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第2章『クラベール城塞都市決戦』編
第61話 首脳会議(戦術編)
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強制的に都市内住民の避難計画を決定したコウメイ。
続いての議論は、目前に迫る危機ーーフェスティア率いる第2王女派への対処についてである。
これまでもジュリアスによる丁寧な報告書により、おおまかな状況は把握出来ていたコウメイだったが、直接改めてこれまでの経緯と現状を聞かされて、思わず頭を抱えるのだった。
「いや、参ったな……」
困惑を隠そうともせずに、ボソリと零すコウメイ。
彼に期待を寄せていた面々は、そんな彼の姿を見てしまえば思わず不安に感じてしまうだろう。しかしコウメイはそんなことに配慮出来る余裕がなかった。
出席者の中で唯一そのコウメイの心境を察することが出来るのはジュリアスである。フェスティアに散々苦渋を味合わされている彼は、コウメイを気遣うように言う。
「--もはや、フェスティアの戦略眼は神の領域です。こちらが何をどう考えても、それを見透かしたように、必ずその上をいってくる。更に勇者を名乗る新白薔薇騎士団長リアラ=リンデブルグの存在……情けない話ですが、自分ではどうしようもありませんでした」
見た目には冷静を保っているが、指揮官として戦場を任されたジュリアスがどれだけ苦しんだかは、その沈痛な口調から明らかだった。それを聞くだけで顔を曇らせる人間もいる。
「んー、そうですねぇ」
しかし、コウメイだけは少し反応が違った。
その言葉を受けると、虚空を見上げるようにして何かを考えこんでいるようだった。
しばらく腕組みをしながらそうしていると、やがて口を開き
「ジュリアス副長がそう思うのも仕方ない。でも、それはフェスティアにそう”思わされている”だけなんですよ。
まあ実際それだけ彼女は凄いんでしょうけど。だけど、あえて断言しますが、フェスティアは神なんかじゃない。ただの人間ですよ。ちょっとばかり優秀だけど、俺達と同じ人間です」
そう言い切るコウメイは、今しがた頭を抱えていたのとは同一人物とは思えないくらいに、自信満々にそう言い放った。
「まあ第1防衛線に出てきた先遣隊の隊長、確かルルマンド……でしたっけ? そいつを囮に差し向けてきたのは、俺も感心しましたけどね。
その作戦でフェスティアが狙ったのは、こちらへの兵力的な損害ではなく、むしろ指揮官である副長への精神的なダメージだったんでしょうね。で、見事にそれにハマってしまっている、と。」
「……え」
ルルマンド部隊を撃退したことで深く攻め入り、そこをフェスティアに叩かれた第1防衛線の戦いについて、誰もが部隊の損害ばかりに目を向けていた。今コウメイが言ったように、指揮官への精神的なダメージと言われば、それも確かに重大な被害だと分かるが、そのように考えることが出来た人間はいなかった。
皆、意外そうな表情でコウメイに注目する。
「敗戦続きの不利な状況で、ジュリアス副長が巧みな戦術でもって初めて敵を撃破ーーだと思ったら、その勝利すらもフェスティアが準備していたものだった。こんなことやられたら、指揮官としては、もう自信もクソもなくなってしまう。今後、仮に勝利を収めたとしても、敵の手の内にあるという疑念が常に付きまとう。そしてやがては勝つことを諦めてしまう。今のジュリアス副長のようにね」
そう指摘されて、ジュリアスはハッとする。
確かにジュリアスは第1防衛線で敗北してから今日まで、コウメイが到着するまで耐えきることばかりを考えていた。
ラディカルからは都市から出撃して敵を攻撃する提案もされたが、ジュリアスは深く考えることも出来ない精神状態で、有無を言わずそれを却下していた。
一歩でも出れば、瞬く間にフェスティアの策に絡めとられてしまう。それはもはや恐怖としてジュリアスに刷り込まれてしまっていたのだ。
「いや、別にジュリアス副長を責めているわけじゃありません。むしろ、お世辞抜きでよくやってくれたと思っています。だからあまり気にしなくても良いと思いますよ。
