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第2章『クラベール城塞都市決戦』編
第80話 クラベール城塞都市決戦(Ⅷ)--ラディカルVSルルマンド
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ルルマンドを先頭に、街道の封鎖を力任せに突破していく新白薔薇騎士達。本来ルルマンドは彼女らを指揮する立場であるはずだが、「呪具」によって人外となった彼を操るようにする彼女達の姿は、正に魔獣使いのようだった。
「あれを突破すれば……!」
新白薔薇騎士の1人が言う。
遠目に見えていたクラベール侯爵邸が随分と近くになってきている。これまでにもういくつもの封鎖を突破してきていることを考えると、そろそろ住民が避難している区画に入ってもおかしくない。
混乱窮まるこの状況下においても、この一隊だけは冷静沈着を保っていた。狼狽えて逃げ惑う突撃部隊の中でも、唯一城塞都市内で順調に侵攻を進めている部隊だった。
「そこまでだ」
当然、最後で横やりが入るのも承知だ。
これまでも幾度となく敵の防衛部隊が立ちふさがってきたが、「呪具」に支配されたルルマンドの苛烈な力によって容易く撃退してきたのだ。もはや、魔獣と等しい力を持つルルマンドを撃退出来る者などこの城塞都市内にはいないだろう。
最後の封鎖を前に立ち塞がってきた龍牙騎士将軍ラディカルの一隊を前に、新白薔薇騎士達は剣を構えつつ、ルルマンドをけしかけていく。
□■□■
「やれやれ。迷いもなく突っ込んでくるのかよ」
「グオオオオオオオ!」
獣ような咆哮を上げながら、馬に乗って突っ込んでくるルルマンド。そして彼を先頭にして同じく突っ込んでくる新白薔薇騎士達。それらを見て、ラディカルは愚痴っぽくこぼしながら剣を構えた。
「お前らは周りの新白薔薇の連中を頼む。奴は俺がやる」
「だ、大丈夫ですか将軍?」
遠目から見るのと実際に対峙するのでは、比較にならない程に違うルルマンドの迫力――もはや中型魔獣くらいの脅威を感じる部下は、恐れながらラディカルに問いかける。
ラディカルはそんな怯える部下に、白い歯を見せて不敵に笑う。
「任せとけ。これでも俺ぁ、紅血にいた時には、魔獣討伐部隊にいたんだぜ」
□■□■
馬で駆け、そのままラディカルを轢き殺す勢いで突っ込んでくるルルマンド。
「オオオオオ! グオオオオオオ!」
「うるっっっせええんだよ!」
ルルマンドは咆哮を上げながら、馬上から炎をまとった斧を振り下ろしてくる。ラディカルは地面をしっかり踏みしめながら、それを剣で受け止める。
「うぐ……ぐ……」
受けたラディカルの剣に、人間とは思えない膂力がのしかかる。信じられないことに、石床を踏みしめているラディカルの足が、ベキ!と石を破壊している。おまけに、斧から発せられる業火による熱気が、容赦なうくラディカルの肌を炙ってくる。
「っうおおおおおおお!」
しかしラディカルは臆することなく、全身全霊で相手の斧を受け止めた剣を振りぬく。するとルルマンドの肥満体は、そのまま馬上から弾き飛ばされて、地面に落ちる。
そうしてようやくルルマンドの業火の苦痛から解放された馬が、我を忘れたように暴走し、都市内のいずこかへと走り去っていく。
「グウウウウウ……グァァァァァ……!」
馬上から弾き飛ばされたルルマンドは、ゴロゴロと不格好に地面を転がった後、ゆっくりとその巨体を起こす。
顔の至る穴からは、相変わらず炎が漏れ出すように噴き出ている。右手の斧から発せられている炎がルルマンドの身体に絡みつくようになっているその光景は、ルルマンドが炎の蛇に身体を絡め取られているようにも見える。
