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第2章『クラベール城塞都市決戦』編
第78話 潰える灯
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クラベール領での決戦前夜、王都ユールディアでもちょっとした大事件が発生していた。
「はぁっ……はぁっ……」
「アンナお嬢様っ、お待ちください!」
真夜中の王宮内を、アンナは余裕のない表情で駆けていた。身に付けているのは相変わらずの白い病衣に、カーディガンのようなものを肩に羽織っている。
アンナを追いかけるのは、アンナが王都の治療室に入ってからずっと世話をしているヴァルガンダル家に仕えるミンシィだ。
「お父様……お父様っ……!」
侍女の声も聞こえず、アンナは今にも号泣しそうな顔で廊下を疾走していた。
そして程なくして目的の部屋に着く。
そこはアンナとは別の部屋ではあったが、重傷を負っていたルエールがいるはずの治療室である。
「ルエールお父様っ!」
アンナは身体の奥底から湧き上がる感情を抑えきれず、力のまま扉を押し開いた。
乱暴に開けられた扉が爆音に近いようなけたたましい音を立てて開け放たれる。中はアンナが入っている治療室と同程度の広さに、10人弱程の大人数が詰めていた。広さに対して密度が高いの明らかだ。
部屋の中にいる人間は、アンナも知っているような治癒術師や王宮内で従事する高官らであり、リューゲルの姿もそこにある。
そしてルエールが寝かされているベッドのすぐ側、それら集団の中心にはカリオスがいた。カリオスは、瞳を閉じて、顔を俯かせて、祈るように顔の前で手を合わせていた。
「いや……いや……」
そのカリオスの様子だけでアンナは事態を察してしまう。
その現実が受け入れられなくて、両手を抑えながら懸命に首を振る。
しかし、現実は慈悲も容赦もなく、彼女にふりかかる。
「――偉大なる聖アルマイトの英雄ルエール=ヴァルガンダルは、今永き眠りについた……」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
無念さを無理やり押し込めているようなカリオスの声を聞いて、アンナはそのまま地面に膝をついて泣き崩れた。
「いやっ、いやっ、いやぁぁぁぁぁぁっ! やだよぉぉぉぉ! お父様っ、お父様っ! 絶対に助かるって……コウメイ様が言ってたのにっ! ボクが頑張れば、きっとお父様もって……うわぁぁぁぁぁんっ!」
カリオスによって告げられたルエールの死。それで鎮まった治療室内に、痛々しいアンナの悲鳴が響き渡るが、誰もが沈痛な表情をするだけだった。
「お、お嬢様……あああぁ、ご主人様……」
ようやく追いついてきたミンシィが、地面にへたり込んだアンナを介抱しながら、ルエールの死を見せつけられると、やはり彼女も涙を流すのだった。
「ルエールは、父ヴィジオールが即位してから今日まで、よく尽くしてくれた。国にも、アルマイト家にも、民衆にも……」
努めて感情が出ないようにして、カリオスは静かな声で労いの声を出す。
ルエール=ヴァルガンダル。
代々のヴァルガンダル家でも突出した才能と実力を持つと評価されていた。それこそ始祖である剣士ヴァルガンダルに迫る逸材だとも。
先のファヌス魔法大国との戦争では、魔術部隊の脆さに気づき、単身危険を顧みずにファヌス魔法大隊を壊滅させた実績も持つ。そこから、聖アルマイトの騎士としては最高の栄誉とされる龍騎士の叙勲を打診されたが、それを辞退したという謙遜さでも有名だ。
現国王であるヴィジオールが務めていた龍牙騎士団長の任を継いだ後、カリオスが生まれると、第1王子の護衛騎士にも任じられた。護衛騎士とはいえど、大半の任務は神器がなかなか扱えなかったカリオスを鍛え、強くすることだった。
王族直系の護衛騎士にして、しかも師事に当たることなど、王族から絶対の信頼がある証拠であった。現に彼は物静かで誠実で忠義深い性格で、民衆にも部下にも優しく、王族からではなく民衆からも広く愛されていた人物だ。
