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第1章『3領地同時攻防戦』編

第40話 3領地同時攻防戦19――中央クラベール領戦線⑪

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 クラベール領第1防衛線ーージュリアス部隊VSフェスティア部隊。

 その最終局面に集った面々はーー

 第1王子派は指揮官ジュリアス、副官ラディカル、龍騎士リューイ。

 第2王子派は指揮官フェスティア、その護衛のゾーディアス、新白薔薇騎士団長リアラ。

 そしてこれら以外にも、息を飲んでその状況を見守る若き龍牙騎士が1人。

(なんだ、この状況は……どうしてっ……!)

 ジュリアスに付くもう1人の副官テアレス。リューイと同じく龍牙騎士となって2年目の新人騎士である。

 本来なら今日の戦いはルルマンド部隊の残党を一方的に追い散らす作戦だったはずだ。それが途中でフェスティアが合流しているのが分かり、そしてリアラの登場により、事態は一転してこちらが窮地に立たされている。

 敵側のフェスティアやリアラと対峙する馬上のジュリアスは、テアレスから見ても完全に恐れおののいているのが分かる程だった。

□■□■

「あいつは……まさかゾーディアスか?」

 フェスティアの登場によって静まり返ったその戦場で、最初に声を発したのはラディカルだった。フェスティアと並んで馬に乗っている若き剣士の顔を見たラディカルは驚きの声を発していた。

「有名なんですか?」

 リューイが聞くと、ラディカルはうなずきながら答える。

「元々奴隷だったのが、代表に見初められて側近にまで成り上がったっていうことで有名な、ヘルベルト連合最強の剣士だ。なんでも、あの『殲滅』のオーエンを上回る手練れって話だ」

「それ程の人物まで……」

 リアラだけでも絶望的な状況なのに、それ程の人物まで参戦してきたとなると、これ以上ないくらい絶望的な状況ではないか。

 その場にいる第1王子派の面々の頭の中には、撤退の2文字が刻まれ始めていた。

「フェスティア代表、指揮官の貴女が何をしにここに来たんですか?」

 一方、リアラは不機嫌な感情を隠そうともせずに、フェスティアに向かって吐き捨てるように問う。その感情をぶつけられた当の本人は、クスリと笑みを浮かべながら余裕たっぷりに答える。

「別に貴女の楽しみを邪魔するつもりはないわよ。元恋人でもなんでも、好きになさいな。私は、私の手の平で踊らされている敵指揮官の間抜けな顔を見に来ただけよ」

「……良い趣味をされていますね」

 誰もがリアラがその言葉を吐くのはどうかと思ったが、フェスティアは眼を伏せてそのリアラの言葉を流した。

「――というわけで、いかがだったかしらジュリアス=ジャスティン副団長? 私が差し上げた束の間の勝利は楽しめたかしら? 無能な相手とはいえ、敗戦続きの中での圧勝は、とても気持ちよかったでしょう?」

 この段階において、ジュリアスも既にフェスティアの術中に嵌っていること――つまり、ルルマンドはフェスティアによる撒き餌であり、それに釣られて自分がおびき出されたことについては自覚があった。

 明らかな皮肉を込めた言葉を紡ぎ、相手を蔑むように笑うフェスティア。

 彼女と同じく馬に乗るジュリアスは、表面上は冷静を装いながらも、しかしその胸中には穏やかならざる感情が渦巻いていた。

 フェスティアに完敗した悔しさ、己の無力さへの怒りなどに加えて、リアラの勇者特性によって強制的に植え付けられた恐怖――

 ジュリアスはその場にいるだけで精一杯で、一言も言い返すことが出来なかった。それをいいことにフェスティアは続ける。

「私から貴方へ指南をするとするならば、貴方は1戦1戦で見れば、確かに堅実で信頼感ある戦術腕を持っていることは認めるわ。でもね、大局を見る眼がまるでない。目の前の勝利しか考えられない。戦術家としてはそれなりかもしれないけど、戦略家としてはまるでダメ。はっきり言って無能ね」