そんな炎の蛇にまとわりつかれて、ルルマンド自身の肌も焼けただれている。しかしルルマンドが熱さを感じている様子は全くなく、ルルマンドは炎を噴き出している眼窩をラディカルに向けてくる。
その異常な様相は、”炎の魔人”とでも形容出来るものだった。
「おいおい、本当に人間やめちまいやがったのか? これ、元に戻るんかな?」
凄まじい熱気と圧力に汗を滲ませるラディカルは、不敵な笑みはそのまま、剣を肩にかつぐようにしてルルマンドと相対する。
「将軍へ攻撃を届かせるな! 死んでも止めるぞ!」
事前の作戦通り、ラディカルが引き連れてきた部下達は、ルルマンドの周囲にいる新白薔薇騎士達との戦闘に入る。
ラディカルに希望を託す彼らは必死に新白薔薇騎士達に食い下がるが、やはり能力強化をされている彼女らに対して分は悪い。おそらく長くは保たないだろう。
「時間制限まで付いてんのかよ」
彼らが倒れれば、新白薔薇騎士達は今度はラディカルに襲い掛かってくるだろう。
いくらラディカルといえど、今はルルマンド相手で手一杯で、新白薔薇騎士達をまとめて相手に出来る程の余裕はない。
そして自分が倒れれば、この封鎖は突破される。ここの突破を許せば、理性を失ったこの炎の魔人は、避難している住民達をその業火で容赦なく焼き尽くすだろう。
『ラディカル将軍、非戦闘民の被害を出してはいけません。絶対死守してください』
コウメイから下された至上命令を、ラディカルは頭の中で反芻する。
そして一瞬だけ瞳を閉じて深く深呼吸してから――
瞳をカッと大きく見開く。
「うおらああああっ!」
地面を蹴り、炎を纏う魔人へと果敢に斬りかかるラディカル。
「ヌオオオオオ! オオオオオオ!」
突撃をしてくるラディカルに、ルルマンドは雑に斧を振るう。型も技術もあったものではない。ただでたらめに、まるでまとわりつく蚊を振り払うように斧をぶん回す。
さして動きも速くもないそのルルマンドの攻撃をいなすのは簡単だった。ラディカルは、その炎から発せられる強烈な熱気に歯を食いしばりながら、ルルマンドの斧を受け、弾き、隙を作りだす。
「っもらった!」
斧を弾き飛ばしてルルマンドの巨体のバランスを崩すと、ラディカルが更に一歩踏み入る。ルルマンドは斧を持った手を弾かれている状態で、胴体はがら空きだ。
ーーこのまま胴体を薙ぎ払ってやる!
ラディカルが剣を握る両手に力を込める。
その瞬間――ルルマンドが身体に纏ってた炎がラディカルに襲い掛かる。
「っちいいい!」
急遽攻撃を中止。防衛本能に従うまま、顔を防御するように腕を出す。そしてルルマンドの炎がラディカルの身体を焼き焦がしてくる。
「っちち! っくしょうめがっ!」
ラディカルは毒吐きながら、1度ルルマンドと距離を取るべく後退。くるくると後転しながら後ろへと下がり、片膝を地面につける。
そうしてルルマンドの方を見据えると、斧を両手で持ち直して、そのまま上に振り上げていた。
「まずい……!」
振り上げていた斧――『呪具』炎の暴君を振り下ろすと、炎が地を走るようにしてラディカルへと向かってくる。
「ぐっ……おおおおっ!」
回避することも出来ず、その炎をラディカルは剣で受け止める。
激しい熱気と衝撃――正面から受け続ければ、その炎の勢いに身体を押しつぶされる。ラディカルは命の危険を感じ、咄嗟に横っ飛びに避難する。
ラディカルを襲った炎は、その勢いのまま彼の背後のあった家屋に激突。その建物は瞬く間に業火に包まれ、音を立てて倒壊していく。
「ウオオオオオオオオオ!」
「マジ、かよ……っ!」
すんでの所で命の危機を回避したラディカルだったが、あっけなく崩れ落ちて燃え盛る建物の残骸とルルマンドの咆哮を耳にすると、背筋に寒いものを走らせる。
そんなラディカルの狼狽などお構いなしに、ルルマンドは天を仰ぐようにして大きく息を吸っている。
「おいおい、まさか……」
(なんでもありかよ……っ!)
