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第2章『クラベール城塞都市決戦』編
第79話 ラディカル=ホーマンリフト
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決戦前、フェスティアの幕舎にて。
「突撃隊に……あのルルマンド将軍を?」
フェスティアより、明日の決戦における人事配置を聞いたゾーディアスは怪訝な表情を返した。
敵がこちらの本隊の足止めをして時間稼ぎを図るようであれば、敵部隊を突破して城塞都市内へと攻め込む突撃部隊、そこに新白薔薇騎士の中でも最近名を上げているクリスティアを組み込むのは分かる。
しかし、指揮能力も武力も何もない、ただの無能者であるルルマンドをそこに配置することは、ゾーディアスには不可解だった。そもそも初戦の敗戦を理由にして――敗戦も含めてフェスティアの計画通りだったとしても――この機会に無能者を処断するつもりだとすら、ゾーディアスは思っていたのだ。
「無能には無能なりの使い方があるものよ」
ゾーディアスの怪訝な表情に、フェスティアはいつもの余裕に満ちた笑みを浮かべる。
「炎の暴君――聞いたことはあるわね?」
その言葉を聞いただけで、ゾーディアスはフェスティアの意図の全てをくみ取った。
「『呪具』ですが。なかなか惨い仕打ちを……」
この世界には、単なる武器とは違う、不思議な力を付与された特別な武具が存在する。
その最上位に位置するのが、英雄達が行使する『神器』。その下位互換が『魔具』と呼ばれるものだ。カリオスのトールハンマーやラミアの紅蓮は『神器』、プリシティアの紅蓮弓は『魔具』に分類される。
『呪具』は『魔具』の内の1つとされるが、実のところ明確な定義や基準はない。
『魔具』の中でも、とりわけ強力な効果・威力を発揮する代わりに、使用者へ多大なる代償を強いる武具、それらのことを『呪具』と呼ぶことが多い。
あえて『魔具』と呼称を分けるのは、それは大抵の場合は代償を強いられた使用者が、ゾーディアスの言葉通りの“惨い”結果になるからだ。その悍ましさは正に呪い――それが『呪具』と呼ばれる所以である。
「外海との交易で手に入れたのだけれども、扱いに困っていたのよ。良い機会だと思ってね、あの豚に持たせたわ」
「城塞都市の施設は保全するつもりだったのでは?」
「そうね、炎の暴君が暴走すれば、大なり小なり都市を破壊するでしょうね。使わないに越したことはないけれども、相手はあのコウメイ。何を企んでいるか分からない部分があるもの。念には念を入れて、ね」
有能な人材は愛するが、無能にはとことん容赦がないフェスティアのこと。ルルマンドを突撃隊に配置する以上、それを失敗するようであれば命が無い…くらいには脅しているだろう。
もし仮にコウメイが何かしらの策を持っていたとして、ルルマンドは追い詰められれば『呪具』を使用するしかなくなる。
相手の策を読み切り必勝の態勢で臨むフェスティアは、それでも細かいところまで用心を欠かさない。相手取るコウメイが気の毒になるくらいだ。
「――この世の中に、貴女に敵う人間などいるのでしょうか」
ゾーディアスはその無表情の中に畏怖を込めてそう言うと、フェスティアはクスリと笑みをだけを返したのだった。
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「グオオオオオオオ!」
クラベール城塞都市内に獣の咆哮が響き渡る。
それを発したのは、龍の爪の将軍ルルマンド=ディランディ。
彼はその肥満体を馬に乗せて、手には斧を持っているのはいつも通り。しかしそれ以外が異形と化していた。
姿形こそは人型を保っているものの、眼・鼻・耳・口という、顔のあらゆる穴からは炎を噴き出しているような様である。特に眼窩は、眼球が蒸発してしまったのだろうか無くなっているようだ。そこからも火が噴き出ている。
手に持った斧からは常に炎が燃え盛り、ルルマンドの全身に絡みついている。まるでルルマンドが炎を身に纏っているようだ。しかしその熱でルルマンドの肌も焼けているようで、赤黒い火傷の跡が全身に出来て、ただれ始めていた。彼が乗る馬も背中がすっかり焼けており、悲鳴を上げながら暴走しており、それでも上に乗るルルマンドを振り落とせないでいる。
そこら一帯には人と馬の肉が焼ける嫌なにおいが漂う中、炎を纏ったかつてルルマンドであったものが暴走していた。
「オオオオオオ! アアアアアアア!」
すっかり人としての理性を失ったルルマンドは、なんと口から炎を噴き出す。
すると街道を塞いでいた木材や土嚢が一瞬にして焼き払われて黒焦げになり、奥への通路が開ける。
「よし、進むぞ」
炎を吐き出したルルマンドは自身の口が焼け焦げているが、そんな異様に周囲の新白薔薇騎士達は全く狼狽えない。むしろ獣のように唸り声を上げながら炎をまき散らす彼を使って、力づくで封鎖された街道を突破していく。
これではまるで――
□■□■
「魔獣じゃねぇか」
建物の上、下にいる第2王女派に気づかれないように様子をうかがっていたラディカルは、思わずそう零した。
もはやルルマンドは人として扱われていない。攻城兵器よろしく、ラディカル達が綿密に計画し、懸命に労力を注いで封鎖した通路を、力づくで一瞬の内に崩壊させていく。そのルルマンドの後に続く新白薔薇騎士達は、まるで魔獣使いのようだ。
