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第2章『クラベール城塞都市決戦』編
第53話 決戦前Ⅰ--フェスティア部隊①「醜い争い」
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第1防衛線における、第2王女派による一方的な勝利の後、戦場は遂に本丸であるクラベール城塞都市へと移されることとなった。
第2王女派の部隊は、西からのフェスティア率いる本隊と、南のイシス領からの『殲滅』のオーエン率いる部隊によって、城塞都市へ2面攻撃を仕掛けているという戦況である。
対する第1王子派の指揮官ジュリアスは、このように城塞都市まで攻めよられてからは徹底して籠城戦を貫いていた。
兵力差は、第1王子派に対して第2王女派が2倍以上の数を有している。とはいえ、亀のように城塞都市内へ引きこもられて、さすがにフェスティア派決め手を欠いてしまっているのかーー
攻城戦を開始してから5日間、未だにフェスティアは城塞都市の門を破れないでいた。
フェスティア率いる第2王女派本隊は、城塞都市西門前に陣地を構築していた。宵闇が辺りを包む夜の時間帯、陣地内にはかがり火による光が灯されている。
「代表、お客様です」
陣地内の幕舎で、夜分に書類仕事に勤しんでいたフェスティアは、側近ゾーディアスの声に意外そうな顔を見せる。
「お客? 誰かしら?」
「なんでもリリライト女王からの勅使とかなんとか。学生服みたいなのを着ている、美人ですよ」
そのゾーディアスの言葉だけで、フェスティアは全てを察したようだった。「ああ」と相槌を打ちながら、その人物を通すように伝える。
「ゾーディアス、今夜はもういいわ。下がりなさい」
「はっ」
そうして退室するゾーディアスと入れ替わるようにやってきたのは、金髪の女性だった。
彼女が着ている服は、ゾーディアスが言ったように確かに学生の制服である。ミュリヌス領にあるミュリヌス学園ーーかつて白薔薇騎士を育成するための育成機関の制服だ。
そしてそれを身に纏っている目の前の金髪美女は、そこの頂点に君臨していた人物だった。
優雅な長い金髪に、女性らしく弾力的で起伏のある魅惑的な体つき。それでも下品な部分は1つもなく、上品で気高い雰囲気の麗しき女性。
口元に手をあてて笑い、上品な微笑を浮かべる彼女の名はステラ=ストールという。
「ご機嫌麗しゅう、フェスティア代表。この度は多大な戦果を挙げられているようで、何よりですわ」
「……わざわざミュリヌスからこんなところまでご苦労なことね。というか、最終目標の城塞都市はまだ落としていないわ。嫌味でも言いに来たのかしら」
手元の書類に視線を落とし、やってきたステラに見向きもせずに棘のある言葉を返すフェスティア。しかしステラは気を悪くする風もなく、その上品な笑みをそのまま浮かべながら返答する。
「とんでもありませんわ。『あの御方』がたいそう褒めていらしたので、それをお伝えに来ましたのよ。フェスティア代表閣下」
「……ああ、そう」
そこでようやくフェスティアがつまらなそうにステラに視線を向ける。
相変わらず悪魔的に美しく、同性であるフェスティアも引き込まれそうな妖艶な魅力を湛えた美女である。
それもそのはず。グスタフから共有された情報によると、ステラ=ストールの正体は暗黒時代からの生き残りである魔族、その中でもとりわけ人間を性的に惑わす淫魔だという。更にこのステラという淫魔は、特に同性である女性を好んで精の糧としており、実際リアラ=リンデブルグも一時はこの淫魔の手の中にあったという。
もっとも、第2王女派内でその情報を知るのはグスタフとフェスティア以外には、あとはリアラくらいだった。
第2王女派の幹部クラスは徹底した情報統制、もっといえば秘密主義を敷いている。真の黒幕がグスタフであることを知るのは、彼の異能にかけられた女性達のみである。それ以外は、例えゾーディアス程に幹部と距離が近しい者ですら知らされていない。