ヤケクソ気味に愚痴をこぼしながら、ラディカルは引きつった笑いを浮かべる。
その直後――ルルマンドは吸った息を吐くようにして、火炎を吐き出してきた。
「うおおおおおおっ!」
ラディカルも咆哮を上げながら、必死になってその場から飛びのく。
ルルマンドが吐き出した火炎は、先ほど斧から放たれた炎を超える勢いで、ついさっきまでラディカルがいた場所に襲い掛かってくる。そして同じように、背後にあったものを崩壊させる。
今度崩壊させたそれは、避難区画へ通じる道を封鎖していた壁だった。
「もう斧関係ねえじゃねえか! こいつぁ、一体何なんだよ」
――こいつは参った。まさか勇者や新白薔薇騎士以外に、こんな手札を持っていやがったとは。
遂に避難区画を閉じていた壁を破壊されてしまった。これで本当に後がない。死んでもここでこの化物を止めなければ、クラベールは阿鼻叫喚の地獄に陥る。
まだ相手の攻撃は一撃だってまともに食らっていないはずだが、激しい熱気にやられて、ラディカルの肌は焼かれて、全身に軽くはない火傷を負っている。
しかしヒリヒリと感じる火傷の痛みよりも、突破されてしまうという焦りがラディカルを襲う。
「将軍、このままではやれてしまいます。後退しましょう」
新白薔薇騎士達を相手どっていた兵士達がラディカルの側に寄ってくる。見れば、何人かは既に彼女らの前に倒れてしまったようだ。
「ウオオオオオ……ヲヲヲヲヲヲ!」
敵はルルマンドを先頭にしながら、ジリジリとこちらににじり寄ってくる。
間違うことなく、絶対絶命の危機。
「後退して、避難民の誘導をすべきです。ここで我々が全滅したら住民も皆殺しにされます。1つでも多くの命を--」
「馬鹿言ってんじゃねえよ」
しかしラディカルは、その兵士の言葉を一蹴する。
「この化物の火力を見たろ。こんなのを避難区画に入れちまえば、逃げる場所なんてねぇ。死んでもこいつはここで止めねぇとなんねぇ」
「し、しかし我々は騎士です! 聖アルマイトの騎士として、ここで無様な死を晒すわけにはーー」
”騎士として”
それはラディカルが最も忌み嫌う言葉の一つだ。
騎士としての礼儀、忠節、心構え。
そんなもん、クソ喰らえだ。
「俺は、俺だ」
大好きな酒が飲めるのは。
負けてばかりの賭博を好きなだけ打てるのは。
気に入った女を、月に数回は好きに抱けるのは。
自分がここにいるのは、誰のおかげか。
――この国に住む、全ての人のおかげだ。
だから、そんなクソ喰らえなものよりも優先すべきことがある。
「ぜってぇに、手ぇ出させねえ! 一人たりともだ!」
『自身の幸せや楽しみを大切に出来ない人間が、果たして国や民を幸せに出来るでしょうか』
あの時のジュリアスの言葉が蘇る。
「俺は、俺が自分の人生を楽しむだめに、クラベールの人間に絶対に手ぇ出させやしねえぞ!」
元紅血騎士団出身で、龍牙騎士団内でも極めて不真面目で通っていたラディカル=ホーマンリフト。
しかし彼は、龍牙騎士団の次代を担うジャスティン家のジュリアスを持って「真面目な龍牙騎士」と言わしめた。
今ラディカルが吐いた言葉こそが、他の誰よりもラディカル自身が嫌っているはずの”騎士として”の本分。
“騎士として”そこに暮らす人々のために、目の前の化物に自らの身を曝け出すのだった。
「おおおおおおおおっ!」
「ヲヲヲヲヲヲヲヲ!」
再び真正面からルルマンドへ斬りかかるラディカル。