「まさか連中『呪具』まで使ってくるたぁな……」
そのルルマンドの異常さが、『呪具』によるものであるのは、歴戦の将軍であるラディカルにはすぐ察しがついた。これまでの戦場でラディカルも『呪具』の力を目の当たりにしたことはあるが、目の前のルルマンドが手にしている『呪具』の力は、それらを遥かにしのいでいるように見える。
侵入してきたのがクリスティアでは無かったのは不幸中の幸い――仮に彼女だった場合は、都市外でジュリアスが彼女に敗北した可能性があるからだ――だったが、これはこれで窮地である。
「次の“壁”を破られたら、もう避難区画へ侵攻されてしまいます。どうしますか、ラディカル将軍」
ラディカルに従っている部下が心配そうな声で聞いてくる。
どうもこうも選択肢は1つしかない。
「お前らは周りの新白薔薇騎士達を何としてでも抑えろ。奴は俺がやる」
ラディカルは不敵に笑うと、腰に下げていた剣を抜いて戦闘態勢になる。彼の剣は、一般の騎士剣とは違い、身の丈程もある大きな両手剣だ。長年戦場を共にしている、ラディカルの相棒である。
「そしたら、いっちょ魔獣狩とでもいくか! こちとら、魔獣討伐の経験は豊富だからなぁ!」
避難しているクラベール城塞都市の住民を守るため、龍牙騎士団将軍ラディカルが強大な敵の前に身を晒すべく、動き出す。
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彼のフルネームはラディカル=ホーマンリフトという。
常に真面目で礼儀正しい龍牙騎士としては少し異例な人物である彼は、実は元は紅血騎士団の出身だった。
「ラディカル~。ルエールからスカウトが来たわよぉ~。明日から貴方は龍牙騎士だからぁ~」
相変わらず、中身と口調がアンバランスな第2王女から突然そう言われた。
「紅血騎士団での活躍を買われて将軍待遇だそうよぉ? 大出世ねぇ~」
茶化すようなラミアの物言いに、ラディカルは正直あまり良い気はしなかった。
女を買っても、酒を喰らっても、賭博をしていても、戦闘で結果さえ出していれば良い。ラディカルは紅血騎士団のそんな空気を気に入っていた。
龍牙騎士団といえば、『真面目』の代名詞。大陸最高峰の騎士であることの自覚を常に持たされているようで、ひたすら禁欲とストイックさを求められるような堅苦しい場所だ。その分給料は紅血よりは良いはずだが。
気は進まなかったが、命令とあればラディカルとしても逆らうわけにはいかない。
慣れない龍牙騎士の礼服に袖を通して、その時の団長ルエールに挨拶へ行くと、一緒に待っていたのはまだ若く、ラディカルと同じ将軍階級であったジュリアスだった。
「今日から宜しく頼むぞラディカル“将軍”。早速だが、ここにいるジュリアスの部隊へ配属となる。ジャスティン家の跡取りだが、まだ若い。支えてやってくれ」
(――なんだ、ボンボンの世話かよ)
ラディカルは、自分が龍牙騎士団に引き抜かれた理由を察するとゲンナリとした。
ジャスティン家は、聖アルマイト3騎士団の中では知らない者が少ないくらいの高名な家系だ。それこそヴァルガンダル家には遠く及ばないものの、それに次ぐ程の。
しかし近年では優秀な人材を輩出することが出来ず、家名の価値も低迷している。これ以上評価が落ちれば、間もなく“没落貴族”という不名誉な称号が与えられそうなくらいに。
(くっだらねぇ。結局は権力争いのイザコザなんじゃねえか?)
ラディカルのホーマンリフト家は平民の家系である。平民ながらラディカルは実力至上主義の紅血騎士でのし上がってきたのだ。だから、貴族の家名だとか、王宮や騎士団内の派閥争いに関しては知識も興味も無かった。
でもこうして不自然な人事があるのは、ジャスティン家を推したい派閥の力によるものなのではないか。そういった権力者の介入が無ければ、ラディカルが龍牙騎士団の将軍へ引き抜かれる理由などない。
――しかし、それでは何故ラディカルという変わった人間に、ジャスティン家の跡取りの副官をさせられるのか。わざわざ扱い辛い自分を王宮内の派閥争いに巻き込もうとする理由もよく分からないが。
「宜しくお願いします。ラディカル将軍」
そうしてラディカルにとって年下の上司となるジュリアスは、礼儀に則ったいかにも真面目な龍牙騎士らしい所作で頭を下げてきた。
□■□■
こうして「由緒ある格式高い名家に生まれたお坊ちゃんのお世話」を拝命したラディカル。
うんざりとしていた彼だったが、初っ端から面食らうこととなった。
「うひぇ~……まだまだ酔っていましぇんよぉ」
「いやいや。ベロベロじゃないですか、ジュリアス将軍」
まさかジュリアスから酒を誘われたまではいいが、その席でジュリアスはラディカルに張り合うように酒をガブガブと飲み干したのだ。元々酒が強いかどうかは知らないが、幼少のころから酒と共に育ってきたといっても過言ではないラディカルに、敵うはずがない。
結果、ラディカルはまともに歩くことすら出来なくなるまで酩酊したジュリアスを、背中に背負って帰りの路につくこととなった。
「しゅ、しゅいましぇん。ラディカル将軍……」
「くっくっく。他の騎士連中にはとても見せられん姿ですなぁ」
背中で呂律が回っていないジュリアスの様子を、ラディカルは面白おかしく笑うのだった。
