【R-18】龍の騎士と龍を統べる王

白金犬

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第2章『クラベール城塞都市決戦』編

第73話 クラベール城塞都市決戦(Ⅴ)--城塞都市内防衛戦

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 乱戦状態になった城塞都市正門前。

 その乱戦状態の中から、次々と龍の爪の騎馬を始めとした兵士達が、何故か解放されている正門から城塞都市内部へと雪崩れ込んでいく。そしてその中には新白薔薇騎士の姿も混じっている。

 クラベールは、外敵から防ぐその壁は堅牢だが、内部は他の普通の都市とそう変わらない。つまり都市内部にさえ入ってしまえば、占拠は容易いはず。城塞都市突撃部隊の兵士達は、外壁を突破した時点で城塞都市の占領は成ったと、誰もが確信していた。

 フェスティア側が掴んでいる限りでは、クラベールに住む人々は外部へ避難していない。つまり、未だ都市内部に留まっているはずだ。

 フェスティアからは、金品略奪や都市内の施設損壊の類は硬く禁じられていた。しかしその一方で、女性の凌辱やその他民衆への虐待はむしろ推奨すらされていた。

 城塞都市突撃部隊の面々は、未だ都市内に残っている善良な聖アルマイト民を狩りの獲物の如く求めて、怒涛のごとく城塞都市へと押し寄せる。

 都市周辺で乱戦に巻き込まれている龍牙騎士達には、もはやそれを止める余力は残されていなかった。

「ギャハハハハハ! 犯せ犯せぇぇぇ! 美人は早い者勝ちだぁぁっ!」

 馬を走らせる龍の爪の兵士らは、下品な雄たけびを上げる。

 正門を突破して外壁のくぐりぬければ、すぐにクラベールの街並みが広がる。

 拠点としては一大都市に当たるクラベールは、貿易拠点としての機能が強い。とても多くの施設や人が住まうこの都市は綺麗に区画整理がされており、内部は迷路のように複雑に入り組んでいる。

 都市内部に入った突撃部隊は、事前の予定通り部隊をいくつかに分けて同時侵攻を開始する。効率的に制圧を進めるのと同時に、都市内部に残されているはずの人々を漏らすことなく蹂躙するためである。

「目指すは侯爵邸だぁぁ! 進めぇぇ!」

 興奮した様子で先頭を進む隊長格が叫ぶ。道は分からないが、しらみつぶしに進んでいけばそれらしい建物に辿り着くだろう。そのための部隊分割でもある。

 そしてその途中で女を見かけたら片っ端から――

 下卑た考えをよぎらせて、醜悪な笑みを浮かべるその男は。

 その数秒後には、なぜか空を見上げていた。

「ーーあれ?」

 背中を突き抜ける衝撃と激痛。

 少し遅れて、彼は地面に背中を打ったと知る。

 あれ? 馬に乗っていたはずなのに、どうしーー

「あがああああああっ?」

 次の瞬間、顔が潰されたような激烈な痛覚が男を襲う。いや、潰されたような…ではない。本当に潰されていた。

 彼が横たわるその横で、暴れている蹄鉄をはいた馬の蹄が顔に直撃したのだ。

「いだっ……あだっ……ど、どぼじて……」

 顔を潰されて視覚を失い、顔面を血だらけにしてひしゃげながら、何が起こったのかを必死に把握しようとする。

 ――馬が転倒した? それで自分が投げ出されて、馬に蹴られた?