交わるラディカルとルルマンドの咆哮。
先ほどと全く同じ光景だ。
ルルマンドが振り回す斧をラディカルが受け止めている間、ルルマンドが纏う火炎が容赦なくラディカルに襲い掛かってくる。しかし、今度はラディカルは引かない。そのジリジリと身を焦がす炎に、歯を食いしばって耐える。
「フオオオオオオオオ……!」
そしてルルマンドが大きく息を吸う。
避難区画への道を封鎖していた壁を破壊した程の火炎を、この至近距離で放つつもりだ。
「っざけんじゃねえぞっ!」
しかしそれでもラディカルは引かない。
むしろ更に攻撃の勢いを増し、猛攻と言える程の激しい剣戟を繰り出す。
無論、ルルマンドの肥満体がその熟練した攻撃に対応することなど出来ない。
ルルマンドの炎に包まれた身体が斬り刻まれていくが、しかし崩れない。痛々しく血が噴き出るが、纏っている炎が瞬く間に塞いでいってしまう。そしてその激しい熱気に、ラディカルも攻め切ることが出来ずに、決定的な一撃を与えられずにいるのだ。
「っこの、クソ野郎がっ……」
「ヲヲヲヲヲ……っ!」
息を吸い終わったルルマンドが、いよいよ火炎を発射しようと、顔をラディカルへ向けて口を大きく開く。
この至近距離でまともに先ほどの火炎を浴びれば、果たしてラディカルの身体は灰にならないで済むだろうか。運が良くて、誰か分からないくらいに黒焦げになるといったところか。
斬っても斬っても倒れないルルマンド。ゆっくりと、スローモーションのように火炎の吐息を準備を進めていく。
そして、ラディカルへ向けて、地獄の火炎を吐き出そうとした時――
「ぶべらっ!」
剣を持ったままのラディカルの拳が、ルルマンドの顔面を潰す。
全身に炎を纏っているルルマンドに触れることは、それだけで焼身自殺に繋がる程の危険行為だ。特に顔の部分は激しい勢いの炎が渦巻いており、普通の人間ならばそこに手を出すことを考えるだけでも顔をしかめる程だ。
しかし、ラディカルは躊躇うことなく拳を叩きこんだ。
炎の魔人の顔面を潰した拳は焼け爛れ、皮膚が剥がれ落ちて、肉も、その下の骨すらも露出している。剥き出しになった神経は、風になぞられるだけでも激痛が走るはずなのに。
ラディカルは笑っていた。
「グオオオオオ! オオオオ、オオオオオ!」
ラディカルの不意の一撃をまともに顔面に喰らったルルマンドは、さすがに動揺を受けていた。吐き出そうとしていた火炎は中途半端に自身の顔を焼き、両手で顔を抑えるようにして苦悶の声を上げる。心なしか全身の炎の勢いも弱まっているように見える。
「元紅血騎士を、舐めるなよ」
不敵な笑みを浮かべるラディカルは、右手に持っていた剣を左手に持ち変えてそう言った。
「この程度の炎、ラミア王女殿下に比べれば屁でもねぇ!」
おそらくは世界最強の炎使いであろう人物の名を口にしながら、ラディカルはルルマンドの身体を薙ぎ払った。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
クラベール城塞都市決戦戦況
都市内防衛戦:決着 〇ラディカル(全身火傷、右拳重傷)VS ×ルルマンド(戦死)
正門前防衛線:戦闘中 ジュリアスVSクリスティア(戦況拮抗)
前線防衛線:戦闘中 コウメイVSフェスティア(フェスティア優勢)
強襲部隊:戦闘待機中 リューイVSリアラ(???)
