【R-18】龍の騎士と龍を統べる王

白金犬

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第2章『クラベール城塞都市決戦』編

第69話 クラベール城塞都市決戦(Ⅰ)--開戦

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 その日、空には気持ちの良い晴れ晴れとした青空が広がっていた。

 夏に入り始めた6月初夏に相応しい気候でありながら、爽やかなそよ風が吹き抜けていく。肥沃な条件に恵まれたクラベール領地の大地に生えた緑の草草が、そのそよ風に揺られている。

 国内外で交易が盛んな城塞都市へ続く街道も綺麗に整備されており、平和な時はのどかな自然を感じる風景として楽しめることだろう。

 太陽が天高く昇ったその時――城塞都市より数kmのところまで出てきた第1王子派コウメイ部隊、その主力である龍牙騎士達は威風堂々と隊列を組んでいた。

 彼ら龍牙騎士達は、厳かで力強く、そして見るからに頼もしい雰囲気を持ちながら、今は指示を待つかのように、各々戦闘態勢をとりながら構えていた。

 そんな大陸最高峰の部隊である龍牙騎士団と正面から向き合うは、第2王女派フェスティア部隊。

 龍牙騎士よりは随分と練度の低い龍の爪を主として構成された部隊。数の上では、コウメイ部隊を上回っている。

 彼らの隊列や戦いに臨む者達の表情などを、騎士として洗練された龍牙騎士達と比較すれば、どれもが随分と甘いものである。

 しかし、そしてそれら龍の爪の兵士に混在しているのは新白薔薇騎士ーー第2王女派が有する最強戦力である。

 そんな彼女らが装備している白銀の胸当てや剣などの武器防具も、質素で貧相な龍の爪らの装備に比べれば見た目からして高級で、機能も段違いのはずである。

 フェスティアは、早朝からクラベール城塞都市に動きがあることをいちはやく察知し、それに呼応するように自軍の部隊へ出撃命令を下した。

 それから両者が相まみえたのは、この真昼になってからである。まるでコウメイ側がフェスティアが出てくるのを待ち構えていたのか、両部隊は示し合わせたように正面から向かい合っていた。

 そして両部隊の最高指揮官――コウメイとフェスティアも、お互い部隊最前列中央に、馬に乗った状態で対面していた。

 お互いが直接肉眼で確認できる位置で、会話も可能な距離である。

(代表の言われた通りだ……)

 フェスティアの護衛であるゾーディアスは、彼女のすぐ後ろから真正面に布陣するコウメイ部隊を見渡して、胸中で感想を述べた。

 フェスティアの読みでは、コウメイの真の狙いは後方に保管されている兵糧庫の襲撃だという。コウメイ自らが城塞都市の正面防衛部隊に立ち、こちらの攻撃を引きつけている隙に、別動隊で後方を襲撃するつもりだという。

 今、ゾーディアスの目の前に広がる部隊は、不自然と感じる程に旗などが多くみられるし、隊列も1人1人の距離の幅が広い。少ない人数を少しでも多く見せつけようとする意図が、ゾーディアスにも透けて見える。

 つまり別動隊がいることをこちらに察知されないよう、今ここにいる部隊が全部隊だと、それくらいの兵力がいるように見せかけようとしているのだ。

 そんな小細工も含めて、フェスティアは完全にコウメイの手を読み切っている。今のこの現実を見て、ゾーディアスはつくづく『女傑』の才覚に感嘆するのだった。

「聖アルマイト王国王下直轄部隊統括、元帥コウメイ=ショカツリョウだ」

 部隊の戦闘に立つコウメイが、おもむろに名乗りを上げてくる。するとフェスティアがいつも余裕の時にするように、口元に指を当てて笑うと、コウメイに倣うように前に進み出る。