この一件だけで、ラディカルのジュリアスへの評価はかなり変わった。何を考えているのかは分からないが、意外に面白そうな一面がある若者だ、と。
しかしジュリアスという人間は、やはりどこまでいっても真面目一辺倒の人間であった。それこそまさに龍牙騎士のお手本といえるような人間だったのだ。
それは、これとはまた後日の雑談で思い知らされる。
「実は、ラディカル将軍を龍牙騎士団へ引き抜いたのは、私が無理にルエール団長へお願いしたからです」
「へえ?」
とある日、何かしら時間を持て余した時だったろうか、おもむろにジュリアスからそう切り出されたことがある。
「てっきり、俺みたいな人間は龍牙騎士団の中では嫌われていると思っていやしたけどねぇ」
その日、既にラディカルは龍牙騎士団へ転属してから1ヶ月程が経過していた。紅血騎士団にいた時と同様、酒と女と賭博にのめり込み、その素行不良を改める様子は皆無。
周囲からはラディカルに対する不満や不快感が高まっていた。無論、本人もその評判は承知しながらも、それでも気にせずに自分が思う生活を営んでいた。
「とんでもありません。私は、ラディカル将軍のような方こそが今の龍牙騎士団には必要だと思っています。だからこそ、私の補佐をしてほしいとお願いしたいんです」
ジュリアスはいつもの柔和な笑みを浮かべながらそう返してきた。予想外なその言葉に、ラディカルは興味深そうな視線をジュリアスへ向ける。
「礼儀や忠節を重んじて、国や民のために自己の研鑽を重ねていく――確かに、龍牙騎士として必要とされることです。しかしヴィジオール陛下の代、そしてこれからはカリオス殿下へと時代は変わっていきます。我々龍牙騎士も、その時代に合わせて変化していかないといけない。今のように、語りばかりの礼儀を重視するよりも、もっと大切なものを守る必要がある。そのために我々龍牙騎士も変わっていかねばならないと思っています」
「ふむう。なんか分かるような、分からないような言葉ですなぁ」
顎を撫でながら返事をするラディカルは、まさにその言葉通りの感想を抱くと、ジュリアスはやはり困ったように笑う。
「つまりですね、我々龍牙騎士だって、人生を楽しんで幸せにならないといけない。自身の幸せや楽しみを大切に出来ない人間が、果たして国や民を幸せに出来るでしょうか。これからの龍牙騎士には、自分の人生を楽しむことが必要なのでは、と思うのです」
「……くっくっく。あっはっはっは!」
ともすれば、とんでもない発言だ。
ジュリアスらが、いわゆる「ミリアム世代」と呼ばれる天才達だというのはラディカルも知っている。間違いなく龍牙騎士団を未来を担う人材だ。
そんなジュリアスが、よりにもよってこれまでの龍牙騎士の存在意義ともいえるようなことを否定するような発言をするとは、これには思わずラディカルも笑いが止まらなかった。
「それで俺に飲み比べってわけですかい! ジャスティン家との跡取りともあろう方が! こいつはおもしれぇ!」
膝を叩いてケラケラと笑う。この上官を馬鹿にするような笑いも、龍牙騎士にとっては不敬に値し有り得ない態度だ。……が、やはりジュリアスは困った笑みを浮かべ続けるだけった。
「家名は関係ありませんよ。そもそも、私はジャスティン家の人間としては劣等生ですから」
「……ん?」
いよいよ上流貴族らしからぬ発言に、ラディカルは眉をひそめて敏感に反応する。
「本来なら、私とラディカル将軍の立場は逆になっていたかもしれない。でも、今私が形の上とはいえ将軍の上官となっているのは、間違いなくジャスティン家の家名によるものでしょう。ですが、いざ実際の実力と言えば……どうでしょうかね」
「俺ぁ、別にそこまで卑下するこたぁないと思いやすぜ」
それはラディカルの本音――というか、そもそも彼は上司に対して気遣うことなどは基本的にしない。
ジュリアスと一緒に仕事をしてきたが、才能や実務能力において、さすがジャスティン家の血を引いているな、と思わされた。
同世代のミリアムやランディのような、個人の武力といった面で突出な才能はない。しかしジュリアスの本分は、部隊編成や戦闘指揮だったりの組織管理の分野にある。そっちの方面では、今あげた両者でも敵わない勿論こと、龍牙騎士全体を見渡しても団長のルエールくらいしか、ジュリアスと肩を並べることは出来ないだろう。
間違いなく、次期龍牙騎士団長の筆頭候補だと、ラディカルも思っていた。
「ありがとうございます、将軍。それも必死になって泥まみれになりながら身に付けたものです。それが将軍のようなベテランに認めていただけるのは素直に嬉しいことです」
そう言って素直に感謝の念を伝えてから、ジュリアスは柔和な表情はそのままに続ける。
「でも、私はもっと強くならなくてはいけない。ジャスティン家の家名など関係なく、ミリアムやランディに負けないくらい。1人の人間として、ジュリアスという一個人として強くなって、龍牙騎士としてのし上がっていかなければいけないんです」
それは彼らしく静かで丁寧な口調ながら、今までにないくらいの意志の強さを感じさせる言葉だった。ラディカルは呆気に取られたように、口をぽかんと開けてその言葉を聞いていた。