「あれを突破すれば……!」
新白薔薇騎士の1人が言う。
遠目に見えていたクラベール侯爵邸が随分と近くになってきている。これまでにもういくつもの封鎖を突破してきていることを考えると、そろそろ住民が避難している区画に入ってもおかしくない。
混乱窮まるこの状況下においても、この一隊だけは冷静沈着を保っていた。狼狽えて逃げ惑う突撃部隊の中でも、唯一城塞都市内で順調に侵攻を進めている部隊だった。
「そこまでだ」
当然、最後で横やりが入るのも承知だ。
これまでも幾度となく敵の防衛部隊が立ちふさがってきたが、「呪具」に支配されたルルマンドの苛烈な力によって容易く撃退してきたのだ。もはや、魔獣と等しい力を持つルルマンドを撃退出来る者などこの城塞都市内にはいないだろう。
最後の封鎖を前に立ち塞がってきた龍牙騎士将軍ラディカルの一隊を前に、新白薔薇騎士達は剣を構えつつ、ルルマンドをけしかけていく。
□■□■
「やれやれ。迷いもなく突っ込んでくるのかよ」
「グオオオオオオオ!」
獣ような咆哮を上げながら、馬に乗って突っ込んでくるルルマンド。そして彼を先頭にして同じく突っ込んでくる新白薔薇騎士達。それらを見て、ラディカルは愚痴っぽくこぼしながら剣を構えた。
「お前らは周りの新白薔薇の連中を頼む。奴は俺がやる」
「だ、大丈夫ですか将軍?」
遠目から見るのと実際に対峙するのでは、比較にならない程に違うルルマンドの迫力――もはや中型魔獣くらいの脅威を感じる部下は、恐れながらラディカルに問いかける。
ラディカルはそんな怯える部下に、白い歯を見せて不敵に笑う。
「任せとけ。これでも俺ぁ、紅血にいた時には、魔獣討伐部隊にいたんだぜ」
□■□■
馬で駆け、そのままラディカルを轢き殺す勢いで突っ込んでくるルルマンド。
「オオオオオ! グオオオオオオ!」
「うるっっっせええんだよ!」
ルルマンドは咆哮を上げながら、馬上から炎をまとった斧を振り下ろしてくる。ラディカルは地面をしっかり踏みしめながら、それを剣で受け止める。
「うぐ……ぐ……」
受けたラディカルの剣に、人間とは思えない膂力がのしかかる。信じられないことに、石床を踏みしめているラディカルの足が、ベキ!と石を破壊している。おまけに、斧から発せられる業火による熱気が、容赦なうくラディカルの肌を炙ってくる。
「っうおおおおおおお!」
しかしラディカルは臆することなく、全身全霊で相手の斧を受け止めた剣を振りぬく。するとルルマンドの肥満体は、そのまま馬上から弾き飛ばされて、地面に落ちる。
そうしてようやくルルマンドの業火の苦痛から解放された馬が、我を忘れたように暴走し、都市内のいずこかへと走り去っていく。
「グウウウウウ……グァァァァァ……!」
馬上から弾き飛ばされたルルマンドは、ゴロゴロと不格好に地面を転がった後、ゆっくりとその巨体を起こす。
顔の至る穴からは、相変わらず炎が漏れ出すように噴き出ている。右手の斧から発せられている炎がルルマンドの身体に絡みつくようになっているその光景は、ルルマンドが炎の蛇に身体を絡め取られているようにも見える。
そんな炎の蛇にまとわりつかれて、ルルマンド自身の肌も焼けただれている。しかしルルマンドが熱さを感じている様子は全くなく、ルルマンドは炎を噴き出している眼窩をラディカルに向けてくる。
その異常な様相は、”炎の魔人”とでも形容出来るものだった。
「おいおい、本当に人間やめちまいやがったのか? これ、元に戻るんかな?」