「ヘルベルト連合代表、そして第2王女派の軍師フェスティア=マリーンよ」

 聖アルマイト流に則り、コウメイと同じく名乗りを上げるフェスティア。

 最高指揮官同士の名乗り合いに、いよいよ決戦が始まることを実感する周囲の兵士達は、緊張に固唾を飲みこむ。

「いやー、久しぶりだなぁ。元気してた?」

 そんな周囲の緊張感など全くお構いなしに、片手を上げながらコウメイが能天気な口調で言う。

 コウメイの声は、平常時と全く同じ軽い声調ーーしかし、それが逆に周囲の緊張を高めていく。

「そちらこそ、息災のようで。いつの間にか元帥なんて大層な役職についたなんて、大出世じゃない。おめでとう」

 対するフェスティアも、余裕の笑みを浮かべたままコウメイに答える。

 開戦前に軽口を叩き合う2人、その両者の意図が分からないからこそ、このやり取りを見守る面々には恐怖と緊張ばかりが募っていく。

 そもそもこうして軍を率いる指揮官同士が、今にも剣を打ち合える程の距離で直接会話をしていること自体が、異常事態と言ってもいいのだ。

 今この瞬間にも、2人が腰に下げている剣で斬り合いを始めても何らおかしくない状況ーー両軍の兵士らは、いつ突撃命令がかかっても瞬時に動けるように心身の緊張と集中を限界まで高めていく。

「なあ、フェスティア。1つ提案があるんだが」

「……聞くだけ聞いてみようかしら?」

 2人とも笑っている。戦場にそぐわないその笑みが、見ている者達にとってはとにかく不気味であった。

「こっちは……正確には俺やカリオス殿下はそっちの事情を全て察している。だから今降伏すれば、お前だけは許してやれないこともない。俺が全力でカリオス殿下を説得しよう。あのクソデブキモ親父は、もう許せる余地なんてないけどな」

 その『クソデブキモ親父』が誰のことを指しているのか、フェスティアはすぐに察した。そして反射的にコウメイに憎悪を込めた視線を送る。が、それは一瞬だけ。すぐに冷静さを取り戻して元の余裕の笑みを復活させる。

「それはとっても魅力的な提案ね。迷ってしまうわ」

「――だろ? そうした方が、お互いにとって得だとーー」

「でも、問題があるわね」

 くすくすと笑いながら、コウメイの言葉を遮るフェスティア。そしてそのまま続ける。

「貴方は、この内乱前からの私の完璧な作戦をぶち壊しにしてくれたわ」

 それはこの内乱の黒幕がグスタフではなく、フェスティア自身であると世間や第1王子派に思わせること。

 しかしその企みはコウメイが看破した。フェスティアもグスタフの「異能」によって操られている傀儡の1人に過ぎないと見抜いたのだった。

「そして何より『あの御方』を侮蔑するその言葉――万死に値するわ。生きて連れて来るように厳命されているけど、その前に生きているのが辛くなるほどの拷問をしてやるわ、コウメイっっ!」

 こと『あの御方』――グスタフのこととなると、フェスティアは軍師に足るに相応しい仮面を剥ぎ棄てる。心酔している主に媚びへつらう雌の本性を剥き出しにして、愛する主を凌辱する敵を、心の底からの憎悪と殺意を向けてくる。

「おおおっ、怖っ……!」

 その感情剥き出しのフェスティアの視線に、笑いを引きつらせながらコウメイは思わず震える……と、すかさず彼の脇にいたプリシティアがコウメイの前に出ようとするが、素早くコウメイが手で制する。

