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第1章『3領地同時攻防戦』編
第35話 3領地同時攻防戦14--中央クラベール領戦線⑥
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ルルマンド部隊を分断したジュリアス部隊の右翼部隊と左翼部隊。これらは、合流した後にそれぞれ包囲網の中に取り囲んだ敵部隊と、包囲網の外から攻めてくる敵部隊へと対応していた。
内と外から挟撃される形となるため、この部隊を預かるラディカルとリューイにとっては正念場だった。
リューイは自ら率いてきた右翼部隊の約半数を率いて、包囲網内の部隊を助けるために外から突撃してくるルルマンド部隊と激突していた。
「す、すごい……!」
テアレスは先ほどと同じ感嘆の声を漏らす。
リューイは、この局面においても相変わらず獅子奮迅の活躍ぶりを見せていた。
包囲網外に残された部隊のほとんどは練度の低い龍の爪の兵士で、新白薔薇騎士が少ないということもあったが、それでも人数差がある戦闘の中でリューイは先頭に立って、包囲網外のルルマンド部隊の攻撃を受け止めていた。
「あいつだ、あいつを殺せ! あいつさえやっちまえば……!」
戦場でその力量を見せつけるリューイは、瞬く間に敵の標的となる。また新たな龍の爪の兵士が2人襲い掛かってくる。
しかしリューイは油断なく、身を翻して2人の攻撃を回避すると、隙だらけのその2人へ『龍牙真打』の刃をきらめかせる。
リューイへ襲い掛かった龍の爪の兵士2人は、そのままあっけなく血を流して地面に伏すのだった。
「ほ、本当にこれが初陣なんですか?」
「ミュリヌス領の特務部隊には参加していたけど、大規模な戦場という意味ではこれが初めてだよ」
驚きを隠せないテアレスに、リューイは何ともなしに言う。
「隊の指揮はテアレスが執ってくれているから助かるよ。戦いに集中できる」
あくまでリューイが隊長というのは龍騎士という称号を背負っているからだ。初陣となる戦場で、部隊指揮をしながら戦えるはずがない。小規模部隊とはいえ、指揮官という機能は、ジュリアスの側で彼を見て学んできたテアレスが担っていた。
といっても、テアレスもそんな優秀な指揮を執っているわけではない。次々と敵を撃退していくリューイに続くようにしながら、全体の統制が乱れないように注意して部隊を動かしているだけだ。
「――リューイ……さんのおかげです」
同期とはいえ、相手は“龍騎士”。どう呼べば迷うテアレスは、少しぎこちなく返事をする。
ふと周囲を見渡せば、周りの龍牙騎士達も包囲網外から突撃してくる敵部隊を防げているようだった。視界の中では龍牙騎士の優勢が見て取れる。
しかし、そんな中で数少ない新白薔薇騎士が龍牙騎士を打ち倒すと、次はその刃をリューイへとむけてくる。
「覚悟っ!」
彼女の白刃が舞うようにリューイへ襲い掛かる。先ほどの龍の爪の兵士とは比べ物にならない程の速さと鋭さ。
しかしリューイは、その剣閃をしっかり捉えることが出来ている。繰り出される剣戟を1つ、2つと危なげなく龍牙真打で受け止める。
「くっ……なぜ……」
簡単に倒せていた龍牙騎士とは一線を画するリューイの強さ。全力で剣を振るっても、それらは全てリューイに防御されてしまう。
「うおおおっ!」
彼女の隙を見つけたリューイは、そのまま肩を突き出した体当たり。そこは男性と女性の体躯の違い、彼女はリューイのタックルに耐え切れず、バランスを崩して倒れそうになる。
そのままリューイは龍牙真打を振るって、彼女を切り倒す。その新白薔薇騎士は血を噴いて倒れると、そのまま動かなくなった。
容赦なく新白薔薇騎士の命を断ったリューイには余裕すら感じられるが、その表情は苦々しかった。
「テアレス、中の様子は?」
しかしそれ以上動きを止めることはなく、すぐにテアレスに現状報告を求める。
「包囲網は徐々に狭まっているようですが、敵も統率を戻しつつあるようです。ラディカル将軍の部隊も、徐々に押されているみたいです」
「――そろそろ限界か」
