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第2章『クラベール城塞都市決戦』編
第74話 クラベール城塞都市決戦(Ⅵ)--コウメイ作戦その1
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時は少し遡って、決戦前のクラベール領主アイドラド侯爵邸にて、コウメイらによる首脳会議が行われた時。
今回の決戦における作戦立案者のコウメイは、勝敗のカギは勇者リアラをどうするか、の1点に尽きると言い切った。
まともに戦うことすら出来ない勇者特性を前に、力でねじ伏せるのではなく、彼女の力を封じる策が必要だという。
それが出来るか否かはまた別として、仮に何らかの方法で勇者の力を封じたとしても、敵にはまだ新白薔薇騎士達が残っている。彼女らまた強敵で、とても無視出来る存在ではない。
そんな意見にコウメイはしらっと答えたのだ。
「そこはまあ、知恵と工夫で何とかしましょう」
その言葉を聞いた時、ラディカルは勿論ジュリアスまでもがぽかんと口を開けていた。クラベール侯アイドラドなどは、顔を真っ赤にしていた。
「確かに異常強化されている彼女達の存在も厄介だけど、こっちは割と何とかなるんじゃないかなって思っています。だって、勇者程にどうしようもないくらい強いわけじゃない。実際ジュリアス副長やラディカル将軍、うちのリューイみたいに互角以上に戦える人だっている。知恵と工夫で何とかなるレベルですよ」
そう前置きしてからコウメイが言ってきたのは、誰もがとっくに分かっている基本的なことだった。
戦場で相対する際には、1対1で対峙せずに必ず数的有利の状況を作ること。陣形を保って周囲ととの連携を絶やさないようになど、とにかく常に有利な戦況で戦うこと、などなど……
「それは今までもとっくにやっていることですぜ。それでもジリジリと追いやられて、ここまで押し込まれているんですよ」
コウメイのその言葉に、ラディカルはぶっきらぼうに反論する。しかしコウメイはその反論に言い返すのではなく、大きくうなずいた。
「それでも勝てないなら、もう一工夫こらしてみましょう。そもそも現場で戦う兵士が少しでも有利な状況を作るのは指揮官の仕事ですし。
ーーで、俺が考えたのは、せっかくだからこちらの優位である城塞都市を最大限利用するって策です。つまり、敵を城塞都市内部に引き入れて、そこで戦うんです」
「何を馬鹿なっ!」
そのコウメイの提案に激昂したのは、その城塞都市を治める立場のアイドラドだった。先ほどよりも更に顔を真っ赤にすると、椅子を蹴倒して立ち上がる。
「元帥閣下こそ、バーグランド領の惨事をご存じないとは言わせませぬぞ。奴らを街に入れたが最後、略奪・蹂躙し尽くされますぞ。建物は破壊され、物資は略奪され、女子供は攫われて――」
「だーいじょうぶ。そんなことにはなりませんって」
興奮して早口でまくし立てるアイドラドの言葉を遮って、コウメイは自信満々に答える。
「どうしてそのようなことを言えるのですか!」
「フェスティアの最終目標はここではなく、王都ユールディアだ。クラベールは過程に過ぎない。だから、奴が想定している最終決戦は言うまでもなく王都決戦なのは間違いない。--だけど、その前にもう1つ一大決戦を考えているはずだ」
「……ダリア平原」
コウメイのその言葉を聞いて、ハッとしたジュリアスがボソリとこぼす。コウメイはジュリアスに顔を向けて、うなずく。
「フェスティアは、まだ温存している部隊も全てダリア領の戦いには投入してくるはず。だから、今とは比較にならない程の相当な大規模部隊になるはずだ。その大部隊を維持するための中継拠点――そのために、フェスティアはクラベール城塞都市を欲しているはずなんです」
そこまでコウメイが説明すれば、ジュリアスもラディカルも、コウメイの意図が見え始める。
