【R-18】龍の騎士と龍を統べる王

白金犬

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第2章『クラベール城塞都市決戦』編

第46話 頼もしい仲間(1人目)

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「コウメイ。あなたに、とぉ~っても素晴らしい贈り物があるのよぉ~」

「謹んでご遠慮申し上げます。ラミア第1王女殿下」

 唐突に元帥室へ訪れた第1王女の申し出を、コウメイは満面の笑みを浮かべながら即答且つ丁重に断った。

 兄妹達と同じ美しい金髪碧眼の容貌は、確かに兄と妹の面影を感じさせる。特に妹リリライトがもう少し成長すれば、うり二つの姉妹になるかもしれない。但し、魅惑的にその存在を主張する豊かな胸元、美しいという言葉そのままにくびれた腰、といったように、体型については平坦で子供っぽいリリライトとは対照的だ。

 そんな彼女は、いつものように豪奢な真紅のドレスを身に纏っている。そしてドレス姿にも関わらず、腰に彼女の愛剣である神器『紅蓮』をぶら下げているのも通常運転だ。

「きっと、コウメイならそう言うと思ったのよねぇ~。プリシティア、入りなさい」

「あははー。私も、自分の話が聞いてもらえるとは思っていませんよー」

 即答で断ってきたコウメイに、ラミアはその笑顔も、ゆったりとした口調も、微塵の変化を見せない。一方のコウメイは、笑顔がやや引きつらせながら、努めて穏やかに応答する。

 『鮮血の姫』という物騒な二つ名で仇名されるこの姫に、どういう訳か気に入られた様子のコウメイ。ラミアは、彼に対して気まぐれにこうやってちょっかいを出してくるようになっていた。

 最初はその苛烈な性格に怯えるばかりのコウメイだったが、最近になってようやく接し方のコツをつかんできた。この姫は、ビクビク怯えて接する態度よりも、はっきりと断じる態度の方を好む。

 但し調子に乗れば即刻処刑にされかねないので、最大限の礼儀は常に忘れない――それが、この数週間でコウメイが悟ったラミアとの上手な付き合い方だった。

 ――人の話聞いてんのか、このクソアマ。

 などとは、頭の中でも決して思わないように自制するコウメイは、満面の笑みを浮かべながらラミアが言う「素晴らしい贈り物」に、とてつもなく嫌な予感を禁じ得ない。

「失礼します」

 ラミアが元帥室のすぐ前で待たせていたのであろう、「素晴らしい贈り物」とは、どうやらその紅血騎士のようだった。

「元帥ともあろう人間が前線へ行くのに、護衛騎士の1人も不在なようではねぇ~、心配だものぉ~。本来の護衛騎士は別の用事で忙しいようだからぁ、この娘を護衛騎士代理として貸してあげるわよぉ~」

 人を物扱いすんなよ、と頭の中で漫才さながらに突っ込んでおきながら、コウメイは入室してきた紅血騎士へ視線を滑らせる。

 コウメイが、その人物のことを一目で紅血騎士だと分かったのは、身に纏っている赤い紅血騎士団の鎧からだった。そして思わず目を見張ったのは、その人物が女性だったからだ。

 年齢は、見た目からすると、おそらく成人していないのでは。自分よりは勿論、本当の自分の護衛騎士であるリューイよりも年下なのも明らかだ。せいぜい17、8程度だろう。

 肩まで伸びた赤髪が印象的で、身長は160cmにも足り無さそうな程に小柄な、小動物を思わせるような少女だ。少女騎士、とでもいったところか。

 少女騎士は、緊張からの硬さも不真面目な緩さも、その両方とも感じさせない無表情で、コウメイを見返していた。思わず紅血騎士団長ディード=エレハンダーを思わせるものである。

 彼女は、ぺこりと上半身を折りまげるようにして、礼儀正しく挨拶をしてくる。

「あなたと会えたことはとても良いことです。私の名前はプリシティア=ハートリングと言います。私はダイグロフ領からやってまいりました。私は紅血騎士です。私に「コウメイ=ショカツリョウ元帥の護衛騎士の代理を果たしなさい」といったラミア様は、聖アルマイト王国第2王女です」

「……んん?」

 唐突に彼女――プリシティアは、無表情のまま淡々と、そして滑らかに自己紹介を始める。

 まるで水が流れるようにスムーズな口調で、すらすらと言葉を並べ立てていく彼女だが、喋り方というか、語彙というか、言葉使いがなんかおかしい。いや、明らかにおかしい。

「私は、彼女からコウメイ元帥が人手不足と悩んでいると聞きました。私がそのために選ばれたと聞いたことが、とても嬉しかったです。最善を尽くします」

「いや、第1王女を“彼女”て……」

 困惑しているコウメイに説明するように、ラミアが横から解説を加えてくる。

「この娘はねぇ~、ダイグロフ領でも北方の外れにあるものすごぉ~い田舎から、私が拾ってきたのよぉ~。方言がキツ過ぎて、丁寧語で喋らないとどうしても口が悪くなってしまうのよぉ」