「私が強くなることを見せることで、頑張れる人もいる。勇気を持てる人がいる……だから、私も頑張れるんです。強くなるため、これから聖アルマイトが必要とする龍牙騎士になるためなら、私は嫌なことでも苦手なことでも、何でもしますよ」
「――それが、酒だのギャンブルだのってわけですかい」
真面目なジュリアスの言葉に対して、茶化すようなラディカルの言葉。
少しだけお互いに沈黙した後、2人して大笑いをした。
「そうですね。自分を失うくらい飲んだのは初めてでしたが……なるほど、あれはあれで気分がいいものでした。翌日は地獄のようでしたが」
「ひっひっひ。じゃあ次は女でも抱きやすか? 紅血騎士団にいた時、通っていた良い店があるんですよ。ジャスティン家の名前を使えば、サービスしてもらえやすぜ」
「う……せ、性風俗店ですか……」
自分で何でもすると言った以上、否定することも出来ずジュリアスはもごもごと口ごもってしまう。それもラディカルからすると可笑しかった。
先ほどジュリアスが語った「頑張れる人」「勇気を持てる人」とやらは、どうも特定の誰かのことを想っているようだったが、それはラディカルには知る由もない。
ーーまあ、いずれにせよこの年下の上官はやはり面白い。
「強くなる」というのは、剣の腕でも戦術腕のことでもない。彼が言った言葉そのまま、人間としての強さを身に付けるということだ。そのために、自分が今まで関わることなどない知らない世界を知るために、本当にそのためにラディカルの評判を聞きつけて副官としたのだろう。
意外に不真面目で、ちょっと火遊びをしたいと思っている世間知らずのお坊ちゃん。そんな人間が龍牙騎士の将軍を務めているなど、それはそれで面白いと思っていた。しかし、実はそんなことはない。ジュリアスはやはりどこまで行っても真面目な人間だった。
真面目で堅苦しい性格で、自分がやるべきことに愚直に向き合っているだけだ。事前の評価通り、正に龍牙騎士のお手本らしい騎士だったのは間違いなかった。
つまり、真面目に不真面目なことを覚えようとしている--火遊びを覚えようとする世間知らずなお坊ちゃんよりも、むしろその方がラディカルは好感が持てたのだった。そもそも真面目に生きる人間の方が、周りからの信頼も評価も得やすいというのは、社会の常識だろう。
「気に入りやしたぜ、ジュリアス将軍。これからも宜しくお願いしやす」
既にジュリアスの部下となってから月日は経っているのだが、ラディカルは不敵な笑みを浮かべながら手を差し出す。するとジュリアスも嬉しそうにうなずきながら、差し出された手を握り返す。
「こちらこそ宜しくお願いします、ラディカル将軍。頼りにしていますよ」
□■□■
決戦前日の夕方、コウメイからの指示により、決戦に備えて休息を取っていたジュリアスの下に、1人の部下が苦言を呈してきた。
「都市内の防衛隊ですが、ラディカル将軍で大丈夫でしょうか?」
コウメイから特に禁止されていたわけでもないためか、ラディカルは決戦を明日に備えた今、酒をかっくらっているらしいということを聞いた。
ジュリアスも緊張を紛らわせるために、夜には少量のアルコールを取ろうとは考えていたが、どうもラディカルのそれは度を越しているようだ。まるで前祝と言わんばかりの宴会さながらに飲んでいるとのこと。
「彼らしいですね」
精神的に参っていたジュリアスだったが、いつもと変わらぬそんな副官の態度に、どこか安心したように表情を緩めた。
「ジュリアス副長!」
真面目に相手にされていないと感じたのか、その部下が不服そうに言ってくる。
「そもそもラディカル将軍は、元紅血騎士ということもあり、普段からあの不真面目な態度はどうかと思いますよ! そんな人間に、住民の命を預ける都市内防衛隊を任せるなんて……一体、今回の元帥閣下は何を考えておられるのですか!」
こんな緊急事態だからこそ、今までの不満が抑えきれなくなったのだろう。その気持ちは分からなくもない。いかにも典型的な、礼儀と忠節を重んじる龍牙騎士らしい。
それを見ていると、昔のラディカルとのやり取りを思い出して、思わずジュリアスは笑ってしまう。
「――大丈夫ですよ」
そして、簡潔な返事をする。それは不安を抱える部下にきちんと向き合い、そして件のラディカルに対しては全幅の信頼を寄せている言葉だった。
「ラディカル将軍は、龍牙騎士になってからは勿論、紅血騎士にいた頃からずっと真面目で誠実な人間ですよ」
ジュリアスはラディカルのことを、ずっとそう評価している。だからこそ、自分の副官として頼りにしているのだ。
「普段は酒も飲むし、賭博も打つし、女性を買ったりもします。でも――」
ラディカルが非戦闘員を犠牲にしたことは一度もない。彼が戦場に出るとき、第一優先にするのはそこで平和に暮らす人達のことだ。
罪無き人を守る戦い――ことそのような状況において、強さを発揮する人間なのである。
眼に見える礼節は欠けているかもしれない。形としての誠実さは見えないかもしれない。
しかし国を、そこに生きる人達を守るという騎士の本分――その1点においては
「彼はどこまでいっても真面目な龍牙騎士ですよ」
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龍牙騎士副団長副官ラディカル=ホーマンリフト。
『呪具』を手にして人間の域を超えてしまったルルマンド=ディランド。
クラベール城塞都市決戦の三大戦局の内、最初の戦いが始まろうとしていた。