ジュリアスの作戦説明によると、今回の包囲網は敵部隊の殲滅までを目的としていない。包囲による混乱で大打撃をあたえて敵戦力を削減、撤退に追い込むまでだ。
包囲網内の中の部隊の統制が戻れば、内外から挟撃される右翼左翼部隊がそのまままともに戦おうとすれば甚大な被害を受けてしまう。それではお互いに多くの犠牲を出す消耗戦となってしまい、それはジュリアスが望む結果ではない。
包囲網を維持するために余計な被害を出すくらいならば、素直に包囲網を解き、包囲した部隊を逃してしまおうということになっていた。逃がすといっても、既に敵へは甚大な損害を与えている。味方の犠牲を最小限にしながら最大限の戦果を出すという、コウメイの方針に従うジュリアスらしい方針だった。
おそらくは、もう程なくしてラディカルが指揮する部隊は包囲網を解き始めるはずだ。それと同時に包囲網内から出てくる敵部隊に蹂躙されないよう、リューイ達も頃合いを見て撤退する必要がある。
「タイミングは君に任せるよ、テアレス。その時には合図を」
「は、はい。……っ! リューイさん、後ろ!」
テアレスと打ち合わせをするリューイの背後から、龍の爪の兵士が襲い掛かってくる。
――しかし、リューイは微塵も油断などしていない。
まるでその攻撃がくると分かっていたかのように、身を横にずらしてかわすと、反撃の一撃をその兵士に叩きこむ。
「もらったぁ!」
容易く龍の爪の兵士を倒した直後、今度はリューイの視界の外から機を伺っていた新白薔薇騎士がとびかかってくる。敵を仕留めた直後、どんな人間でも油断してしまうであろう瞬間を狙った不意打ちだった。
しかし、やはりリューイは油断などしない。
不意を狙って斬りかかってくる新白薔薇騎士の剣を受けて、払い、弾き飛ばすと、丸腰の彼女の身体を龍牙真打で切り裂いた。
(つ、強い……強すぎる……)
龍騎士リューイ=イルスガンドは、高貴な家柄の出ではないし、特にこれといった功績もないただの凡人――テアレスを含めた、多くの龍牙騎士はそう聞いていた。
それは間違いない。リューイは間違いなく凡人である――しかし、それが弱いということには決してならない。
ミュリヌス領では窮地の事態からルエールを救出し、そして死闘も経た。更にその後は、王都でひたすら研鑽に努めてきた。訓練相手は、聖アルマイト王国の中でも名が知れているような実力上位の人間が常――王国最強の騎士ディードや、英雄の直系であるカリオスが相手になることすらあった。
凡人が、それ程の努力を当たり前のように重ねてきたのだから、それ程の実力を備えたのは当たり前なのが道理であろう。
龍の爪の兵士など言うまでもなく、異能で強化された一般の新白薔薇騎士ですら、今のリューイの相手ではなかった。
――リューイがいれば、包囲網を解いてわざわざ敵を逃す必要はないのではないか。
龍騎士の獅子奮迅ぶりの戦いぶりに、そんな思考に及ぶテアレス。
しかし風向きが変わったのは、そのすぐ後だった。
「あれは――」
包囲網の中から1つの騎馬の姿が見えてくる。
その騎馬に乗っているのは、肥満体の男と新白薔薇騎士の鎧に身を包んだ美女だった。
「リューイさん、敵の指揮官のルルマンドです!」
すぐにその人物の正体を察したテアレスが言うと、リューイはハッとしてそちらの方を向く。
怯えた表情をした肥満体の男は、必死に馬を操る新白薔薇騎士の身体にしがみついているだけだ。新白薔薇騎士の彼女は、攻撃を仕掛けてくる龍牙騎士を撃退しながら、包囲網を突破してきている。
「ここで指揮官までやれれば……」
リューイの思考も指揮官ジュリアスと合致すると、すぐに身体を騎馬の方へ向けて駆け出していく。
そして戦線を突破しようとするその騎馬に、横から龍牙真打で攻撃を仕掛ける。
「っ!!」
前方へ注意を向けていた新白薔薇騎士が、咄嗟に反応してリューイの剣を受け止める。不意を突かれた形になった彼女は、必死に馬を制御、リューイに向き直る。
「その剣――」
剣の切っ先をこちらに向けて構えるリューイを見て、新白薔薇騎士は眼を細める。そしてしばらくリューイとにらみ合った後、おもむろに下馬するのだった。
