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第2章『クラベール城塞都市決戦』編
第47話 頼もしい仲間(2人目)
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翌日、コウメイは自らが率いるクラベール領への増援部隊について、編成の草案をまとめてカリオスに提出した。
カリオスの執務室にて報告書を提出するコウメイ。しかしカリオスは手渡された書類よりも、コウメイの顔を見て驚いたように目を剥いていた。
「……どうしたんだ、その顔? 慣れない喧嘩でもしたか? 喧嘩弱いくせに」
コウメイの右頬は、誰かに殴られたのだろうか見事に腫れあがっていて、薬剤をしみこませた布が当てられていた。コウメイはその腫れた顔に不満をありありと浮かべながら答える。
「相手は、あなたの妹ですけど。可愛くない方の」
「おお、よくまとめてあるなぁ! さすがコウメイ元帥。頼りになるぜ」
ラミアのことを口に出した途端、カリオスはコウメイの作った書類をペラペラとめくりながら、しかし視線は上を向いたまま、上ずった声でそう言った。
コウメイは大きくため息を吐く。
「ラミア殿下の元部下の娘を泣かせたら、『おイタはダメでしょうぉ~』と笑顔で言われながら、神器の柄で思い切りぶん殴られました。めっちゃ痛かったすよ」
「あいつ……普通、神器で元帥の面をぶっ叩くかね」
「いや、あの人はどう考えても普通じゃないでしょう」
コウメイの告げ口に、さすがにカリオスは顔をしかめて、そしてコウメイはすかさず突っ込む。
「まあいいじゃねえか。ラミアの言う通り、前線に行くのに護衛騎士も無しじゃ物騒極まりないだろう。ラミアが見定めた人物なら、腕っぷしの方も問題ないだろうし」
「――性格は?」
「腕っぷしは問題ないだろうしな」
無為な問答を続けることに、コウメイは無意味さを感じてからもう1度ため息を吐いて、この話題を終わらせる。
「ん? このルエンハイムとかいう龍牙騎士、元ミリアムのチームじゃねえか。――大丈夫か?」
改めてざっと書類に目を通すカリオスは、ふと気になった点についてコウメイに問い質す。
というのも、ミリアム=ティンカーズについては、先のミュリヌス戦にて行方不明ということにしている。龍牙騎士団内で人気も評判も高いミリアムが第2王女派に与したと知れることで、団内の混乱や士気低下を防ぐためだった。そのため、コウメイは意図してミリアムと関係の深い騎士は、前線から距離を置くように配置するようにしていた。
「いや、直談判されまして。なんでも現地で必ずミリアムさんを見つけ出す、と」
ミリアムが裏切ったという事実は、いずれ知れ渡ることだ。現に彼女は既に戦場に姿を現しているため、前線の騎士達には周知の事実となっている。
少しでも味方内の安定を……というコウメイの配慮だったが、彼女の裏切りを隠すことは、問題を先送りにしているに過ぎない自覚はあった。
「あんな剣幕で迫られても頑なに拒否するのも不自然ですし、分かるのが早いか遅いかってだけですから。特に問題無いかなと思っています」
あんな剣幕というのがどのくらいなのか知らないが、カリオスは顎を撫でながら
「そうか……」
といって、この話を終わらせる。
こう言っては何だが、2人にとって目下の大きな問題はミリアムよりもリアラの方だった。ミリアムの離反も決して小さい問題ではいのだが、戦場で猛威を奮う勇者と比較すると優先度は下がる。彼女にまつわる懸念は、そこまで重大に取られることは無かった。
そんな感じで、コウメイから渡された書類の中でカリオスが気になった点について問答が続いていく。
そして、その書類の最後の方の内容を見ると、カリオスが明らかに反応して目を細めるのだった。
「あのラミアが、唐突にお気に入りの部下をお前の護衛騎士に寄越すなんて何があったかと思ったが……なるほど、こういうことか?」
どこか呆れたような、それでいて得心したように口元を緩めるカリオス。そんな上司にコウメイは、力無い笑顔で応える。
「あくまで保険です。紅血騎士団を動かすのは時期尚早で、今のところはラミア殿下を動かすことは想定しません。ってか、出来れば動かしたくないです。ただ、相手があのグスタフですからね。まだどんな手を隠し持っているか知れない……そういった意味での保険です」
「よし、分かった」
最後にカリオスは受け取った書類をまとめて、それをバンと音を立てて叩く。
「特に問題ないだろ。――頼むぞ、コウメイ。ジュリアスを助けてやってくれ」
力強い言葉と目線で希望を託してくるカリオスに、コウメイもそれを茶化すことなく、力強くうなずくのだった。