凄まじい熱気と圧力に汗を滲ませるラディカルは、不敵な笑みはそのまま、剣を肩にかつぐようにしてルルマンドと相対する。
「将軍へ攻撃を届かせるな! 死んでも止めるぞ!」
事前の作戦通り、ラディカルが引き連れてきた部下達は、ルルマンドの周囲にいる新白薔薇騎士達との戦闘に入る。
ラディカルに希望を託す彼らは必死に新白薔薇騎士達に食い下がるが、やはり能力強化をされている彼女らに対して分は悪い。おそらく長くは保たないだろう。
「時間制限まで付いてんのかよ」
彼らが倒れれば、新白薔薇騎士達は今度はラディカルに襲い掛かってくるだろう。
いくらラディカルといえど、今はルルマンド相手で手一杯で、新白薔薇騎士達をまとめて相手に出来る程の余裕はない。
そして自分が倒れれば、この封鎖は突破される。ここの突破を許せば、理性を失ったこの炎の魔人は、避難している住民達をその業火で容赦なく焼き尽くすだろう。
『ラディカル将軍、非戦闘民の被害を出してはいけません。絶対死守してください』
コウメイから下された至上命令を、ラディカルは頭の中で反芻する。
そして一瞬だけ瞳を閉じて深く深呼吸してから――
瞳をカッと大きく見開く。
「うおらああああっ!」
地面を蹴り、炎を纏う魔人へと果敢に斬りかかるラディカル。
「ヌオオオオオ! オオオオオオ!」
突撃をしてくるラディカルに、ルルマンドは雑に斧を振るう。型も技術もあったものではない。ただでたらめに、まるでまとわりつく蚊を振り払うように斧をぶん回す。
さして動きも速くもないそのルルマンドの攻撃をいなすのは簡単だった。ラディカルは、その炎から発せられる強烈な熱気に歯を食いしばりながら、ルルマンドの斧を受け、弾き、隙を作りだす。
「っもらった!」
斧を弾き飛ばしてルルマンドの巨体のバランスを崩すと、ラディカルが更に一歩踏み入る。ルルマンドは斧を持った手を弾かれている状態で、胴体はがら空きだ。
ーーこのまま胴体を薙ぎ払ってやる!
ラディカルが剣を握る両手に力を込める。
その瞬間――ルルマンドが身体に纏ってた炎がラディカルに襲い掛かる。
「っちいいい!」
急遽攻撃を中止。防衛本能に従うまま、顔を防御するように腕を出す。そしてルルマンドの炎がラディカルの身体を焼き焦がしてくる。
「っちち! っくしょうめがっ!」
ラディカルは毒吐きながら、1度ルルマンドと距離を取るべく後退。くるくると後転しながら後ろへと下がり、片膝を地面につける。
そうしてルルマンドの方を見据えると、斧を両手で持ち直して、そのまま上に振り上げていた。
「まずい……!」
振り上げていた斧――『呪具』炎の暴君を振り下ろすと、炎が地を走るようにしてラディカルへと向かってくる。
「ぐっ……おおおおっ!」
回避することも出来ず、その炎をラディカルは剣で受け止める。
激しい熱気と衝撃――正面から受け続ければ、その炎の勢いに身体を押しつぶされる。ラディカルは命の危険を感じ、咄嗟に横っ飛びに避難する。
ラディカルを襲った炎は、その勢いのまま彼の背後のあった家屋に激突。その建物は瞬く間に業火に包まれ、音を立てて倒壊していく。
「ウオオオオオオオオオ!」
「マジ、かよ……っ!」
すんでの所で命の危機を回避したラディカルだったが、あっけなく崩れ落ちて燃え盛る建物の残骸とルルマンドの咆哮を耳にすると、背筋に寒いものを走らせる。
そんなラディカルの狼狽などお構いなしに、ルルマンドは天を仰ぐようにして大きく息を吸っている。
「おいおい、まさか……」
(なんでもありかよ……っ!)