「~~~っ!」
ルエールに師事していた少年から青年時代を思い返すと、カリオスは握った拳を震わせる。
精神的な未熟さから、神器を扱うことが出来なかったカリオス。そのきっかけとなったのは妹リリライトの事件ではあるが、しかしルエールの存在なくしてカリオスは今の様に強くなることは無かっただろう。
カリオスに対しては、父ヴィジオールよりも厳しく苛烈な態度で、その時カリオスは心底ルエールのことを毛嫌いしていた。しかしそれは聖アルマイトのことを、そして何よりもカリオスの事を想ってのこと。いやカリオスだけではなく、リリライトのことも、そして聖アルマイトのことを想って、カリオスに厳しくしていたのだ。
カリオスはそれが分かってから、安易に感謝を述べることはしなかった。上っ面の言葉だけではなく、自分が王族に相応しい人格と実力を身に付けて、この国を良くすることで師への感謝としたかった。幼さや未熟さから、理不尽に嫌っていたことの詫びとしたかった
――よく成長したと、褒められたかった。
「ルエール……」
悔しそうに、自分をここまで育てた師匠の名を零すカリオス。
こんなことになると分かっていたのなら、上っ面だけでいいから「ありがとう」と伝えるべきだった。悪かったと謝るべきだった。
しかし、誰がこんなことを予想したのだろうか。
よもや彼自身が可愛がっていた愛弟子に裏切られて、こうして命を落とすことなど。
こんなことが許されていいのだろうか。
ルエールを手に掛けた張本人であるミリアムも、望んでやったことではないはずだ。しかし本来なら、気高く美しかったはずの彼女の意志や誇りは、悪魔の欲望によって狂わされてしまった。
狂気に染まったミリアムは、ルエールのことを嬉々としながら斬り伏せたという。
誰よりも敬愛して慕っていた相手のはずなのに、本性を歪められて、自らその手でルエールを殺すという凶行に駆り立てられるなど。
そんな残酷なことが、許されるというのだろうか。
「グス、タフ……!」
最愛の妹を壊されただけでも許しがたい相手だが、カリオスも慕っていた師にこうまで残酷な仕打ちを強いる怨敵に、カリオスは改めて激しい憎悪を向ける。
ベッドで横たわって瞳を閉じているルエール。見た目にはただ眠っているようにしか見えない。しかし、彼が再び目を覚ますことは永遠にない。
その生涯を駆けて聖アルマイトに仕えた英雄ルエール=ヴァルガンダルの命は、残酷な現実の前に、今ここに終わりを告げた。
「いやぁぁぁぁぁぁっ! お父様っ、おどうざまぁぁぁぁっ!」
アンナが涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、ルエールが横たわるベッドにしがみつくようにしてくる。
収まらぬ憎悪と悔恨を抱きながらもカリオスは現実を受け入れる他無かったが、ずっとルエールに愛されて育てられた娘の悲しみは、カリオスであっても察するに余りある。
「アンナ……」
カリオスの、力無い言葉を聞くと、アンナはバっとカリオスに振り替える。
「殿下! どうして……どうしてっ? どうしてお父様が死なないといけないの? ずっと、ずっとアルマイト家に仕えていたのにっ! あんなにカリオス殿下のこと、大事にしていたのにっ!」
「それは……」
第1王子に対して、その腕につかみかかるアンナ。まるでカリオスを責め立てるようにつっかかってくるが、その不敬を諫める者は誰もいない。カリオス含め、この場で誰が一番つらい思いを抱えているのかは一目瞭然だったからだ。
しかし、悪魔グスタフが作り出した絶望は、それでも尚カリオス達の想像の域を遥かに超えていた。
「ボク、ボク……っ! お父様が死んで悲しいのにっ! どうして、こんなにオマンコ疼くのぉぉっ? お父様が死んだことよりも、セックスしたいって思っちゃう! オマンコしたいのっ! どうして、どうしてこんなことになっちゃったのおおおお!」
正気でありながら、狂った欲望を抑えきれないアンナが狂気の言葉を吐き出す。
その場は、想像を絶する絶望に凍り付くのだった。