俺が言いたかったのは、フェスティアがほぼ完璧にジュリアス副長の考えを読み切っているのは神の技なんかじゃないってことです。ちゃんとした理由があるんですよ。
--つまり反則技を使っているんですよ、敵は」
そのコウメイの発言に、会議室内はざわつき始める。
「その反則技ってのは、いったいどういった物なんですかね?」
ざわつきが落ち着かない中、発言したのはラディカルだった。少し疑念的な視線をコウメイに向けているが、コウメイはゆっくりと首を横に振りながら答える。
「その話はまた後でーー一言だけ言っておくと、どういったものかはおおよそ察しがついているし、それをどうすればいいかの対策も考えています。ただ、それは今目の前に迫っている敵を追い払わないと出来ない。各位には、今はそっちに集中していただきたい」
「でもその反則技をどうにかしない限り、目の前の連中も追い払えねえんじゃ?」
食い下がってくるラディカルだったが、その疑問は最もだ。コウメイは冷静を保ちつつ、落ち着いた声で回答する。
「その反則技が機能するのは、戦闘開始前の段階までです。例えば……そうですね。都市近くまで迫ってきた当初、敵は昼夜問わず攻撃を仕掛けてきていて今は止んだということですが、そのタイミングは増援部隊が都市内に入ったタイミングとぴったりじゃなかったですか?」
「……そういや、そうだな」
「フェスティアはその反則技を使って、増援部隊の動きを掴んでいたんですよ。大軍が都市に到着すれば、小規模で断続的な攻撃を続けることに意味がなくなる。だから攻撃を、増援部隊の到着に合わせて中止した。
3領地戦で、こちらの戦力配置に合わせて対応してきたのもそう。北に配置した魔術部隊に対しては囮としての弱小部隊を、南に配置した物量部隊に対しては少数精鋭部隊を。そうして完璧にフェスティア側が有利な状況を作ったのも、その『反則技』で事前にジュリアス副長の戦略を把握出来ていたからなんです。
だからそれで充分。戦闘前に有利な状況さえ作ってしまえば、あとは難しいことなど不要。その後は正攻法で押し切ってしまうだけです。だから、今ここでも既に戦闘が始まっている段階にきているので、その反則技の役目は終えています」
「ふむ……」
分かるような分からないような、そんな表情をしてラディカルは唸るような声を出す。
そんな彼に代わるようにして、続いて発言したのはコウメイの後ろに控える護衛騎士ーーリューイだった。
「それってつまり……もう既にこちらが不利な状況を作られているということですよね? 相手は王都からの増援部隊が都市内に入ったのを把握していて、それでも大きな動きを見せないというのは、あとは正攻法で押し切れると、そのように考えているということですよね」
「うん、そうだね」
思っていた以上に察しが良い護衛騎士の言葉に、コウメイは振り向かずそのままため息をついて答える。
「何だかんだ言っても、最大の脅威は勇者リアラであるのは間違いない。フェスティアが色々やっているけど--それも確かに厄介だけど--結局は勇者リアラ=リンデブルグの存在がある限り、こっちが勝つのは難しいだろうね。
フェスティアがやっているのは、その力を最大効率で使っていることだよ。単純な勝ち負けだけの話であれば、フェスティアがいるかいないかはあまり関係ない……と俺は思っている」
コウメイ自身も、ミュリヌス領フォルテア森林帯で、その驚異的な力ーー王国最強のディードを降した実力を目の当たりにしている。
併せて、戦場での活躍ぶりを聞けば、第2王女派の最大の脅威は彼女と考えて間違いない。相手に恐怖を与えて戦意を挫く勇者特性とやらで、そもそも戦いにすらならないのだ。
第2王女派との戦いは、詰まるところリアラ=リンデブルグをどうにかすること、これが大前提となる。そうしない限りでは、力押しで押されてしまえば対抗する術がこちらにはない。
「少なくとも、現時点で真っ向から彼女とやり合える人間はいない。だとすると、その力を封じる方向で考えるべきですね」
ぶつぶつとつぶやくように言うコウメイにいち早く反応するのは、ラディカルだった。
「そんなこと、出来るんですかい?」
