定し、現役騎士と学生がそれぞれ部隊を率いて陣地を奪い合う年に一度の恒例行事である模擬戦ーーその勝敗が決した時、クリスティアは驚愕のため息を漏らした。

 現役騎士側の指揮官は『堅鱗』クルーズ。学生側の指揮官はジュリアス。

 そしてクリスティア自身も学生部隊の1人として参加していたのだが、ジュリアスの指揮に沿って動いた結果、彼女が所属していたチームが最終的に現役騎士側の本陣を占領したのだった。

 学生側の勝利という異例の快挙だった。

「すごいわ、ジュリアス」

 この偉業は間違いなくジュリアスによる功績である。しかしクリスティアはまるで自分のことのように嬉しくなって、占領した陣地内で1人笑顔を浮かべるのだった。

 この出来事を皮切りに、「ミリアム世代」という言葉が生まれ始めて、その筆頭としてミリアムとランディ、そこにジュリアスの名が加わることとなった。

 クリスティアは、こういう戦い方も、こういう強さもあるのだと知った。

 愚直と言えば聞こえはいいかもしれないが、クリスティアはただただ自己の剣の腕を磨くことが強さだと、それしか考えられなかった。そればかりに一生懸命になっていた。

 しかし、当然のことながら強さにも色々とある。

 ジュリアスの場合は、ミリアムやランディのような個人の武ではなく、戦術指揮の方面に才能があったのだ。現役騎士で第一線を張っている将軍を降す程の才覚を見せつけたジュリアスは、その2人以上の実力を持っていることを周りに証明してみせたのだ。

 これが、強くなりたいともがき続けたジュリアスの選択肢。

 剣では、武芸では絶対に勝てないと認める。それを認めざるを得ない程までやり続ける。そうやって超えるべき相手に敵わないと認めることも、また強さだ。

 だって、そうしてジュリアスは結果的にミリアムとランディを超えることが出来たのだ!

「自分の居場所を見つけたのね」

 交流戦が終わった後に、クリスティアは嬉しさを隠し切れない笑みを浮かべてジュリアスにそう言った。そしてその言葉の後にジュリアスが見せてくれた恥ずかしながら嬉しそうに笑う顔は、彼女にとってはいつまでも忘れられないものだった。

    ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

 双方にとってかけがえのない存在となった2人は、そうして卒業式の日を迎えることとなった。

 ジュリアスは龍牙騎士団への入団が決まり、クリスティアは白薔薇騎士団への入団を目指すべく更に2年間ミュリヌス学園で学ぶこととなり、2人の進路は分かれることとなった。

 そしてその日、唐突にジュリアスから『最後の手合わせ』に誘われたクリスティアは

「私が……勝った? ジュリアスに……?」

 それはお互いに手加減などない、全力をぶつけた結果だった。

 これまでミリアムとランディといった天才級を相手に、結局1度も勝利することは出来なかった。そして彼らには劣るといっても、やはりジャスティン家の生まれであるジュリアスだって、この頃には学内トップレベルの実力を持ち合わせていた。クリスティアはジャスティンにだって、手合わせで1度も勝利することなど出来なかった。

 それが、最後の最後、その卒業の日に勝利することが出来た。

 もしかしたら、もう1回やったら負けるかもしれない。偶然も手伝ったかもしれない、そんなぎりぎりではあったがーー

 絶対の超えることなど出来ないと思っていたのに、少なくとも追いつくことが出来たのだ。

 無駄ではなかった。

 あの天才達に負け続け、痛い思いをして、悔しさに歯を食いしばっていた日は無駄ではなかったのだ。

 ようやくここにして、形として実感できた。

「~~~っ!」

 そう思うと、これまでの苦労が一気に報われた気がして、クリスティアは身震いするのだった。

「あはははははは! 本当に情けない……負けるというのは本当に悔しいですね」

 そう言って笑いながら負けを認めるジュリアスだったが、そこには出会ったばかりの時に感じたような弱さはない。

「貴女の努力は決して無駄なんかじゃありませんよ。貴女は強い。本当に強い。心も、そして実力もあります。自信を持って下さい」

「それを、私の教えるために……?」

 おそらくジャスティンにはクリスティアの心中など見透かされていたのだろう。表面上は淡々としていて平気で装っていたが、その内面に秘めていた辛さも悔しさも、何もかもを。