 そうしてフェスティアは、その意地悪い笑みを更に歪める。

「まあ何にしろ、たった1回勝利しただけで誘い込まれて、そこを叩かれるなんて指揮官としては愚かの極みね、ジュリアス。貴方程御しやすい相手も珍しいわ。二流どころか三流、四流もいいところね。これが大陸にその名を轟かせる龍牙騎士団の副団長とは、笑わせるわ。これ以上恥をかく前に、自分から辞めた方がいいんじゃない?」

「てめえっ……!」

 言いたい放題のフェスティアに激昂したのは、張本人のジュリアスでは無く、その彼を常に傍らで見てきたラディカルだった。

 しかし、すぐにフェスティアの前の護衛のゾーディアスが立ちふさがって、剣を抜く。

「代表、あまり苛烈な挑発はお止め下さい。手負いのネズミとえいど、追い詰められれば牙を剥き、手傷を負わされるとも限りません」

「あら? でも言われた当人は、そうでもないみたいよ?」

 ゾーディアスの後ろで、くすくすと笑いながら揶揄するフェスティア。

 確かに、フェスティアの言葉の刃にさらされているジュリアスは、怒りを剥き出しにした目で睨んでくるものの、そこから襲い掛かかってくる様子は見られない。

 何かを必死に耐えるように唇を噛みながら、身体を震わせているだけだった。

「本当、良い趣味ね……」

 フェスティアの言葉は間違いなくジュリアスにダメージを与えていた。それを見て心底嬉しそうに顔を歪ませるフェスティアを見て、リアラは毒気を抜かれたようにため息を吐く。

 ほぼ勝利確定のこの状況下で、この指揮官はわざわざその言葉を言うためにここに来たのだろう。

「ま、いいわ。私は私でリューイを――」

「撤退です! 全員全速力で、この場から逃げなさい!」

 リアラの言葉が終わる前に、ジュリアスが今までに見せたことのないような怒鳴り声を上げる。その顔は恐怖に引きつり、必死な形相だった。

 そんな感情をむき出しにしたジュリアスを見て、フェスティアは、笑みはそのまま――しかし、その感情は蔑みから感心に変わっていた。

「へえ……」

 敵に背を向けて逃げ始めるその姿は、もはや龍牙騎士団副団長……いや、一騎士としても情けないと言う以外にない姿だった。恥も外聞もなく、というのはこのことを言うのだろう。

 ジュリアスのその命令に従い、リューイやラディカルも逃げ始める。

 その様を見て、フェスティアはジュリアスに対しての評を少しだけ修正する。

 フェスティアの言葉に重ねて、リアラの勇者特性による恐怖が蔓延しているこの場で、ジュリアスの精神的負担は相当なものだったはずだ。平凡な人間ならまともな指示など出せず、何も出来ないまま部下諸共にこの場に屍を晒すこととなっていただろう。

 だがジュリアスは、無力のまま茫然と立ち尽くすことなく、そして自身を嘲られた怒りに逆上することもなく、逃げることを指示した。

 それは、彼がこの場で取り得る選択肢の中では、少なくとも最悪ではない。どんな絶望的な状況でも最悪を回避しようとすることは、指揮官に求められる必要最低限の資質だ。本当の無能ーー例えばルルマンドのような人間--とは、さすがに違う。

 ただ、そのジュリアスの言葉は、とても軍隊を指揮するための命令とは言えない。ジュリアスを始め、その場にいるほとんどの人間は恐怖のままに逃げているだけだ。各個がバラバラに逃げるだけで、とても軍隊としての体を成していない撤退模様。正に蜘蛛の子が散る状態。