「いや、出来たらいいなー……って」
食いついてきたラディカルに、コウメイは頭を掻きながら苦笑して答える。そんな元帥とは思えない軽い調子のコウメイに、ラディカルは思わず肩をコケさせる。
「た、頼みますぜ元帥。切羽詰まってんですから」
「いやー、あはははは。すみません。でもま、考えが全くないって訳でもないんですよ」
冗談めかしながら言うコウメイ。
そんな彼に、すっかり疑わし気な視線を向けるのはラディカルだけではなく、会議の出席者の半分以上がそうだった。
そのように、会議室の雰囲気が少し変わってくると--
「……プリシティアさん。俺の後ろで、無言で殺気を放つのは止めてくれないかな?」
ふと、背後の護衛騎士代理から尋常ならざるオーラを感じて、コウメイは振り向かずに冷や汗を流してそういう。
「私はとても不快です。それは怒りですらあります。皆さんは、沈黙してコウメイ元帥のお話を聞くべきだと、私は提案することでしょう」
「うん、まあ……それだけ俺を信じてくれるのは嬉しいんだけど。ていうか、その忠誠心凄いな。一体なんなの?」
他人事のようにプリシティアのことを諫めつつ、コウメイは咳払いをしながら会議の面々へ意識を移す。
「勇者の力が凄まじいのは、俺以上に皆さんが実感されていると思います。ただ、本当に無敵の化け物なら、それこそ極論になりますが、小難しい戦略だの戦術だの用いずに、彼女が単騎特攻してくればいい。結局は相手にとってそれが一番効率が良いわけですから。でもそれをしないということは、出来ないということです。で、その出来ない理由ですが--」
全員がコウメイの言葉に注目する。
誰もがリアラの、フェスティアの凄まじさに圧倒されるばかりだった。とにかく現状に対応するのが精一杯で、真面目に勝つなどという思考を働かせられなかった。
しかし、現場にいなかったコウメイは冷静に分析をしている。勝って現状を打破すべく、彼なりの推論や根拠で、勝利への道筋を積み重ねようとしているのだ。
そんな彼の言葉に興味を惹かれない者などいなかった。
「勇者リアラ=リンデブルグも人間ってことです。決して人外の化け物なんかじゃない。俺達と同じ人間。だったら、何かしら必ずやりようはあるってもんですよ」
自信満々に力強い言葉――ではなく、アイドラドと言い合いをしている時から変わらない柔らかい口調だった。それは頼もしくもあり、どこか頼りなくもあり。
「で、具体的には?」
先ほど毒を吐いてきたプリシティアを横目で気にしつつ、ラディカルがコウメイにそう問うと
「――ふ」
コウメイは不敵に笑う。
「頼みますぜ、元帥」
1度肩透かしを食らったラディカルは念押しの一言を言うと、コウメイは出席者全員の顔を確認するように見回す。
「元帥といっても、所詮俺なんか戦場では素人レベルです。でも、そんな俺でもアイデアは思いつける。だから俺の思い付きが現実的かどうかは、戦場のプロであり今までフェスティアと戦ってきているジュリアス副長以下皆さんに託します」
そう前置きしてから、コウメイはクラベール城塞都市戦における作戦案を説明し始めた。
□■□■
そうしてコウメイの作戦と、それに対する諸将からの質疑応答を終えた会議室内は、しんと静まり返っていた。
「――なるほどね。だから都市内の避難を強行したってわけですか」
静まった中で最初に発言したラディカルは、不敵な笑みを浮かべてコウメイの作戦への感想を漏らした。彼に対する疑念はすっかり晴れたようだった。
「そ、そそそそ……そのような滅茶苦茶な作戦などありますかっ! 下手したら都市をボロボロにされますぞ! 上手くいく保証など、どこにもない! 絶対に失敗する!」
悲痛な声で反論するのは、領民避難の責任を負うこととなるアイドラド=クラベール侯爵だった。
自分の作戦に絶対の自信があるわけではないものの、頭から失敗を前提にして否定されれば、いくらコウメイでもカチンとくるものである。何かを言い返そうとするコウメイの前に、冷静な声で意見を挟んだのはジュリアスだった。
「――いや、いくつもの仮定の上とはいえ、全体の筋は通っていると思います」