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カリオスの執務室から出たコウメイ。
雑務はまだいくつも残っているが、大きな机仕事についてはひと段落ついた。今度は慌ただしい実務も始まる。出来ればリューイが出発してから1週間以内には王都を発ちたい、というのがコウメイの考えだった。多忙なのは変わらない。
今はとにかく第2王女派戦線のことについて専念すべき。そのために、これまで何度もカリオスやリューゲルとの議論・相談を続けてきたのだ。国内の諸問題に関しては議論し尽くし、あとはこの2人に任せて安心……という状況にはなっている。
しかし、それでもコウメイに根強く残る不安な点は、やはり外交問題――具体的にはファヌス魔法大国の件だ。
(あのフェスティアが、外交戦略を仕掛けてこないなんて、絶対にあり得ない)
王宮の廊下を歩きながら、コウメイはそう確信していた。
前線のことに専念しなくては、と思えば思う程、その解決しない不安がコウメイの思考に絡みついている。
とはいっても、目の前に具体的な問題が起こっているわけではないこと、ファヌスの情勢を探る手段がない現状では、コウメイが王都に残っていたとしてもどうしようもないのだが。
(せめて俺と同じくらいの危機感を、そして出来れば何かあった場合には対処できる人間が……いやいや、理想的にはその「何か」を予防できるくらいの能力がある人間が残ってくれれば)
考えれば考える程、求めることがどんどん贅沢になっていく。
コウメイは首を振りながら、どうしようもない悩みを振り払うようにする。
今、自分がすべきことは、眼に見えない不安ではなく、現実問題として目の前に迫っている危機――フェスティアとの戦いについてである。こんな集中出来ない状態で、『女傑』という評判に相応しい辣腕を振るう彼女に敵うものか。
「……か! 元帥閣下!」
なかなか慣れなかったその呼ばれ方にも最近は慣れてきたつもりだったのに、なかなか自分が呼ばれていることに気づかずに反応を返せなかったコウメイ。直接肩を叩かれて、ようやく振り向くと、そこには1人の男性が――おそらくは王宮内に仕える中の1人であろう中年男性が、コウメイを呼び止めていた。
「あ、ああ……考え事をしていて。すみません」
軍事最高責任者ではあるものの、コウメイは目上の彼に対して腰を低く、苦笑しながら返事をする。
「閣下にお客さんですよ。士官希望者です」
「……あー」
内乱勃発と王下直轄部隊という新たな第1王子直属部隊が新設されてから、こうして王下直轄部隊の責任者でもあるコウメイに直接志願してくる人間は少なくはなかった。
この新設された特別部隊に関しては、身分やこれまでの経歴を一切不問としていた。当人の実力や特技を見て人員を決定する、とカリオスが公表――コウメイはそこに人物性或いは常識観を追加したかったのだが、あっさり却下された――ため、色々な人物がコウメイに面会を求めてくる。
その中には本気で国のことを想ってそのために力を尽くそうとする誠実な人間から、王族直轄の新設部隊という名誉や立場、報酬の大きさ目当ての人間、果てにはただの冷やかしみたいなのまでいる。
「えーと、どんな人だろう? 身分とかははっきりしている人ですかね?」
「今日来ているのは、東方貴族の次男ですな。リュズガルド家――ご存知ありませんか?」
逆に質問されて、コウメイは「はて」と言って首を傾げる。
元帥に大抜擢されてから、国内の主たる諸侯――各領地を治める領主レベルの貴族は概ね頭に入れたつもりだったが、リュズガルドという名は記憶にない。
「ダイグロフ侯麾下で、主に兵站管理などの後方支援を任されている御方です。当主のグラーヴュ伯、長男のシュレツィア様などは武人で知られる方ですが、今いらっしゃっている次男のスタイン様は優秀な事務官との噂をお聞きしています」
「へぇー、親兄弟とは違う弟ねえ」
実はコウメイが興味を惹かれたのはそこではなく、戦闘職ではなく事務屋という点だった。国民性なのかどうかは分からないが、志願してくるのは専ら兵士希望が多くて、それはそれで助かるのだが、それを支える職人系や事務系といった、後方支援を担う人手の不足が、コウメイが抱える数多くの悩みの1つだったのだ。
それも優秀と噂される程の人物なら喉から手が出る程欲しい――が、これ以上身の回りにプリシティアのような、いろんな意味で面倒臭い人間は置きたくない。
コウメイは素早く脳内でこれからの予定を整理すると
「分かりました、ありがとうございます。今すぐなら少し時間もあるので、そのまま元帥室に案内して下さい。自分が直接話をしてみます」
――どうか常識人を!