「いや、丁寧っつーか……なんか、英語を直訳したみたいな感じになってますけど?」

 この世界に日本語と英語の概念があるのか――というか、当然のようにコウメイがラミアらと通じていて自分は日本語だと思っているこの言葉は、そもそも本当にそうなのか――とかいう諸々の突っ込みは、日常生活を送るにあたって特に問題無いので、コウメイはスルーすることにした。

「つまりこの娘を、王下直轄部隊で預かれと?」

 第2王女派の内乱に当たって新設された王下直轄部隊。名目上はカリオス直轄下の特別部隊だが、その実はコウメイが、色々と動きやすいようにカリオスが配慮して作った、コウメイ専属の部隊というのが実質的な役割である。

 護衛騎士に任命したリューイが龍牙騎士団から転属したように、今現在も龍牙・紅血・旧白薔薇それぞれの騎士団から選ばれた約100名の人員が配属されている。このプリシティアも、その1人に加えろということだろう。

「経験はともかく、実力の程は私が保証するわよぉ~。条件付きなら、ディードとも肉薄する実力を持っているわよぉ~」

「んなアホな」

 ラミアの評価に、コウメイは思わず反射的に答えてしまってから、慌てて口を塞ぐ。

「――?」

 そんなコウメイの様子を見て、プリシティアは無表情ながら、不思議そうに首をかしげながら見てくる。

 今漏らした感想に嘘はない。まだあどけなさを残す目の前の少女騎士が、あの王国最強の騎士に迫る程の実力だと? 条件付きとはいえーーラミアが言う条件がどんなものかは分からないがーーとても信じられない。

 しかし、ラミア程の人物が、自らの麾下に置く騎士団の騎士の実力を見誤るとは思えないし、この状況で冗談を言っているとも思えない。

 コウメイがいくら信じられなくても、自分よりも年下で小さなこの紅血騎士は、コウメイなど瞬殺出来る程の実力を持っている――それは真実なのだろう。

「まあ色々思うところはあるでしょうけどぉ~、私の贈り物を断るという選択肢があなたにあると思ってぇ?」

 相変わらずの柔和な笑顔とゆったりとした口調だったが、眼に見えないすさまじい脅迫のオーラを醸し出しながらラミアが迫ってくると、コウメイは引きつっていた笑みを凍らせて

「思っていません」

 観念したようにそう言った。

「その言葉を聞いて、私は嬉しく思います。私は、私とコウメイ元帥のために最善を尽くすことでしょう」

 コウメイのその言葉を聞いて、それまで感情を表に出すことがなかったプリシティアが、嬉しそうに頬をほころばせてそう言った。相変わらず、不自然且つ違和感だらけの言葉使いで。

 プリシティアのその言葉を聞いて、コウメイはため息をつきながら、ラミアへと視線を滑らせる。

(本当、こういう強引なところは兄ちゃんそっくりだよな……)

 本来、ラミアが見初めたという紅血騎士団の有能な騎士を、コウメイの護衛騎士代理として寄越してもらえることは僥倖なのだろう。それでも、相手がラミアだということや、当の本人に早速癖がありそうなところをも見ると、素直に喜べる気になれないコウメイだった。

 そんな訳でコウメイの意思など無関係に、紅血騎士プリシティア=ハートリングが王下直轄部隊へ転属し、元帥の護衛騎士代理の任に(半強制的に)就くことになったのだった。

□■□■

 クラベール領への出立が決まったコウメイは、自分が不在の間に憂慮すべき内政・外交問題を処理と併行しながら国内で起こっている様々なトラブル等の対応もしつつ、更に増援部隊の編成や準備も進めていた。要するに、相変わらず多忙である。

 この日は元帥室で事務処理に明け暮れていた。決済や指示・命令だけではなく、書類や資料の作成といった雑務までもコウメイがやっているのだから、とにかく忙しい。

「……じー」

「おもっくそ気が散るんだけど」

 護衛騎士代理となってから、プリシティアはその名の通り、コウメイを護衛すべく常に傍らにいたのだった。こんな王宮内の元帥室で、そうそう何かが起こることもないのに。

 今日も黙って事務仕事をするコウメイを観察し続けること丸半日。さすがに飽きがきたのか、無表情のまま、プリシティアはぶつぶつと言葉をつぶやき始めるようになっていた。

「手伝ってくれないなら、どっかで修行とかしてきたら? 護衛騎士だったリューイが王都にいた時も、ほとんど元帥室になんかいなかったけど?」

 ヤケクソ気味に言うコウメイに、プリシティアはやはり無表情で平淡な口調で答える。

「私はコウメイ元帥の護衛騎士代理です。護衛騎士の任務は元帥閣下を護衛することです。私はそれを果たすために、あなたをいつも目に見える場所にいるでしょう、これからずっと」