世論が完全に第2王女派に傾くまでは、決してグスタフの存在を外に出さない。責任を全てリリライトに押し付けて、甘い汁だけを吸おうとする、とことん悪辣で卑怯な性格であるグスタフらしい方針だった。だから彼のいない場所で彼のことを話題にする時は、決して彼の名前を口にさせないという徹底ぶりだ。
したがって『淫魔の生き残り』という、下手をすると第2王女派内乱以上の混乱を全大陸にもたらしかねないこの情報も、グスタフの存在と同じレベルの機密とされていた。
「それはありがとう。そんなことのためにここまで来るなんて、ミュリヌスは暇で羨ましいわね」
「くすくす。暇だなんてとんでもありませんわ。日々、肉の快楽を貪るのに時間も体力もいくらあっても足りませんのよ」
刺々しいフェスティアの言葉に、ステラはやはり笑いながら返す。
その言葉は、つまりフェスティアが前線で戦争をしている間中、ステラはグスタフとずっと快楽を貪り合っているということだ。今、フェスティアが何よりも欲しているグスタフの寵愛を、この女は後方でのうのうと享受しているという。
「……面白くない女ね」
そう思うとカッと頭が熱くなるフェスティア。普段は冷静沈着で感情に流されない彼女をここまで変えるグスタフの異能の凶悪さが垣間見える場面だったが、それでもフェスティアは、何とか自制して怒りの矛を収めるのだった。
「まあ、そんなに嫉妬しないでくださいまし。実はあの御方の命令でここに来ているんじゃありませんの。代表閣下のお力になりたくて、今夜はお邪魔したんですのよ」
「さっさと用件を言いなさいな。つまらない用件だったら叩きだすわよ」
「そんなにつれないことを言わないでくださいまし。私、とっても悲しいですわ」
余裕の笑みを浮かべている表情と全く釣り合っていない台詞を吐きながら、悩まし気にため息をつくステラ。
すると次の瞬間、ステラは椅子に座るフェスティアの背後へと音もなく回っていた。
「何でも、城塞都市に迫ってからは攻めあぐねていると聞き及んでいますわよ。『女傑』ともあろうお方が、新白薔薇騎士団を手駒にしながら苦戦されているので?」
そう言いながら、ステラは彼女の背後から絡みつくように手を伸ばすと、耳元に熱い吐息を吹きかける。
「や、止めなさいっ! 別に苦戦しているわけではないわ。これも作戦のうちよ」
思わず顔を赤らんで抗弁するように言うフェスティア。同性ーーしかも虫の好かない相手だというのに、息が荒く弾んでいた。
これが淫魔の得意とする淫術の力だろうか。人間を惑わし、興奮させて、その手の内に入れるという手管。いくらフェスティアが天才と謳われていても、それはあくまで人間相手のことだ。
淫魔という、伝説にのみ存在する人外からしてみれば、フェスティアもまた普通の人間と変わらないだろう。
「へえ、どういった作戦ですの?」
ステラは薄ら笑いを浮かべて、それでもフェスティアの体を離さずに抱きしめたまま問いかける。
「あ、あの城塞都市は、王都侵攻における前線基地にするのよ。だから無傷で手に入れる必要があるわ」
ステラが発する淫気に耐えながらも、フェスティアは説明する。
物量差に物を言わせて強引に攻め込めば、少なからず城塞都市に被害を与える。それにここまで追い詰められて後がない相手も、死に物狂いで反撃に出てくるだろう。そうすればせっかくクラベールを占領しても戦略価値が下がってしまうし、こちらの損害は甚大なものになる。
だから、今は時間を掛けて敵の体力をジワジワと削っているのだ。具体的には昼夜問わずに無作為に攻撃を仕掛けることで、相手に休息の時間を与えないようにしている。そこで敵が弱って、抵抗の力を失った機を狙い、一気に攻め落とすという作戦だ。
外交戦略を利用して連動させている北方小国家群も、徐々に王都ユールディアの侵攻の勢いを強めているはずだ。そうすれば第1王子派はその分小国家群の方へ戦力を割かねばならなくなり、こちらに兵を回せなくなってくる。時間を掛ければかける程、王都へ大して圧力が掛かることとなるため、時間を掛けての攻城戦は、それだけで第2王女派に利する部分が大きい。
「それで相手が焦れて都市から出てくれば、それもこちらの狙い通り。倍以上の兵力差があるこの状況での平野戦であれば、こちらが負けるはずもないわ」
「--なるほど。さすが、考えていますのね」
