【R-18】龍の騎士と龍を統べる王

白金犬

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第2章『クラベール城塞都市決戦』編

第59話 もっと、もっと強く

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 聖アルマイト王国クラベール領は、西方における重要拠点である。

 西の隣国ヘルベルト連合、南のファヌス魔法大国らとの交易路の中心部となるため、国内外問わず多くの人が集まり、そして人が集まるところには物も金も集まるものである。

 第2王女派の内乱勃発により、それに与するヘルベルト連合との交易は当然のことながら断絶。都市内に滞在していた連合ゆかりの人間も身柄を拘束されて軟禁状態にあった。尚、ファヌス魔法大国とは国交がほぼ無かったため、都市内にいたファヌス人は皆無であった。

 そういった地理条件から、戦略的にも価値が高い領地となっている。

 今挙げた2国との有事の際には防衛拠点との役割を果たすべく、要塞としての機能も備えるように発展していった結果、今の様な堅牢な外壁が都市を囲うように建てられたのだった。城があるわけでもないのに、いつしか「城塞都市」と呼ばれる所以が、この外壁である。

 外壁の内側――都市内部は、多くの人と物が行き交う街のため、他の領地を比べると計画的に区画整理されている。具体的には、商店区画、住居区画、物資を保管するための倉庫区画や、工業製品の生産を行う産業区画など、それぞれの区画の役割に分けられているのだ。そのため内部は入り組んでちょっとした迷路のようになっている。

 都市の住民であればそう困ることもないが、初めて訪れる余所者ならば、まず間違いなく迷うだろう。

 そのクラベール領都市内ーー今は迫ってきた第2王女派軍勢との戦闘中だが、今の様に戦闘行為が発生していない間は、住民達の行動に特に規制はされていなかった。昼を回ったその時間帯では、いつものように、都市内は多くの人が行き交っていれば、談笑の声すら聞こえていた。

 いざ戦闘が始まれば、住民は自宅や指定場所への避難を義務付けられている。しかし今のところ、そこまで大規模な戦闘は発生していない。

 それに実際に戦うのは王都から来ているジュリアスら龍牙騎士団で、彼らの必死な尽力もあり、避難以外の戦闘による影響を与えてない。皮肉にも、それが住民達にとって、今起こっている戦争が他人事だと認識させて、危機感を薄れさせていたのだった。

 さて、このクラベール城塞都市の統治を任されているアイドラド=クラベール侯爵の屋敷、そこから程々の距離にある広場で、2人の騎士が手合わせをしていた。

 すっかり夏らしい気候の中、その2人は汗を飛ばしながら訓練用の剣を打ち合い、激しく切り結んでいた。

「うあああ!」

 やがて、若い方の騎士――リューイが弾き飛ばされるようにして、そのまま地面に仰向けに横たわると、そのまま立ち上がれないでいる。

「はぁっ……はぁっ……!」

「――ふう、これで1本だな。ちょいと休憩入れようや、あんちゃん。昼飯も取らず、ぶっ続けだぜ」

 そう言って倒れたリューイに手を差し向けるのは、将軍ラディカル。彼も息を荒げながら、汗だくになっていた。

「はぁ、はぁ……そうですね。無理言って付き合わせてしまい、すみませんでした」

 ラディカルの手を取り立ち上がるリューイは、体力の限界なのかフラフラだった。

 よく見ると、クリスティアとの戦闘で負った傷は癒えているのに、それとは別の新しい傷や打撲の跡がみられる。これらは全て、ラディカルとの訓練でついたものだった。

「ったく。若者は元気だねぇ。敵の攻撃が止んだから、ゆっくり休んでりゃいいのに」

 クラベール城塞都市では少し奇妙なことが起こっていた。

 これまでこちらに休息を与えることを許さないように断続的に続いていた敵の攻撃がピタリと止んだのだ。そして、それは奇しくも王都からの増援部隊が到着したのと同じタイミングだった。

 更に、奇妙と言うべきか不可解と言うべきか、その増援部隊を率いているはずの元帥コウメイが、行方不明――というか、不在だという。どうも王都で新しく任じた護衛騎士代理と行動と共にしているらしいので、身の安全は大丈夫なのだろうが、どこへいるのかは知らされていない。

 コウメイから代理を任されたという騎士レーディルに言わせれば「ちょっと寄り道してくる。すぐに追いつくから」とのことらしい。

 つまり増援部隊は既に都市内に入っているのに、元帥のコウメイは未だ姿を見せていないという変な状況だった。休憩がてら、愚痴めいたようにラディカルがそのことを零すと

「きっとコウメイさんのことです。何か考えがあってのことでしょう」

 顎まで滴り落ちてくる汗を手の甲で拭いながら、リューイは疑いの色など全く無しに言い切った。

 3万もの大軍が到着したことで、これまで昼夜問わずに戦い続けていたジュリアス部隊の面々はようやく休息を取ることが出来るようになったのだ。そもそも、それと合わせて敵の攻撃も止んでしまったので、戦況は小康状態となっているわけだが。

 それまでの度重なる戦闘で、ラディカルだけではなくリューイも疲労困憊だったはずだ。にも関わらず、リューイは1日休息を取ったただけで、もうこんなに元気に動き回っている。戦いが止まっていても、空いた時間に少しでも自分を高めるべく、ラディカルへ鍛錬を申し込んできたのだ。半ば強引に。