「突撃隊に……あのルルマンド将軍を?」
フェスティアより、明日の決戦における人事配置を聞いたゾーディアスは怪訝な表情を返した。
敵がこちらの本隊の足止めをして時間稼ぎを図るようであれば、敵部隊を突破して城塞都市内へと攻め込む突撃部隊、そこに新白薔薇騎士の中でも最近名を上げているクリスティアを組み込むのは分かる。
しかし、指揮能力も武力も何もない、ただの無能者であるルルマンドをそこに配置することは、ゾーディアスには不可解だった。そもそも初戦の敗戦を理由にして――敗戦も含めてフェスティアの計画通りだったとしても――この機会に無能者を処断するつもりだとすら、ゾーディアスは思っていたのだ。
「無能には無能なりの使い方があるものよ」
ゾーディアスの怪訝な表情に、フェスティアはいつもの余裕に満ちた笑みを浮かべる。
「炎の暴君――聞いたことはあるわね?」
その言葉を聞いただけで、ゾーディアスはフェスティアの意図の全てをくみ取った。
「『呪具』ですが。なかなか惨い仕打ちを……」
この世界には、単なる武器とは違う、不思議な力を付与された特別な武具が存在する。
その最上位に位置するのが、英雄達が行使する『神器』。その下位互換が『魔具』と呼ばれるものだ。カリオスのトールハンマーやラミアの紅蓮は『神器』、プリシティアの紅蓮弓は『魔具』に分類される。
『呪具』は『魔具』の内の1つとされるが、実のところ明確な定義や基準はない。
『魔具』の中でも、とりわけ強力な効果・威力を発揮する代わりに、使用者へ多大なる代償を強いる武具、それらのことを『呪具』と呼ぶことが多い。
あえて『魔具』と呼称を分けるのは、それは大抵の場合は代償を強いられた使用者が、ゾーディアスの言葉通りの“惨い”結果になるからだ。その悍ましさは正に呪い――それが『呪具』と呼ばれる所以である。
「外海との交易で手に入れたのだけれども、扱いに困っていたのよ。良い機会だと思ってね、あの豚に持たせたわ」
「城塞都市の施設は保全するつもりだったのでは?」
「そうね、炎の暴君が暴走すれば、大なり小なり都市を破壊するでしょうね。使わないに越したことはないけれども、相手はあのコウメイ。何を企んでいるか分からない部分があるもの。念には念を入れて、ね」
有能な人材は愛するが、無能にはとことん容赦がないフェスティアのこと。ルルマンドを突撃隊に配置する以上、それを失敗するようであれば命が無い…くらいには脅しているだろう。
もし仮にコウメイが何かしらの策を持っていたとして、ルルマンドは追い詰められれば『呪具』を使用するしかなくなる。
相手の策を読み切り必勝の態勢で臨むフェスティアは、それでも細かいところまで用心を欠かさない。相手取るコウメイが気の毒になるくらいだ。
「――この世の中に、貴女に敵う人間などいるのでしょうか」
ゾーディアスはその無表情の中に畏怖を込めてそう言うと、フェスティアはクスリと笑みをだけを返したのだった。
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「グオオオオオオオ!」
クラベール城塞都市内に獣の咆哮が響き渡る。
それを発したのは、龍の爪の将軍ルルマンド=ディランディ。
彼はその肥満体を馬に乗せて、手には斧を持っているのはいつも通り。しかしそれ以外が異形と化していた。
姿形こそは人型を保っているものの、眼・鼻・耳・口という、顔のあらゆる穴からは炎を噴き出しているような様である。特に眼窩は、眼球が蒸発してしまったのだろうか無くなっているようだ。そこからも火が噴き出ている。
手に持った斧からは常に炎が燃え盛り、ルルマンドの全身に絡みついている。まるでルルマンドが炎を身に纏っているようだ。しかしその熱でルルマンドの肌も焼けているようで、赤黒い火傷の跡が全身に出来て、ただれ始めていた。彼が乗る馬も背中がすっかり焼けており、悲鳴を上げながら暴走しており、それでも上に乗るルルマンドを振り落とせないでいる。
そこら一帯には人と馬の肉が焼ける嫌なにおいが漂う中、炎を纏ったかつてルルマンドであったものが暴走していた。
「オオオオオオ! アアアアアアア!」
すっかり人としての理性を失ったルルマンドは、なんと口から炎を噴き出す。
すると街道を塞いでいた木材や土嚢が一瞬にして焼き払われて黒焦げになり、奥への通路が開ける。
「よし、進むぞ」
炎を吐き出したルルマンドは自身の口が焼け焦げているが、そんな異様に周囲の新白薔薇騎士達は全く狼狽えない。むしろ獣のように唸り声を上げながら炎をまき散らす彼を使って、力づくで封鎖された街道を突破していく。
これではまるで――
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「魔獣じゃねぇか」
建物の上、下にいる第2王女派に気づかれないように様子をうかがっていたラディカルは、思わずそう零した。
もはやルルマンドは人として扱われていない。攻城兵器よろしく、ラディカル達が綿密に計画し、懸命に労力を注いで封鎖した通路を、力づくで一瞬の内に崩壊させていく。そのルルマンドの後に続く新白薔薇騎士達は、まるで魔獣使いのようだ。
「まさか連中『呪具』まで使ってくるたぁな……」