戦略レベルで状況を整えて、奇策を用いることなく危なげなく余裕の勝利を手にする。さすがの手腕と、ステラも舌を巻くほどだった。
「ただ、そろそろ王都から大規模な増援が到着する見込みよ。これで兵力差は跳ね返るから、方針転換が必要だけど、相手がどう出てくるかにもよるわ」
理想的には増援が到着するまでに城塞都市を落としたかったが、城塞都市守備隊が予想以上にしぶとかったため、思った以上に時間が掛かっているのも事実だった。ただ時間が掛かること自体は、こちらに有利な材料であることは、今フェスティアが言った通りだった。
「ああ、そういえば『あれ』を使っているんでしたわね」
第1王子派の動きを察知するために、フェスティアが有している「あれ」のことを思い出すステラ。その言葉にフェスティアはうなずきながら
「相手からすれば、小国家群からのプレッシャーもあるし、増援が到着したらあまり時間を掛けようとは思わないはず。そして兵力差が優位な今なら、おそらくは都市から打って出てくるでしょうね。そこで決着をつけてみせるわ」
そして、おそらくこれ程大規模な増援部隊であれば、今度こそその姿を現すはずだ。敗戦続きのジュリアスに取って代わり指揮を執るために。ミュリヌス領で、フェスティアの企図を見破ったあの男が、必ずいるはず。
「……ぅうう?」
好敵手と見定めた相手を思い浮かべていると、不意にステラの手がフェスティアの腹部を撫ぜるように動き始める。
「な、何をしているの?」
「うふふ……その知的で冷徹な顔が、淫欲に狂って私を求めるようになるところを想像すると、たまりませんわね」
艶めかしいピンク色の舌で自分の唇を舐めながらステラがそう言うと、フェスティアは身体をゾクリとさせる。
「しょ、正気? 今この状況で、私以外が部隊を統率出来ると思っているの? 私がいなければ瓦解するわよ?」
それは自意識過剰でもなんでもない、自他ともに認めるただの事実である。フェスティアにはそれだけの自信も自負もある。
ステラによって淫欲に捕らわれた女性たちの末路は、フェスティアは実際に見知っている。人外のものに堕とされた彼女の行動原理は、全て快楽と主人であるステラの2点で染め上げられてしまう。傍目で見ていても、戦略を練るとか戦術指揮を行うどころの精神状態とは思えない程だ。
しかし、ステラは恐怖も交じったフェスティアの声が届いているものの、まるで無視をする。
「ここに、私が魔力を練りに練った特濃の淫紋を刻んでしまえば、いくら凛々しい代表閣下でも、すぐに私とのレズセックスのことしか考えられなくなりますわよ。ああ、そう思うだけで興奮しますわ」
そういってフェスティアの腹を撫でるステラの手に光が集まり始める。フェスティアはそこに暖かいものを感じながら、自分が自分でなくなる感覚ーー強烈に湧き上がってくる性の衝動に身を震わせる。
「や、止めなさいっ! 自分が何をしているのか--」
「くすくす……そうして無理やりされると興奮するんでしょう? 知っていますわよ? 貴女、部下のリアラにはいつも虐められているって……淫魔の私なら、最高のマゾの悦びを代表閣下に教えて差し上げますのに。それこそ人間同士で得ることが出来ない極上の快感を得ることが出来るような禁忌の淫術とかも、私たーくさん知っていますのよ?」
耳を舐りながら誘惑するように誘ってくるステラ。淫魔が発するという強力な淫気に、フェスティアは強制的にその妄想を掻き立てられる。
「はぁ……はぁ……」
「良い表情になってきましたわ。マゾ雌の、私の好みの表情ですわよ。……ふふ、お舐めなさい?」
ステラは腹を撫でているのとは逆の手でフェスティアの頬を撫で、そのまま彼女の唇を指でなぞりながら命じる。
「あむ……ちゅ……んちゅ……」
流されるままフェスティアは、そのステラの白い指舌を絡め始めていく。
「あは、そんなに舌を絡めて……子宮が疼いているのが分かりますわよ? あむ……んちゅうう」
唐突にステラはフェスティアのうなじに吸い付く。そして軽く歯を立てると、そのままフェスティアの精気を吸い取る。
「あっ? っがあああああ? き、気持ちいいーっ! いいーっ!」
自分の腹の底から、何か大切なものが吸い上げられていく感覚ーー精気を吸われる快感に、思わず目を剥いてガクガクと身を震わせるフェスティア。
