【R-18】龍の騎士と龍を統べる王

白金犬

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第2章『クラベール城塞都市決戦』編

第44話 コウメイVSフェスティア 前哨戦

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 それはまだクラベール領でジュリアス部隊がルルマンド部隊を相手に戦線を維持していた時で、そしてリューイ率いる増援部隊を送り出した当日のことである。

 リューイ達が王都を出立したその日の午後、休む間もなく王宮内の一室でカリオス、コウメイ、リューゲルの三者が顔を合わせていた。

「では、グラシャス領の避難民はここの区画で保護するとして――」

「ええ。それで問題無いと思います。薬や日常生活品の配給はどうなっていますか?」

「ここは少し治安が悪いだろう。火事場泥棒みたいなのも出てくるかもしれん。警備に回せる部隊はいるのか?」

 3人は主に各領地からの避難民の受け入れについて打ち合わせをしていた。彼らが囲うようにしている机には、王都の地図を始めとした様々な資料が散らかっていた。

「カリオス殿下が自ら声を掛けて下さったおかげで、避難民も皆落ち着いているようです。グラシャス侯からも感謝の言葉をいただいておりますぞ」

「おう。そりゃ、何よりだな」

 開戦直後からすぐに避難を開始したグラシャス領の領民については、領主含めて王都への避難が既に完了していた。

 あまりに性急且つ強引な避難指示だったため、グラシャス領からの強い反発は覚悟の上だったし、実際に不満はあったろう。しかし結果的に第1王子派が苦戦を強いられているという現状が、避難という選択が正しかったという証明となってしまっていた。

 そして、それ以上にグラシャス領の面々を納得させたのは、国王代理たるカリオス自らが領民達の前に姿を現して、丁寧に事情を説明したことにあった。

 そうすることで、大きな混乱やトラブルもなく王都へ迎え入れることが実現したのだった。王都に受け入れ後も、慣れない避難生活にも関わらずグラシャス領民達は、とりあえずは落ち着いているようだった。

「――殿下が、こうして王都に残ってくれているのは、本当に助かります」

 ふと、コウメイが本音をこぼす。

 グスタフの傀儡とはいえ、相手がリリライトなのである。

 カリオスは1も2もなく、最前線に赴くだろうとコウメイは懸念していたのだが、カリオスはそれよりもまず王都内に留まることで避難民達の不安感情を落ち着かせることに尽力したのだ。

 もともと破天荒ながら人望もあるカリオス自らが直接国民らに対応した効果は抜群だった。

 今回の第2王女反乱という未曽有の事態にも関わらず、比較的王都に混乱が少ないのは、実はカリオスの存在が最も大きかったりする。

 兄としての個人的な感情よりも、まずは王族としての責任を果たすことを選んだカリオスの決断は、コウメイにしてみれば嬉しい誤算だった。

「まあな。俺の勝手で国民に迷惑をかけるわけにはいかねえだろう。――なあに、あっちからわざわざ攻め込んで来てくれているんだ。リリのことは、そう焦ることもねえ。じっくり準備が整ってから、必ず救い出してみせるさ」

 その点、カリオスとコウメイは同じ考えを持っていたようで、コウメイは深々と安堵するのだった。

 ただしカリオスが王都内の国民や避難民への対応を優先してくれていても、そもそも各領地への避難指示が思うように進んでいない。

 結果的に、現時点で順調に避難が出来ているのはグラシャス領のみである。

 ミュリヌス領に隣接しているガルス領とアルムガルド領は、戦わずして第2王女派側に帰順。バーグランド領に関しては、避難指示を無視して抗戦した結果、完全敗北を喫してしまった。

 現在交戦中の、ノースポール領・クラベール領・イシス領についても、3領主ともジュリアスの説得に中々応じていないというのが現状である。

 ただ避難指示に応じない理由としては、実はそうそうネガティブなものではないのだ。王都から龍牙騎士団が派遣されてきているため、第2王女派に負けるはずがないだろう――つまり避難する必要がないと、3領主とも考えているためだ。

 それに、指示に従うまま避難してまえば、そのまま自分の領地を失うことになりかねない。そもそも避難指示に従うことは、そこの領主にとってはあまりにもリスクが大きいことなのだ。

 そう考えると避難指示に難色を示す方が自然だと言える。

「とはいえ、危機感も不足しておりますな。あのバーグランド領が陥とされたというのに、これらの領主らはあまりにも楽観視し過ぎていると思いますな」

 ふぅ、とリューゲルが深々とため息をこぼす。

「まあ、言っていても仕方ありませんし。さて、次はイシス領の避難ルートを考えましょうか。ちょうどダストンさんがクラベールに向かったんで、そのまま南下してイシス領に向かってもらい、避難指揮を取ってもらうということで――」

 しかし皮肉にも、この時既にイシス領は第2王女派の猛攻を受けており、この計画はご破算となってしまうのだが。

 それはともかく、着々と各領地からの避難計画、そしてそれを王都で受け入れる段取りを整えていくコウメイ達。

 コウメイが王都から離れられない懸念事項の1つが、こうしてようやく解決しつつあった。

 ヴィジオール体制――いや、それ以前からの聖アルマイト王国の体制として、内政については笑ってしまうくらい軽視されていたようだ。コウメイが元帥職に任じられて、その実態に触れた時に驚きを隠せなかった程だ。

(まあ、世界的な企業だっていっても、内部管理が冗談だと思うくらい杜撰だったりするしなぁ)