「クラベールを拠点として使いたいなら、無暗に施設の破壊などするはずがないということですね。それをしてしまえば、そもそものフェスティアの目的が果たせなくなってしまうということですか」
「そういうことです、ジュリアス将軍。仮に相手の立場で、ここを拠点とせずにダリア領で総力戦をやることを考えてみて下さい。相手の補給線は伸びに伸び切って、それだけでこちらにとっては相当有利な状況になる。
連中はこれまで占領してきた領地では好き勝手やってきたけど、拠点として使用したい城塞都市の破壊行為はフェスティアが厳しく禁じているはずだ。その辺の手腕については、俺はフェスティアを信頼していますから」
なるほど、確かにコウメイの言葉には根拠があるように聞こえる。
参加者の誰もが納得しかける中、控えめに反論を続けるのはアイドラドだった。
「ぬうう……し、しかし……民衆はどうなされるおつもりか」
意外に理があったコウメイに対して、悔しそうに食い下がっている。
そんな彼に、コウメイは呆れたように
「だーかーらー、言ってるじゃないですか。決戦の日までに、住民は一斉避難。都市内の絶対に安全な場所――まあ、ここの侯爵邸一帯でしょうね。無理に押し込んでても避難させて下さい。決戦が終わるまででいいんです。これはあなたの仕事だ、アイドラド侯」
施設には手を出さないとしても、おそらく人には容赦なく手を出して来るだろう。
指揮官として、非戦闘民への被害を出さないようにすることは1、2を争うくらいには優先順位が高い。そんな重要な任務をアイドラドのような男に任せるには、コウメイも不安があるだろうが、誰よりもこの城塞都市を知っている彼以外に適任はいないだろう。だから、コウメイはカリオスの名を使ってでも強引にアイドラドへ住民避難の合意を取り付けたのだ。
「しかし、あえて都市内に敵を引き込むとなると、民衆の危険が高くなるのは避けられないのでは?」
同じ反論でも、ジュリアスだとイライラしないのは、彼の口調が丁寧であるという理由だけではないだろう。呆れていたコウメイも真面目な顔に戻って、ジュリアスへ返答する。
「今回は攻め込まれて敵の突破を許すわけじゃない。あえて敵を引き込むんです。つまり、そこら辺の準備は完璧に済ませておきます」
会議室の机に広げられた地図を叩くようにしながら、コウメイは会議出席者の顔を見渡す。
「幸いにも、ここ城塞都市は迷路のように入り組んでいる。俺も初めてここに来ましたが、初見じゃ絶対に迷う。だからこの地形を利用して、至る所に罠を仕掛けて、敵の動きを操作します」
普通に考えれば、敵が入ってくるのは正門に限られる。進入路さえ限定されていれば、敵の動きを予測するのはそう難しくないはずだ。
「フェスティアはともかくとして、敵の現場の兵士達は勝ち戦続きで、完全にこっちを舐め切っているはずだ。城塞都市の中まで入ってしまえば、まさか自分達が負けるなんて思って無いはず。
だから、単純な罠で簡単に動揺させることが出来るはず。例えば落とし穴とか。騎馬に対しては、足元にロープを張っておくだけでも、大損害を与えられるんじゃないですかね」
それ以外にも、石でも土嚢でも木材でもなんでもいいから、街道の要所を簡単に塞げるような仕掛けを作る事。そうして敵の動きに合わせて道を閉鎖していけば、敵の動きを自由に操って追い詰めることが出来るはず。同時に、避難民の区画へは絶対に入らせないようにすることも難しくはないだろう。
一同は、そんなコウメイの提案に息を飲んで感心した。
「でも、机上の空論で語ると簡単そうに聞こえるけど、問題もある」
自らの意見を自らで否定するかのように、コウメイが今度はその問題点を述べる。
まずは、敵の動きをシミュレーション――つまり敵の動きを完全予測して、それに合わせた罠の設置をする必要がある。そして完全予測が必要なのと同時に、実際に攻め込んできた敵の動きに合わせて、その予測に縛られない柔軟な指揮判断。
またこれらがクリア出来たとしても、そもそもその罠を設置する準備が間に合うかどうか。準備に時間を掛け過ぎてしまえば、それを怪訝に感じたフェスティアに対策される可能性もある。