そのルルマンドの異常さが、『呪具』によるものであるのは、歴戦の将軍であるラディカルにはすぐ察しがついた。これまでの戦場でラディカルも『呪具』の力を目の当たりにしたことはあるが、目の前のルルマンドが手にしている『呪具』の力は、それらを遥かにしのいでいるように見える。
侵入してきたのがクリスティアでは無かったのは不幸中の幸い――仮に彼女だった場合は、都市外でジュリアスが彼女に敗北した可能性があるからだ――だったが、これはこれで窮地である。
「次の“壁”を破られたら、もう避難区画へ侵攻されてしまいます。どうしますか、ラディカル将軍」
ラディカルに従っている部下が心配そうな声で聞いてくる。
どうもこうも選択肢は1つしかない。
「お前らは周りの新白薔薇騎士達を何としてでも抑えろ。奴は俺がやる」
ラディカルは不敵に笑うと、腰に下げていた剣を抜いて戦闘態勢になる。彼の剣は、一般の騎士剣とは違い、身の丈程もある大きな両手剣だ。長年戦場を共にしている、ラディカルの相棒である。
「そしたら、いっちょ魔獣狩とでもいくか! こちとら、魔獣討伐の経験は豊富だからなぁ!」
避難しているクラベール城塞都市の住民を守るため、龍牙騎士団将軍ラディカルが強大な敵の前に身を晒すべく、動き出す。
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彼のフルネームはラディカル=ホーマンリフトという。
常に真面目で礼儀正しい龍牙騎士としては少し異例な人物である彼は、実は元は紅血騎士団の出身だった。
「ラディカル~。ルエールからスカウトが来たわよぉ~。明日から貴方は龍牙騎士だからぁ~」
相変わらず、中身と口調がアンバランスな第2王女から突然そう言われた。
「紅血騎士団での活躍を買われて将軍待遇だそうよぉ? 大出世ねぇ~」
茶化すようなラミアの物言いに、ラディカルは正直あまり良い気はしなかった。
女を買っても、酒を喰らっても、賭博をしていても、戦闘で結果さえ出していれば良い。ラディカルは紅血騎士団のそんな空気を気に入っていた。
龍牙騎士団といえば、『真面目』の代名詞。大陸最高峰の騎士であることの自覚を常に持たされているようで、ひたすら禁欲とストイックさを求められるような堅苦しい場所だ。その分給料は紅血よりは良いはずだが。
気は進まなかったが、命令とあればラディカルとしても逆らうわけにはいかない。
慣れない龍牙騎士の礼服に袖を通して、その時の団長ルエールに挨拶へ行くと、一緒に待っていたのはまだ若く、ラディカルと同じ将軍階級であったジュリアスだった。
「今日から宜しく頼むぞラディカル“将軍”。早速だが、ここにいるジュリアスの部隊へ配属となる。ジャスティン家の跡取りだが、まだ若い。支えてやってくれ」
(――なんだ、ボンボンの世話かよ)
ラディカルは、自分が龍牙騎士団に引き抜かれた理由を察するとゲンナリとした。
ジャスティン家は、聖アルマイト3騎士団の中では知らない者が少ないくらいの高名な家系だ。それこそヴァルガンダル家には遠く及ばないものの、それに次ぐ程の。
しかし近年では優秀な人材を輩出することが出来ず、家名の価値も低迷している。これ以上評価が落ちれば、間もなく“没落貴族”という不名誉な称号が与えられそうなくらいに。
(くっだらねぇ。結局は権力争いのイザコザなんじゃねえか?)
ラディカルのホーマンリフト家は平民の家系である。平民ながらラディカルは実力至上主義の紅血騎士でのし上がってきたのだ。だから、貴族の家名だとか、王宮や騎士団内の派閥争いに関しては知識も興味も無かった。
でもこうして不自然な人事があるのは、ジャスティン家を推したい派閥の力によるものなのではないか。そういった権力者の介入が無ければ、ラディカルが龍牙騎士団の将軍へ引き抜かれる理由などない。
――しかし、それでは何故ラディカルという変わった人間に、ジャスティン家の跡取りの副官をさせられるのか。わざわざ扱い辛い自分を王宮内の派閥争いに巻き込もうとする理由もよく分からないが。
「宜しくお願いします。ラディカル将軍」
そうしてラディカルにとって年下の上司となるジュリアスは、礼儀に則ったいかにも真面目な龍牙騎士らしい所作で頭を下げてきた。
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こうして「由緒ある格式高い名家に生まれたお坊ちゃんのお世話」を拝命したラディカル。
うんざりとしていた彼だったが、初っ端から面食らうこととなった。
「うひぇ~……まだまだ酔っていましぇんよぉ」
「いやいや。ベロベロじゃないですか、ジュリアス将軍」
まさかジュリアスから酒を誘われたまではいいが、その席でジュリアスはラディカルに張り合うように酒をガブガブと飲み干したのだ。元々酒が強いかどうかは知らないが、幼少のころから酒と共に育ってきたといっても過言ではないラディカルに、敵うはずがない。
結果、ラディカルはまともに歩くことすら出来なくなるまで酩酊したジュリアスを、背中に背負って帰りの路につくこととなった。
「しゅ、しゅいましぇん。ラディカル将軍……」
「くっくっく。他の騎士連中にはとても見せられん姿ですなぁ」
背中で呂律が回っていないジュリアスの様子を、ラディカルは面白おかしく笑うのだった。
この一件だけで、ラディカルのジュリアスへの評価はかなり変わった。何を考えているのかは分からないが、意外に面白そうな一面がある若者だ、と。
