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第1章『3領地同時攻防戦』編

第36話 3領地同時攻防戦15--中央クラベール領戦線⑦

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 大詰めを迎えたクラベール領第2防衛線――その戦場の中で、一際激しい金属音が鳴り響いていた。

「うおおおおおっ! 死ね、死ね、死ねぇぇぇ!」

 獣のような咆哮と共に猛撃を繰り出しているのは、新白薔薇騎士のクリスティアである。元は高貴な白薔薇騎士とは思えない程の、闘争本能を剥き出しにした攻撃的な表情をもって、対するリューイへ猛攻を続けている。

「……く! これは……!」

 激しいクリスティアの攻撃に防戦一方のリューイ。

 これまでは危なげなく新白薔薇騎士を始めとした敵兵士を倒してきたリューイの表情が、ここで初めて焦燥感に駆られる。

 やがてクリスティアからの攻撃を受ける音が、ガリガリガリ!と何かが削れるような音へと激しさを増してくる。剣を打ち合わせるたびに、彼女の攻撃力が上がってきていることの証左だ。

 クリスティアが更に一歩を踏み込んで、片手に持った騎士剣をリューイに振り下ろす。リューイは両手で持った『龍牙真打』で持ってそれを受け止めるが、そのあまりの重圧に、足を開いて必死に地面を踏みしめて踏ん張る。

 動きが制止する両者ーーリューイの額に一筋の冷や汗が流れる。

「この程度か、龍騎士! やはり貴様は家系だけで成り上がっただけの弱者だっ!」

「――だからっ……!」

 しつこく家柄のことを突いてくるクリスティアに、リューイはいい加減苛立ちを顔に滲ませていく。ふるふると踏ん張っている足を震わせながら、剣を押し出していく。

「俺は平民だって、言ってるでしょうっ!」

 そのまま渾身の力を込めて、クリスティアの剣を跳ねのけようとする。

 ――が、クリスティアの空いていた左手が拳を作ると、リューイの頬へと容赦なく叩き込まれる。

「ぶっ……!」

「ははっ。無様ね、龍騎士!」

 口の中が切れて血を口から滲ませ、更に鼻血までも出しながら、リューイは後ろによろける。そのリューイを追撃するべく、クリスティアは更に一歩を踏み込んで騎士剣を振るう。

「くそ、やられるかっ!」

 リューイは即座に、地面に腰を落とすようにしてクリスティアの攻撃を回避。クリスティアの剣が空を斬ると、リューイは彼女の足を自分の足で払う。

 クリスティアがバランスを崩して地面に倒れる隙に、リューイは素早く立ち上がって距離を取るべく後退する。

「はぁ……はぁ……」

「ふ……くくく……」

 『龍牙真打』を片手で構えながら顔に付いた血を拭うリューイ。クリスティに殴られた頬は、痛々しくはれ上がっている。

 リューイの足払いで転ばされたクリスティアは、騎士剣を杖にして立ち上がり、不気味な微笑をこぼしていた。

「勝てる……勝てるぞ! この私でも龍騎士に勝てる! 聖アルマイト王国最高の騎士の上に立てるぞ!」

 瞳孔を開きながら歓喜の笑みを浮かべるクリスティアと対照的に、リューイの表情は相変わらず苦渋に歪んでいる。

 そしてそのリューイ以上に焦りが見えるのは、その激闘を見守っているテアレスだった。

「そんな……」

 これまで新白薔薇騎士らを圧倒していたリューイが、ここで初めて苦戦を見せている。いや、苦戦というのは贔屓目に見過ぎている。クリスティアの実力がリューイを凌駕しているのは見て明らかだ。

 彼を助けなくてはいけない――頭ではそう思うものの、テアレスの身体は震えて動かない。この短い間だが、リューイの実力を目の当たりにしたテアレスは、そのリューイを圧倒するクリスティアの実力も理解しすぎてしまった。自分が参戦したところで、数秒も経たないうちに首と胴を両断されるのが関の山だろう。

 そう思うと、テアレスの身体は恐怖で動かなかった。

(強い……他の新白薔薇騎士とは違う)

 一方、リューイは冷静に思考していた。

 明らかに他の騎士とは一線を画する力を持つクリスティア。グスタフの異能によって強化されているのは他の騎士も同じ――だとすると彼女の力、その源泉はなんなのだろうか。

 それは悩むべくもない、彼女の言動から明らかだった。

(栄誉や家柄への執着……か)

 テアレスが言っていた、レイオール家という名門の生まれであると同時に妾の子供ということ。そんな彼女がどんな扱いを受けてきたから、『龍騎士』という称号に激しく嫉妬するのかを、そして彼が平民であることを信じられないのかを、それらを想像するのは難しくない。

 グスタフの異能は、人間の負の感情――つまり醜い側面を肥大化させる効果を持っている。欲望、憎悪、嫉妬といった暗い感情を肥大化させて、それを力に変えるような効力なのではないか。