--だが、ステラはフェスティアが理性を失う前に口を離すと、そのままフェスティアから離れる。
「ふふ、少し悪戯が過ぎましたわね。あまりにも美味しそうでしたから、つい」
「はぁ、はぁ……く、貴様……」
悪戯っぽく笑うステラに、フェスティアは憎悪を込めた視線を向けるが、あいにくと快楽で力が抜けてしまい、椅子の上から動けないでいた。
「くすくす、ごめんなさいね代表閣下。作戦が聞けて安心しましたが……もしも万が一にでも状況が危うくなった時、私はいつでも力を貸しますわよ。遠慮なく言って下さいましね」
けらけらと笑いながらそう言い残し、ステラは去っていった。体力をすっかり奪われて身動きできないフェスティアは、机の上に崩れ落ちながら、そのまま見送るしか出来なかった。
「うぐ……くそ。あの女……!」
軍を指揮しての戦争ならばともかく、純粋な個人同士の戦いでは、淫魔のステラ相手にフェスティアに勝ち目などない。そもそもフェスティアの能力や才能が発揮されるのはそこではないのだから、それは仕方ないことなのだが、それが分かっていてもフェスティアは憤りを隠せない。
あのステラが、本当に純粋な気持ちでフェスティアに協力するつもりでここに来たわけがない。おそらくは快進撃を続けて多大な戦果をもたらすことで、グスタフに寵愛を受けるであろうフェスティアに嫉妬をしているのだろう。そして機会があればフェスティアの活躍の場を奪い、手柄を横取りする算段なのだ。
--部外者から見れば、滑稽にして醜いフェスティアの思考。あまりに見当違いで、もはや狂気の域に達していると言われても仕方ない程の嫉妬だ。
しかし、グスタフの異能にかかっているのはフェスティアだけではない。ステラもまた同じ立場である。
つまりフェスティアのその嫉妬は、見当違いどころか真に的を得ているものだった。
「グスタフ様の、最高のチンポ嫁になるのは私よっ……!」
理知的で常に余裕を浮かべている普段の様子からは想像することすら難しい程の、醜い嫉妬心を剥きだしにした目で、フェスティアは呪詛のように狂ったその言葉をつぶやいていた。
第2王女派の部隊は、西からのフェスティア率いる本隊と、南のイシス領からの『殲滅』のオーエン率いる部隊によって、城塞都市へ2面攻撃を仕掛けているという戦況である。
対する第1王子派の指揮官ジュリアスは、このように城塞都市まで攻めよられてからは徹底して籠城戦を貫いていた。
兵力差は、第1王子派に対して第2王女派が2倍以上の数を有している。とはいえ、亀のように城塞都市内へ引きこもられて、さすがにフェスティア派決め手を欠いてしまっているのかーー
攻城戦を開始してから5日間、未だにフェスティアは城塞都市の門を破れないでいた。
フェスティア率いる第2王女派本隊は、城塞都市西門前に陣地を構築していた。宵闇が辺りを包む夜の時間帯、陣地内にはかがり火による光が灯されている。
「代表、お客様です」
陣地内の幕舎で、夜分に書類仕事に勤しんでいたフェスティアは、側近ゾーディアスの声に意外そうな顔を見せる。
「お客? 誰かしら?」
「なんでもリリライト女王からの勅使とかなんとか。学生服みたいなのを着ている、美人ですよ」
そのゾーディアスの言葉だけで、フェスティアは全てを察したようだった。「ああ」と相槌を打ちながら、その人物を通すように伝える。
「ゾーディアス、今夜はもういいわ。下がりなさい」
「はっ」
そうして退室するゾーディアスと入れ替わるようにやってきたのは、金髪の女性だった。
彼女が着ている服は、ゾーディアスが言ったように確かに学生の制服である。ミュリヌス領にあるミュリヌス学園ーーかつて白薔薇騎士を育成するための育成機関の制服だ。
そしてそれを身に纏っている目の前の金髪美女は、そこの頂点に君臨していた人物だった。
優雅な長い金髪に、女性らしく弾力的で起伏のある魅惑的な体つき。それでも下品な部分は1つもなく、上品で気高い雰囲気の麗しき女性。
口元に手をあてて笑い、上品な微笑を浮かべる彼女の名はステラ=ストールという。
「ご機嫌麗しゅう、フェスティア代表。この度は多大な戦果を挙げられているようで、何よりですわ」