 正解だった。

 そして、彼の後に続いていた後続の騎馬達が、彼と同じように馬を転倒させていく。

「げぶっ……!」

 後続から倒れてくる馬や人の波に潰されて、顔を潰されて既に致命傷をだったその男は、トドメを刺されたかのように絶命した。

 城塞都市の街道を勢いよく駆け抜けようとした騎馬隊だったが、急には止められない。先を行った馬たちが転げて倒れるに続いて、後続も次々に倒れて、先に倒れた者達を潰していく。

 平和で穏やかだった城塞都市内のその一帯は、一瞬にして大勢の命が失われる阿鼻叫喚の地獄絵図を作った。

 その騎馬達が駆け抜けようとしていた足元には、そこを馬が通るのを予想していたかのように、馬を転倒させるためのロープが張られていたのだった。

□■□■

 一方、先陣を切った騎馬隊とは別の方向に進んでいた突撃部隊の一行。

「なんだぁ? あっちですげぇ音がしたなぁ」

 彼らは馬に乗らない歩兵部隊だったが、まさか別動隊が凄惨な事態になっているとは思いも寄らなかった。これまでの第1王子派との戦いで連戦連勝をおさめていた彼らは完全に驕っており、まさか自分達が危険に晒されていることなど、想像の外だったのだ。

「にしても、これは一体どういうことですかね、隊長? 人っ子一人いやしませんぜ」

 女性を見れば即座に襲い掛かろうとしていた彼らだが、どの家屋を見ても人の気配が感じられない。外を出歩いているわけでもなければ、どこかに隠れているわけでもなさそうだ。金品や食料はそのままだが、さすがに戦闘中ということで避難しているのだろうか。

「――ち。でもまあ、代表が言うには、都市の外には出てないはずだ。どうせどこかにある避難所にでも逃げてるんだろうぜ。まあ、ゆっくり探そうや」

 とある家屋を家探ししていた隊長格の男はそう言って、建物内にある彼らにしては高級な食料が金品に後ろ髪を引かれる思いで、その家を後にした。

 解禁されているからには女性の凌辱は遠慮なくやるつもりだった。しかし金品食料の強奪及び建物・施設の損壊は厳しく禁じられている。それは占領後も、フェスティアが次なる戦場のための拠点として、この城塞都市を利用する腹つもりであるからだ。

 その隊長格の男は、命令を破った者へのフェスティアの冷酷さをよく知っていた。奴隷だろうが隊長だろうが関係ない。厳命を犯した者への制裁は例外なく極刑だ。だからこそ、その男は金品の類に手が出そうになっても、決して実際に手を出すことは無かった。

 現地での略奪行為は戦場の最前線で命を賭ける兵士の特権だという考えのその男にとって、この命令は面白くなった。しかし、逃げる弱者をじわじわと追い詰めて嬲るというのも、愉しみである。この面白くない鬱憤は、そちらで晴らさせてもらおう。

「でも妙じゃないですか? 一般人が見当たらないのはともかく、兵士の1人もいやしませんぜ」

 確かに、龍牙騎士のほとんどは城塞都市の外で戦っているのであろうが、警備兵の1人もいないのは妙だ。城塞都市内に入ってからここに来るまで、聖アルマイト側の人間とはまだ1人も出くわしていない。

「ま、強すぎる俺達に恐怖を成して逃げたんだろ。ぐはははは」

 奢っている彼らに考えられることは、それが限界だった。

 自分達が負けるはずがない。勝って当然だと思い込んでいるから、何も警戒しない。

 だから彼らは、いとも容易く落とし穴に落とされたのだ。

「あああああああっ?」

 何の警戒もせず、街道を進んでいた彼らは、突然出来た地面の大穴に飲み込まれてしまう。それは街道に掘られていた落とし穴で、一定以上の人数がその上に乗ったことで、地面が崩壊してその一隊がまるまる穴に落とされてしまう。

「んだぁ? こんな子供騙し……」

 落ちた時に腰を打ったのか、隊長格の男は痛そうに腰を擦る。なんだか得体の知れない、ヌルヌルとした液体が穴の中に溜まっており不快ではあるが、それだけである。落下した痛みはあるが、怪我をするほどでもない。その程度の穴だから登れない程に深いわけではなく、すぐにはい出せる。