――こうしてコウメイが前線に赴いている間、本人も知らぬうちに期待していた希望の灯の1つが王都にて潰えていたのであった。
「はぁっ……はぁっ……」
「アンナお嬢様っ、お待ちください!」
真夜中の王宮内を、アンナは余裕のない表情で駆けていた。身に付けているのは相変わらずの白い病衣に、カーディガンのようなものを肩に羽織っている。
アンナを追いかけるのは、アンナが王都の治療室に入ってからずっと世話をしているヴァルガンダル家に仕えるミンシィだ。
「お父様……お父様っ……!」
侍女の声も聞こえず、アンナは今にも号泣しそうな顔で廊下を疾走していた。
そして程なくして目的の部屋に着く。
そこはアンナとは別の部屋ではあったが、重傷を負っていたルエールがいるはずの治療室である。
「ルエールお父様っ!」
アンナは身体の奥底から湧き上がる感情を抑えきれず、力のまま扉を押し開いた。
乱暴に開けられた扉が爆音に近いようなけたたましい音を立てて開け放たれる。中はアンナが入っている治療室と同程度の広さに、10人弱程の大人数が詰めていた。広さに対して密度が高いの明らかだ。
部屋の中にいる人間は、アンナも知っているような治癒術師や王宮内で従事する高官らであり、リューゲルの姿もそこにある。
そしてルエールが寝かされているベッドのすぐ側、それら集団の中心にはカリオスがいた。カリオスは、瞳を閉じて、顔を俯かせて、祈るように顔の前で手を合わせていた。
「いや……いや……」
そのカリオスの様子だけでアンナは事態を察してしまう。
その現実が受け入れられなくて、両手を抑えながら懸命に首を振る。
しかし、現実は慈悲も容赦もなく、彼女にふりかかる。
「――偉大なる聖アルマイトの英雄ルエール=ヴァルガンダルは、今永き眠りについた……」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
無念さを無理やり押し込めているようなカリオスの声を聞いて、アンナはそのまま地面に膝をついて泣き崩れた。
「いやっ、いやっ、いやぁぁぁぁぁぁっ! やだよぉぉぉぉ! お父様っ、お父様っ! 絶対に助かるって……コウメイ様が言ってたのにっ! ボクが頑張れば、きっとお父様もって……うわぁぁぁぁぁんっ!」
カリオスによって告げられたルエールの死。それで鎮まった治療室内に、痛々しいアンナの悲鳴が響き渡るが、誰もが沈痛な表情をするだけだった。
「お、お嬢様……あああぁ、ご主人様……」
ようやく追いついてきたミンシィが、地面にへたり込んだアンナを介抱しながら、ルエールの死を見せつけられると、やはり彼女も涙を流すのだった。
「ルエールは、父ヴィジオールが即位してから今日まで、よく尽くしてくれた。国にも、アルマイト家にも、民衆にも……」
努めて感情が出ないようにして、カリオスは静かな声で労いの声を出す。
ルエール=ヴァルガンダル。
代々のヴァルガンダル家でも突出した才能と実力を持つと評価されていた。それこそ始祖である剣士ヴァルガンダルに迫る逸材だとも。
先のファヌス魔法大国との戦争では、魔術部隊の脆さに気づき、単身危険を顧みずにファヌス魔法大隊を壊滅させた実績も持つ。そこから、聖アルマイトの騎士としては最高の栄誉とされる龍騎士の叙勲を打診されたが、それを辞退したという謙遜さでも有名だ。
現国王であるヴィジオールが務めていた龍牙騎士団長の任を継いだ後、カリオスが生まれると、第1王子の護衛騎士にも任じられた。護衛騎士とはいえど、大半の任務は神器がなかなか扱えなかったカリオスを鍛え、強くすることだった。
王族直系の護衛騎士にして、しかも師事に当たることなど、王族から絶対の信頼がある証拠であった。現に彼は物静かで誠実で忠義深い性格で、民衆にも部下にも優しく、王族からではなく民衆からも広く愛されていた人物だ。
「~~~っ!」
ルエールに師事していた少年から青年時代を思い返すと、カリオスは握った拳を震わせる。
精神的な未熟さから、神器を扱うことが出来なかったカリオス。そのきっかけとなったのは妹リリライトの事件ではあるが、しかしルエールの存在なくしてカリオスは今の様に強くなることは無かっただろう。