「ふむ、なるほど。そりゃあ確かにハードルは高いですね。でも敵の動きの予測や現場の指揮判断なんかは、元帥がいれば余裕でしょう」
ラディカルが言ったそれは別に嫌味でもなんでもなく、元帥として全てを指揮するコウメイがそれだけの自信を持っていると思ったからだ。
しかしコウメイは鼻で笑うようにしながら、首を横に振った。
「まさか。俺はこうしてアイデアを出すことは割と得意ですけど、戦場での戦術指揮なんて素人もいいところですよ。俺なんかが、そんな完璧を求められる指揮なんて出来るわけがない。実際の都市内防衛の指揮はジュリアス副長かラディカル将軍にお願いしたいと思っています」
そんな自信満々に自信の無いことを言うコウメイに、ラディカルはあんぐりと口を開けて何も言い返せないでいた。コウメイはそのまま続ける。
「だから、俺の作戦はあくまでも『提案』なんです。現実的かどうか、それが出来るかどうかは、現場のプロであるジュリアス副長とラディカル将軍に判断していただきたい。――どうですか? この作戦、現実味はありますか?」
(……こいつは、驚いた)
てっきり作戦を考える立場のお偉いさんは、部下の意見など特に聞くこともせずに決定することが普通だと思っていた。
それが、こんな軍事全権を握る程の最高幹部が、こんな龍牙騎士団の一将軍に過ぎない自分に真剣な表情で意見を求めてくるのを見ると
――なんだか笑けてくる。
「くはははははっ! 分かりやしたぜ、元帥閣下。その役目、俺の部隊が引き受けやすぜ。準備は全軍に協力していただきやすが、その他は何とかしてみましょう。いいですね、副長?」
豪快に笑うラディカルに、コウメイは安堵したように息を吐くと。
「ええ、そうですね。ハードルは高いですが、ラディカル将軍ならばこなしてくれるはずです」
ジュリアスも表情を緩めて、ラディカルの申し出を受けいれていた。
――確かに、面白い作戦だ。何が何でも敵を入れてはいけない都市内部に、あえて敵を引き込んで戦う作戦など、相手は想定していないだろう。それならば、コウメイの言う通りに万全な準備を整えて迎え撃てば、いくら新白薔薇騎士とはいえ意表を突くのは難しくないはず。少なくとも一矢報いるくらいのことは出来るはずだ。
「こちとら、これまで奴らにやられ続けて鬱憤が溜まってんだ。それで逆襲出来るってんなら、どんな難しいことでもやってやりやすぜ、コウメイ元帥」
今回の防衛の要である都市内防衛を自ら買って出たラディカルは意気揚々とそう答える。そんな頼もしい言葉にコウメイはうなずきながらも、真剣な表情は崩さずに続ける。
「でも、まだ問題は残っているんですよね。都市内への突撃部隊の中に、個人で戦局を変えるくらいの人間がいたら、逆にこちらが急所を突かれる形となる。大軍同士の野外戦とは違って、小規模な市街戦だと個人の力による影響が強くなりますからね」
それこそ突撃部隊にリアラ=リンデブルグが編成されていれば、その時点でこの作戦はご破算となる。そうならないようにコウメイも手を尽くしているが、彼女が突撃部隊にいざ組み込まれるかどうかは、結局当日にならないと分からず、運頼みと言われてしまえば否定できない。
あんな強敵を自ら都市内におびき寄せるなんて自殺行為以外の何でもない。万が一の可能性すら残してはいけない、とコウメイは思案に暮れる。
すると、しばらくしてようやく顔を上げる。
「当日は、開戦前に俺から相手に一騎打ちを申し入れようと思います」
突拍子もないコウメイの提案に、会議の参加者は驚いたように顔を上げて彼の顔を見つめると、コウメイは慌てて首を振る。
「い、いやいや! 戦うのは俺じゃなくて……そうだな、プリティ――プリシティア、王下直轄部隊(うち)の護衛騎士にお願いしようかな。ただこの一騎打ちの目的は、勝利することではなく――」
フェスティアが誰を選ぶか、それを探ることにある。