という切なる想いを胸に、コウメイは元帥室へと足を向けた。
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「初にお目にかかります、元帥閣下。リュズガルド家の次男、スタイン=リュズガルドと申します」
王下直轄部隊志願者というのはスタイン=リュズガルドという若者だった。概歴は先ほど聞いた通り。
年齢は20代前半といったところだろう。この大陸では少数派である黒髪黒眼といった出で立ちはコウメイと同じ。そう思ってみてみると、顔立ちもなんとなく似たような雰囲気を持っている気がして、なんだか弟っぽい感じがする。勿論弟を持った経験などないのだが、なんとなく。
その他には特にこれといった特徴はない。貴族らしい上品できちんとし佇まいはあるが、それ以外はこの国のどこにでもいるような中肉中背の青年だ。
彼は、カリオスが言う『最高幹部』の一角にあたる元帥との面会にあたり、かしこまった礼服を身に纏っており、礼儀正しくコウメイに対して腰を折っていた。
そんな畏まった雰囲気のスタインに、コウメイは嬉しそうにニコニコと笑みを浮かべながらうなずく。
「――? 何か嬉しいことでも?」
「いやぁ、癖の強いキャラじゃなくて良かったなぁって思ってね。良かった、良かった」
元帥という高貴且つ厳格な職位に似つかわしくないコウメイの軽い口調に、スタインはますます怪訝な表情をしながら首を傾げる。
「あぁ、気にしないで。ええと、それじゃ軽く入隊試験みたいなことをしようか。とはいっても、戦闘職ってわけじゃないし、簡単にいくつか質問するだけだから。まあ気軽にね」
「はぁ……」
どこか伺うようにこちらを見てくるスタインの目線に気づかず、コウメイが話を進めていると
「私は、その入隊試験を受けた経験がありません。私はあなたに質問を所有しています。それは、私と彼で違う理由です。私はそれを知りたいと強く思っています」
独特の口調で言葉を挟んでくるのは、元帥の護衛騎士代理プリシティア=ハートリング。正式に王下直轄部隊へ転属が決まったので、本来ならば所属部隊の鎧を着なければいけないのだが、新造部隊の鎧などまだない。そのため、彼女が身に付けているのは、前に所属していた紅血騎士団の赤い鎧のままだ。
彼女は執務机に座るコウメイの横に立ち、感情の見えない無表情でその言葉を紡いだ。至って平淡で感情の上下がない声調なのは、この不自然な口調で話すときの彼女のスタンダードである。
上機嫌だったコウメイは、彼女の声を聞くと頭を抱えるように呻く。
「いや、君の場合は選択肢なかったじゃん。イエスとイエスだけだったじゃん」
「私はその2つは同じ意味だと思います。だから、それは選択肢ではありません。私はあなたの言っていることを理解することが出来ません」
「面倒臭いな、君は」
まだ昨日泣かせたことを根に持っているのだろうか。
ラミアに殴られてから少しした後にまた顔を見せた彼女は、あれから再び方言を喋ることは無く、また相変わらずコウメイの側にいることを主任務としていた。
(まあ、悪かったとは思っているよ)
なんだかんだ言って泣かしてしまったのは、確かにこちらの配慮不足だ。どこかで一言謝っておこう。これから上司と部下になるんだから、出来るだけ気まずい雰囲気にはしたくない。
――と、とりあえず今はプリシティアのことは脇に置いていこう。今の主役は目の前にいる事務職志願の若者スタインなのだから。
「えーと、それじゃ……まずは志望動機と自己PRからどうぞ」
改まって考えると、入隊試験といったところで、具体的にコウメイが聞きたいことは実は無い。ようはスタインという人となり、考え方が分かるような質問ーーそう考えた時に思い付いたのが、コウメイ自身が『前の世界』で入社試験の際にさんざん聞かれた質問が頭に浮かんだのだった。
コウメイの質問が意外だったのか、虚を突かれたように僅かに目を開くスタインだったが、すぐに冷静な表情に戻る。
「この度の未曽有の有事に際し、私の力を聖アルマイト王国のために役立てたいと考え、新設部隊である王下直下部隊へと志願致しました」
簡潔にまとめてあるが、具体性がなく分かりにくい。
「それなら、別に王下直轄部隊(うち)じゃなくてもいいよね? 龍牙騎士団でも紅血騎士団でも……それこそ、ダイグロフ候の部隊で占領地である旧ネルグリア帝国の秩序安定に尽力することも、この状況下では非常に大切なことだ。それでもうちじゃないといけない理由は?」
言いながら、「なるほど、これが面接試験官の気持ちか」などと思いながら、コウメイは自分がされて嫌だった質問を、思わず投げかける。
コウメイは自分でも気づいていないが、思い切り意地悪な顔をしながらその質問をしていた。
それを投げかけらえたスタインは、特に表情の変化を見せることは無かったが、じっとコウメイの顔を見つめ返していた。
「……ん?」
なんだか観察されているようなその視線に、コウメイは違和感を覚える。
「なんか顔に付いているかな?」
「いえ」
