【R-18】龍の騎士と龍を統べる王

白金犬

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第2章『クラベール城塞都市決戦』編

第82話 ジュリアス=ジャスティン(前編)

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 聖アルマイト王国が擁する龍牙騎士団は、大陸でも最高峰の騎士団と評価されている。

 格式高く由緒正しい騎士団ではあるが、その間口は意外にも広く、龍牙・紅血・白薔薇といった聖アルマイト3騎士団の内でも最も入団しやすい部隊である。

 貴族や平民などの身分はおろか、男女の性別も入団条件には問われない。聖アルマイト王国のために戦う覚悟と意志を持っていれば、原則誰でも何度でもチャレンジすることが出来るようになっている。

 但し入団した後、どこまで地位を昇り詰められるかについては、やはり身分や家柄に依る所が多い。

 ジャスティン家は、代々龍牙騎士団へ優秀な騎士を輩出している名家である。かつての歴史を辿っていけば、英雄の家系であるヴァルガンダル家に代わって龍牙騎士団長を務めていた人物もいる程の家系である。

 そんなジャスティン家の屋敷の食堂では、家族3人での夕食の時間が設けられていた。

「一般教育を首席で卒業ーー明日から高等教育、か。時が経つのは速いものだな」

 ジャスティン家現当主バラシオン=ジャスティンは、上等なステーキ肉に舌鼓を打ちながら感慨深くそう言った。

「本当に、立派に育ってくれたわ。これからも頑張って、立派な龍牙騎士を目指すのよ、ジュリアス」

 嬉しそうにバラシオンの言葉に続くのは、彼の妻であるヒルダ=ジャスティンだった。

「ありがとうございます。父上、母上」

 この時、ジュリアスは18歳。母の言う通り立派な龍牙騎士ーー龍牙騎士団副団長となる約10年ほど前の光景である。

 龍牙騎士団を目指す際は、まずは一般教育機関での教育を受けるのが常道である。

 その後は、当人の境遇や意志による。一般教育を卒業してすぐに入団するもの、更に独学で学んでから入団するもの、高等教育機関に進学してから入団する者だ。ちなみに一般教育を受けていなくても、優秀な実力を持つ者は、スカウトのような感じで高等教育機関から入る者も僅かながらいる。

 そんな選択肢の中でジュリアスが選んだのは高等教育への進学だった。

「お前には期待しているぞ、ジュリアス」

「はい。必ずやジャスティン家の名誉を取り戻して見せます」

 かつては貴族の中でもトップクラスの威光を持っていたジャスティン家は、ここ数代ではすっかり落ちぶれていた。

 決して劣等生というわけではないのだが、ジャスティン家出身の騎士はここ数年、至って平凡だった。

 かつて団長まで昇り詰めていた頃の栄光はすっかり影を潜めて、団長はおろかここ最近では副団長の座にすらまるで届かない程の体たらく。幹部といっても、せいぜい将軍程度の称号がせいぜいだった。

 父バラシオンも龍牙騎士将軍だが、齢50を超えてのことである。同世代に比べると、あまりに遅すぎる昇進。ジャスティン家という偉大な血を受け継ぐ当主にも関わらずこんな体たらくに、バラシオンは息子が入団すれば騎士を引退することを考えている。

「頼もしいわ。ジュリアスは私達の自慢の息子よ」

 ヒルダがこうまでジュリアスのことを絶賛するのは、一般教育課程でジュリアスは既に稀代の才能の片鱗を見せていたからだ。

 文武両道――剣や槍などの武術や部隊指揮や政治学など、ありとあらゆる分野で他の同世代の追随を許さない程の成績をジュリアスは残していた。

 かつて龍牙騎士団長を務めたジャスティン家の英雄の再来との呼び声も高く、いよいよジャスティン家の栄誉復活の時だと、ジャスティン家に関わる者からは誰しもがジュリアスに期待していたのだった。

「「期待しているぞ/わよ、ジュリアス」」

「任せて下さい。父上、母上」

 この時のジュリアスは、自身が優秀だという自覚がありながらも、劣等感に苦しむ父や至って平凡な母を見下すことなどない。とても素直で優秀で優しい息子だった。

 だからこそ、両親から言われるように自分こそが“没落貴族”と言われる寸前にあるジャスティン家の栄誉を復活させる使命を帯びているのだと、頑なに信じていたのだった。

    ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

 高等教育機関となると、そこに集まる人材は一般教育とは比にならない。国内全土より選りすぐられたエリートや天才達が多く集められ、しのぎを削られることとなる。

 ジュリアスは、そこで完膚無きまでに鼻をへし折られることとなる。

「――そこまでっ!」

 担当教官の声が響く。

 鍛錬場で模擬剣を弾き飛ばされて、地面に腰を突くジュリアス。そんな彼に、同じく模擬剣の切っ先を突き付けているのは、見目麗しい金髪の女性剣士――ジュリアスと同学年の学生である。