かつてフェスティアの謀略を見破ったコウメイのことを、フェスティアは良くも悪くも警戒しているだろう。そんな相手がいきなり一騎打ちを申し入れてくれば、フェスティアとしてもその意図を探るために、きっと受けて立つに違いない。
そしてフェスティアが選んだ戦士――それが、リアラか別の人間なのか。それを見定めるためだ。
「もしも戦場にリアラ=リンデブルグを連れてきているなら、彼女を指名しない理由はないでしょう。こちらの意図がどうあれ、初戦の一騎打ちで自軍が敗北すれば、多少なりとも士気に影響するはず。だから、持ち駒の中で最強――そうだとフェスティアが評価している――の人間を指名するはず。
ですから一騎打ちに彼女を出してこなかったら、十中八九リアラは前線に出てきていない。すなわち都市への突撃部隊には組み込まれていない……と考えていいでしょう。とりあえず、その最初の出方で作戦を決行するかどうか決めましょう」
「もし、彼女が出てきたら?」
当然といえば当然の質問をしてきたのはジュリアス。コウメイは諦めたように首を横に振りながら
「その時は潔く作戦を中止して、全軍撤退。また都市に引き籠って、新しい策を考え直します。でも、大丈夫なはずです。これは、あくまでも万が一が起こらないための確認です」
それはコウメイが自分自身に言い聞かせているような言い草だった。
この都市内で敵を迎え撃つ作戦もそうだが、それ以外にもコウメイは色々と手を尽くしている。しかし、それは100%というわけではない。だからこそ、こうして石橋をたたいて渡るような方法を言い出すコウメイに、出席者の中には信頼を寄せるものも、臆病過ぎないかとやきもきするものもいた。
「でも、個人で戦局を変え得る程の人間は、リアラ=リンデブルグだけではありませんね」
そう言うのはジュリアスだった。相変わらず物静かな口調だったが、この言葉には激しい感情が込められているのが分かる。
「これまでの戦いで名前が挙がっている新白薔薇騎士――クリスティア=レイオールやミリアム=ティンカーズも、同程度の脅威だと考えますが」
「確かに」
ジュリアスの言葉を、コウメイはすんなりと肯定する。
「それでも、やっぱり勇者リアラ=リンデブルグは別格だ。もうどうしようもない、絶望的な存在だ」
そこまで言って、コウメイは後ろに控える護衛騎士リューイに気遣うように目配せする。リューイはその視線に気づくと、静かに首を振った。それを見て、コウメイは再び出席者へ向けて振り返る。
「あれは、もう俺は人間兵器だと思っています。でも今名前が挙がった2人は、確かに強力だけど、まだ正攻法で何とかなる――いや、しなきゃいけない相手です。誰も彼も勇者と同列に扱っていては、こっちも作戦の立てようがありません。
だからこの2人――特にクリスティア=レイオールを、正攻法で何とかすること。これが今回の作戦の正念場と言っても良い。彼女をここで倒せないようであれば、今後の戦いにおいて、もはやこちらに勝ち目はありません」
同じく物静かに返答してくるコウメイに、ジュリアスは感じることがあるのか、その冷静沈着な表情に僅かな動揺を見せる。
しかし、そのまま押し黙ったジュリアスにはあえて取り合わず、コウメイはそのまま続ける。
「ただ、それでもクリスティア=レイオールなどの要注意人物は強敵であることには変わりない。だからクリスティア=レイオールは、城塞都市前で迎え撃ちましょう」
コウメイはそこまで言うと、未だに押し黙っていてどこか暗い顔をしたジュリアスへ顔を向けると
「クリスティア=レイオールへの対抗手段ーー都市周辺に配置する防衛隊はジュリアス副長にお願いします。何が何でもクリスティア=レイオールは都市内に入れないようにして下さい」
今回の決戦における作戦立案者のコウメイは、勝敗のカギは勇者リアラをどうするか、の1点に尽きると言い切った。
まともに戦うことすら出来ない勇者特性を前に、力でねじ伏せるのではなく、彼女の力を封じる策が必要だという。