カリオスに対しては、父ヴィジオールよりも厳しく苛烈な態度で、その時カリオスは心底ルエールのことを毛嫌いしていた。しかしそれは聖アルマイトのことを、そして何よりもカリオスの事を想ってのこと。いやカリオスだけではなく、リリライトのことも、そして聖アルマイトのことを想って、カリオスに厳しくしていたのだ。
カリオスはそれが分かってから、安易に感謝を述べることはしなかった。上っ面の言葉だけではなく、自分が王族に相応しい人格と実力を身に付けて、この国を良くすることで師への感謝としたかった。幼さや未熟さから、理不尽に嫌っていたことの詫びとしたかった
――よく成長したと、褒められたかった。
「ルエール……」
悔しそうに、自分をここまで育てた師匠の名を零すカリオス。
こんなことになると分かっていたのなら、上っ面だけでいいから「ありがとう」と伝えるべきだった。悪かったと謝るべきだった。
しかし、誰がこんなことを予想したのだろうか。
よもや彼自身が可愛がっていた愛弟子に裏切られて、こうして命を落とすことなど。
こんなことが許されていいのだろうか。
ルエールを手に掛けた張本人であるミリアムも、望んでやったことではないはずだ。しかし本来なら、気高く美しかったはずの彼女の意志や誇りは、悪魔の欲望によって狂わされてしまった。
狂気に染まったミリアムは、ルエールのことを嬉々としながら斬り伏せたという。
誰よりも敬愛して慕っていた相手のはずなのに、本性を歪められて、自らその手でルエールを殺すという凶行に駆り立てられるなど。
そんな残酷なことが、許されるというのだろうか。
「グス、タフ……!」
最愛の妹を壊されただけでも許しがたい相手だが、カリオスも慕っていた師にこうまで残酷な仕打ちを強いる怨敵に、カリオスは改めて激しい憎悪を向ける。
ベッドで横たわって瞳を閉じているルエール。見た目にはただ眠っているようにしか見えない。しかし、彼が再び目を覚ますことは永遠にない。
その生涯を駆けて聖アルマイトに仕えた英雄ルエール=ヴァルガンダルの命は、残酷な現実の前に、今ここに終わりを告げた。
「いやぁぁぁぁぁぁっ! お父様っ、おどうざまぁぁぁぁっ!」
アンナが涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、ルエールが横たわるベッドにしがみつくようにしてくる。
収まらぬ憎悪と悔恨を抱きながらもカリオスは現実を受け入れる他無かったが、ずっとルエールに愛されて育てられた娘の悲しみは、カリオスであっても察するに余りある。
「アンナ……」
カリオスの、力無い言葉を聞くと、アンナはバっとカリオスに振り替える。
「殿下! どうして……どうしてっ? どうしてお父様が死なないといけないの? ずっと、ずっとアルマイト家に仕えていたのにっ! あんなにカリオス殿下のこと、大事にしていたのにっ!」
「それは……」
第1王子に対して、その腕につかみかかるアンナ。まるでカリオスを責め立てるようにつっかかってくるが、その不敬を諫める者は誰もいない。カリオス含め、この場で誰が一番つらい思いを抱えているのかは一目瞭然だったからだ。
しかし、悪魔グスタフが作り出した絶望は、それでも尚カリオス達の想像の域を遥かに超えていた。
「ボク、ボク……っ! お父様が死んで悲しいのにっ! どうして、こんなにオマンコ疼くのぉぉっ? お父様が死んだことよりも、セックスしたいって思っちゃう! オマンコしたいのっ! どうして、どうしてこんなことになっちゃったのおおおお!」
正気でありながら、狂った欲望を抑えきれないアンナが狂気の言葉を吐き出す。
その場は、想像を絶する絶望に凍り付くのだった。
――こうしてコウメイが前線に赴いている間、本人も知らぬうちに期待していた希望の灯の1つが王都にて潰えていたのであった。
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