【R-18】龍の騎士と龍を統べる王

白金犬

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第2章『クラベール城塞都市決戦』編

第70話 クラベール城塞都市決戦(Ⅱ)ーープリシティアVSゾーディアス

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 コウメイ率いる第1王子派とフェスティア率いる第2王女派。

 双方の軍勢が息を飲んで見守る中、第1王子派側の王下直轄騎士プリシティアと第2王女派側の元奴隷剣士ゾーディアスは激戦を繰り広げていた。

(――っち!)

 ゾーディアスは胸中で舌打ちをしながら、プリシティアから次々と放たれる弓矢を、身を捻ってかわし、剣を振って弾き飛ばしていた。

 プリシティアは馬に跨っていた。そして無言・無表情のまま、ゾーディアスへと途切れることのない攻撃を続けていた。

「この小娘がっ……!」

 しかし単調な弓の攻撃が続けば、それを受けるゾーディアスにも慣れが出てくる。放たれる弓矢を防ぎながら、ゆっくりとプリシティアとの距離を詰めていく。

 ――が、プリシティアの馬は、ゾーディアスとの距離を保つように後退する。

「なっ……!」

 ゾーディアスが驚愕の呻き声を漏らすことも無理の無いことだった。

 なぜならば、プリシティアの両手は弓を引き絞るのに使われている。すなわち、彼女は手綱を握らずに馬を操作しているのだ。

 驚くべき馬術の腕である。そういった技術があることはゾーディアスも聞いたことはあるが、ここまで激しい弓矢の攻撃と併行して自由自在に馬を操る人間がいるとは信じられない。

 そもそもそんな馬術は、聖アルマイト流の馬術とは大きく異なる。形式や品格を全く無視している、とにかく機能性に特化したような、野性的で乱暴な馬術だ。

 まさか聖アルマイトの騎士がそのような馬術を用いるとは……そんな意外さが重なり、ゾーディアスは明らかに動揺していた。

 そして、さらにそれ上塗りする事態が発生する。

 ゾーディアスに向かって真っすぐに飛んできた幾本の矢――そのうちの1本が、急に不自然にゾーディアスの視界の外へ回り込んだのだ。

「何だとっ?」

 表情を驚愕に染めるゾーディアス。それでも冷静に、まずは正面から真っ直ぐに向かってくる矢を正確に弾き飛ばす。次に視界の外へ回り込んだ矢を視線で追う。

 不自然なカーブを描いて曲がったその矢は、ゾーディアスの右側に回り込んでおり、そして再び不自然なカーブを描いてゾーディアスに向かって飛んでくる。

「っく……!」

 正面からの矢を弾き飛ばすため剣を振るったままのゾーディアスは、馬上で身体を捻って、なんとか右側から曲がってきた矢を避けようとする――!

 その矢は、すんでのところでゾーディアスの鼻先をかすむように通過した。回避が間に合わなければ、確実に首元を貫かれていたであろう。

 まさにゾーディアスの生命に肉迫してくるようなプリシティアの苛烈な攻撃をなんとか回避すると、再びプリシティアの方へすぐに視線を戻す。

 すると、彼女は既に次の矢を引き絞っていた。それを見て、ゾーディアスは慌てて後退する。

 ゾーディアスが弓矢の射程距離外まで退避すると、プリシティアは弓を引いていた手を下ろして、そのまま彼へと視線を向ける。

「あなたは、強い戦士だと私は思いました。私の攻撃を初めて見て、回避することが出来たのは貴方が初めてです。ラミア王女殿下とディード将軍を除いて」

(この娘、ふざけた口を叩いてはいるが……)

 ――強い。

 極めて単純なたった一言だったが、それが全てである。ゾーディアスはこちらを見据えてくるプリシティアを油断なく見返す。

 とても聖アルマイト流の騎士とは思えない、粗雑で乱暴ででたらめな戦い方だ。武芸や馬術の基礎を全く無視して、己の才能と勘だけで戦っているような……そう、まるで野生児のような戦い方だとゾーディアスは感じた。