「しかし、大したもんだ。正直最初は不審だらけだったが、さすがは龍騎士に選ばれるだけあるねぇ」

 リューイがジュリアス部隊に合流してから、戦場で彼の腕前を見てきたが、こうして実際に手合わせをするようになって、ラディカルは実感していた。

 とにかく、上達の速度が凄まじい。

 最初に合流してきた時から、確かに騎士になって2年目の新人としてはそのキャリアを凌駕した実力を持っていた。大抵の龍牙騎士が苦戦している新白薔薇騎士に対しても、2年目の新人騎士が優勢に戦えていたのだから大したものだ。

 だが、所詮は「その程度」だったのだ。龍騎士が「その程度」では、ラディカルとしては不満でしかない。新人ながら龍騎士を叙勲したのがいると聞いて、やれどれ程の人物かと期待したのだが、実際には平均よりも少し上程度の腕前。ラディカルは拍子抜けしていた。

 というのが、リューイの戦いぶりを初めて見た時ーールルマンド部隊との戦いの際に、ラディカルが抱いた感想だった。

 しかし目の前の龍騎士は、もはやルルマンド部隊と戦っていた時とは別人のような強さを持っている。実戦を経て経験を積むことで、常人ならざる成長をしているのが分かる。

 龍牙騎士の将軍級の自分が、もう全力で相手をしなければ危うく1本取られかねない程だ。ちなみに龍牙騎士の将軍には、普通の騎士ではとてもなれない程の実力と才能を求められる。少なくとも『平均点よりも少し上』程度では務まらない。

「でも……それでもリアラにはまるで敵わない」

 リューイはラディカルに答えるというよりは、独り言のようにその言葉を零す。その表情にはやるせなさと悔しさがにじみ出ていた。

 先の戦いによるテアレスの死はジュリアスは勿論のこと、ラディカルやリューイにも暗い影をもたらした。

 彼の死は勇者リアラによってもたらされたものだ。聞いたところによると、リアラはリューイの元恋人だという。かつて愛した者に仲間を殺される悔しさと悲しさはどれほどだろうか、戦場経験が豊富なラディカルでもそういった経験はないため、リューイの心情は推し量れない。

「もっと、もっと強くならないと……! 皆を守れるように、リアラにこれ以上罪を負わせないように」

 リューイの成長速度はすさまじい。それは本人も自覚はあるはずだ。それでもリューイは更なる高みを目指し続ける。何故ならリューイが目指す相手――最強の敵である勇者リアラ=リンデブルグにはまるで足らないから。

「すげぇな。まともな神経をした人間なら、マジで勇者に勝とうなんて思わねぇけどな」

 ラディカルは呆れたように言うが、それは決してリューイを馬鹿にしているわけではない。

 事情を知らない人間からすれば頭がおかしいと思われかねない程の大言を、リューイは大真面目に言う。それは、何としてでも愛する女を救いたいという、一途で真っ直ぐな強い意志があるからだ。

 休憩を取るといったにも関わらず、水を一口飲んだだけで早速剣の素振りを始めるリューイを見て、ラディカルは身震いするのを感じる。

(……っは。新人に感化されちまうなんて、俺もまだ若いな)

 ラディカルは、もはやリューイが龍騎士であることに疑念を抱かなくなっていた。確かに現状の実力は、龍牙騎士将軍である自分に劣る程度だ。だが、この若者はすぐに強くなる。リューイが見せる、強き意志が、心の強さがそれをラディカルに確信させる

 やがて、本当にそう遠くない日に、彼が勇者を降す日がくるのではないか。

 そう思うと、全身が疲労の極みにあったはずのラディカルにも活力が漲ってくる。

「よっしゃ。昼飯前にもう1本いっとくか」

「はい、お願いします!」

 ラディカルが訓練用の剣を担ぐようにしてそう言うと、リューイは待ってましたとばかりに返事をするのだった。

□■□■

「――いやいや。この暑い中、感心感心。若者は元気だなぁ」

 いざ2人が剣を合わせようとした瞬間、聞いた覚えのある間の抜けた声が聞こえてくる。

 その声に心当たりがあるどころか、その主が誰かを確信しながら、リューイは驚いてそちらの方を向く。

「コ、コウメイさん!」

「や、お待たせさん。ようやく着いたよ」

 そこには『寄り道』とやらをしていたというコウメイの姿があった。そのすぐ側には、紅血騎士の赤い鎧を着た少女騎士の姿も見える。

 コウメイはいつも通りの、極めて軽い態度で笑いながら2人へと近づいていく。

「こいつぁ、元帥閣下。大した重役出勤でございますなぁ」

 汗を浮かべたラディカルに、皮肉たっぷりな嫌味を言われると、コウメイは苦笑しながら

「あっはっは。あんまり虐めないで下さいよ、ラディカル将軍。遅れた分、きっちり仕事はしますよ。だからこれからよろしくーー」

 と、軽い調子でその皮肉をかわそうとするコウメイの横から、少女騎士がすかさず口を挟んでくる。

「コウメイ元帥のことを悪く言うのを聞いて、私はとても不快です。私はそう遠くないうちに貴方に決戦を挑むでしょう、ラディカル将軍」

「君、何恐ろしい言ってんの!?」

 王都からここに来るまでの間、すっかり恒例となっていた元帥と護衛騎士代理の掛け合いに、リューイとラディカルは訳が分からず目を見合わせながら首を傾げるのだった。
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