ヤケクソ気味に愚痴をこぼしながら、ラディカルは引きつった笑いを浮かべる。
その直後――ルルマンドは吸った息を吐くようにして、火炎を吐き出してきた。
「うおおおおおおっ!」
ラディカルも咆哮を上げながら、必死になってその場から飛びのく。
ルルマンドが吐き出した火炎は、先ほど斧から放たれた炎を超える勢いで、ついさっきまでラディカルがいた場所に襲い掛かってくる。そして同じように、背後にあったものを崩壊させる。
今度崩壊させたそれは、避難区画へ通じる道を封鎖していた壁だった。
「もう斧関係ねえじゃねえか! こいつぁ、一体何なんだよ」
――こいつは参った。まさか勇者や新白薔薇騎士以外に、こんな手札を持っていやがったとは。
遂に避難区画を閉じていた壁を破壊されてしまった。これで本当に後がない。死んでもここでこの化物を止めなければ、クラベールは阿鼻叫喚の地獄に陥る。
まだ相手の攻撃は一撃だってまともに食らっていないはずだが、激しい熱気にやられて、ラディカルの肌は焼かれて、全身に軽くはない火傷を負っている。
しかしヒリヒリと感じる火傷の痛みよりも、突破されてしまうという焦りがラディカルを襲う。
「将軍、このままではやれてしまいます。後退しましょう」
新白薔薇騎士達を相手どっていた兵士達がラディカルの側に寄ってくる。見れば、何人かは既に彼女らの前に倒れてしまったようだ。
「ウオオオオオ……ヲヲヲヲヲヲ!」
敵はルルマンドを先頭にしながら、ジリジリとこちらににじり寄ってくる。
間違うことなく、絶対絶命の危機。
「後退して、避難民の誘導をすべきです。ここで我々が全滅したら住民も皆殺しにされます。1つでも多くの命を--」
「馬鹿言ってんじゃねえよ」
しかしラディカルは、その兵士の言葉を一蹴する。
「この化物の火力を見たろ。こんなのを避難区画に入れちまえば、逃げる場所なんてねぇ。死んでもこいつはここで止めねぇとなんねぇ」
「し、しかし我々は騎士です! 聖アルマイトの騎士として、ここで無様な死を晒すわけにはーー」
”騎士として”
それはラディカルが最も忌み嫌う言葉の一つだ。
騎士としての礼儀、忠節、心構え。
そんなもん、クソ喰らえだ。
「俺は、俺だ」
大好きな酒が飲めるのは。
負けてばかりの賭博を好きなだけ打てるのは。
気に入った女を、月に数回は好きに抱けるのは。
自分がここにいるのは、誰のおかげか。
――この国に住む、全ての人のおかげだ。
だから、そんなクソ喰らえなものよりも優先すべきことがある。
「ぜってぇに、手ぇ出させねえ! 一人たりともだ!」
『自身の幸せや楽しみを大切に出来ない人間が、果たして国や民を幸せに出来るでしょうか』
あの時のジュリアスの言葉が蘇る。
「俺は、俺が自分の人生を楽しむだめに、クラベールの人間に絶対に手ぇ出させやしねえぞ!」
元紅血騎士団出身で、龍牙騎士団内でも極めて不真面目で通っていたラディカル=ホーマンリフト。
しかし彼は、龍牙騎士団の次代を担うジャスティン家のジュリアスを持って「真面目な龍牙騎士」と言わしめた。
今ラディカルが吐いた言葉こそが、他の誰よりもラディカル自身が嫌っているはずの”騎士として”の本分。
“騎士として”そこに暮らす人々のために、目の前の化物に自らの身を曝け出すのだった。
「おおおおおおおおっ!」
「ヲヲヲヲヲヲヲヲ!」
再び真正面からルルマンドへ斬りかかるラディカル。
交わるラディカルとルルマンドの咆哮。
先ほどと全く同じ光景だ。
ルルマンドが振り回す斧をラディカルが受け止めている間、ルルマンドが纏う火炎が容赦なくラディカルに襲い掛かってくる。しかし、今度はラディカルは引かない。そのジリジリと身を焦がす炎に、歯を食いしばって耐える。
「フオオオオオオオオ……!」
そしてルルマンドが大きく息を吸う。
避難区画への道を封鎖していた壁を破壊した程の火炎を、この至近距離で放つつもりだ。
「っざけんじゃねえぞっ!」
しかしそれでもラディカルは引かない。
むしろ更に攻撃の勢いを増し、猛攻と言える程の激しい剣戟を繰り出す。
無論、ルルマンドの肥満体がその熟練した攻撃に対応することなど出来ない。
ルルマンドの炎に包まれた身体が斬り刻まれていくが、しかし崩れない。痛々しく血が噴き出るが、纏っている炎が瞬く間に塞いでいってしまう。そしてその激しい熱気に、ラディカルも攻め切ることが出来ずに、決定的な一撃を与えられずにいるのだ。
「っこの、クソ野郎がっ……」
「ヲヲヲヲヲ……っ!」
息を吸い終わったルルマンドが、いよいよ火炎を発射しようと、顔をラディカルへ向けて口を大きく開く。