「……わざわざミュリヌスからこんなところまでご苦労なことね。というか、最終目標の城塞都市はまだ落としていないわ。嫌味でも言いに来たのかしら」
手元の書類に視線を落とし、やってきたステラに見向きもせずに棘のある言葉を返すフェスティア。しかしステラは気を悪くする風もなく、その上品な笑みをそのまま浮かべながら返答する。
「とんでもありませんわ。『あの御方』がたいそう褒めていらしたので、それをお伝えに来ましたのよ。フェスティア代表閣下」
「……ああ、そう」
そこでようやくフェスティアがつまらなそうにステラに視線を向ける。
相変わらず悪魔的に美しく、同性であるフェスティアも引き込まれそうな妖艶な魅力を湛えた美女である。
それもそのはず。グスタフから共有された情報によると、ステラ=ストールの正体は暗黒時代からの生き残りである魔族、その中でもとりわけ人間を性的に惑わす淫魔だという。更にこのステラという淫魔は、特に同性である女性を好んで精の糧としており、実際リアラ=リンデブルグも一時はこの淫魔の手の中にあったという。
もっとも、第2王女派内でその情報を知るのはグスタフとフェスティア以外には、あとはリアラくらいだった。
第2王女派の幹部クラスは徹底した情報統制、もっといえば秘密主義を敷いている。真の黒幕がグスタフであることを知るのは、彼の異能にかけられた女性達のみである。それ以外は、例えゾーディアス程に幹部と距離が近しい者ですら知らされていない。
世論が完全に第2王女派に傾くまでは、決してグスタフの存在を外に出さない。責任を全てリリライトに押し付けて、甘い汁だけを吸おうとする、とことん悪辣で卑怯な性格であるグスタフらしい方針だった。だから彼のいない場所で彼のことを話題にする時は、決して彼の名前を口にさせないという徹底ぶりだ。
したがって『淫魔の生き残り』という、下手をすると第2王女派内乱以上の混乱を全大陸にもたらしかねないこの情報も、グスタフの存在と同じレベルの機密とされていた。
「それはありがとう。そんなことのためにここまで来るなんて、ミュリヌスは暇で羨ましいわね」
「くすくす。暇だなんてとんでもありませんわ。日々、肉の快楽を貪るのに時間も体力もいくらあっても足りませんのよ」
刺々しいフェスティアの言葉に、ステラはやはり笑いながら返す。
その言葉は、つまりフェスティアが前線で戦争をしている間中、ステラはグスタフとずっと快楽を貪り合っているということだ。今、フェスティアが何よりも欲しているグスタフの寵愛を、この女は後方でのうのうと享受しているという。
「……面白くない女ね」
そう思うとカッと頭が熱くなるフェスティア。普段は冷静沈着で感情に流されない彼女をここまで変えるグスタフの異能の凶悪さが垣間見える場面だったが、それでもフェスティアは、何とか自制して怒りの矛を収めるのだった。
「まあ、そんなに嫉妬しないでくださいまし。実はあの御方の命令でここに来ているんじゃありませんの。代表閣下のお力になりたくて、今夜はお邪魔したんですのよ」
「さっさと用件を言いなさいな。つまらない用件だったら叩きだすわよ」
「そんなにつれないことを言わないでくださいまし。私、とっても悲しいですわ」
余裕の笑みを浮かべている表情と全く釣り合っていない台詞を吐きながら、悩まし気にため息をつくステラ。
すると次の瞬間、ステラは椅子に座るフェスティアの背後へと音もなく回っていた。
「何でも、城塞都市に迫ってからは攻めあぐねていると聞き及んでいますわよ。『女傑』ともあろうお方が、新白薔薇騎士団を手駒にしながら苦戦されているので?」
そう言いながら、ステラは彼女の背後から絡みつくように手を伸ばすと、耳元に熱い吐息を吹きかける。
「や、止めなさいっ! 別に苦戦しているわけではないわ。これも作戦のうちよ」
思わず顔を赤らんで抗弁するように言うフェスティア。同性ーーしかも虫の好かない相手だというのに、息が荒く弾んでいた。
これが淫魔の得意とする淫術の力だろうか。人間を惑わし、興奮させて、その手の内に入れるという手管。いくらフェスティアが天才と謳われていても、それはあくまで人間相手のことだ。