「はぁ……はぁっ……!」

 汗だくになって、必死に息を荒げているジュリアスに対して、同学年の女性剣士は涼し気な表情で息1つ切らしていない。わずかに一筋の汗をかいているだけで、無表情にジュリアスを見下ろしていた。

「見事な一本だ。これでBグループの優勝はミリアムだな」

 担当教官が感心したように言うと、ミリアムは瞑目して模擬剣を腰の鞘におさめる。そうしてから瞳を開くと、柔らかな微笑を浮かべてジュリアスに手を差し伸べる。

「油断してたら危なかった。良い勝負だったわ、ジュリアス」

 彼女――ミリアムは、ジュリアスと同じ18とは思えないくらいの幼女然とした声でそう声を掛けてくる。ジュリアスは差し出された手を取って、フラフラと立ち上がる。

「ぶっふあああああ!」

 ――と、そこで2人の手合わせを外から見ていた1人の男子学生が盛大に噴き出していた。それにミリアムは敏感に反応して、睨みつける。

「わははははは! 相変わらず変な声だな、おい。幼年部のおこちゃまかよ~」

 そうやってミリアムのことを茶化すのは、同学年のランディだ。

 それは悪意などではなく、気の知れた関係同志だからこそ出来るからかいである。ミリアムもそこまで気にしているわけではないが、こんなに大笑いされると面白くない。

「――ふ」

 しかしミリアムは激昂することなく、極めて冷たい笑みを浮かべると。

「午後の決勝を楽しみにしておいてね、ランディ。男子の面子を叩き潰してあげるわ」

「おおう、面白い! やってみろや! わはははははは!」

 性別を超えてお互いをライバル同士と認め合う2人。

 ジュリアスは、どうしたって手の届かない同世代の天才2人の間に入ることなど、とても出来なかった。

□■□■

 学生同士で競わせて切磋琢磨させるためのトーナメント戦。午後には各グループのトーナメントで勝ち上がってきた2人ーーミリアムとランディのの決勝戦が始まっていた。

「っく! この野郎、なかなかやるじゃねえか!」

「ランディこそ、意外に動きが繊細ね。なかなか攻め切れないわ」

 その戦いは、この日に行われたどの戦いよりも激しく、最も拮抗していた。

 ほんの僅かな油断が、刹那の迷いが、即座に勝敗を決する。いつ勝負が決するかが分からない。下手すると1秒もしないうちに決着がつくかもしれない。或いは1時間以上先かもしれない。それくらいに熾烈な戦いに、見ている観衆も固唾を飲んでその戦いを見守っていた。

「へっ、行くぜ!」

「私が勝ったら、2度と憎たらしい口を聞かせないから!」

 小康していた状態を崩すべく、どこか嬉しそうに言葉を交わす両者が再び剣を交える。

 模擬剣同士が打ち合う金属音が鍛錬場に響き渡り、その2人の戦意も、観衆の熱気も一気に高まっていくと、歓声が沸き上がる。

 ――ジュリアスはその歓声の中で、ただ1人冷めた表情で2人の戦いを他人事のように見つめていた。

 見ているだけで分かる。

 自分には決して届かない世界の戦い。自分の実力が到底及ばない天才2人の剣術に、ジュリアスは胸を大きく抉られるような感覚に晒されるのだった。

(こんな世界があったんですね)

 沈痛な表情をしながらジュリアスは胸中でつぶやいた。

 自身を驕ったことなどはないつもりだ。しかしジャスティン家の家名復興を果たすに相応しい才能と実力を持っているという自負はあった。

 ところが高等教育に進んでから、それは篭の外の世界を知らない鳥に過ぎない考えだと思い知らされた。

 ミリアムのティンカーズ家も、やはり聖アルマイト内では有数の格式正しき家柄である。しかしジャスティン家には及ばない程。ランディのレイコープ家に至っては、貴族の中では下流層にあたるのである。

 それら2つの家系の人間に、ここまで実力で穴を空けられるとは――

 2人に対しての劣等感もそうだったが、それ以上にジャスティン家の家名復興――それに対する自信喪失が凄まじかった。

 同世代2人の天才を前にして、ジュリアスの前途は早くも閉ざされてしまった。それくらいに思ってしまった。

 ジュリアスは、ミリアムとランディの決着がつかないうちに、なんだかいたたまれなくなって鍛錬場を後にする。

「――ふう」

 現実から目を逸らしても仕方ないのに。むしろあの2人に足りない、少しでも追いすがろうというなら、本気の2人の手合わせをよく観察し、少しでも技術を盗むべきだ。しかし今のジュリアスに、そんな向上心は持てなかった。

(私はジャスティン家を立て直さなければいけないのに。ジャスティンの名を背負っていく立場だというのに、こんな……っ!)