しかしジュリアスという人間は、やはりどこまでいっても真面目一辺倒の人間であった。それこそまさに龍牙騎士のお手本といえるような人間だったのだ。
それは、これとはまた後日の雑談で思い知らされる。
「実は、ラディカル将軍を龍牙騎士団へ引き抜いたのは、私が無理にルエール団長へお願いしたからです」
「へえ?」
とある日、何かしら時間を持て余した時だったろうか、おもむろにジュリアスからそう切り出されたことがある。
「てっきり、俺みたいな人間は龍牙騎士団の中では嫌われていると思っていやしたけどねぇ」
その日、既にラディカルは龍牙騎士団へ転属してから1ヶ月程が経過していた。紅血騎士団にいた時と同様、酒と女と賭博にのめり込み、その素行不良を改める様子は皆無。
周囲からはラディカルに対する不満や不快感が高まっていた。無論、本人もその評判は承知しながらも、それでも気にせずに自分が思う生活を営んでいた。
「とんでもありません。私は、ラディカル将軍のような方こそが今の龍牙騎士団には必要だと思っています。だからこそ、私の補佐をしてほしいとお願いしたいんです」
ジュリアスはいつもの柔和な笑みを浮かべながらそう返してきた。予想外なその言葉に、ラディカルは興味深そうな視線をジュリアスへ向ける。
「礼儀や忠節を重んじて、国や民のために自己の研鑽を重ねていく――確かに、龍牙騎士として必要とされることです。しかしヴィジオール陛下の代、そしてこれからはカリオス殿下へと時代は変わっていきます。我々龍牙騎士も、その時代に合わせて変化していかないといけない。今のように、語りばかりの礼儀を重視するよりも、もっと大切なものを守る必要がある。そのために我々龍牙騎士も変わっていかねばならないと思っています」
「ふむう。なんか分かるような、分からないような言葉ですなぁ」
顎を撫でながら返事をするラディカルは、まさにその言葉通りの感想を抱くと、ジュリアスはやはり困ったように笑う。
「つまりですね、我々龍牙騎士だって、人生を楽しんで幸せにならないといけない。自身の幸せや楽しみを大切に出来ない人間が、果たして国や民を幸せに出来るでしょうか。これからの龍牙騎士には、自分の人生を楽しむことが必要なのでは、と思うのです」
「……くっくっく。あっはっはっは!」
ともすれば、とんでもない発言だ。
ジュリアスらが、いわゆる「ミリアム世代」と呼ばれる天才達だというのはラディカルも知っている。間違いなく龍牙騎士団を未来を担う人材だ。
そんなジュリアスが、よりにもよってこれまでの龍牙騎士の存在意義ともいえるようなことを否定するような発言をするとは、これには思わずラディカルも笑いが止まらなかった。
「それで俺に飲み比べってわけですかい! ジャスティン家との跡取りともあろう方が! こいつはおもしれぇ!」
膝を叩いてケラケラと笑う。この上官を馬鹿にするような笑いも、龍牙騎士にとっては不敬に値し有り得ない態度だ。……が、やはりジュリアスは困った笑みを浮かべ続けるだけった。
「家名は関係ありませんよ。そもそも、私はジャスティン家の人間としては劣等生ですから」
「……ん?」
いよいよ上流貴族らしからぬ発言に、ラディカルは眉をひそめて敏感に反応する。
「本来なら、私とラディカル将軍の立場は逆になっていたかもしれない。でも、今私が形の上とはいえ将軍の上官となっているのは、間違いなくジャスティン家の家名によるものでしょう。ですが、いざ実際の実力と言えば……どうでしょうかね」
「俺ぁ、別にそこまで卑下するこたぁないと思いやすぜ」
それはラディカルの本音――というか、そもそも彼は上司に対して気遣うことなどは基本的にしない。
ジュリアスと一緒に仕事をしてきたが、才能や実務能力において、さすがジャスティン家の血を引いているな、と思わされた。
同世代のミリアムやランディのような、個人の武力といった面で突出な才能はない。しかしジュリアスの本分は、部隊編成や戦闘指揮だったりの組織管理の分野にある。そっちの方面では、今あげた両者でも敵わない勿論こと、龍牙騎士全体を見渡しても団長のルエールくらいしか、ジュリアスと肩を並べることは出来ないだろう。
間違いなく、次期龍牙騎士団長の筆頭候補だと、ラディカルも思っていた。
「ありがとうございます、将軍。それも必死になって泥まみれになりながら身に付けたものです。それが将軍のようなベテランに認めていただけるのは素直に嬉しいことです」
そう言って素直に感謝の念を伝えてから、ジュリアスは柔和な表情はそのままに続ける。
「でも、私はもっと強くならなくてはいけない。ジャスティン家の家名など関係なく、ミリアムやランディに負けないくらい。1人の人間として、ジュリアスという一個人として強くなって、龍牙騎士としてのし上がっていかなければいけないんです」
それは彼らしく静かで丁寧な口調ながら、今までにないくらいの意志の強さを感じさせる言葉だった。ラディカルは呆気に取られたように、口をぽかんと開けてその言葉を聞いていた。
「私が強くなることを見せることで、頑張れる人もいる。勇気を持てる人がいる……だから、私も頑張れるんです。強くなるため、これから聖アルマイトが必要とする龍牙騎士になるためなら、私は嫌なことでも苦手なことでも、何でもしますよ」