的の外れたコウメイの質問にスタインは短く答えると、特に狼狽することなどはなく、その前の質問に答える。
「コウメイ元帥閣下は今回の内乱開戦にあたり、自分が戦場に赴く前にまず王宮内の第2王女派の刷新を図りました。敵の撃破よりも、まずは味方内部の安定を優先させた--聖アルマイトでそういう考えの方は極めて少ない。元帥のような、国に大きな影響を及ぼす立場にいる幹部の方では特に……実は、そんなあなたに感銘を受けたというのが本音です。そういった方の元であれば、私も力を発揮できると考えた次第です」
「ほう」
自分が褒められて悪い気はしないが、それ以上にスタインのその思考が興味深かった。
今スタインが言った言葉は、そのまま彼自身にも当てはまる。
つまり、彼も戦闘よりはまず内政を--という、コウメイと同様の思考方法を持っているこの国では珍しい部類の人間ということになる。
「君は優秀な事務官と聞いたけど、王都に仕えるとなるとダイグロフ候が困るんじゃないかな? この状況下で旧ネルグリア帝国を治めることも重大な任務だ。事務官というなら、戦闘が発生している対第2王女派よりも、むしろそっちの方がやる事も、やり甲斐もあるんじゃないか?」
これは別に意地悪でもなんでもないコウメイの正直な疑問だった。優秀な事務屋は確かに欲しいが、旧ネルグリア帝国の治安安定も重要課題の1つ。スタインを王都で預かることになって、そちらが立ち行かなくなるのは非常にまずい。
しかし、スタインは静かに首を横に振る。
「あちらは戦時ではないからこそ、時間に余裕があります。それにダイグロフ候自身が優秀な政治家でもありますでの、私1人が不在なところでさしたる影響はありません。
それよりも、戦時中である第2王女派の方が、時間も人も物資も厳しい制約があります。こちらにはクルーズ将軍、ディード将軍、ジュリアス将軍……それにカリオス、ラミア両殿下など、武人には優秀な人材は枚挙に暇がございません。
しかし、その反面で内政面を支えるのが、そのほとんどがリューゲル様とコウメイ閣下のみとお見受け致します。しかもコウメイ閣下は本来は軍事責任者ーーにも関わらず、王都に残って王宮内の人事刷新などの内部体制の管理に尽くしているところを見ると、僭越ながら人材不足ではないかと愚考致します。
これが、私が王都に仕える方が国に貢献出来ると思った理由です。私が支えることで、コウメイ閣下が本来の責務ーー第2王女派との戦線打破を果たす、少しでもその協力が出来ればと思った所存です」
そのスタインの言葉に、コウメイはたいそう感心した。
考え方がコウメイと似ているだけではなく、王都の外にいる部外者にも関わらず状況をよく理解出来ている。
おそらくこの問答も、コウメイを説得するためにあらかじめ準備してきたものだろう。その思慮深さは、コウメイからの評価を高めていた。
スタインが言いたいことはつまりこういうことだーー「内政のことは俺がやる。いいからあんたは本来の仕事である第2王女派を倒してこい。ただでさえ苦戦しているのだから」
「大きく出たね」
本当にスタインがそう考えているのかどうかは知らないが、たいそうなその彼の自信に、コウメイは笑みを浮かべてそういった。
「勿論、父や侯爵様には許可をいただいております。あとは元帥閣下の胸次第だと--どうか、私を使っていただけないでしょうか」
そういうスタインは、ここまで持論を述べたのと同じように、表情も声も淡々としている。
しかし自らを売り込むその声だけは、それまでの言葉とは一線を画す程の圧力なようなものを、不思議と感じるのだった。
見た目には、全く感情の動きは見えない。しかし、何故か迫力を感じるそのスタインに、コウメイはどこか違和感というか不自然さを感じる。
(……なんだ?)
根拠も理論も何もない。ただの感覚だ。
スタインは嘘を吐いていないが、全ての本心を語っているわけではない。それがこの違和感の正体ではないか。
ーー彼が王下直轄部隊に志願する理由は、国に貢献したいという単純な理由だけではない?
相変わらず、こちらを伺う--いや、むしろ探っているような視線を向けてくるスタイン。まるでコウメイの顔を、表情の変化を、微塵にも見逃すまいとしているようだった。
そんな彼の顔を見ながら、コウメイは決断する。
「いいだろう。とりあえず簡単な仕事を振っていくから、様子を見ながら何をしてもらうか決めていこう。まずは試用期間ってことで、王下直轄部隊で働いてもらおうかな」
正直、事務処理能力が高い人材はいくらいても足りないくらいだ。コウメイの雑務が少しでも減るならば大助かりだ。
正直底が知れない部分はある。ただ素性はしっかりしているし、よもや敵のスパイということはるまい。少なくとも損はないだろう、とコウメイは判断した。
「ありがとうございます。期待を裏切らぬよう、尽力致します」
そうやった頭を下げるスタインからはコウメイが感じた変な迫力は既に消えており、今度は真摯で誠実な想いだけを感じることが出来た。
(なんだったんだ……?)