コウメイが、この作戦の是非を問うようにジュリアスへ視線を送る。そうするとジュリアスはうなずいてから
「詳細な人事配置は相談させていただきたいですが、元帥の発案した作戦に沿って準備を進めましょう。小国家群からの圧力に押されている王都の状況を鑑みても、籠城戦にこだわって時間を浪費することは避けるべきです」
作戦説明の際に、時間の経過と共に諸外国からの圧力――特に現実問題として発生している北方の小国家群からの攻撃についてーーも、コウメイより話された。
クラベール領で第2王女派との戦いが長引けば長引く程、王都に戦火が広がる危険を考えれば、短期決戦でフェスティアらを撃退する必要がある。
「いや、良かったです。正直これを全否定された時の代替案なんて無かったんでね」
コウメイは安堵したように笑いながら本音をぶちまけると、ラディカルが呆れたように
「こんな作戦なぞ、普通の軍人なら考えませんぜ。セオリーとは全く逆の発想だ。全く、新しい元帥様は豪胆でいらっしゃいますな」
多少の嫌味を込めた言葉ではあったが、とりあえずラディカルはコウメイに対する疑念や敵意は払拭出来たらしい。あくまで笑いながらそう言うと
「あっはっは。ラディカル将軍、あんまり虐めないで下さいってば。俺はいいんですけど――」
そんなラディカルの言葉にコウメイは人の好さそうな笑顔を返す。
そして、すぐにその笑顔を引きつらせると、無言のまま圧力を放っている後ろの護衛騎士代理を親指で差し示す。
「……」
「冗談が通じない娘が、1人いますから」
「あ、そう……」
そんなプリシティアに、ラディカルも苦笑するしかなかった。
「でも――」
そして最後に締めくくるように言うのはジュリアス。
「普通とは全く逆の発想だからこそ、フェスティアを出し抜けるかもしれない。この戦い、コウメイ元帥の作戦案に、我らの命運をかけたいと思います」
全会一致で大賛成というわけにはいかなかったーー特にアイドラドが――ものの、ジュリアスのその言葉が決定打となり、クラベール城塞都市決戦における作戦方針は決定された。
決戦の日は5日後と定められたのだった。
続いての議論は、目前に迫る危機ーーフェスティア率いる第2王女派への対処についてである。
これまでもジュリアスによる丁寧な報告書により、おおまかな状況は把握出来ていたコウメイだったが、直接改めてこれまでの経緯と現状を聞かされて、思わず頭を抱えるのだった。
「いや、参ったな……」
困惑を隠そうともせずに、ボソリと零すコウメイ。
彼に期待を寄せていた面々は、そんな彼の姿を見てしまえば思わず不安に感じてしまうだろう。しかしコウメイはそんなことに配慮出来る余裕がなかった。
出席者の中で唯一そのコウメイの心境を察することが出来るのはジュリアスである。フェスティアに散々苦渋を味合わされている彼は、コウメイを気遣うように言う。
「--もはや、フェスティアの戦略眼は神の領域です。こちらが何をどう考えても、それを見透かしたように、必ずその上をいってくる。更に勇者を名乗る新白薔薇騎士団長リアラ=リンデブルグの存在……情けない話ですが、自分ではどうしようもありませんでした」
見た目には冷静を保っているが、指揮官として戦場を任されたジュリアスがどれだけ苦しんだかは、その沈痛な口調から明らかだった。それを聞くだけで顔を曇らせる人間もいる。
「んー、そうですねぇ」
しかし、コウメイだけは少し反応が違った。
その言葉を受けると、虚空を見上げるようにして何かを考えこんでいるようだった。
しばらく腕組みをしながらそうしていると、やがて口を開き
「ジュリアス副長がそう思うのも仕方ない。でも、それはフェスティアにそう”思わされている”だけなんですよ。
まあ実際それだけ彼女は凄いんでしょうけど。だけど、あえて断言しますが、フェスティアは神なんかじゃない。ただの人間ですよ。ちょっとばかり優秀だけど、俺達と同じ人間です」
そう言い切るコウメイは、今しがた頭を抱えていたのとは同一人物とは思えないくらいに、自信満々にそう言い放った。
「まあ第1防衛線に出てきた先遣隊の隊長、確かルルマンド……でしたっけ? そいつを囮に差し向けてきたのは、俺も感心しましたけどね。