 小柄で可愛らしい少女然とした目の前の紅血騎士への評価を改めるゾーディアスは、剣を構える。

「単なる弓使いではなく、弓術士だったか。厄介だな」

 剣の切っ先を向けながら、ゾーディアスは独り言をこぼす。

 純粋な弓の技術のことを「弓技」というが、魔術を組み込んだ弓の技は「弓術」と呼ばれる。ちなみに得物が剣であれば同じ理屈で「剣技」と「剣術」と、呼称が異なる。

 先ほどの不自然な矢の軌道は、間違いなくプリシティアによる魔術操作だろう。言うまでもないが、ただの弓使いよりも弓術士の方が数倍も手強い相手である。

 おまけに手綱を用いることなく、文字通り自由自在に馬を操る馬術の腕も併せ持っているため、得物が剣であるゾーディアスにしてみると、自分の間合いに持ち込むことが至難の技だ。極めて相性が悪い相手だといえるだろう。

 ――しかし、ゾーディアスがこの程度の不利で簡単に負けるようであれば、フェスティアの信頼を勝ち取ることなど無かっただろう。

 元奴隷剣士ゾーディアスは、大陸最高峰の剣士と『女傑』フェスティアに見込まれた程の人物なのである。

(この程度の弓ならばーー)

 ゾーディアスは馬に喝を入れるように腹を蹴ると、プリシティアに向かって猛然と駆け寄っていく。

「充分に防ぎきれるっ!」

 プリシティアの攻撃は、手数が多くて熾烈なことは認める。但し正確さに欠けている。

 凄まじい速度で雨の様に矢を射ってくるが、自分に当たる矢だけを見極めて斬り払いながら間合いを詰めることは、そう難しいことではないとゾーディアスは判断した。

 小細工無しの正面攻撃――いかにも剣士らしいその選択に、プリシティアはその冷静で無表情な顔を一瞬だけハッとさせた。

 ――そして、その次に驚愕の顔を見せたのはゾーディアスの方だった。

「……は?」

 ゾーディアスの猛攻を見て取ったプリシティアは、弓を馬の身体に括りつけると、彼の行動を正面から受けて立つように、同じように猛然とゾーディアスに向かって迫ってくるのだった。

「正気か?」

 弓術士が剣士を相手に自ら間合いを詰めてどうしようというのか。接近戦で勝機があるとでも思っているのか。

「はい、私は正気です。王下直轄騎士として、貴方を倒します」

 平然と言ってのけるプリシティアに、ゾーディアスは油断も容赦もするつもりはない。自らの間合いに入れば、その瞬間に刃を一閃させて首と胴体を両断してみせる。

 両者が激突するまではほんの数秒。

 剣を構えるゾーディアスに対して、プリシティアは微塵もブレることなく、まっすぐに元奴隷兵士を視線で射抜き、真正面から向かっていく!

「――く」

 呻き声を上げたのは――ゾーディアス。

 ゾーディアスが持つ剣の間合いの更に内、正に至近といった距離。お互いの呼吸すらも直接感じるくらいの距離で、プリシティアが彼の首元を掻ききろうと手に持っているのは短剣だった。

 ゾーディアスに剣を振らせることすら出来ない速さで、彼の間合いの内に入り込んだプリシティア。ゾーディアスはすんでのところで、その短い刃を手の甲で受け止めた。鋭利な短剣の刃が、ゾーディアスの肉を抉るように突き刺さり、すぐに血がにじみ出てくる。

 痛みよりも驚愕が勝るゾーディアス。しかし、一流以上の剣士であるゾーディアスはそれでもプリシティアへの意識を切らさない。

「なっ……!」

 決して切らしていないのに--それでも、更に驚愕させられるゾーディアス。

 必殺のつもりだった一撃を防がれたプリシティアは、そのまま馬の背中に両方の足で立つと、鮮やかにゾーディアスの上方へ飛ぶ。そして中空でくるりと身を翻すと、鮮やかという言葉そのままにゾーディアスの上空に舞う。

 驚くべき運動能力で、ゾーディアスを飛び越えるようにして、くるくると回りながら彼のその背後に飛ぶ。そこには、プリシティアの行動を完全に予期していたのように、彼女の馬が地上で待ち構えていた。

 完全に不意を突かれたゾーディアスは、すぐに馬を反転させて背後へと振り向く。剣の届かぬ距離まで飛んだ紅血騎士は、既に何事もなかったように馬に跨っている。そして、その手には――

 彼女の得意武器である弓が引き絞られた。

「これで終わりですっ!」

 つがえていた矢が放たれる。

 しかし、この距離ならば充分剣で切り払える。短剣で貫かれた左手はそのままに、右手一本で剣を握りしめると、こちらに向かってくる矢を切り払うべく集中する。先ほどのように魔術操作で軌道を変えられても充分に反応出来る。