それほどまでに王下直轄部隊、或いは自分にこだわりがあったということだろうか。つまり志望動機がものすごく強かったと、そういうことだろうか。
「あなたはコウメイ元帥に褒められていません。私は、あなたより強いです。私は、私の弓の腕にとても大きな自信を持っています。だからここ最近のうちに、狩りの勝負をしましょう。そして、コウメイ元帥に褒められるのは私です」
「何言ってんの!?」
コウメイが真剣に思い悩んでいる中、側に立っていたプリシティアが、不意にスタインに対して刺々しい言葉を浴びせ始める。その表情が真顔なのが余計に恐怖を迫力を感じさせていた。スタインに嫉妬しているのかなんなのかは知らないがーー
とにもかくにも、コウメイは思いもがけず、王都を離れる前に優秀な人材を2人も確保することが出来たのだった。
カリオスの執務室にて報告書を提出するコウメイ。しかしカリオスは手渡された書類よりも、コウメイの顔を見て驚いたように目を剥いていた。
「……どうしたんだ、その顔? 慣れない喧嘩でもしたか? 喧嘩弱いくせに」
コウメイの右頬は、誰かに殴られたのだろうか見事に腫れあがっていて、薬剤をしみこませた布が当てられていた。コウメイはその腫れた顔に不満をありありと浮かべながら答える。
「相手は、あなたの妹ですけど。可愛くない方の」
「おお、よくまとめてあるなぁ! さすがコウメイ元帥。頼りになるぜ」
ラミアのことを口に出した途端、カリオスはコウメイの作った書類をペラペラとめくりながら、しかし視線は上を向いたまま、上ずった声でそう言った。
コウメイは大きくため息を吐く。
「ラミア殿下の元部下の娘を泣かせたら、『おイタはダメでしょうぉ~』と笑顔で言われながら、神器の柄で思い切りぶん殴られました。めっちゃ痛かったすよ」
「あいつ……普通、神器で元帥の面をぶっ叩くかね」
「いや、あの人はどう考えても普通じゃないでしょう」
コウメイの告げ口に、さすがにカリオスは顔をしかめて、そしてコウメイはすかさず突っ込む。
「まあいいじゃねえか。ラミアの言う通り、前線に行くのに護衛騎士も無しじゃ物騒極まりないだろう。ラミアが見定めた人物なら、腕っぷしの方も問題ないだろうし」
「――性格は?」
「腕っぷしは問題ないだろうしな」
無為な問答を続けることに、コウメイは無意味さを感じてからもう1度ため息を吐いて、この話題を終わらせる。
「ん? このルエンハイムとかいう龍牙騎士、元ミリアムのチームじゃねえか。――大丈夫か?」
改めてざっと書類に目を通すカリオスは、ふと気になった点についてコウメイに問い質す。
というのも、ミリアム=ティンカーズについては、先のミュリヌス戦にて行方不明ということにしている。龍牙騎士団内で人気も評判も高いミリアムが第2王女派に与したと知れることで、団内の混乱や士気低下を防ぐためだった。そのため、コウメイは意図してミリアムと関係の深い騎士は、前線から距離を置くように配置するようにしていた。
「いや、直談判されまして。なんでも現地で必ずミリアムさんを見つけ出す、と」
ミリアムが裏切ったという事実は、いずれ知れ渡ることだ。現に彼女は既に戦場に姿を現しているため、前線の騎士達には周知の事実となっている。
少しでも味方内の安定を……というコウメイの配慮だったが、彼女の裏切りを隠すことは、問題を先送りにしているに過ぎない自覚はあった。
「あんな剣幕で迫られても頑なに拒否するのも不自然ですし、分かるのが早いか遅いかってだけですから。特に問題無いかなと思っています」
あんな剣幕というのがどのくらいなのか知らないが、カリオスは顎を撫でながら
「そうか……」
といって、この話を終わらせる。
こう言っては何だが、2人にとって目下の大きな問題はミリアムよりもリアラの方だった。ミリアムの離反も決して小さい問題ではいのだが、戦場で猛威を奮う勇者と比較すると優先度は下がる。彼女にまつわる懸念は、そこまで重大に取られることは無かった。
そんな感じで、コウメイから渡された書類の中でカリオスが気になった点について問答が続いていく。
そして、その書類の最後の方の内容を見ると、カリオスが明らかに反応して目を細めるのだった。
「あのラミアが、唐突にお気に入りの部下をお前の護衛騎士に寄越すなんて何があったかと思ったが……なるほど、こういうことか?」
どこか呆れたような、それでいて得心したように口元を緩めるカリオス。そんな上司にコウメイは、力無い笑顔で応える。
「あくまで保険です。紅血騎士団を動かすのは時期尚早で、今のところはラミア殿下を動かすことは想定しません。ってか、出来れば動かしたくないです。ただ、相手があのグスタフですからね。まだどんな手を隠し持っているか知れない……そういった意味での保険です」
「よし、分かった」
最後にカリオスは受け取った書類をまとめて、それをバンと音を立てて叩く。