それが出来るか否かはまた別として、仮に何らかの方法で勇者の力を封じたとしても、敵にはまだ新白薔薇騎士達が残っている。彼女らまた強敵で、とても無視出来る存在ではない。
そんな意見にコウメイはしらっと答えたのだ。
「そこはまあ、知恵と工夫で何とかしましょう」
その言葉を聞いた時、ラディカルは勿論ジュリアスまでもがぽかんと口を開けていた。クラベール侯アイドラドなどは、顔を真っ赤にしていた。
「確かに異常強化されている彼女達の存在も厄介だけど、こっちは割と何とかなるんじゃないかなって思っています。だって、勇者程にどうしようもないくらい強いわけじゃない。実際ジュリアス副長やラディカル将軍、うちのリューイみたいに互角以上に戦える人だっている。知恵と工夫で何とかなるレベルですよ」
そう前置きしてからコウメイが言ってきたのは、誰もがとっくに分かっている基本的なことだった。
戦場で相対する際には、1対1で対峙せずに必ず数的有利の状況を作ること。陣形を保って周囲ととの連携を絶やさないようになど、とにかく常に有利な戦況で戦うこと、などなど……
「それは今までもとっくにやっていることですぜ。それでもジリジリと追いやられて、ここまで押し込まれているんですよ」
コウメイのその言葉に、ラディカルはぶっきらぼうに反論する。しかしコウメイはその反論に言い返すのではなく、大きくうなずいた。
「それでも勝てないなら、もう一工夫こらしてみましょう。そもそも現場で戦う兵士が少しでも有利な状況を作るのは指揮官の仕事ですし。
ーーで、俺が考えたのは、せっかくだからこちらの優位である城塞都市を最大限利用するって策です。つまり、敵を城塞都市内部に引き入れて、そこで戦うんです」
「何を馬鹿なっ!」
そのコウメイの提案に激昂したのは、その城塞都市を治める立場のアイドラドだった。先ほどよりも更に顔を真っ赤にすると、椅子を蹴倒して立ち上がる。
「元帥閣下こそ、バーグランド領の惨事をご存じないとは言わせませぬぞ。奴らを街に入れたが最後、略奪・蹂躙し尽くされますぞ。建物は破壊され、物資は略奪され、女子供は攫われて――」
「だーいじょうぶ。そんなことにはなりませんって」
興奮して早口でまくし立てるアイドラドの言葉を遮って、コウメイは自信満々に答える。
「どうしてそのようなことを言えるのですか!」
「フェスティアの最終目標はここではなく、王都ユールディアだ。クラベールは過程に過ぎない。だから、奴が想定している最終決戦は言うまでもなく王都決戦なのは間違いない。--だけど、その前にもう1つ一大決戦を考えているはずだ」
「……ダリア平原」
コウメイのその言葉を聞いて、ハッとしたジュリアスがボソリとこぼす。コウメイはジュリアスに顔を向けて、うなずく。
「フェスティアは、まだ温存している部隊も全てダリア領の戦いには投入してくるはず。だから、今とは比較にならない程の相当な大規模部隊になるはずだ。その大部隊を維持するための中継拠点――そのために、フェスティアはクラベール城塞都市を欲しているはずなんです」
そこまでコウメイが説明すれば、ジュリアスもラディカルも、コウメイの意図が見え始める。
「クラベールを拠点として使いたいなら、無暗に施設の破壊などするはずがないということですね。それをしてしまえば、そもそものフェスティアの目的が果たせなくなってしまうということですか」
「そういうことです、ジュリアス将軍。仮に相手の立場で、ここを拠点とせずにダリア領で総力戦をやることを考えてみて下さい。相手の補給線は伸びに伸び切って、それだけでこちらにとっては相当有利な状況になる。
連中はこれまで占領してきた領地では好き勝手やってきたけど、拠点として使用したい城塞都市の破壊行為はフェスティアが厳しく禁じているはずだ。その辺の手腕については、俺はフェスティアを信頼していますから」
なるほど、確かにコウメイの言葉には根拠があるように聞こえる。
参加者の誰もが納得しかける中、控えめに反論を続けるのはアイドラドだった。
「ぬうう……し、しかし……民衆はどうなされるおつもりか」