 と、コウメイは自分が「この世界」に来る前に働いていた組織のことを思い出しながら、そんな感想を胸の中でつぶやいたものである。

 この世界の覇権を握っている大国であり、何事も基本的には武力に物を言わせる方針だったのがその要因なのだろう。だからといって過度な圧制を敷いたり、国民を虐待していたりも無かったので、世論的な評判も悪いものではない。

 しかし、今回の相手――フェスティアが狙うのは、その内部的な脆さのはずだ。

 例え強力な新白薔薇騎士団を有しているといっても、強大な国力を有する聖アルマイト王国を外側から正攻法で崩すには、相当な苦戦は避けられない。そのためフェスティアは、聖アルマイト王国の弱点ともいえる内側――すなわち国民を不安に陥れて、混乱を招くことで国力を低下させようとしてくるはず。

 実際フェスティアは、リリライトに大々的な演説をさせたり、リアラという勇者の存在を誇示したり、占領地に対しては容赦なく略奪・虐待するなどして、第1王子派を威嚇し国民の不安を煽ってきているのは明らかだ。

 それに対抗するには、まず国内の治安秩序を安定させることが必要とコウメイは考えた。しかし、ヴィジオール以前の体制がそのような方針だったため、内政面に関して、その価値を重要視出来る人材が、王宮内ではリューゲルくらいしかいない。

 基本的には「とにかく戦争で勝ってしまえばなんとでもなるだろう」という、あまりにも乱暴的な考えが王宮内を席巻していたのだった。

 とてもリューゲル1人で聖アルマイト全体の内政を支えるには無理があり、今話している避難計画なども含めて、コウメイが内政面に関して助力せざるを得ない状況なのである。

 実はこのように水面下では、聖アルマイト国内の安定化を図るコウメイと、聖アルマイトを混乱させようとするフェスティアの戦いが既に始まっていた。

 前哨戦ともいえるその戦い。現状では聖アルマイト国内で大きな混乱はない。そのため一応はコウメイの勝利と言ってもいいかもしれない。それは、国王代理たるカリオスがコウメイ同様に、軍事よりも内政を重んじたという予想外の幸運が大きかったのだが、とにかく彼女の目論見は外れたはずだ。

「では、クラベールを中心とした3領地の受け入れ態勢はこの計画で行きましょう。――それでコウメイ卿、前線の戦況は如何ほどでしょうかな」

 議論に一区切りを終えたところで、乱雑に散らかっていた資料をまとめていたリューゲルが、ふと疑問をこぼす。

 王宮に士官してからというもの内政官一筋だったリューゲルは、これまで軍事面は門外漢と言わんばかりに興味を持つことは無かった――逆に言うならば、それ程に各騎士団をへの信頼のあらわれともいえる――が、さすがにこの状況は不安を禁じ得ないのだろう。

「ついにクルーズ団長から増援要請が来ました。追加で2万程の部隊を送る予定です」

 ため息を吐くコウメイは渋い表情をしている。

 相変わらず数少ない兵力で北方防衛線を維持してくれているクルーズ。彼からの報告では、小国家群の内で、反聖アルマイト王国勢力の中でもトップレベルの国力を持つ2ヶ国が軍事同盟を結び、その合同軍による攻撃を受けたとのことだった。

 北方防衛線も、徐々にだが確実に戦闘規模が拡大し続けている。このまま第2王女派に劣勢を強いられながら、小国家群からの本格的な猛攻に晒されれば、そのまま王都決戦に持ち込まれかねない状況である。

「それもやっぱりフェスティアの息がかかってるってわけか……」

 カリオスが神妙な様子でつぶやくと、コウメイは重々しくうなずく。

「ほぼ間違いないでしょうね。だって、これまで無法地帯――ってのは言い過ぎかもですが、それくらい荒れていた小国家群が唐突に軍事同盟なんて、どう考えても不自然じゃないですか。聖アルマイトに反感を持っている国に、戦争を仕掛けるメリットや勝ち目、それを実行した報酬とかで、上手く口説いたんでしょうね」

 聖アルマイト国内の秩序安定についてはフェスティアの目論見を回避することは出来たが、外交戦略については上手を取られている。フェスティアは、この第2王女派優勢という戦況を巧みに利用した外交戦略で、周辺諸国からの攻撃も計画に組み入れているのは明らかだった。

「次にクラベールに送る増援部隊本隊――これで劣勢を跳ね返せなければ、小国家群はこの機会に乗じて、ますます攻撃の手を強めてくるでしょうね。そうすると、クルーズ団長が突破される可能性も……王都決戦の覚悟を決めないといけません」

 兵力配分は対第2王女派がメインだとしても、王都直上に対する小国家群に対しても割かなければならない。また北東の旧ネルグリア帝国領や南方のファヌス魔法大国も、決して無警戒にしていい状況ではない。

 当然のことだが、聖アルマイト王国の兵力は無限ではない。

 これら状況に合わせて、特に第2王女派との最前線では徐々に兵力を削られていく内に、遂に王都が有する各騎士団の兵力も枯渇するのが見え始めていた。

 次に第2王女派との戦いに敗北し、更に大損害を被ることがあれば、これらのいずれかの防衛線は崩壊することはもう避けられない状況。

 内政面についてはフェスティアの企みを防げたものの、その分外交戦略に手間をかけることが出来ていないコウメイ。未だ前線に赴くことのないこの段階で、コウメイは既にフェスティアに追い詰められていたのだった。
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