この至近距離でまともに先ほどの火炎を浴びれば、果たしてラディカルの身体は灰にならないで済むだろうか。運が良くて、誰か分からないくらいに黒焦げになるといったところか。
斬っても斬っても倒れないルルマンド。ゆっくりと、スローモーションのように火炎の吐息を準備を進めていく。
そして、ラディカルへ向けて、地獄の火炎を吐き出そうとした時――
「ぶべらっ!」
剣を持ったままのラディカルの拳が、ルルマンドの顔面を潰す。
全身に炎を纏っているルルマンドに触れることは、それだけで焼身自殺に繋がる程の危険行為だ。特に顔の部分は激しい勢いの炎が渦巻いており、普通の人間ならばそこに手を出すことを考えるだけでも顔をしかめる程だ。
しかし、ラディカルは躊躇うことなく拳を叩きこんだ。
炎の魔人の顔面を潰した拳は焼け爛れ、皮膚が剥がれ落ちて、肉も、その下の骨すらも露出している。剥き出しになった神経は、風になぞられるだけでも激痛が走るはずなのに。
ラディカルは笑っていた。
「グオオオオオ! オオオオ、オオオオオ!」
ラディカルの不意の一撃をまともに顔面に喰らったルルマンドは、さすがに動揺を受けていた。吐き出そうとしていた火炎は中途半端に自身の顔を焼き、両手で顔を抑えるようにして苦悶の声を上げる。心なしか全身の炎の勢いも弱まっているように見える。
「元紅血騎士を、舐めるなよ」
不敵な笑みを浮かべるラディカルは、右手に持っていた剣を左手に持ち変えてそう言った。
「この程度の炎、ラミア王女殿下に比べれば屁でもねぇ!」
おそらくは世界最強の炎使いであろう人物の名を口にしながら、ラディカルはルルマンドの身体を薙ぎ払った。
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クラベール城塞都市決戦戦況
都市内防衛戦:決着 〇ラディカル(全身火傷、右拳重傷)VS ×ルルマンド(戦死)
正門前防衛線:戦闘中 ジュリアスVSクリスティア(戦況拮抗)
前線防衛線:戦闘中 コウメイVSフェスティア(フェスティア優勢)
強襲部隊:戦闘待機中 リューイVSリアラ(???)
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高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》
EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ――
とある別の歴史を歩んだ世界。
その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。
第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる――
日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。
歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。
そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。
「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。
そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。
制刻を始めとする異質な隊員等。
そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。
元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。
〇案内と注意
1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。
2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。
3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。
4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。
5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
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