意外に理があったコウメイに対して、悔しそうに食い下がっている。
そんな彼に、コウメイは呆れたように
「だーかーらー、言ってるじゃないですか。決戦の日までに、住民は一斉避難。都市内の絶対に安全な場所――まあ、ここの侯爵邸一帯でしょうね。無理に押し込んでても避難させて下さい。決戦が終わるまででいいんです。これはあなたの仕事だ、アイドラド侯」
施設には手を出さないとしても、おそらく人には容赦なく手を出して来るだろう。
指揮官として、非戦闘民への被害を出さないようにすることは1、2を争うくらいには優先順位が高い。そんな重要な任務をアイドラドのような男に任せるには、コウメイも不安があるだろうが、誰よりもこの城塞都市を知っている彼以外に適任はいないだろう。だから、コウメイはカリオスの名を使ってでも強引にアイドラドへ住民避難の合意を取り付けたのだ。
「しかし、あえて都市内に敵を引き込むとなると、民衆の危険が高くなるのは避けられないのでは?」
同じ反論でも、ジュリアスだとイライラしないのは、彼の口調が丁寧であるという理由だけではないだろう。呆れていたコウメイも真面目な顔に戻って、ジュリアスへ返答する。
「今回は攻め込まれて敵の突破を許すわけじゃない。あえて敵を引き込むんです。つまり、そこら辺の準備は完璧に済ませておきます」
会議室の机に広げられた地図を叩くようにしながら、コウメイは会議出席者の顔を見渡す。
「幸いにも、ここ城塞都市は迷路のように入り組んでいる。俺も初めてここに来ましたが、初見じゃ絶対に迷う。だからこの地形を利用して、至る所に罠を仕掛けて、敵の動きを操作します」
普通に考えれば、敵が入ってくるのは正門に限られる。進入路さえ限定されていれば、敵の動きを予測するのはそう難しくないはずだ。
「フェスティアはともかくとして、敵の現場の兵士達は勝ち戦続きで、完全にこっちを舐め切っているはずだ。城塞都市の中まで入ってしまえば、まさか自分達が負けるなんて思って無いはず。
だから、単純な罠で簡単に動揺させることが出来るはず。例えば落とし穴とか。騎馬に対しては、足元にロープを張っておくだけでも、大損害を与えられるんじゃないですかね」
それ以外にも、石でも土嚢でも木材でもなんでもいいから、街道の要所を簡単に塞げるような仕掛けを作る事。そうして敵の動きに合わせて道を閉鎖していけば、敵の動きを自由に操って追い詰めることが出来るはず。同時に、避難民の区画へは絶対に入らせないようにすることも難しくはないだろう。
一同は、そんなコウメイの提案に息を飲んで感心した。
「でも、机上の空論で語ると簡単そうに聞こえるけど、問題もある」
自らの意見を自らで否定するかのように、コウメイが今度はその問題点を述べる。
まずは、敵の動きをシミュレーション――つまり敵の動きを完全予測して、それに合わせた罠の設置をする必要がある。そして完全予測が必要なのと同時に、実際に攻め込んできた敵の動きに合わせて、その予測に縛られない柔軟な指揮判断。
またこれらがクリア出来たとしても、そもそもその罠を設置する準備が間に合うかどうか。準備に時間を掛け過ぎてしまえば、それを怪訝に感じたフェスティアに対策される可能性もある。
「ふむ、なるほど。そりゃあ確かにハードルは高いですね。でも敵の動きの予測や現場の指揮判断なんかは、元帥がいれば余裕でしょう」
ラディカルが言ったそれは別に嫌味でもなんでもなく、元帥として全てを指揮するコウメイがそれだけの自信を持っていると思ったからだ。
しかしコウメイは鼻で笑うようにしながら、首を横に振った。
「まさか。俺はこうしてアイデアを出すことは割と得意ですけど、戦場での戦術指揮なんて素人もいいところですよ。俺なんかが、そんな完璧を求められる指揮なんて出来るわけがない。実際の都市内防衛の指揮はジュリアス副長かラディカル将軍にお願いしたいと思っています」
そんな自信満々に自信の無いことを言うコウメイに、ラディカルはあんぐりと口を開けて何も言い返せないでいた。コウメイはそのまま続ける。