 ――そして、ゾーディアスはもうこれ以上はない思っていたが、更に更に驚愕させられる。

「……うおおおおおっ?」

 その矢は軌道を変えることは無かったが、突如炎をまとわせて燃え盛り始める。その炎の勢いは大きく、強くなっていき、火柱のようになってゾーディアスを包み込み、彼の身体を焦がしていった。

□■□■

「びっくりかくし芸大会かなっ!?」

 コウメイは、プリシティアのあまりにも奇抜過ぎる戦い方に、間抜けな声を挙げた。

 一騎打ちの勝敗自体は、コウメイにとってはどうでも良いことだった。戦いに臨むプリシティアに掛けた言葉がそのまま本音で、彼女が劣勢に立たされるようであれば、卑怯だと何だと罵られようが、全軍突撃の合図を掛けるつもりだった。

 フェスティア程の人物の側近を務める程の剣士――そんな相手に大事な護衛騎士代理を向かわせるのは内心穏やかではなかったものの、その彼女が放った業火に包まれている敵の姿を見ていると、拍子抜けする想いだった。

「つよ……」

 そういえばラミアの評では、「条件付き」ならば王国最強の騎士ディード=エレハンダーに匹敵するということだった。

 小柄で可愛らしい容貌からは、それを俄かには信じることが出来なかったが、彼女の戦闘を目の当たりにすれば納得できる。

 しかし、コウメイはまだ油断していない。

 なぜならば、同じく一騎打ちを見守る敵方の総大将――フェスティアが、自らの側近が劣勢にも関わらず、全く動きを見せない。

 一騎打ちで負ける程度の人材ならば見捨てて良いとでも思っているのだろうか。

 ――否。

 なぜならば、戦いを見守るフェスティアの表情には薄ら笑いが浮かんでいたからだ。

□■□■

(意外に呆気なかったっち)

 『紅蓮弓』――ラミアから承ったこの『魔具』こそが、彼女の切り札にして真髄だった。

 ラミアが持つ神器『紅蓮』の名を冠したこの弓は、その言葉通り持ち主の魔力を炎に変換して敵を攻撃するという特性を持ち、プリシティアの才能を見抜いたラミアが授けた物だ。

 プリシティアにとっては雲の上の存在であった第2王女から受け取ったその魔具の力には、プリシティア自身も絶対の自信を持っていた。だからこそ、その業火に包まれたゾーディアスを見て、決着を確信していた。

 しかし――

「っおおおおお!」

「っ!」

 炎の中から駆けてくる影が1つ――いうまでもなく、ゾーディアスだ。

 放たれた矢を、その前の攻撃で手の甲を貫かれた左手で防いだのか、そこに矢が刺さっているのが痛々しい。それ以外にも、紅蓮弓による炎で身を焦がし、身体の至る所に火傷の跡が見て取れて、肉の焼ける匂いが鼻孔をつく。

 それでもゾーディアスは、右手に剣を握りながら馬を走らせ、プリシティアに猛攻を仕掛けてくる。

「っち」

 気を緩ませていたプリシティアが舌打ちをすると、すぐさま紅蓮弓を愛馬の身体にくくりつける。

 このタイミングでは逃れられない。意を決して、プリシティアは懐に忍ばせていた2本目の短剣を抜く。

 既に自らの間合いにプリシティアを捉えたゾーディアスが、彼女の身体を切り裂こうと右手に握った剣を振るう。プリシティアはすんでのところで、その剣を自分の短剣で受け止めた。

「ようやく捕まえたぞ、小娘っ!」

「小娘じゃないが! わーは王下直轄騎士プリシティアっち名前があるがよっ!」

 咄嗟に言い返したプリシティアの口調は素の方言に戻っていた。そして額に滲んだ冷や汗が、それまでの余裕を失わせていることを証明していた。

 攻撃を受け止められたゾーディアスは、そのまま続けて連撃を繰り出していく。

 斬り、払い、弾き、押し、そしてまた斬る。

 それは、奴隷上がり或いは傭兵上がりなどとはとても思えない程の剣戟。積み重ねた修練と経験の上に成り立つ高度な剣技だ。周りで見ている大陸最高峰の龍牙騎士達ですら、ほれぼれする程に研鑽されており、美しくすらある程だった。