「ルルマンド様、ここから先はお一人でお願い致します。私はこいつの相手をしてから、追いかけますから」
「ばばば、馬鹿な! わ、ワシを守れぇ! こんなところで見捨てていくな」
ここまで後退し、しかも馬もあれば、安全はほぼ確保出来ている。にも関わらず、情けない声で命令してくるルルマンドに、彼女は内心舌打ちをする。
「彼の持っている剣――あれは、『龍牙真打』。聖アルマイト最高の騎士である龍騎士だけが持つころを許された剣です。龍騎士相手に、逃げながらではとても戦えません。それとも、後ろから真っ二つにされることをお望みでしょうか?」
「ひ、ひいいいい?」
彼女の脅すような言葉――ルルマンドも、龍騎士の称号の重さは聞き及んでいる。彼にとっては、それこそジュリアスなどよりも恐るべき騎士という認識である。
「か、かかかか、必ず殺せよ? いいな? ワシの後を追わせるなよ?」
念入りに、意味のない命令を残して、ルルマンドは馬を駆けて戦線を去って行く。
龍牙真打を構えるリューイは、ルルマンドを追うことが出来なかった。目の前に立ちふさがる新白薔薇騎士――彼女は、この戦場で対峙したどの新白薔薇騎士とも一線を画する雰囲気を放っていたからだ。
「……龍騎士リューイ=イルスガンド」
聖アルマイト騎士の流儀に則り、名乗りを上げるリューイ。それを聞いた彼女は、ピクリと反応する。
「……イルスガンド。聞いたこともない名前ね」
「貴女は?」
流儀に従わないで名乗りを上げず、リューイを物色するだけ--そんな彼女に、リューイは油断なく身構えながら問いかける。
彼女は「ふう」とため息を吐くようにしてから、ようやく答える。
「ルルマンド部隊配属新白薔薇騎士――クリスティア=レイオール、よ」
その名に反応したのは、リューイではなくテアレスだった。
「レ、レイオール……? まさか……?」
その家名にはテアレスだけではなく、リューイも聞き覚えがあった。
王国3騎士に数えられるうちの1人、旧白薔薇騎士団長シンパ=レイオール。それと同じ家名だ。
リューイの無言の質問に、テアレスが答える。
「レイオール家の当主が使用人の女性に手を出して生まれた隠し子がいたという話は聞いたことがありますが……」
「つまり、妾の子供ってことよ」
テアレスが彼女――クリスティアの出生を端的に説明すると、憎悪のこもった鋭い目つきでテアレスを射抜く。
「っひ……!」
その視線の迫力だけで、テアレスは怯えたように腰を抜かして、地面に尻をついてしまう。
「それで? 貴方――イルスガンド、だったっけ? 私は聞いたことはないけど、さぞ高貴な家柄なのでしょうね。何せ、あのルエール団長ですら固辞した龍騎士の称号を授かる程だもの」
「……?」
そんな揶揄したような笑みを浮かべるクリスティアの言葉に、リューイは至って真面目な表情をしながら、顔に疑問符を浮かべるだけだった。
そのリューイの態度が、クリスティアには白々しく見えたのか、彼女は途端に苛立ちで地面をドンと蹴りながら、怒鳴るように言う。
「上手く家名の力を使って、カリオス王子辺りに取り入ったんだろう? じゃないと、てめーみたいな若造が龍牙真打を授かるなんて……龍騎士なんぞに選ばれるわけ、ねえだろうがぁ!」
クリスティアの変貌ぶりに多少動揺の色が見えるものの、彼女の言葉には相変わらず首を傾げるだけのリューイ。それが更にクリスティアの苛立ちを募らせる。
何故こんなにも彼女の怒りを買うのかが分からず、それでもリューイは自分が答えられる精一杯の返事をする。
「自分はコウメイ元帥の推薦で、カリオス殿下より龍牙真打を授かり、龍騎士の叙勲を受けました。イルスガンドは、どこにでもいるような平凡な平民の家系です。貴族ですらありません」
王国3騎士に家系に繋がるクリスティアが敵になっても尚、敬意を失わないリューイの真面目で丁寧な口調――それすらも、余計にクリスティアを苛立たせる。
「あぁぁぁぁ? んなわけねえだろうがぁ! ただの平民風情がどんだけ強かろうが、龍騎士なんぞになれるわけがねえだろう! 化けの皮、ひん剥いてやるよぉ!」