淫魔という、伝説にのみ存在する人外からしてみれば、フェスティアもまた普通の人間と変わらないだろう。
「へえ、どういった作戦ですの?」
ステラは薄ら笑いを浮かべて、それでもフェスティアの体を離さずに抱きしめたまま問いかける。
「あ、あの城塞都市は、王都侵攻における前線基地にするのよ。だから無傷で手に入れる必要があるわ」
ステラが発する淫気に耐えながらも、フェスティアは説明する。
物量差に物を言わせて強引に攻め込めば、少なからず城塞都市に被害を与える。それにここまで追い詰められて後がない相手も、死に物狂いで反撃に出てくるだろう。そうすればせっかくクラベールを占領しても戦略価値が下がってしまうし、こちらの損害は甚大なものになる。
だから、今は時間を掛けて敵の体力をジワジワと削っているのだ。具体的には昼夜問わずに無作為に攻撃を仕掛けることで、相手に休息の時間を与えないようにしている。そこで敵が弱って、抵抗の力を失った機を狙い、一気に攻め落とすという作戦だ。
外交戦略を利用して連動させている北方小国家群も、徐々に王都ユールディアの侵攻の勢いを強めているはずだ。そうすれば第1王子派はその分小国家群の方へ戦力を割かねばならなくなり、こちらに兵を回せなくなってくる。時間を掛ければかける程、王都へ大して圧力が掛かることとなるため、時間を掛けての攻城戦は、それだけで第2王女派に利する部分が大きい。
「それで相手が焦れて都市から出てくれば、それもこちらの狙い通り。倍以上の兵力差があるこの状況での平野戦であれば、こちらが負けるはずもないわ」
「--なるほど。さすが、考えていますのね」
戦略レベルで状況を整えて、奇策を用いることなく危なげなく余裕の勝利を手にする。さすがの手腕と、ステラも舌を巻くほどだった。
「ただ、そろそろ王都から大規模な増援が到着する見込みよ。これで兵力差は跳ね返るから、方針転換が必要だけど、相手がどう出てくるかにもよるわ」
理想的には増援が到着するまでに城塞都市を落としたかったが、城塞都市守備隊が予想以上にしぶとかったため、思った以上に時間が掛かっているのも事実だった。ただ時間が掛かること自体は、こちらに有利な材料であることは、今フェスティアが言った通りだった。
「ああ、そういえば『あれ』を使っているんでしたわね」
第1王子派の動きを察知するために、フェスティアが有している「あれ」のことを思い出すステラ。その言葉にフェスティアはうなずきながら
「相手からすれば、小国家群からのプレッシャーもあるし、増援が到着したらあまり時間を掛けようとは思わないはず。そして兵力差が優位な今なら、おそらくは都市から打って出てくるでしょうね。そこで決着をつけてみせるわ」
そして、おそらくこれ程大規模な増援部隊であれば、今度こそその姿を現すはずだ。敗戦続きのジュリアスに取って代わり指揮を執るために。ミュリヌス領で、フェスティアの企図を見破ったあの男が、必ずいるはず。
「……ぅうう?」
好敵手と見定めた相手を思い浮かべていると、不意にステラの手がフェスティアの腹部を撫ぜるように動き始める。
「な、何をしているの?」
「うふふ……その知的で冷徹な顔が、淫欲に狂って私を求めるようになるところを想像すると、たまりませんわね」
艶めかしいピンク色の舌で自分の唇を舐めながらステラがそう言うと、フェスティアは身体をゾクリとさせる。
「しょ、正気? 今この状況で、私以外が部隊を統率出来ると思っているの? 私がいなければ瓦解するわよ?」
それは自意識過剰でもなんでもない、自他ともに認めるただの事実である。フェスティアにはそれだけの自信も自負もある。
ステラによって淫欲に捕らわれた女性たちの末路は、フェスティアは実際に見知っている。人外のものに堕とされた彼女の行動原理は、全て快楽と主人であるステラの2点で染め上げられてしまう。傍目で見ていても、戦略を練るとか戦術指揮を行うどころの精神状態とは思えない程だ。
しかし、ステラは恐怖も交じったフェスティアの声が届いているものの、まるで無視をする。
「ここに、私が魔力を練りに練った特濃の淫紋を刻んでしまえば、いくら凛々しい代表閣下でも、すぐに私とのレズセックスのことしか考えられなくなりますわよ。ああ、そう思うだけで興奮しますわ」