「いや、その言い方怖いから!? 方言を気にしてんのか知らないけど、やめたら?」

 コウメイがそう言うと、プリシティアは意外にも困ったような表情を見せる。

 ラミアに紹介された時に最後に見せた笑顔といい、本来はそんな不愛想な少女ではないのかもしれない。口調を気にしてかしこまっているせいか、緊張が声色と顔色に出ているのだろう。

 ーーそう考えると、最初の「不愛想な少女」という印象が薄れてきた。

 コウメイは、ずっと書類とに睨み合いばかりで、誰かを話したい欲求が出てきたということもあり、書類仕事の手を止める。そして椅子に座ったままプリシティアが立つ方へ向きを変える。

「素で喋ってみせてくれよ。なーに、多少口が悪いくらい気にするなって。そんなの気にしていたら、俺なんかカリオス殿下に何度首を斬られていることか」

 冗談で自分の首を掻っ切るような仕草をしながら、コウメイは笑って言う。

 そのコウメイの言葉にプリシティアは、ぱあと顔を輝かせて、キラキラとした瞳をコウメイに向けると、嬉しそうに

「うわああああっ! じょうやが! わーはダイグロフ極北のでばっちー、どうしても方言が抜けんですちゃい。かー、ほんにじょうやが。さすが元帥閣下さは、ほんに器けだいなお方っちゃね。んだばらね、わーはほんにじょうやがおもっちょるっちゃよ。でいの田舎の小娘が、まっか騎士さなるっち、わーのおかあもでいにうっちーやが。そいに紅血騎士さから王下直轄騎士さ、もうわーもほんにびっくりやが、目がくるりっちゃ! そいが、わーはどうしても口がじょうないちゃ、王都まで来さるさば、ほんに……ほんに気ぃばうつやが。そいが、そいがね、ラミア王女さがわーの弓の腕け、でいに褒めてくれたっちゃ! ディード団長さも、でいに面倒け見て下さったちゃ。そいに今回の護衛騎士代理の話ちゃいただいて、もうわーよりもおかあの方がでいに喜んどるやが。ほいで、あとはうーにでいけーなおにん見つけっち、もう逝くば気ぃないとか言いよってね! んも~、何ごとっち言いよってんねってわーも言ったっち。そいが、わーも憧れっちないわけではないっちゃ。んだば、元帥閣下さみたいな、でいにいけーなおにんちゃ、わーも大歓迎ちゃ。んじゃら、元帥閣下さ? わー、こう見えてもねぇの腕はでいっちゃよ。ラミア王女さからも、そいだらことも含めて護衛騎士代理け、わーをめとったけ言いやが。今度1度だけでもんだば? なんなら、かっけはあいおにんでも全然じょうちゃ。やっぱり元帥さ程になる御方となれば、そりゃでいにひろーのじょうなおねんさいるっち分かってるやが。やから、かっけはあいおねんからでもほんにじょうやが。もしもほんにあいとったばい、そん時けはほんのはなにしてくれれば、それでじょうやがね! ――いやー、ほんに楽やがー! 方言で喋るけ、ほんに久しぶりっち。ほんに楽やし嬉しいやがね。ありがば、ほんに元帥閣下さありがばー!」

 吹き荒ぶ言葉の嵐に、コウメイは笑顔のまま、どこかへ吹っ飛ばされそうになりながら一言ーー

「うーん、今後は方言禁止かな?」

「んどろして?」

 コウメイは遠い目をしながら、無愛想などとんでもないと、新たに護衛騎士代理となった少女への評価を改める。

 おそらくは「どうして?」というような意味の方言を涙目で言ってくるプリティシアに、コウメイはため息を吐きながら答える。

「何言ってるのかさっぱり分からん! ……あ、でも「わー」は「私」っていう意味なのは、何となく分かった」

「あ、あぐい……あぐいっちゃ! みんな、そうやってわーの事げーにするやが。わーだって好きで、こっちゃ言葉け喋っているわけないちゃ。やから、王都に来てからはずっと無理けして標準語っちでがんばってるそいが、元帥閣下さまで――」

「ええーい! 何か俺が悪いみたいなこと言ってるような気がするけど、多分それ違うから! どちらかっていうと、君を王都に連れてきた張本人のラミア殿下がきちんと教育していないせいだから!」

「うわああああん! もういいやが! 元帥閣下さのげー!」

 あんまり言葉のキャッチボールが出来ている気がしないまま、プリシティアは号泣しながら元帥室から逃げるように駆け出ていった。

 とりあえず「げー」っていうのは「馬鹿」っていう意味なのかなー、と無駄な知識を身に付けたコウメイは、頭を抱える。

「このクソ忙しいのに、どうして更に余計な手間を増やしてくれるんだよ、あの王女様は」

 なんとも言えない感情が限界を超えてくると人は笑うんだな、とどこか他人事のように思いながら、コウメイは青い顔に引きつった笑みを浮かべていた。
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