眼を見開き、歯を剥き出しにするクリスティア。獰猛な獣のように、攻撃的な表情となり、リューイに猛然と斬りかかる。
クラベール領第2防衛線における戦いの終盤戦。
リューイにとって、龍騎士の真価を問われる戦いが始まる。
内と外から挟撃される形となるため、この部隊を預かるラディカルとリューイにとっては正念場だった。
リューイは自ら率いてきた右翼部隊の約半数を率いて、包囲網内の部隊を助けるために外から突撃してくるルルマンド部隊と激突していた。
「す、すごい……!」
テアレスは先ほどと同じ感嘆の声を漏らす。
リューイは、この局面においても相変わらず獅子奮迅の活躍ぶりを見せていた。
包囲網外に残された部隊のほとんどは練度の低い龍の爪の兵士で、新白薔薇騎士が少ないということもあったが、それでも人数差がある戦闘の中でリューイは先頭に立って、包囲網外のルルマンド部隊の攻撃を受け止めていた。
「あいつだ、あいつを殺せ! あいつさえやっちまえば……!」
戦場でその力量を見せつけるリューイは、瞬く間に敵の標的となる。また新たな龍の爪の兵士が2人襲い掛かってくる。
しかしリューイは油断なく、身を翻して2人の攻撃を回避すると、隙だらけのその2人へ『龍牙真打』の刃をきらめかせる。
リューイへ襲い掛かった龍の爪の兵士2人は、そのままあっけなく血を流して地面に伏すのだった。
「ほ、本当にこれが初陣なんですか?」
「ミュリヌス領の特務部隊には参加していたけど、大規模な戦場という意味ではこれが初めてだよ」
驚きを隠せないテアレスに、リューイは何ともなしに言う。
「隊の指揮はテアレスが執ってくれているから助かるよ。戦いに集中できる」
あくまでリューイが隊長というのは龍騎士という称号を背負っているからだ。初陣となる戦場で、部隊指揮をしながら戦えるはずがない。小規模部隊とはいえ、指揮官という機能は、ジュリアスの側で彼を見て学んできたテアレスが担っていた。
といっても、テアレスもそんな優秀な指揮を執っているわけではない。次々と敵を撃退していくリューイに続くようにしながら、全体の統制が乱れないように注意して部隊を動かしているだけだ。
「――リューイ……さんのおかげです」
同期とはいえ、相手は“龍騎士”。どう呼べば迷うテアレスは、少しぎこちなく返事をする。
ふと周囲を見渡せば、周りの龍牙騎士達も包囲網外から突撃してくる敵部隊を防げているようだった。視界の中では龍牙騎士の優勢が見て取れる。
しかし、そんな中で数少ない新白薔薇騎士が龍牙騎士を打ち倒すと、次はその刃をリューイへとむけてくる。
「覚悟っ!」
彼女の白刃が舞うようにリューイへ襲い掛かる。先ほどの龍の爪の兵士とは比べ物にならない程の速さと鋭さ。
しかしリューイは、その剣閃をしっかり捉えることが出来ている。繰り出される剣戟を1つ、2つと危なげなく龍牙真打で受け止める。
「くっ……なぜ……」
簡単に倒せていた龍牙騎士とは一線を画するリューイの強さ。全力で剣を振るっても、それらは全てリューイに防御されてしまう。
「うおおおっ!」
彼女の隙を見つけたリューイは、そのまま肩を突き出した体当たり。そこは男性と女性の体躯の違い、彼女はリューイのタックルに耐え切れず、バランスを崩して倒れそうになる。
そのままリューイは龍牙真打を振るって、彼女を切り倒す。その新白薔薇騎士は血を噴いて倒れると、そのまま動かなくなった。
容赦なく新白薔薇騎士の命を断ったリューイには余裕すら感じられるが、その表情は苦々しかった。
「テアレス、中の様子は?」
しかしそれ以上動きを止めることはなく、すぐにテアレスに現状報告を求める。
「包囲網は徐々に狭まっているようですが、敵も統率を戻しつつあるようです。ラディカル将軍の部隊も、徐々に押されているみたいです」
「――そろそろ限界か」
ジュリアスの作戦説明によると、今回の包囲網は敵部隊の殲滅までを目的としていない。包囲による混乱で大打撃をあたえて敵戦力を削減、撤退に追い込むまでだ。
包囲網内の中の部隊の統制が戻れば、内外から挟撃される右翼左翼部隊がそのまままともに戦おうとすれば甚大な被害を受けてしまう。それではお互いに多くの犠牲を出す消耗戦となってしまい、それはジュリアスが望む結果ではない。