「特に問題ないだろ。――頼むぞ、コウメイ。ジュリアスを助けてやってくれ」
力強い言葉と目線で希望を託してくるカリオスに、コウメイもそれを茶化すことなく、力強くうなずくのだった。
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カリオスの執務室から出たコウメイ。
雑務はまだいくつも残っているが、大きな机仕事についてはひと段落ついた。今度は慌ただしい実務も始まる。出来ればリューイが出発してから1週間以内には王都を発ちたい、というのがコウメイの考えだった。多忙なのは変わらない。
今はとにかく第2王女派戦線のことについて専念すべき。そのために、これまで何度もカリオスやリューゲルとの議論・相談を続けてきたのだ。国内の諸問題に関しては議論し尽くし、あとはこの2人に任せて安心……という状況にはなっている。
しかし、それでもコウメイに根強く残る不安な点は、やはり外交問題――具体的にはファヌス魔法大国の件だ。
(あのフェスティアが、外交戦略を仕掛けてこないなんて、絶対にあり得ない)
王宮の廊下を歩きながら、コウメイはそう確信していた。
前線のことに専念しなくては、と思えば思う程、その解決しない不安がコウメイの思考に絡みついている。
とはいっても、目の前に具体的な問題が起こっているわけではないこと、ファヌスの情勢を探る手段がない現状では、コウメイが王都に残っていたとしてもどうしようもないのだが。
(せめて俺と同じくらいの危機感を、そして出来れば何かあった場合には対処できる人間が……いやいや、理想的にはその「何か」を予防できるくらいの能力がある人間が残ってくれれば)
考えれば考える程、求めることがどんどん贅沢になっていく。
コウメイは首を振りながら、どうしようもない悩みを振り払うようにする。
今、自分がすべきことは、眼に見えない不安ではなく、現実問題として目の前に迫っている危機――フェスティアとの戦いについてである。こんな集中出来ない状態で、『女傑』という評判に相応しい辣腕を振るう彼女に敵うものか。
「……か! 元帥閣下!」
なかなか慣れなかったその呼ばれ方にも最近は慣れてきたつもりだったのに、なかなか自分が呼ばれていることに気づかずに反応を返せなかったコウメイ。直接肩を叩かれて、ようやく振り向くと、そこには1人の男性が――おそらくは王宮内に仕える中の1人であろう中年男性が、コウメイを呼び止めていた。
「あ、ああ……考え事をしていて。すみません」
軍事最高責任者ではあるものの、コウメイは目上の彼に対して腰を低く、苦笑しながら返事をする。
「閣下にお客さんですよ。士官希望者です」
「……あー」
内乱勃発と王下直轄部隊という新たな第1王子直属部隊が新設されてから、こうして王下直轄部隊の責任者でもあるコウメイに直接志願してくる人間は少なくはなかった。
この新設された特別部隊に関しては、身分やこれまでの経歴を一切不問としていた。当人の実力や特技を見て人員を決定する、とカリオスが公表――コウメイはそこに人物性或いは常識観を追加したかったのだが、あっさり却下された――ため、色々な人物がコウメイに面会を求めてくる。
その中には本気で国のことを想ってそのために力を尽くそうとする誠実な人間から、王族直轄の新設部隊という名誉や立場、報酬の大きさ目当ての人間、果てにはただの冷やかしみたいなのまでいる。
「えーと、どんな人だろう? 身分とかははっきりしている人ですかね?」
「今日来ているのは、東方貴族の次男ですな。リュズガルド家――ご存知ありませんか?」
逆に質問されて、コウメイは「はて」と言って首を傾げる。
元帥に大抜擢されてから、国内の主たる諸侯――各領地を治める領主レベルの貴族は概ね頭に入れたつもりだったが、リュズガルドという名は記憶にない。
「ダイグロフ侯麾下で、主に兵站管理などの後方支援を任されている御方です。当主のグラーヴュ伯、長男のシュレツィア様などは武人で知られる方ですが、今いらっしゃっている次男のスタイン様は優秀な事務官との噂をお聞きしています」
「へぇー、親兄弟とは違う弟ねえ」
実はコウメイが興味を惹かれたのはそこではなく、戦闘職ではなく事務屋という点だった。国民性なのかどうかは分からないが、志願してくるのは専ら兵士希望が多くて、それはそれで助かるのだが、それを支える職人系や事務系といった、後方支援を担う人手の不足が、コウメイが抱える数多くの悩みの1つだったのだ。
それも優秀と噂される程の人物なら喉から手が出る程欲しい――が、これ以上身の回りにプリシティアのような、いろんな意味で面倒臭い人間は置きたくない。
コウメイは素早く脳内でこれからの予定を整理すると
「分かりました、ありがとうございます。今すぐなら少し時間もあるので、そのまま元帥室に案内して下さい。自分が直接話をしてみます」
――どうか常識人を!