 --これで足止めのつもりだろうか、下らない。

 そんな呑気な事を考えている男の横で、ようやく危機的状況に気づいた部下が焦った声を上げる。

「た、隊長っ! まずいですっ! これは……油ですっ!」

「――あ?」

 次の瞬間――次々と穴へ向けて火矢が射られる。

「ぎゃあああああああっ!」

 穴に溜められた油に火が引火し、穴に落ちた彼らは例外なく全て炎に包まれた。

□■□■

「何の音?」

 城塞都市内を進む、また別の部隊。そこは新白薔薇騎士の女性らで構成されていた。

 自分達と別れた部隊が向かった方角から聞こえる、騒がしい騒音――中には人の叫び声のようなものも混じっている。

「……戻りましょう」

 隊長格の女性騎士が隊の面々にそう命じる。

 驕りの極致にいる龍の爪の兵士らであれば、そんなことなど全く取沙汰しないだろう。こういった判断が出来るところを見ても、やはり新白薔薇騎士は龍の爪とは一線を画している兵士なのは間違いなかった。

 しかしーー

「これは一体、どういうことなのっ?」

 彼女らが来た道を引き返すと、そこを通った時とは様相が全く違っていた。すなわち、土嚢や木片などが山の様に積まれており、道を塞がれていたのだ。

 通った時には気づかなかったが、何か支えのようなものを使って、目立たないように街道の脇にでも積み上げられていたのだろう。

 そして彼女らが通った後、その支えを取り払い、この街道にバラまいたのだろうか。その音は、別動隊の悲鳴に混じりかき消されたということか。

 つまり、彼女らは退路を断たれたことになる。

 その意味に気づいた隊長格の女性騎士はヒステリックに叫ぶ。

「み、道を探すのよっ! このままでは――」

「っきゃああ!」「あああああっ!」

 彼女の言葉が終わる前に、新白薔薇騎士達の悲鳴が響き渡る。

 まるでそんな彼女らの動揺の隙を狙っていたかのように、上から浴びせかけられる矢の雨。見ると、家屋などの建物の上に潜んでいた第1王子派の弓兵が、容赦なく彼女らへ攻撃を仕掛けていた。

 いくら超人的な戦闘能力を有していても、化物というわけではない。こうやって普通に地の利を取られて、攻撃の届かないところから一方的に射撃されれば、いくら新白薔薇騎士でも成す術が無かった。

「こんな……こんな……どうして……?」

 隊長格の騎士は、顔を青ざめて絶望の言葉を残す。

 楽勝のはずだった。

 指揮官のフェスティアは敵の策略を全て見抜いているし、そもそも自分達の力は軽く第1王子派の力を凌駕している。だから逃げ惑う龍牙騎士らを、この圧倒的な力で蹂躙するだけの簡単な戦争だったはずだ。彼女もこの戦いに臨む前までは。弱者をいたぶる愉悦と、その報酬として約束されていた肉の快楽の期待に女性器を濡らしていたのだ。

 それなのにーー

「い、嫌だ……私は、グスタフ様とおまんこ――」

 悪魔に狂わされた新白薔薇騎士は、その狂気を孕んだ言葉を遺言としながら、龍牙騎士達の容赦ない弓矢によって、その命に終止符を打たれた。

□■□■

「どうして、この道が塞がっているんだ?」

「こ、こんなところにも落とし穴がっ! うぎゃああああっ!」

「追い込まれた! 救援をっ……きゃあああっ!」

 クラベール城塞都市内に侵攻してきた第2王女派フェスティア部隊。

 堅牢な外壁さえ破ってしまえば、もう苦労することなどない。

 施設の破壊は厳として禁じられていたものの、未だ呑気にのうのうと都市内で過ごしているであろう聖アルマイト民を虐殺して凌辱する愉悦を妄想していたばかりの彼ら彼女らは、ところどころで阿鼻叫喚の悲鳴を上げていた。