「……った!」「いつっ!」

 すっかり自分の世界に入り込んでいたジュリアスだったが、鍛錬場を出て少ししたところで、何者かとぶつかる。

「いつつ……」

「す、すみません。考え事をしていて……」

 慌てて我に返ると、目の前で腰を突いている女性に手を差し出すジュリアス。ミリアムと同じ制服を着ている所を見ると、どうやら同学年の生徒らしい。

「い、いや……ごめんなさい。私も急いでいたから……」

 目の前の女性は鼻を打ったのか、涙目になりながら鼻柱を抑えていた。そしてジュリアスの手を取って、立ち上がる。

 肩まで伸びた髪はミリアムと同じ金髪。貴族の家系には珍しくなく、貴族の家系の生徒が多い高等教育機関ではありふれていると言っても良い。しかし、肌の艶は貴族のお嬢様らしいきめ細かい白い肌とはとても言えない。だからといって汚いというわけでもなく、太陽の光を浴びた決行の良い健康的な肌だ。目に見える手や腕の部分には傷や痣の後か少し見え隠れする。

「――ぁ。ジャスティン家の……」

 彼女はジュリアスの姿を見ると、誰なのかを察したようで口の中でそうつぶやいた。ジュリアスは相手を知らなくても、有名なジャスティン家出身のジュリアスのことを相手は知っていたようだ。

 ジュリアスは、いつもの柔和な表情で彼女を見返すと。

「ジュリアス=ジャスティンです。自己紹介はいらないみたいですが」

 と、紳士的な態度で名を名乗る。すると彼女は少し困ったように視線を逸らしながら、それでも名乗られたからには無視するわけにもいかず

「そ、その……クリスティア=レイオール、です」

「ええと、同級生ですよね? でしたら敬語は不要ですよ……ん? レイオール……?」

 言いながらジュリアスは、彼女が名乗った家名に思い合ったことがあり、眉をひそめる。

 レイオール家――それはジュリアスのジャスティン家以上に、ここ聖アルマイト王国に知れ渡っている名前。それこそジャスティン家すら届かないヴァルガンダル家と比肩する程の。

「シンパ騎士団長の……?」

「ええ、まあ」

 王国3騎士である白薔薇騎士団長シンパ=レイオールの家系がそれだ。ジュリアスの疑問に、クリスティアは煮え切らない表情を返してきた。

 素性を知られたクリスティアは、どこか居心地が悪そうな顔をしていた。ジュリアスはそんな彼女を不思議そうに見つめる。

 シンパ白薔薇騎士団長に姉妹の話などは聞いたことはない。勿論、聖アルマイトを代表する貴族だからといってその家族構成を全て公にしなければならない義務などないのだから、ジュリアスが知らないところで妹が存在したとしてもおかしくはない。

 ただ逆にレイオール家という立場からすると、別に隠す必要もないのでは……

 そこまで考えてジュリアスはハッと気づく。

 隠さなければいけないのだとしたら、その理由は――

 そのジュリアスの表情の変化でクリスティアは察しがついたのか、なんとなく顔を隠すように背けて

「すみません、急いでいるので。決勝戦が終わってしま――」

 そのクリスティアの言葉が言い終わる前に、鍛錬場の中からいっそう盛り上がった歓声が漏れ聞こえてくる。どうやらミリアムVSランディの決着がついたようである。

「あ、あぁぁ……」

 それを聞いてクリスティアがあからさまに残念そうな顔をする。

「あ、と……すみません」

 とはいっても、そもそもクリスティアが大幅に遅れていたことが間に合わなかった原因である。ここでジュリアスとぶつからなかったとしても、決勝戦をよくよく観戦するには間に合わなかっただろう。