包囲網を維持するために余計な被害を出すくらいならば、素直に包囲網を解き、包囲した部隊を逃してしまおうということになっていた。逃がすといっても、既に敵へは甚大な損害を与えている。味方の犠牲を最小限にしながら最大限の戦果を出すという、コウメイの方針に従うジュリアスらしい方針だった。
おそらくは、もう程なくしてラディカルが指揮する部隊は包囲網を解き始めるはずだ。それと同時に包囲網内から出てくる敵部隊に蹂躙されないよう、リューイ達も頃合いを見て撤退する必要がある。
「タイミングは君に任せるよ、テアレス。その時には合図を」
「は、はい。……っ! リューイさん、後ろ!」
テアレスと打ち合わせをするリューイの背後から、龍の爪の兵士が襲い掛かってくる。
――しかし、リューイは微塵も油断などしていない。
まるでその攻撃がくると分かっていたかのように、身を横にずらしてかわすと、反撃の一撃をその兵士に叩きこむ。
「もらったぁ!」
容易く龍の爪の兵士を倒した直後、今度はリューイの視界の外から機を伺っていた新白薔薇騎士がとびかかってくる。敵を仕留めた直後、どんな人間でも油断してしまうであろう瞬間を狙った不意打ちだった。
しかし、やはりリューイは油断などしない。
不意を狙って斬りかかってくる新白薔薇騎士の剣を受けて、払い、弾き飛ばすと、丸腰の彼女の身体を龍牙真打で切り裂いた。
(つ、強い……強すぎる……)
龍騎士リューイ=イルスガンドは、高貴な家柄の出ではないし、特にこれといった功績もないただの凡人――テアレスを含めた、多くの龍牙騎士はそう聞いていた。
それは間違いない。リューイは間違いなく凡人である――しかし、それが弱いということには決してならない。
ミュリヌス領では窮地の事態からルエールを救出し、そして死闘も経た。更にその後は、王都でひたすら研鑽に努めてきた。訓練相手は、聖アルマイト王国の中でも名が知れているような実力上位の人間が常――王国最強の騎士ディードや、英雄の直系であるカリオスが相手になることすらあった。
凡人が、それ程の努力を当たり前のように重ねてきたのだから、それ程の実力を備えたのは当たり前なのが道理であろう。
龍の爪の兵士など言うまでもなく、異能で強化された一般の新白薔薇騎士ですら、今のリューイの相手ではなかった。
――リューイがいれば、包囲網を解いてわざわざ敵を逃す必要はないのではないか。
龍騎士の獅子奮迅ぶりの戦いぶりに、そんな思考に及ぶテアレス。
しかし風向きが変わったのは、そのすぐ後だった。
「あれは――」
包囲網の中から1つの騎馬の姿が見えてくる。
その騎馬に乗っているのは、肥満体の男と新白薔薇騎士の鎧に身を包んだ美女だった。
「リューイさん、敵の指揮官のルルマンドです!」
すぐにその人物の正体を察したテアレスが言うと、リューイはハッとしてそちらの方を向く。
怯えた表情をした肥満体の男は、必死に馬を操る新白薔薇騎士の身体にしがみついているだけだ。新白薔薇騎士の彼女は、攻撃を仕掛けてくる龍牙騎士を撃退しながら、包囲網を突破してきている。
「ここで指揮官までやれれば……」
リューイの思考も指揮官ジュリアスと合致すると、すぐに身体を騎馬の方へ向けて駆け出していく。
そして戦線を突破しようとするその騎馬に、横から龍牙真打で攻撃を仕掛ける。
「っ!!」
前方へ注意を向けていた新白薔薇騎士が、咄嗟に反応してリューイの剣を受け止める。不意を突かれた形になった彼女は、必死に馬を制御、リューイに向き直る。
「その剣――」
剣の切っ先をこちらに向けて構えるリューイを見て、新白薔薇騎士は眼を細める。そしてしばらくリューイとにらみ合った後、おもむろに下馬するのだった。
「ルルマンド様、ここから先はお一人でお願い致します。私はこいつの相手をしてから、追いかけますから」
「ばばば、馬鹿な! わ、ワシを守れぇ! こんなところで見捨てていくな」
ここまで後退し、しかも馬もあれば、安全はほぼ確保出来ている。にも関わらず、情けない声で命令してくるルルマンドに、彼女は内心舌打ちをする。