 入り組んだ城塞都市内部を、いくつもの部隊に分かれて侵攻するフェスティアの突撃部隊は、どの部隊も、まずは仕掛けられた罠に捕まり、瞬く間に大混乱に陥った。

 そのまま混乱に陥って立ち直れない部隊もいれば、冷静に部隊を立て直して侵攻を続ける部隊もあった。しかしその次に直面したのは、門や土嚢やその他様々なもので、行く手や退路を阻まれるという現実だった。

 この城塞都市の内部に精通している者は突撃部隊の中にはおらず、塞がれた道にぶつかると引き返してまた別の道を……と、手探り状態で進むしかなかった。

 そうして見知らぬ迷路の中を進む突撃部隊は、まるで何者かのように操られるかの如く、城塞都市内を彷徨っていく。

 そして路地裏に追い込まれた部隊には――

「き、来たぞっ! 龍牙騎士だっ!」

「いや、龍牙騎士だけではない。これは……っ!」

 袋小路に追い込まれた突撃部隊に、突如現れた城塞都市防衛部隊が襲い掛かる。

 城塞都市内部を守るのは、龍牙騎士だけではない。クラベール侯アイドラド麾下の現地兵も多数含まれている。

 龍牙騎士と比較すれば多少練度は落ちるクラベール領の兵士達。相手には龍牙騎士すら手こずる新白薔薇騎士もいるが、数の差や建物の上に伏せさせている弓兵の他にも、敵は見知らぬ土地で追い込まれて混乱している。

 これだけの有利条件が重なれば、いくら相手が強大な新白薔薇騎士だとしても、城塞都市防衛隊は突撃部隊を楽々と制圧していくのだった。

「よし、ここは制圧完了。合図を」

 そこに追い詰めた部隊を制圧――殺した相手もいれば、捕縛に成功した相手もいる――した防衛部隊の隊長がそう言うと、側に待機していた兵士が持っていた旗を大きく掲げて振る。

 明らかに、最初から都市内部での戦闘を想定し、万全過ぎる準備で待ち構えていたクラベール城塞都市内の防衛部隊。今回、その部隊を統括していたのは――

「ラディカル将軍、第3地区から制圧完了の合図です」

 都市内で最も高い塔のような建物――ずばりそのまま監視塔の役目をしているのだが、その最上階にてラディカルはうなずいた。

「第5地区で、ハリウム部隊が敵と鉢合わせしました! 想定外の事態です!」

 その横で、別の方角を監視していた部下が切羽詰まった声で報告を上げる。しかしラディカルは落ち着いた様子で

「よし。今しがた第3地区が落ち着いたところだ。ブロウ部隊をバックアップに向かわせろ。ハリウム部隊は無理せず後退、敵を4地区の罠群へ誘い込んだら4地区から5地区に出る通路を封鎖だ。7地区は後回しだ。次は5地区を片付けるぞ」

 てきぱきと指示を出すラディカル。命じられた部下達も、その指示を各部隊へ伝えるための旗を振振る。

 クラベール城塞都市の内部構図、部隊と罠の配置、指揮命令の合図、戦況の全体把握ーー城塞都市内の戦場の全ては、防衛部隊を統括しているラディカルが掌握していた。

「あの新白薔薇騎士らが、こうも簡単に……」

 面白いくらいに、新白薔薇騎士を含む敵部隊を追い詰めている状況を見ながら、ラディカルはぼそりとこぼした。

 今までは真っ向勝負でぶつかっていき、どうすることも出来ずに敗北を強いられ続けてきた。

 しかしこの城塞都市内の戦いでは、こちらの罠と動きに翻弄されて、そのどうしようも無かった第2王女派の兵士達が逃げ回っていた。これまでの戦いから、誰がこんな光景になることを想像出来ただろうか。

「本当に、知恵と工夫でなんとかなるんだな」

 今ままでしてやられてばかりだった第2王女派相手に初めて優位に立つことが出来たラディカルは、にやりと笑いながら先日の首脳会議のことを想い出していた。
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