その作戦でフェスティアが狙ったのは、こちらへの兵力的な損害ではなく、むしろ指揮官である副長への精神的なダメージだったんでしょうね。で、見事にそれにハマってしまっている、と。」
「……え」
ルルマンド部隊を撃退したことで深く攻め入り、そこをフェスティアに叩かれた第1防衛線の戦いについて、誰もが部隊の損害ばかりに目を向けていた。今コウメイが言ったように、指揮官への精神的なダメージと言われば、それも確かに重大な被害だと分かるが、そのように考えることが出来た人間はいなかった。
皆、意外そうな表情でコウメイに注目する。
「敗戦続きの不利な状況で、ジュリアス副長が巧みな戦術でもって初めて敵を撃破ーーだと思ったら、その勝利すらもフェスティアが準備していたものだった。こんなことやられたら、指揮官としては、もう自信もクソもなくなってしまう。今後、仮に勝利を収めたとしても、敵の手の内にあるという疑念が常に付きまとう。そしてやがては勝つことを諦めてしまう。今のジュリアス副長のようにね」
そう指摘されて、ジュリアスはハッとする。
確かにジュリアスは第1防衛線で敗北してから今日まで、コウメイが到着するまで耐えきることばかりを考えていた。
ラディカルからは都市から出撃して敵を攻撃する提案もされたが、ジュリアスは深く考えることも出来ない精神状態で、有無を言わずそれを却下していた。
一歩でも出れば、瞬く間にフェスティアの策に絡めとられてしまう。それはもはや恐怖としてジュリアスに刷り込まれてしまっていたのだ。
「いや、別にジュリアス副長を責めているわけじゃありません。むしろ、お世辞抜きでよくやってくれたと思っています。だからあまり気にしなくても良いと思いますよ。
俺が言いたかったのは、フェスティアがほぼ完璧にジュリアス副長の考えを読み切っているのは神の技なんかじゃないってことです。ちゃんとした理由があるんですよ。
--つまり反則技を使っているんですよ、敵は」
そのコウメイの発言に、会議室内はざわつき始める。
「その反則技ってのは、いったいどういった物なんですかね?」
ざわつきが落ち着かない中、発言したのはラディカルだった。少し疑念的な視線をコウメイに向けているが、コウメイはゆっくりと首を横に振りながら答える。
「その話はまた後でーー一言だけ言っておくと、どういったものかはおおよそ察しがついているし、それをどうすればいいかの対策も考えています。ただ、それは今目の前に迫っている敵を追い払わないと出来ない。各位には、今はそっちに集中していただきたい」
「でもその反則技をどうにかしない限り、目の前の連中も追い払えねえんじゃ?」
食い下がってくるラディカルだったが、その疑問は最もだ。コウメイは冷静を保ちつつ、落ち着いた声で回答する。
「その反則技が機能するのは、戦闘開始前の段階までです。例えば……そうですね。都市近くまで迫ってきた当初、敵は昼夜問わず攻撃を仕掛けてきていて今は止んだということですが、そのタイミングは増援部隊が都市内に入ったタイミングとぴったりじゃなかったですか?」
「……そういや、そうだな」
「フェスティアはその反則技を使って、増援部隊の動きを掴んでいたんですよ。大軍が都市に到着すれば、小規模で断続的な攻撃を続けることに意味がなくなる。だから攻撃を、増援部隊の到着に合わせて中止した。
3領地戦で、こちらの戦力配置に合わせて対応してきたのもそう。北に配置した魔術部隊に対しては囮としての弱小部隊を、南に配置した物量部隊に対しては少数精鋭部隊を。そうして完璧にフェスティア側が有利な状況を作ったのも、その『反則技』で事前にジュリアス副長の戦略を把握出来ていたからなんです。
だからそれで充分。戦闘前に有利な状況さえ作ってしまえば、あとは難しいことなど不要。その後は正攻法で押し切ってしまうだけです。だから、今ここでも既に戦闘が始まっている段階にきているので、その反則技の役目は終えています」
「ふむ……」
分かるような分からないような、そんな表情をしてラディカルは唸るような声を出す。
そんな彼に代わるようにして、続いて発言したのはコウメイの後ろに控える護衛騎士ーーリューイだった。