「というか、これだけ新白薔薇騎士や勇者に押されている状況で、よくそんな言葉が吐けるわね。その胆力だけは、素直に感心するわ」

「そいつは、どーも。ま、そっちが降伏するなんて思っていないさ。受け入れられても、逆に信じられんわ」

 この両軍の指揮官による、意味があるのだかないのだかよく分からない煽り合いに、相変わらず周囲は緊張を緩めることが出来ない。

 こんなやり取りでも、両者の中では高度な駆け引きがされているのか、それとも見たまま意味など全くないやり取りなのか――それが分かっているのは当人同士だけだ。

 まだ戦闘が起こっていないのに、緊張だけで両軍の兵士だけが疲弊していく中――ようやく口火を切ったのはコウメイの方だった

「せっかくの策士同士の戦いなんだ。単純に、お互い全軍突撃って戦いじゃ味気ない。俺に良い考えがあるんだが、どうだ?」

「どうだ?と言われても……さっきと同じような下らない提案であれば、いい加減私も付き合う気は無いわよ」

 フェスティアは再び表情に笑みを戻していたが、そう言う言葉には得も知れぬ迫力が込められた。その迫力にコウメイは若干引きながらも、堂々とした口調で言い放つ。

「最初にお互い自慢の部下を指名して、その2人で一騎打ちといかないか?」

 にやにやと笑いながら、そんな荒唐無稽な提案をしてくるコウメイ。そんな彼を、フェスティアは油断なく、眼を細くしながら見つめていた。

「それのどこが策士同士の戦いなのかしら? 結局、ただの力比べじゃない?」

「お前がそう思うなら、そうなんだろ」

 フェスティアの質問に、挑発するかのようなコウメイの物言い。しかし、当然この程度の挑発に乗るフェスティアではない。

(――何を企んでいる……?)

 この期に及んで、コウメイが無意味な提案をしてくるとは思えない。或いは、こちらにそう思わせて惑わせることが狙いなのだろうか。

 お互いに少なくはない兵力を突き合わせておきながら、腕自慢の部下に一騎打ちをさせる。そのことに、一体どんな意味があるというのか。こちらからの出方を伺っているだけか。

「……ふうー」

 そこまで考えたところで、フェスティアは深呼吸をした。

 油断など言語道断だが、慎重が過ぎるのも愚行だ。

 昨夜、他でもないフェスティア自身が側近のゾーディアスに言ったではないか。

 新白薔薇騎士と勇者リアラの力は、少々の小細工で揺るぐ程のものではない。こちらはそれに惑わされずに、真正面から正攻法で力押しをすること。それこそが敵が最も嫌がり、確実にこちらが勝利することが出来る作戦だ。

「ーーいいわよ。その一騎打ち、受けて立ちましょう」

 フェスティアのその返答に、周囲が俄かにざわつく。そしてその返答を受けたコウメイは、浮かべていた笑みを消すのだった。

「ゾーディアス、行きなさい」

 コウメイの反応を待たず、フェスティアは側に控えていたゾーディアスを指名する。

「自分が、ですか?」

「リアラは後方の防衛に当たらせているし、クリスティアは都市攻撃の切り札として温存しておきたいの。出てくる敵は、おそらく副騎士団長のジュリアスか、リアラと切り結んだとかいう若い龍騎士あたりでしょう。その程度の相手……貴方なら、やれるでしょう?」

 信頼ともいえる言葉と笑みを向けられてゾーディアスが無言でうなずくと、フェスティアも満足そうにうなずいた。

「何を企んでいるかは分からないけど、こんなもの茶番の域は出ない――出ないけども、開戦早々にこちらが敗北するのは士気に大きく関わるわ。相手が誰であれ、負けは許さないわよ。苦戦することすら許さないわ。余裕の勝利を収めてきなさい」

「――無論、そのつもりで」

 ゾーディアスは、自信たっぷりというわけではないが、おろおろと自信なさげというわけでもなく、ただ当たり前のように淡々と答える。

 そしてフェスティアに一礼してから、乗っている馬を操作して前に進み出るのだった。

□■□■

 コウメイが提案した一騎打ち。

 どうやらこちらよりも先に、敵は指名を終えたようだ。ずっとフェスティアの側で馬の乗っていた剣士風の男が前に進み出てくる。確かラディカルから聞いた話では、大陸に名だたる剣士ゾーディアスとかいったか。