 性欲は人間の根底に根差す強力な欲望だが、人間の欲望とは当然それだけではない。それは目の前のクリスティアが良い例だ。

 人のコンプレックスを刺激し、苦しめ、それを力に変化をさせて、自らの欲望のために利用する悪魔のような男グスタフ。

「あははははは! あははははは!」

 龍騎士であるリューイを圧倒することで、目の前で哄笑を上げるクリスティア。その笑みはリューイからすると、とても痛々しく、辛く、悲しく見える。

 そんな彼女を見ていると、リューイはグスタフへの怒りが膨らんでいく。頬の痛みも忘れて、力強く歯を噛みしめる。

「――その力、断ち切るっ!」

 龍牙真打を両手で構えなおし、その刃先をクリスティアへ向ける。それを受けて、再度クリスティアも騎士剣を構える。

 互いに次の一撃で戦いを決するべく、必殺の一撃を構える。

 リューイは冷や汗を浮かべながら油断ならぬ表情。対するクリスティアは余裕を浮かべた微笑、しかしやはり油断は無い。

 ジリジリと距離を近づけていく2人。

 1秒以下の単位で、この死闘の決着が迫っていくことを感じているのは、これを外から見ているテアレスだった。傍観者である彼が、誰よりも心臓の鼓動を高まらせていた


 残り5歩、4歩、3歩――

 2歩、1歩――

「「おおおおおおおおっ!」」

 同時に踏み込み、剣を振るい、互いの身体をすれ違い合わせるリューイとクリスティア。

 その刹那の交差が終わって1秒も経たないうちに、血を噴き出して膝をついたのはーー

「リューイさんっ!」

 龍騎士リューイ=イルスガンドの方だった。

「う、く……」

 鎧ごと胸を切り裂かれたリューイは、その傷口を抑えながら地面に膝をつく。すると、すぐさま事態を見守っていたテアレスが慌てて駆け寄る。

 対してクリスティアは、痺れる右手を左手で抑えながら、顔をしかめていた。

 彼女が持っていた騎士剣は、遠い地面に突き刺さっていた。

「……まさか、これが狙いだったか」

 間違いなくお互いにお互いの命を刈り取る一撃を繰り出すと思い込んでいたクリスティアだったが、リューイの一撃はクリスティアの手を打ち、その攻撃力を奪うことに焦点が置かれていた。

 読みが外れて動揺したクリスティアの一撃は鈍り、致命傷には至らず。そしてリューイの一撃を回避することも出来ずに、剣を弾き飛ばされてしまった。痛烈なるリューイの攻撃は、今も痺れとして残っており、しばらくの間は剣を握れないだろう。

 リューイの傷はそこまで深くはなさそうだが、1人で立てる程でもない。

 お互いに戦闘継続は不可能。

 つまり、ここに激闘の決着はついたこととなる。

「かかれ! 味方を援護しろ!」

 その合図のように、ラディカルの指揮する声が聞こえてくる。

 包囲網を解いた後、合流してこないリューイ部隊の支援に駆けつけたのだろう。ラディカル率いる部隊がこの場に駆けつけてくる。

「――ちっ……!」

 第一目的のルルマンドの撤退は既に成した。

 出来れば“龍騎士”の首までも挙げておきたかったが、剣を握れない上に敵部隊に囲まれてしまえば、さすがに危険だ。

 クリスティアは舌打ちをしながら、撤退していく。

 そんな彼女を追う余力など、今のリューイ達には残っていなかった。

「テアレス、ありがとう。あとは部隊をまとめて、ラディカル将軍の指揮下に入るよう、頼むよ」

「分かりました」

 胸を斬られたリューイを支えていたテアレスは、当然だと言わんばかりにうなずく。胸からドクドクと血を流しているリューイだが、見た目程に傷は深く無さそうだった。少なくとも命に別状はなさそうなリューイの様子に、テアレスは内心でほっと安堵する。

 ――そうして残ったルルマンド部隊が撤退していき、包囲陣を敷いていたジュリアス部隊が合流していく。

□■□■

「よくやってくれました、ラディカル将軍。そして、龍騎士リューイ」

 程なく合流してきたジュリアスは、今回の作戦の肝であった右翼左翼部隊を率いた両人に労いの言葉をかけていた。

 クリスティアとの激闘で傷を負ったリューイは、まだテアレスに支えられたままだった。そんなリューイの痛々しい様子を馬上から見下ろすジュリアス。

「リューイ君は治療を受けてから、後から合流をお願いします。ラディカル将軍は一仕事終えた後で申し訳ありませんが、もう少しお付き合いください」

「――と、いうと?」

 ジュリアスの言葉に、既にその意図が分かっているラディカルは口角を上げてニヤリと笑みを浮かべて聞き返す。

「ルルマンド部隊は既に壊滅状態で、こちらの士気も上がっています。このまま第1防衛線まで奪い返し、領内から第2王女派を一掃します」

 ――今後の戦況は、このジュリアスの言葉通りとなった。

 撤退するルルマンド部隊は、もはや追撃してくるジュリアス部隊に対して戦闘すら出来ない状態まで疲弊していた。第1防衛線まで追撃されたルルマンド部隊は、そのままその陣地を奪い返され、再び領境まで戦線を押し戻されたのだった。

 この戦いは、開戦してから初めての第1王子派の勝利となったのだった。
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