「相手の虚を突く攻撃と、それを可能にする驚異的な運動能力や魔力は確かに恐るべきものだが……!」

 ーーこちらの間合いに引きずり込んでしまえば、どうすることもできまい。

 奇抜な戦い方には不意を突かれるとしても、剣や弓の技術を1つ1つ見てみれば、平均的な龍牙騎士や紅血騎士の域を出ない。いや、むしろ未熟ですらある。その自由自在な動きを許さずに、小細工の余地が入りようのないこの戦い方に持ちこめば大したことはない。

 龍牙騎士団副団長ジュリアスをも苦戦さしめたゾーディアスの剣技は、確実にプリシティアを追い詰めていく。

 必死の表情でゾーディアスの剣を受けていたプリシティアだが、その剣閃の1つが頬をかすめると、血がにじみ出る。

 その一撃をかわし切れなかったプリシティアが馬上でバランスを崩すと、彼女の愛馬がそれを支えるように動き、ゾーディアスから離れようとする。

 しかしゾーディアスはそれを許さず、後退するプリシティアを追撃――真上から振り下ろされた剣を、プリシティアは何とか短剣で受け止める。

 プリシティアの明らかな劣勢に、彼女の愛馬は心配するようにぶるるると喉を鳴らす。

「だ、大丈夫っちよ……これくらい……!」

 歯を食いしばりながら愛馬に言葉を返すプリシティア。

 敵は、今も短剣と矢が刺さったままの左手はぶら下がったままだ。それだけではなく、全身も焦げてすすけており、火傷の痛みがあるはずだ。それなのに、それらの影響を全く感じさせず、片手一本の剣技でプリシティアを圧倒してくる。

 これが元奴隷剣士、ヘルベルト代表の護衛ゾーディアス。

(つ、強い……勝てない……!)

 愛馬に掛けた言葉とは対照的な弱気な感情がプリシティアの胸の内を染める。

 そしてそんなプリシティアの弱気を裏付けるように、下から払うように繰り出されたゾーディアスの剣に、手に持っていた短剣を弾き飛されてしまった。

 ゾーディアスの屈強な力を受けた右手は、そのまま上に打ち上げられる。

「……あ」

 そうして無防備になったプリシティアの細い首へ向けて、ゾーディアスが剣の切っ先を向け、突き出す。

「プリティいいいいいいい!」

 他の何者も代わりにならない大切な護衛騎士代理の命が刈り取られようとしている。それを傍から見ているコウメイが吼える。

(コウメイさ……わーは……わーは………!)

『明日はコウメイさのこと、わーが必ず守るっち。やけん、大丈夫やがよ』

 昨夜同じベッドの中。誰よりも不安になっていて、誰よりも怖がっていた、あの震える手。それに自分の手を添えて、そう言ったじゃないか。

 守る。必ず自分が守って見せると。

 それなのに、この初っ端の戦いで早速退場しようというのか。守るもなにも、まだ何も始まっていないのと変わらない、この段階で。

 たかが、“相手が自分よりも強い”という程度の理由で!

「おああああああああ!」

「っっっ!」

 コウメイに次いでプリシティアが吼える。

 上に跳ね飛ばされた右手をそのまま背中の矢筒へ突っ込ませると、中から矢を引き抜く。乱暴に引きずりだしたため、他の矢も数本零れ落ちるがプリシティアは気にしない。

 そうして手に持った矢に魔力を込めると、その矢は即座に火を纏い始める。そしてプリシティアは自らの喉元に迫る剣――それを持つゾーディアスの腕に、そのまま上から突き刺す。

「っぐ……うおおおお……!」

 矢がゾーディアスの腕に突き刺さると、プリシティアは肉と骨を抉り、その炎で焼き焦がすように矢をグリグリと深く突き刺していく。

 さすがのゾーディアスといえど、肉の中に抉り込んできて、矢と炎で直接神経を刺激される激痛には耐えかねて、持っていた剣を落として、反射的に右手を引っ込める。

 ――そこで、この一騎打ちは終わった。

「「全軍、突撃!!」

 互いの戦士が負傷して戦闘続行が困難と判断した両軍の指揮官――コウメイとフェスティアは同時に指示を下した。

 それは2人ともがこの一騎打ちに選んだ者を、捨て石などではなく貴重な人材として扱っていたことの証左。ここで失うくらいならば、一騎打ちというルールを無視してでも救出にかかったということに他ならない。

 こうして、ついに第1王子派と第2王女派が正面から衝突し、本格的な開戦と相成ったのである。
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