 それらは全て無駄ではなかったと教えてくれたのだ。言葉ではなく、わざわざこんな時間と場を設けて。

 なんというお節介で世話焼きなのだろう。

 なんて、優しい人なのだろう。

「これが、私からクリスティアへ向けての卒業の餞別です。ミュリヌスに行っても、頑張って下さい」

 そうしてクリスティアはジュリアスと、学友として最後の握手を交わす。

 ここで1度別れることとなる。場所も遠くなる。

 しかしお互いに聖アルマイトの騎士という同じものを目指す限り、必ずお互いの道は交わるはずだ。

「私は一足先に龍牙騎士団で頑張っていますよ。貴方が言うように、家名など関係なく私のやり方で騎士団長にまで昇り詰めて見せますよ」

「私も、絶対に姉上を超えて白薔薇騎士団長になって見せる」

 固く握り合う手にお互いの意志の強さを込めて、2人は眼を合わせると力強くうなずき合う。

 見つめ合うその視線から、揺るぎない思いが伝わってきて、思わず2人共頬を緩めるのだった。

「ジュリアス、私は貴方が龍牙騎士団でのし上がっているのをちゃんと見ているわ。だから、お願い――私のことも、見ていてね」

 自分1人だけでは強くなれない。支え合う人がいるからこそ人は強くなれるのだ。クリスティアはそれをジュリアスに教えてもらった。

 だから自分はジュリアスのことを見ているし、ジュリアスにも自分のことを見て欲しい。

 遠く離れていても、見てくれる人がいるならば、きっと強くなれる。

「ええ。私も貴女のことを見ていますよ、クリスティア」

 相変わらずの優しい言葉。

 これまでは当たり前のように毎日聞いていたその言葉も、しばらくは聞けなくなるだろう。そう思うと、猛烈に寂しくなって、クリスティアの目に涙が滲む。

 こんなことで泣くことなど、いつぶりだろうか思い出せないくらいだ。

 ――いや、覚えている。

 大事な人との別れ……それは、3年前の母との死別の時だ。

「クリス、よ」

 この人には、こう呼ばれたい。

 ありったけの愛情が込められたその呼称をクリスティアから教えるのは、家族を含めてもジュリアスが初めてだった。

 母からの親愛とは違う、友人としての友愛――種類は違えど、自分を愛してくれていることに代わりははない。

 大事な親友だと思えるからこそ、ジュリアスにはそう呼んでもらいたかった。

「死んだ母様が、私を愛してくれた母様だけが、いつも私のことをそう呼んでくれていたの。だから、これからはジュリアスもクリスって呼んで? ね?」

 それは2人が出会ってから今日までの間でも、クリスティアが見せた最高で輝かしい満面の笑顔だった。


 ーー強くなる。クリスティアが世界で最も愛し、そしてクリスティアも愛された母親のために。

 この信念は彼女が生きていく上で、これからもこれまでも、おそらくは一生変わらないだろう。

 ジュリアスとの出会いまでは、憎悪と嫉妬に駆られて陰鬱な気持ちでそれを目指していた。しかし彼の優しさに触れたクリスティアは、目指すものは変わらずとも、その胸には明るく希望に満ちたものが溢れていた。

 同じものを目指し、支え合う人が1人でもいるだけで、こんなにも世界が変わることを知った。

 クリスティアは母のため、そして支えてくれる親友のためにも、改めて強くなることを決意する。その前途には光明が差し込んでいるような気がして、クリスティアは意気揚々とミュリヌス学年へ進学するのだった。

 そこで待つのが、この世の者ならざる卑怯で醜悪で欲望にまみれた最悪の悪魔であることなど知らずに。
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