 そんなわけでジュリアスには非などないのだが、クリスティアは不満そうな瞳を思い切りジュリアスに向けて、声なき言葉を訴えるようにしていた。

「えーと……お茶でも、どうですか?」

 そんな彼女に、ジュリアスは困ったように人の良い笑みを浮かべてそう答えたのだった。

□■□■

「いやー、やっぱりミリアムとランディは凄かったな」

「ミリアムなんて、この間ルエール団長から声が掛かったらしいぜ。いやー、住む世界が違うわ」

 鍛錬場のすぐ近くにある学生御用達のカフェのテラスで、クリスティアは座っていた。周りには試合を観戦していた学生やその他の人々が、各々のテーブルでその感想話に花を咲かせているのを盗み聞きとしていると、程なくしてジュリアスが2人分のカップを持ってやってくる。

「あ。すみません……」

 クリスティアは言葉少なに答えると。ジュリアスは困ったように笑いながら

「敬語なんて必要ありませんよ。ジュリアスで構いません」

「う、あ……で、でも……ジャスティン家のご子息、ですよね?」

「それを言ったら、貴女はレイオール家の出ではありませんか。ジャスティン家なんかより何倍も格式は上ですよ?」

「――私は、望まれて生まれた子供ではありませんので」

 そのクリスティアの言葉で、2人の間の空気がずしんと重くなる。自分で言っておきながら気まずくなったのか、クリスティアは場をもたせるように、慌ててコーヒーカップに口をつけた。

「随分と急いでいましたね。そんなに決勝戦を見たかったんですか?」

 そんなクリスティアを気遣う意味もあり、ジュリアスはあくまでも朗らかな様子で話題転換をする。するとクリスティアはボソボソとした口調で答える。

「あの2人は、学年でも有名ですから……鍛錬の参考に出来ればと思って……」

「そうなんですね。随分と向上心があるんですね」

 何ともなしにいったジュリアスのその言葉は、クリスティアの何かに触れたようだった。それまで、どちらかというと重苦しく暗い表情だったクリスティアが、僅かに目を細めてジュリアスを見る。

「私は、のんびりぬくぬくと育った貴族様と違って、余裕がありませんから」

 隠そうという気すら見えない言葉の刃――ジュリアスは最初は眼を見張るようにして驚いていたが、やがてそれは苦笑に変わる。

「ははは、手厳しいですね。……でも、余裕がないのは私も同じですよ」

「……?」

 カップに口を付けて力なく笑うジュリアスのそんな反応にクリスティアは首を傾げて疑問を示す。

「本当に家名なんて関係ありませんね。私はジャスティン家の生まれでありながら、ミリアムやランディの足元にも及びませんから」

 家名の格式でいえばジュリアスが勝っているはずなのに、自分で言った通りその2人には実力で遠く及ばない。

 当然のようにジャスティン家の跡取りであるはずの自分を遥かに凌駕する2人の天才の存在。ましてや同級生である彼女らの存在に、ジュリアスの心は疲弊していた。

 こうして気まぐれにクリスティアを誘ったのは、その疲れをまぎらわしたかったのかもしれない。

 そんなジュリアスの態度に、クリスティアは歯を噛みしめて、怒りを滲ませていたのだった。

「ふざけるな……! そんなだから勝てないんじゃないか!」

「――え?」

 それまではジュリアスと距離を取ろうとして、必要以上の言葉も表情を見せようとしなかったクリスティアが、今は怒りの感情を剥き出しにしていた。カップを持っている手も震えている程だ。

「本当に、全力であの2人にぶつかったことがあるのかっ! それであれば、どうしてそんなにヘラヘラしながら負けを認められるんだ?

 貴方は本気であの2人と向き合っていない……ちょっと勝てそうにもないから、本気を出したくないんだ。ジャスティン家として、格式に劣るティンカーズ家やレイコープ家に負けたくないから、認めたなくないから。でも、腹の底では2人のことを見下している――だから、笑いながらそんなふざけた台詞が吐けるんだ」

「そんなことは――」

 まさかのクリスティアの反応にジュリアスは狼狽える。

 ――が、頑とした反論までは出来ない。

 それはクリスティアの反応に呆気を取られたいたからでも、ましてや彼女の怒りに恐れていたわけでもない。

『ミリアムとランディのことを、腹の底では見下している』

 その言葉がジュリアスの胸に深く突き刺さり、抜けないでいたのだ。

 実力が段違いである天才2人を目の当たりにして自信を失うということは、自分が勝って当たり前という驕りがあったからではないか。しかもそれは「家名」という、実態があるのかないのかもよく分からないような、極めて曖昧で不確かで下らないものを理由として。

 そして、クリスティアは決定的な言葉を、事実をジュリアスへと突き付ける。

「誰よりも家名にこだわっているのは貴方だ。ジャスティン家長男、ジュリアス=ジャスティン」

 ――これが、ジュリアスとクリスティアの最初の出会いの顛末であった。
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