「だから、俺の作戦はあくまでも『提案』なんです。現実的かどうか、それが出来るかどうかは、現場のプロであるジュリアス副長とラディカル将軍に判断していただきたい。――どうですか? この作戦、現実味はありますか?」
(……こいつは、驚いた)
てっきり作戦を考える立場のお偉いさんは、部下の意見など特に聞くこともせずに決定することが普通だと思っていた。
それが、こんな軍事全権を握る程の最高幹部が、こんな龍牙騎士団の一将軍に過ぎない自分に真剣な表情で意見を求めてくるのを見ると
――なんだか笑けてくる。
「くはははははっ! 分かりやしたぜ、元帥閣下。その役目、俺の部隊が引き受けやすぜ。準備は全軍に協力していただきやすが、その他は何とかしてみましょう。いいですね、副長?」
豪快に笑うラディカルに、コウメイは安堵したように息を吐くと。
「ええ、そうですね。ハードルは高いですが、ラディカル将軍ならばこなしてくれるはずです」
ジュリアスも表情を緩めて、ラディカルの申し出を受けいれていた。
――確かに、面白い作戦だ。何が何でも敵を入れてはいけない都市内部に、あえて敵を引き込んで戦う作戦など、相手は想定していないだろう。それならば、コウメイの言う通りに万全な準備を整えて迎え撃てば、いくら新白薔薇騎士とはいえ意表を突くのは難しくないはず。少なくとも一矢報いるくらいのことは出来るはずだ。
「こちとら、これまで奴らにやられ続けて鬱憤が溜まってんだ。それで逆襲出来るってんなら、どんな難しいことでもやってやりやすぜ、コウメイ元帥」
今回の防衛の要である都市内防衛を自ら買って出たラディカルは意気揚々とそう答える。そんな頼もしい言葉にコウメイはうなずきながらも、真剣な表情は崩さずに続ける。
「でも、まだ問題は残っているんですよね。都市内への突撃部隊の中に、個人で戦局を変えるくらいの人間がいたら、逆にこちらが急所を突かれる形となる。大軍同士の野外戦とは違って、小規模な市街戦だと個人の力による影響が強くなりますからね」
それこそ突撃部隊にリアラ=リンデブルグが編成されていれば、その時点でこの作戦はご破算となる。そうならないようにコウメイも手を尽くしているが、彼女が突撃部隊にいざ組み込まれるかどうかは、結局当日にならないと分からず、運頼みと言われてしまえば否定できない。
あんな強敵を自ら都市内におびき寄せるなんて自殺行為以外の何でもない。万が一の可能性すら残してはいけない、とコウメイは思案に暮れる。
すると、しばらくしてようやく顔を上げる。
「当日は、開戦前に俺から相手に一騎打ちを申し入れようと思います」
突拍子もないコウメイの提案に、会議の参加者は驚いたように顔を上げて彼の顔を見つめると、コウメイは慌てて首を振る。
「い、いやいや! 戦うのは俺じゃなくて……そうだな、プリティ――プリシティア、王下直轄部隊(うち)の護衛騎士にお願いしようかな。ただこの一騎打ちの目的は、勝利することではなく――」
フェスティアが誰を選ぶか、それを探ることにある。
かつてフェスティアの謀略を見破ったコウメイのことを、フェスティアは良くも悪くも警戒しているだろう。そんな相手がいきなり一騎打ちを申し入れてくれば、フェスティアとしてもその意図を探るために、きっと受けて立つに違いない。
そしてフェスティアが選んだ戦士――それが、リアラか別の人間なのか。それを見定めるためだ。
「もしも戦場にリアラ=リンデブルグを連れてきているなら、彼女を指名しない理由はないでしょう。こちらの意図がどうあれ、初戦の一騎打ちで自軍が敗北すれば、多少なりとも士気に影響するはず。だから、持ち駒の中で最強――そうだとフェスティアが評価している――の人間を指名するはず。
ですから一騎打ちに彼女を出してこなかったら、十中八九リアラは前線に出てきていない。すなわち都市への突撃部隊には組み込まれていない……と考えていいでしょう。とりあえず、その最初の出方で作戦を決行するかどうか決めましょう」