「それってつまり……もう既にこちらが不利な状況を作られているということですよね? 相手は王都からの増援部隊が都市内に入ったのを把握していて、それでも大きな動きを見せないというのは、あとは正攻法で押し切れると、そのように考えているということですよね」
「うん、そうだね」
思っていた以上に察しが良い護衛騎士の言葉に、コウメイは振り向かずそのままため息をついて答える。
「何だかんだ言っても、最大の脅威は勇者リアラであるのは間違いない。フェスティアが色々やっているけど--それも確かに厄介だけど--結局は勇者リアラ=リンデブルグの存在がある限り、こっちが勝つのは難しいだろうね。
フェスティアがやっているのは、その力を最大効率で使っていることだよ。単純な勝ち負けだけの話であれば、フェスティアがいるかいないかはあまり関係ない……と俺は思っている」
コウメイ自身も、ミュリヌス領フォルテア森林帯で、その驚異的な力ーー王国最強のディードを降した実力を目の当たりにしている。
併せて、戦場での活躍ぶりを聞けば、第2王女派の最大の脅威は彼女と考えて間違いない。相手に恐怖を与えて戦意を挫く勇者特性とやらで、そもそも戦いにすらならないのだ。
第2王女派との戦いは、詰まるところリアラ=リンデブルグをどうにかすること、これが大前提となる。そうしない限りでは、力押しで押されてしまえば対抗する術がこちらにはない。
「少なくとも、現時点で真っ向から彼女とやり合える人間はいない。だとすると、その力を封じる方向で考えるべきですね」
ぶつぶつとつぶやくように言うコウメイにいち早く反応するのは、ラディカルだった。
「そんなこと、出来るんですかい?」
「いや、出来たらいいなー……って」
食いついてきたラディカルに、コウメイは頭を掻きながら苦笑して答える。そんな元帥とは思えない軽い調子のコウメイに、ラディカルは思わず肩をコケさせる。
「た、頼みますぜ元帥。切羽詰まってんですから」
「いやー、あはははは。すみません。でもま、考えが全くないって訳でもないんですよ」
冗談めかしながら言うコウメイ。
そんな彼に、すっかり疑わし気な視線を向けるのはラディカルだけではなく、会議の出席者の半分以上がそうだった。
そのように、会議室の雰囲気が少し変わってくると--
「……プリシティアさん。俺の後ろで、無言で殺気を放つのは止めてくれないかな?」
ふと、背後の護衛騎士代理から尋常ならざるオーラを感じて、コウメイは振り向かずに冷や汗を流してそういう。
「私はとても不快です。それは怒りですらあります。皆さんは、沈黙してコウメイ元帥のお話を聞くべきだと、私は提案することでしょう」
「うん、まあ……それだけ俺を信じてくれるのは嬉しいんだけど。ていうか、その忠誠心凄いな。一体なんなの?」
他人事のようにプリシティアのことを諫めつつ、コウメイは咳払いをしながら会議の面々へ意識を移す。
「勇者の力が凄まじいのは、俺以上に皆さんが実感されていると思います。ただ、本当に無敵の化け物なら、それこそ極論になりますが、小難しい戦略だの戦術だの用いずに、彼女が単騎特攻してくればいい。結局は相手にとってそれが一番効率が良いわけですから。でもそれをしないということは、出来ないということです。で、その出来ない理由ですが--」
全員がコウメイの言葉に注目する。
誰もがリアラの、フェスティアの凄まじさに圧倒されるばかりだった。とにかく現状に対応するのが精一杯で、真面目に勝つなどという思考を働かせられなかった。
しかし、現場にいなかったコウメイは冷静に分析をしている。勝って現状を打破すべく、彼なりの推論や根拠で、勝利への道筋を積み重ねようとしているのだ。
そんな彼の言葉に興味を惹かれない者などいなかった。
「勇者リアラ=リンデブルグも人間ってことです。決して人外の化け物なんかじゃない。俺達と同じ人間。だったら、何かしら必ずやりようはあるってもんですよ」
自信満々に力強い言葉――ではなく、アイドラドと言い合いをしている時から変わらない柔らかい口調だった。それは頼もしくもあり、どこか頼りなくもあり。
「で、具体的には?」