「どうやら、相手はあの男みたいだな。――プリティ、いけそうか?」

 フェスティアにとってのゾーディアスのように、コウメイの側にも紅血騎士の紅い鎧を身に纏った赤髪の護衛騎士代理プリシティアがいた。

「私は、いよいよ護衛騎士としての本分を果たせることに喜びを感じています。どうぞ、いつでも私にその命令をください」

 こんな戦場でもやはり変な言い回しに、コウメイは思わず表情を緩ませる。生死のやり取りを目前にしても、護衛騎士代理のいつもの様子にコウメイは安心感を持つ。

「じゃ、頼むよプリティ。フェスティア達の鼻を明かしてやってくれ」

「――御意」

 コウメイの命令を受けて、プリシティアが馬を操作してコウメイの前に進み出る――そうしてコウメイの横を通り過ぎようとしたとき

「無理しないで、危険だと思ったら逃げて戻ってきてくれ。勝敗なんかより、君の命の方が何百倍も大切だ」

□■□■

 今の上司であるコウメイから、そんな言葉を掛けられたプリシティア。その言葉からは、彼が心の底から自分の身を案じてくれているのがひしひしと伝わってくる。

 ――プリシティアは知っている。

 コウメイはどれだけ強いか。そして脆いのか。

 元帥として求められる強さを持ちながら、同時にその重責に耐えかねて壊れてしまう程の繊細な精神――それは他の誰もが知らないはずで、プリシティアだけが知っているコウメイの姿だ。

 普段は飄々としながらも自信たっぷりで頼りになる。でも一方では弱気で頼りにならない。ついでにおっちょこちょいな一面がる。でも物凄く優しい。

 たまたまとはいえ、強くて優しい部分だけではなく弱い部分も自分の前に見せてくれた。そしてその弱さを隠そうとせず、そのまま自分を信頼して頼ってきてくれた。

 きっとコウメイが頼ることが出来るのは自分だけだ。だから、そんなコウメイを助けて支えることが出来るのは自分だけだ。

 その事実が、プリシティアはたまらなく嬉しい。

 既にプリシティアは、権力者に媚びへつらって出世するなどという打算的な考えを抜きに、コウメイに対して好意を寄せていた。

 --もっと単純に言えば、好きになっていた。

 だから本気で自分の身を心配されることが、嬉しくもあり申し訳なくもある。

 コウメイを安心させたい。彼の役に立ちたい。

 そう胸に決意するプリシティアは――

「わー、行ってくるやが! 安心して見ててくださいっち、コウメイさ!」

 年齢相応に無邪気な満面の笑みをコウメイに向けるプリシティアは、本来の彼女らしい方言でそう言い残して、剣士ゾーディアスと対峙する。

□■□■

 第1王子派からはプリシティアが、第2王女派からはゾーディアスが選ばれ、お互いが馬を操り、それぞれの指揮官の前に進み出て対面に向かい合う。

(弓使いの紅血騎士……しかもまだ年端もいかない少女、か?)

 馬上のゾーディアスは、自分と同じように馬に跨るプリシティアの装備を見ると、胸中でそうつぶやく。

 外見は幼くとも、身に纏っているのは紅血騎士の鎧に間違いない。そしてそれよりも目を引いたのは、背中の矢筒と彼女の身の丈程もある弓だった。

「聖アルマイト王国王下直轄騎士、元帥の護衛騎士代理プリシティア=ハートリング」

 不意にプリシティアが名乗りを上げて、ゾーディアスはハッと顔を上げる。

 戦いの前に名乗りを上げる聖アルマイト流の礼儀――なるほど、一見では子供の様に見えるが、確かに聖アルマイトの騎士である。

 敵とはいえ堂々たる名乗り。そんな彼女の騎士道精神に敬意を払おうと、聖アルマイト流の礼儀に倣おうとするゾーディアス。そう思うのだったが、ふと戸惑うような表情を作り、困ったように背後のフェスティアへと振り返る。

 ――自分には、騎士だのなんだのといった肩書は何もない。何を名乗ればいいのだろうか?

 無言でそんな質問を訴えてみるが、フェスティアはゾーディアスの意図を察せられないようだった。ただ黙ってこちらを見てくるだけだった。

 そんなフェスティアの反応にゾーディアスは天を仰ぐようにすると、ふうと大きく息を吐き出しす。

 そして息を大きく吸いながら、プリシティアに遅れて名乗りを上げる。

「ヘルベルト連合龍の爪、元奴隷剣士ゾーディアス……行くぞ!」

 クラベール城塞都市決戦。

 護衛騎士代理プリシティア=ハートリングと元奴隷騎士ゾーディアスの一騎打ちをもって、遂にその口火が切られるのだった。
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