という切なる想いを胸に、コウメイは元帥室へと足を向けた。
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「初にお目にかかります、元帥閣下。リュズガルド家の次男、スタイン=リュズガルドと申します」
王下直轄部隊志願者というのはスタイン=リュズガルドという若者だった。概歴は先ほど聞いた通り。
年齢は20代前半といったところだろう。この大陸では少数派である黒髪黒眼といった出で立ちはコウメイと同じ。そう思ってみてみると、顔立ちもなんとなく似たような雰囲気を持っている気がして、なんだか弟っぽい感じがする。勿論弟を持った経験などないのだが、なんとなく。
その他には特にこれといった特徴はない。貴族らしい上品できちんとし佇まいはあるが、それ以外はこの国のどこにでもいるような中肉中背の青年だ。
彼は、カリオスが言う『最高幹部』の一角にあたる元帥との面会にあたり、かしこまった礼服を身に纏っており、礼儀正しくコウメイに対して腰を折っていた。
そんな畏まった雰囲気のスタインに、コウメイは嬉しそうにニコニコと笑みを浮かべながらうなずく。
「――? 何か嬉しいことでも?」
「いやぁ、癖の強いキャラじゃなくて良かったなぁって思ってね。良かった、良かった」
元帥という高貴且つ厳格な職位に似つかわしくないコウメイの軽い口調に、スタインはますます怪訝な表情をしながら首を傾げる。
「あぁ、気にしないで。ええと、それじゃ軽く入隊試験みたいなことをしようか。とはいっても、戦闘職ってわけじゃないし、簡単にいくつか質問するだけだから。まあ気軽にね」
「はぁ……」
どこか伺うようにこちらを見てくるスタインの目線に気づかず、コウメイが話を進めていると
「私は、その入隊試験を受けた経験がありません。私はあなたに質問を所有しています。それは、私と彼で違う理由です。私はそれを知りたいと強く思っています」
独特の口調で言葉を挟んでくるのは、元帥の護衛騎士代理プリシティア=ハートリング。正式に王下直轄部隊へ転属が決まったので、本来ならば所属部隊の鎧を着なければいけないのだが、新造部隊の鎧などまだない。そのため、彼女が身に付けているのは、前に所属していた紅血騎士団の赤い鎧のままだ。
彼女は執務机に座るコウメイの横に立ち、感情の見えない無表情でその言葉を紡いだ。至って平淡で感情の上下がない声調なのは、この不自然な口調で話すときの彼女のスタンダードである。
上機嫌だったコウメイは、彼女の声を聞くと頭を抱えるように呻く。
「いや、君の場合は選択肢なかったじゃん。イエスとイエスだけだったじゃん」
「私はその2つは同じ意味だと思います。だから、それは選択肢ではありません。私はあなたの言っていることを理解することが出来ません」
「面倒臭いな、君は」
まだ昨日泣かせたことを根に持っているのだろうか。
ラミアに殴られてから少しした後にまた顔を見せた彼女は、あれから再び方言を喋ることは無く、また相変わらずコウメイの側にいることを主任務としていた。
(まあ、悪かったとは思っているよ)
なんだかんだ言って泣かしてしまったのは、確かにこちらの配慮不足だ。どこかで一言謝っておこう。これから上司と部下になるんだから、出来るだけ気まずい雰囲気にはしたくない。
――と、とりあえず今はプリシティアのことは脇に置いていこう。今の主役は目の前にいる事務職志願の若者スタインなのだから。
「えーと、それじゃ……まずは志望動機と自己PRからどうぞ」
改まって考えると、入隊試験といったところで、具体的にコウメイが聞きたいことは実は無い。ようはスタインという人となり、考え方が分かるような質問ーーそう考えた時に思い付いたのが、コウメイ自身が『前の世界』で入社試験の際にさんざん聞かれた質問が頭に浮かんだのだった。
コウメイの質問が意外だったのか、虚を突かれたように僅かに目を開くスタインだったが、すぐに冷静な表情に戻る。
「この度の未曽有の有事に際し、私の力を聖アルマイト王国のために役立てたいと考え、新設部隊である王下直下部隊へと志願致しました」
簡潔にまとめてあるが、具体性がなく分かりにくい。
「それなら、別に王下直轄部隊(うち)じゃなくてもいいよね? 龍牙騎士団でも紅血騎士団でも……それこそ、ダイグロフ候の部隊で占領地である旧ネルグリア帝国の秩序安定に尽力することも、この状況下では非常に大切なことだ。それでもうちじゃないといけない理由は?」
言いながら、「なるほど、これが面接試験官の気持ちか」などと思いながら、コウメイは自分がされて嫌だった質問を、思わず投げかける。
コウメイは自分でも気づいていないが、思い切り意地悪な顔をしながらその質問をしていた。
それを投げかけらえたスタインは、特に表情の変化を見せることは無かったが、じっとコウメイの顔を見つめ返していた。
「……ん?」
なんだか観察されているようなその視線に、コウメイは違和感を覚える。
「なんか顔に付いているかな?」
「いえ」
的の外れたコウメイの質問にスタインは短く答えると、特に狼狽することなどはなく、その前の質問に答える。
「コウメイ元帥閣下は今回の内乱開戦にあたり、自分が戦場に赴く前にまず王宮内の第2王女派の刷新を図りました。敵の撃破よりも、まずは味方内部の安定を優先させた--聖アルマイトでそういう考えの方は極めて少ない。元帥のような、国に大きな影響を及ぼす立場にいる幹部の方では特に……実は、そんなあなたに感銘を受けたというのが本音です。そういった方の元であれば、私も力を発揮できると考えた次第です」