先ほど毒を吐いてきたプリシティアを横目で気にしつつ、ラディカルがコウメイにそう問うと
「――ふ」
コウメイは不敵に笑う。
「頼みますぜ、元帥」
1度肩透かしを食らったラディカルは念押しの一言を言うと、コウメイは出席者全員の顔を確認するように見回す。
「元帥といっても、所詮俺なんか戦場では素人レベルです。でも、そんな俺でもアイデアは思いつける。だから俺の思い付きが現実的かどうかは、戦場のプロであり今までフェスティアと戦ってきているジュリアス副長以下皆さんに託します」
そう前置きしてから、コウメイはクラベール城塞都市戦における作戦案を説明し始めた。
□■□■
そうしてコウメイの作戦と、それに対する諸将からの質疑応答を終えた会議室内は、しんと静まり返っていた。
「――なるほどね。だから都市内の避難を強行したってわけですか」
静まった中で最初に発言したラディカルは、不敵な笑みを浮かべてコウメイの作戦への感想を漏らした。彼に対する疑念はすっかり晴れたようだった。
「そ、そそそそ……そのような滅茶苦茶な作戦などありますかっ! 下手したら都市をボロボロにされますぞ! 上手くいく保証など、どこにもない! 絶対に失敗する!」
悲痛な声で反論するのは、領民避難の責任を負うこととなるアイドラド=クラベール侯爵だった。
自分の作戦に絶対の自信があるわけではないものの、頭から失敗を前提にして否定されれば、いくらコウメイでもカチンとくるものである。何かを言い返そうとするコウメイの前に、冷静な声で意見を挟んだのはジュリアスだった。
「――いや、いくつもの仮定の上とはいえ、全体の筋は通っていると思います」
コウメイが、この作戦の是非を問うようにジュリアスへ視線を送る。そうするとジュリアスはうなずいてから
「詳細な人事配置は相談させていただきたいですが、元帥の発案した作戦に沿って準備を進めましょう。小国家群からの圧力に押されている王都の状況を鑑みても、籠城戦にこだわって時間を浪費することは避けるべきです」
作戦説明の際に、時間の経過と共に諸外国からの圧力――特に現実問題として発生している北方の小国家群からの攻撃についてーーも、コウメイより話された。
クラベール領で第2王女派との戦いが長引けば長引く程、王都に戦火が広がる危険を考えれば、短期決戦でフェスティアらを撃退する必要がある。
「いや、良かったです。正直これを全否定された時の代替案なんて無かったんでね」
コウメイは安堵したように笑いながら本音をぶちまけると、ラディカルが呆れたように
「こんな作戦なぞ、普通の軍人なら考えませんぜ。セオリーとは全く逆の発想だ。全く、新しい元帥様は豪胆でいらっしゃいますな」
多少の嫌味を込めた言葉ではあったが、とりあえずラディカルはコウメイに対する疑念や敵意は払拭出来たらしい。あくまで笑いながらそう言うと
「あっはっは。ラディカル将軍、あんまり虐めないで下さいってば。俺はいいんですけど――」
そんなラディカルの言葉にコウメイは人の好さそうな笑顔を返す。
そして、すぐにその笑顔を引きつらせると、無言のまま圧力を放っている後ろの護衛騎士代理を親指で差し示す。
「……」
「冗談が通じない娘が、1人いますから」
「あ、そう……」
そんなプリシティアに、ラディカルも苦笑するしかなかった。
「でも――」
そして最後に締めくくるように言うのはジュリアス。
「普通とは全く逆の発想だからこそ、フェスティアを出し抜けるかもしれない。この戦い、コウメイ元帥の作戦案に、我らの命運をかけたいと思います」
全会一致で大賛成というわけにはいかなかったーー特にアイドラドが――ものの、ジュリアスのその言葉が決定打となり、クラベール城塞都市決戦における作戦方針は決定された。
決戦の日は5日後と定められたのだった。
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◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
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