「彼の持っている剣――あれは、『龍牙真打』。聖アルマイト最高の騎士である龍騎士だけが持つころを許された剣です。龍騎士相手に、逃げながらではとても戦えません。それとも、後ろから真っ二つにされることをお望みでしょうか?」
「ひ、ひいいいい?」
彼女の脅すような言葉――ルルマンドも、龍騎士の称号の重さは聞き及んでいる。彼にとっては、それこそジュリアスなどよりも恐るべき騎士という認識である。
「か、かかかか、必ず殺せよ? いいな? ワシの後を追わせるなよ?」
念入りに、意味のない命令を残して、ルルマンドは馬を駆けて戦線を去って行く。
龍牙真打を構えるリューイは、ルルマンドを追うことが出来なかった。目の前に立ちふさがる新白薔薇騎士――彼女は、この戦場で対峙したどの新白薔薇騎士とも一線を画する雰囲気を放っていたからだ。
「……龍騎士リューイ=イルスガンド」
聖アルマイト騎士の流儀に則り、名乗りを上げるリューイ。それを聞いた彼女は、ピクリと反応する。
「……イルスガンド。聞いたこともない名前ね」
「貴女は?」
流儀に従わないで名乗りを上げず、リューイを物色するだけ--そんな彼女に、リューイは油断なく身構えながら問いかける。
彼女は「ふう」とため息を吐くようにしてから、ようやく答える。
「ルルマンド部隊配属新白薔薇騎士――クリスティア=レイオール、よ」
その名に反応したのは、リューイではなくテアレスだった。
「レ、レイオール……? まさか……?」
その家名にはテアレスだけではなく、リューイも聞き覚えがあった。
王国3騎士に数えられるうちの1人、旧白薔薇騎士団長シンパ=レイオール。それと同じ家名だ。
リューイの無言の質問に、テアレスが答える。
「レイオール家の当主が使用人の女性に手を出して生まれた隠し子がいたという話は聞いたことがありますが……」
「つまり、妾の子供ってことよ」
テアレスが彼女――クリスティアの出生を端的に説明すると、憎悪のこもった鋭い目つきでテアレスを射抜く。
「っひ……!」
その視線の迫力だけで、テアレスは怯えたように腰を抜かして、地面に尻をついてしまう。
「それで? 貴方――イルスガンド、だったっけ? 私は聞いたことはないけど、さぞ高貴な家柄なのでしょうね。何せ、あのルエール団長ですら固辞した龍騎士の称号を授かる程だもの」
「……?」
そんな揶揄したような笑みを浮かべるクリスティアの言葉に、リューイは至って真面目な表情をしながら、顔に疑問符を浮かべるだけだった。
そのリューイの態度が、クリスティアには白々しく見えたのか、彼女は途端に苛立ちで地面をドンと蹴りながら、怒鳴るように言う。
「上手く家名の力を使って、カリオス王子辺りに取り入ったんだろう? じゃないと、てめーみたいな若造が龍牙真打を授かるなんて……龍騎士なんぞに選ばれるわけ、ねえだろうがぁ!」
クリスティアの変貌ぶりに多少動揺の色が見えるものの、彼女の言葉には相変わらず首を傾げるだけのリューイ。それが更にクリスティアの苛立ちを募らせる。
何故こんなにも彼女の怒りを買うのかが分からず、それでもリューイは自分が答えられる精一杯の返事をする。
「自分はコウメイ元帥の推薦で、カリオス殿下より龍牙真打を授かり、龍騎士の叙勲を受けました。イルスガンドは、どこにでもいるような平凡な平民の家系です。貴族ですらありません」
王国3騎士に家系に繋がるクリスティアが敵になっても尚、敬意を失わないリューイの真面目で丁寧な口調――それすらも、余計にクリスティアを苛立たせる。
「あぁぁぁぁ? んなわけねえだろうがぁ! ただの平民風情がどんだけ強かろうが、龍騎士なんぞになれるわけがねえだろう! 化けの皮、ひん剥いてやるよぉ!」
眼を見開き、歯を剥き出しにするクリスティア。獰猛な獣のように、攻撃的な表情となり、リューイに猛然と斬りかかる。
クラベール領第2防衛線における戦いの終盤戦。
リューイにとって、龍騎士の真価を問われる戦いが始まる。
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