「ほう」
自分が褒められて悪い気はしないが、それ以上にスタインのその思考が興味深かった。
今スタインが言った言葉は、そのまま彼自身にも当てはまる。
つまり、彼も戦闘よりはまず内政を--という、コウメイと同様の思考方法を持っているこの国では珍しい部類の人間ということになる。
「君は優秀な事務官と聞いたけど、王都に仕えるとなるとダイグロフ候が困るんじゃないかな? この状況下で旧ネルグリア帝国を治めることも重大な任務だ。事務官というなら、戦闘が発生している対第2王女派よりも、むしろそっちの方がやる事も、やり甲斐もあるんじゃないか?」
これは別に意地悪でもなんでもないコウメイの正直な疑問だった。優秀な事務屋は確かに欲しいが、旧ネルグリア帝国の治安安定も重要課題の1つ。スタインを王都で預かることになって、そちらが立ち行かなくなるのは非常にまずい。
しかし、スタインは静かに首を横に振る。
「あちらは戦時ではないからこそ、時間に余裕があります。それにダイグロフ候自身が優秀な政治家でもありますでの、私1人が不在なところでさしたる影響はありません。
それよりも、戦時中である第2王女派の方が、時間も人も物資も厳しい制約があります。こちらにはクルーズ将軍、ディード将軍、ジュリアス将軍……それにカリオス、ラミア両殿下など、武人には優秀な人材は枚挙に暇がございません。
しかし、その反面で内政面を支えるのが、そのほとんどがリューゲル様とコウメイ閣下のみとお見受け致します。しかもコウメイ閣下は本来は軍事責任者ーーにも関わらず、王都に残って王宮内の人事刷新などの内部体制の管理に尽くしているところを見ると、僭越ながら人材不足ではないかと愚考致します。
これが、私が王都に仕える方が国に貢献出来ると思った理由です。私が支えることで、コウメイ閣下が本来の責務ーー第2王女派との戦線打破を果たす、少しでもその協力が出来ればと思った所存です」
そのスタインの言葉に、コウメイはたいそう感心した。
考え方がコウメイと似ているだけではなく、王都の外にいる部外者にも関わらず状況をよく理解出来ている。
おそらくこの問答も、コウメイを説得するためにあらかじめ準備してきたものだろう。その思慮深さは、コウメイからの評価を高めていた。
スタインが言いたいことはつまりこういうことだーー「内政のことは俺がやる。いいからあんたは本来の仕事である第2王女派を倒してこい。ただでさえ苦戦しているのだから」
「大きく出たね」
本当にスタインがそう考えているのかどうかは知らないが、たいそうなその彼の自信に、コウメイは笑みを浮かべてそういった。
「勿論、父や侯爵様には許可をいただいております。あとは元帥閣下の胸次第だと--どうか、私を使っていただけないでしょうか」
そういうスタインは、ここまで持論を述べたのと同じように、表情も声も淡々としている。
しかし自らを売り込むその声だけは、それまでの言葉とは一線を画す程の圧力なようなものを、不思議と感じるのだった。
見た目には、全く感情の動きは見えない。しかし、何故か迫力を感じるそのスタインに、コウメイはどこか違和感というか不自然さを感じる。
(……なんだ?)
根拠も理論も何もない。ただの感覚だ。
スタインは嘘を吐いていないが、全ての本心を語っているわけではない。それがこの違和感の正体ではないか。
ーー彼が王下直轄部隊に志願する理由は、国に貢献したいという単純な理由だけではない?
相変わらず、こちらを伺う--いや、むしろ探っているような視線を向けてくるスタイン。まるでコウメイの顔を、表情の変化を、微塵にも見逃すまいとしているようだった。
そんな彼の顔を見ながら、コウメイは決断する。
「いいだろう。とりあえず簡単な仕事を振っていくから、様子を見ながら何をしてもらうか決めていこう。まずは試用期間ってことで、王下直轄部隊で働いてもらおうかな」
正直、事務処理能力が高い人材はいくらいても足りないくらいだ。コウメイの雑務が少しでも減るならば大助かりだ。
正直底が知れない部分はある。ただ素性はしっかりしているし、よもや敵のスパイということはるまい。少なくとも損はないだろう、とコウメイは判断した。
「ありがとうございます。期待を裏切らぬよう、尽力致します」
そうやった頭を下げるスタインからはコウメイが感じた変な迫力は既に消えており、今度は真摯で誠実な想いだけを感じることが出来た。
(なんだったんだ……?)
それほどまでに王下直轄部隊、或いは自分にこだわりがあったということだろうか。つまり志望動機がものすごく強かったと、そういうことだろうか。
「あなたはコウメイ元帥に褒められていません。私は、あなたより強いです。私は、私の弓の腕にとても大きな自信を持っています。だからここ最近のうちに、狩りの勝負をしましょう。そして、コウメイ元帥に褒められるのは私です」
「何言ってんの!?」
コウメイが真剣に思い悩んでいる中、側に立っていたプリシティアが、不意にスタインに対して刺々しい言葉を浴びせ始める。その表情が真顔なのが余計に恐怖を迫力を感じさせていた。スタインに嫉妬しているのかなんなのかは知らないがーー
とにもかくにも、コウメイは思いもがけず、王都を離れる前に優秀な人材を2人も確保することが出来たのだった。
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