 そんな無様な敵部隊を前に、手を緩めるフェスティアではなかった。

「リアラ、ゾーディアス――追撃なさい。ここでジュリアスを仕留めれば、クラベール領は陥としたも同然よ」

 ジュリアスとは対照的に、指揮官らしい自信たっぷりな指示に、ゾーディアスとリアラはうなずく。

「言われなくても……っ! せっかくリューイと会えたんだもの。連れて帰るわ!」

 無表情のゾーディアスと、嬉々とするリアラが追撃を開始する。

 歩兵のリアラはともかく、騎馬のゾーディアスの足は速い。すぐに歩兵のリューイと、馬を失ったラディカルに追いすがってくる。

「覚悟――っ!」

 ゾーディアスが馬上からラディカルへ向けて剣を振り下ろす……が、先に行っていたジュリアスがすぐに戻ってきて、ゾーディアスの剣を受ける。

「す、すまねぇ副長!」

「大丈夫です。お二人は先に!」

 ラディカルを庇いながらジュリアスはゾーディアスと切り結ぶ。

 ゾーディアスは、ヘルベルト最強と言われるだけあり、ジュリアスと互角以上に剣戟を交わしてくる。

「でも……このままじゃ!」

 そんなゾーディアスと死闘を繰り広げるジュリアスの姿を見て、リューイは足を止める。

 ゾーディアスの相手は出来ても、後からリアラが追い付いてくれば、彼女の勇者特性によってジュリアスは対抗出来なくなる。このままこの場にジュリアスを残していけば、間違いなく殺される。

「あんちゃん、ダメだ! 早く逃げろっ!」

「で、でも……でも……っ!」

 自分がリアラに及ばないことは仕方ないにしろ、ここでジュリアスを失っていいわけがない。フェスティアが何と言おうと、今第1王子派の前線を支えることが出来るのはジュリアス以外にはいないのだ。

 ジュリアスがここで死ぬよりは、自分がここに残った方が――

 そう考えたリューイだったが、剣を持っていないことを思い出す。リアラに弾き飛ばされた龍牙真打は失ったままだった。

「はい、リューイさん」

 そんなリューイに差し出されたのは、その龍牙真打だった。それを差し出してきた人物の顔を見て、その名前をつぶやくリューイ。

「テアレス……」

「確保しておきました。龍騎士として大切な剣ですからね。――自分も、リューイさんと同じ気持ちですよ。ここで副長を死なせるわけにはいかない」

 この状況でどこか落ち着いたような--笑みすら浮かべるテアレスは、その表情に何か決意を秘めながらリューイを見据える。

「でも、それは貴方も同じだ。貴方は、誰もが剣を交わすことすら出来なかった、あの新白薔薇騎士団長に立ち向かって見せた。だから、あなたもここで死んで良い人じゃない。これからも続く戦いに、あなたの力は必ず必要だ」

「君は、何をしようとしている?」

 リューイにそう問われると、テアレスはリューイの瞳を真っ直ぐと見返しながら答える。

「リューイさん、貴方は凄い。誰も戦うことすら出来なかった、あのリアラ=リンデブルグと、例え一合といえど打ち合うことが出来たのです。

 きっと、貴方は貴方のやるべきことがある。そしてジュリアス副長やラディカル将軍……そして、私にも果たすべき役割があると知りました」

「何を言っているんだ?」

 要領を得ないテアレスの言葉――その意図が分かりにくくも、嫌な予感だけは感じるリューイは、不安そうに問いかけを続ける。

「ラディカル将軍、龍騎士殿をお願いします。この人はここで死ぬべき人じゃない。これからも続く第2王女派との戦いに必要な方です」

「――おう」

 ここまでくると、リューイにはテアレスが成そうとしていることをなんとなく察していた。ラディカルの返事の言葉がどことなく重いのが、リューイの予想が的中していることを暗示している。

「いくぞ、あんちゃん。撤退して立て直しだ」

「ち、ちょっと待って下さいラディカル将軍! 彼を置いていくなんて……がふっ!」

 ラディカルが腕を取ってもその場に居残ろうとするリューイの鳩尾に、ラディカルは容赦なく拳を叩き入れる。鎧越しとはいえ、その強烈な一撃はリューイの抵抗を一瞬で奪い取る。

「が、は……ラディカル将軍……!」

 鳩尾を抑えてうずくまるリューイを、まるで荷物を担ぐように肩に持ち上げるラディカルは、目の前に立つテアレスへと言葉を掛ける。

「――死ぬなよ」

 その言葉がどれだけ無意味なことかは、その言葉を言ったラディカルも、言われたテアレスも、両者とも分かっていた。

 だからあまりにもおかしなその言葉に、テアレスは堪え切れないように頬を緩めるのだった。

「龍騎士殿を頼みます、ラディカル将軍。私は、きっとその人が“勇者”を倒す希望となることを信じています」
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