そういってフェスティアの腹を撫でるステラの手に光が集まり始める。フェスティアはそこに暖かいものを感じながら、自分が自分でなくなる感覚ーー強烈に湧き上がってくる性の衝動に身を震わせる。
「や、止めなさいっ! 自分が何をしているのか--」
「くすくす……そうして無理やりされると興奮するんでしょう? 知っていますわよ? 貴女、部下のリアラにはいつも虐められているって……淫魔の私なら、最高のマゾの悦びを代表閣下に教えて差し上げますのに。それこそ人間同士で得ることが出来ない極上の快感を得ることが出来るような禁忌の淫術とかも、私たーくさん知っていますのよ?」
耳を舐りながら誘惑するように誘ってくるステラ。淫魔が発するという強力な淫気に、フェスティアは強制的にその妄想を掻き立てられる。
「はぁ……はぁ……」
「良い表情になってきましたわ。マゾ雌の、私の好みの表情ですわよ。……ふふ、お舐めなさい?」
ステラは腹を撫でているのとは逆の手でフェスティアの頬を撫で、そのまま彼女の唇を指でなぞりながら命じる。
「あむ……ちゅ……んちゅ……」
流されるままフェスティアは、そのステラの白い指舌を絡め始めていく。
「あは、そんなに舌を絡めて……子宮が疼いているのが分かりますわよ? あむ……んちゅうう」
唐突にステラはフェスティアのうなじに吸い付く。そして軽く歯を立てると、そのままフェスティアの精気を吸い取る。
「あっ? っがあああああ? き、気持ちいいーっ! いいーっ!」
自分の腹の底から、何か大切なものが吸い上げられていく感覚ーー精気を吸われる快感に、思わず目を剥いてガクガクと身を震わせるフェスティア。
--だが、ステラはフェスティアが理性を失う前に口を離すと、そのままフェスティアから離れる。
「ふふ、少し悪戯が過ぎましたわね。あまりにも美味しそうでしたから、つい」
「はぁ、はぁ……く、貴様……」
悪戯っぽく笑うステラに、フェスティアは憎悪を込めた視線を向けるが、あいにくと快楽で力が抜けてしまい、椅子の上から動けないでいた。
「くすくす、ごめんなさいね代表閣下。作戦が聞けて安心しましたが……もしも万が一にでも状況が危うくなった時、私はいつでも力を貸しますわよ。遠慮なく言って下さいましね」
けらけらと笑いながらそう言い残し、ステラは去っていった。体力をすっかり奪われて身動きできないフェスティアは、机の上に崩れ落ちながら、そのまま見送るしか出来なかった。
「うぐ……くそ。あの女……!」
軍を指揮しての戦争ならばともかく、純粋な個人同士の戦いでは、淫魔のステラ相手にフェスティアに勝ち目などない。そもそもフェスティアの能力や才能が発揮されるのはそこではないのだから、それは仕方ないことなのだが、それが分かっていてもフェスティアは憤りを隠せない。
あのステラが、本当に純粋な気持ちでフェスティアに協力するつもりでここに来たわけがない。おそらくは快進撃を続けて多大な戦果をもたらすことで、グスタフに寵愛を受けるであろうフェスティアに嫉妬をしているのだろう。そして機会があればフェスティアの活躍の場を奪い、手柄を横取りする算段なのだ。
--部外者から見れば、滑稽にして醜いフェスティアの思考。あまりに見当違いで、もはや狂気の域に達していると言われても仕方ない程の嫉妬だ。
しかし、グスタフの異能にかかっているのはフェスティアだけではない。ステラもまた同じ立場である。
つまりフェスティアのその嫉妬は、見当違いどころか真に的を得ているものだった。
「グスタフ様の、最高のチンポ嫁になるのは私よっ……!」
理知的で常に余裕を浮かべている普段の様子からは想像することすら難しい程の、醜い嫉妬心を剥きだしにした目で、フェスティアは呪詛のように狂ったその言葉をつぶやいていた。
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特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
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