「もし、彼女が出てきたら?」
当然といえば当然の質問をしてきたのはジュリアス。コウメイは諦めたように首を横に振りながら
「その時は潔く作戦を中止して、全軍撤退。また都市に引き籠って、新しい策を考え直します。でも、大丈夫なはずです。これは、あくまでも万が一が起こらないための確認です」
それはコウメイが自分自身に言い聞かせているような言い草だった。
この都市内で敵を迎え撃つ作戦もそうだが、それ以外にもコウメイは色々と手を尽くしている。しかし、それは100%というわけではない。だからこそ、こうして石橋をたたいて渡るような方法を言い出すコウメイに、出席者の中には信頼を寄せるものも、臆病過ぎないかとやきもきするものもいた。
「でも、個人で戦局を変え得る程の人間は、リアラ=リンデブルグだけではありませんね」
そう言うのはジュリアスだった。相変わらず物静かな口調だったが、この言葉には激しい感情が込められているのが分かる。
「これまでの戦いで名前が挙がっている新白薔薇騎士――クリスティア=レイオールやミリアム=ティンカーズも、同程度の脅威だと考えますが」
「確かに」
ジュリアスの言葉を、コウメイはすんなりと肯定する。
「それでも、やっぱり勇者リアラ=リンデブルグは別格だ。もうどうしようもない、絶望的な存在だ」
そこまで言って、コウメイは後ろに控える護衛騎士リューイに気遣うように目配せする。リューイはその視線に気づくと、静かに首を振った。それを見て、コウメイは再び出席者へ向けて振り返る。
「あれは、もう俺は人間兵器だと思っています。でも今名前が挙がった2人は、確かに強力だけど、まだ正攻法で何とかなる――いや、しなきゃいけない相手です。誰も彼も勇者と同列に扱っていては、こっちも作戦の立てようがありません。
だからこの2人――特にクリスティア=レイオールを、正攻法で何とかすること。これが今回の作戦の正念場と言っても良い。彼女をここで倒せないようであれば、今後の戦いにおいて、もはやこちらに勝ち目はありません」
同じく物静かに返答してくるコウメイに、ジュリアスは感じることがあるのか、その冷静沈着な表情に僅かな動揺を見せる。
しかし、そのまま押し黙ったジュリアスにはあえて取り合わず、コウメイはそのまま続ける。
「ただ、それでもクリスティア=レイオールなどの要注意人物は強敵であることには変わりない。だからクリスティア=レイオールは、城塞都市前で迎え撃ちましょう」
コウメイはそこまで言うと、未だに押し黙っていてどこか暗い顔をしたジュリアスへ顔を向けると
「クリスティア=レイオールへの対抗手段ーー都市周辺に配置する防衛隊はジュリアス副長にお願いします。何が何でもクリスティア=レイオールは都市内に入れないようにして下さい」
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21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
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とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
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帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
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◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
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