「――それが、酒だのギャンブルだのってわけですかい」
真面目なジュリアスの言葉に対して、茶化すようなラディカルの言葉。
少しだけお互いに沈黙した後、2人して大笑いをした。
「そうですね。自分を失うくらい飲んだのは初めてでしたが……なるほど、あれはあれで気分がいいものでした。翌日は地獄のようでしたが」
「ひっひっひ。じゃあ次は女でも抱きやすか? 紅血騎士団にいた時、通っていた良い店があるんですよ。ジャスティン家の名前を使えば、サービスしてもらえやすぜ」
「う……せ、性風俗店ですか……」
自分で何でもすると言った以上、否定することも出来ずジュリアスはもごもごと口ごもってしまう。それもラディカルからすると可笑しかった。
先ほどジュリアスが語った「頑張れる人」「勇気を持てる人」とやらは、どうも特定の誰かのことを想っているようだったが、それはラディカルには知る由もない。
ーーまあ、いずれにせよこの年下の上官はやはり面白い。
「強くなる」というのは、剣の腕でも戦術腕のことでもない。彼が言った言葉そのまま、人間としての強さを身に付けるということだ。そのために、自分が今まで関わることなどない知らない世界を知るために、本当にそのためにラディカルの評判を聞きつけて副官としたのだろう。
意外に不真面目で、ちょっと火遊びをしたいと思っている世間知らずのお坊ちゃん。そんな人間が龍牙騎士の将軍を務めているなど、それはそれで面白いと思っていた。しかし、実はそんなことはない。ジュリアスはやはりどこまで行っても真面目な人間だった。
真面目で堅苦しい性格で、自分がやるべきことに愚直に向き合っているだけだ。事前の評価通り、正に龍牙騎士のお手本らしい騎士だったのは間違いなかった。
つまり、真面目に不真面目なことを覚えようとしている--火遊びを覚えようとする世間知らずなお坊ちゃんよりも、むしろその方がラディカルは好感が持てたのだった。そもそも真面目に生きる人間の方が、周りからの信頼も評価も得やすいというのは、社会の常識だろう。
「気に入りやしたぜ、ジュリアス将軍。これからも宜しくお願いしやす」
既にジュリアスの部下となってから月日は経っているのだが、ラディカルは不敵な笑みを浮かべながら手を差し出す。するとジュリアスも嬉しそうにうなずきながら、差し出された手を握り返す。
「こちらこそ宜しくお願いします、ラディカル将軍。頼りにしていますよ」
□■□■
決戦前日の夕方、コウメイからの指示により、決戦に備えて休息を取っていたジュリアスの下に、1人の部下が苦言を呈してきた。
「都市内の防衛隊ですが、ラディカル将軍で大丈夫でしょうか?」
コウメイから特に禁止されていたわけでもないためか、ラディカルは決戦を明日に備えた今、酒をかっくらっているらしいということを聞いた。
ジュリアスも緊張を紛らわせるために、夜には少量のアルコールを取ろうとは考えていたが、どうもラディカルのそれは度を越しているようだ。まるで前祝と言わんばかりの宴会さながらに飲んでいるとのこと。
「彼らしいですね」
精神的に参っていたジュリアスだったが、いつもと変わらぬそんな副官の態度に、どこか安心したように表情を緩めた。
「ジュリアス副長!」
真面目に相手にされていないと感じたのか、その部下が不服そうに言ってくる。
「そもそもラディカル将軍は、元紅血騎士ということもあり、普段からあの不真面目な態度はどうかと思いますよ! そんな人間に、住民の命を預ける都市内防衛隊を任せるなんて……一体、今回の元帥閣下は何を考えておられるのですか!」
こんな緊急事態だからこそ、今までの不満が抑えきれなくなったのだろう。その気持ちは分からなくもない。いかにも典型的な、礼儀と忠節を重んじる龍牙騎士らしい。
それを見ていると、昔のラディカルとのやり取りを思い出して、思わずジュリアスは笑ってしまう。
「――大丈夫ですよ」
そして、簡潔な返事をする。それは不安を抱える部下にきちんと向き合い、そして件のラディカルに対しては全幅の信頼を寄せている言葉だった。
「ラディカル将軍は、龍牙騎士になってからは勿論、紅血騎士にいた頃からずっと真面目で誠実な人間ですよ」
ジュリアスはラディカルのことを、ずっとそう評価している。だからこそ、自分の副官として頼りにしているのだ。
「普段は酒も飲むし、賭博も打つし、女性を買ったりもします。でも――」
ラディカルが非戦闘員を犠牲にしたことは一度もない。彼が戦場に出るとき、第一優先にするのはそこで平和に暮らす人達のことだ。
罪無き人を守る戦い――ことそのような状況において、強さを発揮する人間なのである。
眼に見える礼節は欠けているかもしれない。形としての誠実さは見えないかもしれない。
しかし国を、そこに生きる人達を守るという騎士の本分――その1点においては
「彼はどこまでいっても真面目な龍牙騎士ですよ」
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
龍牙騎士副団長副官ラディカル=ホーマンリフト。
『呪具』を手にして人間の域を超えてしまったルルマンド=ディランド。
クラベール城塞都市決戦の三大戦局の内、最初の戦いが始まろうとしていた。
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